「ラブポーションbX」

 



 

 とーれと〜れ〜、ぴーちぴ〜ち〜オルティン蟹料理〜。

 とーれと〜れ〜、ぴーちぴ〜ち〜カルカケーエス河豚料理〜

  とーれと〜れ〜、ぴーちぴ〜ち〜フォンタナ烏賊料理〜

  とーれと〜れ〜、ぴーちぴ〜ち〜ドドメス蛸料理〜……

 

「ええと、フォンカーベルニコフ卿…この歌何処まで続くのかな?」

「材料が尽きるまですわ、猊下」

 微笑み交わす紅い悪魔と双黒の大賢者の前で延々歌い続け、その歌詞に出てくる材料を次々に粉砕してはぐつぐつと煮える鍋の中に投入していく謎の機械は、ここ数時間というものの、凄まじい臭気を放って血盟城の魔族達を辟易させている。

 なお、手に似せた大きな触手が鍋の上で材料をぐちゅりと握りつぶすものだから、《映像的にお見せ出来ないのがせめてもの幸いです》というくらい衝撃的な映像が展開されている。

 その周囲の籠やら檻の中で盛んに蠢いている生物たちは、自分たちの行く末を理解して怯えているようだ…。

 まさしく、魔女の実験室に相応しい映像である。

 目の当たりにしている村田はちょっぴり胃酸が上がってくるのを感じるが、それでもこれが完成した際の成果が楽しみで、ついついこの実験室に足を運んでしまうのだった。

「これが惚れ薬にねぇ…」

「猊下に頂いた古文献を参考に、私が創意工夫を織り交ぜた傑作ですわ。魔力を持つ持たないに関わりなく、これを飲む者は等しく最初に目にした相手に惚れ込むという効能があります。何しろ、私が知る中でも最強との呼び声も高い《惚れ惚れ洗脳薬第九》の改良型ですからね」

「流石はフォンカーベルニコフ卿!…で、最初の実験体は決まっているのかな?」

「当然、グウェンダルです」

「当然…なんだ」

「ええ、あの男に一気飲みさせ、私の命令に忠実に従うようにさせます」

「今でも最終的にはそういう流れになってる気がするけど?」

「ほほほ…結果的にはそうですが、捕獲に時間と労力が掛かりすぎます。その分実験時間への負担になりますからね。私が一声掛けたら、速攻素直に従うようにさせたいのです」

「へぇ…ところでさ、その薬…当然僕にもくれるよね?」

「猊下は誰を意のままになさりたいのですか?今でも既に相当意のままにされていると思いますが」

「あはは…フォンカーベルニコフ卿には敵わないなぁ。僕としては意のままにならないことだらけなんだけどね。端から見たらそんな印象があるのかな?」

「ええ。好きなように周りの者を転がしておられるように見えますね」

「あはは、やだなぁ。僕が好きなように出来ていたら、本当に面倒が無くていいんだけどねぇ」

 微笑み交わす二人の前に、他者がいないことは幸いだろう。

 ぐつぐつと異臭を放ちながら煮えたぎる鍋と、臓腑と血と墨と体液でドロドロになった触手を前にして楽しげに笑い合う男女は、何の予備知識無しに見ても相当怖いし、予備知識が下手にあるともっと怖い。

「まあ、私の実験に貢献してくださった猊下に完成品をお届けすることは当然の事ですわ。それをどう使われるかもご自由…ただし、解毒剤までは開発しておりませんので、薬の効果が切れるまでは対象者等の修正はききませんのでご了承ください」

「ああ…分かっているさ……」

 ぐつぐつぐつぐつ……

 二人の思いまで練り込むようにして、鍋は煮えていく……。

  

*  *  *

 

 一度は地球に送還されたものの、また出戻りしてきた第27代魔王陛下の復帰問題も解決すると、眞魔国には平穏な空気が流れるようになってきた。

 だが、《平穏》とはある種の刺激を求める者に《何かしでかしたい》という意欲を与えてしまう温床であるらしい。

「これ、ナニ?塩辛?」

 臓腑(はらわた)を煮詰めた物を詰め込んだ瓶に、有利は意外と平気そうな表情を浮かべたのの、ヴォルフラムとギュンターはぞっとしたように背筋を震わせた。

 ちなみに、執務室にはいつものメンバーがほぼ揃っているが、珍しく体調不良を理由にグウェンダルは姿を見せていない。

「ユーリ!そんな物を手にとって良く平気だな!?」

「え〜?そーいやヴォルフって焼き魚の内臓見るのとかも駄目だっけ?コンラッドは?」

 軍人として人を斬っても平気なのに、加熱した魚の臓腑が駄目というのは不思議だ。

「俺は旅の途上で栄養摂取のために臓腑も食べさせられたりしてましたので、わりと平気ですね」

「そっかぁ、流石!」

 コンラートの返答に有利が感心したように微笑むと、ヴォルフラムが目に見えて唇を尖らせた。

 時折男らしい態度を見せるようになったものの、相変わらずどこかお坊ちゃん気質の彼は、コンラートに後れを取ること多々なのだ。

「そ…そんなものが口に出来ることが凄いのか!?」

「だって、栄養になるからってことで苦手を克服したわけだろ?やっぱ我慢強いんだなーって思うじゃん」

「何だと!?で…では、僕だって克服してやる!」

「いやぁ…フォンビーレフェルト卿…。別に君の苦手克服のために持ってきた訳じゃないんだ。僕は日本の味を懐かしむ渋谷に、ご飯のお供としてプレゼントしたいのさ」

「あ、だからわざわざお茶碗にご飯盛ってきてくれたの?ありがとー、村田!」

 今回は仕事が詰まっていたせいで、眞魔国への長期間滞在を余儀なくされている。

 魔王復帰してからは、ある程度自分でコントロールしてこちらの世界にやってこれるようになった有利は、今回米袋と共にスタツアしてきたのだが、ご飯のお供とするべき子持ち昆布を水浸しにしてしまったせいで、ご飯を炊いてもらっても塩おにぎりにするくらいしか選択肢がなかったのである。

「うん。日本茶も持ってきてるしね。どうぞ食べちゃって?」

 そう言うと、村田はずずい…っと有利の前に詰め寄っていった。

 まるで、視界に自分だけを映せとでも言いたげに…。

「村田…?なんか近いんですケド……」

 早速塩辛を大盛りご飯の上に載せて、お箸で掻き込もうとした有利だったが…至近距離から覗き込まれると何だか食べにくい。

「気にしないで?君が一口食べたら僕も貰おうと思ってるだけだから」

「じゃあ、先に食べて良いよ?」

「いいや、君のために持ってきたんだから先に食べてよ」

「う…うん……」

 いつもなら大口開けてあーんと勢いよくかっ込むのだが、やはり食べにくいのか、お箸に一口大のご飯と塩辛を摘むと、そろそろと村田の様子を見ながら口に運んでいく。

『よしよし…いいぞ?』

 何か妙だなとは思っているようだが、その分、有利の視線は村田に注がれているし、ギュンターやヴォルフラムも正面切って双黒の大賢者に逆らう度胸はない。グウェンダルも朝方、アニシナにこのラブポーションbXを(無理矢理)食べさせられていたようだから、今頃命がけで実験に付き合わされていることだろう。

 有利にしては小さく開いた口にご飯と塩辛が入れられようとしたその瞬間…ひょいっと瓶詰めからラブポーションbXを摘み食いした者がいた。

 

 (村田にとっては)いらんことしいの…ウェラー卿コンラートである。

 

「うーん…ちょっと……独特の味がしますねぇ……臭みが強いというか…」

 文句は言いつつも、数回咀嚼した後しっかり嚥下してしまうコンラート。

「え?本当?どーしよ…俺、苦いのは平気だけど臭みがあるのは…」

 コンラートの感想を聞いて、有利は箸で摘んでいた分をお茶碗に戻してしまい、ひょこっと立ち上がってコンラートの顔を覗き込んだ。

 

 見つめ合う二人の視線が…強く絡み合う。

 

『あれ…?』

 突然、コンラートの瞳に強い艶が掃かれ…まるで思いっきり雰囲気の盛り上がった夜のように、雄の欲望を感じさせる眼差しが有利へと注がれる。

 そう…地球から再びこの世界に戻ってきて、行きがかり上とはいえヴォルフラムが婚約破棄の手続きを取った後、コンラートは有利に想いを告白し…二人は周囲には知らせていないものの、肉体的な結びつきを含む恋人となっていたのである。

 だが、まだ国内外の安定に向けて秘密とされている二人の関係は、特に思いを残しているらしいヴォルフラムの前では決してあからさまには示せない状況であった筈だ。

『ちょ…なんでそんな色っぽい目で見るかな!』

 どきどきと鼓動が跳ね、有利は狼狽えたようにコンラートから視線を外そうとしたが許されず、大きな掌に両方から頬を包み込まれ、先程よりも至近から熱い眼差しを注がれてしまう。

 

「綺麗だ…。ユーリ…あなたの瞳はまるで、澄み渡る夜空のように俺を吸い込んでしまう。あなたという存在に包まれて、このまま蕩けてしまいたい…」

 

「……はぁ!?」

 尾骨直下型の…恐ろしく響きの良い美声が甘く耳朶を嬲り、有利は更に胸の鼓動を弾ませてしまう。

「こここここコンラート!」

「一体何をしているのですコンラートぉぉぉぉぉっ……!」

 当然、ヴォルフラムとギュンターは絶叫をあげてコンラートの行動を止めようとするが、強烈な洗脳薬の効果を体現する彼に、そんな制止がきくはずもない。       

 

「邪魔をするな」

 

 冷厳な声が弟と師匠を撃ち、《邪魔をしたら殺す》と言いたげな殺気を醸し出す…。

 それはラブポーションbXによる強制というよりも、普段は堅固な自制心によって覆い隠し、人当たりの良い態度で誤魔化している本心がストッパーを失って露呈してしまったという方が正確なのではないか…村田はそう受け止めた。

「もー…ウェラー卿。君ったらどこまでも僕の意向に反してくれるね?渋谷をその状態にして僕にメロメロにさせようと思ったのにさ!」

「な…なんだとう!?」

「何故そのような…。はっ!まさか、その不気味な臓腑加工品がそのような薬効を持っているのですか!?」

「そうだよ。君達に僕らの仲の良さを見せつけて、渋谷に来ていた縁談話を潰そうと思ったのにさ…。まあいいや…この際ちょっと不満ではあるけど、ウェラー卿にやって貰おうか」

「それはもしかして…あの件でございますか?」

「どういうことだ?」

 何か思い当たる節があるらしいギュンターにヴォルフラムが問いかける。

「ええ…それがですね。先日、あなたが陛下との婚約破棄をしたことが原因といえば原因なのです。あれ以降、陛下は恋人不在ということになっておりますから眞魔国はおろか、同盟諸国からも縁談話が殺到しておりまして、失礼がないようにお返事するだけでも結構な手間になっているのです。また、陰謀の影も蠢いておりまして…」

 これまでは有利の方に応える気がさらさら無くとも、十貴族の一員という肩書きがあり、グレタという義娘まで間に挟んで川の字に寝ているヴォルフラムは、間に割ってはいることが出来ないほど密接な関係にあると思われていた。

 その彼が婚約破棄をして、しかもそのまま再婚約という展開にもならなかったことは、《魔王陛下の夫、ないし愛人》の座を狙う者にとっては垂涎の状況だったのである。

「陰謀だと!?」

「無理矢理にでも陛下と関係を結び、意のままに操ろうとする輩が居るという噂なのですよ」

「なにぃ〜!?そ…そんな」

「それで、僕が間に入ろうと思ったのさ。僕は双黒の大賢者…渋谷を護る壁としては、他を圧するに相応しい肩書きを持っているからね」

「だ…だが!それなら僕が元の鞘に収まった方がすんなりいくのではないか!?」

「君は既に何度もその事を主張しているが、渋谷は頑として受け付けなかったろう?」

「ぐ…っ!」

 事実を突かれてヴォルフラムは沈黙してしまう。

『ヴォルフ…お前は俺にとって掛け替えのない親友だよ?だけど…奥さんだとか旦那さんにしたい人じゃないんだ。ゴメンな…』

 申し訳なさそうに何度も繰り返されるのが、哀しかった。

 婚約期間中だとて、有利が自分を愛していると信じられていたわけではない。それでも…なし崩しに今の関係を続けていれば、そのうちへなちょこな彼は絆されて、《ま、いっか》などと言って結婚してくれるのではないかと夢想していた。

 だが…そうはならなかった。

 結局、有利はヴォルフラムに対して友情以上のものを持ち得ないということなのだろう。

「……て、ここここ…コンラートぉぉぉっ!どさくさにまぎれて何をやっているぅぅう!!」

 傷心のヴォルフラムがしんみりとしている最中に、コンラートは嬉々として有利といちゃいちゃしていた。

 何時のまにやら豪奢な椅子に我が物顔で座しているコンラートは、お膝にちょこんと魔王陛下を乗せて、腕の中にがっしりと抱き込んでは小鳥のようなキスを頬に髪にと注ぎまくっているのである。

「可愛い…ユーリ。なんて素敵なんだろう!このまろやかな頬が俺の唇を受けてふんわり上気すると…まるで春の野原に華が咲くようですね。ああ…この果実のように色づく唇を、今すぐ堪能してもよろしいですか?」

「駄目〜…よろしくナイ〜〜っっ!!」

 恥ずかしがり屋の有利は衆目の中で唇を寄せられると、真っ赤になって嫌々をする。

 だが…ウェラー卿コンラートは、本日に限っては殺魔族的な魅力を隠すつもりはないらしい。琥珀色の瞳を切なげに眇めると…精悍な口元に渋みを帯びた笑みを浮かべて呟くのだった。

「駄目…?」

 じぃん…と甘く蕩ける声が耳朶を震わせると、びくりと有利の背筋が跳ねて官能を露わにしてしまう。

「ゃ……っ」

「キス…したいな……良い?」

 かし…っと耳朶を甘噛みして囁けば、ふるりと長い睫が揺れた。

『はぅ〜…なんちゅー佳い声……』

 大好きな声で囁かれると、弱いことは前から熟知していたのだ…。

「……ぅん……」

 こく…と、殆ど無意識に有利が頷いてしまうが…当然、観衆が黙っているはずもない。

「このへなちょこぉぉぉっ!!何が《うん》だ!流されるなぁぁぁ…っ!!!」

 泣きそうな顔で飛びかかってきたヴォルフラムが有利の首を掴もうとするが、その手は直前で制止されてしまう。コンラートの持つ鋭利な剣が、ヴォルフラムの首筋にぴたりと押し当てられたのだ。

 流石に殺気までは放っていないものの、その瞳に遠慮や戸惑いの色はない。

「前から言おうと思っていたんだが…ヴォルフ、お前の態度は不敬に過ぎるぞ?」

「膝に魔王陛下を抱えた男に言われたくはないっ!」

「首を絞める男に比べれば可愛いものだ。それに…ユーリは嫌がっていない。そうでしょ?」

「ぁん…」

 首筋を舐め上げられて思わず嬌声を上げてしまうと、ヴォルフラムは顔を真っ赤に染めて地団駄踏み、ギュンターは物凄く珍しいことに、鼻血を噴き上げる代わりに血の気を失って、低血圧発作で昏倒してしまった。

「やれやれ…もーこうなったらしょうがない!ウェラー卿…この際、君と渋谷とで良いから噂を確立させてくれ!どうやらその様子だと、渋谷もまんざらでもないんだろ?」

 互いに思いあっていることは知っていたが、具体的な進展があることには不覚にも気付いていなかった村田も、ここまで有利が《きゅるん》と可愛らしくお膝に収まっていては気づかざるを得ない。

 基本設定がそれでなくとも恥ずかしがり屋な有利が、好きでもない相手に抱きしめられてこんなに大人しくしているはずはないのだ。

「はい、承りました」

「ええぇえ!?」

 有利をお姫様抱っこにして颯爽と立ち上がるコンラートとは対照的に、有利の方は首筋まで真っ赤にしてじたばたと手足をばたつかせた。

 状況が分かっている仲間の前ならいざ知らず、血盟城の一般兵やメイドさん達の前でこんなあまやかな雰囲気を醸し出すのはあまりにも恥ずかしすぎる!    

「じゃあ、このままウェラー卿を監禁しておくかい?2、3日で効果は切れるみたいだけど、その間君に触れられないとなると発狂しかねないけど」

「ちょっと待って村田。これ、俺が喰ってた場合…俺が村田に触れられないと発狂しそうになってたの!?」

「ああ…美味しい3日間を過ごせるはずだったのに…。何もかもが僕の思い通りにならない…」

「おいおいおーい!村田サンっ!お願い!こんなとんでもない薬は早く破棄してぇっ!」

「言われなくてもそうするヨー。匂いや形が強烈すぎて、君や下手物食いのウェラー卿以外では、強制しないと口にしそうにないしね。流石に君もこの匂い、覚えちゃったろうし…。また別の手口を考えとくよ」

「村田ーっ!心の声が出てるーっっ!!」

「まあまあ、渋谷。僕はあくまで君の幸せのためにしかこういった企みはしないからね!まあ、手間賃としてちょっと僕も良い思いがしたかっただけで、別に君の恋人になりたいとか、セックスしたいとかまで野望を滾らせていたわけではないからね。君といちゃいちゃしている姿を周囲に見せつけて、白いハンカチを噛みしめさせたかっただけなんだよ」

「村田……それ、俺が好きと言うより、嫌がらせ好き?」

「ははは…そういう見方もあるかな?」

 にっこりと微笑む村田は、瓶詰めの蓋を閉めると手荷物の中に入れた。

 あの薬…本当にちゃんと始末するつもりなのだろうか?

『ヨザックに警告しといてあげたほうがいいんじゃ…』

 現在は異国に出張中の彼だが、帰ってきた折にはきっと餌食になりそうな気がする…。

 村田にとって有利は特別な存在だが、ヨザックはまた別の…特別な遊び道具として認識されている節があるし…。

「ユーリ…酷い。俺以外をそんなに見詰めないで?」

「わひゃあっ!」

 かしりと耳朶を囓られて、有利はコンラートの腕の中で跳ね上がってしまう。

「フォンビーレフェルト卿以上の焼き餅やきだねぇ…」

 ぴくぴくとこめかみを震わせる村田の前から、悪びれた風もなく一礼してコンラートは立ち去ってしまう。

 すると、それと入れ替わりになるように扉を開けて入ってきた人物が居た。

「ありゃあ一体どうしたんで?」

「おや…良いところに来たね、ヨザック」

「はあ…」

 何というタイミングか!やってきたのは腕利きお庭番、眞魔国のみかん星人グリエ・ヨザックであった。

 コンラートに抱えられた有利は何とか引き留めようと口を開き掛けたのだが、嫉妬深さを隠そうともしないコンラートによって唇を塞がれてしまうと、そのまま攫われてしまったのである。

「ねえヨザック。ちょっとこの塩辛食べてみない?」

「うっわ…こいつぁまたえげつない外見してますねぇ…」

 瓶詰めの中身を見た途端にげんなりするヨザックだったが、村田は気にすることなく蓋を開けて強烈な臭気を放つ一切れを箸で摘むと、にっこりと微笑んで差し出した。

「はい、ヨザック。あ〜ん」

「ぇええ…?」

 激しく嫌な予感がするのだが…それでも、村田の押しの強すぎる笑顔に逆らうことは出来ず、結局口に入れられることになってしまった。

 そして咀嚼した瞬間…目の前に突きつけられたのは蒼白な顔色で気を失っているギュンター…。

 

 きゅん…っ!

 

 その瞬間…ヨザックの中の乙女回路(?)に、火がついた。

「ん…うぅ…」

「ああ…なんて綺麗な紫の瞳…。まるで秋の花畑の中に居るみたい……」

「へ…あ……はぁ?」

 意識を取り戻した途端にヨザックに見詰められたギュンターは抵抗する間もあればこそ…そのまま力強い腕に抱き竦められてしまう。

「このまま…あなたを攫ってしまいたい……」

「えぇぉぇええおぶゃゃゃゃゃゃやおおおええええぇぇぇぇぇ!?」

 

 フォンクライスト卿ギュンターの、運命や如何に!

 

*  *  *

 

 ざわざわ…

 どよどよどよ……

 

 人々が囁き交わす中を颯爽と歩んでいくウェラー卿コンラート…とろけそうな瞳で見詰めるその先には、腕の中にすっぽりと収まった魔王陛下がいる。

 有利の方は恥ずかしさのあまり、周囲から顔を隠すようにコンラートの軍服へと顔を埋めているのだが、それがいっそう親密さを醸しだして人々の驚きを誘う。

「まぁぁ…仲がおよろしいとは知っていたけれど…」

「あ…あんな風に恋人のような雰囲気で歩いておられるなんて…」

 コンラート狙い、有利狙い入り交じった女官・兵士の群が目を丸くしてその様子を見守り、ハンカチを噛みしめて悔しさを露わにする。

「くぅう〜…見込み無しなのは分かっていたけど…でもでもっ!陛下がこんなに早く誰かの者になってしまわれるなんてぇ〜…っ!」

「閣下…コンラート閣下ぁ〜……っ!」

 その一方で、最初から高嶺の花など狙わず傍観者として楽しむ女官達からは一斉に黄色い歓声が上がるのだった。

「コンラート様〜。素敵ですわ〜。軽々お姫様抱っこですのね〜」

「陛下〜。とってもお似合いですわ〜。末永くお幸せに〜」

 種々様々な声や視線に対して、普段のコンラートなら気さくに会釈でも返していたのだろうけれど、今日はそんな余裕もないのか…時折、強い嫉妬の視線から有利を護るように背を向けると、影になった一瞬に掠めるようなキスを送るのだった。

 しかも…それは《一見隠しているようだが、実は何をしているかはよく見える》という嫌がらせ以外のなにものでもないようなキスで、嫉妬に燃える観衆に怒りと共に絶望感を与えている。

「あれ…?」

 突然、人々の視界から二人が消えた。

「何処に行かれたのだろうか?」

「ひょっとして…真っ昼間から……」

「きゃーっ!」

「いやいや、そんなまさか……」

 

 そのまさかである。

 

「こここ…コンラッド……っ!」

「し…っ。ユーリ…聞こえてしまいますよ?」

「ややややや、やばいって…幾ら何でもこんなところで…っ!」

 流石は警備網を熟知している護衛と言うべきか…同時に、死角も良く理解しているらしい。建物と建物の間の隙間にするりと身体を忍ばせると植え込みの影にもなるせいで、周囲からは全く見えないようになっている。

 だが、距離的には至近距離にあるらしく、噂好きの女官達の声はすぐ近くから聞こえてくる。

 そんな中…壁に背を当てる形で立っていた有利は、啄(ついば)むようなキスを襟元に受けていくうち、気が付けばシャツ越しに胸の尖りをしゃぶられていたのである。

「ひぁ…っ」

「ユーリ…ここ、弱いよね?」

 たっぷりと唾液を絡めて濡らしたシャツがくん…っと引っ張られれば、痛いほど張りつめていた尖りが刺激され、鮮やかな紅色を呈して透けて見える。

「ゃあ…駄目……」

「もう…我慢できない。ユーリ…ここでしてもいい?」

「ええぇえ…っっ!」

 衝撃に息を詰める有利をしゃがませて…コンラートの軍服がはだけられる。

 下着を押し上げて硬度を増す膨らみを眼前に突きつけられ、有利は胸の鼓動で爆死しそうになっていた…。 

   


→次へ