「しあわせな一日」
chapter01:改めて聞きますが

有利side
「デートしようか?」
「え…?」
お盆休み真っ直中、有利は課題の総仕上げをすべくコンラートのマンションにお邪魔していた。いつも決まって最後の週末にラストスパートを掛けていたのが信じられないくらい素晴らしい速度である。これには、夏期休業の初盤に豪華客船でコンラートと宿泊する機会を得て、この場に課題を全て携帯していたことが幸いしたのだろう。
目出度く全ての課題をコンプリートしたその時、コンラートは息が掛かるほど近くに寄ってきたかと思うと…そんなことを言い出した。
それほど突拍子もない台詞というわけではない。
コンラートと有利は大々的に喧伝は出来ないものの、お互いだけはしっかりと納得づくの《恋人同士》である。付き合い始めてから半年の間に、幾度も身体を重ねた。いや…重ねたなどという表現では生ぬるいかも知れないほど深く繋がり合っている。
けれど、意外に平凡なデートというのはしたことがない。
『いや、どういうのが平凡とかってのも分かんないけどさ』
コンラートは優秀な商社マンであり、どうやら出身も吃驚するくらいハイソなお家であるらしいのだが、その彼は不思議な巡り合わせによって、高校二年生の渋谷有利…こちらは平凡極まりない男子高校生と恋愛関係に陥っている。
恋愛をしている者同士がデートをするのは普通だ。
でも、お互いにストレート嗜好であったはずの男二人が、肉体関係も含めた恋愛をしているのは普通ではない。
二人きりの温泉旅行や、何故か豪華客船の超豪華スィートで過ごしたこともあるくらいなのだから今更こんな事で悩むのも我ながらおかしな気がするのだが、脳裏を掠めた事柄のせいで返事は遅れてしまった。
「嫌?」
「そ…そんなことないよ!何処に行くの?」
はっと我に返って、慌てて《乗り気》であることをアピールしようとする。
実際嫌なんて事は全くなくて、コンラートと傍にいることは何をしていても、どんな時でも楽しいに決まってる。
ただ…温泉にしても豪華客船にしても、常にどこか後ろめたい感情を抱いていたのも事実なのだ。
《後ろめたい》と言うと語弊があるだろうか?有利はコンラートとの関係を、第三者に踏み躙られることを警戒している。コンラートとの恋愛をとても大切なものとして捉えているからこそ、決して人に知られてはならないとも思っている。
コンラートが《男子高校生を拐かした》と思われるのも不本意だし、有利が友達から《ホモ》とか呼ばれるのも嫌だ。
欧米ではどうなのかよく知らないが、ともかく日本ではそういう性嗜好を持っているとなると《男好き》と思われる傾向にある。有利の学校にはゲイであることをカミングアウトしている強者がいたが、《あいつは男なら誰でも銜え込む》という噂を立てられて、よく喧嘩をしているようだ。
今になって、初めて彼の心痛がよく分かる気がする。
有利は、コンラートという男が好きなのだ。
電車の中で偶然出会って…サキュバスという恐るべき媚薬の罠に捕らえられた有利を、身体を張って護ってくれた人だ。誰よりも愛おしい…彼を思うだけで、泣きたくなるくらい切なくなったり、そこら中を飛び回りたくなるくらい嬉しい気持ちにもさせてくれる人だ。
コンラートとの恋愛に後ろ指を差されたくない。
その為の方策として有利が採ろうとしているのは、周囲に分かって貰うことではなく隠しておくことであった。
大切な大切な宝物を、汚す者がいないように…綺麗な宝石箱に入れてしまっておきたいのだ。
けれど、それは同時に二人の関係を恥じて隠匿しているようにも見えるかも知れない。
コンラートに、自分たちの関係を恥じていると思われるのは辛い。
『コンラッドは…どう思ってるんだろう?改めて聞くのも変かなあ…』
街を歩いていて、仲良くしている瞬間を仕事の関係者に見られたら…彼は何と言うだろうか?
《デートしよう?》と気安く言ってくるくらいだから、あまり気にしてはいないのだろうか?
『コンラッドは口も上手いもんな。家庭教師やってる高校生と仲良く街を歩いてたって、違和感なんか抱かせないのかな?』
その可能性も高い。
何しろそつのない男だから、後ろめたさの欠片もない顔で飄々と言えば誰も不審など抱かないのかも知れない。
「お祭りがあるらしいんだけど、知ってる?」
「そういえばあちこちにポスター張ってあったけ」
幼い頃は兄や家族と連れだって夜店を冷やかしたりしていたものだが、ここ近年は別に盆踊りを踊りたいとも、特別夜店の高い食べ物を食べる為だけに出かけるのも億劫で足が遠のいていた。
けれど、コンラートと共に行くのだと思った途端…急に夜店の派手やかな彩りが懐かしく、鼻腔を擽るトウモロコシや焼きそばの香りに食欲を誘われるのだから不思議だ。あの《純日本》的空間の中に佇むコンラートはどんな感じなのだろう?
あの猥雑な活気を持つ空間なら、有利とコンラートが一緒にいて接近していてもそんなに違和感はないかも知れないし。
「お祭りかぁ…ね、コンラッド。折角だから浴衣とか着てみる?」
「持ってるの?」
「オヤジのだけど、ちょっと大きめなんだ。コンラッドが着ると多少裾がつんつるてんにはなるかも知れないけど、男浴衣は少し裾が短くてもおかしくなってお袋が言ってたし…」
「じゃあ、お願いしようかな」
話が決まると、二人はそのまま渋谷家赴くことになった。
コンラートside
「デートしようか?」
「え…?」
街に張ってあった夏祭りのポスターを思い出して何の気なしに聞いてみたのだけれど、有利は予想外に驚いた顔をして黙ってしまった。
『あれ?』
有利の印象からして仔犬のように喜ぶ顔を想像していただけに、ちょっと肩すかしを食らう形だ。
これまでも温泉旅行に出かけたり、先日は豪華客船のスィートでねっとりねっちり濃厚な日々を過ごしたりしているのだから今更…という気もするのだが、有利は《デート》という響きに奇妙な警戒心を抱いているようだ。
おそらく、自分たちを知っている連中が大勢居る中だという点がネックなのだろう。
『俺とユーリは恋人同士…の筈なんだけど……』
改めて聞いたりしたら、余計に困った顔をするだろうか?
有利はコンラートを好きでいてくれると思うし、一緒にいることを楽しんでいるのは間違いないと思う。
けれど、自分たちの関係が他人からどう見られるかということはとても気になるらしい。
コンラートの育った環境以上に、日本という土壌は特殊な性嗜好に対する風当たりがきつい。情報は氾濫しているくせに、現実世界で自分の身近に存在するとなると急に眉を顰める人が多いのだ。
『まあ…俺だってそうか』
実際問題として、日本の支社に留まって有利の傍にいることを決めた以上、コンラートは日本社会に適合していかねばならない。そうであるならば、《男子高校生と肉体関係にある》事は厳に秘しておかねばならないのだ。
だからといって、何もかも見つからないように隠しておくのも嫌だ。
この辺りは微妙な機微なのだが、有利という愛らしい恋人と伸びやかに日々を過ごしたいという欲求は、それが明るみに出ることの害を吹き飛ばすくらいコンラートを誘って止まない。
『ユーリはどちらの気持ちの方が強いんだろう?』
周囲に知られることを恐れる気持ち。
コンラートと恋人らしく過ごしたいという気持ち…。
特に気にした風もないように装いながら、その実…結構ドキドキしながら有利の様子を見守っていた。まるで初恋の相手にデートを申し込んでいるかのようだ。初な自分を客観視すると、実に面映ゆい。オレンジ髪の友人が知ったらさぞかし腹を抱えて笑うことだろう。
見守るコンラートの前で、有利の心は揺れ動いていたようだが、結局後者の思いが駆ったらしいのを確認して、心の中で拍手をしてしまった。
《夏祭り》というキーワードが特に彼の心を誘ったらしく、作り笑いでないうきうきとした様子で、浴衣を着ないかと誘いかけてきた。
『良かった…』
ほう…っと安堵の吐息を漏らすコンラートは、我ながら余裕のない自分に苦笑するしかなかった。
* 「白鷺線の二人が普通にイチャイチャしてる話」をリクエストされましたので、初めてのお題モノに挑戦してみました。さてさて…上手くいきますでしょうか?何だか、早速お題の趣旨と違う気がしてお恥ずかしいです。 *
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