「君に嘘をついた」@
〜たぬき缶40万打記念小話〜













 ピーィィィイイーー……



 遠くで鳥が啼いている。

 聞き覚えのあるその音声に、ウェラー卿コンラートはふわりと微笑んだ。

「オーレリアだな…佳い声だ」

 オーレリアは要素の濃い地域にしか住まない鳥で、王都ではこの血盟城の周囲でしか見られない。
 ことに、ここ近年は絶大な魔力を誇る魔王陛下がおわしますせいか、オーレリアは挙ってこの土地に集まっては巣作りに努め、美しい啼き声をあげて人々の耳朶を楽しませている。

 コンラートの嬉しそうな声に併せて、部下のイザークも弾む声で応じた。
 
「あいつが啼くと、血盟城に帰ってきたなって感じがしますね」

 コンラートは騎馬に載せたその身を旅装に包んでおり、彼に率いられた部下達も同様の身なりをしている他、懐かしげに目を細めている点も同じだ。

 彼らは3ヶ月に渡る任務を果たして、無事に帰還出来たことを五感の全てで感じ取っているのだ。
 国境沿いの紛争鎮圧は気を遣う仕事で、ひとつ掛け金を間違えれば大きな戦いに発展する懸念もある。眞魔国と隣国の中枢が幾ら親善条約を結んでいるとはいえ、近接して居住しているとなれば日々の暮らしの中で何らか不満も募ってくるものだ。

 《禁忌の箱》を始末し近隣諸国との関係も概ね安定しているとはいえ、思わぬところから火種が広がることもある。大事になる前にと派遣されたコンラートは、任務の意図を十分に部下の中にも浸透させていたこともあり、十分な相互理解を導き出すことに成功した。

 逼迫した状況を粘り強い話し合いで平和的解決に導いたコンラートは、最終的には互いの領土の代表者からハートマーク付きの声援を送られるほどの信頼を勝ち得て、《どうかまたお越し下さい…!》《なんでしたら、このままここで嫁取りでも…》との哀願やら切望やらを振り切って帰ってきたのである。 

『任務は任務…全てがユーリの治世に繋がる大切なものだと分かってはいるが、それでも…やはり寂しかったんだろうな。自分でも可笑しいくらい、気持ちが弾んでいる…』

 コンラートは血盟城にて引き継ぎを済ませた後は、また有利の警護に戻ることを約束されており、今後2週間は危急の任務以外与えられない事になっている。


 有利に会ったら何をしよう…何を話そう?
 いや…ただ黙って傍にいるだけでも良い…。


 コンラートの心は春の陽気につられてか、ふわふわと明るく弾むのだった。 

「お、ご機嫌イイですねぇ〜。久しぶりに坊ちゃんにお会いできるからかしらぁ?」
「当然だ」

 騎馬で伴走するヨザックに対しても、どこか浮き立つような声で返してしまった。
 
 この男は別の任務に就いていたのだが、血盟城に向かうコンラートの姿を目敏く見つけ出すと、当たり前みたいな顔をしてついてきたのである。

「ふぅん…」

 蒼い瞳を悪戯っぽく細めると、ヨザックはそぅ…っと自分の馬首をノーカンティーの傍に沿わせ、唇をコンラートの耳朶に寄せてきた。

「会うだけで満足?隊長ともあろう者がさ…」

 どこか非難を含むような言い回しにコンラートの眉根が微かに寄るが、すぐに冷笑を浮かべて幼馴染みの顎を叩く。 

「自分らしさなんて関係ないさ。俺にとっては、ユーリの幸せの傍に俺が居られるということが、最大の悦びだ」
「似合わねぇなぁ…」

 不満げに鼻を鳴らすと、ヨザックはコンラートの耳朶にかしりと犬歯を立ててから、ひらりと馬首を巡らせた。不快げなコンラートの唸り声と、《なんて事を!》と憤る部下達の叫びを背に、ヨザックは嗤いながら血盟城に走ったのであった。



*   *   * 

 


 血盟城に到着したコンラートは、部下達を副官に任せるといつものカーキ色の軍服に着替えて執務室に向かった。
 一刻も早く有利に会いたかったし、用務的にも状況報告は重要な仕事であったからだ。



 だが…愛しい人の声は思わぬ場所から聞こえてきた。
 
「…だって……!」
「お前は……っ!」

 言い争うような気配と声のやりとりに一瞬懸念を感じたが、すぐにそれは微笑みに取って代わった。
 相手が弟…ヴォルフラムだと分かったからだ。

 ただ、笑みが少しばかり苦いものを含むのは仕方のないことだろう…。

 魔王後継者問題で婚約を破棄したとはいえ、依然として有利と密接な立場にあるヴォルフラムはその後も当然のように寝所を共にし、こうして喧嘩をしてもすぐに何もなかったみたいにうち解けることができる。

『俺は…怖いな』

 有利の為を思って諭(さと)すことはある。
 だが、嫉妬心を剥き出しにして有利に迫るなどという芸当は、とてものことコンラートにはできない。

 《物わかりの良い名付け親にして、大人な親友》…そのポジションから外れることは考えにくい。おそらく、彼の為を思ってのこととはいえ…眞王陛下の命により、離反したかのように装っていた時期の負い目から来るものが大きいのだろう。

『もう…ユーリにあんな目をさせたくない』

 大シマロンの闘技場で…逃走中の雪山で…コンラートは有利の差し伸べた手を拒絶した。

 あの瞬間、有利の受けた傷口がどれほどのものだったのか…胸を引き裂かれそうな痛みが、あの漆黒の瞳を染め上げた時…コンラートは自分を永遠に赦すことが出来ないと知ったのだ。

 
 もう、決して彼の信頼を裏切りたくはない。


 そっと瞼を伏せて、殊更ゆっくりと歩を進める。
 ヴォルフラムは怒りが頂点に達すると、無意識のうちに有利の首元を締めてしまうから、さりげなく間に入って止めてあげよう…。けれど、それまでは二人の会話を妨げないようにしなくては。

 だが…コンラートが向けた視線の先で、そんな暢気な予測を嘲笑うような出来事が発生した。

「……っ!」


 階段の降りばなで揉み合う内に、足を滑らしたのだろう。
 有利の身体が…宙に飛んだ。


『ユーリ…!』

 声に出して叫ぶような余裕はなかった。

 コンラートは己の肉体を射出された矢の如きものにかえて、生物のもてる能力限界を越えるような加速を見せて駆ける。

 彼を庇った後の受け身など、全く考えていなかった。
 ただただ…人形のように宙を舞う華奢な身体が、硬質な石畳に打ち付けられることだけを恐れて、コンラートは走る。

 だが…彼と有利の間には絶対的な距離というものがあった。
 いかな肉体の躍動も、この物理的な間隙を完全に埋めることは叶わない。
  
「………っあぁぁぁあ…っ!」

 スライディングの要領で飛び込み、あらん限りの力で腕…指を伸ばした先で、真っ先に落下していた頭部に指の末節が微かに掛かり、全精神力をその一点に注いで支えようとする。
 けれど、落下自体を食い止めることは叶わず、有利の背中がドォン…っと床に設置した衝撃で、弾んだ頭部が前屈し…衝撃的に後屈してコンラートの掌を打った。

 ガ……ン……っ!

「ユーリぃいい……っ!!」

 硬い頭蓋骨と石畳の間に挟まれた掌から激痛が走り、肘や膝が擦過されて皮膚に裂傷が出来たのが分かる。だが…それを気に掛けるような余裕はなかった。

 滑り込んだ衝撃で弾む身体の下に潜り込む形となり、有利とコンラートの身体が交錯する。素早く身を反転させて有利の身体を抱き込むが、くたりと脱力した有利は真っ白な顔色をしていた。

 頭部を揺らさぬように配慮しながら後頭部をまさぐり目立った出血がないのは確認出来たが、直接の落下ではないとはいえ頭部を強打したことに違いはない。一刻も早く癒しの手を持つ衛生兵に見せなくては、脳内出血で取り返しのつかない事態に陥ることもあるだろう。

「ユーリ…ユーリ……っ」

 駆け下りてきたヴォルフラムの手が、震えながら有利の頭に向かった瞬間…脳内にスパークするような衝撃を覚えて、コンラートは反射的に叫んでいた。


「……触れるな…っ!」


 バシィ……っ!


 声と共に、鋭い動きでその手を払ってしまう。

「あ…」

 兄弟は互いの姿を見開いた目の中に確認し…蒼白な顔色で、強ばった表情に息を呑んだ。

「……すまない…ヴォルフラム」
「いや……」
「衛生兵を呼んでくれるか」
「…分かった!」

 普段なら有利を抱き込むコンラートに対して激しい嫉妬を見せるヴォルフラムも、流石に文句一つ口にすることはなかった。
 直接手を下したわけではないとはいえ、有利の落下原因を作ったのは彼に他ならないからだろう。

 いや…それ以上に、有利を抱きしめたまま震えているコンラートに衝撃を覚えたのかもしれない。
 一切の余裕を無くした兄の姿など、おそらくウォルフラムは初めて目にしたのだろうから…。


 カッカッカッカッ……


 遠くなっていく足音を聞きながら、コンラートは真っ白な有利の頬に掌を添え…そして、微かな息づかいの変化に目を見開いた。
 消え入りそうに弱っていた息が《ふぅ》…っと強く吸い込まれたかと思うと、もとの元気な呼吸音が蘇ってきたのだ。
 
「ん……ぅん……」
「ユーリ…!?」

 声を弾ませかけるが、大きな音は頭部を強打した者には辛いかもしれないと思って和らげる。
 そして、なるべく驚かせないようにとゆっくり…やさしい声で呼びかけた。

「ユーリ…大丈夫ですか?痛いところがあったら教えてください…」
「痛い…頭、痛い……」
 
 呻(うめ)く声は辛そうだが、はっきりと発声できていることに安堵してコブになりつつある後頭部を撫でつける。

「可哀相に…酷くぶつけましたからね。ユーリ、吐き気や口の中で噛んだりしたところはない?」
「やー…特にはないです」

 ぱちぱちと瞬きしていた有利は、焦点を結んだ目の中にコンラートの姿を認めると、吃驚したように目を見開いて…少しぽんわりした様子で固まってしまった。

「驚いた?でも、俺も驚いたんだからおあいこだよ?俺が帰って来るなり蒲田行進曲ばりの階段落ちをみせるなんて…」
「や…ごめんなさい。びっくりさせちゃって…」

 有利は恐縮したようにぺこぺこと頭を下げると、ちろ…と愛くるしい上目遣いでコンラートの様子を伺っては淡く頬を上気させるのだった。

 そして、奇妙な物言いにコンラートが違和感を覚え始めた頃、衝撃的な発言をした。


「えと…俺、あなたに会ったことありましたっけ?つか…ここ、どこですか?」



*   *   *




 駆けつけたギーゼラの診断によると、有利は一過性の記憶喪失のようだった。
 脳には器質的な障害が見られなかったので、安静にしていればそのうち記憶も戻るということであったが…果たして、どのくらいの時間で戻ってくるかは分からない。

 非常事態対応ということで、執務は全て宰相たるグウェンダルが代行することとなり、その補佐をギュンターが行う。
 ヴォルフラムの罪を問う声もあったのだが、コンラートの状況説明を聞いて客観的に判断した有利が《わざとじゃないなら、罪とかそういうの止めようよ》と、事件性を持たせることに拒否感を示したことで不問になった。

 ヴォルフラム自身は有利の屈託のない様子を直視するのが辛かったようで、自主的な蟄居を申し出たがこれを止める者は居なかった。



 さて…コンラートはと言うと……。



*   *   *




「ユーリ…これから記憶が戻るまで、ずっと俺がお傍にいますからね?」
「うん、ありがとね」

 診察や諸々の手続きを終えた有利は魔王居室に入ると、広大すぎる上に記憶の全くない部屋が怖くなったらしく、《もっと狭くて落ち着けるとこに居ても良い?》と尋ねてきた。
 しかも、有利は記憶を失ってから初めて目にしたコンラートに対して雛鳥のような依存心を持っているらしく、彼が傍にいないと不安げな顔をするのだ。

 この為、グウェンダルの裁量でしばらくの間コンラートの部屋で過ごすことになったのである。

 コンラートは有利の事が心配なのは勿論なのだが…不意に訪れた有利との《共同生活》に心が浮き立ってしまうのか、思わず声を弾ませてしまう。
 有利の方も心なしかはしゃぎ気味だ。

「なんか…ここだと落ち着くなー」
「そうですか?」

 はにかむように微笑む有利に、コンラートもとびきり優しい声で《俺の部屋を気に入ってくれて、嬉しいな…》と囁きかける。
 すると、有利はぽわんと頬を染めて上ずった声をあげるのだった。

「なんでかな?俺…あんたといると、うきうきしちゃう。記憶無くして怖いはずなのに…こうしてあんたといるのが凄ぇ…楽しいみたい」
「ユーリ…」

 おそらく、刷り込みによるものだとは思うが、それでも嬉しくてついつい口角が上がってしまう。

「あ…そーだ。コンラッド、手…大丈夫?」
「平気ですよ、鍛えていますからね」
「鍛えてどうにかなるもん?」
「意外とね」
「…ズキズキしたりしない?」

 有利を受け止めようとして大小の擦過傷を受けたコンラートは、実際には新しい軍服の下に隠された膝の傷が一番酷い。だが、有利の心に負担を掛けぬよう、そちらについては秘している。
 それでも手の中手指節関節の裂傷だけは、白い包帯に巻かれている様子がどうしても隠しきれなかった。

「痛くないとは言いませんが…ユーリの命に別状がなかったのがこの傷のお陰だと思えば、寧ろ誇らしいような気持ちになりますよ」

 お伽噺に出てくる王子様みたいにコンラートが囁くと、有利はちょっと不思議そうな…でも、嬉しそうな顔でふわりと微笑んだ。

「俺のこと…凄い大事にしてくれるんだね」
「当然です。あなたは俺にとって、何物にも代え難い宝物ですからね」
「お…俺にとってもそうだったのかな?」

 頬を上気させて有利が聞いてくるが、それはコンラートにも解らない。

「そうだったら嬉しいな…と思います」
「きっと、絶対そーだよ!あんたのそんだけの気概を受けて、受けて立たないはずないもん!」

 愛情問題が侠気問題にすり替わっている気がするが、有利にとっては話の路線がずれているわけではないらしい。こくこくと頷いては、自分の気持ちを確かめるように呟く。

「だって俺…あんたを見た時から、胸の中で凄く暖かくてほわほわしたもんが浮かんでくるんだ。だから…きっと、ずっと前から俺はあんたを大事に思ってたんだよ!全部無くしたように見えてもきっと…そういうのはちゃんと心のどこかに残ってるんだよな?」
「ええ…きっとそうですよ……」

 嬉しくて嬉しくて…胸がいっぱいになって、コンラートは突き上げる衝動のままに有利を抱きしめてしまった。

「ユーリ…俺たちは、互いがとても大事な存在でしたとも…」
「なんか、特別な関係だったのかな?」
「ええ…」

 《特別な関係》…即座に、その関係に名を付けて列挙することは出来た。
 名付け親、親友、眞魔国で初めての野球仲間、永遠の忠誠を誓う者…。

 けれど、今のコンラートの想いを顕すに適当な言葉が思いつかなくて…つい、ついついつい、つい…ぽろっと、口走ってしまったのだった。


「俺たち…恋人同士だったんです」


 口にした途端に、頬が染まった。
 100歳越えの良い年こいて、一体どういう嘘をつくのか!

 記憶が永遠に戻ってこないわけではないのだから、戻ってきたときに一体どういう顔をするつもりなのか?

 だが…《すみません…嘘です》そう言いかけた声を圧する勢いで、有利が強く抱きついてきた。

「本当?俺…あんたの恋人なの!?」
「え?ええ……」
「どうしよう…嬉しい……っ!」

 先程まで伏せ気味だった瞳が見開かれると、虹彩が吸い込まれそうな漆黒を呈していることとか…吃驚するくらい大きくてつぶらであることなどが際だつ。
 次いで唇の端がふわりと上がり白い歯列が覗くと、彼の全身から馨(かぐわ)しいまでの初々しさ…咲き初めたばかりの蕾のような清冽さが立ち上るのだった。

 その様子が全くもって予想に反する喜びようであったものだから、コンラートは珍しく、次に何を発言して良いのか思い悩んでしまった。

 戸惑うような表情に気付いたのだろうか?

 有利は可愛らしい眉毛をへにょりと下げて申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんな…俺、恋人なのにあんたのこと忘れちゃってたから…怒った?」
「いいえ、そんなことはありませんよ!あれは…事故だったんですから…!」

 慌てて否定をするが、まだ少し心配するように小首を傾げている。
 
「でも…あんた、さっき黙っちゃったじゃん。なあ、お詫びさせてよ!なんか、あんたの願い事出来ることならなんでもやっちゃうよ?」
「願い事…ですか?では、ずっと元気でいてくださいとか…」
「なにお爺ちゃんの健康願うみたいな台詞かましてんだよ!米寿のお祝いか!」

 記憶がないくせに、どうしてそういう言葉は出てくるのか…。

「それでは…一緒に、散歩をして貰っていいですか?」
「そんなんで良いの?」

 何故だか有利は不満そうに唇を尖らせる。
 ぷくっとした唇がとても可憐で、ついつい唇を寄せそうになってしまうコンラートであった。

『いや…キスくらいなら……赦してくれるかな?』

 顔を真っ赤にして《俺のファーストキス返せ!しょっぱい思いで作りやがって!》くらいは言われそうだが、それでも笑って誤魔化せば有耶無耶にしてくれるのではないだろうか? 

 ちょっぴり姑息な気もするが、それでも…有利の方から求めてくれたこともあり、胸に納めかねる想いを唇に載せてみた。

「散歩の前に、口吻を…しても良いですか?」
「ち…チュー?」

 やっぱりそう言う単語関連性は覚えているのか…。
 《ぼん》っと頬を染めてどもるが、それでも有利の瞳に嫌悪の色はなく…はにかみつつも歓びを示す様子に、もう己を偽ることは出来なくなっていた。

「うん…しよ?」
「では……」

 唇をそぅ…っと重ねて、その暖かさと感触に驚く。

 子どものように高い体温は熱があるのではないかと懸念してしまうほどで、マナー違反と分かっていても薄目を開けば、目を固く閉じて…顔を真っ赤にして、いっぱいいっぱいという感じの有利が見えた。

『可愛い…ああ、どうしてあなたはこんなに可愛いのかな?』

 唇を触れ合わせるだけのキス。
 コンラートがこれまでに経験してきたキスに比べれば、とても稚拙なものなのだけど…それでも、ふれあう皮膚の感触に脳の中心がくらりと熔けていく。

 熱く…熔けくずれてしまう。
 幸せな溶解物となって、どこまでも混じり合えたらいいのに…。

 その想いが、身体にも反映されてしまったのか…気がつけば狂おしく有利の身体を抱き寄せ、ふわりと綻(ほころ)んだ唇の内腔へと舌を潜り込ませてしまった。

『暖かい…それに、ちょっと震えてる』

 それでも抵抗しない有利は、嫌悪の為ではなく緊張と羞恥によって打ち震えているようだった。

「は…ふ……」

 長い長い口吻の後に、名残惜しげに唇が離れていくと…銀色の糸が互いの舌から伸びてぷちんと切れる。
 その様がとてつもなく恥ずかしかったらしく、有利は口元を覆って顔を伏せてしまった。

「ごめんね…嫌だった?」
「や…やじゃないよ!ただ…恥ずかしかっただけ……」

 消え入りそうな声でそう囁く有利の頬に…瞼に、羽毛が触れるようなキスを落とし、背筋や肩を撫でつけて緊張を解(ほぐ)していく。

 くすくすと笑みが漏れるまでそんな接触を繰り返せば、すっかりいつもの調子を取り戻した有利がにっこりと微笑んだ。

「散歩…行こっか?」
「ええ…」

 扉の前まで手を繋いで、廊下に出ても辺りを見回して人の気配がないと分かると、きゅう…っと手を繋いで二人は歩いた。
 そして視線が合うと、有利が背伸びをして《ちゅ》…っとキスをしてきたのだった。

「えへへぇ…」
「散歩、楽しみですね」
「うん…!」

 ふわふわと虹色の雲の上を歩いているような喜びの中、できたての《恋人達》は血盟城の廊下に繰り出したのであった。
 





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