事の始まりは、やっぱり赤い悪魔だった…。 「性別などというものは、この私の前にはあまりにも無力なカテゴライズに過ぎないのです。究極の進化を成し遂げた生命体になってみませんか?グウェンダル…」 年の暮れも押し迫った12月の末つ方。 外界の寒風を反映して、心持ち肌寒い感のある執務室に響き渡ったのは…そのような不吉きわまりない発言であった。 そして一層不吉なのは、《苦悶に満ちた暗紫色》と《混沌の深緑色》の間を行きつ戻りつしながらピンク色の湯気を出し続けているフラスコの中身であった。一体何と何を混ぜればこのように不可思議な反応が起こるのであろうか? その色彩変化に合わせて、グウェンダルの指先が白→赤→暗紫色とレイノー現象を呈しているのも気がかりだ。もはや条件反射で生体反応を示すようになっているのか…。 『まーたアニシナ様の発明かぁ…出来れば、もーちょっと暇なときにやってくれると良いんだけどねぇ…。大体、本気でフォンヴォルテール卿を女体化させたいんだとすれば、この人も大概屈折した愛情の持ち主だよね…。正直、僕は見たくないな』 そもそも、性別を乗り越える生物と言えばカタツムリやクマノミが思い浮かぶ。これらは《究極に進化している》というよりは、寧ろ《構造が単純》な生物なのではないだろうか…。 傍らで聞いていた村田はうっすらとそう思ったが、敢えて口には出さなかった。 村田は、その気になればこの赤い悪魔を調伏するだけの肩書きと能力を持っているのかも知れないが、彼にそうさせるだけの理由付けは今のところない。 ただ…山積みの書類を前にして、おろおろと宰相の身の上を案じている友人が、何か突拍子もない行動に出やしないかということだけは気がかりであったが…。 様々な苦難を乗り越えて、安定した治世を布いている第27代魔王、渋谷有利。 本年18歳を迎え、来年の3月には高校も卒業して本格的に王様業にいそしむつもりでいるようだが、いかんせん…書類業務だけは未だに慣れない様子で、複雑なお役所言葉や専門用語に翻弄されている。 その彼に、怒り筋を浮かべながらもなんだかんだでねばり強く仕事を教えているのはこのグウェンダルなのである。 ギュンターについて言えば、彼は一人で行えば完璧な書類整理が出来るものの…有利に物を教えるとなるとすぐに興奮して手がつけられなくなってしまうため役に立たない。 実は行政用語も熟知しているコンラートは、問われれば答えてくれるが、己の役回りを把握している彼は出しゃばりすぎることなく、左肩を扉に凭れさせて警備業務に集中している。 そんなわけで、有利にとってグウェンダルは部下であると同時に大切な《先生》でもあるのだ。いい加減、赤い悪魔の犠牲者になるべく実験室に搬送されるのは困る。 「あ…アニシナさん!性別ってそんな簡単に変えちゃわない方が良いと思うんですけど…。親に貰った身体は大切にして、あんまり弄くらない方が良いかと…」 「おや陛下、私の発明に対して何かご意見がおありですか?」 「い…いえ…ゴイケンと言うほど大したものではないんですけども……っ!」 吊り気味の濃水色の双眸に睨め付けられれば、この国の最高権力者であるはずの有利はふるふると小刻みに顔を振るほか無い。 「アニシナ、そういうものは折角だからもっと女体に馴染みやすい検体に使ったらどうかな?グウェンが女性になっても…その、あまり目に優しい情景ではないと思うんだけど…」 困り果てた有利の視線を受けると、《心得た》と目配せしてコンラートが一石を投じてくれる。 「馴染みやすい検体というと?」 「ギュンターとかヴォルフとか。ほら、どちらも女性的な美形だろ?」 『師匠と弟売ったーっ!?』 ぎょっとして有利が腰を浮かせるよりも早く、《女体に馴染みやすいコンビ》は見事にシンクロした動きで席を立つと、激昂してコンラートに食ってかかった。 「女体に馴染みやすいとは何だコンラート!?」 「全くです!それをいったらあなたはどうなんですかコンラート!?顔の造作は我々に比べれば地味かも知れませんが、意外と化粧映えするのではないですかね?」 「いや…俺は魔力ゼロだから…」 「何を言ってるんですコンラート。何時までも私が魔力持ちにしか効かないものばかり作っていると思ったら大間違いですよ?これは魔力無しどころか、人間相手にも使える優れもの、《愛は分け隔て無く性別の垣根飛び越えるぞう君》ですよ?」 言われた途端…ざーっとコンラートの顔色が青緑色に変じた。 これまで自分には無関係と判じていた案件が、突如として我が身に降りかかってきたのである。 『冗談じゃない!』 コンラートは大シマロンから帰国して後、すったもんだの末に有利と恋人の関係を結んでいる。しかし、恥ずかしがり屋の恋人を説き伏せて(イベント事などでムードを盛り上げたりして)寝室での関係を深めたのは漸くここ最近のことなのだ。 それからの毎日はまさに薔薇色で、夜が来るのがいつも待ち遠しいのである。 有利の身体の全てが新鮮で、魅惑的で…夜ごと発見する彼の愛らしさに耽溺しているこの時期に、女の身体になどなっている場合ではない。 『ああ…ほら、今だってあんなに潤んだ瞳で俺を見て…』 はらはらと気を揉んでいるらしい黒曜石の瞳が、寝台の上で困らせているときの艶やかな目元と重ねって見える…。 『いかん…現実逃避している場合じゃないっ!』 アニシナ、ギュンター、ヴォルフラムの三人がじりじりと迫ってくるのに合わせ、コンラートは壁沿いにじりじりと後退していく。 「そうだねぇ…いつもの面子じゃ面白くないしね。折角だから新しい自分に目覚めてみたら?ウェラー卿」 可愛らしい容貌にも関わらず、腹の中は幾星霜を経た狐狸の如き腹黒さを湛えた村田が、実に楽しそうにニヤニヤとした笑いを浮かべている。 「そうですとも!いつも他人顔で笑ってばかりいるこの男に、たまには我々の苦悩も味合わせなければ!グウェンダル、あなたもそう思うでしょう?」 「う…いや……私は……」 「思うでしょう!?コンラートと来たら、先日あなたが下半身を馬にされたときも《セントールみたいで格好良いねえ》なんて言ってゲラゲラ笑っていたんですよ?」 「そうそう、《文字通り馬並みになって良かったじゃないか》とまで言ったんですよ、兄上!」 普段の行いというのはこういうときに露わになるものである。 グウェンダルはひくりとこめかみを震わせると、次男を切り捨てることにしたらしい。 「コンラート…たまには良い体験になるんじゃないのか?」 「ぐ…グウェン……っ!」 「ほぅらコンラート!あなたの味方はもういませんよ!さぁさぁさぁ…勇気を持ってこの薬を一気にお飲みなさい!ルッテンベルクの獅子の名が泣きますよ!?」 アニシナが高笑いと共にぐつぐつと煮え立つ不気味なフラスコを掲げると…勢いよくそれを奪い取った者がいた。 んっ…くっ…くっ……っ! ぷっはー! 男らしく腰に手を当て、肩幅程度に脚を開いて牛乳の如く不気味飲料を飲み下した人物…それは、 「ユーリ!?」 アニシナ以外の全員の声が一致する。 「コンラッド!いない事なんて無いんだからなっ!」 驚愕のあまり動けずにいるコンラートに向かって、有利は懸命な声で叫ぶのだった。 「……え?」 「味方がいないなんてこと…無いんだからな!」 「ユーリ……」 恋人が(過去の所行の故に)孤立しているのを見かねたのか、有利は身を挺して庇ってくれたらしい。 じぃん…とコンラートが胸震わす間もあればこそ…有利は不意に足下をふらつかせると、コンラートの腕の中に倒れ込んできた。 「ユーリっ!!」 「陛下ぁぁっっ!!」 「心配いりません。ものの1時間程度で変化は完了します」 男連中の叫び声とアニシナの冷静な声を聞きながら、有利は意識を手放した…。 * * * 「…で、何で俺は正月からこういう格好を…」 有利が憮然として瞼を伏せると、長く濃い影がまろやかな頬に落ちかかる。 壁に懐くその細腰には蝶々をモチーフとした図柄の金襴豪華な飾帯が巻かれ、藍色と水色を基調とした振り袖の柄もまた大小様々な蝶々を散らした模様となっている。 艶やかな黒髪に飾られた濃青色の牡丹も、瑞々しい有利の美しさを際だたせていた。 「ぁあんっ!ゆーちゃんたら可愛いわぁぁっ!!」 絶叫せんばかりにして狂喜しているのは有利の母…美子その人である。 この着物は有利が女体化したと知るや、その事を嘆くどころか喜び勇んだこの母が買い集めた服の《一部》である。 そう…この振り袖を筆頭として、目も眩まんばかりの洋服、靴、バック、アクセサリーの類が有利のために買い揃えられた。その財源となったのは勝馬のカード…ではなく、グウェンダルが持たせてくれた貴金属であった。 有利の解毒剤開発には眞魔国時間で1ヶ月程度掛かるそうなのだが…そもそも、解毒剤も無しで実験しようとしたアニシナも相変わらずと言えば相変わらずなのだが…、《お前の言っていた男同士と言う壁が無くなったんだから潔く結婚しろ》と迫るヴォルフラムや、いつも通り血飛沫をあげながら迫ってくるギュンターに心底辟易している有利を流石に気の毒に思ったのか、薬が出来るまで地球で過ごせるようにグウェンダルが取りはからってくれたのだ。 ただ…着るものなら普段の服でも困らないというのに、変に気を使って持たせてくれた《軍資金》のせいで、美子に飾り立てられる結果となったのである。 「いやー、こんな日が来るとはねぇ…。息子も良いけど娘もネ★」 自分の懐を痛めずして《愛娘》の艶姿を堪能することとなった勝馬は、意味不明なことを呟きながら(多分、昔のカレーCMのパクリ)ご満悦で熱燗にした日本酒を味わっている。 「ゆーちゃん、し…写真を撮ろう!…な?お兄ちゃんと写真を撮ろう?ほら親父、カメラ構えて構えてっ!仲良し兄妹をそのファインダーで捉えてくれよ!」 「誰が兄妹だっ!」 勝利に無理矢理肩を抱きかかえられ、涙目になって睨み付けるものの…その水膜を被った上目づかいの瞳に、余計に萌えられることになってしまう。 「く…はぁぁ…ビバ、アニシナ様!俺に妹をありがとうっ!!」 眼鏡が曇りそうな勢いで滂沱の涙を流す勝利に、じりじりと有利が後退する。 「おふくろ、次はこの衣装だ!」 勝利が取り出した衣装の数々に、有利の顔色が更に悪化する。 セーラー服に巫女装束、メイド服に季節感を考えないスクール水着など…お約束の品々が床一面を覆ったのである。 「もー、しょーちゃんったら好きねぇ…。ママもまぁ…嫌いじゃないけど」 「だろ?折角の機会なんだから色々写真とっとこう!」 「冗談じゃねぇよ!」 危なげな裾捌きでばたばたと部屋から逃れようとするが、戸口を越えるところで足袋が滑り、思いっきりつんのめってしまう。 「…ぁっ!」 「危ない!」 倒れる身体を受け止め、ふわりと抱きかかえたのは誰あろうコンラート・ウェラーであった。 コンラートは有利が地球に戻るに際して、その身辺警備として同行を許されたのである。 …というのも、地球では少年よりも少女の方が犯罪に巻き込まれる可能性が高いから…と、コンラートが自ら眞王に売り込んだおかげである。 おかげさまで年末年始と渋谷家に居候することになり、やはり大喜びの美子に様々な衣服類を整えられ、本日もシンプルながら仕立ての良い葡萄茶色の着物を着込んでいる。 すらりとした体躯は日本の伝統衣装を纏っていてもその凛々しさを失うことはなく、特に振り返ったときの背中から腰にかけての流線は、見る者を陶然と惹き寄せるのであった。 「あ…ゴメンな、コンラッド?今、肘ぶつかったろう?痛くなかった?」 「平気ですよ。ユーリは身を挺して俺を庇ってくれた…それに報いるためには、俺はどんなことだってしますよ?」 「コンラッド…」 「ユーリ…」 手と手とを取り合いながら見つめ合う恋人達に、勝利は苛々と眦を引き上げた。 「あー、そこそこ。鬱陶しい桃色空気を産出しないように!ゆーちゃん、そんな腹黒絶倫男からは離れなさい!妊娠させられるからっ!」 「勝利、自分と一緒にすんなよっ!コンラッドはそんな奴じゃないぞ!俺がこんな身体になってからは…」 『ベットは別々に…』 と言いかけて、流石に言い留まる。 こんな身体になってから…ということは、その前には色々エロエロやっていたと自供するようなものだ。 「こ…コンラッド、初詣に行こうっ!」 こんな姿で外出などとても…と先程までは考えていたのだが、このまま自分の家にいると何をされるか…何を言い出してしまうか分からない。 『まー、外出たって、振り袖着てるし化粧してるし…友達とかにはバレっこないよな』 それに、激しく目立つ美形外人コンラートと共にいれば、こちらに目が行って自分までは廻ってこないだろう…。 有利はコンラートの手を取ると、外界という名のフィールドに旅立ったのであった。
ステージ1:学校の友人 「よぉ、渋谷じゃん」 「お前…凄ぇ可愛いなぁ…どーしたんだよ?」 「しかも、えらい美形外人さんと並んで…」 『嘘ーん……っ』 渋谷家脱出から僅か5分後…有利は見事に高校の同級生に捕まっていた。 『女の子になってんだぞ?化粧してるんだぞ?振り袖着てんだぞ?なんで俺だって速攻分かるんだヨーっ!!』 有利は悶絶するが、友人達にとってはそんなものは大した障壁とはなっていなかった。 要するに…普段よりも分かりやすく可愛いというだけで、ベースは殆ど変わっていない…つまり、普段から少女の様に可愛らしいということらしい。 初期のファミコン並に表現するならば、 [友人が5人現れた!有利は動揺している。コンラートは様子を伺っている。友人は見惚れている] とでもいうところか。 「う…あの……罰ゲームでさ、このまま初詣に行って証拠の破魔矢買ってこなくちゃなんないんだよ…。えと…そんで、この人は俺んちと家族ぐるみの付き合いをしてるコンラッド。ちゃんと買ってくるか見張ってんの」 「そーなんだー…難儀だな」 「でもさ…その……凄っげぇ似合ってんぜ?」 「うんうん…マジでその…可愛い……」 「もー、馬鹿言うなよっ!」 男友達5人ばかりで初詣に向かおうとしていた同級生は、仄かに頬を染めながら有利に見入っていた。 『前々から可愛いと思ってたけど…』 『なんちゅーか今日は、強化版だな』 『こりゃ新春のお年玉か?正月から縁起が良いなぁ…』 冬休み明けの日々が危惧されるようなことを脳裏に浮かべながら、誰からともなくお誘いの言葉を口にし出した。 「なぁ…渋谷、破魔矢買ったらみんなでカラオケでも行かねぇ?」 「うーん、それじゃ…家帰って着替えたら…」 「いやいや、折角だから振り袖で行こうよ!」 「その衣装で天城越えとか謡ってくれたらハマるぜ〜?」 「えー?うーん…」 [友人達の勧誘!有利はちょっと悩んでいる!] 「申し訳ないけど…ユーリは慣れない着物で疲れてるみたいだから、またの機会にして貰えるかな?もう、初詣に行くのもどうかと思ってたところなんだ…。良かったら、その破魔矢買わせてくれない?」 実に優しそうな、滑らかな声…しかし、何故こうも聞く者の心を震撼させるのだろうか?『お…俺、今……睨まれてる?いや…目の形は微笑み型なんだけど……』 心の声が地の底から聞こえてくる…。 『ユーリとカラオケ…?君…自分の面構えと相談しましたか?百億光年先の彼方までギャラクティカマグナムで吹き飛ばしてあげましょうか?』 丁寧な言葉遣いで散々なことを言われている気がする…。 「どうぞ持って行って下さい…お金も…いりませんから」 語尾に《だから赦して下さい》という意味合いを含ませて恐る恐る破魔矢を差し出せば、コンラートは今度こそ心の底から輝くような笑顔でにっこりと微笑んだ。 「すみません。どうもありがとうございます」 「い…いえいえ……」 そそくさと立ち去る友人達に、コンラートは晴れ晴れとした笑顔で手を振った。 [コンラッドは友人に勝利した!ユーリはチャームの魔力が10上がった!コンラッドは腹黒さが90上がった!二人は破魔矢を1本手に入れた!] ぴろりろりーん… 脳裏に電子音を鳴らしながら、コンラートはほくそ笑んでいた。
* * *
「やあ、渋谷。思い切った格好で外に出たもんだねー」 「む…村田……」 友人達から別れて僅か5分後…またしても知り合いに捕まってしまった。 しかも、相手は一筋縄ではいかない男…村田健だ。 「村田…こ、これから初詣?」 「もう行ってきたトコだよ。100円分の祈りをきっちり捧げておいたから、これで今年も思い通りの一年を過ごせると思うね」 「どんな脅し方したら100円でそんなご加護が……」 村田の場合冗談ではなく、本当に神様を脅しそうで怖い…。 「そうだ、丁度良かった。君にお土産があるんだよ」 「俺に?」 黒い袋に金字で《寿》と書かれたアイスバーのようなものは、どうやら棒に刺した大きな飴らしい。 「早速食べてご覧よ。運がつくらしいよー」 「んん?」 [有利は村田に不思議な飴を渡された。有利は困惑しつつも飴を受け取った] 袋の中から出てきたものは不細工なイカのような形をした長細い飴で、えらく食べでがありそうな代物であった。いわゆる《子宝飴》…つまり、男根を模した飴なわけだが、有利の方はそれとは気付かぬようだ。 「これを食べるには作法があってね?まずは先端を舐めておくんだ。決して噛んではいけないよ?」 「えー?こんなデカイの噛まずに食えってか?」 「作法だからね。そして、この辺を付け根から丁寧に舐め上げていくんだ。早速舐めてご覧よ」 「うん」 「ま…待って下さいユーリ!」 言われるままにぱくりと飴の先端を口に含めば、焦ったコンラッドが制止の声を掛けてくる。 「それはその…あまり往来で食べない方が…」 きょとりと目を見開いて小首を傾げる姿は殺魔族的に愛らしく、巨大な飴を口に含んだ様子とも相まって何とも悩ましい…。 [有利は飴を銜えた。コンラッドは草むらに有利を連れ込みそうになった!街の風紀が5下がった!] 「なんで?ああ…そっか。チュッパチャップスとか棒つきの飴って唾液がだんだん垂れてくるんだよねー。この振り袖良いもんみたいだし、汚しちゃうと後で売るときに困るよな」 それでも捨てるのは勿体ないのか、有利は舐めかけの飴を黒い袋に戻すと再び紐で結んでおいた。 「…ウェラー卿……僕のささやかな楽しみを奪う気かい?」 光る眼鏡の奥で冷然とした瞳が睨め付けてくると、コンラートは背中に脂汗をかきながら謝罪した。この少年だけは怒らせるわけにはいかない…だが、こんな誰が見ているか分からないような往来で有利に扇情的(?)な格好をさせるわけにはいかないのだ。 「猊下…ショーリの所持しているコスプレ衣装のラインナップはご存じですか?」 「…ふぅん……君の言うことなら渋谷も聞きそうだね」 ぴん…と勘の良い村田はコンラートの言わんとするところを了解すると、微笑みながらとん…と、コンラートの胸を指で突いた。 「ただねぇ…お兄さんの趣味だと袴は紺色なんだよね…僕は巫女装束の袴は朱色っていうポリシーなんで、あとで衣装を届けるからそれで撮ってくれるかな?あ、動画も高画質のものが欲しいし、写真も一眼レフで撮って貰いたいなぁ」 「………何でもしますから、今は許して下さい……」 「いいよ?その代わり…約束は守ってね」 小声で交わされる約束事に、有利だけがきょとんとしていた。 [コンラッドは交渉に成功した!後日、有利の写真撮影に成功すると無傷でステージクリア出来る!その代わり有利の信頼が15落ちる!] 将来的な代償に頭を痛めつつも、何とか大きな障壁を突破することに成功したコンラートであった…。 * * *
ステージ3:襲いかかる女ヒョウの群れ 「ユーリ、足が疲れていませんか?この辺で休憩しましょうか?」 「んー、そうだなぁ。鼻緒が指の股に食い込んで痛いし…そうしよっか?」 促されて公園に入ると、神社が近いせいか公園には幾つか屋台が出現していた。 湯気の立つ焼きそばやたこ焼き、焼き芋と言った面々が良い香りを寒気の中に流し込むと、人々は吸い寄せられるように公園内に脚を踏み入れていく。 「わー、旨そう!そーいや、振り袖着付けられんのに時間かかって、朝からなんにも食べてないんだよなー」 「では買ってきましょう。すぐに帰ってきますから、ユーリはそこに座ってて?」 「悪いなぁ…」 確かに足は酷く痛むので、この申し出はありがたがった。 有利はちょこんと木製のベンチに腰掛け、コンラートを待つことにした。 『あ…』 コンラートが一人で屋台に向かうや、艶やかな振り袖に身を纏った女性達がわらわらと群がっていく。その様は、さかりのついた雌獣が強い雄に群がるのと似ていた。 [女ヒョウの先制攻撃を受けた!前衛のコンラッドが囲まれている!] 『むー…っ!』 駆けていって腕をとりたいところだが…男同士で変に思われたり…。 …と考えて、今ならその心配はないのだと気付く。 『そっか。俺…いま女になってんだもんな?』 コンラートを我が物顔で《俺のだから触るな!》と主張しても、そんなにおかしくは思われない筈だ。 『でも…コンラッドの方はどうなんだろ?』 急に群雲のように沸き上がってくる不安に、有利は眦を紅に染めた。 『前はあんなに夜のごにょごにょのお誘いをしてくれてたのに…この身体になってから全然触ってくんない…』 コンラートは有利とこのような関係になるまでは完全なストレート嗜好で、スタイルの良い女性を相手にしていたという。初めての体験である少年の肢体なら比較対象がなかったけれど、女体となればこのように貧弱な身体では好みに合わないのかも知れない。 『胸とか尻とか…日本人としちゃこんなもんだと思うケド、眞魔国の女の人って欧米系なせいか結構良いカラダしてるもんな…』 悶々としてしまう頭に、有利はがつんと拳を喰らわせた。 『何考えてんだよ…っ!コンラッドは身体で相手を選んだりしないっていってたろ!?どんな身体でも俺が俺なら好きだって…っ!』 寝台の中には連れ込まなくても、毎日浴びるほど抱きしめてはくれる…。 力強い両腕と、厚い胸板の弾力を思い出して一人頬を染める有利であった。 『うだうだ考えててもしょうがないやっ!』 とんっと勢いをつけてベンチから立ち上がると、有利はコンラート目指して歩き始めた。 「ユーリ」 コンラートはとたとたと危なげな足取りで駆け寄ってくる有利の肩に腕を回すと、すっぽりと胸の中に納めてしまう。すると、激しい秋波を送っていた女性達も何処か柔らかい眼差しになって二人を見やった。 「あらぁ、可愛い彼女がいたのね?」 「お似合いー」 取られてはならじとコンラートに寄り添う姿も、小さな子どもが単に転ばないようにしがみついているように見えてなんだか愛嬌があるのであるものだから、困ったように自分たちを見やる様子も抱きしめたくなるくらいに可愛いのだ。 「うふふ、お邪魔してゴメンナサイね?」 「仲良しで羨ましいわ!」 「お幸せに!」 [有利のチャーム攻撃に敵は退散した!有利はチャームの魔力が50上がった!] 拍子抜けするほどあっさりとコンラートを取り返した有利は、暫くぽかんとしていたのだが…不意にコンラートが顔の下半分を大きな掌で覆っていることに気付いた。 「どうしたの?コンラッド…」 「いえ…なんだか嬉しくて…」 「…?なんで?」 「だって…ユーリ、今あの子達に嫉妬してくれたんでしょう?ユーリに独占欲を示して貰えるなんて嬉しいな…て」 「馬…鹿っ!」 かぁ…と頬が真っ赤に染まるが、コンラートがあんまり幸せそうにしているものだから次が続かない。 「……俺のこと……こんな身体になってても、好き?」 「好きに決まっているでしょう?好きすぎて時々、自分を律するのに苦労するくらいですよ」 好きすぎて時々毛穴から変な成分が滲み出そうになることがあるが、そこまで言うと引かれそうなので口を噤む。 「そ…そっか……」 「何か不安にさせてしまいましたか?」 「ん…あのさ?コンラッド…この身体になってから、夜ベットに誘わないだろ?だから…」 「ああ…それは、ユーリが嫌がると思ったからですよ」 「俺が?」 「ええ。ユーリはとても男であることに拘りをもっているでしょう?だから、以前の身体であなたを抱くときも、誇りを傷つけないようにとても気をつけていたんです。それが女性の身体になったとあっては余計に俺と寝ることが辛いのではないかと思ったんですよ。それに、ご家族のおられる家の中で押し倒すというのは…流石に躊躇しますよ?」 有利は恥ずかしがり屋さんだが、一度達して我を忘れると嬌声が大きくなってしまう傾向にある。日本民家としては平均以上の渋谷家も、あの甘やかな声を閉じこめるには消音性に心許ないものがある。 有利の方も自覚があるのか、俯いて耳まで紅色に染めてしまった。 「コンラッド…」 コンラートの愛と誠意を受け止めた有利は、暫くもじもじとしていたが…不意に面を上げると伸び上がって、一瞬…コンラートの唇に自分のそれを触れさせた。 そして…小さな…消え入るような声で一言呟いたのだった。 『ホテル…行く?』 [二人は旅籠で休息するすることにした]
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