第二十七代魔王温泉紀行」A

 




 

「なぁ…コンラッド」

「ええ、先程の双黒の男…確かに強い魔力まで持っているようでした」

「あ、その事は後でも良いよ。そんなことより、この内風呂結構でかいんだし…一緒に風呂入ろうよ」

『そこですか…』

 鬘とコンタクトを外し、既に湯船へと身体を沈ませている有利に誘われ、コンラートは眉間に皺を寄せてしまった。

 

 

 白菊の間の内風呂は淡く桜色がかった大理石様の浴槽になっており、自然石をそのまま磨いたのか、浴槽の壁が緩やかなカーブを描いているのが肌に一層心地よい。

 湯質は滑らかな乳白色で、とろりとした質感が保湿力の高さを伺わせる。

 二畳分くらいの浴槽の周囲に六畳程度の洗い場があり、こちらは多少足にちくちくと来る軽石から出来ている。それを取り囲むように張り巡らせてあるのは綺麗な籐網の衝立で、根方の部分には白菊がうつくしい花をつけている。

 見上げれば、晴れ渡った空に月が掛かり…洗い場の角辻に置かれた灯火と共に、有利の肌を象牙色に輝かせていた。

「気持ちいいよぉ…」

 浴槽の縁に両腕をかけ、とろんと微睡(まどろ)むようにくつろいでいる様子からは、自分の名を騙る者が現れた事に対する怒りなどは微塵も感じられなかった。

「…分かりました」

 コンラートは武人の嗜みとして起居衣動作が素早い。

 入ると決めてしまえば瞬時に脱衣をすませると、掛け湯をして浴槽に身体を沈めた。

 白い肌に刻まれた酷い傷痕は痛ましいが…それを凌駕する筋骨の逞しさと、充実した精神力の発露が全身に漲っており、無駄のない動作は芸術的なまでにうつくしい。

「相変わらず、良い身体してんなぁ…」

 有利はうっとりと見惚れるような眼差しを向けると、一転して自分の二の腕を寂しげに見つめた。

「あーあ…15の時には《俺だってその内…っ!》なんて思ってたけどさ…。なんか、ちっとも成長してないよな」

「そんなことないですよ…。やはり、あの頃に比べればとても逞しくなっておられますよ…」

「そりゃあさ、筋トレのおかげで締まってきた感じはあるよ?だけど…背丈とか顔つきとか…全然変わってない。俺…やっぱ、成長のペースが眞魔国人並みになってんのかな?」

「それは…」

 眞魔国の魔族と地球の魔族は成長の度合いが違う。

 その大きな要因となっているのが、こちらの世界では眞王と契約を交わした要素の祝福が与えられるということだ。その為、眞魔国で過ごすことの多くなってきた有利の身体は地球での成長曲線から乖離し、緩やかな成熟を示すものの…目立って背が伸びるということはなくなった。

「お嫌…ですか?」

「んー…そりゃあね。もーちょっと背が伸びてから呼んで貰えたら嬉しかったのになー、とは思うよ?」

「すみません、ユーリ…」

 本来なら、その筈だったのだ。

 彼は地球で成人を迎え、心と体の準備をすませた段階で眞魔国へと迎入れられるはずだった。

 それを彼も、その家族も与り知らぬ形で引きずり込むような事態に陥らせたのは、前王ツェツィーリエの我が儘と、それを止められなかった眞魔国重鎮の面々…家族構成でいえば、コンラートにもその責任はあったはずだ。

 だが…コンラートは戸惑いを感じつつも…それを上回る喜びに負けて、有利の召還に反対の意を唱えなかった。

 ジュリアの魂が全く別の生命体へと変じたことを見届け、その後赤ん坊の彼を護るために地球を訪れはしたものの…着実に成長していく有利の姿を見ることは叶わなかった。

 

 どうしているのだろうか…。

 笑っているのだろうか、泣いているのだろうか?

 笑っているのなら一緒に笑い合いたい。

 泣いているのなら肩を抱いて慰めてあげたい。

 

 夢見たその日が早まったことに押さえきれない歓喜を覚えてしまった。

「あなたは…あと数年は地球で重責を担うことなく、自由な生活を送ることが出来ていたというのに…そうさせてしまったことには俺にも責任があります」

「あー、違うって!俺が言ってんのはあくまで背丈のことだよっ!背さえ伸びてれば、こっちに来れたことは感謝してるくらいなんだぜ?」

「そう…ですか?」

「そーだよ!」

 同じ湯につかっているという気安さのせいか、はたまた、申し訳なさそうに曇ってしまったコンラートの表情を何とかしたかったのか…有利は勢いよくコンラートに抱きつくと、ぎゅうぅっと逞しい背を抱きしめた。

「ゆ…ユーリ!?」

「俺…本当に感謝してるんだぜ?あんたや…他の愉快な連中に会えたこと…ほら、グレタの事なんて、あの時期に来なければ絶対娘になんて出来なかったろうし…そもそも、創主の力が眞王をあそこまで蝕んでいたんじゃあ、俺が約束通り成人してからこっちに来る算段になってたら、ひょっとすると手遅れになってたかも知れない…」

 湯の温もりに上気した薔薇色の頬がコンラートの胸に押し当てられ、愁いを帯びた双弁が見上げてくる。

「あんたも…無事じゃあいられなかったかも知れない…っ!」

「ユーリ…っ!」

 そんな無防備な眼差しで、しどけない姿で寄り添わないで欲しい…。

 

 理性を…手放してしまいそうだ。

 

 華奢な肩に両手を載せれば、彼が言うとおり、明瞭な体格差に息を呑む。

『なんてちいさいんだろう…っ!」

 だが…小動物を思わせる可憐な彼は、その体腔内には歴代の如何なる王も敵わない大きな夢と、強い魔力を秘めている。

 

 コンラートが…仕えるべき、王なのだ。

 

 抱きしめて、唇を寄せたくなる衝動をどうにか堪え…コンラートは話をしっとりとした方面から引き離そうとした。

「そんなことより…あの男のこと、どう考えます?」

「あー、ミツエモン君ねぇ…」

 途端に有利の瞳にはきらきらと興味の色が沸き上がってきて、コンラートは藪蛇だったのではないかと背筋を震わせた。

「魔王だって言ってるわけじゃないんだよね?でも…あんなはっきりぱっきり双黒の人がいるなんて聞いたことないし、魔力だって強いみたいだし…なんか無駄にエラソーだし…。こりゃあ…やっぱ調査が必要だよね?」

「調査でしたら、ヨザが身体を張ってやってますのでご安心下さい」

「ああ、プロレス技をかけたりかけられたり、組んずほぐれつやってるんだよな!凄いよなぁ…あのグリ江ちゃん相手にプロレスなんて…確かに、ミツエモン君も良い身体してたもんな」

「………良い身体、でしたか?」

 

 ぴしりとこめかみに血管が浮く…。

 

 抱き寄せられたとき、浴衣越しに逞しい身体が押し当てられたのか?

 …と、いうことは…ミツエモンの方もまた、有利の体つきを堪能した可能性がある。

 そういえば、この細腰に腕を回し…あまつさえ、尻を掴んでいたのだ…あの男は。

 可能なら、瞬殺してこの辺りの土壌を富ませてやりたいところだ。

『血の色の華でも咲かせるが良い…』

 そんなことを考えているのは有利には秘密だ。


 とはいえ、何やら事情がありそうなあの男を調べもせずに消すわけにはいかないのも事実だ。

「んー、えと…コンラッドに比べれば大したこと無いかも知れないけどさ!俺に比べればって事で…」

 どうやら有利に気を使わせてしまったらしい。

 余程コンラートの背後から怪しい瘴気が漂っていたのか…。

「確かに…ユーリの腰は細いですよね?」

「あ、この野郎!俺が気ぃ使って言ってやったのに、何改めて確認してんだよっ!」

 冗談めかせて腰に両手を沿わせれば、案の定すっぽりと包み込めてしまうそこにどくりと胸が拍動する。

『細い…な。それに…なんてすべやかな肌なんだろう?』

「コンラッド…くすぐったいよ…」

「すみません…」

 詫びて腰から手を外したものの…離れがたくて、ついそのまま有利の身体を抱き込んでしまう。

「もう少しだけ…このまま……」

「……うん」

 

 どくん…どくん……

 

 触れあう肌から感じられる…互いの鼓動がシンクロしていく。

 有利の桜色の唇から、微かに震えるような吐息が漏れ…長い睫の先で小さな雫が揺れていた。

『なんか…変な雰囲気になっちゃったな…』

 ちら…と見上げれば、瞼を閉じたコンラートの…精悍な面差しが間近にある。

 何かに耐えるような…それでして、芯から込み上げてくる歓喜に打ち震えるような…複雑な陰影を投げかけられた表情は、普段の飄々とした彼からは想像もつかないようなものだった。

『ドキドキして…頭が、沸騰しそう……』

 何も考えられなくなって…有利も強く瞼を伏せた。

 

 長いような短いような…何とも言えない時間が幾ばくか経過した後…コンラートの肩がぴくりと撥ね、先程までの甘やかな雰囲気を払拭すると…素早く有利ごと湯船から上がって膝立ちに構え、浴槽の縁に立てかけていた剣を手に取った。

「誰だ…っ!」

「あーららぁ…良い雰囲気だったのに。お邪魔しちゃったわねぇ?」

 気が抜けるような声を発して衝立の影から現れたのは、グリエ・ヨザックだった。

 乱れた浴衣から覗く胸元や大腿が淡い灯火に艶めき…無造作に簪(かんざし)で纏められた髪と、その後れ毛が色っぽい。

 白い肌にはつい先程まで激しい情交があったと思しき紅が散らされ、気怠げに歪む唇が、可笑しそうに笑みを象る。

『色街の帝王と呼ばれた男が…随分と純情ぶってくれるじゃない?』

 とでも言いたそうな眼差しに、コンラートは長兄に似た縦皺を刻んだ。

「グリ江ちゃん!ぅわー…大変だった?ごめんな…俺を逃がすために身体張ってくれたんだろ?」

「うふふ…グリ江のは趣味と実益を兼ねたもんですしぃ〜。双黒を抱いたり抱かれたりするなんて、そうそう出来るこっちゃありませんしね」

「抱く?抱かれる?」

 コンラートの背中に引っ付いたまま、口を三角おにぎり型にしてきょとん…としている有利に、ヨザックは珍妙な具合に眉を跳ね上げた。

「……なんだと思ってたんで?」

「え…だから……グリ江ちゃん、あのミツエモン君とプロレスやってたんじゃないの?だからそんなに服が乱れて…。うわー、ちっちゃい鬱血がいっぱいあるよ?小石があるところに投げられたの?いや…抱き技っていうと、寝技の親戚?」

「ええと……ぷろれすってのは…」

「がつーんっと組み合って戦う競技だよ?生傷が絶えないけど、好きな人は好きだよね。確かに、グリ江ちゃんは野球選手としても一線級でやれると思うけど、プロレスの才能もあると思うよ?」

「はぁ……」

 すっかり毒気を抜かれたらしいヨザックは、先程までの香り立つような色気は何処へやら…ぼりぼりと無造作に頭をかき始めた。

「隊長…本っ当ーに、あんたら兄弟…坊ちゃんに何の手出しもしてないんだねぇ…いっそ感心するよ」

「……うるさいっ!」

 コンラートは、元部下の無駄に哀れみを込めた眼差しが鬱陶しくてしょうがなかった。

 

*  *  *

    

「…で、あのミツエモンって奴なんですがね…まぁ、不思議な男ですよ」

 コンラートに拳骨を喰らって浴衣の端然と裾を直したヨザックは、旅館の女将を思わせる形にきっちりと髪型も結い直し、慣れた手つきでお茶を煎れた。

「不思議…とは?」

 こちらも浴衣を着込んだコンラートが、饅頭に似た茶請けの菓子を小皿に並べて尋ねた。

「どうもね、あの男…この宿に身を置くまでのことを覚えていないらしいんですよ」

「え…記憶喪失ってこと?」

 有利はコンラートに勧められるまま口に含んだ茶菓子を喉に詰まらせそうになった。

「ええ、嘘を言っている風でもありませんでした。あの男自身、自分が何者なのかということに深い疑問を持っていますし、苛立ってもいます」

「それがどうして魔王などと…」

 有利の背中を優しくさすり、口元についた食べこぼしを指で拭いながら(この辺り、無意識にやっているので表情は真剣そのものなのが微妙に可笑しい)、コンラートが小首を傾げる。

「それも、あの男には分からないらしいんですね。…というのが、あの男をこの宿に連れてきたのが黒に近い灰色のマントを被った男で、《この方はやんごとなき身分のお方で、仮の名をミツエモンと申される。くれぐれも無礼がないように。私は訳あってこの方のお傍についていることが出来ぬが、必ず迎えに来る》と言い残して、立ち去ったそうなんです」

「そりゃまた大雑把な…丸投げかよ」

「ええ、宿の者は随分と当惑したようです。何しろ、置いて行かれたミツエモン殿は双黒で、魔力もある。しかも名前は市井に流布している《魔王陛下周遊紀》に記された偽名そのもの…となれば、魔王が訳あって身分を隠して逗留中と考えるのが無難な流れでしょう?」

「うっわー…失礼があっちゃいけないけど、堂々と魔王扱いも出来ないんじゃ、落ち着かないことこの上ないね」

「ええ、身分を隠して…といいつつ、双黒なのは丸出しで宿にいるもんですから他の客やこの辺りの住民達も盛んに噂をしてまして、あわよくば…なんて考えて娘を捧げる輩もいるようなんですが、ミツエモン殿は男の方がお好きみたいですね。俺が女として迫ったら歯牙にも掛けられなかったんですが、風呂で会ったらそのまま伽に入っちゃいました」

「グリ江ちゃん…お風呂でプロレスは危ないよ?」

 茶請けの菓子が美味しかったのでちらちらと見ていたら、コンラートが自分の分をそっと置いてくれたので、ぱこりと半分個にしてもぐもぐやっていた有利は、相変わらず文脈を正確に捉えることが出来ないでいる。

 ちなみに、お菓子の半分はコンラートの口元に持っていき、ぱくりと餌付けのように食べさせてあげた。

『この連中は…真剣に人の話を聞く気があるのかねぇ?』

 先程から見ていれば、示し合わせたわけでもないだろうに…二人とも仲睦まじい夫婦のような呼吸でいちゃいちゃしてくれる。

 肉体的には何ら発展はないようだが、既にその辺を通り越して縁側でくつろぐ老夫婦のような阿吽の領域に突入しているようだ。

「えーと…まぁ、プロレスの話は置いておいて…。ともかく、ミツエモン殿は自分の記憶とマントの男が戻ってくるのを待ちながら、この宿に逗留し続けているわけですよ。その間中宿の連中は神経を張ってましてね?特に大浴場ではミツエモン殿に気に入られた奴は伽を命じられちゃうんで、若い男が入ろうとすると必死で止めるようになっちゃったんです」

「なるほど、弁慶みたいだねぇ…。戦えそうな若い男がいると、すぐに挑戦しちゃうわけだ。《俺は誰の挑戦でも受ける!》みたいな…。ああ、これは猪木か」

「ベンケーとかイノキとかさっぱり分からないんですが…」

「まあ、その辺はおいといてよ。ところで、ミツエモン君はこの宿のお代は払ってるのかなぁ?」

「いいえ、そっちの方は全くのようで…」

「えー!?タダで長逗留してる上に、お客さんがみんな楽しみにしてる大浴場に行くたびにプロレス技に持ち込むって…凄ぇ迷惑じゃんっ!コンラッド…これはほっとけないよね!」

『放っておきませんか?』

 正直、そんなことも思うわけだが…。確かに、魔王であると名乗っているわけではないとはいえ、その様に周囲に思われている者が淫蕩な暴君として性的被害を周囲に与えている状況は放置できまい。

 有利にとっては《無銭飲食及び宿泊、営業妨害》というのが主な罪状になっているようだが…。

『ユーリが気に入った者をすぐ褥に引きずり込む淫蕩な王だなどと思われるのは心外だしな…』

「分かりました、それではヨザ…引き続き調査を頼む」

「へいへい」

「いや、ここはひとつ俺が膝を交えて話をしてみるよ!」

 有利がどんっと胸を叩いて請け負った…が、ヨザックとコンラートの眉間にはびしりと深い皺が刻み込まれる。

「………どうやってですか?」

「部屋に二人きりになってさ、鬘とコンタクトを取って、俺が魔王であることをあかして…」

「駄目です!」

 コンラートとヨザックの声が揃った。

「さっき何があったかもう忘れたんですか!?二人きりになるなんて…!」

「いや…ちゃんと話をすれば分かってくれるんじゃない?プロレスだって、親交を深めるためと思えば…。跳び蹴りとかはちょっと受けるときついけど…」

「駄目ですっ!!」

 テーブルが震えるほどコンラートとヨザックの掌が強く叩きつけられ、有利はびくりと肩を震わせた。

「隊長…坊ちゃんの天然ぶりは確かに可愛いかも知れないけどさ…そろそろ色んな事を分かってもらっといた方が良いんじゃねーの?」

「確かに…な」

 はぁ…と深く息をつくと、コンラートも髪を掻き上げながら同意した。

「え…え?何々?」

「坊ちゃん…。ねぇ…坊ちゃんが言うぷろれすってものがどういうものだか正確に分かっている訳じゃありませんけど、とりあえず伽ってのは健全な競技じゃありません」

「え…?」

「セックス…て、言い方だと分かりますか?」

「せ…っ!?」

 言われた途端に顔を真っ赤にしたことから、これなら分かるのかとヨザックは苦笑した。

「伽ってのは、身分の高い者が下の者の意志の如何に関わらず、自分の性欲を満足させるために奉仕させることを言うんですよ」

「え…え?時代劇に出てくるお代官様が町娘に強要するような!?でも…グリ江ちゃんもミツエモン君も男だよね!?」

「……………3年間もアプローチを続けてらっしゃるぷー殿下が気の毒になってきますねぇ…」

 はぁぁぁぁ…と、ヨザックも深い溜息をついた。

「これ…何だと思います?」

 際どい場所まで浴衣の裾野をはだけて見せれば…ヨザックのぬめるような内腿の肌に、紅色痕が花咲くようにいくつも散らばっていた。 

「ぶつけた痕だと思ってたんだけど…ひょっとして……ち、チューされた痕!?」 

「ええ、こいつは男同士でも関係なくできるでしょ?あとは…ここのやつを」

 コンラートの視線が厳しくなってきたので流石にそれ以上浴衣をはだけることはなかったが、ぎりぎりのところまで晒された股間をちょん…っと指し示せば、同じ男のこと…有利にも何を示されているかが分かる。

「こいつをね…後ろの孔に挿れれば男でも繋がることが出来るんですよ…」

「後ろって…う、うんこ出るトコ!?」

「そういう直截な言い方をされると、凹みますけどねぇ…。俺は趣味のこともありますけど、任務上…必要があれば誰のケツの孔にも挿れますし、挿れさせます」

 シニカルな笑みを浮かべてヨザックが笑う。

 その笑いは常の彼のようではなく…何処か気怠げな、自分自身を嘲笑うような色があった。

「グリ江ちゃん…」

 薔薇色に染まっていた有利の頬が今度は色を失い…とたた…っと駆け寄ると、きゅむっと勢いよくヨザックに抱きついた。

「ありがと…グリ江ちゃん…大好きだよ?」

「坊ちゃん…?」

 珍しく、狼狽えたようにヨザックの蒼瞳が揺れた。

「眞魔国のために…いつもいつも、身体を張ってくれてありがとうね…。グリ江ちゃんのおかげで…俺も…民も、いつだって助けられてるんだね…」

「仕事…ですから……」

「でも、今回の事なんてグウェンから命令があった訳じゃないだろ?ここに魔王を騙る奴がいるなんて、血盟城ではまだ噂になってなかった…。グリ江ちゃんだって、休暇貰ってるって聞いたし…。俺の偽物がどんな奴なのか確かめるために、自分から身体を捧げてくれたんだろ?」

「……坊ちゃん…」

 腰に回された細い腕が…その華奢な印象からは窺い知れないくらいの力でヨザックの心を抱きしめた。

『ああ…あなただから…こんなにも支えたくなるんだ』

 コンラートも流石に睨み付けることなく許容してくれるから…ヨザックはそぅっと有利の背に腕を回し、やわらかく抱き寄せた。

 偶然お忍び魔王の噂を聞きつけてこの宿へとやってきて…それが有利ではないと知ったとき、詳細な情報を得るためにミツエモンに接近した。

 その時ヨザックの腹にあったのは、この男が有利に対する害意をもっているか確かめたいということだった。

 《淫蕩で暴虐な王》という噂を蒔こうとしているのだとすれば、ただでは済まさないと心に誓った。

 有利には知らせないまま、王ではないと暴いた上で葬ってやろうと思っていたのだが…。

 こうして彼にお褒めの言葉を頂くと、現金にも歓喜が沸き上がってくる。

「グリ江ちゃん…ね、グリ江ちゃんがやってくれてることを蔑ろにする訳じゃないけど、知った以上…俺はグリ江ちゃんに伽をさせ続けたりは出来ないよ」

 凛とした眼差しがヨザックを捉え、真っ直ぐに見つめる。

「ですが…」

「凄腕お庭番のグリ江ちゃんが何度も伽をしてるんだもん。その方法でミツエモン君から引き出せる情報は、これ以上はないんだと思う。だとしたら…やっぱり今度は攻め方を変えるべきじゃないかな?」    

「それは確かに一理ありますが…」

「俺だって伽の意味が分かった以上、無防備にヤラレたりしないつもりだよ?グリ江ちゃんもコンラッドも…俺のこと、護ってくれるだろ?」

「…分かりました」

 こく…っと頷くと、まずはコンラートが剣で金丁を鳴らして誓いを示した。

 距離を置き、有利を見守り…事あらばすぐにその身を守るためにはせ参ずると…。

  ヨザックもまた瞼を伏せると、覚悟を決めたように懐刀で金丁を鳴らして見せた。

 

『この方こそ、我らの王』

 

 そう…心に改めて刻みながら。





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