「夜のご指導は如何?」−1
17歳…それは青春真っ盛りなお年頃。 渋谷有利は、眞魔国の第27代魔王であると同時にぴちぴちの男子高校生でもあるわけで、当然普通のオトコノコとして修学旅行なんてものにも行ったりする。 流石に17歳にもなると、夜になったからと言って小学生や中学生時分のように枕を投げ合って先生に怒られたりすることはない。とはいえ、大部屋で10人が一斉に寝るなんて機会は部活で合宿する時以外にはないわけで、やはりそのまま寝てしまうのは勿体ない。 だが、最初の内は《怪談話しようぜ!》なんて言っていた連中もすぐにネタが尽きてしまい、気が付けば猥談話に落ち着いてしまう。 偶然にも、有利と同室になった連中に《素敵な性体験を御披露》なんて事が出来る面子は揃っていなかった。多分、いたとしてもそういう連中は何とか渡りを付けて、女子の部屋に忍んでいくような甲斐性を持っていることだろうが。 だから、猥談の内容も少々侘びしいものになってしまい、三次元世界のお相手との甘酸っぱい話ではなく、殆どが《ずりネタ》を披露するという些か烏賊臭い話になってしまう。 「なあなあ、渋谷はどうなんだよ?」 「え〜…?」 ニキビだらけの日灼け顔をニヤニヤさせながら妹尾が聞いてくるが、周りの話をふんふんと聞いていた有利も、自分にお鉢が回ってくると急に焦ってしまう。 「えぇと…俺はぁ〜…その、グラビアとか見ながらとか…」 「好みのタイプとかどうなんだよ?」 「えーと…腹筋がはっきりしてるような…それでいて胸筋が立派な…」 「おお。シェイプアップされたスレンダー体型でおっぱいも求めるか!でもさぁ〜あれって絶対嘘胸だよな?あんなバランスってありえねぇよ。俺は胸があれば他はぽっちゃりでも許せるな!」 何とか話題が合致したようだが、実は微妙にずれていることを有利だけは知っている。 単に周囲がグラビアモデルの誰それが好きだなんだと言い合っていたから、調子を合わせて言っただけなのだ。実のところ《好みのタイプ》と言われて頭に思い浮かべたのは、有利的に理想としている名付け親の体型だったりする。 『みんな結構女の子の好みとかはっきりしてんだなぁ…』 全員有利と同じく《彼女いない歴=年齢組》だから、ちょっと意外な感じだ。てっきり女の子自体にそれほど興味がないのかと思っていたのに、内心は熱い興味で充ち満ちていたらしい。 ただ、全員が熱く好みのモデルの胸の形や得意ポーズについて語り合っているのだが、この情熱が身近なクラスメイトに向かえば、一人くらいは彼女が出来ているのでは…なんて思ったりする。彼女いない仲間の有利が言うことでもないが。 それに、更に驚いたことがある。正直…驚きすぎて、かなりの衝撃を受けてしまったわけだが、恥ずかしくてその場では言い出せなかった有利だった。 * * * 地球から戻った有利の様子がおかしい。 どこか心ここにあらずという風情で、時折似合わぬ溜息を漏らしては思い悩むように床を凝視している。執政中ということで、宰相であるグウェンダルも最初の内は叱っていたが、どうにも効率が悪いと思ったのか《お茶でも飲んで気分を変えろ》と、自ら休憩を申し渡したくらいだ。 『どうしたんだろうか?』 心配性の名付け親、ウェラー卿コンラートはさりげなさを装いつつも可愛い可愛い名付け子の動向が気になってしょうがない。 『地球に行く前はあんなに楽しみにしていたのに…』 有利はつい先日まで修学旅行なるものに出かけていたはずだ。クラスメイトと古跡名所を訪ねて歩き回るのだが、学習効果を期待されている日中よりも、夜のお喋りの方が楽しみなのだと言っていた。 『十人部屋だと言っていたから、妙なことは起こらなかったと思うんだが…』 そう思いたい。 …というか、信じたい。 万が一、可愛い名付け子が《妙なこと》をクラスメイトに強要されたのだとすれば、今すぐ行って叩き斬ってやりたくなるからだ。そんなことをしては地球に於ける有利の立場が複雑になろうし、コンラートが有利の元を突撃訪問することも出来なくなる(行った途端に身柄を確保されるのは御免である)。 『妙なこと…か』 実のところ、この可愛い可愛い…可愛すぎて小槍の上でアルペン踊りを踊りたくなってしまいそうなほど可愛い名付け子に《妙なこと》をしたくてしょうがないのは、この名付け親だったりする。 しかし、性に疎くて純朴可憐な有利はいっかなコンラートの想いに気付くことはない。あれだけ直球で迫っている弟(自称婚約者)でさえあの体たらくなのだから、当然と言えば当然だが…。 少なくとも性嗜好がストレートであることだけは確かそうな有利に、コンラートの側から《妙なこと》を仕掛ける度胸はない。 仕掛けた途端に《そんな奴だなんて思わなかった!》等と泣かれたら、多分即座に死にたくなるからだ。 そんなわけで、コンラートは悶々と込みあげてくる劣情をどうにかするために、これまで体験したこともなかった自慰世界をすっかり広げる羽目に陥っている。有利を好きなのだと自覚してからというものの、他の肉体に情欲を注ぐこと自体に後ろめたさを覚えるようになったからだ。 『意外と…俺って一途なタイプみたいだなぁ…』 ハハハ…と我ながら皮肉な笑いが口角を掠める。《一途》と言えば聞こえは良いが、要するにオナニーマスターの技を極めているだけなのだ。間違っても《花街の帝王》《夜の獅子》と謳われたウェラー卿コンラートがそんなことになっているなんて、ヨザックあたりには死んでも知られたくない。 「ユーリ、お茶のお代わりは如何?」 「うん…。ありがと、コンラッド」 今やっとコンラートに気付いたみたいに、有利はつぶらな瞳で見上げてくる。その愛らしさで、どうして地球では《モテない》などというのだろう?絶対に思いを寄せられているのに気付いていないだけだと思うのだが…。 『こんなに可愛らしいのに…』 桜色のちいさなお口は、下唇がすこし《ふくっ》として柔らかそうな印象だ。今日は大人しいが、普段はちゃきちゃきと動く舌も血色が良く、絡めたらどんなに心地よいだろうと夢想してしまう。 ぽんやりと見つめていたら、有利の方もじぃ…っと見つめ返してくれる。 「なあ、コンラッド…」 「なんです?」 「ん…と」 言い淀んだ表情も、もどかしそうな…どこか恥ずかしそうな風情がなんとも胸をときめかせる。まるで、《好きって言ってご覧なさい》と問いかけたら、照れてしまってなかなか口に出せずにもじもじしているみたいだ。 なーんて……ね。 『我ながら……最近、妄想に磨きが掛かってきたな……』 軽く自嘲してしまう。 日々、有利の何気ない動作や口調に二重音声のアテレコを入れて楽しんでいるせいで、時折幻聴めいた声が聞こえてくるから困ったものだ。 今にも、《今夜…部屋に行っても良い?》なんておねだりしてきそうだ。 「なぁ…コンラッド、聞いてる?」 「あ、すみません…ちょっと聞いてなかった…」 「あんたにしては珍しいなぁ…。あのさ、今夜…あんたの部屋に行っても良い?」 「…は?」 思わず目が点になってしまう。 だが、不審がられる一秒前には普通の表情に戻した。 「ええ、結構ですよ。あなたに対して閉ざす扉など持ち合わせておりません」 少々コンラートの思考とのタイミングが絶妙だっただけで、有利が部屋を訪ねてくること自体はおかしなことではない。 ヴォルフラムの寝相の悪さから逃れるためであったり、あるいは唯単にゆっくりと会話を楽しみたいという理由で、気軽に有利はコンラートの部屋に遊びに来る。それは実に自然なことであり、名付け子と名付け親の関係としては微塵の歪みもない。 『歪んでいるのは…俺だけだ』 無心にコンラートを慕ってくれる主に、コンラートは日々欲情している。抱いて唇を寄せて貪りたいという欲望はしかし、無邪気な笑顔を前にすればとても露呈することなど出来なくて、コンラートは持ち前の自制心をフル活用して自分自身を誤魔化すのだ。 一瞬でも長く有利との時間を愉しみたいと思う反面、彼を想って陰部に手を這わせたいと思うのだから困ったものである。 「じゃあ、晩飯が終わったらすぐに行くね?」 「お待ちしておりますよ」 どうしてだが、有利の瞳は思い詰めたような色合いを湛えていた…。 * * * 「お邪魔しま〜す…」 「いらっしゃい、ユーリ」 コンラートは《甘い大人》であることを露呈するように、今宵も夕食後だというのに歯触りの良い軽食や、飲み物を用意して待っていた。一応、飲み物はカフェインの少ない果実汁だが、夜更けまでなるべく長く楽しめるように、目の醒めやすいさっぱりした果実を選んでいる。 こくこくとコップを傾けて喉を潤す名付け子は、今夜も可愛かった。 『ふふ…両手を添えて、一生懸命飲んで…』 《あのちいさなお口で俺のものも銜えて欲しいものだ》なんて…《絶対に口には出来ないだろう!》と、自分で自分に突っ込みを入れる。 最近、自分自身の妄想に軽く疲れてしまうコンラートだった。 喉が潤うと人心地ついたのか、有利はまた思い詰めたような顔をして、じぃ…っとコンラートを見上げるのだった。 「あのさ…今夜は、ちょっと…そのぅ…相談事があったんだ」 「何だろう?」 「うーん…あんたモテモテだから、こんなの聞くのどうかなって思うんだけど…でも、他の奴には聞けなくて…でも、気になって……」 彼らしくもなく歯切れの悪い言葉に、一体どうしたのだろうと首を傾げてしまう。 でも、決して彼を焦らせたくはなくて、コンラートにだけ話したいのだという秘密をゆっくりと待つ。 すると、にっこりと微笑みながら静かに待ち続けるコンラートに励まされたように、有利は顔を上げると…。 ……爆弾発言をした。 「コンラッドは…オナニーで抜いたことある?」 今、可愛い可愛い名付け子の口からとんでもない発言が飛び出したような気がする。 幻聴だろうか? それでもコンラートの鉄壁の表情筋は不審を示すことはなく、緩やか、かつ、曖昧な《大人スマイル》を駆使して有利の動向を伺う。 「オナニー…マスターベーション、自慰行為ということかな?」 「難しく言うと、そういうやつだと思うんだけど……。どう…?」 「恥ずかしながら、あるよ?」 「本当にある?ちょっと気持ちが良いだけとかはナシで、ちゃんと射精ってやつまでいくんだよ?」 どうも、更に雲行きが妙なことになってきた。 「…つかぬ事を伺いますが、ユーリ…。ひょっとして、おちんちんから精液を出したこと…無いとか、そういうことは………」 言った途端に《拙い》と思った。有利は見る間に真っ青になったかと思うと、今度は反射的にかぁあああ…っと盛大に真っ赤になり、ぶるぶると震えてから反転して駆け出そうとしたのだ。 「ま…待ってユーリ!」 「うぅううう〜っ!!やっぱ俺、おかしいんだよね!?」 やはり…有利は精通がまだであるらしい。可哀想に、それで悩んでいたのだろうか? 「おかしくなんてないよ。ユーリ…おいで?」 「う……」 《子ども扱いするな》と拗ねたように唇を尖らせながらも、後ろから抱きしめたまま一緒にソファに沈み込むと、少しずつ有利の緊張が解けていった。 そして、暫くするとぽつらぽつらと話し始めたのであった。 「あのさ…俺、オナニーとか夢精とか、話には聞いてたんだ。だけど…みんながみんな、そういうのがある訳じゃないと思ってたんだ。彼女が出来たり、結婚したらきっと自然に精液は出てくるもんだって思ってたんだ。だけど…俺、やっぱ身体が変なのかも知れない。だってみんな、ちょっと女の子の裸とか声とか想像したり、ちんぽ擦ったりするだけで抜けるって言うのに、俺は…全然駄目だったもん」 話し始めたら益々不安になったのだろうか?ぽろ…っと零れだした涙に声が詰まってしまう。 「どうしよう…コンラッド、俺…子どもとか出来ないのかな?好きな子が出来てもエッチできなかったら、嫌われちゃうかな?」 ズキン…っとコンラートの胸は疼く。 有利への純粋な心配と同時に、《好きな子》が決して自分になることはないだろうという事実に胸を抉られてしまうのだ。 それでも…後者を顔や態度に出すことは出来なかった。 自分の欲望よりも何よりも、やはりコンラートにとって大切なのは有利だからだ。 『君が幸せでいてくれるためなら…俺は何だってしてあげたいよ?』 ひく…えく…っと泣きじゃくる有利の頬をやさしく濡れ布巾で拭いてあげながら、コンラートは包み込むように優しい声で語りかけたのだった。 「ねぇ…ユーリ、本当に自慰ができないかどうか、俺が試してみようか?」 下心は微塵もなかった。 少なくとも、そう発言した瞬間には無かった…と、思う。 |