2011年バレンタインリレー企画
~単発リクエスト~
「チョコレートアロマ」-1
「とっても嬉しいです」
ウェラー卿コンラートは手渡されたそれに、にっこりと微笑んだ。
大事な大事な名付け子にして、仕えるべき魔王陛下がくれる物なら野の花だって永久保存したくなるコンラートのことだから、その子が自らの手(ちょっぴり不器用)で作ってくれた5枚綴りの《マッサージ券》なるものも、光り輝くように大切な宝物として映った。
うっすらと《肩たたき券》と書かれた痕があるが(筆圧が高いので、重ねて文字を書くと下の紙に筆跡が残るのだ)、流石に年寄り扱いしていると思ったのか、比較的若向きの言語に直してくれたらしい。
「良かった~。あんたってば甘い物苦手じゃん?そんなヒトにチョコレートあげるのってちょっとしたパワハラというか、拷問に近いかなって思ったからさー。券にして良かったよ!」
「え?」
コンラートがきょとんと小首を傾げると、御年17歳のユーリ陛下はこう述べた。
「ほら、ヴォルフは勿論のことグウェンやギュンターって、結構甘い物もいけるじゃん?だから、あいつらにはこれから、纏めて煮て固めたチョコ配るんだよ。日頃の感謝を込めてね?でも、コンラッドが苦手なのは知ってたからどうしよっかなーって思ってたんだ」
《一斉にチョコを贈る》…それはもしかしなくても、バレンタインチョコというものであろうか?
NASA情報によれば、欧米諸国ではチョコレートよりも花やカードの方が主流と聞くが、正式なバレンタインがどうかと言うよりは、コンラートにとっては大切な主的バレンタインがどういうものであるかの方が大切だ。
「ユーリ…これって、バレンタインの贈り物ですか?」
「うん!」
ユーリは実に佳い笑顔でこっくりと頷く。コンラートに対して、恋情から渡してくれているという印象は欠片ほども見受けられない。まあ、当たり前と言えば当たり前か。幾らムードもへったくれもない気質のユーリとはいえ、本気で告白したい時に《肩叩き券》など寄越しはしないだろう。
「あ、ホワイトデーには気を使わなくて良いからね?日頃のご愛顧に応えてのお礼だから」
そこまで《これは恋愛感情を全く、これっぽちも、微塵子ほども含まない行為です》と念を押すことはないではないか。何だか、先程まで浮き立っていた気持ちがふしゅんと沈んでしまう。
ウェラー卿コンラートという男は、ユーリに惚れている。
最初は自分の心を再生させてくれた存在として無私の愛を注ぐ対象であったが、現在は更に、自分の欲棒(苦笑)を屹立させてくれる存在として下世話な愛も注ぐ対象となっている。
とはいえ前者の気持ちが無くなったわけではないから、如何ともしがたいくらい希望を直截に語ることは出来なかった。信頼している名付け親から《犯(や)らないか》などと囁かれては、きっとドン引きしてしまうことだろう。
なので、コンラートはいつもの笑顔を張り付けたまま、《ありがとうございます》と喜んで見せたのだった。
* * *
ウェラー卿コンラートの愛は深い。
ただ、その愛はユーリ限定で深かった。
兄弟や元師匠、元部下で友人の男のことだって好きだし、彼らが誰かに酷い目に遭わされたりしたら、命を賭けて戦うと誓える。
ただ、そちらの愛がユーリへの愛とバッティングすると、拙い具合に発酵することもある。
「ほら、見てみろコンラート!あのユーリが、不器用なユーリが!別に御菓子作りが得意でも何でもないユーリが、婚約者である僕の為に作ってくれた《ちよこれぇと》だ!」
「良かったね、ヴォルフ。甘い物は好きだものな」
碧眼をきらきらと輝かせて自慢するヴォルフラムは実に可愛らしい。白皙の肌を淡く上気させて興奮しきった姿は、《ちっちゃな兄上》に宝物を見せにきてくれた幼い頃と全く一緒に見える。
血盟城の中庭で遭遇した弟は、この頃には珍しいくらいの勢いで駆け寄ってくると、自慢げにぐったりとしたチョコレートもどきを見せてくれた。
「ふふん!知っているか?ユーリはこの《ちよこれぇと》を沢山の連中に配っていると聞くが、それは《ギリギリちよこ》というものらしいぞ?おなじ《ちよこれぇと》でも、本当に好きな相手と、《ギリギリここまではあげても良い》という相手とでは、密やかに質が違うのだそうだ!」
「へぇ…」
軽く声が底冷えするが、鼻息荒く語り続けるヴォルフラムには聞こえないようだ。普段はコンラートとばかりユーリが遊んでいることを悔しがっていたから、ここぞとばかりに自慢したいのだろう。
「他の連中が貰ったのと、何か違うのかい?」
「見て分からないか?ほら、ここに指紋がついているだろうが!」
油脂の浮いたチョコレートは、多分テンパリングに失敗して油分が分離しているのだろう。その表面には、確かにくっきりと指紋が残っていた。迂闊に、固まっていない時に握ってしまったに違いない。
「この指紋こそが、ユーリからのメッセージだ!」
「なんてメッセージだろう?」
「きっと、《俺を食べて★》とかいうメッセージに違いないっ!!」
どうしてそこまで夢を抱くことが出来るのか、我が弟ながら羨ましくなるようなポジティブさだ。こちとら最初から名付け親として恋愛の範疇外に隔離されている上に、一度は袂を分かってシマロンに渡ったという負い目まであるから、《二人は何時か結ばれるの♪》なんて暢気に妄想することも出来ない。
「へぇー…」
「ふはははっ!よーしよーし!ユーリ、そこまで言うのなら僕だって覚悟を決めるぞ?今夜は眠らせないからなーっ!!」
畏れ多くも尊貴たる魔王陛下を寝台から蹴り落として、別の意味で眠れない夜を幾度の提供している弟は、 高らかに哄笑して大股に歩き出した。
「…」
コンラートはちょっとカチンと来た。
弟が勘違いと思いこみで婚約者の座に納まっている事など百も承知だし、一緒の寝台に眠っていても可笑しいくらいに身綺麗でいるのが、弟の寝付きが異様に良すぎるせいだと分かってはいるが、やはりコンラートがバレンタイン問題で落ち込んでいる時に、こうもあからさまに自慢されると面白くない。
なので、ちょっとした意趣返しに剣を振るってみた。
ヒュン…!
鋭い音は一瞬のもので、虫の羽音ほども響かない。おかげで、軍人としての才能に疑問の余地がある弟は全く気付かなかった。
当たり前だが、ヴォルフラムの肉体は傷つけていない。剣先は正確に、ある場所を適度に切り裂いているのだ。
「ヴォルフラム様、ごきげんよう」
「うむ」
おあつらえ向きに、品の良い貴婦人が通りがかる。未婚で恥じらい深い、フォンギレンフォール家の令嬢だ。
「ヴォルフ、そう言えばグウェンを見なかったかい?」
「ん?兄上に何か用…」
コンラート呼ばれてくるりと振り返った瞬間…ヴォルフラムの穿いていたズボンが面白いくらいにストーン!と落ちた。
「ひっ!?」
「うっ!?」
一瞬何が起こったか分からないようだったヴォフラムは、フォンギレンフォール家の令嬢がサイレンのような叫び声を上げたことで自分の下肢を見やり、乙女のように内股になって、これまた警笛のような絶叫をあげた。
「ああ、ヴォルフ。軍人たるものズボンの留め具は毎日確認しておかなくてはならないぞ?」
「う、煩いーっ!!」
真っ赤になって叫びながら逃走するヴォルフラムだったが、コンラートの方を振り返って文句を言ったせいか、曲がり角でまた別のご婦人に激突して転んでしまった。そうすると、貴族の嗜みである細身のギリギリ紐パンに包まれた股間が、見事なまでに御開帳されてしまう。
「きやぁあああああ~~っ!!」
「うわぁあああ~~~~っ!!」
流石に可哀想になってきた…。
このまま放っておくと、行く先々で恥ずかしい姿を見せて、最悪の場合は紐パンに包まれた中身までご披露 してシンニチの誌面を飾りそうなので、コンラートは上着を弟の腰に捲くと、肩に担いで強引に部屋へと強制送還した。
* * *
「何やら中庭が騒がしかったようだが、一体どうしたのだ?」
執務室に赴くと、グウェンダルが苦み走った重低音で問いかけてくる。その横ではひぃひぃ言いながら魔王陛下が執務に励んでいた。
「申し訳ありません。ヴォルフのズボンがご婦人の前で脱げてしまって、大騒ぎになったんですよ」
「あいつの声がすると思ったら…全く、なってないな!」
「ちょっと運が悪かったんですよ」
しれっとして弟を庇うと、ユーリが好奇心満々に聞いてきた。
「ヴォルフの奴、女の子の前で例の紐パン見せちゃったんだ?そういうのって、ほっぺたビンタみたいに婚約とか結婚とかにならないの?」
「幸い、そういう風習は無いですね」
「え~?そうなんだ。女の子と婚約関係になったら、幾らあいつでも俺に結婚しろとか言わなくなると思ったのにな~」
「おや、ヴォルフも可哀想に。あいつ、あなたに頂いた《ちよこれぇと》を凄く喜んで、自慢していたんですよ?」
「あんなので自慢するかねー」
あははと笑っていたユーリだったが、ふと思い出したように持ち込んだ紙袋をがさごそと探る。
「おい、まだ執務中だぞ?」
窘めるグウェンダルを宥め返し、ユーリは見つかった箱を宰相閣下に差し出した。
「まあまあ、ちょっとだけ時間頂戴よグウェン。日頃お世話になってるお返ししたいんだ」
「お返しだと?これは何だ?」
ユーリから説明を受けたグウェンダルは相変わらずの渋面だったが、もう彼の性格に馴れてしまったユーリには、嬉しいのを隠しているのだとすぐに気付いたことだろう。
「ふん…。まあ、頂いておこうか。不細工ではあるが、わんちゃん型にした努力だけは買おう」
《それ、猫だったんだけどな~》と、いつもとは逆の立場でユーリが憮然としているが、膨らんだほっぺもこれまた可愛くて、堪えきれずにグウェンがくすりと微笑んでしまう。
「あ、笑った」
「ふん…」
厳めしい美丈夫がたまに笑うと効果絶大だ。普段から笑顔の出血大奉仕をしているコンラートよりも有り難みがあるのか、ユーリはにこにこと嬉しそうに笑っている。
「ね、食べて食べて!ちょっと不細工だけど、味はエーフェに手伝って貰ったから美味しい筈だよ?」
「ふむ…」
意外と甘い物好きのグウェンダルは口に含んだ甘みに頷くと、丁寧な所作で敬礼して見せた。
「魔王陛下からこのような甘味を下肢賜りましたこと、まことに有り難く存じます」
「もー、そんな堅苦しいこと言うなよ」
「では…とても、旨かった」
「うん!」
重厚さを効果的に和らげて見せたグウェンダルに、ユーリは満面に笑みを浮かべて頷いている。時折、この男の方が弟よりも遙かに強敵なのではないかと思う所以だ。最近は良い意味で角が取れてきているのか、このように気の利いた言い回しをする余裕さえ出てきた。
『羨ましい…』
最近思うのだが、親しみが恋に変わる瞬間というのは、グウェンダルのように秘められた一面を覗かせた瞬間なのではないかと思う。コンラートがユーリのことを《愛し子》から《愛しい子》と思うようになったのは、シマロンに渡ったコンラートに対して、狂おしいほどの執着を見せてくれた時だった。
庇ってやらなくてはならない対象であった彼は、コンラートがいない間に驚くほどの成長を見せて、力強く魔王として、男として熟成していった。
惚れずには、おられなかった。
『俺の場合は、意外性の手札をもう使ってしまったからなぁ…』
一見飄々としているのに重い過去があるとか、あんなに忠誠を誓っていたのに裏切って、さらにひっくり返って実は本当に忠誠を尽くしていましたよ~なんて展開をやった後では、大概の意外性など吹っ飛んでしまう。
…というか、方向性を間違えるといい加減ユーリから愛想を尽かされそうな気さえする。
『しまったな~。もう少し出し惜しみをしておけば良かった…』
そう言う問題ではないかも知れないが、取りあえず兄が羨ましくてしょうがなかった。
「コンラートも食べたのか?なかなかいけるぞ」
「いえ、俺は…」
「なんだ、まだ食べていないのか?ユーリ、コンラートの分はどうした?」
「コンラッドは甘い物苦手だから、マッサージ券にしたんだよ」
「ふむ。なるほどそうか」
そんな遣り取りをしていると、またややこしい男がやってきた。
「ままま…マッサージ券ですとぉ~っ!?」
テンションが高すぎるフォンクライスト卿ギュンターは、尊敬していた師匠だった(←過去形)。
今は銀色の髪を振り乱し、顔中の孔という孔から色々と垂れ流しにしていてちょっと怖い。
「陛下ぁ~っ!わ、私もマッサージ券が良いですぅ~っ!」
「えー?ギュンターにはもうチョコあげたじゃん。甘い物嫌いじゃないだろ?」
どうやらギュンターは既にチョコを貰っているらしい。その上でマッサージ券まで要求してくるとは、ちょっと図々しすぎはしないか?
「そ…それはそうですがっ!私、肩やら腰やらばっきばきに凝っておりますので、是非とも陛下に揉み揉みして頂きた…」
最後まで言わせずに、項へと手刀を叩き込んで意識を奪った。一国の王佐に対してとってよい手段ではないのだが、いい加減この展開にも飽きた(←酷い)。
「失礼、陛下。何か噴きそうでしたので…」
「ありがとうコンラッドーっ!良かった~。折角真面目に仕事したのに、汁まみれにされたらしんどいし、ごり押しされてマッサージ券せしめられても困るもんね」
言われてみれば、マッサージ券なんてものを貰えるというのはある種の信頼あってのことではないだろうか ?男として警戒されていないのは少々哀しいが、肌に直接触れても構わないというスタンスは正直嬉しい。
『せめて、ささやかな愉しみを頂こうかな?』
コンラートは大切にポケットにしまった《マッサージ券》を指先で撫でながら、そっと微笑むのだった。
* * *
「では、よろしくお願いします」
「ふつつかものですが、ヨロシクお願いします」
ぺこりとお辞儀をして膝を突くと、コンラートが《畏れ多いな》と苦笑している。だが、コンラートは椅子に腰掛けているし、要求された場所も前脛骨筋と下腿三頭筋なのだから仕方がない。
お風呂上がりでリラックスしたコンラートは、なにやらえらく楽しそうな様子で簡素な椅子に腰掛けている。身につけているものは新しいシャツとズボンで、風呂上がりなのにパジャマではない。ユーリは衛兵と共に魔王居室に戻るつもりでいるのだが、コンラートは上着を引っかけて送るつもりでいるようだ。
「湯冷めしちゃうから、そのまま寝ちゃって良いのに」
「そうはいきませんよ。ユーリを送るのは俺の権利です」
「過保護だなぁ~」
「何とでも言って下さい」
なんて嬉しそうに笑うんだろう?ユーリを堂々と構えることが嬉しくって堪らないみたいだ。テーブルの上に置いていたマッサージ券も、丁寧に一枚を鋏で切って、残った四枚は大切に箱の中へとしまう。
『こんなに喜んでくれるなんてなー。ベタだけど、あげて良かった!』
一緒になってにこにこ顔になると、ユーリはコンラートの素足を左手で抱えて、求心性に圧を加えていく。 マッサージにもリンパドレナージュや結合式マッサージなど様々な種類と目的があるが(業として行うには国家資格がいるが、ここは眞魔国なので大目に見て欲しい)、ユーリがやっているのは完全な独学による筋肉対象のマッサージだ。自分の身体にはある程度の効果があるのだが、コンラートに対してはどうだろうか?
「ね…気持ちいい?痛くない?」
「ん…凄く、気持ちいいよ」
「…っ!」
何だってこう、この男は無駄に色気があるのだろうか?あえやかに仰け反りながら、心地よさそうに溜息を漏らすと、甘い声がぞくぞくするような響きをもって大気を揺らす。なにやら変な気分になりそうだ。
「太股の方もやって貰って良い?」
「うん、良いよ」
コンラートがあまり気持ちよさそうに言うものだから、滅多にない彼からの積極的なお強請りに、ユーリはすっかり浮かれてしまった。気が付いたら、太股の付け根にある腸腰筋まで丁寧に揉みほぐしていた。こいつは腰椎や骨盤から出て大腿骨に停止する股関節屈曲の主力筋で、唐突に他人が触ってきたりするとかなり問題がある場所だ。
そこを安心しきって開放しているコンラートは、大きく下肢を開いて甘い吐息を漏らしている。
「ユーリ、マッサージがとても上手だね。ああ…うっとりしてしまう」
「そ…そっかな?」
きっと名付け親の欲目だろうとは思うのだが、こんな風に手放しに褒め称えられると嬉しくってついついサービスしたくなってしまう。
「腸腰筋、そんなに気持ちいいなら腸骨稜の起始部の方も揉もうか?少し痛いかも知れないけど…」
「お願いするよ。あ、体勢は気にせずに俺に乗ってね?」
「片方ずつやれば大丈夫だよ?」
腸腰筋は、正確には腰椎から始まる大腰筋と、骨盤を構成する腸骨から始まる腸骨筋があり、後者については脇腹から食い込ませるようにして指を入れていくと、深部で筋腹を揉むことが出来る。太っていると無理だが、コンラートの腰なら余裕だろう。
「でも、あまり時間が掛かると遅くなるよ?両手で一度に揉んでくれないかな」
「ん~…じゃ、重かったら言ってね?」
「幸せな重みだよ」
「もー」
くすくすと余裕の笑みを浮かべるコンラートの腿に乗って揉もうとするが、座位のせいか脇腹の腹筋が緊張してしまって上手く揉めない。逞しすぎる筋板で、指が跳ね返されてしまうみたいだ。
「コンラッド、折角だからベッドに寝てくれる?」
「…ええ、良いですよ?」
なんで一拍間が開いたのだろうか?まあ、すぐに快諾してくれたから良いかと、ユーリはコンラートを寝台に横たえると、彼の腰を跨ぐようにして膝を突き、少し緊張のとれたウエストから腸骨筋を揉んでいく。リズミカルに上体を上下させて、体重移動で揉むとコンラートの表情がまた艶やかに綻んだ。
「良い体勢ですね」
「そう?苦しくない?」
「ちっとも。気持ちが良いばっかりです」
「なら良いけどさ」
うんしょうんしょと揉み続け、大体解れた頃にはうっすらと汗を掻いていた。暖炉に火を灯しているとは言え、一年で一番寒い時期にこんなに汗を掻くとは思わなかった。
「はふー、俺の方が良い運動になったかも」
「お疲れ様です、ユーリ。じゃあ、もう一枚使っても良いですか?」
そう言うと、コンラートは箱に閉まっていた四枚の券から、また一枚を鋏で切って手渡してきた。
「良いけど、コンラッドって筋肉が発達してるから、いきなり一度にすると揉み返し来ちゃうかもしれないよ?」
「いいえ、今度はユーリにマッサージをさせて貰います」
「えー!?俺はいいよぅ!あんたの為に作ったのにー」
「俺のためのマッサージ券な訳ですから、使用方法はお任せでしょう?」
「そ…それは確かに……」
《マッサージ券》とだけ書かれたそれは、《してあげる》とも《してもらう》とも書いていない。
「たくさん気持ちよくして貰ったから、今度はお返ししたいんですよ。丁度、肌に優しいオイルも持ってることですしね」
とぷんと硝子瓶の中で、濃い褐色のオイルが揺れている。それは結構上等な天然オイルで、肌がかさつくこの季節に指先が荒れたりすると、すぐにコンラートが塗ってくれるものだった。
「勿体なくない?」
「期限内に使わないと酸化しますから、余計に勿体ないですよ」
「それもそうか。わ~オイルマッサージなんて初めて!なんかエステみたい」
「お肌をつるつるにして差し上げますね?じゃあ、まず背中を開けて俯せになって下さい」
「うん」
上体を包んでいた服を脱ぐと少し肌寒かったが、俯せになってコンラートの手が当てられると次第に気にならなくなってきた。コンラートは体温が低めなのだが、先程マッサージを受ける際に一緒になって少し動いたせいか、普段よりも暖かい。オイル自体にも循環を良くさせる物質が含まれているのか、すぐに背中はぽぅっと暖かくなってきた。
「気持ちいい~…それに、オイル良い匂い~」
「チョコレートに似た香りですよね」
「うん…そーいやそー…」
するり…ぬるる……
とりゅ…
チョコレートアロマに包まれたユーリは、あまりの心地よさに意識をとろかしていく。
気が付けば、コンラートの手はぬるぬると脇腹や腰を伝い、するりと臀部を覆っていたズボンを降ろされて尻肉を滑らかな手つきで揉まれていたが、トレーニングのせいで緊張していた大殿筋や、深部の股関節外旋筋群が良い感じに解されていくものだから、うっとりと甘い声を漏らして身を任せてしまう。
下肢が剥き出しになったわけだが、同時にふかふかとした大判のタオルで上体を覆われたので、その安心感も手伝って全く抵抗しようと言う気にはならなかった。
「ユーリ、紐パンにオイルがついてしまうから、これもいったん脱がせてしまうよ?」
「ん~」
するりと腰で結んでいた紐が解かれて、はらりと落ちた布切れが身体から引き抜かれて寝台脇に置かれる。
今、ユーリは自分の身を覆っているのがタオル一枚であるという異常事態にも全く気づかないまま、コンラートの巧みなマッサージに酔いしれるのだった。
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