「食べてほしいの」

 

 

 

「隊長を喜ばせたいですって?」

「うん!だってさ、明日はコンラッドのゴットファーザー記念日なわけじゃん?去年は俺、つるっと地球に帰っちゃったせいでちゃんとお祝いできてないしさ…今年こそは日ごろの感謝を込めて全力でお礼がしたいんだよ!」

 語尾を強く弾ませながら両手の握り拳をわきわきさせている有利に、ヨザックは身分の差を忘れて頭を撫で撫でしてあげたくなった。

『なんちゅーか、こー…可愛いお人だよなぁ…』

 明日は血盟城において大々的に祝いの席が持たれる。

 だが、それは勿論コンラート・ウェラーのゴットファーザー記念日ではなく、眞魔国の誇る美貌と英明(笑)の王…明日で18歳になられるシブヤ・ユーリ陛下の生誕を祝う宴である。

 自分が周りの人々から心のこもったお祝いを大々的に浴びせられることに感謝しつつも、同時に、何を返していけるだろうと頭を悩ませているのは知っていたが…。こと、コンラートに対しては特別に何かをしてあげたくなるらしい。

 魔族はあまり気にすることのない《誕生日》というものにも随分と拘っているらしく、コンラートの誕生日をヨザックならば知っているのではないかと、危険な夜の繁華街を突っ切って訪ねてきたのは去年のことであった。

 一応は被り物などしては来ていたものの、自分の美貌にこれっぽっちも自覚のない有利に、ヨザックは随分と肝を潰したものだ。随分と客引きなどに袖を掴まれかけたらしいが…よくぞ無事に辿り着いたものである。

 途中までは追跡してきたものの、繁華街の雑踏の中ですばしっこい主を見失ってしまったコンラートは、彼らしくもなく血の気の引いた形相でヨザックの部屋に突入してきたものだ。

『ああ…あんときは扉の弁償させられたっけ…』

 細身のくせにやたらと力のあるコンラートが、別に鍵も掛かっていないのに無茶な開け方をしてくれたせいで、扉の蝶番が破壊されてしまったのだ。

 必要とあらば山猫よりも敏捷に、足音一つたてずに疾走することもできるくせにあのような失態をしでかしたのは、実は故意である可能性が高い。

 第三者にとっては鬱陶しいほどに互いを思いあっている二人のこと、今年も変な絡み方をすればどんな被害が待ち受けているか知れたものではない。

 だが…同時に、知らないうちに振り回されるくらいなら、去年の意趣返しも含めてこちらから打って出ても良いのではないかという気もしてくる。

『ちょっとは楽しませて貰わないとわりが合わねぇよな…』

 物思うように、つぃ…と眼差しを細めたヨザックをどう思ったのか、有利はあわあわと眉根を寄せた。

「あ…ゴメンな。コンラッドのことばっか…。あ、あのさ。ヨザックに貰ったものだって俺大事にしてるよ?ただ…その……俺にはちょっとばかし敷居が高いっていうか、難易度が高いっていうか…色々アレなんで使用には至っていないだけで……」

 昨年、ヨザックが有利にプレゼントしたのは漆黒の上質なシルクとレースで作り上げた、豪華な下着セットだった。隠すべきモノが編み編み模様の影からバッチリ見えてしまうと言う…有利に言わせれば《下着としての機能が消失している》物体である。

 当時、コンラートとの関係も進展していなかった無垢な少年にとっては、箱を開けた瞬間に吹っ飛んでしまいそうな代物であった。

 とはいえ、進展した今に至っても箪笥の奥底深くしまい込まれており、日の目を見ることはないのだが…。

「えぇ〜?俺があげたの使ってないんですか〜?それこそ隊長が狂喜して踊り出しそうな代物なのに」

「う…ま、まさかぁっ!コンラッドってギャグはオヤジ臭いけど、そんなところまでオヤジな筈は……」

「言い切れますか?」

「う…っ!」

 コンラートの古馴染みであるヨザックに意味ありげにニヤつかれては、自信を持ってそうだと言い切ることは難しい。

「あーあ、信じて貰えないなんて残〜念。でも、それだと坊ちゃんは一生隊長を満足させてあげる事なんて出来ませんよ?なにせ、坊ちゃんの前では隊長ってばええ恰好しいですからね。恥ずかしい趣味とか嗜好とか、絶対隠しちゃいますもん」

「………そう…かな……」

 有利にも心当たりはあるらしい。

 有利の言うことなら大抵のことは聞いてくれるコンラートだが、彼が有利に対してああして欲しいこうして欲しいなどと注文をつけることはまずない。

 それは、恋人同士となった今でも同じ事なのだ。

 有利が恥ずかしがって言う《イヤ》に対してはくすくす笑いながら愛撫を深めていくが、本気で疲れ切っているときに言う《もう駄目》は苦笑と共に受容してくれる。決して無理強いをしたことがないのだ。

 きっと…百戦錬磨の彼にとっては物足りない恋人であるに違いないのに、彼が不平不満を口にすることは決してなかった。

 いつだって…蕩けるような蜂蜜色の瞳に深い愛情と尊敬を込めて、大切に…暖かな毛布でくるむようにして愛してくれるのだ。

 獣じみた欲望を剥き出しにして、がっつかれた記憶などとんと無い。

「俺…お子ちゃまだと思われてんのかな……」

 《好きだ》と…親友や名付け親としてだけではなく、肉欲も含めた意味で《好きだ》と先に告げたのは有利だった。

 コンラートは、その時だけは激しく…我を忘れるようにして口吻をしてくれたけれど、あまりの舌技に有利が意識を失いかけて以降は、随分とセーブをしているような気がする。

 大切に大切に…決して傷つけることがないように…。

 そんな抱き方をしていて、彼は本当に満足できるのだろうか?

「まあねぇ…無理もないですよ。隊長にとって坊ちゃんは何物にも代え難い宝物なわけですし、年の差もありますからね。経験も浅い坊ちゃんに、自分から無理は言えないでしょうね」

「そ…かな……」

 …と、ここまで会話を重ねておいて今更だが、有利ははた…と気が付いて頬を真っ赤に染めた。

「よ、よよよ…ヨザック…まさか俺とコンラッドのこと…っ!」

「知ってますよぅー。あ、言っときますけど隊長が教えてくれたわけじゃありませんよ?坊ちゃん見てたら丸分かりなだけですから」

「う……」

 ますます頬が染まってしまう。

「ね…坊ちゃん。本当に隊長を楽しませてあげたいのなら、俺の言うことを信じなさいって」

「う…ぅぅぅう〜じ、じゃあ……あの下着…使ってみるよ……」

 真っ赤になって大粒の黒瞳を潤ませた有利は何ともいえず愛らしく、ヨザックはすぐさま唇の一つも奪いたいような衝動に駆られる。

 だが、実行に移した場合…ヨザックの人生行路に待ち受けているのは凄惨な末路か寂しい逃避行になってしまうので、ギリギリの所で欲望に制動を掛ける。

 こう見えてもヨザックは、命と人生を大事にする男なのである。

 ただ…命に関わりのない領域においては、極力人生を楽しみたいとも思っている。

 この辺りの舵取りの機微が、ヨザックに愉快な人生を送らせてくれているのであろう。

「いやぁ、アレも良いですけどね?ほら、明日はスペシャルな日にしたいんでしょ?」

「うん、一番コンラッドを喜ばせてあげたいんだ!」   

  会話の中から読み取った限りでは、有利はそれなりに夜の経験も積んでいるはずなのに…ヨザックに向けられたつぶらな瞳には、純粋な真心と信頼とが特上お中元セットよりも豪奢に詰め合わされていた。

 ちょっぴり黒い腹の持ち主には、かなり眩しい…。

 だがしかし、有利がヨザックの提案に乗ってくれた場合のコンラートの反応を思うと腹の底から笑いが込み上げてしまい、やはりその誘惑に耐えきれなくなってしまうのだった。「いいですか?隊長の好みはねぇ……」

 ヨザックの《ココだけの秘密》を聞き、その意味を理解した途端…。有利の口からは声にならない叫びがあがりかけたのだった…。

 すんでの所でヨザックが掌で止めなければ、コンラートが全力疾走で駆けてきたことだろう。

 

*  *  *

 

「おや?もう入浴は済まされたのですか?」

 以前は《先にお風呂に入っておいて下さい》とコンラートの方から頼んでも、《部屋の主よりも先になんて入れないよ!》と言って頑なだった有利が、用事を済ませてコンラートが自室に帰ってくると、バスローブに身を包んでほこほこと湯気を立てていた。

 今夜は有利自身、お誕生日宴席の主賓ということでかなりの宵っ張りだったのだが、コンラートの方はアニシナの仕掛けたお祝い装置(取り扱い危険物)の処理などに当たっており、先程までは有利の警護をヨザックに任せていたのである。

「うん…コンラッド、入ってきてよ」

 有利は妙に緊張した面差しでコンラートに告げた来た。 

『ああ…そうか』

 ぴん…っと来るものがあったので、それ以上は追求せずに浴室に向かう。

『そういえば、去年…ユーリのバースデーを俺の《ゴットファーザー記念日》に設定してくれたんだっけ?』

 去年は城を抜け出た有利がこっそりとヨザックのもとを訪ねていったという事実に胸を拉がれ、二人の仲を疑ったりしたものだが…蓋を開けてみれば、有利の切ないくらい純粋な想いに目元を濡らすこととなった。

『ユーリが元気でいてくれるだけで、俺は無上の幸福に酔うことが出来るというのにな』 有利はいつだって、コンラートのしあわせを追求しようとしてくれるのだ。

 その想いこそがコンラートにしあわせをくれることになるので、大概は有り難く享受するのだが…。

『ただ…な。ちょっと妙な予感もするな………』

 警護業務の引き継ぎをすませた後…妙に楽しげな眼差しをしていた友人の顔が思い浮かぶ。  

 あれは、何かを企んでいる目ではなかったろうか……。

『ユーリは騙されやすいからな…』

 ヨザックのことだから、有利を傷つけるような嘘はつかないと思う。だが、ちょっと笑って済ませるには難のある…そんな冗談を仕掛けてくる可能性はある。 

『………杞憂だと良いんだが……』

 身体を拭く時間も勿体なくて、予感に突き動かされるようにして浴室を出てみると…ベットの上に………有利があられもない姿で横たわっていた。

「ユー……」

 ぽかん…と顎が外れそうになっているコンラートの前で、有利は首筋から耳朶から胸元まで真っ赤に染めて、泣きそうな顔でコンラートに告げた。

 

「た……食べてください………っ!」

 

 有利の姿……それは、全裸で…ほっそりとした首にきゅうっと真っ赤なリボンを蝶々結びにし、上気した肌の上で息づく尖りをクリームで隠し、股間に小振りなケーキを載せるという常軌を逸したものであった。

 

 有利が一人で考えてやるはずがない。

 絶対無い。

 ありえない。





 このお話の続きは、「甘甘いちゃいちゃバージョンA」、「ねっとりエロエロバージョンB」、「しゃっきり寒風バージョンC」になっております。各嗜好に合わせてお進み下さい。

 バージョンAに進む →バージョンCに進む。

 ※バージョンBは性的要素を含みますので、
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