「リボン結び」

※拍手文に使用した物を加筆修正しております

イラストは コチラ

 

 

 『大切なプレゼントにはリボンを結ぼう』

 『中身が特別なものだって分かるように』

 『《あなたに喜んで欲しい》って、思ってるってことが分かるように』

 『綺麗に綺麗にリボンを結ぼう』

 

 恥ずかしいほど乙女チックな歌が、商店街のあちこちで響いている。

 新人歌手の甘い歌声が、バレンタイン商戦タイアップの一環としてチョコCMに流されているのだ。

 女の子が笑顔でラッピングを施す映像を横目で見ながら、有利は遠く離れた恋人のことを思った。

『最近…ずっと会ってないなぁ…』

 眞魔国では大した事件が起こっていないのか、最近めっきりお呼び出しがない。

 事件がないのは良いことなのだが、たまにはこちらの気分に合わせて召還してくれたって罰は当たらないと思うのだが…。

 

 2月14日…学校内では義理チョコを2個ほど貰ったものの、特に衝撃的なイベントも発生せず平穏無事に帰路に就いた有利は偶然村田と出会い、他愛のない話をしながら一緒に歩いていた。

「渋谷、はいこれ」

「村田…なにこれ?」

「リボン。綺麗だろ?」

 道が別れる交差点まで来たとき、不意に村田が鞄の中から紅色のリボンを取りだした。

 サテン地のリボンは艶やな光沢を湛え、男子高校生が持つには気恥ずかしいほどのあでやかさを放っている。

 手渡された有利は戸惑ったように試すがめすした。

「うちの学校で卒業生用の胸飾りを作ることになったんだけどさ、結構余ったんだよ。それで、是非君にあげようと思ってね」

 …どうやら、帰り道が合致したのは《偶然》などではなく、村田の計算に基づくものであったらしい。

「これを俺にどうしろと?」

「僕の言うことを聞いておくと、良いことがあるよ?」

 にっこりと微笑みながら村田が述べた《良いこと》に、有利は《ぐぬぅ…》と喉奥を唸らせた。

 

*  *  *

 

「う…」

 お風呂に入った後、水気を拭った有利は脱衣籠に入れておいたリボンを手に取った。

「…本当かな?」

 おずおずと身体に巻き付けてみたが、不器用さが祟ってか…飾っていると言うよりも、絡まっていると言った方が無難な有様である。

『全裸で赤いリボンを身体に巻いておくと、遠く離れた恋人にも会うことが出来る』

 変態行為以外の何ものでもなさそうな言葉を頭から信じたわけではなかったのだが、ここのところ眞王の呼び出しがないせいで大切な恋人…コンラート・ウェラーに会うことが出来ない寂しさから、まさに藁をも掴む気持ちで実行してみた。

 その結果…あまりにもウラ寂しい恰好で鏡に向かう事態に陥った。

『大体…こういう恰好はボン、キュ、バーン!な素敵体型の女優さんなんかがやるから良いんであって、貧相な男子高校生がやって可愛いもんじゃないよなぁ…』

 客観的に見れば全く異なる感想を与えられそうだが、有利はしょんぼりと肩を落としてリボンを解こうとした。

 そこに、かちゃりと扉のドアノブが音を立てる。

「おい、ゆーちゃん…いつまで入って…」

「わぁぁ…っ!」

 脱衣所の扉を勝利に開けかけられ、叩きつけるような勢いで止めにはいる。

「ゆーちゃん…お兄ちゃんに対してそれはないんじゃないのか!?マッパがどれだけ恥ずかしいと言うんだ!?まさか…そこでこっそりスク水を着てたりするのか!?ここを開けなさいゆーちゃんっ!!」

 扉に何処かぶつけたらしい勝利が、痛みに耐えながら怒り(…と、欲望)を露わにする。

「ち…違うけど、ちょっと込み入った事情でここは開けられないっ!!」

 スクール水着と全裸に赤いリボンではどちらがキワモノ扱いされるだろうか…脳裏にそんなことが浮かび上がるが、どちらにしても勝利にだけは見られたくない。

 鍵が壊れているために防御力が甚だ乏しい扉を必死で閉め続けていると、不意に抵抗感が緩んだ。

「ふぅ…全く、頑固だな有利…仕方ない。今日は諦めておいてやる」

「勝利…」

 ほっと安堵して手を離した…その瞬間、勢いよく扉が開かれる。

「なーんていうと思ったか!引っかかったなゆーちゃん!」

「うわぁっ!」

 騙し討ちの形で扉を開けられ、情けない事ではあるが反射的にしゃがみ込んでしまう。 勝利が突入するのと、大判のタオルにふわりと身体を包み込まれるのとは同時であった。

「ユーリ…大丈夫ですか?」

「こ…コンラッド!?」

 タオルをかき寄せて見上げれば…全身びしょ濡れで滴をしたたらせたコンラートがにっこりと微笑んでいた。

「ご…護衛!なんでお前がここに!?」

「猊下がお呼びと伺いましたので、失礼ながら風呂場からお邪魔しました」

「まったくもって失礼極まりない!とっとと国に帰れ!ヤンキーゴーホーム!」

「俺はヤンキーではないのですが…」

「どーでも良いわそんなこたぁ!」

「煩いな勝利っ!コンラッド、行こうっ!!」

「あーっ!ゆーちゃんっ!!」

 勝利の叫びを後にして、有利は自室にコンラートを連れ込むと急いで鍵を掛けた。 

「はー…、ゴメンなコンラッド?身体冷えてない?これで拭きなよ」

「すみません、ユーリ…」

 言いつつ、コンラートの瞳は有利の身体に釘付けとなる。

「あ…こ、これはっ!俺の趣味とかではなくて、む…村田の奴がっ!!」

 慌てて解こうとするが、その手をそぅっと大きな手で包み込まれてしまう。

「解かないで…俺に解かせていただけませんか?」

「え…?」

 器用な指先がサテン地のリボンを摘み、しゅるりと解くと…改めて首元に巻き付け、綺麗な蝶々結びにしてしまう。

「と…解くんじゃなかったの?」

「勿体ないですから」

 にこにこ顔でリボンの端を操り、見る間に有利の手首と足首をそれぞれに巻き付け、強く引っ張った途端…有利の身体はころりとベット上に転がってしまう。

 その仕上がりに、コンラートは実に満足げだ。

 花茎こそぎりぎりリボンに隠されて見えないものの…いや、見えないからこそ、白い内腿があらわになるM字脚が男心をローリングする。

「こ…コンラッド…何して…っ!」

「何もしなくて良いですか?《据え膳喰わずは男の恥》と、猊下から伺ってきたのですが…」

「あんたらグルかーっ!?」

「グルだなんて…美しい協力態勢と表現していただきたいですね。バレンタインデーというのは、こちらでは恋人達にとって特別な日なのでしょう?」

 甘い囁きを耳朶に注ぎ込まれると、微かな腹立ちなど舌の上のチョコレートのように解けてしまいそうになる。

「き…協力って…」

「猊下はヨザとの会瀬を楽しみたかったそうで、その為の根回しを少し…ね」

 ヨザックでなければ切り回せないような任務が続いていたのだが、グウェンダルに頼み込んで他の人員を回して貰い、ヨザックに特別休暇を与えたのである。

 今頃、村田の家にもヨザックが召還されている頃だ。

「リボンをつけたあなたに《プレゼントは俺だぞ★》と言って頂くのが俺の夢だったんですよ…。しかし、まさか全裸でやっていただけるとは思いませんでした。そんなに協力的なアピールをされては、こちらも応じねば男ではありませんよ」

「いやいやいや…こ、これは村田にそうしろっていわれて…!その…こういう恰好をしたら、あんたに会えるって聞いたから…」

「だから…恥ずかしいのを我慢して、身につけてくださった?」

 琥珀色の瞳に銀色の光彩が跳ね、無駄にコンラートを美しく見せた。

 …とは言いつつも、有利はそんなコンラートに胸をときめかせて頬を染めているのだから、あながち無駄とも言い難いだろうか。

「うん…」

 躊躇いがちに…けれども否定は出来なくて、こっくりと頷いてしまう。

「俺に、会いたかった?」

「うん……」

「嬉しい…」

 そう言うと、コンラートは身を起こして服を脱ぎ始めた。

「え…っ!?こ、コンラッド…なにして…っ!」

「すみません、ユーリ…お目汚しでしたら、外で脱ぎましょうか?実は、濡れた服が冷えてしまって…」

「え?あ…そ、そうか…そうだよねっ!ゴメン…いいよ、そのまま脱いじゃって!」

 言われてみれば、タオルで拭いたとはいえコンラートは全身ずぶぬれなのだ。

 そういつまでもそのままの服でいさせるわけにはいかないだろう。

 しかし…リボンで身動き出来ない身で、逞しい恋人の体躯を見せつけられるのは何とも目に毒だ。

 有利は仄かに頬を上気させると、そっと瞼を伏せてコンラートの布擦れの音だけを耳にしていた。

 濡れた重たそうな布地を脱ぐ音…そして、タオル地で身体を拭っているらしい音が一段落すると…冷え切った身体がそっと寄せられてきた。

「ひわ…な、何!?」

「すみませんユーリ…寒くて…」

「あ…そ、そっか!ごめんな、気が利かなくて…」

「いえいえ…」

 コンラートの身体がそっと有利の上にのし掛かってくる。

 脚を閉じることの出来ない状態で抱き込まれた有利は、内腿に当たる男の肌にびくりと背筋を震わせた。

 不快だったわけではない。

 寧ろ、冷たいその素肌が…その身に刻まれた疵の痕跡が、視認するよりも生々しく恋人の肉体を感じさせるものだから…

『うわー…コンラッドだぁ……』

 しみじみと押し寄せる実感と共に、否応なく身体が熱くなっていく。

 内腿を晒しながらも、有利の肝心な場所は微妙なバランスでリボンに隠されている。少しでも身じろげばほろりと露出してしまいそうなその場所が、コンラートの肉体を感じた途端に先端に蜜を湛えるものだから大いに焦ってしまった。

『なんつー正直な身体ですか、俺…』

 《若いって、しょっぱい…》そんな感慨に、目元が滲んでしまう。

「ユーリ…会いたかった…」

「お…俺も……っ!」

 しっとりと耳元に囁きかける声や、首筋に零れる爽やかな香気…密着して、伝導熱を共有する肌。

 そんなこんなに動転する有利の声は情けないほどに上ずってしまう。

「ユーリ…今日は学校でチョコレートを貰ったりしたんですか?」

「う…うん。でも、全部義理だよ?」

「義理?」

「うん、《異性として付き合いたい訳じゃないけど、友達・上下関係等々鑑みた結果》…女の子がくれるチョコ。正直お返しとか大変だからいらないって言ったんだけど、無理矢理渡されてさぁ…。知ってる?ホワイトデーには3倍返しとか、不条理なルールがあるんだぜ?あーあ、来月小遣いヤバイよー」

「ふぅん…何処にあるんですか?その義理チョコというのは」

「ん?鞄の中」

「開けても良いですか?」

「いいけど?」

 きょとりと小首を傾げる有利を背に、コンラートは有利の学生鞄を開ける(マッパで…)。 すると、中から出てきたのはとても義理とは思えないほど凝ったラッピングの箱…中からは並々ならぬ闘志が漲るようなガトーショコラや、手間と材料に拘っていそうなトリュフが魅惑的な芳香を纏って登場した。

「………ユーリ…これ、本当に義理だと言われたんですか?」

「うん、殺されそうな目で睨まれて《マジ告白とかじゃないんだからね!義理なんだからね!》って念押された。あそこまでしつこく言わなくったって、モテないのは知ってますー…って言ったのにさ、何か変な顔して睨み続けられるし…」

「もう一つのチョコには男の名前でカードが入っていますが…」

 日本語を解するコンラートに軽く驚きを覚えるが、ガンダムネタがある程度解せる日本理解力レベルだと当然なのだろうか?

「ああ、そいつはクラスの友達。《友情の証だから全部食べろよ》なんて押しつけてくるしさ。そいつ、結構モテるやつだからチョコも横流し品かと思って、《くれた子に悪いだろ?》って言ったんだけど、《これは俺の手作りだ》とかいってさー…。なにも、チョコレートがいっぱいあるときに手作りなんかしなくても良いと思わない?」

「………………………そうですね」

 コンラートは喉奥まで出掛かった言葉を強引に飲み下した。 

 主が気が付いていないのならば黙っておいた方が良い。

 前者の女の子が明瞭な《ツンデレ》であることも、後者の男が有利に本気モードな《ゲイ友》だということも…。

『ユーリが鈍いおかげで助かると言えば助かるんだが…』

 有利が無防備に過ごす学校生活で、そんな誘惑を試みる不届き者がいること自体は大変に不愉快である。

 普段、あまり人や物に固執する癖のないコンラートは、その分愛情を注いでいる狭い領域には《執拗》と表現して差し支えない程度の拘りを見せる。

 で、あるからして…決して全くこれっぽっちも有利が悪いなどとは欠片ほども思わないだが、《報復》というわけではないにしても、ちょっと《悪戯》して涙目にさせてあげたいな…とは思っている。

 見事なまでの《八つ当たり》なのだが、そうとは気付かせないように…有利を傷つけないように嬲るのは得意だ(嫌な自慢…)。 

「ユーリ、折角ですから食べてみますか?」

「うん、そういえばちょっとお腹空いたかも」

 こくこく頷いて《あーん》とお口を開ける無防備さに、コンラートの胸には《可愛いなぁ》…という素直な感慨と共に、ある懸念が浮かび上がる。

「ユーリ…学校でお友達に食べ物を貰うことがありますか?」

「うん、育ち盛りは食べ盛りな欠食男子高校生を哀れんだ友達が、お菓子とか分けてくれるよ?」

「その時にもこんな風に口を開けるんですか?」

「うーん…その時々かな?手が塞がってるときとかに口元に出されたら《あーん》てするよ?」

 《どうしてそんなこと聞くの?》と、不思議そうな顔をしている有利が可愛らしく…こんな愛らしい生物を目の前にして…あまつさえ、餌付けの楽しさを覚えてしまったクラスメイトの顔を思い浮かべると…

 

 …正直、全員晴海埠頭に沈めてやりたくなる(何て心の狭い…)。

 

 ここはやはり、《八つ当たり》させていただこう。

 コンラートはそう心に決めた。

 

「…とっ!」

  コンラートは店舗品並みに形の整ったトリュフを手に取ると、有利の口元に運ぶ振りをしてわざと取り落とした。

「あ…すみません、ユーリ…折角のチョコが…っ!」

「ぇ…ゃ……っ!」

 コンラートの落としたトリュフは狙い澄ましたように(狙ったからだが)、有利の下腹に落下すると、ころころと転がってリボンに包まれた谷間を目指していく。

 肌の温もりによってダークブラウンの痕跡を残すトリュフを如何にも取ろうとするように…けれど、明確な意図を持ってコンラートの指がリボン越しに陰部をまさぐる。

「しまった、リボンの間に…」

「こ…コンラッド…も、良いよっ!良いから…っ!!」 

 有利は焦りのあまり半泣きになって懇願した。

 何故なら…それでなくともコンラートの肌を感じることで高まり始めていた花茎が、リボン越しに掠めていく指の感触によって雫をこぼさんばかりに膨起し始めているのだ。

 今にもぽろりと飛び出しそうな花茎の先が、リボンを押し上げながらじんじんと疼く…。

『これ以上弄られたら…で、出ちゃうよ…っ!』

 必死で内腿を寄せようとするのに、リボン拘束された四肢はどうにも動かない。

 縛っている場所自体は阻血による痛みなど訴えないというのに、それでいてこの拘束力を発揮出来るとは…ルッテンベルクの獅子、恐るべし。

 

 《こんな所で発揮しなくとも》…という指摘は控えて頂きたい。



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