50万打&2周年お礼企画エロ第一弾

「俺の彼女は宇宙一」−1 








 ウェラー卿コンラートには眞魔国一…いや、世界一…いやいや、宇宙一の恋人がいる。
 だが、それを公然と自慢することは許されていない。

 何しろお相手は現役の魔王陛下…渋谷有利なのである。尊崇すべきお方であり、閨(ねや)でどれほど啼かせているのだとしても、人前でその恋情を語ることは避けるべきだ。

 だから、コンラートはすっごくすっごく我慢している。
 自制心を限界までフル作動させて、(人前では)舐め転がして愛撫したいのを我慢している。

 
 ただ…その我慢が《十分なもの》であると判じるのは、あくまで第三者の価値観に委ねるほかない。

 

*  *  *




 ウェラー卿コンラートは実に図々しい男だ。
 しかも、公然と自慢するように見せ付けてくる。

 フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムの歴とした婚約者である魔王陛下に、護衛とか親友とか野球仲間とか名付け親とか《どれだけあるのか》と突っ込みたくなる数量の肩書きを駆使してベタベタイチャイチャしてくれやがる。
 
 ヴォルフラムだって心の底では尊敬…いやいや、大事……いやいやいや…とにかく、表面的に向けているほどには殺伐とはしていない感情を抱いているのだが(我ながら表現が回りくどいが)、それを素直に表に出せないのは、コンラートがあまりにも図々しく有利を独占しているからだ…と、思う。

 しかもこの日…その最たるものとも言える行為が展開されたのだった。



*  *  *




 このほど、血盟城では有利陛下の《コーコー御卒業》の祝賀会が開催される運びとなった。その《御卒業》を終えれば有利は原則として眞魔国に腰を据え、本格的に魔王業へと取り組むという事は既に周知されていたから、宴に直接参加できない城下町や眞魔国内の民達も、時期を合わせてお祭りをするところが多いという。

 血盟城で開催される宴は、基本的にツェツィーリエ統治時代に比べると数と規模とを随分縮小している。だが、その分たまに開催される折には多くの貴族が気合いを入れてめかし込んで来るし、血盟城でも趣向を凝らした宴を開くため、その盛り上がりは前代以上のものがある。

 その席では更に、以前から噂のあった《ユーリ陛下女体化》の報が正式に告知された。いつか男の身体に戻るという可能性がないわけではないようなのだが…アニシナが作る治療薬がどれもこれも危険性が高いらしく、グウェンダルからの使用許可が出ないのだ。

 ただ、その発表を受けても誰一人忠誠を揺らがせる者はいなかったし、それを根拠に有利をどうにかできると考える者もいなかった。

 王が女王になっても平気なのは眞魔国のシステム上の問題なのか、ドレス姿の有利があまりに麗しかったからなのか…ともかく、人々は狂喜して艶(あで)やかな女王を賞賛し、言葉を交わすたびに《女王万歳》を叫ぶのだった。

 こうなると、以前から有利を狙っていた青年貴族などは更に目の色変えて迫り来ることになる。この国では女王と結ばれたからといって統治権は手に入らないのだが、それでも女王の配偶者には大きな権限が与えられる。
 いや…そんな特典など何一つ無かったとしても、高貴な双黒の君は麗しく…心惹かれずにはいられない存在だったのである。

「おお…陛下、どうか次は私と」
「いやいや、この私と踊って頂きたい」
「ち、ちょっと待ってね?息が…」

 《はふ…》っと珊瑚色の唇から少し荒い息が漏れると、柔らかくてちっちゃな舌や並びの良い白い歯列へと注視が寄せられ、今度は挙って飲みきれないほどの飲料が寄せられてくる。

 有利は《今日は俺のための宴だから》と一生懸命相手をしているのだが、ヒールの高い靴は限界近くまで足を締め付けてくるし、ツェツィーリエの見立ててくれた漆黒のドレスは胸元が強調されて恥ずかしい。

 コルセットで巧みに盛り上げられた胸は綺麗に谷間を明瞭化し、肩と胸元を大きく出しているため、透明感のある滑らかな肌が黒衣に映えて実に美しい。
 ほっそりとした腰に伸びる編みリボンは愛らしさを強調しており、裾はふわりと広がる可憐なデザインなのだが、時折光線の加減によってはすらりとした下肢のラインと魅惑的なガーターベルトが透けて見えるものだから、その度に《おおう…っ!》と鼻の下を伸ばした男達の視線に晒されてしまうのだ。
 可憐さと淫靡さが同居する、有利らしさをあますところなく演出したドレスと言えよう。

『ああ…なんて可愛いんだろう!』

 こんなに愛らしい女王陛下を男達の視線にこれ以上晒していたくなくて、ヴォルフラムは婚約者の誇りに満ちあふれて近寄っていった。
 《これは僕のものだ》…知らしめる意味も込めて、そうすべきだと感じたのだ。
 宴たけなわながら、かなり時間は過ごしている。通常の宴であれば、とっくに有利は自室へと戻っている刻限なのだ。そろそろ場を引けても公然と文句は出ないはずだ。ましてや、婚約者が誘うのだから!

『そうだ、足が痛そうだから僕がお姫様抱っこをしてやろう』

 …などと妄想してにやにやしていたのがいけなかった。
 疲れ果てた有利は自分から両手を合わせて、男性貴族達におねだりしてしまったのである。

「あの…ゴメンなさい。足の豆が潰れちゃって…今夜は限界です。次の宴の時にはちゃんと踊るから…今日は、許して?」

 上目づかいの愛くるしい《お願い》を受けて、結構な美形揃いの貴族達が揃いも揃って鼻の下をにょろーんと伸ばし、女性達の失笑を買っている。
 女性達はと言うと、清潔感のある可憐な女王陛下に大抵の者が好感を持っているから、もしも無理を言う男がいれば鉄拳の一つもお見舞いしてやろうと思っていたくらいだ。

 そこへ颯爽と現れる筈だったヴォルフラムだが、タッチの差で持って行かれてしまった。
 勿論…相手はコンラートである。

 護衛として必要な距離は取りつつも、自らは踊りの相手として名乗りを上げなかった彼は、有利が宴を引く気になった途端に音もなく近づくと、華麗な動作で女王陛下を抱き上げた。
 流れるようなその一連の動作は、優美に正装した白い軍服姿とも相まって…今まさに舞踏の最中であるかのように大広間の大理石に映える。
 ひらりと宙を舞う黒衣の裾が、まるで黒い花弁のように翻った。

「失礼…主は本当に足が限界のようです」

 《申し訳ない》と詫びる口調は一見下手に出ているようだが、コンラートの威風には誰もが圧倒されてしまう。《差し出がましい》などと口を出す者がいれば、たちまちのうちに総スカンを食らったことだろう。
 それほどに女王陛下を警護する白き騎士は凛々しく、一幅の絵画のように麗しい光景を作り出していたのである。

 《僕とユーリではこうはいかない…》ちらりと情けな思いが掠めるが、一瞬にして打ち消した。そんな発想は危険だ。そんなものを認めてしまったら…ヴォルフラムの立つ瀬がないではないか。

 魔王居室へと向かう道すがら、追いついて何か言ってやろうと駆けていったのだが、有利を抱えているにもかかわらず早足なコンラートになかなか追いつけない。彼はよほど早く有利を休ませてやりたいらしい。

 ようやく追いついて会話が聞ける程度まで近寄ったときには、すっかり二人で雰囲気を出していた。

「ユーリ…良く頑張ったね。ドレスも、恥ずかしかったろう?ゴメンね…母が無理を言って」
「ううん…俺もそろそろ潮時かなって思ったし。永遠に元の身体に戻れない訳じゃないにしてもさ、もう本格的に王様業やろうって時期に身体が変わっちゃったことを何時までも秘密にしてると拙いかなって…。うちの体制だと別に性別なんて変わっても問題ないのに、隠してたのをよその国に公表されたら、《隠してた》ってだけで何か後ろめたい雰囲気になるもん。だから…良いんだ。卒業祝いもいっぱいして貰ったしね」
 
 有利はそう言うと、ぴとりとコンラートの胸に頬を寄せる。安心しきった横顔の、長い睫が愛らしい…。

「みんな喜んでいるのですよ。あなたが高校を卒業すれば、魔王業に専念して頂ける…いつでも魔王陛下が眞魔国におられる…!それは、誰にとっても踊り出したいくらいに喜ばしいことなのですよ」
「えへへ…嬉しいな。そんなに喜んで貰えてさ」
「誰もがあなたを愛しております。でも…俺以上にあなたを愛している者はおりませんけどね」


 ちゅ…っと、音を立てて啄(ついば)むような口吻が寄越された。


「………っ!?」

 ヴォルフラムは氷の彫像のように凝固したまま、動けなくなった。

『今のは…なんだ?』

 唇を、重ねた。
 親愛の情の挨拶などではないことは明瞭だった。

 有利の方もちっとも嫌がってはいなくて、頬を染めつつも…今度は自分から身を伸ばして可愛らしく唇を押しつけてくる。
 コンラートは《可愛くて堪らない》という顔をして口吻を深くすると、宵闇の中でもそうと知れるほどに濃厚な交わりが交わされ、ようやく唇が離れたときには銀色の糸が互いの唇を繋いでいた。

 有利ははにかむように頬を薔薇色に染めると、慌てて指で糸を断ち切る。
 整えられた爪の珊瑚色が、燈火に映えてヴォルフラムの心を掻き毟った。

 あの唇は、ヴォルフラムのものではない。
 あの爪先は、ヴォルフラムのものではない…。

 そう、知らしめているようで…

「恥ずかし…」
「もっと恥ずかしいところを濡らしているくせに?」
「あんた、相変わらず意地が悪いっ!」
「ふふ…早くあなたの蜜を舐めたいな。甘くとろけているのでしょうね?」
「もー…」
「ほら、あなたは本当に言葉責めに弱いな。濡れてきてるでしょ?」
「あんたの声にも弱いんだよ。ぁん…耳元でそんなに甘く囁くなよ。タチわりーな」
「失礼、あなたがあんまり可愛いから…」

 何だ、この桃色の会話はっ!

 幾ら鈍いヴォルフラムでも、気付かないわけにはいかなかった。
 有利は…ずっと以前からコンラートと肉体的関係にあるのだ。

 ぶるぶると肩が震えて、握りしめた拳を何処にぶつけて良いのか分からないままその場にへたり込んでしまった。

 何て事だ。
 何て事だ…!



 何処をどう歩いたのかは分からない。
 ふらふらとよろめきながら歩いていったヴォルフラムは、気が付くと中庭で見知らぬ男性と唇を重ねる母のを目撃した。
 昔はそんな姿を見るのが嫌だった。恋人に母を取られるようで嫌だったのだ。

 だが…今はそんなもの関係なかった。
 誰を恋人にしても母は母だ。その関係が変わることはない。

 でも、有利は違う。

 恋人でないのなら、婚約者でないのなら…唯の臣下にしかなれないではないか。

「う…うぅう…」
「あらぁ…どうしたのヴォルフ?」

 可愛らしく小首を傾げたツェツィーリエは、ばつの悪そうな顔をしている恋人の鼻面へとキスを寄越すと、華麗に手首を閃かせて一時の別れを告げた。

「また今度…ね」

 振り返ってヴォルフを見たときの彼女は、やはりちゃんと母の顔をしていた。

「どうしたの?私の可愛い仔猫ちゃん」
「は…母上ぇえ……っ!」

 わぁあん…っと泣きじゃくるヴォルフラムを豊満な胸で受け止めると、《あらあら…》と困ったように小首を傾げながらも好きなだけ泣かせてくれた。

『ああ…やっぱり母上は母上だ…。どんなに多情に男達を手玉に取ろうとも、僕のことは考えていて下さるのだ』

 恋の道は百戦錬磨の母のこと、今回の《浮気》についてもなにか良い助言をくれるのではないかと期待して、涙を拭いたヴォルフは不作法を詫びた上で《折り入って質問が…》と切り出してみた。

「まあ…ユーリ陛下とコンラートの関係ですって?」
「ええ、どうにかユーリを僕の元に取り戻せないでしょうか?」
「あらやだ、ヴォルフったらおかしな事を言うのねえ…一度だってユーリ陛下があなたの物になったことなんて無かったじゃない」

 ザシュオ…!

 凄まじい袈裟懸けがヴォルフラムの心にお見舞いされた。

「は…はは、母上?」
「だってぇ…婚約なんて言ってもユーリ陛下がこちらの習慣を知らなかったから、たまたまああいう運びになっただけでしょう?そもそも、あなた…会ったばかりのユーリ陛下に向かって、ご母堂を《馬の骨》呼ばわりしたのよ?正直、そのことについて何のお咎めもなさらなかったユーリ陛下は、何て心の広い方なのかしら〜って感心していたのよ?あなた、一度だってそのことを謝ってもいないでしょ?」 
「そ…それは……」

 時間の経過と共に有耶無耶にしていた事柄を引き合いに出されて、ヴォルフラムは背筋にだくだくと脂汗の存在を感じる。
 正直…ころころと暢気に笑っているこの女性が、そんな風に感じていたなんて今日の今日まで知らなかったのだ。

「その後もユーリ陛下は何度も《婚約破棄してくれ》って言ったのに、あなた取り合わなかったじゃない」
「た…確かにそうなのですが…あ、あれは恥ずかしがり屋のユーリが見せる照れ隠しなのだとばかり…」
「まぁ…あなたったらお目出度いのねぇ」

 ズショア…っ!

 先程とは角度の違う方向から袈裟懸けに斬られた。
 今、ヴォルフラムの心にはバッテン型の傷がある。

「は…母上ぇぇええ……っ!」
「あらあら、泣いちゃって可愛いこと。だからユーリ陛下もあなたのことを無碍にできないのよね。友達としてはとっても大事に思っているから」
「友達…」

 婚約者や恋人に比べると、随分と値打ちが低いもののように感じてがくりと肩を落とす。

「ですが…本当に、あのユーリが…僕との関係を《男同士だから嫌だ》と拒んでいたあいつが、コンラートを受け止めているのですか?は…っ!ひょっとして、女体になった途端に狼のようなあの男が数多(あまた)の女性達相手に鍛えた性技を駆使してユーリを籠絡したのでは?嫌がる身体を組み伏せて蹂躙し、コンラート無しではいられない身体にしたのでは…。コンラートは麻薬のような性技をすると聞きますし」
「ざーんねーん、男性の頃からよ。それに、告白はユーリ陛下の方からされたって聞いたわ。年を越える前の…そうねぇ、秋の終わりの事だと思うわ」
「何故そんなに詳細にご存じなのですか!?」
「雰囲気で分かるわよ。少し事情もお聞きしたし」
「し…信じられません!」

 最後の砦に縋ろうと必死の形相で食い下がるヴォルフラムに、ツェツィーリエは困ったように嘆息するとこう告げた。

「仕方のない子ね。じゃあ…証拠を見せてあげる」
「証拠…ですか?」
「そうよぅ…ふふ、そろそろ頃合いですもの。ヴォルフにもちょっと成長して貰わなくてはね」

 そう言って微笑んだ母の表情はえらく扇情的であり…不安を誘うものでもあった。

 
  

 


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