「大切な君の為に」A
〜青空とナイフシリーズ〜
【微エロ】









 コンラート・ウェラーは有利に惹かれていることを自覚しながらも、暫くの間は自分の想いに抵抗し続けていた。

 それでも、一糸纏わぬ姿で真っ直ぐに自分を求めてくる有利を突き放すことは出来ず、生まれて初めて《陥落させられる》ことを味わった。それは少なからずコンラートにとって衝撃であり、ある種…敗北感に似た感覚を味わうことにもなった。

 それまで堪えていた分タガも外れてしまったし、有利から誘ったのだという想いも強くて…《もう我慢などしてやるものか》と、半ばやけくそで抱いてしまった。

 だが、有利自身が《そこまでの関係》になることを理解していたのかは不分明だ。
 もしかして…分かっていなかったのではないかと思ったのは、キス以上の行為に進んだときだった。
 
 有利は自分が女のように抱かれることに酷く驚いた様子で…何度も《恥ずかしい》と頬を染めたけれど、もうそこまで行ってはコンラートも止めることなど出来ずに容赦なく抱いてしまった。

 勿論、彼の心も肉体も傷つけるつもりは無かったから嬲るようにしたつもりはないし、十分に解して抱いたつもりなのだが、脚を大きく開かせてコンラートのものを体内に吐精した瞬間…有利が顔を強張らせて泣いていたのが胸に刺さった。


『いや……っ!』


 殆ど意識を飛ばしながら叫んだ言葉は、普通の女性からでも極まる瞬間には迸る叫びであるはずなのに、強く締め付けてくる筋肉ごと自分を拒んでいるように感じられて…コンラートは苦鳴を上げた。 

『傷つけた…?』

 予想以上のショックに言葉を失い、涙を零しながら気を失う有利を見る自分は…滑稽なくらい追いつめられた顔をしていたことだろう。

 あれから、一度も有利を抱いていない。
 有利も、何も言わない。

『……そろそろ、解雇されるだろうか?』

 こんな形で解雇になるのは初めてだ。
 いつもは雇用主がコンラートに夢中になってしまい、それを厭うてこちらから拒絶するのが常だったから…。

 自尊心の問題だけでなく、有利に別れを突きつけられることが酷く怖いのだと、コンラートはまだ理解はしているとは言えなかった。

 それを自覚したのは、有利が差し向かいに座って大真面目な顔をして何かを言い出そうとした瞬間だった。

 今日は村田のマンションには泊まらず、二人でホテルに戻ってきた(まだ自宅の改造は終了していないのだ)。夕食は美子に宛われたキッチン付きの部屋でとり、有利達の部屋に戻ってきたのだが…この日の有利は妙に畏まった態度で、コンラートと対面する形で座ることを要求してきた。

『切り出すつもりなのか…?』

 表情には出さないが、ぎくりと心が震えたのを自覚する。
 関係が微妙にものになっても、有利がコンラートを好きでいることは感じていたから、このままなし崩しに当分は行けると思っていたのだが…見てくれ以上に男前な性格を持つ有利は、この中途半端な状況を望ましくないと判断したのだろうか?

「えと…あ、あの……」
「何か、俺の仕事ぶりに御不満でも?」

 気が付けば、自分でも恐ろしく不機嫌そうな低音が口から出ていた。
 最近会ったことのない兄に似ているように思えて、妙なところで血の繋がりを感じる。

「ふ、不満なんてないよっ!いつも安全に過ごさせて貰っておりますデスっ!」

 《ロボット三等兵か君は》…と、村田辺りなら突っ込みそうな態度に普段なら微笑みが浮かぶのだろうが、半眼に眇めた琥珀色の瞳は、冷たく凍えて有利を見詰める。

 不服がないのなら、何故改まってコンラートを座らせるのか。
 仕事ぶりにはなくとも、私生活上の不満があるのではないか?

『言わせたくない…!』

 彼の口から別れなど聞きたくない。
 どんなに居心地が悪く感じられようとも、有利を護るのはコンラート・ウェラーの仕事だ。こんなにも密に接しながら彼を護衛する男が、他にいるなど考えたくない。

 こんなにも魅惑的で自覚のない有利のことだ…《氷の刃》と揶揄されたコンラートですら墜とした少年相手では、強面の護衛とてすぐに心奪われてしまうに違いない。そいつがコンラート以上に自制心のある男であるなど誰が保証できる?

 《いや……っ!》等と有利が泣いて叫んだって、そいつは止められないに違いない。
 好きでもない大柄な男に組み敷かれて秘部をこじ開けられ、泣き叫ぶくらいなら…少しでも愛を感じているコンラートと寝た方がマシではないか。

 狂気混じりの眼差しに…淫靡な艶が滲む。
 普段押し殺しているだけに、コンラートが性的な感情を湛えると恐ろしく魅惑的な貌になってしまうのだ。

 有利が頬を紅くして、コンラートに瞳を吸い寄せられているのに気付いた。
 では、やはり彼がコンラートに惹かれ続けているのは間違いない。

『では、俺を抱きたいのか?』

 考えてもみれば、幾ら可愛くても有利も男だ。
 《好き》という感情を抱いたとき、素直に沸き上がってくる性欲は《抱かれたい》というよりも《抱きたい》というものであるのが正常だろう。

『……それは、少し困るな』

 上下の確認もせずに有利を抱いておいていうのも何だが、コンラートの性欲の方向はやはり雄の本能として《抱く》方に向かっている。有利を愛おしいとは思っても、抱かれることには慄然としたものを感じる。

勝手な話かも知れないが、華奢な有利相手に抱かれる自分を想像しろと言われても困る。

 コンラートが勝手な想像をグルグルと巡らせている間にも、その身から迸る蠱惑的な気配は初な有利を戸惑わせる。

 目を白黒させながら、有利は《あ〜》とか《う〜》とかいう政治家の答弁みたいな声音を零し続けていた。



*  *  *




『ななな…なんか、怒ってる!?』

 差し向かいに座っただけなのだが、コンラートは異様に不機嫌な…それでいて妙に色気のある眼差しを有利に叩き込んでくる。
 自分との関係をどう思っているのか問いただすつもりだったのに、これでは立場が逆である。

「こここ…コンラッド…えと、あのね?…本日はお日柄も良く……」

 《結婚式の挨拶かよ…!》…と、突っ込んでくれればまだ良かった。
 スルーは寂しすぎる。長い脚を組み、上体を撓(しな)らせて片肘を突く姿はあまりにも魅惑的であり、平伏して訳が分からないながらも《ゴメンなさい!》と叫びたくなってしまう。

「良い一日だったのですか?それは良かった…。可愛い転校生もクラスメートになったことですしね」

 にっこりと微笑む眼差しも、嫌みなほどに華麗だ。
 それでも相手をしてくれたことに少しほっとして、振られた話題に乗ってしまった。それが致命打になるとも知らずに…。   

「う…うん!なんか、あの学校にくるような子にしちゃ、凄く感じの良い子でね?そうそう…!あのさ?浅葱って子なんだけど、西武ファンらしいんだよっ!俺が一番好きな選手のこともあの子好きだって言っててさ?すっごい盛り上がったんだよ〜」

 嬉しそうに身振り手振りも交えて説明したら…コンラートの眼差しが一層冷酷さを増した。

「…そう、楽しかったようで結構…。ですが、少し休ませて頂いても良いですか?」
「あ…う、うん…っ!ゴメンな?俺ばっか喋って…」
「ヨザを呼んできます」
「え……っ!?」

 これまでは、ヨザックは補助として護衛を果たすことはあっても有利の視界に入る範囲で役割を交代したことはなかった。…ということは、コンラートは結構な体調の悪さなのではないだろうか?

「コンラッド…具合が悪いの!?そういえば、さっきから凄く機嫌が悪かったもんな?ああぁああ〜っ!ご、ゴメン…本当にゴメンなっ!具合が悪いのに話に付き合わせたりして…。お、俺の話はまた元気になってからで良いから、ゆっくり休んでね?」

 捲し立てたら、コンラートの目が吃驚したみたいにぱちくりと開かれた。
 久し振りの機関銃トークで余計に疲れさせてしまったのだろうか?

「よし、もうこれ以上はグダグダ言わないぜ!コンラッド、さーさーさーっ!早く着替えて寝ちゃいなよっ!」

 男らしい…というか、殆ど世話好きおばちゃんのような勢いでコンラートの背中を押していくと、有利は勢いよくコンラッドを着替えさせて布団の中に入れてしまった。

「飲み物、ベッドサイドに持ってきとくね?あー、ヨザックはいつもの場所だろ?俺、携帯電話のナンバー教えて貰ってるから大丈夫!コンラッドはそのまま寝てて?」
「はあ……」

 コンラートはすっかり先程までの毒気を失って、何処かぽんやりとした顔をして布団に収まっていた。普段のコンラートからはちょっと想像できないような姿だ。

「よーく眠ってね?そんで…元気になったら俺と話してね?大事な話なんだ」
「わ…かりました……」

 コンラートは呆気にとられて…次の瞬間には、苦笑した。
 皮肉げに口の端を上げているけれど、先程までの意地悪で冷酷な微笑に比べればずっと良い。

 有利はにっこりと微笑んでからコンラートの頬を撫で、《熱はないみたいだなぁ…》ということに少しだけ安心して寝室を後にした。 



*  *  *




「へぇ〜…隊長が体調不良ですか…」
「それは、洒落?」

 きょとんと首を傾げて有利はヨザックを見やった。
 意外と家庭的なヨザックはノンアルコールで気の利いた飲み物を作るのにも長けているようで、冷凍ベリーと牛乳で手早く作ってくれた飲み物は甘過ぎなくてふわふわしていて、何だかリッチな一品だ。

「あらら〜、ユーリ君たら唇の上に白いお髭作っちゃって可愛いこと〜」
「君づけは止めてよ〜」
「あら、んじゃユーリ?」
「なに?」

 上目づかいに呼び捨てで呼びかけておいて、ヨザックは静かに寝室方向に耳を澄ませた。掌を耳に沿わせるという、典型的なポーズを取りながら…だ。

「……なに?」
「いえいえ。何でも?…それより、俺と二人きりっていうこの状況は、本当に隊長から言い出したんで?」
「うん、あのさ…コンラッド、凄く体調が悪かったみたい!あんなに不機嫌なの初めてだったもんな…ちゃんと気付いてあげられたら良かったんだけど、こんな時に限って大事な話したくて俺もてんぱっててさ…」
「へぇ…どんな話?」
「あ…ひゃ…っ!いえいえ、とてもお話しできるようなことでは…っ!」
「あらあら、何で敬語?」

 くすくすと笑いながら、ヨザックがいつの間にか近寄ってくる。彼の方はアルコール度数は低いものの、香りの良い酒を呑んでいる。首筋近くで囁きかけられると、ほわりと立ち上る香気が肺に沁みるようだった。

「エッチなこと?」
「え…っ!?いやいやいや…っ!お、俺とコンラッドのことだよ?」
「だってエッチなことしてたデショ?」  

 チェシャ猫みたいにニシャリと笑うと、ヨザックはかしりと耳朶を噛んできた。

「えーっ!?な、何で知って…」
「隊長が喋ったわけじゃないデスよ?こないだ俺が居るときにお風呂でエッチしてたでしょ?ままま、そんなに赤くなんないで?俺はそーゆーのには理解ある方ですからね。何でしたら、隊長が体調不良の間にお慰めしますよ?なーに、隊長のが入ったんなら俺のも…」
「やや…やだーっ!お、俺はコンラッドだから抱かれたんであって…っ!物理的な大きさの問題とかじゃないから…っ!」

 ヨザックの大きな身体にのし掛かられて涙目になっていたら…鋭利な煌めきがライトを弾いた。
 ヨザックの太い首筋に細身のナイフが押し当てられ…何時の間に寝室を出ていたのだろうか?寝間着のコンラートがぴたりと寄り添っていた。

 肉食獣の笑みを浮かべるヨザックと、鋭い眼差しを浮かべたコンラートの組み合わせは実に美麗であり、洋画のワンシーンのようにさまになっている。

「あらやだ。やっぱり仮病ですか」
「…煩い。とっととその肉襦袢を退けろ」

 不愉快を絵に描いたような顔をして、コンラートの刃が一層強く押し当てられると、ヨザックの肌が刃の両脇でぷくりと盛り上がる。少しでも上下させれば切れるに違いない事が分かるから、有利は声も出せずに震えるしかなかった。

 涙を滲ませるその目元をどう思ったのか、コンラートは身を屈めて舌先を眦に伝わせる。 

「失礼…」
「コンラッドぉ…」

 ふぇ…っと情けなく声が震えてしまうが、ヨザックが茶目っ気たっぷりに微笑みかけてきたら少し肩の力が抜けた。

「冗談ですよん。少しからかっただけで他意はないんですよ〜ん」
「冗談で押し倒されたユーリの身にもなってみろ」
「冗談にならないくらい、恋人を振り回した奴に言われたくはないね」
「…っ!」

 ヨザックの言葉に滲む思いがけない鋭さに、コンラートは息を呑んだ。

「ユーリはあんたと話がしたいんだってさ。だったら、してやれよ…」

 《逃げるなんて、あんたらしくないぜ?》…ゴツンと大きな拳がコンラートの胸を叩くと、ヨザックは了承もとらずに踵を返す。おそらく、普段の警備位置につくつもりなのだろう。

「コンラッド…仮病って、どういう…」
「……話、どういう内容なんですか?」 

 ばつの悪そうな顔をして、コンラートは無造作な動きで席についた。
 《どさ…》っと音がするなんて、彼にしては異様な事態だ。
 
「あ、それは…あ、あのね…?」

 有利は真っ向から聞かれて暫くへどもどしていたが、意を決したように顔を上げると…ドーンと勢いよく口を開いた。


「俺の身体って…やっぱ、抱いててつまんなかったのかな!?」


 がく…っと、コント中の芸人さんのような動きでコンラートの肩が落ちた。
 普段は伏せ目がちな瞳がぱかりと開かれて有利に向けられるから、居心地が悪くてもじもじしてしまう。

「い…言いにくいかも知んないけど……。俺にとっちゃ大きな問題なんだっ!清水の舞台から飛び降りるような気分で《好き》って言ったけど、俺…あーゆーエッチな事って経験ないから…っ!た、愉しませてあげらんなかったのならゴメンなさいだけど、もー一回チャンス頂戴!?胸膨らましたり穴をもう一個作るのは無理だけど、もーちょっと色気出すとか雰囲気作りするとか、勉強してみるから…っ!」

 猛然とアピールをするのに、コンラートの肩は震えて…とうとう、堪え切れなかったみたいに決壊すると、《ぷーっ!!》…っと勢いよく吹き出した。



*  *  *




「何で笑うんだよ!こっちは必死で…っ!!」
「す…すみませ…っ!俺は…全く逆のことを考えていたんで……」

 くっくっ…っと、可笑しくてたまらないという顔をして笑っていた癖に、急に真摯な眼差しを浮かべると…コンラートは指を伸ばして有利の頬に沿わせた。

「俺は…あなたに見限られるのではないかと思って怯えていたんです。だから…真っ向からあなたと話をするのを避けたんです」
「なんで!?」
「だって…あなたは、前に俺と寝たとき…泣きながら《嫌》と言ったじゃないですか。《好き》とは思っていても、実は抱かれるなんてのは想定外だったのかと思ったんですよ」
「うん…まぁ……実は物凄く想定外じゃあったんだけどね?」
「…やっぱり?」

 そこは外していなかったらしい。
 やはり有利にとって《好き》という感情が、すぐさま肉体的な結びつきに発展したわけではなかったようだ。

「でもさ…あんたのことが、い…嫌だったわけじゃないんだよ。だって俺、嫌って言った記憶ないもん……」
「言いましたよ。絶対言いました。俺があなたの脚をこんな風に広げて、奥に注いだときに言いましたとも」

 そう言ってソファの上にころりと転がし、脚を広げて間に位置すればやっぱり有利は真っ赤に頬を染めて慌てふためく。両腕を顔の前に交差させるようにすると、硬く目を閉じて叫んだ。

「注いだとか言うなよぉ〜っ!」
「ほら…やっぱり嫌だったんでしょう?俺は…拒絶されたんだと思いましたよ?」
「だって…な、慣れてなかったんだもん…っ!反射的にそういうコト言ったってしょうがないじゃん!」
「では、また同じコトをされても嫌がりませんか?」
「………努力します……」

 眉をへの字に下げて唇を尖らせる様があんまり可愛くて…コンラートはその不自然な体勢のまま有利を抱きしめると、身をのし掛からせて唇を重ねた。
 ヨザックはきっと、いつもの位置で警備に就いていてくれるだろう。

 それを期待しながら雇い主兼恋人の口腔を思うさま味わった。



*  *  *




 ブルルル……

 懐で静かに震えた携帯をワンコールで取る。

「あの二人、収まりはついたの?」
「ついたにゃついたんですが…あれはちょっと隊長の方に教育の必要アリですねぇ…」
「ネコ側の負担を考えてない?」
「ま…そんなとこです。ストレートにゃ多いですけどねぇ…。愛はあっても経験がないから、肉体的・精神的なところが分かんないみたいで…」
「君はどっちも経験豊富だったみたいだねぇ?おかげで僕は楽をさせて貰ったよ」

 褒められているのか揶揄されているのか…背筋が軽くひやりとする。
 嫉妬されないのも寂しいが、嫉妬心を愉しもうとすると強烈なしっぺ返しを喰らうので油断できないのだ。

「そんなことより、ちょっと調べ物を頼まれてくれないかな?日中は動ける時間があるだろ?」
「何です?何処かの組織が動き出したんで?」

 声の調子が違うことに気付くと、ヨザックも表情を引き締めた。

「僕の側ではないよ、渋谷狙いだ。だが…多分、少々手強い相手だね。時間と金をかけて渋谷を籠絡するつもりだろう」

 有利の持つ莫大な財産を狙っても、単純に生命や身体を狙ったのでは全額手に入れるのは難しい。身代金として要求するにも額が大きすぎて、丸々要求したりすれば何処かしらの金融機関で足がつくからだ。有利が単なる一般市民として放り出されているのであれば可能だったかも知れないが、権現氏がつけた弁護士は凄腕であり、その様な犯罪に巻き込まれた際の手筈にも隙はない。

 そもそも、優秀なシークレットサービスであるコンラートが護衛を勤めている間は、まず有利に物理的な手出しをしてくるのは困難だと、幾度かの失敗を経て有利を狙う連中も学習したらしい。

「今日転校してきた浅葱美保…あれは、徒者じゃあない。おそらく顔も変えているんだろうが、年齢も詐称してるな…国籍だって怪しいもんだ。随分と流暢な日本語だったが、微かに中東訛りがある」
「貴方でなければ気付かない程度の?」
「ああ、おそらくね」

 …となれば、単に有利を誘惑する為だけの要員ではないだろう。
 いざとなれば強硬な手段を執ることも出来る、本格派のエージェントな筈だ。

「俺も遠目に見ましたが、敵さんも随分とユーリを研究してるみたいですね。ばっちり好みのタイプでしょう?」
「全くね!こうなると、渋谷が護衛君とデキちゃってる状況はありがたいくらいさ。僕も学校生活の全てに於いて渋谷の傍にいて上げることは出来ない。二人きりで甘酸っぱい雰囲気でも作られたら、フリーな青少年が誘惑に耐えられるとは思えないからね」
「そりゃまた…隊長も責任重大だ」

 コンラートとぎくしゃくしている時、心の隙間に入り込まれたりすれば厄介だ。
 ヨザックは有利自身も可愛いと思っているが、それ以上に…電話の向こうで心底《恐怖》を感じているだろう村田の為に有利を傷つける者を赦すつもりはない。

『財産なんて…本当は、擲(なげう)ってくれりゃあ良いんだろうけどな…』

 村田が大切に想ったのは、大富豪の財産を受け継いだシンデレラボーイなどではない。
 ごく平凡で…けれど、誰よりも村田の心に寄り添うことの出来る少年なのだ。

 細いその腕が…華奢な身体が、どれほど大きく村田の心を包み込むことが出来るかヨザックは知っている。彼には与えてあげることの出来なかった温もりを、確かにあの少年は村田にあげることができるのだ。

 本人は、全く意図せぬままに…。

『お護りしますよ…』

 静かに、ヨザックは手首同士を打ち合わせる。


 キィン…と鳴る金属音が、暗器の存在を頼もしく伝えた。
 




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