「磨り硝子の窓」−2
バタン…
扉が開いて、賓客の間に双黒の魔王が姿を現す。
だが、彼を待ち侘びていたはずのフォンヴォルテール卿グウェンダルと、ウェラー卿コンラートは、表情を厳しく引き締めた。
ユーリはどういうわけか紅い石の填った銀の輪を頭に付:け、虚ろな瞳をしていたのだ。
『あれは…法石ではないのか!?』
幾らユーリが人間の地でも魔力を発動出来るほどの魔力を持っており、混血な為か法石に対してもグウェンダルほどの拒絶反応は示さないにしても、あれほど大きな法石を頭に頂いていれば頭痛のひとつも起こるはずだ。
ユーリの表情を更に伺えば、普段は生き生きと弾むようなその表情が微動だにせず固まっている。その様は造作が整っているだけに、まるで血の気のない人形のように見えた。
グウェンダルは、ぞ…っと背筋が震えるような恐怖を感じる。
自分が如何に、あの明るい表情を愛おしく思っていたのか、突きつけられたような気がしたのである。
「ご心配お掛けしました、トスカ陛下、グウェンダル閣下…。魔王陛下はただ今お戻りです」
傍らに控えていた衛兵…灰色の髪を後で一本に纏めた強面の男に、トスカ王は怪訝そうな顔をした。
「そちは、どの部隊の者だ?見覚えがないのだが…」
「宮廷に参内したばかりの下級衛兵ゆえ、陛下のご尊顔を拝する機会に恵まれませんでした」
「いいや…いいや…っ!老いたりとはいえども、我は城勤めをしておる衛兵の顔を見忘れるような虚(うつ)け者ではないぞ?宮廷内に人事の異動があれば、我は必ずその名と出自に目を通し、一度見た顔は決して忘れぬ」
それが真実だとすれば、皺くれたこの老人もなかなかの人物であるのだろう。
ユーリと会話している時には《孫に目がないお爺ちゃん繋がり》でギュンターの類型であるかのように言われている王だが、今は表情を変えて衛兵を詰問していた。
「それに、ユーリ陛下に何故法石など填めておるのだっ!無礼であろうが…っ!!」
「美しい細工物だからと、高貴な身分のお方が捧げておりました」
「それは誰だ!」
「自分のような、一介の衛兵には存じあげず…」
衛兵は言い淀むと、鉛のような色をした瞳を眇める。
「そのように役立たずな衛兵など聞いたこともないわっ!我が城の兵は、全ての武官、文官…宮廷に参内するありとあらゆる者の把握をしておるっ!ボスコ…ミディオ…誰かおらぬか…っ!怪しい者が賓客の間におるぞ…っ!」
トスカ王は自負していたとおり、衛兵の名についてはしっかりと把握していたらしい。だが…名を呼ばれた衛兵達は、扉の向こうでぼんやりと佇んでいる。
その表情はユーリと酷似していた。
「何をしている…ボスコ、ミディオ…聞こえぬのか!?」
「トスカ陛下…どうやら、我々は填められたようですぞ」
「なに…っ!?」
グウェンダルは抜刀すると、ユーリを連れてきた衛兵に向かって突きつけようとした。
だが…同時に衛兵は、懐から大きな法石を取りだす。それはこのような風体の者が手に入れることなど不可能と思われるような、純度の極めて高い法石であった。効果としては思考を乱し、意識を混乱させる類のものか。
ユーリが額に填められているものも、同じ系列の法石かも知れない。
「ぐ…っ!?」
「良く効くことだ…」
跪くグウェンダルに向けて、衛兵はぐいぐいと法石を押しつけていく。そうして威嚇しておいて、もう一方の手で人形のようなユーリを引っ張ってきた。勢いに乗ってブラン…と反動のついた細頚が折れてしまいそうで、不安に胸がギリギリと締め付けられてしまう。
「ユーリ、こいつがお前の両親を虐殺した魔族だ。そして、横にいる老いぼれが、人間でありながら同胞を魔族に売った裏切り者だ」
「……なにを…っ!」
グウェンダルはあまりと言えばあまりの冤罪に歯噛みして怒りを露わにした。言うに事欠いて、このグウェンダルがユーリの敵だと?
敵は、ユーリの手で臣下と友邦国の王を殺させようとしているのか。
「お前の持つ力で切り裂け…!」
「ユーリ…思い出せ…っ!お前が何者であるのか…っ!」
「………」
衛兵やグウェンダルの意気込みに反してユーリは相変わらず、ぼー………っとしている。
殺意を扇動する衛兵の言葉も伝わらない代わりに、グウェンダルの訴えも通じないのか。
傍らを見やると、グウェンダルはコンラートの様子にはっとした。混血の身である彼には魔力など皆無なのだから、法石は効かないはずなのに、如何にも苦しそうにしゃがみ込んでいる。目線を送ったら、唇の形だけで《そのまま…》と意を伝えてくる。表情は極めて厳しいが、それはこの状況を敢えて堪え忍ばなければならないことへの苦渋のようだった。
おそらく、グウェンダルとコンラートが二人して動きがとれないと油断させて、更に親玉を引き出してくるつもりなのだろう。ユーリが意識混濁を起こして衛兵の指示を聞かないことも考え合わせると、可能性としては確かに高い。
「おい、ユーリ…ユーリ…っ!」
衛兵に肩を掴まれてがくがくと揺さぶられるユーリはやはり無抵抗で、コンラートはギリ…っと唇を噛みしめていたが、演技を続けながらもやはり呼びかけずには居られなかった。視線を上げると、絞り出すような声でユーリに呼びかけていく。
「ユーリ…俺が、分かりませんか…?」
「……?」
…ひくん。
コンラートが呼びかければ、初めてユーリが反応を示した。ふるりと長い睫が揺れ、唇が微かに何かを紡ごうとしたのだ。
これに対して、嫉妬の滲むような怒りを示したのは衛兵の男だ。
「ユーリ!そんな魔族の言うことに耳を貸すんじゃないっ!こいつはお前の両親の敵だ!生きたまま目を抉り、腕を斬り落とし、臓腑を引きずり出した張本人だぞ…っ!」
「そんなこと、してません。ね…ユーリ。俺は、決してそんなことはしていません」
「ん…」
あどけない声を上げ、惑うように小首を傾げるユーリに衛兵の怒りが爆発した。
「綺麗な顔でお前を誑かそうとするような魔族の、言うことを聞くな…っ!お前は…俺の養い子だ…っ!」
「養い子…ギリアは、俺を育ててくれた人…」
「そうだ…そうだぞ?ユーリ…お前は、俺の子だ…っ!」
ユーリの肩を強く掴んで言い聞かせるのだが、ユーリは苦しそうに問いかけてきた。長い睫が青ざめた頬の上でふるふると揺れ、儚いような風情がユーリの美貌を際だたせていた。
「ギリ、ア…俺の、名前は…なんだっけ?」
「ユーリだと言っているじゃないかっ!」
「どういう…意味だっけ……?」
「意味だと?こんな時に何を…っ!」
苛立たしげに叫ぶギリアに代わって、コンラートが伸びやかな声で囁きかける。
「眞魔国では、君の生まれた7月を《ユーリ》と言うんだよ。夏を乗り切って強い子どもに育つから、7月生まれは祝福される」
こんな時だというのに、いや…こんな時だからこそ、コンラートの琥珀色の瞳は溢れるような愛を湛えて、ユーリへと注がれる。
紡がれる言葉は暖かななにかでくるみこむようにして、ユーリへと捧げられた。
「君は…祝福された子。俺の…大切な名付け子だ」
ユーリの喉が反らされ、ひくん…っと鳴った。
* * *
『ユーリ…ユーリ。俺の大事な子』
抱きしめてくれた腕の強さを覚えている。
仄かな香気を吸い込むたびに、堪らなく幸せになった。
微笑みかけてくる眼差しは何時だってとろけそうに優しくて、お日様に透かした蜂蜜のような色をしていた。
この人は…誰?
この人は…そうだ、《コンラッド》って人ではなかったろうか?
「ユーリ…そいつを見るな……っ!」
「あ…っ!!」
法石を握るギリアの手が、長身の魔族からユーリへと向けられ、額に押し当てられると凄まじい痛みが額に走る。必死でギリアの手を掴むが、傭兵であった男の手はそう簡単には外せない。
痛みのあまり、ユーリは啜り泣くような声を上げた。
茫洋としていた意識が戻ってきたのは良いが、これでは頭が破裂してしまう。
「痛い…痛いよぅ…ギリア……っ!」
「許せ、ユーリ…っ!お前の為なんだ…っ!」
苦鳴を上げるユーリに対して、ギリアもまた悲鳴のような声を上げる。痛みを堪えて薄目を開ければ、ギリアの方が苦しそうに顔を顰めていた。
こうして罰を受けるのは、ユーリが悪い子だからなのだろうか?折角拾って育てて貰ったのに、恩を忘れて魔族に情を掛けたりするから、こんな目に遭うのか?
だが…それを否定するように、懐かしい声が響く。
「ユーリの為…だと?どの口がそれを言うか…!罰を与えることで子の意志を変えさせようとする者が、ユーリの親を騙るな…っ!」
裂帛の怒りを示すコンラッドの声は、まるで獅子吼のように大気を震わせた。禽獣たちが平伏すほどの威迫に、ギリアも何かを感じずにはいられなかったようだ。
「…っ!」
一瞬…弾かれたように、ギリアの握る法石がユーリの額から離れる。
「ギリア…」
「う…うう…ぅうう……っ!」
どうしたのだろう?ギリアはぶるぶると震えて蒼白な表情をしている。魔族に言われて教育方針を変えるかどうかで悩んでいるのだろうか?だとしたら、やっぱりコンラッドという男の教育理念には聞くだけの価値があるのだろうか。
「ギリア…ね。この人、いい人だよ?ちゃんと話したら分かってくれるよ」
「分かるわけがない…っ!分かって堪るものか…っ!俺の父を八つ裂きにし、母を犯して目を抉った魔族に何が分かるものか…っ!!」
「でも…でも、そんな哀しいこと、やられたらやり返すでずっと続けていくなんて…嫌だよ…っ!もう、止めようよっ!!」
「嫌だ…嫌だ、俺は…っ!」
「ええい…何をしておるのか…っ!」
その時、廊下からあの苛立たしげな男が飛び込んできた。ベルフォルトとかいうエラそうな男だ。この場合、あくまで《エラそうな》である。《偉そう》とさえ表現するのは勿体ない気がした。
ベルフォルトはギリアの手から法石を奪い取ると、ユーリに向かって掲げながら叫ぶ。
「早くしろ…っ!とっとと魔族と老いぼれを殺せ…っ!お得意の水蛇を出して、粉々に引き裂くのだ…っ!」
その声を聞くが早いか…大気に《ヒュン…!》という鋭い空気音と共に、銀の光が閃いた。
何が起こったのかユーリが理解したのは一瞬の後で、その時には既に、ベルフォルトの手にした法石は粉々に砕かれた。抜刀したコンラッドが居合い抜きよろしく剣を翻すと、敢えて逆刃を使うことで法石を分断するのではなく、効果を持たぬほどに砕いたなんてことには、この時にはとんと気付かなかった。
「尻尾を出したな、王太子殿下…っ!この時を待っていたぞ…っ!!」
「な…な……貴様、何故動ける…っ!?」
ベルフォルトは悠々と剣を構えるコンラッドに驚愕の眼を開いたが、相手の方は呆れたように嗤うだけだった。どうやら、彼はいつでも十全に戦えたのだが、黒幕が自分から飛び出してくるのを虎視眈々と待ち受けていたらしい。
薄く形良い唇が嘲笑の形に引きあげられるのも、眦が小馬鹿にしたように笑みを象るのも、やけに様になっていて格好良い。
「勉強不足にも程があるだろうよ…。混血は往々にして法石が効かないものだ。特に俺は、免疫もついている」
「く、くそ…っ!ギリアっ!こいつを…いや、魔王を斬れ…っ!」
「…っ!」
ギリアの技量ではコンラッドには適わぬと見たのだろうか?ベルフォルトは途中で指示を変えた。
それにしても…魔王というと、やはりそこで蹲っていた美丈夫だろうか?でも、法石が砕けたせいか魔王と見られる男は立ち上がって、やはり剣を構えているのだが…ギリアはどうしたわけか、そちらには向かわず、壊れたブリキ人形のような動きでユーリに視線を遣る。
「どうしたギリア…!お前の両親の敵だぞ!?こうなったら、お前がこの場にいる全員を叩き斬れ…っ!魔王さえ殺せば、幾ら《ルッテンベルクの獅子》とはいえど、気落ちして剣技も鈍るはずだっ!」
何故かベルフォルトの血走った目までがユーリを睨み付けている。
『あれ…?魔王って……』
なんだか…嫌な予感。
ひょっとして…ひょっとして…………。
『もしかして……俺ですか!?』
《聞いてないよーっ!》と、何故か脳裏に小太りな中年が帽子を床へと叩きつける様が想起されるが、そんなことをしている場合ではない。
何がどうなっているのか分からないが、ユーリは育ての親に魔王として斬り殺されそうになっているらしい。あまりのことに首筋の毛が立ち上がり、背中にはどっと汗が噴き出してきた。
「え?う?あ?な…何で?ギリア…俺って魔王なの?ラスボスなのっ!?勇者に殺されちゃうのっ!?」
混乱しすぎているせいか、自分でもちゃんと思い出せない語句がばらばらに頭の中へと放り出される。ギリアはそんなユーリに向けて剣を構えようとしたが、ぎらつく刃の輝きにユーリが怯えたように息を呑むと、硬く瞼を閉じて唇を血が出るほどに噛みしめ…。
ガシャン
ギリアの手から、剣が落ちた。
そのまま膝を突いてしまったギリアは、自分の意志で剣を手放したのだ。
「でき…ません……っ!」
「ギリア…この、裏切り者めっ!」
《キィーっ!》と獣じみた悲鳴を上げてベルフォルトが剣を抜くが、コンラッドは余裕のある動きであっさりと剣を弾くと、ベルフォルトの首筋に剣の柄を叩き込んで意識を奪った。
その頃になって漸く、まだぼんやりとして夢見心地の衛兵達が室内に入ってきた。動きもどこか緩慢だが、それでも王太子が倒れていることは異常に感じたらしい。
「これは…一体!?」
「極めてちいさな規模にして、下手をすれば致命打になったかも知れない謀反の首謀者だよ。とっとと捕らえて、国法で裁いてくれ」
顔は笑っているが、目の奥が笑っていないコンラッドが横倒しになったベルフォルトの腹を軍靴で蹴ると、《グギュウ》という蝦蟇蛙のような声が響く。
「なんという…。魔王陛下、申し訳ございませぬ…。我の不徳の致すところであります…っ!」
「えーえー…あー?」
何だか立派な服を着たお爺ちゃんに泣きながら手を握られてしまったのだが、相変わらずユーリには状況が飲み込めない。
「あー…うん、気にしないでよ、お爺ちゃん。このおじさん以外には怪我人もいないしさ」
「おお…お労(いたわ)しや…。法石の力で混乱しておられるのですな?早くその輪をとって差し上げねば…っ!」
「え?これって記憶を混乱させちゃってるの?」
ギリアに取っても良いかどうか尋ねようとしたのだが、向けた視線の先に切なげな眼差しをしているコンラッドを見つけると、そのまま動けなくなってしまう。
この人は、ユーリの痛みを思いやってくれた人だ。
それに…見ていると、様々な感覚が断片的にユーリの中へと蘇ってくる。
一緒に馬に乗って、彼の背中にしがみついていた時の揺れ。
寝ぼけ眼の所に耳朶へと息を吹き込まれ、寝台の上で派手に飛び上がった時のバウンド。
彼の逞しい腕で腰を抱え上げられて、揺さぶれた時に脊柱を奔った快感…。
『…て、アレ?』
今、何かこう…物凄いピンク色の記憶が蘇りかけたような気がする。
二人とも全裸で激しく揺れ動いていたのは、やはり…。
『風呂上がりにレスリングをしてたんだな……………きっと』
何かちょっと違うような気がしないではないが…ともかく、ユーリはこの人を知っている。
「………コンラッド…?」
「…覚えて、おいでですか?」
優しそうな声だけども、少しだけ怒りを含んでいる様な気がして肩を竦めれば、一層切なそうになった眼差しがユーリを包み込む。
次いで、両の腕が物理的にもユーリを包み込んでいた。
「良いんですよ。あなたは…記憶を混乱させられていただけなんだ。俺のことなど、忘れていても良い。こうして、取り戻せたのですから…」
「ええと…あの、ちょっとは覚えてるよ?」
「そうですか…例えば?」
「あの…」
よりにもよって一番激しく誤解を招きそうなレスリングシーンを思い出してみると、更に記憶は鮮明になっていった。
二人は…あり得ない場所で繋がっていなかったろうか?
かぁあああ……っ!と血の気が頭に登り、耳まで真っ赤になったのが鏡を見なくても分かる。その様子が伝わったのか、コンラッドはにやにやしながら囁きかけてきた。よりにもよって、感じやすい耳朶に触れるように…。
「夜のことを、真っ先に思い出しちゃったの?ユーリの…エッチ」
カシ…と耳朶を甘噛みされて、ぴょいんと飛び上がってしまう。
「ち…ちが、違うよっ!」
「そう?」
もう何を言ってもコンラッドのニヤニヤ笑いは止まらないだろうな…と、ユーリは理解せざるを得なかった。
* * *
ユーリが衛兵を伴って室内に入ってきたとき、無表情な彼の様子に臓腑が凍えるのを感じた。
ちらちらとユーリの様子を気に掛ける衛兵に、すぐさま飛びついて襟首を締め上げ、事情を問いただしたい気持ちで一杯だった。
コンラートがそうせずに済んだのは、天井裏を移動してきたヨザックの気配を察知したからだ。彼は油断無く天井の隙間を開き、いつでもその間隙から正確に暗器を投げられるよう構えていた。
殺すのは、いつでも出来るのだ。
『…と、いうことは、これは致命的な事態ではないんだな』
どうやら、ユーリの精神が砕かれたわけではないらしいと察して、ほっと安堵したコンラートは、そこからは少し冷静に考えることが出来た。
ヨザックはおそらく、トスカ王も居る前でこの国の不穏分子を炙り出そうとしているのだ。詳しい状況は後で聞くとしても、ここは気配を読みながら迂闊な行動は取らぬ方が良いだろう。
それにしても…この茶番はどこまで続けなくてはならないのだろうかと、コンラートは先程以上に焦れてしまう心を持て余していた。どうやら衛兵の持つ紅い法石の力は、魔族の精神を混濁させる働きがあるらしい。更に観察していくと、ユーリの額に填めた輪には、兄弟石と見られる紅玉がついていた。これは、ピンポイントでユーリに作用させる為に填められているのか。
『あれでは、幾ら法力に抵抗のあるユーリでも酷い頭痛がするはずだ…。何ということを…っ!』
はらわたが煮え立つような怒りを感じながらも、法力に苦しむ純血魔族を装って蹲っていたのだが、その内、ぼんやりとしていたユーリがコンラッドに気付いた。ただし、それは、殺すべき対象として提示されたのだが。
それなのに…意識が混濁しきっているはずのユーリは、コンラッドの訴えを耳にして、ちいさく愛らしい唇で名をなぞってくれた。
「コン…ラ……」
途端に、衛兵の男が激高したのが分かった。
《この男はユーリに惚れている》…そう悟ったとき、コンラートはこの男を膾斬りにするのではなく、利用することに決めた。
よりにもよってユーリの育て親を騙ったことは万死に値するが、それでも…ユーリに触発された男を殺すわけにはいかなかったのである。
『ユーリを哀しませることはできない』
それは、コンラッドの全ての行動基準であった。
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