「蒼穹の仔」−4









 その日、シマロン王コンラートは数時間に渡って葛藤していた。

 起きた時間はまだ夜も明けきらない早朝であったが、別に珍しいことではなく定時である。《宵っ張りで飲んべ》という甚だ身体に悪そうな生活習慣を諸ともせず、頑健を極めた肉体は、3時間の深睡眠によって21時間は戦える状態にリフレッシュされるからだ。

 起き出して最初にやることは、常であれば剣の鍛錬か読書だ。コンラートにとっては朝靄の中を突っ切って乗馬に出かけるのが一番の楽しみだが、こんな時間では厩番はおろか、馬自体が眠っているので致し方ない。乗馬には及ばぬものの、一人きりで没頭できるのは心地よい。

 だが…今日はどうしたものか、剣にしても読書にしても全く身が入らなかった。決して眠かったわけではない。そんなに無理をして、こんな生活習慣にしているわけではないのだ。

『…あの子は、どうしているだろうか?』

 考えまいとしても浮かび上がってくるのは、宮廷には似つかわしくない開けっぴろげな少年だった。恩人の為に我が身を売り飛ばしたあの子は、更に彼を買ったコンラートにも値段に見合った恩義を返すのだと主張していた。

『誰に買われても、あの子はそうしたんだろうか?』

 そう考えると、何やらムカッとした。
 下卑た変態親爺に買われたり、欲求不満の有閑夫人に買われたりしたら一体どういう目に遭うのか分かっていたのだろうか?

 謁見室で彼の身が金銭で取引できるのだと知った途端、《双黒など…!》と侮蔑の言葉を口にしていた連中が目の色を変えて競りを始めた。結局、幾ら黒を呪われた色だとしながらも、あの連中は一目見て麗しい子どもの虜となっていたのだ。あのような連中に買われたりしたら、あっという間にユーリの純潔など無惨に散らされてしまったことだろう。

 あの時コンラートが《買う》と言ったのは、シュトッフェルに対する意趣返しだけではなかった。世の中というものを全く分かっていないようなお目出度い子どもを、人の手で蹂躙されたくなかったのである。

 しかし…コンラートが所有権を主張しても尚、謁見室には強い嫉妬や焦燥の念が漂っていた。

『あの連中が、何かしでかしはしないだろうか?』

 コンラートは《ユーリを後宮に入れる》とは言ったが、同時に《お前はそこで、俺が気まぐれにやってくるのを待って生涯を過ごせ》と叩きつけている。コンラートに男色の気など無いと知られているから、後宮に足繁く通うとは誰も想定はしていないだろう。

 もしや…《飼い殺しになるくらいなら、この私が慰めてやろう》等と、悪戯目的で夜這いを掛ける不埒者がいるのではないだろうか?嫌がるあの子を蹂躙しながら、口汚く金で買われた身に侮辱の言葉を叩きつけ、薄汚れた欲望を充足させようとする輩がいるのではないだろうか?
 
 あるいは、コンラートが自ら後宮に囲ったことを深読みして、嫉妬深くユーリを傷つけようとする女はいないだろうか?何も知らない子どもを言葉の刃で引き裂いて、後宮を出ざるを得ないような扱いをするのではないか?
 まあ、そうされればユーリも早くに諦めて、別の生き方を探そうとするのかも知れないが…。

『そう出来ないくらいのトコまで追い込まれたらどうする?』

 ヨザックの声音が脳裏を掠めて、ぞくりと背筋が震える。
 あの男の勘は、悪いものに限って良く当たるのだ。

「………くそ…っ!」

 罪もない書籍を卓上に叩きつけると、コンラートは観念して部屋の外に出た。廊下にはステンドグラスを填め込んだ窓から朝日が差し込んで、ぼんやりとした光の像を床石へと描き出している。その中で、背筋を正した衛兵が引き締まった声で挨拶をする。忠実な衛兵のハンスは、コンラートの姿を拝むだけで朝日よりも眩しいような笑顔を見せた。

「おはようございます、陛下!ご機嫌麗しゅう!執務室に向かわれますか?」

 わふわふと尻尾を振りそうな勢いで尋ねられると、実に返事をしにくい

「いや…後宮に行く」
「……はっ!?」

 ハンスの返事が一拍遅れたのを、妙に気にしてちらりと視線を遣る。
 気が付くと眉間に皺が寄っていた。

「…何か言いたいことでもあるのか?」
「は…っ!いえ…っ!滅相もございませんっ!!」

 声帯を裏返すような声を上げて海老反りになると、ハンスは打ち身を作りそうな勢いで《びしぃっ!》と敬礼を向けた。

「…なら、良い」

 ぷい…っとそっぽを向くと、コンラートは足早に廊下を進んでいく。ハンスの顔に《陛下ったら早速双黒のところに行っちゃうのか!?男は抱かないとか言ってたのに!?》等といった下らない感情が見え隠れしていそうで、とても表情を観察し続けることなど出来なかったのである。

 こういう時、行き先を明示しないと行動しにくい王様というのは面倒だ。
 《ちょっとそこまで》という、大変便利で曖昧な言葉が使えないのである。



*  *  * 



 
 後宮を訪ねてみれば、案の定…早速面倒が起こっているらしい。
 血相を変えた侍女のレイチェルが、詰め所で他の侍女や使用人達に《双黒の子がディヴァラート様に苛められています》と訴えているではないか。しかも、誰一人として《では助けに行こう》等とは言い出さないのである。

 《また厄介な…》と言葉を濁しつつも、手出ししたくないという思いがひしひしと伝わってくる。

 多少無理からぬ事であるのは、ディヴァラートが無駄に権威の高い家門の出であると言うことだ。下手な手出しをして憎しみを買うようなことをすれば我が身が危うい。個人的な気質から見ても、ディヴァラートは蛇の如き執念深さで知られているから尚更だ。そんなタチの悪い女から、身体を張って双黒等という呪われた存在を助ける謂われはない。皆がそう思っているのだろう。

 助けを呼びに来たレイチェル自身もやきもきとはしながらも、自ら動くところまではいかない。以前、手首の傷を見咎めて尋ねたことがあるのだが、彼女は紅茶の味が気にくわないからと、前腕に熱湯を浴びせられたことがあるのだ。その時も、誰も助けてはくれなかったと聞いた。

『…くそっ!』

 使用人達の心理も分からないではなくて、叱責する気にもなれない。誰だって、自分にとって大切でも何でもなく、護ったからと言って賞賛されるとは思えないような者に命を賭けたりはしないだろう。

『ならば、俺は何のために走っている?』

 その答えを直視する前に、コンラートの脚は飛ぶように駆けて目的の部屋へと辿り着く。衛兵などが往来していなかったのは幸いだろう。彼らの前で、コンラートは一度として血相を変えて走ったことなど無いのだから、見られていたら《すわ、一大事》と飛んで来るのは間違いないだろう。

『ここか…っ!?』 

 扉の隙間から覗き見た光景に、コンラートは首筋の産毛が逆立つような感覚を覚えた。

 《たすけてっ!たすけてっ!》…救いを求めて暴れるものの、完全にのし掛かられたユーリは逃れることが出来ない。言葉の不自由な彼は、とうとう目元に涙を滲ませながら、郷里のものと思われる言葉で叫びだした。

 故郷の家族に、救いを求めているのだろうか?
 二度と会えないだろう…愛おしい人達の名を呼んでいるのだろうか…?

「……っ!」

 そのまま傍観できるようなら、最初からこんな場所にまで来てはいないだろう。
 コンラートはするりと扉の隙間を抜けていくと、ディヴァラートの身体を押しのけてユーリを抱え上げた。

『細い…が、筋肉もそれなりにあるな』

 華奢な骨組みだが、愛玩用に飼育された少年達とは明らかに違う健康的な身体だ。漂う香りも《ほっ》…と息をつけるような、ふわりとした石鹸のそれで、強い香水で獣じみた体臭を消そうとする女達とはまるで違う。

 厳しい言葉と態度でディヴァラートを打擲した後も、そのまま放置する気にはなれなくて、一体何故こんな部屋に入ったのかとユーリに問いただしてみれば、馬鹿馬鹿し過ぎる返答に頭を抱えてしまう。

『俺のことを聞くために後宮を回ろうとしただと?』

 後宮の女全てがディヴァラートのように精神を病んでいるわけではないにしても、我が儘一杯に育てられた貴族の子女が、王の愛を得られぬ事に悶々としているという点では大差ない。場合によっては、もっと陰湿で執拗な苛めを受けていたかも知れないのだ。

 叱れば叱ったで、《…もう、しない。ゴメン…おうさま、おこった?》なんて、潤んだ瞳でしょぼんと聞いてくるのだ。
 なんだかもう、色んな感情が胸の中をぐるぐると駆けめぐってしまって、どうも整合性を欠く。結局コンラートが選択したのはユーリを罵倒することであったが、そうしたらしたで、益々気落ちして顔を伏せてしまったユーリにやきもきする。

『くそ…っ!どうしろというんだっ!!』

 腹立たしさを足音に反映させてドカドカと歩を進めて行けば、結局ユーリに宛った部屋まで来てしまった。

『…………昨日、《俺が気まぐれにやってくるのを待って生涯を過ごせ》と言ったばかりだったよな……』

 我ながら間抜けすぎる。
 嫌がらせのつもりで突きつけた言葉が、そっくり自分にぶつけられたような気分だ。なにも、言い捨てた翌日に訪れざるを得ないような事態に陥らなくたって良いではないか。

 八つ当たりなのは重々分かっているが、どうしてもユーリに対する言葉はきつくなってしまう。ただ、《躾の悪い玩具には罰が必要だろう?》等と口にしながら、身体の方は心配そうに傷口へと唇を寄せてしまう。

 それでも、ユーリがびく…びくんっと敏感に震えながら顔を真っ赤にしている様子を見ていれば、少しは気が晴れた。全ての反応が実に初(うぶ)で、彼がこんな接触にまるで慣れていないのだと如実に伝えてくるからだ。

『俺だけが、この子を好きなように扱うことが出来るのだ』

 奴隷など欲したこともないコンラートにとって、そんな気づきがぞくぞくするような征服欲をもたらすなど思いもよらなかった。首筋に舌を這わせれば、一層背筋が跳ねて赦しを請うものの、ディヴァラートに襲われていた時のように異世界の言葉で誰かを呼ぶことはなかった。
 《ゴメン!もうしないっ!ゆるしてっ!》…そう叫びながらコンラートを押し返そうとしても手に力は籠もらず、仔猫みたいにふにふにと押す様は、寧ろ可愛らしくて堪らない。

 楽しくて楽しくて、気が付けばくつくつと喉を奮わせて笑っていた。
 こんなにふくふくとした気分になるのは、一体いつぶりのことだろう?

 ユーリの方もコンラートの様子に気付いて頬を膨らましていたが、何を思ったのか脇を擽りだした。おそらく、コンラートにもっと笑って欲しいのだろう。だが…その思惑を理解した上で、一層からかいたくなってしまう。

 ぷつりと器用な指先で服の合わせ目を二つ三つ外してやると、すべらかな肌へと舌を這わせていく。面白いくらいに跳ね上がる身体がおかしくて、きゅ…っと強く吸い上げれば肌理の細かい胸には《ぽうっ》と朱華が散る。

 ただ、流石に珊瑚色の尖りに歯を立てた後にはちょっと可哀想になった。とうとう、ユーリが泣きじゃくり始めたのだ。もしかすると、未成熟ながらも性器に近い場所を嬲られたことにショックを受けたのかも知れない。

「う…ぇう…ひく…っ…」
「……痛いのか?」
「いたい、ナイ…けど…なんか、ビックリ…」
「慣れろ」

 目元に滲む涙を舌で舐め取りながら、端的な言葉を返す。
 コンラートの心を散々乱したのだから、このくらいの動揺は甘んじて受けて欲しいものだ。

「おうさま、またガブっ!…する?」
「気が向いたらな」

《ふ…っ》と唇の端で嗤いながらそう言えば、ユーリは困ったように眉根を寄せる。
 ただ、その様子には生理的嫌悪感といったものは感じられなかったから、コンラートとしては少し安堵する。どうやら本当に驚いただけで、死にたくなるほどの屈辱だったわけでは無さそうだ。

 なので、コンラートは余裕を持ってユーリに臨むことが出来た。考えても見れば、自分は圧倒的優位に立っているのだ。(←今更…)

「それにしても…こんなに躾がなってないとは思わなかったな。このままでは危なっかしくて、とても後宮になど置いておけない」
「えー?待つっ!おうさま、タンマっ!おれ、恩、かえすナイっ!」
「恩を返して貰う前に、後宮がお前を巡るいざこざで崩壊しそうだ」
「そんなーっ!」

 ふぇ…と又しても泣きそうになっているユーリの頭髪を撫でつけてやれば、驚くほどにさらりとしていて心地よい。そういえば…と思って頬を掌で撫でさすれば、やはりこちらも心が癒やされるほどに肌理細かで心地よい。

「ふん…。躾はなってないが、やはり毛並みは良いな。今日から日中は俺の傍にいて、気を紛らわせて貰おうか?」
「近く、いる?なにする?」

 コンラートの傍に置くと聞いた途端にユーリの顔がぴかぴかと輝くものだから、油断していたら全開で微笑んでしまいそうだった。

「俺が執務に疲れたら、懐いた猫のように大人しく撫でられるんだ」
「へぇー」

 業務内容(?)を聞いても、特に抵抗はないらしい。それどころか、満面に笑みを浮かべているものだから、堪えきれず口元に笑みを浮かべてしまった。

「俺の傍にいるのはそんなに嬉しいか?」
「うんうん!おうさま、なにスキ。近くいるは、スグ分かる!恩、返せるっ!」

 にぱ…っ!と輝く笑顔は大変愛らしいが、その言い回しが少々引っかかった。

「…恩を返したら、どうするつもりなんだ?」
「おうさま、《もう良いよ》いう。おれ、のーじょーかえる」
「ほう…?」

 それはつい先日…というか、ほんの十数時間前に、コンラート自身がユーリに勧めたことであった。なのに、どうしてこんなにも腹が立つのだろう?思わず瞳から笑みを消し去って、眦を釣り上げてしまうほどに…。

「さて、お前の働きがそこまでのものになるかな…?言っておくが、傍に置いてみて見込みが無いと思ったら、お前が何を言おうと城から叩き出すからな?」
「うんうんっ!おれ、ガンバル!」
「では、早速お前から俺に口吻をして貰おうか?」

 そう言った途端、きょとんとしていた顔が…ぽんっと真っ赤に染まった。一拍置いてから意味を汲み取ったのだろう。

「どうした…俺を満足させるんじゃなかったのか?」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべれば、ユーリは《むむむ…》と一文字に唇を引き結ぶ。尚もコンラートが動かずに見つめ続けていれば、根負けしたように震える唇が寄せられてきた。

 ただ…

『硬く瞼を閉じていたのでは、一体どこに辿り着くか分かったものではないぞ?』

 くすりと嗤いながら、ユーリ自身は頬を狙っていたのだと重々分かった上で、コンラートは自分の位置をそろりと変える。勿論、唇に対して唇が触れる位置に…だ。

「……っ!」

 濡れた粘膜に触れた瞬間、ユーリは弾かれたように逃げを打つが、そんなことは許してなどやらない。驚きに開かれた口裂からするりと舌を侵入させると、子鼠に絡みつく蛇のようなしつこさで…それでいて、とろりとした蜂蜜のような甘さを帯びて少年の咥内を犯していく。

「ん…んん…っ…」

 ふるふると震える背筋を抱き込み、時折形良い双丘を強く握ったりしながら咥内を味わえば、ふっくりとした舌や並びの良い歯列にコンラートの方が夢中になってしまう。これは…予想以上に《美味しい》身体なのではないだろうか?

 ユーリの瞳から生理的なものと思われる涙が滲む頃、漸く舌を抜いてやると、銀色の糸を引いて二人の唇が離れていった。

「ぁふ…」

 半ば開かれたままのユーリの咥内は濃いサーモンピンクに染まっていて、濡れた唇の質感とも相まって、もう一度口吻たら我を忘れてしまいそうだ。

「主人に《して貰う》だけでは、仕事にならないぞ?」
「ぁう…」
「気が向いたらまた命じるから、上達しておけ」

 そうは言いつつも、ふとある可能性に気付いて釘を刺しておく。

「ああ…他の者と練習などしたら、どうなるかは分かっているな?」
「し、しませんーっ!!」

 多分《どうなるか》など分かってはいないのだろうが、取りあえず《口吻以上のとんでもない目》に遭わせられしまいそうだとは察しが付いたらしい。ユーリはとろりと蕩けていた瞳を、驚いた仔猫みたいに開いてぴょこんと起きあがった。

「ちゃんとする!だから、バツ、なしっ!」
「良い仔だ…」

もう一度だけ啄むような口吻をしてやると、屈めた身体からシャリンと音を立てて首飾りが揺れる。蒼い魔石、かつて最も信頼していた…今は亡き、親友がくれたものだった。殆ど身一つで来たシマロンだが、愛馬と愛剣、そしてこの魔石だけは携えていた。

 銀の鎖を摘んで光りに透かせば、ウィンコットの紋章が浮かぶ綺麗な石に、ユーリも興味を惹かれたようだ。

「あお、キレイ」
「この色が好きか?」
「うん!あお、スキっ!」

 すぐに先程の羞恥も忘れてしまったみたいにユーリは笑う。それは、相変わらず突き抜けるように透き通った蒼穹のようだった。丁度、この魔石の蒼のように。

『そうだ、これをやろうか?』

 シマロンの虜囚となる運命を劇的に変化させた要因のように感じられて今日まで肌身離さず持っていたが、今の状況から考えれば、コンラートよりもユーリの方が護られるべき存在であると思えた。
 シャラリと涼やかな音色を立てて銀の鎖と魔石をユーリに掛けてやると、彼は随分と驚いた様子だった。

「これ、くびわ?」

 《…首飾りだ》と突っ込みたかったが、《首輪》という響きにも共鳴するものを感じて頷いてしまう。

「ああ、そうだ。外すなよ?」
「うーん…ヒモ、ながい」

 確かに、コンラートに合わせて鎖の長さを調整しているから、ユーリが身につけると、兄姉や親の装飾品を身につけた子どものようだ。そのうち調整し直してやろうと思うのだが、やはり…ついついからかいたくなる。

「では、その細頚にぴったりとした革帯を作ってやろうか?金属の鋲が入ったやつとかな…」
「ヒモ、ぴったり!おうさまアリガトっ!!」

 心なしか青ざめたユーリは、懸命に満足度をアピールしていた。如何にも《飼われています》的な首輪を想像したに違いない。下手をすれば、ジャラリと重い動物用の鎖で繋がれるとでも思ったのか…。

『変態親父に買われていたら、そんな飼い方をされる可能性もあったろうに…』
 
 《そんなことにならなくて良かった》…コンラートがしみじみとそう思っているなんて、ユーリはまるで気付いていないのだろう。

『それで良い…』

 あまりコンラートのことを《良い人》等と思いこんで、懐いたりしては情が移る。故郷には帰れないのだとしても、この子には親切にしてくれた農場の人々がいるのだ。共に過ごす日々は良い気晴らしくらいにはなるだろうが、《暫くしたら飽きる》…それくらいで良い。

『せいぜい愉しませて貰おうか?』

 コンラートはばさりとマントを翻すと、振り向くことなく部屋を後にした。だが、ちょこたかと小走りに引っ付いてくるユーリの気配はちゃんと感じていて、少し立ち止まったりすると気付かれないように歩速を緩める。

 3歩か5歩の間隔を置いて駆けてくる子どもの存在感を不思議なほど《暖かい》と感じながら、コンラートは敢えてツンと取り澄ました顔をして執務室に戻ったのだった。

 
 


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