「天上天下★唯コンラート様独尊」
壁に掛かった大型の肖像画に触れると、すぅ…っと色が変わって別の像を描き出す。本来は青年とその家族…すなわち、大陸の精華と謳われるフェリファント国の国王一家を描いた肖像画である筈のものが、青年が触れた時だけは映す像を変えるようにと作り替えたのだ。 それは、芸術に関して天分の才がある青年…第一王子オースティン・ラ・テルスケッタ自らが制作したものである。 「まだ…足りないなぁ…」 オースティンは若々しく華麗な顔立ちを顰めて、形良く整えられた指先でつつ…っと隠し絵をなぞった。たった一度目にしただけの人物だから、こうして絵画にしてみると詳細があやふやなのは多少仕方がない。 「特に、服の下だもんなぁ…」 甘ったるく掠れる声がくつくつと笑みを刻む。 そう、描き出された人物は全裸であり、特にオースティンが熱心に触れているせいで色を変えてしまっている部分は、鮮やかな紅色に描かれている。 それは、胸と股間に当たる部分で…そこがどんな形と色合いを持っているのか、オースティンは堪らなく知りたいと思っている。 「きっと美しいだろうな…魔族というのは快楽を尊ぶというもの。きっと、コンラート殿も丁寧に手入れをしていることだろうな。ふふ…魔王陛下の寵臣と聞くから、お尻の孔の手入れも自分でしておられるのかな?」 この絵画の不満は、眞魔国派同盟の式典で礼装軍服に身を包んだウェラー卿コンラートの姿をそのまま思い出して描いたため、ごく一般的な姿勢をとっているということだ。そのためデッサンをとってから勝手に裸身にしても、見えるのは胸の飾りと外生殖器だけで、オースティンが強い興味を抱いているお尻の形状は描き出せていない。 「何とかして、全裸を拝見したいな…。出来れば、獣のように這い蹲って僕にお尻を突き上げて見せて欲しい…」 屈辱に燃えるウェラー家特有の瞳は、さぞかし美しかろうと思う。 きっとオースティンを憎み、蔑み、そして何よりそのような事態に陥った自分自身を憎んで、暗い焔を宿すことだろう。 「ああ…ぞくぞくするよ、コンラート殿。思いっきり恥ずかしい姿を取らせてあげたいなぁ…」 額縁の一部をかちりと押すと、くるりと絵画が反転して壁に仕込んだ隠し金庫が現れる。そこには、古今東西の性的な拷問具がみっちりと並べられていた。 「ああ…革製と金属製、どちらの拘束具が映えるかなぁ〜?口と〜、あそこと〜、ここにぃ〜…がっちりと食い込ませたら、あの整った顔からだらしなく唾液が零れるんだろうなぁ…。《躾のなってない淫獣だ》…なんて、侮蔑するような言葉を投げかけたら、きっと死にそうに怒った顔をするんだろうな。でも、絶対自決なんかさせないぞ?眞魔国との関係は維持したいから、ちゃんと魔王陛下にも返して差し上げるんだ。素敵な絵画をたっぷりと描いた後でね…」 オースティンの唇が、思いっきり楽しそうに…そして、酷薄そうに釣り上がった。 「いつでもどこでも…決して僕のことを忘れられないように、コンラート殿の体中に禁忌の悦びを植え付けて、僕が気が向けばいつでも身体を差し出す…そんな風にし向けてやるんだ…」 くっくっくっ… 恐るべき変態王子の魔の手が、今…ウェラー卿コンラートに向かって伸びつつあった。 * * * 眞魔国に《天上天下最強武闘王決定選手権大会》の知らせが届いたのは、初雪がちらつく頃だった。 魔王陛下の有利はかつてシマロンで開催された《テンカブ》を思い出して眉根を寄せたものの、大会の主催者と要旨を聞くと俄に興奮の色を見せた。 「眞魔国派同盟の主要国主催なんだ!」 「ええ、かつて大シマロンが宗主国としての権威を見せつけるためだけに開催されていた武闘大会を、真の意味での国際交流と武術向上の場にしたいのだそうです。どうでしょう…眞魔国も賛同しては」 「良いねぇ!」 ギュンターの言葉に有利も乗っていく。 この大会の発案は眞魔国派同盟のフェリファント国だそうで、他の同盟国もこの知らせに浮き立っているという。 「フェリファント国は自国での開催には拘っておらず、可能であれば眞魔国で開催し、眞魔国派同盟の結びつきをよりいっそう強めて欲しいと言っております」 「そっかぁ…あそこの王様、いい人だもんね」 フェリファント国は大陸では歴史のある国で、領土の規模は小さいものの、芸術・武術の両面に渡って名の知れた逸材を排出している。だが、大シマロンの国威に屈してからというもの、下手に名が知られているだけに芸術家、武術家共に不当に辱められ、不正な試合や作品評価によって《あのフェリファント国の勇士・芸術家を負かした》と、大シマロンが宣伝するための材料とされていたのだ。 この国辱を由としなかった王、オズワルド・ラ・テルスケッタは密かにフランシアと通じ、眞魔国との繋がりを得て大シマロンの支配から脱却したのである。 先日条約締結の式典を行った時にも、オズワルドからは苦労人らしい渋みと共に優秀な人材らしい覇気が漂っていて、有利としては頼りになる同盟国を手に入れたと喜んでいたのだ。 「しかし…僕はあそこの第一王子には良い思い出がないな。妙にニヤニヤしていて品がなかった」 ヴォルフラムが鼻を鳴らすと、それにはグウェンダルも同意してきた。 「顔の造作は人間にしては美しいが…確かに、あの王の子とは思えぬ品の無さだ」 「うーん…そうですねぇ……」 コンラートも肩を竦めて苦笑している。 何せ、式典の時…妙に覚えのある視線を浴びせられたのだ。 「あいつ、絶対にコンラートをどうにかしようと企んでいるぞ?いやらしさが全身から満ちあふれていたからな」 オースティン王子のエロさは、眞魔国首脳陣にはバレバレであった。 本人は隠しているつもりのようだったが、何しろこの国では過去に《コンラートを好きすぎておかしくなっちゃった連中》を大量処分しているのだ。 ちょっと近づいて目を見れば、怪しい奴は一発で分かる。 「しかも…あの男、いの一番に選手として名乗りを上げたそうだ。何か卑怯な手を使ってくるつもりではないか?」 「あり得るねぇ…」 村田も意地の悪い笑みをたたえてコンラートの肩をぽんっと叩く。 「君も大概変態に好かれやすいよねぇ?」 「…………不本意ながら…」 「え…そ、そんな怖いことになりそうなの!?」 オズワルド王には強い好意を抱いている有利としては、その王子に対してもそんなに悪い印象はなかったのだが…言われてみれば、ちょっと熱すぎる目でコンラートを見ていたような気がする。 「じゃあ…大会の間はコンラッドに塔か何かに引きこもってて貰おうか?風邪ひいたとか言ってさ」 「そうも行かぬだろう」 グウェンダルが苦々しげに言うには、既に同盟国の間ではコンラートの剣聖と呼ばれる腕前を是非拝みたいと、国を代表する勇士達が集結しつつあるらしい。 「幾らオズワルド王子が卑怯な手口を使うとしても、今回は以前の舞踏大会のように勝者は何をしても良いという副賞が付いてくるわけではない。媚薬だ睡眠薬だと言った怪しい薬も、こちらの主催であれば盛られる懸念は減るしな。厳重な警備を敷いておけば問題ないだろう」 「そうだね。俺も武闘大会は久しぶりだし…ユーリ陛下の威光を世界に広めるためにも、眞魔国の武勇を証明する必要があるだろうな」 「うぅ〜ん…でも、やっぱり心配だな…。俺、いざとなったら上様化してでも、全力でコンラッドを護るからね?」 「……はは。そうならないことを祈ってますよ」 夜の閨では散々に啼かせている人に《護る》と言われては内心複雑だが、気持ちは嬉しいのでありがたく受け取っておく。 「ふむ…警備面が十分であるのなら、なかなか楽しみな企画になるだろうな。正しく、実力のある者が勝者になるのだからな?」 わくわくし始めたらしいヴォルフラムは、やはり可愛い顔はしていても武人なのだろう。《腕が鳴る》と言いたげに愛刀に触れた。 「そういえば、《武闘》って武器は何でも良いの?」 「ええ、要項にも特に規定はされていませんけど…おそらく長剣か長槍が多いでしょうね。弓の場合は至近距離で当てるのは困難ですし、観客席に飛び込む危険性も多いですから」 「じゃあ、武器無しで肉体勝負の人も可?」 「いやいや…流石にそれは…」 そう言いかけて、はた…っと全員の発言が止まる。 先ほどまで、彼らは卑怯な手口さえ使われなければ《うちのコンラート(コンラッド)が最強》と思いこんでいたのである。 だが…剣を使わなくて良いとなれば、いるではないか…国内に、最強の武闘派が! 「俺…今日から特訓を始めます」 「そうした方が良いよ!お…俺も協力するっ!!」 わたわたと血相を変えて準備を始めるコンラート達だった。 * * * 「天上天下最強武闘王決定選手権大会…ね。残念だわ、舞踏大会ではないなんて…」 ほぅ…っと形良い唇から吐息が漏らされると、女豹族出身の侍女達は一斉にきょとんと目を見開いた。 ラダガスト卿マリアナは彼女たちにとって《最強の武闘家》であり、間違っても優雅にひらひらと舞い踊っている姿など想像もつかなかったのである。 「ナニ言ってんスか姐さん…。姐さんだったら男共なんて一捻りっスよ」 「これっ!お嬢様に何という物言いですかっ!」 「あ…も、申し訳ありませんっ!」 驚きのせいでついつい昔通りの喋りをしてしまった女豹族のスーが、侍女頭のシータに叱られてしょぼんと雪豹柄の耳を伏せる。太いくて長い尻尾もへろりと下がってしまうから、顔立ちが整っているだけに落ち込んだ姿は妙に可愛い。 特にスーは小柄で、銀色の巻き毛をリボンでツインテールにしているのがよく似合っているので、少々マリアナの対応も甘くなる。 「そう声を荒げるものではなくてよ、シータ。一朝一夕で身に付くものではないわ」 「へへ…ありがとやす、お嬢様」 「これっ!調子に乗るのではありませんっ!」 「や…本当に申し訳ありません。でも、お嬢様の腕前なら、シータ様だって誰にも負けないって思うでしょ?」 「ええ、私のお嬢様は何人にも負けはしませんよ。ですが、お嬢様はあくまで舞踏家…極限まで鍛えられた技がたまたま転化して敵を倒しているだけで、決して無骨な武闘家などではありませんからね。むさ苦しい連中と拳を交えるだなんて…おお、おぞましい。二度とそのような差し出口をきくのではありませんよ?」 「へぁ…そんなもんスかねぇ…?」 「これっ!」 「だってぇ〜…なんか勿体ないっスよ。コンラート様と直接拳を交えたりするんでしょ?」 この言葉に、ぴく…っとマリアナの肩が揺れる。 確かにそれは考えないでもない。だが…ラダガスト卿マリアナの淑女としての意識が、そのように不作法な行いを由としないのだ。 『ああ…確かにコンラート様と吐息が触れるほどの位置に立って、手と手が触れあうなんてとても素敵だとは思うわ…』 触れた瞬間に爆裂しそうだが、それは敢えて考えない。 『無骨な男どもがコンラート様の御身に傷でも付けたらと思うと気が気ではないけれど…ああっ!どうしたら良いの…っ!』 すると、スーがこんな事を言い出した。 「世界中の強い連中がやってきて、もしもコンラート様が暗がりで手込めにされそうになったらどうするんスか?マリアナ様一生の不…」 「馬を牽けーいっ!」 《お止めください…!》《良いではないか良いではないか》《あ〜れ〜》という場面が走馬燈のように(←ちょっと違う)頭蓋内を回転したマリアナは、もう懊悩して等いられなかった。 期待通りに乗ってくれたマリアナに、スーは《してやったり》と満足げである。 「やったぁっ!えへへ…それでこそマリアナ様っ!あたしら、お淑やかなあんたに惹かれた訳じゃないからねっ!」 「やったね、お手柄だよスー。これで姐さんの艶姿がまた見られるってもんだ!」 「晴れ姿ですよ。全く…困ったものですね」 そうは言いつつも、やはり侍女頭シータの支度は早い。 即座に的確な指示を出して変装道具を用意させると、マリアナの愛馬を牽くと共に、超高速馬車を車庫から出させた。 この馬車は風力抵抗を最小限に抑えたボディを持ち、大胆な軽量化にも成功している。また、体力自慢の女豹族が馬丁を勤めるから、これまでとは違って疲れ知らずの走力を見せるのだ。 「さあ…行くわよ、シータ…よろしくて!?」 「準備、整ってございますっ!」 とう…っ! ひらりとマリアナが中空を舞えば、高らかにシータのトランペットが響き渡り、すかさず女豹族のドラムやシンバルが鳴り響く。 奏でる曲は…そう、ラダガスト家に代々伝わる応援歌である。 《猪○》のテーマに激似なのは、あくまで偶然の一致である。 ファイッ…ファイッ… ファイッ…ファイッ… チャ〜、ラ〜ラー、 チャ〜ラー、ラ〜ラー チャ〜、ラ〜ラー、 チャ〜ラー、ラ〜ラー マ・リ・ア・ナ、ボンバイェッ! マ・リ・ア・ナ、ボンバイェッ! 「コンラート様…今、ラダガスト卿マリアナの名を秘して…参りますっ!今日から私は武闘家マリネリス卿オリンポスですわ!一時淑女としての慎みを捨てますっ!!」 マリネリス等という貴族の家系はないが…何となく《卿》が付いていないと収まりが悪いのか。 高らかに叫びながら、マリアナ改めオリンポスは空中で変身を遂げた。 ひときわ高いハイヒールでガ…っと大地を踏むと、ひらりと金色のドレスが揺れる。髪の色も鬘で金色の腰まである長髪に変えると、ス…っと目元に仮面をつけた。 「姐さん、全開バリバリだぜ!」 「イェーフーっ!」 お揃いの仮面を目元につけ、侍女連中もいっさんに馬車へと荷物を運び入れる。 パラリラパラリラパラリラ…っ! パパパラパラリラパラリラリーっ! 軽快な曲調はどこか《ゴッドファーザー〜愛のテーマ〜》に激似だが、それも単なる偶然である。 彼らは先行して馬を駆るマリアナを勢いづけるために窓から身を乗り出して演奏しているので、かなりの危険走行なのだが…この場合、侍女達の指導役であるシータまでが完全なハコ乗り状態なので止める者はいない。 「ほほほほほほほほほ……っ!」 「イェーフー…っ!」 ラダガスト領の民は今や風物詩となった領土名物の光景を、半笑いで眺めるのであった…。 ※マリネリスは火星にある峡谷から、オリンポスはやはり火星にある火山から取りました。後者はなんと標高27q!エベレストの3倍です。どちらも太陽系で最大の峡谷と火山だと言われています。以前、立体粗造法(立体コピー機)で作成された火星・地球・月の模型を触らせて貰ったのですが、触ってみても吃驚するくらい明瞭な突起と溝として触れられたので、大変衝撃を受けました。 この名前を持ってきてしまうと…もう偽名が思いつきません。 |