「しあわせな一日」
chapter02:他人の何気ない一言に

有利side
カラン…コロン……
下駄音を響かせながら夕暮れ時の街を歩くと、ぽつぽつと浴衣姿の人々が散見されるが、その殆どが女性であり、男の浴衣姿というのはあまり見られない。
そのせいだけではないと思うのだが、予想以上に人々の視線が自分たちに注がれているようで落ち着かない…。
コンラートは葡萄茶色で柄無しのシンプルな浴衣を粋に着こなし、すんなりとした背筋のとか、身体の線が綺麗に出ているので何とも素敵な出で立ちだ。特に清潔感のある襟足や引き締まった足首が露わになっている様子は、匂やかな色気すら漂わせて有利をときめかせる。
最初は大股に歩いたせいで白い腿を露出しかけて慌てていたが、そのうちすっかり足取りにも余裕が出て、からころと良い音を立てる下駄にも慣れてきたようだ。特によい音が鳴った瞬間に、嬉しそうに笑う顔が何だかとっても可愛い。
有利はと言うと、紺地に黒で菖蒲のシルエットを描いた浴衣を着ていて別に可笑しくはないと思うのだが、それでも道行く人々が囁き交わす言葉を聞くとちょっぴり落ち込んでしまう。
「ね…ね、あの人素敵ぃ〜っ!外人さんなのに浴衣メチャメチャ似合うよね!」
「隣の子って、知り合いの子どもかなんかかな?ちっちゃ〜い!」
出かける前の懸念が単なる杞憂であることを思い知る。大きな声で《俺達恋人同士です!》と言ったところで、これほど釣り合いの取れない二人ではとてものことそんな風には見えないようだ。
『う〜…俺だって日本人の高校生としちゃ、そんなにチビって訳じゃないのに〜っ!』
相手が190pになんなんとする(しかも、膝下が特段に長い)コンラートとあってはやはり釣り合わないらしい。これはあれだ…野球選手でも170p台前半だと吃驚するくらい小さいと思われてしまう強制遠近法によるマジックだ!…そう思いたい。
そのうち、有利の存在など見えていなさそうな女の子達にコンラートが目をつけられた。
「一人かなぁ?」
「やーん、素敵!ね…声掛けてみる?」
あでやかな柄の浴衣を着込んだ彼女たちは、襟合わせを整え、襟足のほつれ毛をさり気なく直しながら近寄ってきた。かなり整った容貌をしており、本人達も重々その事は自覚している様子だ。化粧も紅基調の浴衣に合わせて華やかな彩りにしており、瞬きするたび蝶が踊るように華麗な貌を見せる。
「良かったらご一緒しません?」
断って欲しい…でも、そのせいで自分に注目が来るのも嫌だ。
きっと、《あんたナニ?》という目で見られそうな気がする。
しかし、コンラートの返答は実に爽やかでそつがなかった。
「ゴメンね、焼き餅やきの恋人がいるんだ。怒った顔も可愛いけど…哀しませたら辛いから」
両手を合わせて《ゴメンね》と呟きつつ、悪戯めかして綺麗にウインクまで決めるなんて…そんな動作が嫌みなく決まるのは欧米人だからなのか佳い男だからなのか…きっと、両方だろう。
心憎いばかりの爽やかさだ。
あんたは何処の銀幕のスターですかと言いたくなる。
「あら〜残念!」
「彼女さんと夏祭り、楽しんで下さいね!」
浴衣美人達は結構からりとした性格であったらしく、弾けるように笑うとひらひらと袖を振って立ち去っていった。
「……凄ぇ…コンラッド!俺もあんな台詞、一度は言ってみてぇ〜っ!」
感心しきって有利が言うと、コンラートはくすくすと笑み零れてこう言ったのだった。
「半分は間違ってたかな?俺の恋人はあんまり焼き餅やきじゃないみたいだ」
先程の台詞が自分に向けられたものだったのだと漸く理解した途端…ぼん…っと音を立てるようにして有利は頬を真っ赤に染めた。
銀幕のスターは、何処の…というのではなく有利のスターで居てくれたらしい。
琥珀色の瞳の中でキラキラと瞬く銀色の光は、宵の空に鏤められた星々よりも綺麗に見えた。
* えへへー。ちょっとぎこちないながらも、普通に恋愛生活な白鷺コンユも楽しくなってきました。 *
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