★ラブ甘なキス5題 「今更、別に恥ずかしくないでしょう?」 「いや、寧ろ今更だから恥ずかしいような気がするんですが、コンラッドさん…」 「おや、今更他人行儀な口ぶりですね」 「だから、今更こんなコトさせられるからだってば」 渋谷有利は追い込まれていた。 目の前には《ルッテンベルクの獅子》とも謳われる英雄がロッキングチェアに腰掛けており、優雅な動作で唇に指を押し当てている。 緩く捻った細腰や、組まれた脚が軍服越しにも艶やかに映り、気品ある物腰とも相まって実に見栄えが良い。 ただ、言っていることは単なる《甘えんぼさん》である。 有利の執務の間隙とコンラートの勤務の間隙が丁度一致した僅かな時間。二人は人気のない貴賓室に入り込んでひとときのイチャイチャを楽しんでいた。すると…急に、何を思ったのかコンラートがおねだりを始めたのである。 《たまには、ユーリからお膝に載ってキスをしてくれませんか?》…そんなこと、普通大真面目な顔をして英雄閣下が口にするだろうか? 《英雄色を好む》とはいうが、こんな恥ずかしいおねだりをする英雄というのは、英雄の内の何割くらいを占めるのだろう? 言っておくが、精神面において有利はコンラートの事が大好きだ。 物理的接触面から言っても、有利は既に何度もコンラートの愛撫を受けているし…いや、愛撫なんで生やさしいものではなく、明確に挿入に至る性交を繰り返しているし、これは死んでも口には出せない話だが、前でイくより後ろから責められた方が深い愉悦を感じられるほどに、性感は開発されまくっている。 だが…日本男児たるもの、面と向かって《好き》だの《愛してる》だの言うのは背筋が痒くてしょうがないし、ましてや《お膝に載って甘えたようにチュウ》だなんて、ひっくり返っても出来ない。 そんなわけで、さっきから折角の逢瀬時間を割いて不毛な対決を続けているのである。 「寂しいなぁ…いつもアプローチをするのは俺ばかりで、なんだか…ユーリに愛されてないんじゃないかって、不安になります」 「なにさみしんぼうな発言してんだよ!あ…愛とか、そういうの…俺が口にすんの恥ずかしいって知ってる癖に!」 「でもね、ユーリ…口や態度に示さないと、分からないこともあるんですよ?」 「ううう…」 そう、普段は有利が恥ずかしがり屋なのを良く理解して、こんな風にごねたりしないのがコンラートという男だ。 惜しみなく愛の言葉と態度を捧げてくれるコンラートは、有利が周囲と気まずくなったりしないように、二人の関係を表だって喧伝する事なんてない。 なし崩しに婚約関係になった弟の事だって(勿論、有利は精神的・物理的両面でヴォルフラムのことは友人としか思ってないけれど)、断ち切れとは言ってこない。 きっと…こんな風に彼がごねるからには、それ相応の理由があるのだと思う。 急に不安になってしまうような出来事が起きて、それを有利には説明出来ないのかも知れない。 「うぅ〜……」 思い切れずに有利が唸り続けている間にも、時間は刻々と過ぎていく。 ああ…遠くで鐘の音が鳴り響いている。 あの鐘が鳴ったら、100数えるうちに帰ってこいとグウェンダルに厳命されているのだ。 「……時間、経っちゃいましたね」 《ふぅ…》っと、聞こえるか聞こえないかの溜息が小さく漏れて、コンラートは席を立った。 ゆら…ゆら……っと年代物のロッキングチェアが揺れる。 「行きましょうか。グウェンが待っているのでしょう?」 「あ…」 するりとコンラートの気配が変わる。 恋人の顔から甘さが抜けて、私人から公人へと立ち位置を変える。 それが切なくて…有利は強引に腕を掴むと、立ち去ろうとするコンラートを無理矢理ロッキングチェアに座らせて膝に跨った。 お膝にちょこんと言うより、馬乗りに近い。 「キス…しよう?」 真っ赤になって唇を押しつけると、驚いて…そして、微笑む恋人がまた甘さを纏う。 ゆっくりと口吻は深まっていき、激しく求め合うわけではないけれど…その代わり、深くて静かな繋がりが二人を結ぶ。 初めて触れたときほどの驚きではないけれど、どうしてだかコンラートとのキスは重ねる事に不思議な感慨をもたらす。いつもいつも…新しい何かが芽吹いていくのを感じるのだ。 「ん……」 やはりゆっくりと離されていく唇の間に銀の糸が張り…ぷつんと切れた。 ひとときの逢瀬が、これで終わることを示唆するように。 その名残を互いに舐め合いながら、そっと瞼を伏せた。 「後で…もっとちゃんとやるから」 幼すぎるキスを恥じて早口で言うが、コンラートは満足そうに微笑んで有利の頭を撫でてくれた。 「楽しみにしてます。さっきのも、十分嬉しかったけどね」 早く、執務が終わると良い。 いい加減に終わらせようなんて考えたら、この国に住まう民に申し訳が立たないけれど、私人たるこの数分間だけはそう思わせて欲しい。 あと数分で…コンラートも有利も、公人に戻るから。 「後でね」 「ええ…お仕事、頑張ってください」 「うん…」 名残惜しげに、もう一度だけ唇に触れてみた。 キスとは呼べないくらいの接触を境に、コンラートは今度は完全に公人の顔になった。 「行きましょう」 「うん」 こくりと頷いて、有利も切り替える。 甘い夜に到るまでの数時間を、公人として過ごすために。 * 次は文句なく甘甘になるようにしてみます〜。いつもが甘甘なので、逆に「甘く!」と考えると逆サイに行ってしまった感があります。 * |