〜普段我が儘を言わない次男に、思いっ切り甘えて貰う白鷺線有利〜
「ワガママゆって?」−1









 大学に入って数ヶ月。19歳の誕生日を迎えた渋谷有利には、大手企業に勤める優秀なリーマンたる恋人がいる。
出会いは高校生の時。通学中の電車で痴漢から強力な媚薬を注射されるというとんでもない事態に見舞われたときだったが、きっとそんなことでもなければ、生粋のストレートであった二人がセックスをするような関係になることはなかっただろう。

『あの事件以降も、何か変なことに巻き込まれて物凄いエッチなこととかしちゃったけどさ、俺たち元々マトモなんだもんな』

 コンラッドは実に紳士的な青年で、宿泊を伴う休みを共有出来るとき以外は有利の身体にキス以上のことはしない。
 出会いがあんなだったし、その後も色々アレな出来事があったから変態プレイに目覚めても良さそうなものだが(良いってなんだ)、彼の中ではいつも有利はただ巻き込まれただけで、本来は清楚な少年なのだという思いこみがあるらしい。

『いやいや、別にもっとエロいことして欲しいとか思ってる訳じゃないんだよ?』

 しかし初めてセックスした時には、強烈な媚薬で気が狂いそうだった有利への薬として大量の精液をアナルに注いでくれたくらいだから、本来、一度火が点くと底なしの性欲を持っているのだろう。

 だが、有利が1、2回イったり意識を飛ばしたりすると、後は優しく髪を撫でたり軽いキスを唇や頬に寄越すだけというのは、どう考えても我慢させている気がする。

『大学入ってから結構体力もついたしさ、もっと無茶なこと言っても良いのに!』

 こちとらコンラッドを好きで好きで堪らないのだ。
 恋人に我慢を強いているという自覚は、有利をずっと悩ませている。



*  *  * 




 《誕生日プレゼントとして思いっ切り我が儘を言って欲しい》

 そう要求されたコンラートはきょとんと目を丸くした。
 誕生日はあと一週間後で、今日は仕事で忙しかったので日曜日の夕方にカフェで短時間お茶を飲むことしか出来なかったのだが、そこで誕生日の約束をしておこうということになったのだが、《何か欲しいものはある?》という問い掛けに、思いがけない返事がかえってきた。

「ええと…我が儘言いたいんじゃなくて、言って欲しいと?」
「うん、そう」

 こくんと頷くユーリは大学生になっても未だ初々しく、今時の男の子のように髪を脱色することもなく、自然な漆黒の髪をさらりと揺らす。小さな頭を思わず等などしていたら、栗鼠のように頬を膨らまされた。

「ガキ扱いすんなよ!甘えて欲しいのに、すぐコンラッドは甘やかす〜」
「あれ?でも、俺がしたいようにして良いんでしょ?」
「あう」

 少し人の悪い笑顔を浮かべると、またムスッとしてしまう。
 困ったな。がっかりさせたいわけではないのに。

「でもね、本当に俺はこんな風にユーリを甘やかせたいんだよ。ユーリが自立した子だから遠慮してたけど、本腰入れて可愛がって良いなら、遠慮無く可愛がらせてもらおうかな〜」

 《ふふふ》と目をカマボコ型にして笑っていたら、ユーリはほんのりと不安そうな顔を見せたものの、本当にコンラートがそれを望んでいるとは分かったようだ。

「ホントにコンラッドがそうしたいなら良いけど…」
「じゃあ約束だ。誕生日に一度でも俺の願いを拒絶したら、翌日にこっぴどくお仕置きをするよ?」
「コンラッドのお仕置きなんてたかがしれてるもーん。怖くなんかないよ?」
「おや、生意気だね」

 そこにピンクががった男の声が響く。

「ほぉんと、大学生にもなると生意気ゆっちゃうもんね〜。あのキュートな高校生が成長したこと!」

 ツンっとユーリの頬を突いたのは真っ赤に塗り込められた長い爪。華奢な女性の手には映えても、逞しい男の身体にくっついているとちょっとした武器に見える。

「ヨザ」
「グリ江ちゃん、ノースリープワンピが逞しいね」
「素敵でしょ?」

 三角筋や上腕二頭筋といった有名ところは勿論のこと、烏口腕筋や円回内筋の筋溝までくっきりと浮かび上がる腕でポージングを決めるのは止せ。周囲の客はどん引きし、ユーリは対照的に目を輝かせる。

 先日も《グリ江ちゃんみたいな筋肉になるにはどうしたら良いの?やっぱりプロテイン飲むべき?》と聞いてきたので、全力で止めたのだ。
 コンラートはどんなユーリでも愛せる自信はあるが、できればコンラートより華奢でいて欲しいという願いはある。抱きしめられたら脊柱が折れそうなのは勘弁して欲しい。
  
「ふふ。ユーリちゃーん、その約束にはこのグリ江も一枚噛ませて貰うわよ?」
「止せ。出てくんなクソオカマ」
「あら失礼ぶっこいちゃうわ〜。ケツにぶつといのブチ込むわよ?」
「洒落にならんから止せ。そして凄むな。他の客がどん引きしているだろうが」
「あたしのは空気読めないんじゃないの。敢えて読まないの。鈍感力が高いのよ。その方がストレス溜まらないでしょ?」

 《ほほほほほほ》と高らかに笑うヨザックには確かにストレスが溜まらなそうだ。代わりに、コンラートは胃が重くなるのを感じたけれど。
 こう見えて良いところもあったり、特に、窮地を何度か救ってくれたのでなければ付き合いを止めたいオカマだ。

「すごいやグリ江ちゃん。生き方が男前!」
「ふふ。乙女心と漢心を併せ持つ。それが完璧なニューカマーというものよ」
「新しいタイプのオカマ?」
「新オカマね。新玉より美味しいわよ?ちなみにあたしはまだ玉持ちよ?」
「知ってる」

 真面目にコクンと頷くなユーリ。
 周囲がザワっとどよめくから。

「じゃあねーん。誕生日デート、ユーリちゃんの思い通りに進むよう祈っておくわ。ギリギリでお仕置き処置になることもね」

 バツンと風が起きそうなウインクをかまして、ヨザックはグビグビとコンラートの珈琲を飲み干し、ユーリのアーモンドクッキーを一口で食べるのだった。



*  *  * 




 さて、いよいよやって来た誕生日に、コンラートは車で迎えに来てくれた。

『この車の中でもヤったよなぁ…』

 横恋慕する女から媚薬を飲まされたコンラッドが激しい肉欲を感じてしまって、その相手をするべく誠心誠意お応えしたのだ。コンラッド拘りのシートがどろどろになるくらい互いに白濁をまき散らせて、凄い状態になったのを、車を見る度に思い出す。
 そういえばこの愛車を友人に貸して、一時的に電車を利用している時に有利と出会ったんだっけ。

『縁結びの車だよね』

 思わずサイドミラーにチュっとキスをすると、窓から伸びた腕に捕まって、唇にキスを受ける。

 後ろで口を《あ》の形にして硬直する兄が見えた。薄々二人の仲を疑ってはいたものの、現場を見られたのは初めてだ。

「ゆゆゆゆ…有利っ!ナニしてやがるっ!!」
「ふわ…あ、兄貴っ!?」
「ああ、どうもお世話になってますお兄さん」
「ナニの世話してんだよコンチクショーっ!」
「やだなぁ。ナニなんてそんな直球な」

 《てへぺろ》という風情で微笑むコンラッドは、それ以上悪びれもせずに有利をするりと助手席に引き込む。

「ミコさんにはお伝えしてますけど、今宵はユーリを独り占めしますのでよろしく」

 綺麗にウインクを決めたコンラッドは、絶叫しながら追いかけてくる勝利を残して颯爽と車を発進させた。

「うわ〜…明日からどんな顔して勝利に会ったらいいんだろ〜っ!」
「ゴメンね?ヤだった?」
「…ヤじゃないデス」

 そう。我が儘を言ってくれと言ったのは有利の方だし、いつかちゃんと家族にも言おうと思っていたことだ。

「あのさ。明日うちに来てくれる?この際、家族にもゆっちゃって良い?」
「良いの?」
「うん、良い。二十歳まで待とうと思ってたけど、18歳にはなってるわけだし、家族が認めてくれたら結婚だって出来るんだし」

 数年前に法律が改正されて、同性同士でも結婚が可能になった。男女ともに二十歳になれば自由意志で、親の了承があれ満18歳という条件で結婚が可能になった。

「嬉しい…」

 噛みしめるように微笑むコンラッドの横顔が綺麗で、思わず伸び上がって頬にキスをする。どうしよう。この人が好きすぎて止まらない。

「好き…好き。大好き」
「俺はもっと好きだよ」
「俺はもっともっともっと好きだよ?」

 バカップルとしか言いようのない応答を繰り返している内に、車は屋内駐車場に入っていく。降りていくと、すぐ品の良いスーツを着こんだ紳士が迎えてくれた。どうやらこの辺りで一番大きな百貨店のコンシェルジュのようだ。

「仰木さん、お久しぶりです。数時間ほどVIPルームを貸し切らせてくださいね」
「勿論です。こちらが渋谷君ですね?伺っていたイメージ通りです。色々とご用意しておりますし、色違いなどすぐご用意出来ますので遠慮なく仰って下さい」

 なんだなんだ。吃驚しながら促された部屋はまるでホテルのスウィートルームのようで、高級そうなソファに座るとふわりと沈む込む。貸して貰ったスリッパもふかふかで、王侯諸侯になった気分だ。

 おまけに部屋に運ばれてきた服やベルト、バッグに小物類は全て有利好みの色合いで、それでいて見たことがないほど洒落たデザインをしている。手に取れば明らかに手触りがただ事ではなくて、ちらりと値札を伺えばちょっとした小物でさえ万単位の額がついている。

「こここ…コンラッド、これって…」
「俺の好みで買っちゃうからね〜」

 ふんふんと鼻歌を歌いながら、上機嫌のコンラッドは次々に服を宛っていき、《あ、これ良いな》と思ったものばかり買い取りの印をつけていく。自分の好きなものを買うと言っていたけれど、有利の表情から読み取っているのは確かだ。

「こんなにいっぱい買ったら、お金大変じゃない?」
「独身貴族を舐めるんじゃないよ。住居が母の持ちものだしね。お金の使い道が無くて、孫に色々買っちゃうお爺ちゃんみたいなもんだと思ってよ」

 《あんまり甘やかすと、孫が堕落しちゃうよ?》とは思うが、今日は我が儘を何でも聴く日だ。有利はそれ以上心配するのを止めて、自分も素敵だと思う服や物に素直な歓声をあげる。

「このシャツの青きれい」
「そうだね。こっちのグリーンがかったのも似合うよ?」
「でも、そっちはコンラッドの方が似合うかも」
「じゃあ、お揃いで買って良い?ペアルックみたいだ」

 少年みたいに笑う顔が可愛くて、また頬にキスをしたけれど、紳士たる仰木は上手に見て見ぬふりをしている。流石一流コンシェルジュ。きっと守秘義務も完璧に守ってくれるのだろう。

「仰木さん、ちょっとだけ席を空けて貰って良いかな?」
「ええ、結構です」

 とは言いつつも、流石にちょっと目配せはしてくる。
 《ホテルでないのはお忘れ無く》というところか。

「ふふ。実はちょっと恥ずかしいんだけど…人にはあまり言えないような服も用意して貰ったんだ」
「…服って言うか…下着だね」

 女装とは違うようだが、薄いシルクでできた紐パンにはレースと共に、変な割れ目が入っている。挿入時に邪魔にならないとかうにゅうにゃな感じだ。

「これの上から服を着てくれる?」
「う…うん」
「ユーリが下にエッチな下着を着てて、それを知ってるのは俺だけなんだと思うと、デートの間中ドキドキしそうだ!」

 有利は別の意味でドキドキしそうだが、まあ良いことにしよう。
 肌合いは完璧で、つけているのが分からないくらいフィットする。全裸の上から服を着ているように感じられて、鏡を覗き込むだけで頬が熱くなった。洒落た服に身を包んだ少年が、淫靡な下着を身につけている…そう考えるだけで、確かに鼓動が早くなる。

「行こうか?」
「うん」

 心なしか自分の所作が艶を帯びているように感じながら、有利はVIPルームを出て行った。



*  *  * 




 ユーリの頬が微かに紅く、所作の一つ一つがほんのりと漂うような色香に満ちている。通りすがりの連中にもそれが分かるのか、予約していたレストランで昼食を採っていると、コンラートとユーリの席に視線が集中していた。

「ねえ、あの人達ってモデルかなんかかな?」
「絶対そうだって!パンピーじゃないよね?」
「あーん!どの辺の雑誌に載ってるのかな?」
「写真集とかかもよ?」
「聞いちゃう?」
「でもちょっと、近寄りがたいよね〜」

 普段のユーリは気さくで親しみやすい雰囲気だから、よく道を聞かれたり声を掛けられることが多いのだけど、下着がエッチなものだと言うだけで予想以上に雰囲気が変わる。

『俺だけが独占してる』

 これが一番の我が儘と言えば我が儘だろう。
 ユーリが誰からも愛されることを喜びながらも、どこか《俺のものだよ》と主張したい気持ちがあった。ユーリが産まれたという祝福すべき日に、彼を独占できるのが嬉しくて堪らない。

 気色悪がられやしないかとちょっと心配しながらも、コンラートは終始笑顔だった。

 午後になってもコンラートの上機嫌は止まらなかった。ボーリングに行ったら構えた時に下着が気になるのか、ユーリがお尻を触ってちょいちょい直しているのだ。さり気なく手を伸ばしてチョイと紐パンを弄ったら、急に吃驚したように背筋を跳ねさせる。

「ひ…紐外れたっ!」
「えっ!?」

 トイレに向かうユーリをそのまま行かせればいいものを、気が付くと個室に連れ込んでズボンを脱がせていた。

「直してあげる」
「…直すだけ?」
「このパンツを穿かせたのは俺だからね、責任取って色々と直してあげる」

 つるんと下着をずらして緩く勃起していた花茎を口に含めば、パーカーの袖口を噛んでユーリが悶絶する。トイレの壁に背を凭れさせ、あえやかに背を逸らす姿に出会ったときのことを思いだした。

 あの日電車の中で出会ったユーリは強烈な媚薬で性欲を高められ、咄嗟の判断でコンドームを填めてやったら、車内で二回射精をした。コンラートの大きな掌に、花茎を包まれながら…だ。

 あの生々しい感触と、あえやかに反らされた喉の白さは今でも脳裏に焼き付いている。
 トイレに連れ込まれてからの淫らな様子と、誰かに見られるかも知れない恐怖の中で、いざとなったらコンラートを庇う覚悟を持っていた健気さも。

『いじらしい、俺のユーリ…っ!』

 喉奥までググっと銜え込み、咽頭の収縮で激しくユーリを追いこんでいく。

「コンラッ…あ…」
「声、大きいよユーリ。聞かれちゃう」
「んっ…んっ」
「少し早いけど、もうホテルに行く?」
「でも…まだ、コース考えて…くれてたんでしょ?」
「何だかもう、色々と吹っ飛んじゃったよ。今はユーリを抱きたくて脳が焼き切れそうだ。色んな体位で、君が音を上げるまで責め続けてもいいかい?」
「うん…抱いて。いっぱい抱いて?俺のお尻がコンラッドのザーメンでぬるぬるになるくらい…」
「ユーリ…っ!」

 清楚で可憐、けれど快感には滅法弱い恋人を喉で愛しながら、コンラートは放たれた迸りを一滴も余すことなく飲み干した。尿道に残った分まで音を立てて吸い上げ、全て唇で清めてからくったりとしたユーリを便座に座らせ、紐パンを穿かせてやる。

「さあ、これからが本番だよ?ユーリ」

 手の甲に口づけながら、コンラートはわくわくと弾む胸を抱えていた。



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