「白黒インパクト」−3









白次男side−3





「何をしているんだ?」
「察しが付きませんか?」
「俺、押し倒されているのかな?」
「まあ、そんなところです」

 有利を寝かしつけてから、色々と状況を聞くためにヨザックを自室に招くと、風呂上がりに寝台の上でのし掛かられてしまった。

 ただ、特に焦ったりはしていない。
 ヨザックの表情はどう考えてもコンラートの反応を伺うようなもので、士官学校で襲いかかってきた連中のように荒々しい気配は感じなかったからだ。(ちなみに襲ってきた連中は確実に仕留めて、二度とそんなことをする気が起こらないくらいに締め上げている…筈だ)
 
「俺がどんな反応を示すと、納得するのかな?」
「…俺が知ってるあんたなら、妖しく笑って…気が乗れば、自分から服を脱いでくれます。煽るように、ちらりと太股なんか見せながらね」
「…そうか……」

 静かに笑って、コンラートは溜息をついた。
 少し…身体が重い。《もしかしたら》という予測が、ヨザックの肉体以上にのし掛かってくるのだ。

「教えてくれないか?俺はどんな生き方をしてきた?」
「話しても良いのかどうか、躊躇しますね…今のあんたを見ていると」
「言ったろう?俺がユーリを護るのに邪魔になるような存在なら、半端な記憶なんか抹消した方が良い。新しい記憶を…くれないか?」
「あんたは、どんなあんたになってもそういうトコは変わらないんだなぁ…俺としては、切なくなっちゃうね」

 ヨザックは泣きそうな顔になってコンラートの頬を撫でると、身体を起こして籐製の椅子に座った。背もたれに抱きつくようにしてヨザックが語る《過去》は、コンラートにとつてあまりにも過酷なものであった。

「敵の憎しみを煽って噛み合わせたり、身体を使ってでも籠絡してきた…か」

 はぁ…っと零した息は寝台の上に沈殿するようで、青ざめた頬は宵闇の中で儚げに映る。それが真実なのだとすれば、今のコンラートの中にある記憶は、薄汚れた自分の経歴を浄化するために作り出した幻想なのだろうか?
 士官学校時代に襲ってきた悪辣な連中を片っ端から叩きのめしていたという記憶も、実は異なっているのだろうか?力及ばず蹂躙されていたり、誰かを利用して報復させたりしていたのだろうか。

『でも、どうしてだろう?』

 周知の事実であるにもかかわらず、コンラートだけが《俺は真っ当に生きてきた》なんて信じ込んでいても滑稽なだけではないか。それに、そのような思いこみというのは真実を明かされるとすぐに破綻するものと思っていたのだが…やはり、どう思いだしてみても質感を伴う鮮明な記憶の中に、そんな体験をしたという覚えはない。

 よほど強固に信じ込もうとしているのか、コンラートが本格的におかしくなっているのだろうか?

 《いじましいな、俺は》と呟いたら、ヨザックに《いいや、いじらしいよ》と囁かれた。

「あんたは、坊ちゃんと同じくらい綺麗になりたかったのかな…」

 慨嘆するようにヨザックが呟く。その語調は話し掛けていると言うよりは、自分に問いかけているかのようだった。

「ユーリのように?」
「あんたは何時だって不貞不貞しく生きてて、自分を恥じたことなんか無かった。置かれた立場の中で、精一杯生きてきたって自負があったからね。だけど、坊ちゃんを愛しちまってからのあんたは、どこかで自分を低く見てるみたいだったよ。俺は…ちょっとそれが気にくわなかったもんだ」
「そうか…」

 ヨザックは身を起こすと、コンラートほどではないが幾分疲れたような足取りで扉を目指す。そのまま無言で立ち去るかに見えた彼だが、ふと振り返ると妙に優しい眼差しをして囁きかけた。

「あんたが俺に押し倒されたときの反応…さ。俺が言ったのは、半分は嘘だよ」
「え?」
「以前は確かに気が向けば俺を抱くのも抱かれるのもやってくれたけど、坊ちゃんが現れてからは、一度だって相手をしてくれたことはない」
「ありがとう、ヨザ…」
「…グウェンダル閣下じゃないがね、あんたがそう殊勝に出られると、やっぱ調子狂うわ」

 《すまない》とはもう言わなかった。
 両腕を顔の前で交差させ、疲れ切った顔を隠すのに精一杯だったのだ。

 

*  *  *




「コンラッド、ちょっと飲み物飲んでからその辺走ろうぜ?」
「はい、ユーリ」

 起き抜けに侍女の運んできた飲み物をぐびっと飲み下すと、有利はコンラートの手を引いてジョギングに出かけた。お揃いの緑ジャージは、こちらの世界でもスタンダードユニフォームらしい。
 ヨザックは気を使っているのかどうなのか、少し距離を置いて後からついてくるようだ。

「風が気持ちいいね。あ〜…こうしてると段々お腹空いてくるや」
「ええ、本当に…」

 そうは言いながらも実のところ食欲など無かった。
 自分が思っていたのと違う経歴を辿ってきたということもだが、何より、そうであるにも関わらず、記憶を捏造した自分が信じられなかったのである。

『そんな男など、ますますユーリには相応しくないじゃないか』

 己を偽って有利に相応しい男になろうなど、虚妄も甚だしい。

 そんなコンラートの背を、有利がバシンっと叩いた。

「ユーリ?」
「コンラッド、余計なコト考えるの無し無しっ!たまには俺みたく脳筋族になっちゃえよ!無心で駆け回ったらお腹が空く。お腹空いたときにご飯食べれば、それだけで相当幸せ気分味わえるよ?さーさ、ピッチ上げていこうぜっ!」

 強引に手を取って駆け出せば、息が上がってしまうのは有利の方だ。彼にはよく分かっているだろうに、ぜーはーと荒い息をつきながら駆けていく。

「ふは…っ…も、もー一息!」
「これでおしまいですっ!」

 コンラートは無礼を承知で有利に足を掛けると、躓いたその身体をくるりと抱き上げて食事に向かった。

「十分お腹は空きました。空腹時にこれ以上運動してはいけませんっ!」
「ふぁい…」

 叱るような口調に何故か有利はにこにこして、大人しく抱っこされている。恥ずかしがり屋の彼にしては珍しいことだ。いつもなら《お姫様抱っこだけは止めてぇえ…っ!》と抵抗するのに。

「えへへ…」
「どうしたんです?笑ったりして」
「だって、前に同じ事したじゃん。なんか懐かしくてさ」
「そう…」

 共通の思い出について話す状況で、つい言い淀んでしまう。確かに同じような状況は何回か記憶の中にあるが、果たしてそれが有利と同じものであるのか確信がなかったからだ。
 《ああ、あの時の…》と気軽に答えて、全く違う展開しか出てこなかったらどうしよう?

「ユーリ…朝食が終わったら、ゆっくり話をさせて貰えませんか?」
「ん、なに?改まって…」
「出来る限り、今までにあったことを教えて欲しいんです」
「う…うん」
「お願いします」

 コンラートはゆっくりと有利を地面に戻すと、騎士らしい所作で有利を促す。
 有利から一歩引いて歩くその姿は、どこか寂しげな風情を漂わせていた。



*  *  * 




『今までに、あったこと…』

 もぐもぐと朝食を摂りながら、有利は思い出す。
 良いことも悪いことも、楽しいことも…胸が張り裂けそうなくらい辛いこともあった。それらが、コンラートにとっては違う形で記憶されているのだろうか?

『俺が同じ立場だったらどうだろう?』

 急に、朝食が味を失ったように感じた。
 ちらりと横を伺い見ると、コンラートは元々有利の食事の毒味をする他はあまり食べないのだが、今は毒味以外は一切口に入れていないようだ。きっと、口に食べ物が入るだけでも辛いのだろう。

『そうだよな…親しいはずの人たちが、みんなして《お前はおかしい》って…覚えているのと違う記憶を持ってるって、物凄くしんどいよな』

 アニシナの魔導装置が完成すれば何もかも元通りになるとヨザックは言うけれど、それまでの間、コンラートはずっと自分を否定しながら生活するのだろうか?

『そんなの、辛いよ』

 有利はあまり食欲はなかったのだが、急にピッチを上げてもぐもぐっと食事を口にかきこむと、パンっと手を合わせてお辞儀をする。

「ご馳走様でした。コンラッド、行こう!」
「はい」

 コンラートを連れて別室に向かうとすると、丁度そこへ村田が訪れてきた。

「やあ、渋谷。ウェラー卿が珍妙なことになってるって聞いて遊びに来たよー」
「解決しに来てくれた訳じゃない訳ネ」

 気軽な表情から考えて、どう考えても単にからかいに来ただけだ。

「僕が解決なんて烏滸(おこ)がましいじゃないか。あー、ウェラー卿。ご機嫌は如何?」
「お気遣い、まことにありがとうございます」

 コンラートは至極丁寧にお辞儀をした。
 大シマロンに出奔している間に有利を傷つけたと言うことで、村田は随分とコンラートに対する風当たりが強い。そこにもってきて現在弱り切っているものだから、自然と顔も強張っている。
 体格差は格段にあるのに、まるで仔猫の前で獅子が怯えているかのようだ。

「うっわ、気持ち悪い」

 案の定投げつけられた礫(つぶて)が、ザックリと胸に突き刺さっている。
 息を詰めて硬直しているコンラートを見ると、有利は居ても立ても居られなくて村田に抗弁した。

「そんなコト言うなよ!こういうコンラッドだって爽やかで良いじゃん!」
「そりゃあね、元々君には爽やかに応対してることも多かったからそうかも知れないけど、僕にとっては毒舌仲間だからねぇ。こう面白みのない態度を示されたんじゃあつまんないよ」
「つまんないとかいうなよ!もうっ!!コンラッド、村田なんかほっといて行こうぜ!」

 ぷんすか怒りながらコンラートを引っ張っていくと、魔王居室に引き込んでから、上背の高い彼を強引に椅子へと座らせた。

「コンラッド、今のコンラッドだって、全然つまんないこととかないからね?俺は好きだよ?」
「ありがとう、ユーリ」

 苦笑して礼を言うものの、どこか上の空に見えるのが悔しくて、有利はコンラートに抱きつくと荒っぽく唇を重ねた。

「…っ!ユーリ?」
「あんたは…よく俺をからかってさ、こんな風にキスをしてくれたよ?その度に俺はわたわたして慌ててさ。コンラッドは笑ってた。そしたら、いつの間にか俺も一緒になってゲラゲラ笑ってたんだ」
「そういう俺が、やはり良いですか?」
「あんたがしてくれないのなら、俺がするよ。だから…お願い、そんな寂しそうに笑わないで?」

 コンラートの方が辛いと分かっているのに、どうしても声が震えて…堪えきれない涙が零れてしまう。

「…ダメ?俺からキスしたんじゃあ…笑えない?俺…あんたがどんなでも良いから、楽しそうに笑ってて欲しいよ…!あんな風に、いつも緊張して、食事も取れないような状態はヤダ…!」
「ユーリ…」

 戸惑うように頭を振ると、コンラートは切なさを滲ませた眼差しで有利を見つめる。

「俺は…そんなに惑い無く生きていましたか?身体を使ってのし上がるような生き方をしていたというのに…」
「《使えるもんは親でも使え》って、ケロっとしてたよ?」
「そ、そうですか?」
「それに…どんな道のりを乗り越えてきたんだとしても、コンラッドはちっとも根っこが曲がってない。僻(ひが)んだりせずに、《俺は俺》ってのを貫いてるのが格好良いと思う。だから…俺は、そんなコンラッドが大好きなんだ」
「そう…ですか……」

 思い返すように、噛みしめるように語ると、コンラートはどうしてだか辛そうに顔を伏せてしまう。多分、《それなら今の俺はダメですね》と思っているに違いない。
 だから、有利は力強くコンラートの手を握り締めて、真っ直ぐに瞳を見た。

「俺が言ったこと、ちゃんと分かってる?今のコンラッドは事故でそういう性格になったのかも知れないけど、やっぱりコンラッドだもん。変に昔のことを気にして《昔通りにならなくちゃ》なんて自分を追い詰めることないんだよ!俺は、あんたが自然に笑ってて、もりもり御飯を食べられたらそれで良いんだよ?」
「ユーリ…」

 二人して手を握り合って、暫く黙っていたけど…その内、コンラートは顔を上げた。その表情は、先程よりも明るくなっていた。

「分かりました。俺は…記憶を辿って歩くのは止めましょう。それで、良いですね?」
「うん!」
「では早速、いつも通りに執務に向かいましょうか?」
「…う…うん。ええと…でも、コンラッド…気分が悪くなったり落ち込んだりしたら言ってね?すぐ一緒に散歩したり、キャッチボールしたげるから」
「いえいえ、お気遣い無く。ユーリの励ましですっかり元気になりましたから、執務時間きっちりまで良い子で待ってますよ」
「…ふぁい」

 唇を尖らせながらも、コンラートが調子を戻してきたのが嬉しくて、有利もやっぱり笑顔になるのだった。



黒次男side−3



  
「コンラッド…今日も一緒に寝る?」
「ええ、心細いのでお願いします」

 どの角度から見ても《心細さ》など1ppmも混入していないように見えるのだが…それはポーカーフェイスの為せる技なのだろうか?有利は魔王専用の大きな寝台に枕を並べて、布団を上げるとコンラートを招いた。

 普段の彼はこちらから誘っても《護衛ですから》と言って固辞するのだが、今はヨザックが守備に就いているという安心感があるのだろうか?

「どーぞ」
「失礼します」

 お風呂上がりの(何だか妙に恥ずかしかったので、流石に別々に入ったのだが)コンラートからは良い香りがふわりと伝わって、寝間着から覗く胸元からは白皙の肌が覗いている。

『白くて、すべすべだなぁ…』

 ヴォルフラムも色は白かったが、彼の高級菓子のような白さとは違って、コンラートのそれは引き締まった筋肉を覆っているせいか、怜悧な刃物を思わせる色彩だ。奥の方から発光しているかのような深みのある質感に、思わず手を伸ばしそうになるが…少し怖い。
 刃物と同様、触れたらこちらの指が切れそうだ。

「…触って御覧になりますか?」
「え!?」

 考えていたことをズバリと言い当てられたようで、有利は横寝になったまま器用にもピョンっと飛び上がった。

「ご遠慮なく。俺の全てはあなたのものですから…」
「おひょおお〜…こ、コンラッド…そんなミワク的なコトいわれると、変な気分になるよぉ〜っ!」
「なって下さったら良いのに」

 蠱惑的に微笑んでくすくすと笑うのは止めて頂きたい。多感な青少年には刺激過多だ。

「どうぞ」
「わ…っ」

 手を取られて、強引にコンラートの胸元に滑り込まされると、掌には予想以上にすべらかな肌があって…心臓のばくばくが限界に達しそうになる。グウェンダルやベイカーではないが、コンラートの妖艶さに血圧が上昇しそうだ。

「す…すべすべ、だけど…所々、疵の跡があるね?」
「綺麗なまま、あなたにあげられたら良かったんですけどね…保存が悪くてすみません」

 コンラートの喋り方は冗談めかしていたけれど、語調が予想外に沈んでいるように感じて、有利は慌てて首を振った。

「悪いなんて…あんたは、疵ごと綺麗だよ?だって、その疵は誰かを守る為についたものじゃないか。特に、俺なんて…」

 左腕に伸ばした指で、愛おしげにその繋ぎ目を撫でつける。
 そこは一度、大シマロン兵の銃器で切断され、更には《禁忌の箱》の昇華によって二度の消失を味わった場所だ。今は海に沈めていた本物の腕を引き揚げて接続しているのだが、あの時のリハビリはさぞかし過酷だったろうと思う。

「俺を守る為に、たくさん傷ついて…ゴメン、ていうより…ありがとうって、言った方が良いよね?」
「参ったな…」

 どうしたものかコンラートは苦笑しながら口元を覆うと、少し横を向いてしまった。微かに頬が紅くなっているのは気のせいだろうか?

「やっぱり、こんな性格になっても…あなたからそんな風に真摯な眼差しを向けられると、襲えなくなってしまう」
「お…襲っ!?」
「ええ、ヨザが言うには…俺は、自戒の念が強すぎてあなたを襲えないので、事故の衝撃によって《放埒なウェラー卿コンラート》に再設定したんじゃないかってコトです」
「えーっ!?」

 しかしそれって…有利を襲う為だけに性格の再設定をしたと言うことだろうか? 

「はっ!…ということは、俺を襲ったら元に戻るのかな!?」
「そういうことになりますかねぇ」
「きっとそうだよ!じゃあ、遠慮無く襲って?あ、俺は何をしたらいいかな!?」
「…………取りあえず、そんなにキラキラした目で見ないで頂くことですかねぇ…」

 苦笑しつつも、コンラートの手は有利の寝間着の合間にも滑り込んでくる。何をするのかと思ったら、胸の先端にあるちいさな尖りを、指の腹でコロロ…っとまさぐられた。

「ひぁ…っ…」
「そう、良いですよ…ユーリ。そんな風に欲に溺れた目で見て頂けると、襲いやすいです」
「そう…なの……?」
「ええ…」

 普段の穏やかなコンラートを知る身としてはかなり戸惑いを感じるが、それでもコンラートが求めるのなら、心拍の鼓動を押さえてお相手しなくてはならない。

 無意識の内に海老のように背を丸めて足をちぢ込ませていると、もう一方の手がするすると伸びて秘められた陰部をまさぐってくる。そうされると、反応を始めていた息子さんが頭を撫でられて《やーん》と言っているようだ。

「ふふ…ユーリのここも、ちゃんと感じているようですね。目も良い具合にとろけて、とても可愛い」
「ぁん…や、や…っ…」

 律動的な動きは巧みに有利を煽り、布団の中でどんどん身体が熱くなってしまう。

「熱…い」
「では、脱がせて差し上げましょうか?」
「え…あ……」

 布団の中に入ったままするりと肩がはだけられ、首筋にコンラートの唇が寄せられると、髪の毛から芳しいかおりが立ち上ってくらくらと思考を溶かしていく。

『ああ、もう…ダメ……っ…』

 何もかもコンラートの思うように転がされる。
 そう思ったとき…。


 ドゴォン…っ!


 爆裂音が響いた。
 




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