「白黒インパクト」−4






白次男side−4





「隊長、今夜は坊ちゃんと一緒に寝ちゃあどうだい?」
「え?」

 執務と夕食を終えて魔王居室に向かうと、有利から少し離れたところでヨザックが耳打ちしてきた。
 どうでもいいことだが、記憶にあるものよりヨザックは一次的接触が多い。今も親しげに耳朶へと寄せられる息は、愛撫のように熱かった。

「坊ちゃんと…やっちゃえよ」
「な、何を言ってる!?」

 カァ…っと頬に熱が上がって、反射的に裏拳でヨザックの鼻面を叩いてしまった。

「痛ってぇっ…この馬鹿隊長っ!加減しろよっ!!」
「お前こそいい加減にしろっ!」
「どうしたの、コンラッド。また喧嘩?」

 有利がとたとたと駆けてくるが、切羽詰まったような表情ではない。彼の記憶の中では、おそらくこんな喧嘩など日常茶飯事なのだろう。

「何でもないですよー、坊ちゃん。あ…そうだ。ちょっとお話ししたいことが…」

 そう言うと、ヨザックは有利の肩を抱いて壁際に寄っていく。やはり距離が近すぎて、耳朶を甘噛みしそうな距離に苛ついてしまう。

「ヨザ…!ユーリに妙なことを吹き込むな!」
「変じゃねーよ。折角だからあんたが性格を変えてまで成就したかった夢を叶えてやろうってんじゃないか」
「夢…だと?」

 寄せた眉根をチョンっと指先で突かれ、ヨザックの顔がまた至近距離に近づく。

「あんたはさ、多分…坊ちゃんを抱きたいのに、自分の汚れた性遍歴が恥ずかしくてそんな性格に再設定したのさ。お綺麗な坊ちゃんを抱くのに相応しい《ウェラー卿コンラート》になりたい…ってね。だとすれば、アニシナちゃんの魔導装置で元に戻る前に、本願成就しちゃって良いんじゃないの?」
「何だと…?」
「お、俺を…抱きたいって、ナニそれ!?」

 有利が吃驚して目を白黒させているのを見ると、コンラートは怒りすら感じてヨザックを殴ろうとする。しかし、今度は簡単にはいかなかった。素早く拳を受け止められると、逆に組み手を取られて締め上げれる。

「く…っ」
「おっと。俺はSの気はあっても、Mっ気には乏しいんでね…。日に二度も殴られるのは勘弁させて貰うよ。特に、好意でやってることで殴られたかねーや。ねぇ坊ちゃん?そう思いませんか?こりゃあ隊長の為なんだ。隊長が好きで好きでしょうがないあなたなら、叶えてあげられるでしょう?」

 有利は頬を真っ赤にすると、きゅ…っとコンラートの軍服の裾を握った。

「う…うん」
「ユーリ、ヨザの言うことなど気にしなくて良いんです。俺の為に、あなたが犠牲になるなど…」
「犠牲なんかじゃないっ!」

 有利の声は思いのほか大きくなって、軍服を掴んでいた手で強引に引っ張られると、よろめいた身体を強く抱きしめられた。

「犠牲なんかじゃない…グリ江ちゃんが言ってるのが、本当だよ?俺…あんたのことがずっと好きだった。でも、高度なセックスやりまくってて経験豊富なあんたにとっては、俺はお子ちゃまに過ぎないから…相手になんかして貰えないって、勝手に拗ねてた。なのに…あんたは、性格変えてまで俺を抱こうとしてくれたの?」
「ユーリ…」
「好き…大好きだよぉ…」

 ぶぁ…っと有利の瞳から涙が溢れ出すと、まろやかな頬を伝って流れていった。

「あんたは、汚れてなんかない…。だから、俺を抱いて戻れるなら…好きなだけ抱いて?どんな抱き方されても、絶対好きって言い続けるから…!」

 信じられない。
 力強く抱きついた少年が、こんな告白をしてくれるなんて。

 熱い身体を抱き寄せながら、コンラートは呆然としていた。

「おい、隊長。聞いたかよ、このいじらしい告白をよ。これであんたの思いこみで袖にしようってんなら、そりゃ残酷ってもんだぜ」
「……」

 そうなのかもしれない。
 有利を抱けば、全て元に戻るのかも知れない。

 そうなのだとすれば、汚れた経歴も何もかも有利が包み込んだ上で愛してくれるというのなら、コンラートはその世界を受け入れて生きていけるだろう。

「ユーリ…俺と、寝て下さい」
「うん…うんっ!」

 こくこくと頷く有利に口吻を寄せながら、ふわりと横抱きにして魔王居室に入った。
 ヨザックは恭しく扉を開けてお辞儀をしながら見送っていたのだが、別れ際にちゅ…っと、有利には見つからないように、コンラートの頬へとキスを送った。

「…っ!」
「お駄賃だよ。安いもんだろ?」

 《俺だって、あんたのことを愛していたよ…》その囁きは、唇の形だけで伝えられた。



*  *  * 




 一緒に入ったお風呂で、改めてコンラートの裸身を目にした。
 すらりとした長身は実に均整がとれており、頭部がちいさく纏まっているせいか、8頭身どころか10頭身くらいに見える。7頭身がせいぜいの有利としては、ただうっとりと見惚れるほか無い。

「綺麗…肩幅が広くて、腰がきゅっとしてて…お尻とかも良い形っ!」
「ゆ、ユーリ…」

 さすさすと無遠慮に尻をなで回すと、頬を染めたコンラートの唇から恥ずかしそうな声が漏れるから、何だかOLの尻を触ってしまったスケベ部長みたいな心地になってしまう。

「ゴメン。今のコンラッドは恥ずかしがり屋さんだもんね。大人しくお風呂に入ります」
「いえいえ、こちらこそ変な小芝居で性格なんか変えてすみませんっ!普段の俺はどうしてました?」
「言ったろ?わざわざ変えなくて良いって。今のコンラッドだって、無意識のうちに《こうなりたい》って思ったコンラッドだっていうなら、そのままで良いよ。ね…今、素直にしたいことをしてみて?」
「したいこと…」

 コンラートは少し考えてから、有利を膝に抱えて湯船に漬かると、愛おしげに何度も肩や胸元へと湯を掛けてくれた。ちらりと覗き見た表情は実に楽しそうで、なるほど今のコンラートにとってはこのような愛撫こそが願いなのだと知れる。

 普段のコンラートを知る身としてはちょっと物足りない気もするが、これはこれで気持ちは良い。

「えへへ…くすぐったい」
「そう?」

 濡れた気持ちの良い手が額に落ちかかる前髪を掻き上げると、一滴垂れたお湯が瞼に引っかかる。

「…目に、入りそう…」
「あ…」

 身体を傾けて、瞼にキスを寄せられる。水滴が吸い上げられても口吻は止まなくて、頬に、鼻面に、顎に…そして、感じやすい首筋へと落とされる。

「ひぁ…っ…」
「嫌?」
「ううん…くすぐったい、けど…気持ちい、ぁあんっ!」

 カシ…っと感度の良い場所を甘噛みされれば、覚えのある感覚が突き抜けて嬌声があがる。コンラートはその声に驚いたようだったが、心地よいのは見抜いたのか、そのまま湯船の端に有利を上げて、膝から下だけが湯に入った状態で淡卵色の大理石に寝かせてくれる。

「綺麗だ…とても」

 コンラートはうっとりとして有利の肢体を見つめてくれる。とろけるような蜂蜜色の瞳に銀の光彩が跳ねて、その澄んだ色にやはり照れが起きてしまう。
 いつもなら熱い杭のような視線で穿つのに、包み込むように見つめられるのは恥ずかしい。

「そんなに、見ないで…恥ずかしいよ」
「ゴメンね、ユーリ…」

 両手を顔の前に重ねて照れていると、下肢がゆっくりと開かれていく。
 もっと恥ずかしい場所を見られているのだと分かるけれど、もう抵抗はしなかった。

「ここ、もう…潤んでいるんだね、嬉しい…」
「や…」

 息子さんの先端にコンラートの指が触れるか触れないかという瞬間…。


 ドゴォオン…っ!


 爆音が響いた。




ヨザックside





「な…何だぁ!?」

 衝撃に驚いて魔王居室の扉を開けたヨザックは驚愕していた。
 そこは、明らかに正常な空間ではなかったのである。

 そう、そこには…。

 タラッタラッタ、タッタンタ〜ン…。
 タラッタラッタ、タッタンタ〜ン…。
 ポワ〜ン…。


「な、なんだこりゃあ…」

 闇の中にド派手なピンクのスポットライトが当たり、その中央では、妙に愛嬌のある中年の禿頭おじさん(後ろの生え際には幾分髪が残り、頭頂部からは一本だけ直角に毛が屹立している)が脚をあげてくるくる回っているのだ。

「アンタモ好キネェ〜。チョットダケヨォ〜ン」

 おじさんの口がカクカク動いて、おかしみのある声が誘うようなフレーズを口にしている。どうやら、人形に喋らせているようだ。

「ふむ。取りあえずは上手くいったようですね」
「あ、アニシナちゃんっ!?」

 気配を感じさせずに背後に立つのは止めて頂きたい。
 凄腕お庭番のプライドが砕けるではないか。

「へー、○トちゃん良い具合に回ってるじゃない」

 村田まで気配なく…(以下略)。

「これって、アニシナちゃんの魔導装置ですかい?」
「私の他に、このように高度な仕組みを作れる者がおりましょうか」

 取りあえず、仕組みはともかくとしてこんな美的感覚で仕上げられるのはアニシナくらいなものだろう。
ヨザックの感想などどうでも良いのか、返事を求めることなくアニシナは駅弁販売に使えそうな、肩から提げた装置を操作して、にょろりと伸びたマイクに呼びかけた。横合いから村田も声を出す。

「えーえー、本日はお日柄も良く」
「本日天気晴朗なれど波高しぃ〜」

 すると、装置本体の丸形隆起からは、聞き慣れた声が何故だかサラウンド効果を呈しながら聞こえてきた。
 しかも、更に遠くからアニシナと村田の声まで聞こえてくる。

『アニシナ!それに…猊下ですか!?』
『おーい、アニシナさんっ!村田!この空間ってどうなってんのっ!?』
『ここは見たこともない、ピンク色の照明にてらされた巨大な寝台なんだが…これから、どうすれば良いんだ?』
『何か俺たち、二人づついるんですけど!?つか、俺…風呂に入ってたから全裸なんだよーっ!着るものプリーズっ!!』

 戸惑いを隠せないコンラートの声が二人分、半泣きになった有利の声が二人分…まさか、ひょっとして…。

「もしかして…二つの世界で、隊長だけが入れ替わってた…てぇオチですか!?」
「ふむ。なかなか勘がよいですね、グリエ・ヨザック」
「そりゃまあ、こういう状況を見せられれば…。ふぅん…それじゃ、隊長が坊ちゃんとヤリたくて性格変えたってのは、俺の見込み違いだったわけだ」
「そちらもなかなかの勘です。あながち、間違いではありませんよ」
「へ?」

 アニシナはマイクを調整すると、ピンク色の空間に閉ざされた二組のコンラートと有利に向かって語りかけた。

「よーくお聞きなさい、ヘタレー卿」
『新しい姓を捏造しないでくれアニシナ』
『切なくなるよアニシナ』

 文句の声など馬耳東風、アニシナは構わず説明を続ける。

「あなた方は私の開発途上であった魔導装置の暴発によって、秘められていた欲望に従い、二つの世界を交差してしまったのです」
『秘められた欲望…それは、やはり?』
「ああ、僕も一緒に精神波長を調べたんだけど、やっぱり君たちはそれぞれに、自分に対する不満があったようだよ』

 アニシナと村田が言うには、事故の衝撃によって丁度欲求が噛み合う世界に二人のコンラートは交差して飛び込んだらしい。ただ、《噛み合う》とは言ってもそれはあくまで部分的なことだから、実際には周囲以上に本人達にも違和感が強く出てしまったらしい。

 そのまま違和感を持ち続けていれば問題はなかったのだが…少々ヨザックが余計なコトをしてしまったようだ。

「渋谷、君が異質なウェラー卿であっても受け入れたことで、うっかりそれぞれのウェラー卿が満足しかけてしまったんだよ。何しろ、君さえ認めてくれるのならどんな世界でも生き延びられる、頭にGがつく生物並みに屈強な生命力の持ち主だからね」
『村田ーっ!恐ろしい喩えを出すなよーっ!!』

 慄然としながら有利が文句を言うが、村田は気にせず説明を続けた。

「ともかく、一気に元に戻らず亜空間に留まってしまったのは、いつものウェラー卿じゃあない、別の世界のウェラー卿にも情が移ってしまったせいさ。あと、ウェラー卿の方も満足し掛かってたからね。離れがたさをどうにかして元の世界に戻る為には、未練を断たなくちゃいけないよ」
『どーやって!?』
「多分、セックスすれば良いんじゃないの?」
『ひぇーっ!でもでも、別のとこの俺たちもいるんですけど!?』
「構わないから、ヤッちまいなーっ!」
『俺が構うわーっっ!!』

 二人分の有利の悲鳴が響き渡るが、アニシナは高らかに告げるとブチリと通信を切ってしまった。

「健闘を祈ります!上手くいけば、それぞれの世界に戻れるでしょう…!」

 最後にくっつけた《多分》という単語は、通信を切ったタイミングからして伝えられなかったと思う。

「ひぇえ…ぼっちゃんたらターイヘーン…初体験で4P?」
「そこまでしろとは言ってないよ。それに、あんまりそれで《4人が楽しいね♪》みたいなことになると帰ってこられなくなるかも知れないし」
「まあ、恐ろしい…」
「ま、あんまり困ったことになりそうなら強制送還してもらうけどね。多分、大丈夫だよ。ウェラー卿はともかくとして、渋谷はウェラー卿以外の連中にも未練があるもの」
「猊下の願望じゃないと良いですね、それ」
「おや?僕に意見する悪いお庭番は別の世界のヨザックかな?」
「…すみませぇ〜ん…。現実世界に目を向けて、クスリ漬けになってる俺の世界とかに飛ばさないで下さい〜」
「君に限ってそんな世界はないよ」

 ぽんっと背中を叩かれて、ヨザックは瞬いた。
 なんだか、意外とこの人には信頼されているらしい。

「僕たちはお茶でも飲みながら、ゆっくりあの連中を待とうじゃないか。それなりに、僕らも愛されていると信じてね」
「へーい。すぐご用意しますぅ〜」

 ヨザックがひらりと身を翻すと、あふ…と可愛らしく欠伸をしてアニシナも声を掛けてきた。

「私の分も用意なさい。突貫工事で作ったので、少々疲れました」
「はいはい。すぐにご用意致しますよぅ〜」
「ハイは一回で宜しい」
「はいっ!」

 慌てふためいているだろう亜空間の連中に思いを馳せながら、ヨザックは大物二人のご機嫌を損ねないようにお茶の用意にひた走るのであった。
  

 


 

→次へ