〜青桐山間道の恋人−3〜

コンラートside:2
有利とのお喋りを楽しみつつ、コンラートはスムーズに運転を続けていた。
もう《さくら庵》への行程は半分以上経過しており、あと30分もすれば仄かな灯火を掲げる日本家屋が見えてくるはずだ。
だが…コンラートは先程からどうも身体が熱っぽく、時折くらりと目眩のようなものまで自覚しはじめた。
『まずいな…本当に風邪でもひいてしまったのかな?』
折角有利も乗り気になってくれているというのに…。これで宿に到着するなり風邪でダウン…とか、《いざ、入刀》という瞬間に、懐刀が蒟蒻棒と化していた…等という最悪な展開まで脳裏に浮かんでしまう。
『…………かなり嫌だな。それは…』
背筋に変な汗まで掻きながら、コンラートはちいさく震えてしまう。
「コンラッド…やっぱり具合悪いんじゃない?なんか…ちょっと顔赤いぜ?」
「大丈…」
《…夫》という言葉が口の中で縺(もつ)れてしまう。
心配げに横から見上げてくる眼差しが、夜空を切り取ったように深い漆黒を呈していて…それが水膜を被ったように潤んでいる様子があまりにも艶かしく、コンラートは胸苦しいほどの心悸を感じて狼狽えた。
『なんだ…?』
有利の表情に心ときめくこと自体は極々正常な反応である(←そうですか…)。
だが…この迫り上がるような興奮にはどこか違和感がある。
コンラートは眉を顰めると、ステアリングを回して車線脇に停車した。
しかし、車を停めた途端に緊張感が緩んだのだろうか?身体中が燃え上がるような…異様な感覚にくらくらと意識を蕩かしそうになってしまった。
「ど…どうしたんだよコンラッド…!熱でもあるの?」
ステアリングに突っ伏して荒い息を吐くコンラートが心配で、有利は手を伸ばして額に触れようとするが…触れられた途端、コンラートはびくりと肩を震わせた。
「…っ!」
拒絶ではないけれど…どこか、有利が彼に対して見せていたのとよく似た反応に、有利は戸惑うように瞳を震わせた。
「すまない…ユーリ……。身体が、変なんだ……」
「やっぱり熱?無理しないでコンラッド!ね…後部座席に横になってみたら?」
「ああ…」
促されるまま雪崩れ込むようにして後部座席に移ると、熱く火照る身体がもどかしくてベストを脱ぎ、荒々しい手つきでネクタイごと襟元を緩めると…その様子を見守っていた有利の頬が染まる。
「…どうかした?」
「ううん…なんでもない。それより、熱測ってみようか?なんかお袋が色々持たせてくれたから、体温計とか薬も入ってんだよ」
「流石はミコさん…母の鑑だね」
くすりと笑いながら、体温計を腋窩に挟もうとシャツの第二釦までを外したところで、有利の目元が朱に染まる意味を理解した。
「俺…そんなに色っぽかった?」
くすくすと笑うコンラートに何か言い返そうと口を開いたようだが、熱っぽくしなだれる様子を哀れに思ったのか、唇を尖らせたままぶつぶつと口の中で呟くだけで否定はしなかった。
脇に挟んで1分ほど経過してから体温計を覗くが、二人はへにょりと眉を微妙な形に下げてしまう。
「…熱は、思ったよりないみたいだね」
「うん。コンラッドって普段の体温が低いから、ちょっとでも上がると堪えそうじゃあるけど…でも、36.4度じゃそんなに苦しくなりそうにもないよね…」
熱がなくて安堵したものの、測定する間にもコンラートの具合自体は熱っぽさを増し、気怠げに伸ばされた四肢が自分のものではないようにもどかしい。
「確かに…熱いというより、怠い方が先に立つ感じかな…」
「苦しい?気持ち悪かったりはしない?薬は…うぅ〜ん…熱がないなら素人見立てで下手に飲んだりしない方が良いかな?」
「そうだね…悪いけど、具合が良くなるまで横になっていて良いかな?」
「うんそうした方が良いよ。暫くしても良くならないようなら、宿の人に電話して迎えに来て貰っても良いしさ」
「ごめんね…ユーリ。折角の旅行なのに…」
「そんなの…良いよぅ!」
申し訳なさそうに囁けば、どうしたものか有利は満面に笑みを浮かべて頭を振った。
「俺の方なんて、いつだって迷惑ばっかりかけてるじゃん?たまにはぐったりしてるあんたの面倒、見させてよ。ね…喉乾いてたらもう一本ペットボトル開ける?膝枕とかもする?」
「嬉しいな…本当にしてくれる?」
お言葉に甘えて膝を借りれば、すんなりとした大腿はコンラートの頬に負けず劣らず熱を持っているかのようだった。
「わー…自分で言ってみたものの…絵図ら的に結構気恥ずかしい…」
「俺は嬉しいよ」
くすくすと笑みを漏らせば吐く息がくすぐったいのか、もぞりと腿をすりあわせる。とはいえ言葉通り面倒は見たいのか、ペットボトルのキャップをかちりと開けると横になったコンラートの口元に寄せてくれた。
「ん…」
こくりと飲み込んだコンラートは、不思議そうに眉を寄せた。
「どうしたの?」
「ユーリ…このペットボトル…さっきのと一緒だよね?」
「そうだよ?俺の好きな銘柄なんだけど…コンラッド嫌い?」
「いや、そうじゃなくて…さっきと味が違う気がするんだが…」
「え?マジで?」
有利は慌てて先程開けた一本を手に取ると、微かに底に残っていた分を攫うようにして口に取る。
「ホントだ…おかしいな。このドリンク、こんなに甘くないはずだよ?」
「なんだって?」
そういえば、こんなに身体が火照ってきたのはあのペットボトルの液体を口にしてからではないだろうか?
そのペットボトルをまじまじと見ていた有利の表情が急に青ざめた。
「まさか…」
「なにか、心当たりでも?」
「絶対ってわけじゃないんだけど…。あのさ、俺がココリナについたときにピンクのスーツ着たきつめの美人さんが居たの覚えてる?」
「ああ…泣いてた子か」
「泣いてた?そうだっけ…」
「俺が見たときには泣いていたんだよ。で…ハンドバックを捜してたんだけど、ハンカチもティッシュも無いみたいで、鼻水が垂れないようにすんすんやってるもんだから気の毒で、手持ちのものをあげたんだけど…。その子が?」
「うん…。俺がトイレから戻ってきたときに、鞄を触ってたんだよね。そん時は通路の脇にあったから邪魔だと思って避けようとしてんのかと思ったんだけど…。何か変なコトされるとしたら、あの時しかないんだよ」
「うぅ〜ん…しかし、なんでユーリの飲み物に妙な薬を入れるんだ?」
「俺だって分かんないよぉ〜。ねえ、今からでも吐いてみる?」
「いや…今から吐いてもここまで症状が出ていたら意味がないだろうな。どうやら遅効性の媚薬でも盛られたらしい…」
「媚薬!?」
ぎょっとして有利が叫ぶと、あわあわと真っ青な顔でコンラートを見やった。
「俺…あんたを抱いたげないとイケナイよね!?」
「いや…幸か不幸か、少なくともユーリが打たれた《サキュバス》で無いことは確かだね。尻の孔は潤んでないから…」
「言わないでぇ〜っ!」
感じやすい女の子よりも蕾を濡らして悶えた有利は、蕩けたそこにコンラートの雄蕊を何度も受け止めて出血しなかったという実績(?)がある。
「多分…俺が飲んだのはとにかく性的興奮が強くなるだけの薬なんじゃないかな?全身が酷く敏感にはなっているようだけど…多分、抜けられると思うよ。だから…暫くこうさせておいてくれないかな?」
コンラートは苦笑すると、再び有利の膝の上へと頭を戻した。
「そんな…く、苦しいんじゃないの!?」
「大丈夫。こう見えても身体が苦しい状態は何度か乗り越えているんだ。それに…多分、自業自得なんだよ」
「そんな…なんで?」
「あの子が気の毒に思えてハンカチを渡したときに、連絡先を教えなかったものだから結構しつこく粘られたんだ。その遣り取りをしている最中にユーリがココリナに来て…嬉しかったものだから、その子を放り出してしまったんだ。きっと腹を立てて、ユーリの飲み物に悪戯したんじゃないかな?だから…自業自得…ってことだよ」
「でも…!」
「それより、飲んだのが君でなくて良かった…」
ふんわりと…それだけは本当に嬉しかったものだから安堵したようにそう言えば、有利の表情が泣きそうに歪むのが分かった。
「《サキュバス》であんなに苦しんだユーリに…もう、二度とあんな思いはさせたくないからね…」
「コンラッド…っ!」
有利の掌がコンラートの頬を包むと、身を屈めて唇が寄せられる…。
互いに熱く火照った唇は、触れあうなり灼けるような感覚を放って二人の心を燃やした。
「俺に…やらせて?」
「ユーリ…」
淡紅色に染まる唇が、濡れたような艶を呈して言葉を紡ぐ。
「今度は…俺に慰めさせてよ」
そう言うと、止める間もあればこそ…有利はコンラートの身体をシートに深く腰掛けさせるとシートの足下にちんまりと身を沈め、コンラートのズボンの前立てを緩めて下着をさげるとぴょこりと飛び出した雄蕊に、ちゅ…っと音を立ててキスをした。
「ユーリ…大丈夫?」
「うん!俺…下手かもしんないけど頑張るから…!」
有利は元気よく言いはなったものの、ぷくりと滲んできた雫を舌先で突きながら…不安げに眉根を寄せた。
その様子は潤んだ黒瞳とも相まって恐ろしく魅惑的な表情で…それを目にするだけでコンラートの下腹には滾るような熱が蜷局(とぐろ)を巻く。
「上手に出来るように…教えてね?」
可憐な唇がぷくりと突き出され、ちぅ…っと鈴口を吸い上げると、コンラートの雄蕊には甘い電流が走るのだった…。
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