「大賢者様の野望」A











 ふわふわと良い匂いがする。
 
『なんだろ?』

 くん…っと鼻をひくつかせて、有利は瞼越しの明かりに目元を震わせた。
 長い睫がふるる…っと揺れ、ゆっくりと開かれていけば…そこには、不思議な光景が広がっていた。

「わ…お菓子の山……!」

 街並みが辺り一面お菓子で出来ている。まるでお伽噺のような光景だ。
 甘味が苦手な者なら胸やけするだろうが、わりとお菓子好きの有利としてはちょっと心がときめいてしまう。

 チョコレートの屋根の上にふわふわとした真っ白なクリームや、ほろ苦そうなショコラクリームをたっぷりと載せた家々が立ち並び、ビスケットの石畳が綺麗に道路を形造る。
 家の壁は堅めに焼いたカステラ地、窓硝子は色とりどりの飴細工で造られているようだ。

 試しにぺろりと街灯を舐め上げてみたら香ばしい風味が口一杯に広がって、思わず笑顔になってしまう。
 手を伸ばして指にとったクリームを嘗めると、これもまろやかな味わいに頬がふわりと綻ぶ。

「うっわ旨ーい!こりゃーやっぱ俺の嗜好を反映してんのかな?」

 お菓子が好きは好きだが、夢に見るほど…という自覚はなかったのだが、少なくとも食に執着のないコンラートの嗜好ということはあるまい。
 彼は甘いものを多少は口にするが、有利のお茶タイムに付き合って甘さを抑えたクッキーを一枚囓る程度だ。

『《さく…》ってさ、あの薄くて綺麗な唇とか…白くて並びの良い歯がクッキーに沿わされんのが、なんか凄く良いんだよね…』

 うっとりと思い出す有利は、《なーんちゃってね》と、自分の妄想にはにかみながら両手で頬を包んだ。

 ちょっとだけ…ちょっとだけ、あの歯に胸の桜粒を甘く噛まれたり、冷たい唇が鎖骨に触れるのを妄想して胸が震えたのは秘密だ。

「ん……?」

 身動ぐと…何やら、服が随分とふりふりしているような気がする。
 見下ろせば…自分の身を包む衣装に《ぶふ…》っと吹き出しそうになってしまった。


「な…なんじゃこりゃあぁ…!?」


 膝丈でふわりと揺れる水色のワンピースは袖が膨らんでおり、上腕の途中から前腕までがきゅっと締まっていて、袖口は大きく折れ返った白いレースになっている。
 襟元も同様に、白いレースがあしらわれていた。
 そこに被さるのが真っ白なふりふりエプロン。同じく白い靴下は丈が長く、少し動くとスカートの下からちらりと太股が見える…という塩梅の衣装だ。

 いや…まだそれだけなら良い。

『コンラッドってば、意外と少女趣味?』

 …と、苦笑するくらいで済んだだろう。
 だが、問題なのは…最近特にきゅっと括れてきたウエストの上に乗っかっている《もの》だ。

「おおおおおお………おっぱい?」

 
おっぱいがいっぱい。

 …とはいえ、数は増えてない。
 問題は、容積的に増えていることだ。

「まさか…まさかぁぁ…!」

 詰め物であることを期待してふにりと両手で押さえてみるが、何とも言えないふよんとした弾力はマシュマロのようで、きっちり身が詰まっている…。

『嘘…』

 何だか涙が出そうになる。

『コンラッド…俺が、女の子の方が良かったのかなぁ…?』

 おそるおそる下着の中身を調べようとスカートをたくし上げていったとき…不意に、背後から声が掛けられた。

「おや、…お嬢さん。僕のお菓子を食べてしまったのかい?」
「え…?」

 くるりと振り返れば、豪奢な馬車に乗った村田がきっちりと襟元を詰めた黒い長衣を纏っていた。
 上半身は禁欲的だが、長いスリットから覗く脚はなんとも扇情的だ。

『あり…?上半身……』

 もはや突っ込むべきではないのだろうか?
 村田の上半身でぽぃんと弾む立派な膨らみは、やはりあれもおっぱいなのだろうか?
 有利よりはやや小振りだが、なかなか形の良い釣り鐘型だ。

『えーと…俺、村田にそういう妄想抱いた覚えないんだけどな…。コンラッドも、村田にはそーゆー妄想してねぇだろー…』

 本当にこれは二人の妄想の結実した世界なのだろうか?
 何だか怪しい気がしてきた。

「村田…何してんの?」
「村田…僕の名前を知ってるのかい?僕は君と面識無いと思うんだけどな」
「この夢的にはそうなのかよ…。じゃあ、村田はどういう役割なの?」
「この世界の主だよ」

 何て恐ろしい世界だよ。
 
「それより…君、さっきの行為は挑発と捉えて良いのかな?」
「へ…?な、何が?」
「豊満な胸を揉みしだいて、甘い吐息を漏らしてたじゃないか」
「へぅ…っ!?」

 くすくすと淫猥な笑みを浮かべて村田が嗤うものだから、有利は素っ頓狂な声を上げてしまう。

「あれは…ちょっと確認しただけだし、哀しくて溜息ついただけだし!」
「哀しい?もっと大きなおっぱいが欲しかったのかい?贅沢だなぁ…。それ以上あったら爆乳を通り越して炸裂乳だよ」
「弾けちゃうのかよっ!フツーに怖ぇよっ!」

 胸が爆発する様子を想像して、両手で胸を掻き寄せてふるふると仔うさぎのように震える有利だったが、この様子に村田は一層愉しそうな声を上げた。

「んー…君、よっぽど胸を自慢したいみたいだね?デカイと感度が悪いって言うけど…ちょっと確認させて貰おうかな」
「えーっ!?」

 友人からの恐るべきエロ予告に、有利はダダ泣きしたい心境だった。

 村田という男は、やると言わずにやっちゃうことも往々にしてある上に、やると言ったら絶対にやってしまう男なのだ。
 特に、こういうエロネタは必ず完遂してしまう。

 大体、一緒に眠りに就いたはずのコンラートは何処に行ってしまったのだろう?

 お互いの嗜好を反映させた夢と聞いてドキドキしていた有利に、《俺達の嗜好なら、そんなに酷いことにはなりませんよ》とやさしく微笑んでくれたのに…。

『これ…ホントにあんたの好みなの?』

 信じられない。
 あの優しいコンラートが、こんな風に有利を辱めるなんて…。

『これって、もしかしてアニシナさんの設定ミスなんじゃないかな?』

 実に可能性の高そうな要素に一瞬ほっとしたものの、すぐにそれが事実であればとんでもない事態に陥る可能性があるのに気付いて真っ青になってしまった。
 二人の嗜好が基本設定だと思ったからチャレンジしてみたものの、これがアニシナ基盤のトンデモ設定だった場合、どんな目に遭わされるか分からないではないか!

「まーた胸を揉んでる…。しょうがないな。僕の専属マッサージ師に揉ませてあげるよ。僕より感度が高かったら、もっと良いコトしてあげる」
「揉んでねぇよっ!良いコトも結構ですっ!」
「そうだ。さっきやたら色気のある男を拾ったんだ。あいつと絡ませても面白いかもな」
「え…?ど、どんな奴?」

 もしや…と思って食いついていくと、村田はきっぱりと言い切った。


「チンコの大きそうな奴」


「それ、外見的特徴の最初に来るものじゃないよね?」

 もう突っ込みたくもないのだが、絡まないとコンラートまで到達できない気がするのでしょうがない。

「じゃあ、腰の律動が激しそうな奴」
「ええと…琥珀色の目に、こう…キラキラ〜っと銀色の光彩が煌めいちゃって、背が高くて細身なのにしっかり筋肉がついてて、ダークブラウンの髪を襟足は短く刈り詰めてるんだけど、前髪が少し長くてサラサラ〜っとしてるのが素敵な、恰好良い男の人じゃなかっ…」
「あー、ハイハイ」

 これで分からなければもっと説明してやるつもりだったのに、何故か村田は辟易したように途中で言葉を断ち切った。

「恰好良いかどうかは主観の問題だけど、まあ…そんなような風貌だったかも知れないね」
「俺をその人のところに連れ行って!」
「おや…」

 にぃ…っと村田の唇が釣り上がり、鮮やかな華が綻ぶような笑みを浮かべた。

「自ら求めるとは…君、やはり結構な好き者だね?」
「もーっ!訳分かんないこと言ってないで連れてけよっ!」 

どんな目に遭うとしても所詮は夢だし、何より…コンラートと一緒にいれば乗り越えられる。目が醒めるまでの我慢なのだから…!

「じゃあ、うさぎさん達頼むね」
「はーいっ!」

 お菓子の家からぴょこたんぴょこたんと飛び出してきたのは、二足歩行の可愛らしいうさぎさん達だった。有利の半分くらいの背丈をしたうさぎさんは縫いぐるみのように素朴な顔立ちをしており、見ているとつい微笑んでしまいそうなほど微笑ましい。

 ……が、彼らの行動は有利の度肝を抜いた。

「え…ぇええ…?君ら何して…っ!」
「ご主人様の命令なのです。大人しくして下さいね」

 語尾にハートマークが付きそうなアニメ声のくせに、やっていることは凶悪だ。
 うさぎ達は有利の背後に回ると手早く手首を合わせて、革ベルトで拘束した上に鉄鎖で繋いでしまったのだ。

「ちょ…ちょちょ…っ!村田ーっ!これは酷いだろ?」
「僕の屋敷に招くためには、作法を守って貰わないとね」
「これが作法かーっ!!」

 有利の絶叫と村田を乗せて、馬車はビスケットの石畳をコトコトと進んでいくのだった。



*  *  *




 村田の屋敷に就くと、やはりお菓子で構成された薄暗い部屋に案内された。
 薄暗いと言ってもじめじめした感じはなく、ふんわりとした布地や洋燈が至る所に飾られて、淡い色合いがグラデーションを呈して独特の雰囲気を醸しだしている。

「コンラッド…!」

 きょろきょろと辺りを見回せば、やはり有利の思い人はそこにいた。
 しかし、その服装にちょっと吃驚してしまう。

 コンラートは何故か全身びしょ濡れで、服が身体に張り付いているのだが…上半身は白いシャツ越しにすらりとした筋肉や細腰が透けて何とも艶っぽい。

 それを強調するように両腕は頭上に一纏めにされ、革製の手錠と鎖が繋がれているのだが…これがまた不自然な位置で固定されているために、しなやかな肢体を捻りながら横たわる様が言いようのない色気を立ち上らせている。

 不快極まりないという表情で横たわっていたコンラートは、有利を目にするなり頬を上気させて身を捩った。

「ユーリ!ど…どういう恰好をしておられるのですか!」
「あんたこそ!」

 すかさず返しつつも、少し安堵する。
 この驚き具合から考えて、やはりこの衣装や胸はコンラートの嗜好ではなかったのだ。

「俺はスパークリングワインの噴水に突っ込んだんですよ。辛口だったのがまだしもの幸いですが…それでも全身ベタベタです」
「いや、そんなことよりも大きな問題があるだろうよ…」
「そうだよね…なかなか素敵な恰好だ。彼は君の恋人?君と実にお似合いだね」

 村田に尋ねられて、ついついはにかんでしまう。

「んー、そうなんだ。そんなにお似合い?」
「うん、身体がいやらしいところが物凄く似合う」
「いや、俺は別に…」
「とぼけるの?」

 ぐいっと荒々しく鎖が引かれると、バランスを崩して有利が転んでしまう。

「猊下…!」
「ほーら…なんて淫らな身体なんだろう?」
「…っ!」

 有利の様子を伺ったコンラートが息を呑む。
 
「痛た…」

 エプロンを大きなリボン結びにしたウエストの辺りで後ろ手に縛られているため、有利は上手く受け身をとることが出来なかった。そのせいで、スカートの裾は大きく捲り上がって大きく開いた下肢が晒されてしまう。

「ユーリ、下着が見えてしまいますっ!」
「はわわ…っ!」

 真っ赤になって下肢を合わせるものの、手が使えないものだからスカートはそのままで、白い太股の間に扇情的なレースの紐パンが垣間見えてしまう。

 そこは…ちょっぴり色を変え始めていた。

「ちょちょちょ…っ!す、スカート降ろさしてーっ!」
「恋人の拘束姿に興奮しちゃったんだ?可愛い〜。ほら、ここ…濡れてるよ?」
「や…っ!」

 下着を押し上げ…濡らしているのは見慣れた花茎で、つぅ…っと村田の細い指が濡れた布越しに鈴口を辿ると、更に蜜が滲んでいくことが自覚される。
 それに、夢の中の行為だというのにどうしてこんなにも感じてしまうのだろう?

『やだ…コンラッドが見てるのに……っ!』

 羞恥に身を捩るが…思い人に見られているからこそ感じやすい場所は蜜を滴らせ、村田の繊細な指先が羽毛のように触れるたび、あえやかな声を漏らすのをこらえるので精一杯になってしまう。

「くぅ……んん…ぅ……」
「お止め下さい、猊下…!ユーリの唇が切れてしまいますっ!」
「ああ、そうだね。可哀想に…」

 血が滲みそうな唇へと愛おしそうに舌を這わせると、村田はするりと指を伸ばして銀の台座に載ったケーキから、生クリームのついた苺を摘むと、有利が息をついた隙を狙って口腔内に押し込んだ。

「ん…っ!」
「美味しい…」

 口腔内で反射的に押しつぶした果肉に村田の舌が絡み、噛みつくことも出来ない有利の優しさを嘲笑うように高度な舌戯が若い性を翻弄する。
 そのせいなのか、苺の中に何らかの成分でも入っているのか…高揚する性感の中で村田の指が布越しに花茎を弄っていたかと思うと、レースの中につるりと入り込んだ指があり得ない場所に差し込まれたのに、びくりと背筋を震わせた。

 くちゅりと淫らな水音を立てたその場所から、言い訳できないほどの悦楽が奔ってしまったことがこの上なく恥ずかしかった。

『嘘…俺、おっぱいあんのにチンコと…変なトコに別の孔があんの!?』

 女を知らない有利にとって前人未踏(?)の大地が、よりによって自分の身体の中に存在し…恋人さえ知らないそこを嬲るのは、有利の親友なのだ。

「ん…んん……っ」

 嫌々をするように顔を振れば、受け止めきれなかった唾液と果汁とが淡紅色の雫となって有利の細い顎を伝い落ち、淫靡な飾りのように肌を濡らした。

 こくり…と喉が鳴って苺を完全に飲み込んでしまうと、胃の腑がかぁ…っと熱くなる。同時にぬるぬると《孔》をまさぐられれば、否応なしに突き上げる快感がとろりと蜜を溢れさせてしまう。

 涙に濡れながらも陶然として打ち震える有利に、村田は婉然と微笑むのだった。

「ふふ…可愛いね」
「猊下…っ!」

 殺意の籠もるコンラートの声に、びくりと震えたのは有利の方だった。

「ごめ…ゴメンね、コンラッド…」
「ユーリが悪いんじゃない…!早く、こんな悪夢から醒めなくては…っ」

 ぽろぽろと涙を零す有利に、コンラートが苦渋に満ちた声を絞り出すが…村田は唇を尖らせて不快そうな表情を示した。

「おや…随分と楽しんでるくせに随分な言いようだね?」
「何…?」

 不本意極まりない物言いにコンラートが声を凍らせると、村田はパンパンと手を叩いた。

「おいで…ヨザック」
「ハイハイサー!」

 言われて飛び出てきたのは、ノースリーブの革制服に身を包んだグリエ・ヨザックだ。
 
「ヨザック!お願い…村田を止めてー!」

 うるうると上目づかいにお願いしたら《ぐっ》…とヨザックが息を呑んだような気がしたが、有利の背後に回った彼は村田を止めるどころか、ぷちりぷちりと胸元の釦を二番目からウエストラインに掛けて外していく。

「ヨザック…?」
「ヨザ…っ!何をしている…っ!」

 きょとんとした有利の身体を拘束し、太くて大きな指が器用に釦を外すと…ブラジャー越しにもぷるんとした質感の胸が晒される。襟元はきっちりと合わせたまま、胸だけがぽよんと突きだしているのが如何にもマニアックだ。

「ご主人様のご命令なんでねぇ…悪く思わんでください」
「この子のおっぱいの感度を調べてくれる?」

 村田の軽やかな命令に、ヨザックの大きくて節くれ立った指がゆっくりと…有利とコンラートに見せつけるように胸に沿わされると、ふに…っとした感触と共にじぃん…っと沁みるような甘い電流が桜粒から奔る。

「へへ…調べ甲斐ありそうですねぇ…」
「ひ…っ」

 獣じみた舌が細い首筋を伝い上がっていけば、有利の声が悲痛な響きを帯び始める。

「よせ!…殺すぞ、ヨザっ!」

 必死の形相でコンラートが叫ぶが、拘束された身では威力に乏しい。

「やーだよぉ〜う。んー…もにもにっとやーらかくて最高!マシュマロみた〜い」
「やぁ…だ、駄目ぇ……っ」
「そんなこと言いながらまた濡れ濡れになってますよ?やっぱ感度も良いですよ、ご主人様」
「ふふ…本当だね。下着、窮屈だよね?外してあげる」

 紐をしゅるりと解かれて下着を抜かれると、濡れた花茎がぷるんと飛び出しその下部の襞が濡れそぼった兎毛の下に垣間見える。

「はぁ〜い、ご開帳ーっ!」

 ぴらりと襞を開かれれば、サーモンピンクの肉があえやかに息づいて蜜を零す。

「やだ…やだよぅ、ヨザック…止めてぇっ!」

 ひっくひっくとしゃくりあげる有利に、村田がふぅ…っと嘆息した。

「しょうがないなぁ…じゃあ、恋人の元に戻してあげよう」
「…ほんと!?」

 予想外の発言に有利が瞳を見開くと、村田はにっこりと微笑んで告げたのだった。

「ただし…条件がある」
「な…何?」
   
 村田の発言は一瞬…有利の呼気を完全に止めた。



「君の恥ずかしい場所の毛を、つるつるに剃り上げてからね…」




→次へ