「グリューネヒルダ号の変人」D












ウォルノックside:@



 ウォルノックお気に入りの青年が名を呼び、抱きしめた途端…限界線を越えたように華奢な少年は頽れた。

 コンラートが会いたがっていることを知りながら、禁じていた少年だ。

 その瞬間、老人の心を占めたのは《蔑(ないがし)ろにされた》という怒りであった。それでも、いきなり怒鳴り散らすのも体裁が悪く(有利が倒れた途端に、カフェの常連客達が血相を変えて駆けつけたのだ)、ウォルノックは咳払いを一つしてから声を掛けた。

[ヘル・ウェラー、その少年は体調が悪いようだ。医務室に連れて行きなさい]
[すみません…ヘル・ウォルノック。この少年の介抱は俺にやらせて下さい。心当たりがあるんです…]
[観光はどうするつもりかね?]
[急いで他の者を呼びます]
[私が君を指名した意味が分かっているのかね?そう容易に換えが利くのであれば、わざわざ君を呼びつけたりはせぬよ]

 そうだ、ウォルノックは初めて会った時からこの青年に惹かれていたのだ。
 年甲斐もなく…ましてや、敬虔なカトリックである彼の人生を丸ごと否定するような事実に最初は抵抗した。
 だが、常に警戒と威嚇に満ちたウォルノックの怒りを上手く逸らし、共にいることを《我慢》するのではなく、何とかして《楽しもう》としてくれるコンラートの存在は日増しに老人の中で大きな容積を占めるようになった。

『この私の寵愛を…裏切るつもりか…!?』

 性的な関係などは考えられないが、それでもウォルノックはコンラートに対して破格の扱いをしてきたつもりだ。彼の勤務する会社が世界的な大不況によって経営困難に陥った時にも、あり得ないほど巨額の投資をして支えてやったではないか。

[申し訳ありません…お怒りは、ご尤もです…。ですが、俺にはこの子を置いていくことなど出来ません…っ!]

 それは身を引き裂かれる事と同意なのだというように、コンラートは強く少年を抱きしめると縋り付くような目でウォルノックを見た。

 《お願いです…お願いです……》そう告げる表情はまるで、暴君の前で粗相をした子どもが無礼打ちで一刀のもとに切り捨てられようとする時、我が身を盾として庇う母のような必死さであった。

[く…この……。貴様、私が資金援助を打ち切れば会社がどうなると…]


[その時は、私があなたに代わって資金援助を行いますわ]


 凛と響く声がウォルノックを打った。

[な…っ…]

 何処か聞き覚えのある声に振り返った。
 それは、小柄で気品のある老婦人…ミセス・カールトンであった。


 世界に冠たるカールトン財閥の全てを受け継ぐ女性だ。
 彼女の有する資産規模は、ウォルノックのそれに勝るとも劣らない。


[詳しい事情は分かりませんけどね。そんなに必死になっている青年に無理強いすることは、とても紳士のなさる行為とは思えませんわ]
[無関係な話にしたり顔で口を挟むことが、嗜みのある淑女の行為とも思えませんな]

 苦し紛れの反論にミセス・カールトンが怯むことはなかった。
 雄々しく背筋をぴんと反らすと、誇らしげに告げたのであった。

[無関係ですって?いいえ、私はそこで苦しそうにしているユーリという子を愛しています。この船で初めて会ったけれど…そんなことは関係ないわ。私が愛しているというその気持ちは、この事態に介入するに十分な資格を有していると思いますもの。ミスター、よろしくて?あなたが歪んだ独占欲によってユーリちゃんを傷つけるつもりでいるのなら、私は如何なる報復も辞さないわ]

 びしりと突きつけた指先は皺くれてはいたけれど、かつては素晴らしい美貌を誇ったと思しき整った顔立ちは、気高い女王のように暴君を打擲(ちょうちゃく)した。

[貴様…!]

 ぐ…っと言葉に詰まり、もともと高い血圧が一気に上昇してくる。
 グラグラと目眩のようなものを感じるが、この老婦人に一矢報いねば気が済まぬとばかりに、ウォルノックは脚が悪いことも忘れて駆け出すと、杖を振り上げた。

 しかし、ウォルノックは紳士らしからぬ行為を世界に喧伝される事態にはならなかった。

 それを幸いと言うべきなのかは分からないが、血圧が急激に上がりすぎただろだろうか?ウォルノックは駆けだした途端にぐらりと膝が崩れるのを感じると、そのまま横にあった柵にぶつかり…転落しかけたのである。

[危な…っ!]

 コンラートや警備官が叫ぶが、彼らの動きは間に合わない。
 間一髪の所でウォルノックを掴んだのは、実に恰幅の良い…派手な青年だった。

 オレンジ色の鮮やかな髪が夏の陽光を弾き、悪戯っぽい光を湛えた蒼瞳が《さて、どうしよう?》と言いたげに笑っている。盛り上がった筋肉を申し訳程度のタンクトップとぴちぴちしたジーンズに包んだその男は、どう見てもこの船の乗務員ではない。だが、さりとて客という感じでもない。

[おやおや、危ないねぇ…]

 男は枯れ枝のような老人の身体などひょいっと摘み上げられそうなのに、思わせぶりに柵に半ば寄っかかったままで、ウォルノックに海へと臨する鉄の断崖を見せつける。
 使っていない方の腕には小型のPCを抱えており、それを手放してウォルノックを安定させる気はないらしい。

[ぐ…む……]
[引き上げて差しあげましょうか?条件付きですけどねぇ…]
[な…何が望みだ!?]
[長崎で降りるまで、うちの大将とあの坊やをイチャイチャさせといて欲しいんでさ。その代わり…]

 グイっとウォルノックを引き寄せた男は、ぽしょぽしょと小声で耳元に囁きかけた。

[…っ!]
[ね…?あんたにとっても悪い話じゃないでしょ?それに…見てみなさいって。あんた、好きな男にあんな顔させていいのかい?]

 言われて見やれば…蒼白になったコンラートがいた。

 ウォルノックを見る眼差しは怯えに強張っており、自分の決断が会社に与える影響を懸念しているに違いない。カールトンが幾ら財産家だとは言っても、それは金銭的な問題だ。社会的な権力を持つウォルノックが本気で報復する気になれば、コンラートの勤める会社に大打撃を与えることなど容易だと知っているのだ。

『違う…私は、コンラートにあんな顔をさせたかった訳じゃない…』

 好きなのだ…愛おしいのだ。

 彼が喜ぶ顔を見たくて重用し、会社にも破格の援助を与えてきた。
 今回とて豪華な客船に乗せて共に観光地を歩き、彼が珍しい物に驚いたり笑ったりするのを見たかった。

 美しい日本の風景に映える、コンラート・ウェラーの姿が見てみたかったのだ。

[今の話…本当だろうな]
[取引上の嘘はつかないさ。信用問題だからね]

 危ない橋を幾度も渡ってきたと思しきこの男は、油断のならないタイプだ。
 だが、だからこそ一度《契約》したことは違えない。経済界の荒波をこの年まで渡ってきたウォルノックは、経験からそれを知っていた。迂闊な口約束で後々契約を破棄すれば、恐ろしい報復をするだろう。だが、守れば何事も無かったように《知らぬ存ぜぬ》を通し、ウォルノックの性癖を流布させることもないはずだ。

[分かった…約束しよう]
[取引成立…ですねぇ]

 にやりとオレンジ髪の男は笑うと、結局片腕一本だけでウォルノックを釣り上げ、安定した甲板に戻して見せた。

 ウォルノックはむっつりとしたままコンラートに向き直ると、努めて静かな口調で語りかけたのだった。

[……ヘル・ウェラー…失礼した。私は自室に戻って休むことにする。君は長崎まで好きにしたまえ]
[ヘル・ウォルノック…]

 流石に部屋まで宛ってやろうとは思えなかったが…自由にはしてやろう。
 だが、コンラートの方は《信じられない》という顔をしてウォルノックを見ていた。

[今回のことについて、報復を恐れる必要はない。だが…一つだけ頼みがある]
[なんでしょう?]
[私を…軽蔑しないでくれ]

 予想外に素直な一言が出てきて、自分でも驚く。
 コンラートも吃驚したのかきょとんと目を見開いたが…すぐに、華が綻ぶような表情で微笑んで見せた。

[ええ…勿論です]

 コンラートのいらえに安堵したことを悟られるのを恐れ、ウォルノックは踵を返した。

 だが、先程目にすることが出来た微笑みだけは…死の床に就くその日まで忘れることはないのではないかと思った。
 あの笑みを見ることが出来ただけでも…旅の元手は取れたかも知れない。
 





コンラートside:E

 

 
「ヨザ…すまない。助かった!」
「うっふふ〜…グリ江ちゃんたら、お役立ちでしょ?しかもね、これだけじゃないんだなー」
「なに?」

 気を失ったままの有利を抱えるコンラートの横に、ヨザックは片膝立ちでしゃがみ込むと悪戯っぽくウインクした。

 見ると、背後から蒼白な顔色をした船長ディルタ・シュミットが小走りに駆けてくる。
 その傍らには、同じく顔色を無くした例の先輩がいた。

[この度は…本当にご迷惑をお掛けした…!]

 シュミット船長は、彼には珍しいほど乱暴な動作で甥の頭髪を掴むと、床にぶつけそうな勢いで平伏させた。
 では…やはりこの先輩とやらが糸を引いていたのか。

[このキャプテンとは馴染みの仲だったんでね。あんたからの連絡を受けて相談をしたら、坊や達が泊まってた部屋の家捜しをしてくれたのさ。そしたらビンゴ…!この坊やの所持品からぽろぽろと証拠が出てきた。このPCの中にも随分と昔からの隠し撮りが詰まってる…。多分、問いつめればもっとあると思うね]
[申し訳ない…。このような趣味は、公共の福祉に反しない領域で個人的に愉しむべきものなのに…。まさかエイジが、後輩を騙してまでこんなことをするとは…!]

 ……ちょっと表現が気に掛かる。
 
[……ヨザ、キャプテンシュミットとはどういう…]
[あ〜ら。その辺の嗜好はお互い追求しないのがマナーよ?]

 くねりと身を捩ってウインクするヨザックに思わずたじろいでしまう。
 どうやら、コンラートが知らない方が良い世界の住人であったらしい。

[必ず、洗いざらい吐かせてユーリ君に関する情報は抹消させる。だから…どうか、許してやっては貰えまいか?]
[……]

 即答は出来なかった。
 許そうと思って出来るものでもなかったからだ。

 だが…何より、有利の気持ちを思いやってコンラートは唇を噛んだ。

「一つだけ…頼みがある」

 流暢な日本語で語りかければ、《エイジ》と呼ばれた男の肩がぴくりと震えた。

「落ち着いてからで良いから…誠心誠意、ユーリに謝ってくれ」
「……っ…」

 榊は…がくりと崩れるようにして頷いた。
 許される為の保身というよりも…コンラートの言葉に何かを感じ取ったように思えた。そう…思いたいだけなのかも知れないが、信じたかった。

 あの有利が慕ったのだ。
 それなりの価値がある男だと…どうか信じさせて欲しい。

[ヘル・ウェラー、こちらの部屋を長崎まで好きに使って頂きたい。勿論、その間にかかった費用は全て私の方で持たせて貰おう]
[これは…]

 船長が胸ポケットから取り出してきたカードは金箔を張り付けた豪奢なもので、印字されている部屋名は更に凄い。グリューネヒルダ号随一のスィートルームのものなのだ。広大だったり部屋の装飾が豪奢なことはともかくとして、風呂好きの有利を泊まらせてあげるにはありがたい部屋だ。

[キャプテン…]
[君にとってその子が大切なように、私にとってもこの甥っ子が昔からとても大切なんだ。頼む…!]
[了解した。後ほど詳しい事情が分かった時点で報告願えるだろうか?]
[必ず…!]

 力強く頷くと、船長は放心状態の甥を抱きかかえるようにして連れて行く。
 心なしか…心配と共に溢れ出しそうな欲望の色が見えるのは気のせいだろうか?長いこと我慢してきた情念を開放させ、《お仕置き》という名のプレイが展開されそうな気がする。

 …が、まあ…その件については納得のいく説明が後で貰えればいいだろう。

「さーて、あの覗き魔はキャプテンにお任せするとしようか」

 にっかりとチェシャ猫のように笑う友人が、こんなに頼もしく映ったことはない。
 コンラートは感謝に瞳を輝かせてヨザックを見やった。

 全くもって、あの場にヨザックがいなければ恐ろしい事態になるところだった。

 世界的な大富豪が変死を遂げたとなれば警察が動かないはずがないし、そうなればきっかけとなったコンラートとの諍い、下手をすれば有利の《体調不良》の原因も調べ上げられていた筈だ。

 そうなれば…コンラートも有利も、プライベートと将来展望を打ち砕かれることになったかも知れない。

「ヨザ…すまない。本当に助かった!」
「なーに、俺ぁ特別賞与さえ貰えれば文句は言わないさ」
「………金で解決させてくれないか?」
「ヤ・ダ」

 友人は極めて《可愛くない》ことを、《可愛い》と本人だけが信じている仕草で口にしやがる。

 ………友人のふてぶてしい姿がこんなに憎らしく映ったことは……わりと度々ある。 
 
「…何が望みだ」

 コンラートは胡乱な眼差しで筋肉の固まりを凝視した。

「あんたと坊やと俺で3P」
「殺すぞ…」
「んま!恩人に対してどういう態度!?」
「そんな火事場泥棒みたいな事を言い出す恩人がいるかっ!」
「しょ〜がねーなー…んじゃ、船長さんに宛って貰った部屋に俺も泊めてよ。部屋数は十分だろ?こんな機会でもないと一生泊まれなさそうな豪華客室だからな〜」
「分かった。それで手を打とう」

 おそらくその間に色々と艶めいた悪戯をしてきそうな気はするが…それはもうしょうがない。その場その場で対応していこう。

[ユーリちゃんは大丈夫ですの?]

 日本語で盛んに言い合いをしていたのは意味が伝わらなかったようで幸いだ。ミセス・カールトンや、その他有利が大好きで堪らない乗客達が心配そうに声を掛けてきてた。

「ん……」

 雲で日が陰って、良い風が吹き出したせいだろうか…脳貧血を起こしていたらしい有利はひくりと瞼を瞬かせると、呼びかけに応えるように目を開いていった。




有利side:E


「コン…ラッド……あれ?ヨザックさんも…」
「さんは余計だ。呼び捨てで良いよユーリ」
「今回の功労者なのにぃ〜」

 目を開けて大好きな人の姿を確認すると、ふぅ…っと息をつく。
 けれど、身じろいだ瞬間に《ぎゅる》…と感じやすい肉が抉られるのを感じて有利は身悶えた。

「ぁあん…っ…」

『や…躰の奥……。俺…変な数珠入れてるんだ…っ…』

 甘すぎる嬌声に周囲を囲む人々がごきゅりと息を呑んだのに気付く余裕など無く、有利は漆黒の瞳や朱花の唇を妖艶に濡らしてしまう。
 しなやかに仰け反る汗ばんだ首筋や、開襟シャツから覗く鎖骨のライン…そして、うねるような動きを見せる細腰が、どれほど《観客》達を煽り立てるか分かろう筈もなかった。

 《観客》の中で、単なる体調不良と信じて青ざめていたのはミセス・カールトンくらいなものだろう。

[ユーリちゃん…ユーリちゃんっ!大丈夫なのっ!?]
[ミセス・カールトン……]

 見覚えのある顔を幾つも見つけてから、漸く有利は自分がどういう状況にあるのか思い出した。そういえば…コンラートは大切な接待相手と共に観光に行くところではなかったろうか?

 ひょっとして…無様に倒れてしまったことで、コンラートは接待相手をうっちゃらかして有利を介抱しているのだろうか?

「ごめ…コンラッド……俺、大丈夫だから…お願い、仕事…行って?」
「もう良いんだよ、ユーリ。よく頑張ったね…。ウォルノック氏は部屋で過ごされるから俺はお役御免なんだよ。詳しいことは後でね…今は、早く部屋に行こう」
「部屋…?俺…泊まってるトコ?」
「ううん…もっと大きなお部屋だよ」

 そういうと、コンラートはふわりと有利の身体を抱え上げてしまう。
 だが、白昼堂々のお姫様抱っこは現役高校生男子には居たたまれないものがある。

「や…だぁ…。コンラッ…、や……っ」

 そうは言いながらも声の甘さはどうにもならず、抵抗しようとして藻掻くほど体内に埋めた淫具は《ごりゅ…ぬりゅ》っと蠢いてしまう。

「ひ…っ…ぅ」
「もう良いから…ユーリ。俺に任せて?」
「ぅん……」

 響きの良い美声で囁かれると、もうそれだけで到達しそうになってしまい…話しかけないで貰う為にも有利は大人しくしていなくてはならなくなった。



*   *   *




「え…ここ……っ!?」
「船長の好意で、長崎まで使わせて貰うことになったんだ。折角だから思い切り楽しもうか?」

 豪奢すぎて目がくらくら来そうなスウィートに通された有利は、《部屋ですか?》と言いたくなるほど大きな玄関に入るなりコンラートの唇を受け止めた。

「む…くぅん……」

 口腔内を、犯されているみたいだ。
 コンラートの舌はさらっとした質感のものなのだが、こうして激しく絡まりついてくると、まるで独立した意識を持つ生物のように巧みな動きで有利を翻弄してしまう。

 抱きかかえられたまま口吻を受け続けていると、気が付いたらスプリングの良く効いたベッドに横たえられていた。天蓋付きのキングサイズベッドには肌触りの良いシーツが掛けられており、何か良い香りのするアロマが含まされているのか…はふ…っと息継ぎをした瞬間に鼻腔が心地よく刺激される。

「ぁ…あ…だ、駄目ぇ…っ!」

 キスだけでうっとりしてしまい、しどけなくシーツの上に横たわっていた有利だったが…コンラートの性急な手にシャツとズボンとをはだけられると慌ててしまう。
 しかし、下着の中へと滑り込んできた大きな手が心地よすぎて…有利の手は抵抗しているのか押しつけているのか分からないような動きを見せてしまう。

 気が付けば淫らがましく自分の腰を突き上げ、コンラートの手が動きやすいように下肢を開いていた。

「…ぁっ…」

 けれど…花茎を弄っていた手が不意に双丘の谷間を伝い、フックのようなものを掴むとその正体を思い出して叫び声を上げた。

「駄目…っ」
「ユーリ、力を抜いて?」

 そうは言われても、恐怖と羞恥で強張った蕾は頑なに引き抜かれることを拒否してしまう。そんな物を体腔内に埋め込んでいることは嫌でしょうがないのに、まるでそれが愛おしいみたいにがっちりと銜え込んでいる浅ましい自分に、吐き気さえ催しそうだ。

『これ…コンラッドが《して》…っと言ったから入れたのに…っ!』

 実際には、何処の誰とも知らぬ者からの指令だったのだ。
 恋人の前で、こんな愚かな姿を見せることは憤死に値する羞恥であった。
  
「見ないで…触らないで…お願い……っ!じ、自分で出すから…っ!」
「どうして?俺が…してあげたいよ」

 藻掻くように這わす指が力を持たないことを熟知しているように、コンラートは下着ごとズボンを剥ぎ取ると、エプロンの裾を捲って有利の脚をM字に開脚させてしまう。

「いや…ぃやぁ…見ないで……ぇ…」

 ぼろぼろと涙を零して嫌々をするのに許されず、半ば勃ちになった花茎を唇で愛撫されてしまう。勿論、指は蕾のフックに掛けられたままだ。時折、《クッ…》っと力を込められれば各自の珠が内腔を刺激して、コンラートの口腔内に含み込まれた肉を育ててしまう。

「ゴメンね…ユーリ。ヨザックの悪戯だったんだよ」
「え…?」

 ひっくひっくと泣きじゃくっていたら、申し訳なさそうにぺろりと鈴口を嘗めたり、内腿の肌を撫でつけながらコンラートが詫びる。

「あいつ…今日が俺の誕生日だからって、ユーリにこんなものを銜え込ませてプレゼントする気だったなんて言うんだ。ほら…オレンジ髪のあいつだよ。白鷺線を降りた時にも会っただろう?」
「誕…生日?」

 え…?
 今日は何日だったろうか?

 そういえば、有利もコンラートも特に記念日的な一日をメモリアルで飾る習慣があまり無かったので、互いに誕生日を告げていなかったことに気付く。
 そもそも、有利は自分自身の誕生日がバイト中にやってくることさえ忘れていた。

「今日って…7月29日だったよね?」
「ああ、俺の誕生日だよ。すっかり忘れてたんだけどね」
「あの…俺も、今日が誕生日…」
「………え?…」



 コンラートの瞳はきょとんと見開かれた。






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