「リバーシブルで愛して」
※コンユ×ユコンではなく、有利男/女のリバという意味です。







 
『まだかなぁ…』

 ほう…っと渋谷有利の吐く息が、宵闇の中で真っ白に浮かび上がる。

 もしかして会えないかな…と、見込んでビルの前に待機していた有利は、スーツ姿の人物がエントランスから出てくる度に目を凝らすのだが、なかなか思い人は来ない。
 クリスマス間近の街はとても寒くて、マフラーと手袋だけではなかなかにしんどい。こんなことなら、長丁場を覚悟してコートも着てくれば良かった。

 ちらりと腕時計に目を遣れば、時間は既に8時を回っている。家族には《終業式までに提出しなくちゃいけない課題を村田に手伝って貰うから、今日は遅くなる》と言っているのだが、電話されたりしたら困るのでそろそろいい加減にして帰らなければならない。

 別に彼女とラブホテルにしけ込もうとか言った、疚しい理由ではない。
 …というか、彼女居ない歴は年齢と同じ16年を数える。

 では一体何故、真っ正直なはずの有利少年が嘘をついてまで企業ビルの前で立ちん坊をしているかといえば、相手に《会いに行くよ》とメールしたり電話できない理由があるのである。

 相手…それは、休日まで忙しく働いている有能な企業戦士、コンラート・ウェラーである。幼い頃ボストンで生まれた有利に、隣家に住んでいたコンラートが名前を付けてくれたのだそうで、それ以降《名付け親》を自負する彼とは実の兄よりも仲良しである。
 コンラート自身も、渋谷家が日本に帰国して暫くの後には日本の大学に進学して、そのまま就職までしてしまったくらいだから、かなり愛されているのだと思う。

 なんでも、《ユーリが立派な大人になるまで、見守らせて欲しい》のだそうだ。
 コンラートの生国であるドイツでは、《名付け親》というのはそれだけ重要な役職(?)であるらしい。

 とはいえ、企業に勤めてからのコンラートは実に忙しそうにしている。特にここ近年は状態的な激務が続いているようだ。
 コンラート自身は至って作業効率が良くて仕事が速いはずなのだが、彼の勤める企業では景気の悪さからリストラが横行しており、残されたコンラートの肩には二、三人分の仕事がのし掛かっていると聞く。

 そんなコンラートに対して迂闊に《会いたい》なんて言うと、彼はどうしても無理をして時間を作ろうとするのだ。
 9月頃に《凄く良いチケットが手に入ったから、野球観に行こうよ!》と、実はバイトして貯めたお金でデート(?)に誘ったところ、その時にはとても楽しそうにしていてくれたのだが…偶然出会った同僚の女性から、その為にかなり無茶をして仕事を片づけていたのだと聞いた。しかも試合は記録的な延長戦になってしまったから、帰宅してから持ち帰りの仕事を仕上げたコンラートは、結局貫徹で会社に向かったらしい。

 《ゴメンな?》と泣きそうな声で電話したら、返って気を使わせてしまい、《こないだのお礼だよ》と言われて遊園地に誘って貰った。この時も、相当無理をしたのだろう。

『でも…でも……俺はもう、三ヶ月もまともにコンラッドと会ってないんだ!いい加減、コンラッド欠乏症なんだっ!!』

 だから今日は嘘をついてまで、ストーカー紛いの行為に耽っているのである。
 せめて、ほんの少しで良いからコンラートと会話がしたい。彼の笑顔が見たい。できれば…いつもやってくれるみたいに、ハグをして欲しい。

 普段は《俺も大概いい年なんだけど…》と憎まれ口を叩くのだけど、本当はコンラートにぎゅっと抱きしめられると、ドキドキして…それでいて、凄くしっくりと鍵穴が填り込むみたいに落ち着くのだ。

 友達は他にも沢山居るけれど、コンラートみたいに感じる相手はいない。

『まだかなぁ…』

 寒すぎてもう指先の感覚が無くなってきた。お腹も空いたし、コンラートにも飢えている。
 半泣きで焦れているところに、見覚えのあるシルエットが自動ドアに映った。

『あ…っ!』

 喜び勇んで踏み出しかけた脚が、ぴたりと止まる。コンラートが女性の手を引いて、扉から出てきたのである。勿論、コンラートは有利以外にも親切である。けれど、お年寄り相手でなければ女性の手をとったりはしない。相手はぴちぴちとした妙齢の女性であり、コンラートを見上げる瞳には濃厚なハートマークが浮かんでいるのである。確か、有利に《コンラート課長をあまり酷使しないで》と忠告してきた女性だ。

『じ…邪魔したら悪いよな?』

 でも、折角ここまで待っていたのだ。もう少し待ってみて、二人のお喋りが終わるのを待とう。
 そう思ったのだが…二人は扉を出た後にも離れることはなく、そのまま駐車場の方に歩いていって、コンラートの車に乗ってしまった。

『もしかして…デート?』

 コンラートには恋人は居なかったはずだ。少なくとも、9月まではそうだった。
 だとすれば…会えなかった三ヶ月の間に仲良くなったのだ。

『そう…だよな。コンラッドって凄ぇモテモテで当たり前なんだよ。男子高校生なんかと遊んでる暇があったら、綺麗な女の人とデートしてる方が楽しいよな』

 そしていつか、気に入った女性と結婚するのだろうか?
 《是非参列して欲しい》と、渋谷家全員に招待状も寄越してくれるだろう。もしかしたら、名付け子である有利は挨拶なんか頼まれるかも知れない。

 その時に…泣かずに居られるだろうか?

 今現在ぼろぼろと頬を流れていく涙を感じながら、甚だ自信のない有利であった。



*  *  * 




「ただいま…」

 心がボロボロ状態の有利が家に帰ってくると、家族はみんな心配してくれた。普段頭を使わない息子が、課題作成でボロボロになったと思いこんでいるらしい。

 暖め直された夕食を口に運んでは見たが、どうにも味がしなくて、申し訳なかったけれども残してしまった。

「ゴメン…明日の朝、食べるよ」
「ゆーちゃん本当に大丈夫?」
「うん…ちょっと身体が冷えて元気がないだけだよ」

 力無い声で言うと、最近バイト漬けだった筈の勝利が異様に元気な声で叫んだ。

「それはイカンなゆーちゃん!今すぐフロに入りなさいっ!!」
「勝利…やけに元気だな」
「お兄ちゃんと呼びなさいっ!!」

 指を突きつけて言われても、一々反応する元気もない。勝利のことは嫌いではないが、
事あるごとについて行けないような話をするので時々苦手なのだ。

「はいはい、お兄ちゃん」
「ふぉうっ!」

 珍しく素直に呼んでやったら、気の抜けたような声だったのにえらく喜んでいて、何だか申し訳ないような気がしてしまう。

『コンラッドも…こんな気分なのかな?』

 半ば肉親のように親しくしていたから、愛してあげたいのは山々なんだけど、思われるほどには思ってあげられない申し訳なさ…。そんなものを感じたら、何だか泣きたくなってきた。

『ヤバ…マジでフロ入ってる間に泣いちゃおっかな?』

 早足に浴室へと向かったのだが…一体どうしたことか、風呂の湯が怪しい真ピンクに染まっていた。

「…………なんだコレ…」

 美子の好みで薔薇の入浴剤でも入れたのかと思ったが、匂いは寧ろ漢方薬系だ。煮込まれて変な汁を出してしまいそう。

「ささ、ゆーちゃん遠慮無く入りなさい!」
「勝利がいれたの?これ…」
「そうだ!お前の帰りが遅いと聞いて、わざわざ入れてやったのだ!俺がバイトをして蓄えた金で、高価な漢方薬を購入したんだぞう?感謝しなさいゆーちゃん!」

 怪しい。
 かなり怪しい。

 一体幾らボラれたのだろうか?
 入ったら合成着色料が肌に付着するような代物なのではないか。

 しかし、期待に満ちた眼差しを注がれるとなかなか無碍にすることが出来なかった。何しろあれだけ慕っていたコンラートに恋人が出来たという衝撃がある。自分に対する兄の想いにも幾らか敏感になってしまう。

「じゃあ…はいるよ?」

 その時、有利は気付かなかった…。
 兄の笑顔が絶好調の輝きを呈していることに…。

 

*  *  * 




『疲れた…そして、寂しい…』

 コンラートはばたりと倒れ込むようにソファに凭れると、もう指一本動かしたくなくなった。多少は仕事で疲れているせいもあるが、きっとこれは有利欠乏症に違いない。

『ユーリ…会いたいよ、ユーリ…』

 すんすんと捨てられた子犬のように鼻を鳴らすコンラートなど、職場の人間は誰も目にしたことがないだろう。

 9月末に遊園地に行ってからというものの、どうも有利に避けられているような気がする。休日にお誘いをかけても《あんた、たまにしか休めないんだから休養とりなよ!》と薦められてしまい、三ヶ月近く会っていないのだ。
 今日だってクリスマスイブだというのに、いつもと違って約束を交わすことすら出来なかった。連絡をしたら、何故か《絶対家にいてよ?》と、重々に念押しをされてしまったのだ。

 もしかして遊びに来てくれるのでは…という淡い希望もあったが、有利から新たな連絡が入ることはなく、コンラートは一人寂しくソファに転がっている。時刻はもう10時をまわっており、明日のクリスマス当日は、何故か日本人的にはあまり盛り上がらない。有利もきっとパーティーモードなど抜けてしまい、いつも通りの生活に戻ってしまうだろう。

 プレゼントはしっかりと用意してあるのだが、家に行っても日中はいない気がするし、夜に行くと兄の勝利が煩い。
 こうなったら、そっと家のポストにでも入れておくべきだろうか?

『これじゃあ何の為に日本にいるのか分からないじゃないか…』

 ドイツに住む兄や、アメリカに住む母から盛んに関連企業に移って欲しいと頼まれるのだが、断って不自由な生活をしているのは、ひとえに今の会社が有利の家に近く、給与が高いからだ。
 別にコンラート自身は贅沢をする気はないが、有利に贈り物をする機会があれば、高価で…それでいて、その事を有利には気付かれないプレゼントを贈りたいのだ。おかげで、有利の普段着は殆どコンラートが贈ったもので固められている。《さり気ないお洒落》のおかげで、有利は更に可愛くなっている。

 …が、それを目にすることが出来ないのではあまりにも切なすぎる。

『もしかして、恋人でも出来たんだろうか?』
 
 16歳と言えばやりたい盛りだ。コンラートだって有利には決して言えないが、この気持ちに気付くまでには色々エロエロと、若気の至りでやってしまっている。

 18歳の時に再会した7歳の有利があまりにも可愛らしく成長していたから…あの日から、《俺はロリコンなんだ…》との重い十字架を背負いつつも、日本の大学に進学することを決意したのである。

『なんでこんなに好きなんだろう…』

 自分でもよく分からないが、最初の内は少なくとも純粋な親子愛みたいなものだったと思う。反抗期が早くて甘えてくれない弟がいたせいもあって、素直な有利がとてもとても可愛く思えたのだ。だから思うさま可愛がる為に日本までやってきたのである。

 それが…高校生になった頃からだろうか。汗ばんだ項や胸元に欲情している自分に気付いてしまった。瑞々しい肌を暴いて、つぶらな瞳を欲情にまみれさせる夢を一体何度見たことだろうか?

 しかし、実際には手など出せようはずもない。有利がコンラートを慕ってくれているのはあくまで名付け親としてであり、そんな相手が自分に欲情しているなどと知ったら、きっと軽蔑の眼を向けるだろう。
 もっと酷ければ、有利自身がそんな目で見られていたことに傷つくかも知れない。

 少し華奢な体格を気にして、人一倍《男らしく》ということを心がけている有利のことだ。きっと落ち込むに違いない。

『でも…せめて会いたい……』

 ぐったりとソファに埋まっていることにも飽きてきて、コンラートは身を起こした。実は、精神的なことはともかく、肉体的にはさほど疲労は感じていないのである。
 そもそも、職場の連中はコンラートの激務について心配しすぎなのだ。正直、余程風邪を引いているとかいった不調がない限り、コンラートは3時間も寝れば十分に疲れが取れるし、仕事自体を苦痛と感じたことはない。有利と遊んでいる間にエネルギーを充填しているくらいなものだ。

 《あんたはユーリが絡むとマジで絶倫だよねぇ》と、唯一の理解者であるグリエ・ヨザックは笑ったものだ。
 ヨザックは都内でオカマバーを経営するママ(?)で、コンラートが冒険家の父と共に世界を巡っていた際に知り合った友人である。今でも腐れ縁のような関係が続いており、少々下世話だが暖かみのある性格に支えられることが多々ある。

『そういえば、ヨザからのプレゼントが届いていたな…』

 飲みにも誘われたのだが、《オカマバーでのクリスマスイブなどしょっぱすぎる》と拒絶したところ、律儀にプレゼントだけ贈ってきた。

 転がっているのにも飽きて派手なパッケージを開いてみると…コンラートは精神的にヒットポイントが削られるのを感じた。

「………なんだこれは…」

 洒落たワインレッドのケースに収められていたのは、ショッキングピンクを基調とした《大人の玩具》の数々であった。ピンクローター、バイブレーター、ソフトSM用の口拘束具、ニップルリング、柔らかい樹脂製の陰茎バンド、数珠繋ぎになった樹脂の珠、色とりどりのローション…。

 おまけに、ドキッとするくらい有利に似た少女のアニメDVDがあった。所謂同人ソフトにあたるらしく、正規品ではないらしい。サンタコスチュームを身につけた有利似の少女が恥じらいつつも上目づかいににっこりと微笑み、捧げるようにして胸を持ち上げているのだ。しかも、説明書きを見ると少女の名も《ユーリ》らしい。

 同梱されていたカードには、《これでも使って、ユーリへの妄想を膨らましな★》と、やたら可愛い丸文字で書かれている。

 別に有利が女の子だったら…等と妄想したことはないのだが、あまりにも似ているので心惹かれてしまい、ついついDVDレコーダーに入れてしまう。声はなく、人工的な音楽だけが流れて、字幕のようなものが出てくる仕様なのだが、それが余計に有利のイメージを邪魔しなくて良い。

「………」

 こんなものに興奮してしまう自分が恥ずかしくなって消そうとするのだが、どうにも止まらない。独身男性の家に突然現れたユーリは、プレゼントをうっかり無くしてしまい、お詫びに自分に出来ることを何でもしてあげるという。独身男性はこの時、したたかに酔っぱらっており、ユーリのことを都合の良い夢だと思ってしまう。しかもこの時、男性の家にはクリスマス会のビンゴゲームで貰ったアダルトグッズがあった為、これを駆使してユーリを嬲りまくってしまう。


“ユーリは初めてなのに、随分と淫らな身体をしているんだね。こんなに蜜を溢れさせて…洪水みたいだよ?それに…ほら、ずっぷりと俺のを銜え込んで悦んでる。サンタって、こういうご奉仕に向いた、淫乱な身体をしているのかな?”
“ち…違…ゃあんっ!”
“まあ、どちらにしても今夜から逃がさないよ?毎日毎夜…俺にプレゼントを頂戴。君という…甘いケーキを…”

 男性の声も録音はされておらず、そもそも顔が殆ど映らないから字幕を追っている内にどんどん自分を投影されてしまう。

 コンラートはまるでビデオに操られるようにして冷蔵庫を開けると、次々に酒類を飲み干していった。アルコールの類で悪酔いしたことなど皆無に近いのだが、この時は調子に乗ってテキーラだのウォッカだのを原液で飲んだのが流石に効いた。しかも、いつになくビデオに興奮していたコンラート一線を越えようとしていた。ズボンの前立てをくつろげて、性器を慰めかけたその時…扉のチャイムが鳴った。

『ああ…夢かな?』

 もう5回くらい繰り返しているアニメのせいだろうか?そのチャイムの音が6回目の再生に思えた。《二重に流れるのもおかしいから、こっちは切ってしまおう》そんなことを考えながらDVDを停止する。そんな発想が出てくる段階で、かなり酒が回っていると言うことに気付いてもいなかった。

 しかし…扉の先にあった映像は、コンラートを更にカオスの中へと導いていく。
 なんということだろう…そこには、DVDと同じデザインの露出的なサンタ服に身を包む、《ユーリ》少女がいたのである。肩口が露出しているから、コンラートの目線からだと豊満な胸の谷間がばっちり見える。危うく、そのまま桜粒までが見えてしまいそうな勢いだ。

「…ユーリ?」
「え…っ?あ、あの…俺…いや、あの…わたし、は…サンタですっ!」
「サンタのユーリでしょう?」

 顔を真っ赤にして主張するユーリへとにっこり笑いかける。ああ…なんてリアルな夢なんだろう。キ○ストも誕生日の前祝いに気の利いたプレゼントをくれたものである。(←超エロスプレゼント)
 そのまま男の子の有利だと罪悪感も沸くが、女の子なら如何にもパラレル感があって、性欲の対象にするには丁度良い。

 コンラートは少し困惑しているようなユーリを自然な動作で部屋の中に引き入れると、後ろ手に鍵を閉めてからソファに座らせた。

「今日はご奉仕しに来てくれたの?」
「う…うんっ!あの…何かわたしに出来ることありますか?」
「じゃあまず、膝枕かな?」

 いきなりフェラチオというのも何なので、ぱふっと膝に頭を載せてみた。流石は夢…身体の香りまで有利に似ている気がする。腿の感触は女の子らしくふっくらとしているが、幅や長さはぴったり同じように感じる。

『良くできているなぁ…流石俺、ユーリ情報は身体で覚えているんだな…』

 すりすりと頬をすり寄せたら、赤いベロア地のミニスカートがまくれて、黒いニーハイの上に輝く絶対領域に頬が触れた。

「ひゃ…っ!」
「すべすべで気持ちいい…」

 ユーリは驚いて飛び跳ねそうになったが、コンラートがうっとりと感嘆の声を漏らすと、大人しくなって頭髪を撫でつけてくれた。袖上丈の手袋越しなのが勿体なくて《素手が良い》と頼むと、素直に応じてくれる。直に触れる指はやはり有利のそれとは違っていて、より華奢で、バッド胼胝などもないすべすべの手だった。
 それでも慈しむように髪を梳かれるのが心地よくて、コンラートはうっとりと目を細める。
 あんなに激しいエロビデオを見ていたのに、うっかりこれだけの接触で満足してしまいそうだ。

「…コンラッド、疲れてるの?」

 気遣わしげな声は有利よりも少し甘めだが、基本的にはよく似た声質をしている。特に、可愛らしい発音が特徴的で、囁かれると口元がにやにやしてしまう。つい、返答も甘えたような口ぶりになってしまった。

「いいや…寂しいだけだよ」
「今日は…デートはしなかったの?」
「ああ、ふられたんだ」
「そう…」

 《有利にふられた》という認識で答えると、ユーリは少し息を呑んだ。

「あの女の人?」
「誰?」
「ほら…こないだ、手を引いて車に乗せてた人」
「ああ、彼女か。《足を挫いたから送って欲しい》と頼まれたんだが…あれは嘘だったみたいだね。途中で他の女の子達からメールで注意されたけど、ああやって男の家に転がり込もうとするらしい。危うく、騙されて押し倒されるところだったよ。上手く言いくるめて自宅に送ったら、すぐ家に帰ったよ」
「そうなんだ…!えと…じゃあ、誰にふられたの!?」
「君にそっくりな男の子」
「え…?」

 正直に言ったら、ユーリの手がピタリと止まった。

「ユーリっていう、とても可愛い子。だけど…男の子だからかな。親離れしようとしてるみたい。あ…俺が名付け親ってだけで、実の親じゃないんだけどね。でも…寂しいな」
「あんたみたく格好良くて優しい人から、離れたりしないよ」
「そうかな…」
「そうだよ」

 パラレルの女の子ユーリからの言葉でも、凄く嬉しい。コンラートはすりすりと甘えるように頬をすり寄せると、あることに気付いた。立ち上る薫りの中に…南国の果物に似た芳しい匂いが混じっていたのだ。心なしか、内腿ももじもじと摺り合わされている…。ちらりと見上げた頬も仄かに紅く、漆黒の瞳も潤んでいるようだ。

「ユーリ…どうかしたの?」
「なんでもないよ。ちょっと…トイレ借りても良い?」
「ああ、良いよ」

 何となく予感はあったが、それでも行かせてやると…トイレの中から《ん…》という甘い声が響いてくる。思わずそっと隙間を開けてみれば、そこには…下着の中に右手を挿入し、くちくちと陰部を弄るユーリがいた。
 恥ずかしそうに…不慣れな様子で陰部を探るユーリは、恥ずかしさに顔を真っ赤にして唇を噛んでいる。でも、時折耐えきれなくて漏れ出る声は淫猥な艶を帯びていた。

「ん…コンラッド…っ…」

 ちいさく喘ぐ声を聞いて、そのまま放置する馬鹿がどこにいるだろう?
 ここで手を出さないのは寧ろ失礼に当たるのではないか。

 深く確信を抱いたコンラートは、勢いよくトイレの扉を開けた。






→次へ