男前な彼女シリーズ:7


「華のようなあなた」@



 

 

 上王陛下はいたくご機嫌だった。

 魔王陛下は戸惑っていた。

 魔王直属の護衛兼恋人は困っていた。

 

「うっふふぅ〜。綺麗だわ〜。やっぱりユーリ陛下には白基調で淡いブルーとか紫とかの透ける合わせ布を重ねるのが最強ねーっ!ああ…でもでも、こっちのシックな黒ドレスも似合うかしら?コンラートどう思って?」

「どちらもこの上なくお似合いかと…陛下」

 口調は柔らかいが、目元の疲れは隠しきれない。

「まあ、どうしてそんな虚ろな顔をしているのコンラート?そんなことで恋人のエスコートがちゃんと出来るのかしら!」

『ツェリ様…5時間も着せ替えをしてその都度意見を求められたんじゃあ、流石のコンラッドもぐったりするよ…』

 かくゆう有利の方も、当事者だけにとっくの昔に解脱(げだつ)の域にまで達していた。

 もう恥ずかしがるような気力もなく、いま着ているドレスが下着が丸見えになるような薄布だとしても、見せる為に開発された魅惑的なランジェリーがきゅうきゅう胸やら腰を締めあげようとも、《ごらん、世界は美しい…》と、ブッダのように悟りの境地に達しそうな勢いであった。

 そう…せめてもの慰めは、有利達を囲む植物がとても美しいことぐらいか…。

 上王陛下の育成植物が生い茂るのは大規模な温室で、青々とした芝草の上に贅沢に天鵞絨地の布やクッションを敷いた上に座す者はこの3人だけ。時折可愛いお仕着せに身を包んだ侍女がやってきては、換えのドレスや軽く摘むもの、紅茶のお代わりなどを置いていく以外は邪魔だてする者も覗き込む者もいない。

 

 

  有利がアニシナの薬で女体化されてから既に数ヶ月の時が経過しているが、いっかな元通りにする薬は開発されていない。

 その間に色んな意味で、有利の《開発》が進んでしまったことの方が深刻だ。

 また、男相手も勿論好きだが、間口の広い上王陛下が《私、娘も欲しかったのよ〜》と尤もらしいことを言いながら有利に食指を伸ばしてくるのも深刻だ。

 しかも…先日、アニシナの実験失敗により一時的に女体化したコンラートがツェリに借りを作ってしまい、彼女の申し出を断りにくい状況になっていることも困った事態を招いている。

 

 

『まあ…基本的に、この人のおねだりを拒否出来る人なんてそもそもあんまり居ないんだけどね…』

 蠱惑的でチャーミングな上王陛下は、こと女性的な魅力にかけては右に出る者も上を行く者もいないのだ。

 ある意味、最強の傍若無人さんなのである。

 有利は疲労困憊しつつも何か楽しいことを考えようとして、周囲に咲き乱れる花の一輪に気を止めた。

「この蒼い花…綺麗ですね。《大地立つコンラート》…でしたっけ?」

「あら…ご存じなの?」

「はい…あの。前にちょっと、人に聞いて…」

 そう言えば、魔鏡騒ぎの時にどさくさに紛れて知ったようなものなので、正式に紹介されたことはなかったかも知れない。

「ツェリ様が交配された華なんですよね?」

「ええ…そうなの。冬の寒さの中でも凛と立つ華…だから、本当は温室に置くのはどうかと思ったのだけど、それでも私が最も愛している華だから…つい植えてしまったのよ」

「母上…」

「ごめんなさいね…コンラート。これは、あなたが一番辛い時期に交配した華でもあったわね」

「いいえ、俺は…この華に幾度も救われているのですよ」

「まぁ…」

「アルノルドへ立つときにも、誰かがこの華を手向けてくれたのです。残していく純血魔族の中にも…俺達を偲んでくれる者が居るのだと思うと、孤独ではないのだと感じることが出来ました」

 しっとりとしたコンラートの物言いに、有利はドキドキと胸が拍動するのを感じた。

 秘密にするようなことでもないのだけれど…過去を覗き見した有利としては、《ハイハイ!それ俺っ!》等と言い出すのは憚られる。

 だが、旅立つコンラートに泣きながらこの華を手向けたことを、覚えていてくれたことに…そして、心強く思ってくれたのだということがとてもとても嬉しかった。

「そうなのね…嬉しいわ」  

  ほろりと涙ぐむツェリは流石に母の顔になって、コンラートも疲労を忘れて微笑んでしまう。

 だが、女心と秋の空とはよく言ったもので、ツェリの集中力は基本的に1分と持たない。

「あら…やだわ、私ったらミーシャにとっておきのリボンを持ってくるように頼むのを忘れていたわ!ファンファンにお願いして取り寄せた特注品なのに!あれがないとユーリ陛下の装いは完成しないわぁ…」

「母上、それでは俺がひとっ走りして言付けて参りましょう」

「お願い出来るかしら?」

「ええ」

 この時、直前まで母の愛を感じてしんみりしていたせいもあり、コンラートはすっかり油断していた。

 何しろ、上王陛下の屋敷には幾重にも張り巡らされた厳重な警備網が敷かれているし、ツェリ自体が強い魔力の持ち主であることから、万一不審者がいてもコンラートが駆け戻ってくるくらいの時間は稼げると踏んだのだ。

 

 しかし…コンラートは失念していた。  

 

 自分の母自身が、ある意味ではこの上なく不審者になりうる資質の持ち主だと言うことに…。

 

*  *  *

 

「ねぇ…ユーリ陛下。このまま、男の子に戻れなかったらどうなさるおつもりですの?」

「うぅ〜ん…どうもこうも…出たとこ勝負みたいな?」

 答えになってないが、今の有利としてはどうしようもないというのが本音だ。

「正式に、コンラートと挙式をあげるという考えはなくって?」

「えぇ!?」

「ヴォルフには可哀想だけれど、コンラートとあなたはもう切っても切れない仲でしょう?それならもう、この際正式に夫妻になってしまってはどうかしら?」

「あの…あの。ツェリ様はそれでも良いですか?」

「それはもうもう大賛成よ!ねぇ…ユーリ陛下、私…あなたを娘として可愛がりたくてしょうがないの!そうなったらもう他人ではないでしょう?今まで以上に親密になれるのなら、こんなに嬉しいことはないわ」

「ツェリ様…」

 うるうると瞳を潤ませて見上げる有利の愛らしさに、ツェリは内心でぺろりと舌舐めずりした。

「母上…と呼んで?」

「は…母上……」

「うふふ…可愛い子!ね…親子の契りを交わすために親愛のキスをしても良いかしら?」

「ききき…キスでスカ!?」

「眞魔国にはそういう習慣があるのよ?」

「ははぁ…習慣でしたら拒否できませんわな…」

 政治家のような言い回しをしている間にも、妖しいほどに魅惑的な唇が寄せられ、有利のそれと重ねられる。

「んん…」

「ぁむ…美味しい唇……」

「ゃ…ツェリ様……」

 コンラートの舌以外知らない有利は、ねっとりと絡みつくツェリの舌と、かおり立つ芳香に煽られて息を上げていく。

 経験が浅く、眞魔国の習慣に疎い有利が知るよしもないが、当然嫁と姑がこんなに濃厚なキスなどするはずがない。

 そのうち、悪戯な指がドレスの裾野を這い上がり、巧みな指先で下着越しに雌芯を弄り始めた。

「あ…ぁ…ダメです、ツェリ様……嫌…っ!」

 涙目で抵抗する有利に、ツェリはぞくぞくと背筋を震わせて蕩けそうになってしまう。

「ぁあん…なんて可愛いのかしら?コンラートったら、妬ましくてならないわ!こんなに愛らしい陛下を夜毎あんあん言わせているのね?この前だって、私が用意した道具を使って楽しんだって言うし…」

「やゃや…やめて下さいツェリ様…っ!」

 乱暴に振り払うことも出来なくて藻掻いていると…

 

 ざわわ…

 ざわ……っ

 

 茂みが揺れたかと思うと…何か紐状のものがツェリの身体に絡みつき、有利から引き剥がした。

「きゃああ…っ!」

「ツェリ様!?」

 窮地から救われたと思ったのも一瞬のこと…紐は有利の手足にも絡みついてきた。

「うわぁぁぁ…っ!!」

 壮大な規模の温室の中に、女性達の悲鳴が響き渡った。

 

*  *  *

 

「…っ!…何事だ!?」

 有利とツェリの悲鳴を聞きつけたコンラートは、蒼白になって彼らの居るべき場所に向かう。

 そこでコンラートが見たものは…。      

「なにぃ!?」」

  愕然とするコンラートの目の前に聳えていたものは、成人男子が丸ごと入りそうな大ぶりな葉を生い茂らせた、巨大な植物であった。

 

 しゅるり…

 しゅるるる……

 

 太い綱ほどの太さをもつ触手をうねらせながら、植物は捕らえた《獲物》をまさに蹂躙しようとしているところだった。

「ユーリ…母上っ!」

「コンラッドーっ!!」

 手首を一纏めに拘束された有利は、左右の大腿部に絡みついた触手によって下肢を開かれそうになるのを必死で止めており、一足先に布地を引き裂かれたツェリは…口と雌芯に太く…特殊な括れを持つ触手をねじ込まされて悶えている。

 有利は恋人の名を反射的に呼んだものの…今の状況を顧みてぶるるっと首を振った。

『ああ…ダメだ!俺が助けを呼んだりしたら、コンラッドは究極の選択を迫られちゃう!』

 母親と恋人…そのどちらかを救う等という辛い選択を、彼にさせてはいけない。

「コンラッド…ツェリ様を…ツェリ様を先に助けて!俺は…何されても平気だから…っ!」

 震える大腿はもう抵抗する力も限界であることを示しているけれども…悟られてはいけない。泣いてもいけない…。

 たとえ女の身体にされようとも、渋谷有利は男だ。

 女性が恥辱に晒されようとするときに、自分の身を助けて等と口が裂けても言うものか…っ!

  有利はもうこの先は、どんな事になっても声など上げるものかと唇を噛みしめ…硬く目を閉じた。

 だが、襲いかかる触手を切り裂いて駆け寄ってきた恋人は、母親よりも有利の元へとひた走ってきたのだった。

「ユーリ…っ!」

「だ…ダメだったらあんた!ツェリ様が大変なことに……っ!!」

「大丈夫です!母上は悦んでいますから!」

 

「…は?」   

 

 ぽかんと口を開けてツェリを見やると…確かに、悦んでいた。

「ああぁぁん…そこ…ぁあ…!いいわぁ…突いて…突いてぇぇん…っ!」

 《OK、カモーンっ!》とでも言い出しそうな金髪美女は、悩ましい肢体をくねらせて…全身で悦びを露わにしていた。

 ビデオ撮影でもしたら全世界で大ヒットを収めそうだ。

「そもそもあの植物は、母上が精魂込めて育てていた《千年淫華》ですから、止め立てしたりしては後で酷いお仕置きを受けることになります」

「せ…せんねんいんか?」

「ええ…千年に一度目覚め、生物を捕らえ…華が咲くまで淫欲を貪り続けるという怪華で、淫華のもたらす媚薬成分はどんな聖人聖女も淫らに喘がせるのです」

「貪られちゃったら拙くない!?」

「いえいえ…捕食するわけではありませんので身体の心配はありません。ちょっと精気を吸われるだけです。2、3日ぐったりするかも知れませんが…そもそも母上は、淫華のもつ媚薬成分をずっと探し求めていたのですよ。これまで体験したことのない快楽を与えてくれるものとして…ね。まさか、それがよりにもよって今日開花するとは思いませんでしたが…」

「んじゃ…ツェリ様はほっといても大丈夫?」

「ええ」

「じゃあ…助けて〜っ!!」

「はい、お助けします」

 素直に涙目になった有利に、コンラートは笑顔で救出に向かった。

 しかし、敵も然る者引っ掻く者…助けに向かったはずのコンラートも斬っても斬ってもきりがないほど絡みついてくる触手に辟易していた。

「これはまた凄まじい…」

 見れば、ツェリはうっとりと触手に身を委ね切ってえらいことになっている。  

  本人が喜んでいるから良いようなものだが、あれを有利に体験させるのだと思うと改めてぞっとする。

『冗談じゃない…植物なんぞにユーリを好きにさせて堪るか!』

 コンラートは意識を集中させると、勤めて冷静に植物を観察してその弱点を確認した。

「ここか!」

 茎の中心部で大ぶりな蕾がついた場所を狙うと、剣光一閃…人の頚ほどもある蕾がぼたりと地面に落ちた途端、形容しがたい軋轢音を立てて千年淫華が仰け反る。

 

 きしゃああぁぁぁぁ………っ!!

 

「うわぁぁっ!」

 びちびちと触手がうねり跳ねりして有利とツェリを大地に叩きつけようとするが、これもコンラートの剣が巧みに振るわれる事で阻止された。

「わひゃっ!」

 有利を受け止めようとしたものの、こちらは何とか足から着地したのを見届けると、コンラートはツェリをがっしりと抱き留め、その凄まじい状態の身体に上着を掛けてやった。

 蕩けている意識は当分戻らないだろうが、まぁ…幸せそうに眠っているし問題はないだろう。

「シュヴァリエ、後は頼むよ」

 忠実なツェリの従者にその身を委ねると、コンラートは改めて有利の手を取る。

 こちらは必死で抵抗していたおかげで服の破損はそんなにないが、何しろ元々着ている服の露出度が高いので…やはり地面に敷いていた天鵞絨を宙に舞わせると、芝生を払って有利に着せ掛ける。

「母の育てた植物のせいで…すみません。辛かったでしょう?」

「ううん、平気。あいつに邪魔されなきゃ、もっとやばかったかも知れないし」  

「…どういうことです?」

 千年淫華が出てくるまでの間にツェリとの間にあったことを報告すると、コンラートは苦々しげな表情になって嘆息する。

「母上…我が親ながら、困った方だ…」

「うん、あんたに似て腹黒だよね」

「ユーリ…そんなに真顔で言われると居たたまれないものが…。まあ、自覚はしてますが」

「まあまあ、助けてくれて本当に嬉しかったんだから!ほんっと、感謝してます!」

「そうですか?」

 にこりと微笑み合って帰途に就く二人は、この時気付くことはなかった。

 大地に叩きつけられた蕾が、厭わしげにずるりと動き始めたことを…。

 

 

→次へ