「しあわせな一日」
chapter07:お似合いカップルの噂

有利side
「よぉ〜う」
「…………………ヨザ」
「ヨザックさん!」
明るい煉瓦色の着流し姿で、《遊び人》を体現したような男が声を掛けてきた。
鮮やかな黄色と黒で構成されたピカ○ュウ(パチモン風味)のお面を斜め掛けに頭に乗せ、口の端には煙管(キセル)状のプラスチックを銜えている。どうやら、粉末状のラムネ菓子を吸い込む駄菓子の一種らしい。
本来、彼はコンラートにとっての友人であり、有利にとっても大きな恩義ある人物である。
…が、恩義に付随して様々な《悪戯》を敢行されたされた二人は、《被害者》ということも出来るのだった。
ことに、先日の豪華客船で花茎を嬲られた有利は、煙管を銜えた厚めの唇だとか…その隙間から覗く大振りな犬歯を見ているだけで頬が染まってしまう。
『でも…一方的に被害者とも言い切れないんだよなぁ…』
そう、有利は加害者でもある。
豪華客船で《すわ、コンラッド貞操の危機!》と焦った有利は、暴れた折に意図せずして…見事な踵落としをヨザックの雄蘂に炸裂させたのである。
その後、性機能が正しく保全されているか心配なところである。
「えと…あの……お、お一人ですか?」
「そぉ〜うなのよぉ〜う。ユーリちゃん、グリ江寂しいのぉ〜。構ってくれる?」
指先でつい…っと顎を掬い取られて迫られれば、息が掛かるほどの距離にヨザックの顔が接近する。荒々しい容貌だが、がさつな印象はない。どこか優雅にさえ見えるのは、野生の獣が持つ天性のしなやかさのせいかもしれなかった。
しかし、悪戯っぽく光る蒼瞳はすぐに痛みの為に顰められることになった。
「痛ってぇ…。おい、コンラッド…!痛いっつの!」
見れば、コンラートは笑顔でヨザックの手の甲を抓り上げていた。
痕がつきそうなほど容赦ない捻り具合にヨザックの眉根が寄り、流石に有利の顎へと回していた指を離す。
「痛く感じるように抓っているのに、痛くなかったらお前の痛覚異常ということになるだろう?良かったな、せめて神経伝達速度くらいはまともで」
「ガーン!その他諸々がまともじゃないような言い方…」
「その通りだ」
冷たい言い回しをするくせに、ヨザックと向き合うコンラートは何処か楽しそうに見える。
彼も有利と同様、ヨザックには酷い目に遭わされたことが多々あるようなのだが、それ以上に恩義もあり…そして、やはり何処かで断ちがたい絆のようなものを感じているのかも知れない。
コンラートとヨザックの間に何があったのかは分からないが…この職域も性格も大きく異なる筈の二人は、端で見ていても共鳴するように通じ合う何かを感じさせた。
『並んでると、俺といるよりサマになるしな…』
ちくりと胸を刺す感覚に瞼を伏せてしまう。
お祭りという特殊環境の中で、普段以上に密接な距離感で接しているせいだろうか?いつもよりコンラートと親睦を深めているような気がしていたのだが…その分、独占欲も強く発揮されてしまうらしい。
『コンラッドとヨザックさんは大事な友達なんだし、昔からの知り合いなんだもん…俺が入り込めない繋がりだって、そりゃあるよね…』
理屈では分かっている。
でも、こういう気持ちはそう簡単にスッパリと割り切れるものではないようだ。
「あらら、どうしたの?ユーリちゃん。ご機嫌斜めねぇ〜」
やたらと格好良いのに、オカマ喋りのヨザックに通り過ぎていく人々の目線がちらほらと向けられる。中には、くすくすと忍び笑いしている者もいるようだ。
「そんなことないよ?」
「そぅお?」
ヨザックはにやりと癖のある嗤いを浮かべると、しなだれかかるようにして有利の首筋に腕を回す。基本的に一時的接触が好きなのかも知れないが、その度に鼓動が跳ねるので勘弁して欲しい。
「じゃあさ、一緒にお化け屋敷行かない?」
「そんなのあるんですか?」
「結構大がかりなやつを向こうでやってんのよ。な?コンラッド、あんたも良いだろ?」
「うーん…」
コンラートは少し渋い顔をしたのだが、どういうものかヨザックは纏う気配を意識的に操ることが巧みな男のようで、仔犬みたいに無邪気な顔をされると大抵の者が拒みきれなくなる。コンラートも同様であったらしく、一つ溜息をつきながらも了承してしまった。
「別に良いが…その代わり、不埒な真似をするなよ?」
「ユーリちゃんに?あんたに?」
「両方だ!」
怒鳴り声を喰らったヨザックは楽しそうに笑いながら、両手でグイグイと二人を引っ張っていった。
* * *
「へぇ…意外にちゃんとした造りだね」
芝生が延々と続く殺風景な広域公園に設置されたお化け屋敷は予想外の作り込みを見せていて、地域ボランティアが運営しているとは思えないほどの規模であった。
料金もきっちり500円取ると言うことは、結構気合いと予算が入っているのか。
わんわん泣きながら出てくる小さい子もいるし、年頃の女の子は彼氏の腕に掴まったりしている(半分は演出かと思われるが…)
「へぇ…。俺はこういうの初めてだな。蝋人形館みたいなもの?」
「どうだろ?動きがある分、こっちの方が怖かったり、逆に笑えたりするかな?」
「そーそ。楽しもうぜ?」
背中をぽんっと押されると、押し込まれるようにしてお化け屋敷に入っていった。
「わ…暗い……」
「怖い?」
「そ…そういうわけじゃ……」
そうは言いながらもちょっと声が震える。
作り物なのは分かっているのだが、情けない話…有利は少しこの手の恐怖が苦手だ。どこから出てくるのか分からない分、怖いと言うより吃驚してしまうと言った方が正確かも知れない。
『…………叫んだりしたら、呆れられるかも……』
女の子ならここぞとばかりにしがみつけるのだろうが、そこはやはり一人前の男として情けないところは見せられない。
有利は臍下三寸に気合いを込め、《みっともない所なんて見せないぞ?》と唇を引き絞った。
なのに…いきなり、そろりと首筋にぬめるものが伝う。
「……っ!」
叫びそうになるが、これは効果なのだと信じて《がるる》…っと歯を食いしばって衝撃に耐えた。
しかし…どうしたものか、えらくしつこい。
『うぅ〜…な、何か気持ち悪い…』
ぬる…と生暖かいものが首筋を伝うとぞくぞくしてしまうし、あろうことか…背後から忍ばされた手に袂を探られると背筋が震えてしまう。
ガ…っ!
「え…?」
「何をしている…っ!!」
打撃音とコンラートの怒声とが響くと、有利の背後でヨザックが頭を抱えていた。
「え…え…?今の…ヨザックさん?俺…お、お化け屋敷の仕掛けかと思って……」
では、先程のは…痴漢行為だったわけか?
かぁああ…っと頬に血が上った。
何と言うことだろう。恋人の前で、またこの男に愛撫されるなんて…。
「コンラッド…ゴメンな……。俺、気付かなくて…」
「ユーリが気にすることはないよ。ヨザ!早く謝れっ!」
「へぇい。ゴメンねー、ユーリちゃん」
全く反省している気配のないヨザックは、ひらひらと掌を閃かせて屈託のない笑みを浮かべた。
「ヨザ、お前が前を行けっ!後ろにいるといつ寝首を掻かれるかと落ち着かない」
「あーあ、あんたの寝込み襲いてぇなあ…」
「今すぐ永遠の眠りに就かせてやろうか?」
《ぐぎぎ…》と背後から首を絞めると、ヨザックがじたばたと暴れた。
「反省しました、ハイ。さ〜行こ行こ!」
ヨザックが先を行くと悪戯される心配はなくなったわけだが、その分…彼に何をされたかを思い出して恥ずかしいやら情けないやらで泣きそうになってしまう。
悄然と肩を落として歩いていたら不意に顎が浚われた。
「……っ!?」
薄闇の中で、掠めるように唇が触れていった。
一瞬、きらりと光ったのは…琥珀色の瞳だった。
「コンラッド!?」
「行こう?」
コンラートの、少し冷たくて大きな手がすっぽりと有利の手を包み、力強く引っ張っていく。
見事なタイミングで意識を浚っていったコンラートに、有利は鼓動を感じると共に少しだけ…悔しくも思う。
『これじゃあ、してやられてばっかりだ』
ちょっと考えて…有利はきょろきょろと辺りを見回すと、井戸のような装置の横に柳に似せた壁材が立てかけられており、そこは照明も当たらず暗くなっているようだった。
「ユーリ?」
返事もせずに…一歩ごとに早くなる鼓動を隠して突き進むと、壁に突き当たったところでコンラートを屈ませた。そして、震えないように気をつけて背伸びをすると、今度は自分から唇を奪った。
「……っ!」
コンラートは驚いたようだが、勿論…そのまま固まるほど初な反応は見せなかった。
口角を微かに上げて微笑むと、触れるだけだった口吻が角度を変え…深く重なり合っていく。
「ん…っ!」
尻を鷲づかみにされて、絶妙な指使いで揉み込まれると…絡み合う舌の感覚も手伝って、身体の芯を溶かす甘い痺れに腰から力が抜けてしまう。
「浴衣って…困るな。襟元も裾も簡単にはだけてしまって…色気ありすぎだよ」
「ん…んん……っ」
大胆さを増していく大きな手がするりと裾野を割り、大腿を撫で上げれば感じ始めた花茎が危険水域に入ろうとしてしまう。
『や…やばい……っ!』
驚かせるつもりで自分から仕掛けたのに、すっかり主導権を奪われて翻弄されてしまう。
しかし、このまま健全なお化け屋敷でイタしてしまうわけにはいかない!
万が一あどけないお子様等に見せてしまった日にはトラウマにさせることは必至だ。
「コンラッド…お、お預け!」
テンパった頭で咄嗟に発した言葉と、尖らせた唇に上目づかい…それがどう働いたものか、コンラートは目を見開くと笑みを深いものに変える。
「…じゃあ…後でたくさん可愛がってくれる?」
どうしてそう、色気むんむんな声音と目線を送れるのだろうか?
有利はもう、反射的にこくこくと頷くと覚束ない足取りで、妖しい赤や青の照明に照らされたエリアに戻っていった。
ヨザックside
『おやまぁ…』
一部始終を観察していたヨザックは楽しげに笑うと、まだまだ敵いはしないものの…恋人と同じラインに立とうとして精一杯頑張っている有利にエールを送りたくなった。
いや、今でも結構良い線行っていることを彼は気付いているだろうか?
『コンラッドの奴…平気な顔して、内心は心臓をばくばく言わせてるぜ?』
有利は可憐な容貌と素朴な性格にもかかわらず、時折思いがけないほど大胆な行動に出ることがある。しかも、それが欲望からではなく《コンラッドを喜ばせたい》という思いの発露であったりするから、余計に恋人の心をときめかせるのだ。
『ユーリちゃんよぅ…あんたら、お似合いのカップルだぜ?』
ヨザックはくすくすと笑みを漏らしながら、手を繋いで歩く二人にそっとウインクを送った。
* 改めて言うまでもなく、コンユはベスト(バ)カップル賞です。 *
→次へ
|