10万打企画完了記念フリーSS
「ありがとう」
梢を揺らしながら執務室へと吹き込んでくる風に、有利はひくん…っと鼻をひくつかせた。
「どうしたんです?」
「うん、なんて事ないんだけどね…。ほら、良い風が吹いて…気持ちいいなって」
血盟城の魔王居室で《毒女シリーズ》拝読中の有利は、扉の脇に控えたヨザックに答えながらも再び心地よさそうに目を細めた。
コンラートはグウェンダルの依頼を受けて、期間限定ながら士官学校へと教官育成に出向しており、代わりにヨザックが護衛隊長として配備されている。
彼がわざわざ出向かなくてはならないのは、即戦力として使える兵士を育成するべき教官が、些か教本的な戦闘術に陥っている懸念があったためだ。
それなら、コンラート同様アルノルド帰りの勇者であるヨザックが行けばいいようなものだが、彼が言うには、
『俺の剣は我流に過ぎますからね。その点、隊長は士官学校で既習済みの剣技を土台として応用を凝らすことが出来るから、閣下もご指名なさるんでしょうよ』
…ということらしい。
『俺が護衛じゃ、ご不満でしょうけどね』
皮肉げな笑みを浮かべてそう言うヨザックに《そんなことないよ》と返しつつも、確かに緊張感が漂うのことは否定出来ない。
有利は魔剣モルギフの件で一悶着あったグリエ・ヨザックと、魔笛騒動の後で久し振りに会うことになった。
地球に帰れないことで、コンラートの前では落ち込む姿を見せたり甘えたりできるものの、ヨザックの前でそんな様子を見せようものなら軽蔑を込めた表情で嗤われそうだ。
この時も、たかだか風が吹いたくらいでご機嫌になってしまう事に皮肉の一つも言われるかと思ったのだが…ヨザックが浮かべた表情は意外なものであった。
「へぇ…」
ほんのりと…ではあったのだが、なにかやさしい色合いがさざ波のように彼の瞳を過ぎったように見えて、有利はきょとりと小首を傾げた。
「どうかしたの?」
「いえね…ちょっと、昔のことを思い出しただけですよ。隊長が…丁度いまの陛下みたいな顔で笑ってたことがあったなぁ…って」
「コンラッドが?そりゃーコンラッドなら風が吹いたり華が咲いたりすりゃ笑うんじゃない?」
目をぱちくりさせてそう言えば、今度はちょっと皮肉を込めた一瞥を受けてしまう。
「今ならそうですけどもね。そんときゃ驚いたんですよ」
「あああ〜…。ごめんてっ!ねー、機嫌直して教えてよ。コンラッドの昔の事って、俺全然知らないんだっ!」
両手を合わせて上目づかいにお願いすると、ヨザックはどういうわけか頬に朱を掃いて俯くと、眉を寄せているのに目線は何だか柔らかいという…不思議な面差しで有利を見やった。
「…たく。変わったお人ですね…あなたって人は」
「え?なんで?」
「ちょいと命令すりゃ、俺には拒否権はない。それが、なんだってそんなに《お願い》しちゃうんですか?」
「だって、教えて貰うってそういうことだろ?脅してどーすんだよ」
ぷぃっと唇を尖らせて言えば、ヨザックはこの部屋に来てから初めてくすくすと笑みを零した。それは皮肉の欠片もない…なんとも楽しげなものだった。
「やれやれ…敵わねぇなぁ……」
「へぇ?」
一人得心いったふうなヨザックとは対照的に、沢山の《?》を飛ばして小首を傾げ続けている有利。
「ありゃあ…今から二十年くらい前のことですよ…」
ヨザックは薄青い瞳を半眼に開いて、窓の外に広がる青空と緑の梢とを見やった。
* * *
アルノルドでの激戦で重傷を負ったコンラートを、自らも深手を負いながら野戦病院まで運び込んだのはヨザックだった。
『こいつだけは、失っちゃいけない』
絶望的な筈の戦況を迎えながらも、仲間達が闘志を途切らせることなく戦い続けることが出来たのは、ひとえに混血魔族の旗印としてこの男が輝き続けていたからだ。
この男を失えば、アルノルドでの血で血を贖うような闘いも、単に《混血にしては頑張った》の一言で済まされてしまうだろう。
そんなことは赦さない。
決して決して…そんなことのために仲間達は死んでいったわけではない。
医療班の手にコンラートを委ねた後…力尽きたように気絶したヨザックが再び目を覚ましたのは、魔王の息子に相応しい手当を受けさせるべきと判断されたらしいコンラートが、王都に運ばれた後だった。
そして数週間の後、ヨザックも何とか騎馬出来るところまで回復すると、逸る心を抑えて王都に向かった。
野戦病院で傷を治す間に、アルノルドでの戦果によって眞魔国に有利な形で終戦を迎えられそうな流れになっているのだと聞いている。
きっと…これでやっと混血にとって良い時代が来る。
思えば、当時100歳にも満たなかったヨザックは、擦れているようで…やはりまだ若かったのだと思う。
純粋な嬉しさに弾みそうな心を抑え、まだ完全には傷の癒えぬ身体を押してコンラートのもとに馳せたヨザックはしかし…信じがたいものを目にすることになった。
久し振りに会ったコンラートは…どこかが壊れてしまったように瞳から光を失っていたのだ。
何があったのかはすぐに分かった。
彼が心酔していた女性、フォンウィンコット卿スザナ・ジャリアが死んだのだ。
スザナ・ジュリアは貴族の子女でありながら真に分け隔て無く周囲に接し、混血に対する差別に心を痛めていた女性で、コンラートとは極めて密接な共感を得る同志であったのだ。衝撃を受けるのは分かる。
だが…理解は出来なかった。
なぜ女一人喪っただけで、そんなにも心を砕かれているのか。
罵倒し、掴みかかり…殴りかけたところで警備兵に荒々しく捕縛された。
だが…強制的に石畳に突かされた膝の痛みよりも、コンラート自身が一言も口にせず、無反応だったことの方がよほどヨザックの胸を抉った。
『あのまま死んでいれば良かったのに…っ!』
ぼろぼろと泣きながら、ヨザックはそこまで思考を発展させてしまった。
あのまま死んでいれば、他の誰か…自分たちを苦境に立たせた純血魔族なり、憎みやすい何かを素直に憎むことが出来たのに。
輝ける星として、何時までもコンラートを自分の中で神聖視していられたのに…!
自分が命がけで救った親友を軽蔑しなくてはならないことは、今まで受けたどんな疵よりも無惨な痛みをヨザックに与えた。
畜生。
畜生…っ!
苦い絶望感の中で、ヨザックは警備兵を薙ぎ倒して駆け出した。
* * *
あの苦渋に満ちた別れから数年の間、二人が出会うことはなかった。
風の噂で眞王の命を帯びたコンラートが何らかの任についているとは聞いたものの、よほどの極秘命令らしく、ヨザックの手腕を持ってしてもその内容を探り当てることは叶わなかった。
そして久し振りに二人が出会ったのは、極めて偶発的な遭遇によるものであった。
ヨザックが諜報員として雇い入れられているグウェンダルの居城で、ばったりと顔を合わせたのである。
「よう、ヨザ」
「……隊長…」
別れた頃の虚脱感が嘘のように…実に飄々とした様子の男に、ヨザックは暫く開いた口が塞がらなかった。
こんなにも構えのない表情を彼が浮かべるなど、少年の頃…絶対的な信頼感を寄せていた父、ダンヒーリー・ウェラーと共にあった頃に見て以来ではないだろうか?
アルノルドの後にも何か激しい戦闘を体験したらしく、右眉の端を斜走するようにして疵が入っていた。だが…その表情に険しさはなく、ほんわりとした何かが彼の描線をやわらげている。
「何か…あったのかい?」
「…いいや?それより、久し振りに飲みに行かないか?」
「あ…ああ……」
拒否などできよう筈もない。
毒気のある台詞一つ吐くことなく、ヨザックは誘われるままに酒場に向かった。
その途上で…秋口特有の爽やかな風を受けて、コンラートが微笑んだ。
「気持ちいいな…」
何故だが酷く動揺して、ヨザックは薄く口を開いたまま困惑の表情を浮かべてしまった。 離別があまりにも苦いもので、随分と長い間ヨザックを苦しめていたから…この表情も彼が逃避のあまり解脱してしまったのではないかと懸念したのだ。
だが、酒場で言葉を交わすうち…ヨザックには次第にコンラートという男が僧侶のように世を達観してしまったわけでも、打ち拉がれて自暴自棄になってしまったわけでもないことが分かってきた。
「今日はグウェンに、ちょっと頼み事をしに行ったんだ」
「あんたが…閣下に!?」
信じられないというように目を見開いたヨザックをどう思ったのだろう。コンラートはそれほど酒が入っているわけでも無かろうに、くすくすと笑って肩をこずいた。
「弟が兄に頼み事をするのがそんなに可笑しいかい?」
「いや…だけどよ、あんた…閣下に頼み事なんて、以前のあんたなら考えもつかないことじゃねぇか」
「そうだな。前は、頑なだったからな…お互いに、ね」
その言い回しに、ヨザックは少し目元を和らげた。
グウェンダルが予想外に弟のことを想っていることに、以前からヨザックは気付いていた。
だが、そういうものは互いに気付かない限り誰かが添え口をしたところで役には立つまいと、関わったことはなかったのだが…それでは、何かをきっかけとしてこの兄弟は歩み寄ることにしたのだろうか?
「へぇ…どっちから声を掛けたわけ?」
「俺だよ。最初はちょっと緊張したけど、案外やさしい人なんだなと分かってきてね。うん…良い発見だった」
「はぁ…なんでまたそんなこと思いたったのやら」
「目的があるからさ」
そう言ったコンラートの瞳は、決然とした光を湛えて真正面を見据えていた。
「目的?」
「ああ…次の時代を迎えるために、俺はあと二十年…いや、十年で礎を作る」
「あんた…何をしようとしてんだい?そりゃあ…混血にとっての礎になるのかい?」
疑わしげなヨザックの言動を咎めることなく、コンラートは静かに微笑んでいた。
「魔族にとっての礎だよ」
混血のためでも、ましてや純血の為でもない…魔族のための礎を作る。
戦争の傷跡が未だ色濃く残るこの国…戦争に勝利した途端、その期間中に貴族の将校が犯した失態は忘れ去られ、国威高揚のためのイベントや勲章授与が乱発されるこの国を、根本から変えようと言うのか?
「…途方もないことを、あんた…一人でしようってのかい?」
「一人で出来ると思ったら、今更感の漂う兄弟仲修復に努めようなんてすると思うか?」
「違いない」
この男は本気だ…それだけは分かった。
しかも、壮大な夢を抱いている割にコンラートに気負いや焦りは感じられない。
渡る風を素直に心地よいと感じて、微笑むことが出来るくらいに…。
「お前も働かせるからな。覚悟しとけよ?」
ごつんと結構な力で側頭部を殴ってきたのは、多分に照れ隠しの要素が濃いだろう。
ヨザックは笑った。
なんだが久し振りに胸が空くような想いがして、憂さ晴らしのためでない酒が飲めそうな気がしたのだ。
「じゃあ、前払いを頼むぜ?」
「ああ…」
その後、したたかに酔ったヨザックは飲み屋でそのまま潰れてしまい、翌朝までテーブルにへばりついて眠ってしまった。
コンラートはきっちり勘定は払っていったが、もうフォンヴォルテール領には居ないようだった。
『あんた…本気なんだな』
今日もどこかに、《礎》とやらを築きに行っているらしい。
飄々と…渡る風のように自由に、軽やかに…。
* * *
ヨザックは当時のことを思い返しながら(上手に自分の青臭さを感じさせる表現は避けて)、有利に教えてやった。
「そっか…やっぱり凄いなコンラッド…。そんなに大事な人が亡くなって、酷く傷ついたのに…しっかり立ち直って国のために頑張ろう!って思ったんだな…」
「国のため…ですかねぇ?」
にやにやと皮肉げに笑うヨザックだったが、それは不思議と嫌みを感じさせるものではなく…どこか楽しげに…有利をからかうように響いていく。
「まだ気づかないんで?隊長が立ち直ったのは、あなたの為ですよ」
「…俺ぇ!?」
「そーとしか考えられませんて。こないだ、魔剣騒ぎの時に確信しましたよ…あいつは…あなたの為に生きていくことに決めたんだとね」
まだ戸惑うように瞼をぱちぱちと、音がしそうなほど瞬かせている有利に向かって、ヨザックは出会ってから初めてと言えるほど屈託のない笑顔を浮かべたのだった。
「ありがとうございます…。壊れてたあいつを…直してくれて」
それは…胸に沁み入るような笑顔だった。
* * *
士官学校の校舎脇からちょろりと姿を覗かせたテルテル坊主に、コンラートは目を疑った。
「陛下…何してらっしゃるんですか!?」
物腰の柔らかさとは裏腹な…峻厳たる訓練内容を教官相手に課していた男は、マント越しのシルエットだけで正確に相手の正体を見抜くと、最上級の駿馬ですら追いつけぬほどの脚力を見せて疾駆した。
腕はお墨付きの友人に護衛を託したはずなのにと辺りを見回せば、ばつが悪そうな顔をしてそいつも立っていた。
「ヨザ…重々頼むと言った筈だぞ?何故おまえがついていながら…」
「しょーがねーだろ?坊ちゃんのおねだりに弱いあんたにまで言われちゃ、俺も立つ瀬がねぇよ」
…と言うことは、この男もすっかり有利のおねだりに抗しきれなくなってしまったらしい。
そこを見込んでの起用であった割に、コンラートの唇には笑みが浮かんでしまった。
「……じゃあ、俺はここでお役御免とさせていただきますよー。隊長、あんたの勤務は今日で最後だろ?少しくらい早く切り上げてやった方が連中も感謝するんじゃねぇの?」
見れば、訓練場でへばりきり…肩で息をしている教官達が青息吐息で視線を虚空に彷徨わせている。ここ数日の訓練がよほど堪えたらしい…。
まあ、生徒に死線を彷徨うような行軍中に本隊から離脱しないで済むコツ等を教えるためには、この位の疲労を味わっておくのも必要かも知れないが。
「ゴメンな…コンラッド。俺…どうしてもあんたに会いたくて…。あ…、で…っでも、ちょっとは我慢したんだぜ?会いたくなったけど…今日が最後の日って聞いてたから、今日までは何とか我慢したんだ。でも…ちょっとでも早く会いたくて、ヨザックに無理言っちやったんだよ。ヨザックも余計な仕事させちゃってゴメンな?」
「いいえ…いいんですよ。ね…ほら、俺達ってば隊長が居ない間に親睦深めちゃったし?最後くらいお詫びの意味も込めて喜ばせてあげたいし」
「………ヨザ…。それはどういう意味だ?」
ぴくりとコンラートのこめかみが震える。
自分の友人が有利に対して隔意を抱かなくなるのは良いことだが、必要以上に仲良くなられては面白くない…そんなところか。
「知〜らない。んじゃ、後よろしく〜」
とっととと〜っと、勢いよくヨザックは駆けていく。この分だと、厩舎においた馬に飛び乗って逃走を決め込むつもりだろう。
「おい…待て、ヨザっ!」
有利を置いてヨザックを追いかけるわけにもいかず、コンラートは溜息をつくと少し伸び気味の前髪を掻き上げた。
「何だってそんなに慌てて、俺に会いたくなっちゃったんです?」
「うん…ゴメン」
「謝らなくても良いんですよ」
《俺だって》…という言葉は何とか飲み込む。
この数日というものの…業務の必要性は感じつつも、《この教官どもが無能なせいで俺が呼ばれたのか》と思うと腹立たしく、ついつい必要以上に扱いてしまった感は拭えない。
会いたい…。
ずっとずっと、有利と会うことを夢見ていた。
いや…この数日だけのことではない。
ずってずっと…待っていた。あなたを…。
込み上げてくる思いに、殆ど無意識に掌で有利の頬を包み込めば…有利もまた真摯な眼差しをコンラートに向けてくれる。
「…会いたいと…そう思って頂けたことは、とても嬉しいのですから」
「ホント?」
蕾が綻ぶようにふわりと微笑むから、背後から目線を送る教官どもが憎たらしくてしょうがない。勢いで抱きつきたくても出来ないではないか!
「…………マント、しっかり被っていて下さい。ちょっとあの連中に訓練の終了を告げてきます」
コンラートは与えられた勤務時間を完全に消化することよりも、自分の欲求を優先させることに決めた。
* * *
教官達は《鬼教官》の少し早めの任務終了を喜ぶかと思ったが、意外なことに幾らか残念そうに(勿論、疲れ切ってはいたようだが)別れを告げた。
「できましたら…また、我々に指導をつけて頂きたい。今度は閣下に呆れられぬよう、地力から鍛えて参るつもりです」
そう言った教官の瞳には、深い感謝の色があった。
疲労してなお昂然と上げられた顔にも、強い決意が滲んでいる。
一番年嵩の教官が口火を切ったことで、他の数名の教官も熱い口調でコンラートに感謝の意を述べた。
「久し振りに、《戦争》の恐怖を感じる事が出来ました。訓練にもかかわらず本気の闘志をぶつけてくださった閣下に感謝しております!」
「私も、眞魔国軍人として今後なにをしていくべきなのか理解出来たように思いますっ!」
「ええ、私も…吐瀉するほどの走り込みに一時は死ぬかと思い、お恨み申し上げましたが…同じだけの距離を走ってなお平然としておられる閣下の体力に感服致しました!兵とはこうあるべきなのだと教えられた思いです!」
軍人としての使命感に瞳をキラキラと輝かせている教官達は、明日からさぞかし激しい訓練を生徒達に課すことだろう…。
「こちらこそ、またお世話になります」
交わした握手はおざなりではなく、コンラートは…次回はもっと私情を交えずに訓練をつけよう…と、反省していた。
* * *
厩舎に向かう道すがら、有利は辺りを見回すと…人目が無いことを確かめてからフードを脱いだ。
「陛下、まだ被っておいた方が良いですよ?」
「ちょっとだけだから…お願い」
そう言うと、有利はコンラートの右手を両手で包んで、自分の額に押し当てた。
「陛下…?」
「陛下って言うな。あんたは…俺の、名付け親だろ?」
「…ユーリ?」
有利は瞼を伏せ…長い睫の影をまろやかな頬へと降ろすと、呼ばれた名に満足するように微笑んで見せた。
「コンラッド…」
「どうしたんです?」
「いいからさ、聞いてよ。あんたに…どうしても言いことがあるんだ」
「はい…」
呆気にとられていた瞳が…次第に潤みを帯びていく様を有利が目にすることはなかった。だが、普段はひんやりとしているコンラートの手が少しずつ少しずつ…温もりを帯びていくことには気付いていた。
けれど…なかなか有利は口を開くことが出来ない。
言いたいことは溢れ出すほどあるのに。
それを言いたくてここまで来たというのに、いざ改めて口にしようとすれば恥ずかしさに頬が染まってしまう。
俺に名前をくれてありがとう。
俺を信じてくれてありがとう。
俺に協力してくれる人達の間に、結びつきを培ってくれてありがとう。
俺が進みたい道を照らしてくれてありがとう。
この国を…ずっとずっと支えてくれてありがとう…。
ああ…語り尽くせないくらい心の中では溢れているのに…ようよう出てきた言葉はほんの僅かなものだった。
「ありがとう…コンラッド。あんたが、この眞魔国にいてくれたことに…俺は凄くお礼が言いたいんだ」
我ながら、語彙の少なさに涙が出そうだ。
けれど…面を上げてコンラートを見上げれば、蕩けるようにやさしい眼差しが有利を見守っていた。
「こちらこそ…ありがとうございます」
有利に包まれていた右手を、更に包み込むように左手を添えていく。
『ああ…こんなにも真っ直ぐに、あなたは俺の心を攫っていくのですね』
大切な人の魂を引き継いだ少年。
だが…あの真っ白な魂は、今ではもうなにもかもこの少年の色になって、蒼く強く…鮮やかに輝いている。
「あなたがあなたとして生まれてくださったことに…この国に来てくださったことに、俺の方こそたくさんのありがとうを捧げたいですよ」
「あはは…俺達、親子バカっぽいね」
照れて笑えば、コンラートも苦笑しつつ…でも、案外真剣な眼差しでこう言うのだった。
「いいじゃないですか。バカがつくくらいの仲良しさんの方が、醒めた家族よりもよっぽど良いですよ」
コンラートはふと思い出してくすりと笑う。
凛と構えた兄が、昔は尊敬や憧憬の対象であったのだが…同時に酷く恐ろしくもあった。
純血魔族の誇りに満ちた男が、自分を正しく評価してくれるという確信がなかったのだ。
だが、有利のために眞魔国の地盤を支え…シュトッフェルに対抗出来る政略を備えた男は彼をおいてなかった。
だからこそ自ら歩み寄り、彼の人となりを知ることに…ある意味では必要以上に知ることになったわけだが、今となってはあの可愛い物好きも愛嬌として感じられるようになった。
『あの頃は正直引いていたけど…それでも、知る前よりも絶対に…俺は今のグウェンに親しみを感じるんだよ』
この親しみを与えてくれたのは、このちいさな少年なのだ。
あのヴォルフラムですら有利を交えて繋がりを持つうちに、昔のように《ちっちゃい兄上》とまではいかないものの、《コンラート》と…名前で呼ぶようになってきたのだ。
『俺の方こそ、語り尽くせないほどの感謝をあなたに降り注ぎたい…!』
コンラートは思いのままに口を開いた。
ここで選択です。
「コンラッドはやっぱり、常に有利の白き守護者として安心できる人で居て欲しいよね!」と思う方は
→ コチラのAのオチ を、
「コンラッドはやっぱり、常に有利に対してエッチ含みの欲望を抱いてて欲しいよね!」と思う方には
Bがあったんですが、黒いたぬき缶にしまっちゃいました。
「コンラッドはやっぱり、常に状況を茶化すためなのか空気が読めないのか、読んでて熟慮した結果そうなってしまうのか知らないけど、寒いギャグを言ってくんなきゃ始まらないよね!」と思う方は
→ コチラのCのオチ を、お読み下さい。
|