「うさぎの嫁入り」B

 







「ユーリ!」

 森を《とにかく真っ直ぐ真っ直ぐ》進んだ黒うさぎは、藪の向こうから大好きな茶うさぎに名を呼ばれて、かぎ裂きが出来るのも構わずに藪に突っ込みました。

「コンラッドーっ!」

「ユーリ…ああ、ユーリ…っ!怖かったでしょう?こんな森に入ってしまうなんて…っ!猊下にお聞きしたときには血の気が引きましたよ!」

「村田に?」

「ええ、ユーリと遊びに行ったお友達や街のうさぎ達に様子がおかしかったことを聞いて捜していたら、猊下から知らせがあったんです。この森を捜せと…」

「やあ、見つかったみたいだね」

 噂をしていると、大賢者の立派なローブに身を包んだ村田がやってきました。

「村田…どーして俺が居るトコ分かったの?」

「それはね、僕が色々と仕込んでいたからだよ」

「仕込み…?」

「君への誕生日プレゼントだよ」

「え?」

「元気出ただろ?」

 可愛らしい顔立ちながら、普段はどこか冷然としている村田が…そのときはとても柔らかい表情で微笑みました。

 どうやら、あの花嫁さんに勇気づけられたのは偶然ではなかったようです。

 何かしらの方策を用いて、村田は黒うさぎを導いてくれたのでしょう。

「一体何があったんです?」

「ううん…何でもないよ」

 黒うさぎは村田に心を込めて微笑み返すと、きゅうっと茶うさぎに抱きつきました。

「ねぇ…コンラッド、俺…あんたのことが大好きだよ」

「ユーリ?」

「この先も…ずっとずっと好きでいて良い?」

 可愛らしすぎる黒うさぎのお願いに、茶うさぎはくらりと目眩を感じました。

 こんなに可愛いうさぎをこの腕に抱き留められる自分は何と幸福なうさぎなのでしょう?

「もちろん、好きでいて下さい…俺も、ずっとずっとユーリが大好きですからね」

「うん…俺、あんたにずっと好きでいて貰えるように、力一杯頑張るからね!」

 ちいさな力こぶをつくると、ふんぬと黒うさぎはガッツポーズを取ります。

 勇ましいその姿に、茶うさぎの頬は熔け崩れそうになりました。

「では、俺も頑張りましょう。あなたに好きで居続けて貰えるように!」  

 《やれやれ》…と嘆息しつつも、村田は今日に限っては何も言いませんでした。

 黒うさぎの誕生日を祝ってやりたい思いでは、村田だって茶うさぎにひけは取らないからです。

『君がしあわせでいてくれるのが一番だからね』

 …とは思うものの、こんないちゃいちゃぶりを第三者的に見続けることはなかなかの掻痒感を強要されるものです。

『あいつでも誘って、夕食にしようかな…』

 黒うさぎに小さく手を振ると、村田は歩き出しました。橙色の髪をした大兎は、きっと村田の愚痴を聞いてくれることでしょう。        

 

*  *  *

 

 黒うさぎが茶うさぎに抱っこされたままお家に帰ってくると、家の前にお友達が駆けつけていました。

「有利…!」

「ごめんね、みんな。ユーリはいま眠ってしまってるんだ。また明日ね」

 無事な黒うさぎに安堵したものの、眠ってしまっていることでお友達はみんなもぞもぞしていました。

「ごめんなさい…俺達、折角のお誕生日なのに有利を怒らせちゃったんだ」

「そうなのかい?」

「…だって、しょうがないもんっ!」

 頬を膨らませて、拗ねたようにいがぐり坊主の仔うさぎが叫びました。

「だって、有利が馬鹿なこと言うんだもんっ!コンラート先生と結婚するなんて無茶なこと言うんだもんっ!!」

 いがぐり坊主の瞳は妬ましさで一杯でした。

 泣きそうなその瞳に睨め付けられて、茶うさぎはいがぐり坊主の思いに気付きました。

『そうか…この仔はユーリのことが好きなんだ』

 きっと、嫉妬心も手伝って黒うさぎに酷いことを言ったに違いありません。

「君は、それを無茶なことだと思うかい?」

「無茶苦茶だよ!だって、有利はこんなにちっちゃい仔うさぎで、コンラート先生は大人の雄うさぎじゃんか!そんなの…ヘンタイだよっ!」

「変態なんかじゃないよ。俺は真剣にユーリを愛している」

「あ…っ愛…っ!?」

 真っ正直な言葉を真っ直ぐな態度で示されたいがぐり坊主は、言葉に詰まってしまいました。

 大兎というものは、えてして体面を気にして誰かに《変》だと言われることを忌避するはずです。ですが、この茶色い大兎はどうしてこんなに率直なのでしょう?

「へ…ヘンタイだよっ!だって、有利にエッチなことするんだろ?仔うさぎにエッチなことをする大兎なんて、変態以外の何者でもないじゃないか!そ…それに、有利もコンラッド先生も雄同士じゃないか!」

「俺はユーリが16歳になるその日までは、大兎の夫婦がやるような行為はしないよ」

「嘘つけ!誰も見てなかったらこっそりやるつもりなんだろ!?だって有利はこんなに可愛いんだもん!悪戯したくなるのが普通だもんっ!!」

 《いや、普通じゃないからっ!》他のお友達は冷や汗を掻いてブンブンと首を振ります。茶うさぎからどっと吹き寄せてきた冷気が恐ろしくて堪らなかったのです。

「ユーリが嫌がっても?」

「…っ!」

「俺は…しないよ。たとえユーリが嫌がらなかったとしても、そのことによって少しでもユーリが後ろめたさを感じる可能性があるのなら、しない。雄同士なのはもうしょうがないけれど、仔どもの時分には仔どもとしてやるべき事が沢山あるからね。決してその妨げになるようなことはしない」

「……っ!!」

 いがぐり坊主がぶるぶると肩を震わせていると、ふぅ…と息を吐いて黒うさぎが目を覚ましました。

「ん…」

 甘い声を漏らして《ぅう〜…ん》としなやかに伸びを打つ姿は大変愛らしいものでしたから、険悪になりかけていた空気が一瞬…ふんわりと和みます。  

「ん…コンラッド…どしたの?」

「約束をしていたんですよ」

「約束?」

「ええ…ユーリが16歳になって俺と結婚するまでは、決してエッチなことはしないと、お友達に約束していたんですよ」

「………」

 黒うさぎはまだ何処かぼんやりとした眼差しで、きゅう…?っと小首を傾げます。

「……チューは?」

 寝ぼけ眼なのも手伝って、ひどく甘い声がちいさく囁きます。

「……………え?」

 固まってしまった茶うさぎの唇に、ちゅ…っと音を立てて小鳥のようなキスが送られます。

「チューは…エッチじゃないよね?」

 潤んだ漆黒の眼差しが、じぃ…っと茶うさぎを見詰めると、えも言えぬ甘い空気が漂います。

「ええぇぇぇぇ……は、ハイ……」

 茶うさぎの背中にはどぅ…っと滝のような汗が流れていきました。

「入んないよね?大丈夫だよね?」

 黒うさぎはお友達にも聞きました。

 お友達はおずおずと首を振って同意を示しました…が、そのうちの一羽、跳ねっ返りのいがぐり坊主は泣きながら駆けていきました。

「ね…?」

 すりり…っと額を寄せてくる黒うさぎは、まだまだ眠そうです。

 茶うさぎはそんな黒うさぎの髪を優しく撫でつけながら、そっと耳元に囁きました。

「そうですね、キスはエッチじゃありません。ですから…毎日沢山しましょうね?」

「うん…いっぱいいっぱいしよう…ねぇ……」

 すぅ…と再び寝入ってしまった黒うさぎを抱えて、茶うさぎはお家に入りました。

「ユーリ…今日の間に、また目が醒めると良いな」

 大切な誕生日を迎えた黒うさぎにに、いろんなものを送りたいのです。

 キスを、プレゼントを…そして、この胸いっぱいに溢れる愛と祝福を。

「ハッピーバースディ…ユーリ……」

 想いを込めて、茶うさぎは眠る黒うさぎにキスを送ります。

 結婚式を挙げるその日まで…いいえ、結婚した後も、お互いお爺ちゃんになってもキスをしましょう。

「大好きだよ」

 黒うさぎは、眠りの園の中からほわぁ…っと微笑みを浮かべました。

 

 

 

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