「仕事のお時間」A
宵の明星が紺色の空に浮かぶ頃、ウェラー領クンツァイト地方北西部のベルクロラ街には蛍火のような明かりが順々に灯されていく。 料理屋、飲み屋に意匠を凝らした看板と灯籠が掛けられ、客達の腹具合を刺激する芳香がそこかしこから流れてくると、家に直帰するつもりだった者までふらふらと脚を運ばれていった。 「うぅ〜ん…たまんねぇな、ボンボアンの香りがここまで漂ってくらぁ…」 「あの親爺、顔はマズイが飯だきゃあ、うちのカミさんより格段上だからなぁ…。飯だけでいやぁ、あの親爺と結婚したいくらいさ」 「どっちが突っ込み役だ?」 「突っ込まれるのも困るが、さりとて突っ込みたくもないやなぁ…。そこだけはうちのカミさんの方が数段上さ」 「ちげぇねぇ!」 悪気のない与太話にげらげらと笑い声を上げながら、土木作業を終えた中年男達が家庭料理屋《フォルクラント》に足を向ける。 漆喰造りに黒い組木を填め込んだ建物はやや地味な印象を纏うものの、じんわりとした落ち着きや安心感を与えてくれる。第二の家のようなその店は、今日も仕事の疲れを癒やしてくれることだろう。 からんと佳い音を立てて銅製の鐘を鳴らし、手に馴染んだドアノブを回す。 すると扉の影からぴょこりと姿を現したのは…。 「いらっしゃいませ、お客様!」 そこにいたのは馴染みのでっぷりとした親爺…ではなく、息を呑むほどに愛らしい給仕娘であった。 「ふぉ…?」 「あぅ……ふ、はぁう?」 ぱくぱくと飢えた鯉のように口を開閉させる男達は、先程まで口にしていた少々下品な会話のことなど遠い空に放り出してしまい、純朴な少年のように頬を赤らめていた。 それほどに、青いエプロンドレスを身に纏った少女は麗しい容姿をしていたのである。 さらさらとした茶褐色の髪には清楚なメイドキャップが載り、その下にぱちくりと輝く茶瞳は零れおちそうなほど大粒で、ふっさりとした睫ともあいまって実に印象深い色合いを呈している。 もっと言えば、髪も瞳も更に濃い色の方が似合うかも知れないが…それは贅沢すぎる要求というものだろう。 まろやかな頬や桜色の唇に化粧を施した様子はないのに、滑らかな肌はどんな白粉(おしろい)や紅にも負けない艶をもって少女を輝かせているし、容姿に優れた少女特有の気取りが見られないのも素晴らしい。 生き生きと草原を駆け回るのが好きそうな、健康的な美。それは、素朴なこの地方に住まう者にとっては殊に好ましいものであった。 『な…なんちゅう…愛くるしい……ま、まさか妖精!?』 『こ、こんな可愛い娘さんがこの世にいるなんて…まさか、女神?』 数分前の自分たちが聞けば笑ってしまいそうな文言が、頭の中でクルクル回る。 そのまま目をハート形にして男達が硬直しきっていると、少女は仕込まれた案内文言を元気いっぱい口にした。 「お二人様ですね?こっちの席に来て…いえいえ!こ、こちらの席にいらしてください!」 女の子にしてはハスキーな声だが、慣れないながらも一生懸命な様子が何とも初々しい。 きゅーん…と胸を刺激された男達は、なんとかこの少女の緊張を解いてあげたくて、自らの硬直を解いていくのだった。 「娘さん、この店で働くことになったのかい?」 「俺達はこの店の常連なんだが、会うのは今日が初めてだよな?」 「はい、こういうお仕事自体が初めてなんで、失礼があるかもしんないんですけど…あぅっ!あ、あるかもしれないんですけど、ご迷惑をおかけしないように頑張ります!」 どんっと胸を叩き、威勢良く決意表明をする姿のなんと健気なことだろう! ものなれない様子が、男達の保護良くを更に募らせるのだった。 「おう、頑張んな!」 「俺達、あんたが給仕をしてくれるってんなら毎日だって寄るぜ!」 「おお!もうカミさんに晩飯はいらねぇって、朝言ってから仕事に出るぜ!」 「そうですか?でも…そんなに頻繁じゃあ奥さん、寂しがるかも…」 きゅう…っと困ったように上目づかいをされれば、男達は精神的に二回転半捻りを展開してしまうほどに悶絶してしまった。 『くは…!か、可愛いっ!!』 『天使…ここに天使がいるっ!』 天然風味の給仕娘はきょとりと小首を傾げて、うねうねとのたうつ男達を眺めるのだった。 * * * 『ユーリ…予想外にお上手ですね……』 鉄錆色の長い前髪の影から、コンラートの瞳はちらちらと有利に向けられる。 声を出したり、目元をじっくり見られてしまうと流石に常連客には分かってしまうだろうから、コンラートは裏方として皿洗いを担当している。 有利は衣装を見せられたときにはかなり嫌がっていたのだが、《やっとくと絶対役に立つから!》などと熱い口調でバーグナーが掻き口説いたのと、コンラートが名付け親として甘えて見せたものだから、ぶつぶつ言いながらも何とかやる気になってくれた。 そんな調子で《嫌々ながらやっている》という感じだったのに、いざ身に纏ったところに客がやってくると、不思議なほど熱心に接客を始めたのである。 それはもう…見ているコンラートがはらはらするほどに。 「うわ…っ!」 「おっと…あぶねぇっ!」 有利が早速板の継ぎ目に引っかかって転び掛けると、常連の中年男がすかさず腕一本で抱き留める。 「ご…ごめんなさい!ありがとうございます」 「いいってことよ」 中年男が精一杯男前の笑顔を浮かべると、にぱりと有利も笑うから…席について《あいつ、上手いことやりやがったなー…》と歯噛みしていた連中までが、ほにゃら…と笑顔になってしまう。 『うーむ…見事な鼻の下具合だ』 思わず、物差しを持って測定したくなるコンラートだった。 出来れば、そのまま物差しを鼻の穴に突っ込んでやりたいな…という気持ちが胸を掠めたりはするのだが、大切な領民にそんなことをして良いはずがない。 『いや…でも、今の俺は単なる一領民だしな……』 ついつい言い訳を考えてしまう辺り、自分は余程の親馬鹿なのだろうと苦笑する。 「旦那…あのミツエモンって子は本当に良い子だねぇ。いやぁ…流石は旦那だ。本当に良い子を見つけなさった!おかげでうちは大繁盛だ!」 そそそ…と寄ってきて耳打ちするバーグナーに、コンラートは不思議そうに首を傾げた。 「いやいや、良いんですよ旦那。わしには全部わかっとります。任しといてくだせぇ!十日間ですっかりこの地方の様子が分かるように仕込んで差し上げますよ!」 「うん…まあ……頼むよ」 頼んでおいてなんなのだが、バーグナーのこの盛り上がりは一体何なのだろう…。 何やら奇妙な予感のするコンラートだった。 * * *
『《フォルクラント》に吃驚するくらい可愛い給仕娘がいる』 その噂は瞬く間にベルクロラ街に広まり、2晩たつころにはクンツァイト地方一帯、3晩たつころには近隣にあるボルク地方やファト地方、4晩たつころにはウェラー領全域から遠出をして店に押しかける者が出てきた。 冷やかしの客などはバーグナーが底響きする低音で脅すので退散してしまうのだが、《折角ここまで来たんだし》と、名物のボンボアンを所望する客も多いので、《フォルクラント》の廻りには近くの店が困るほどの客が並んでしまった。 「バーグナーさんトコのボンボアン旨いもんな。やっぱ、こんなに並んででも食べたいんだねぇ!」 瞳をきらきらと輝かせて喜ぶ有利は、原因が自分だということにはちっとも気付いていない様子で、大きな盆に小振りな素焼きのコップを並べると、暖かい白湯を入れて並ぶ客に配るのだった。 「お待たせしてゴメンなー…じゃなくて、ゴメンナサイ!」 にこにこと笑顔で白湯を配ると、待たされて少々不機嫌になっていた者までが釣られたように笑顔になってしまう。 「イイってイイって!俺達が勝手に並んでんだから、ミっちゃんが気にするこたぁねぇよ」 有利は《ミツエモン》ではなんだからと、臨時に《ミツ》という名前にしている。時代劇ならば《おミツ》とでも呼ばれるところだろうか。 「待つ時間も楽しみの一つだからねぇ」 「違いないねぇ。待ってる間にこうしてミっちゃんとお喋りするのも楽しいからね」 初日から通い詰め、一度席に着くと次々に注文して店じまいまで居座り続けるふとっちょの青年が言うと、痩せた老婆も相好を崩して同意した。 マロン・シュバルトという名のこの女性はこの近在では知られた存在で、日中は占い師として生業を立ており、《実に良く当たる》との評判を得ている。くすんだ色合いの薄布を幾重にも羽織り、じゃらじゃらと大ぶりなアクセサリーを身につけた様子はちょっぴり怪しく、まさに街の占い師だ。 糸杉のように痩せているが、醸し出す雰囲気が柔らかいせいかギスギスしたところはなく、結構な稼ぎも日々を暮らす分だけあれば良いと言って、すぐに孤児院などに寄付してしまう気っ風の良さだ。 彼女は一目見たときから随分と有利を気に入ったらしく、こうして足繁く店に通っては嘗め転がすようにして可愛がるのだった。 「本当?嬉しいな!俺、いや…あたしもマロンばーちゃんと喋るの大好き!」 「まあまあ!嬉しいこと言ってくれるねぇ!」 ぎゅう〜っと枝のような腕で抱き寄せられると、枯れ木のような肋骨に当たって少々痛いが、やさしい香りが仄(ほの)かにただよってきて気持ちが良い。 マロンは更に有利の頬を両手で包み込むと、じっくりとその表を見詰めてた。 「うん…いい顔だ。ただ綺麗なだけじゃあない。ミツ、あんたの額にはとても明るい星が見えるよ。多くの魔族を惹きつけて、この国の動向にも関わるような…いいや……」 そこだけは、とてもとても小さな声で囁くようにマロンは告げた。 「お前さんはきっと、これから大きな運命を辿ることだろう。世界を揺籃するような、大きな運命にね…」 「マロンばーちゃん…」 「でも、その運命はお前さんに大きな喜びと共に苦難も与えるはずだよ」 「おーい、ばあさん!ミっちゃんを独占するなよっ!」 脇からやいのやいのと言われて、不機嫌そうにマロンは鼻を鳴らした。 「煩いね、ちっと静かにしてなっ!」 やかましい男どもを一喝で黙らせると、再びマロンは向き直る。 「ねぇ、ミツや。お前さん、自分の脇に光る星を大切にしなよ?静かに…けれど、底知れぬ深みを持つ星が、お前さんの輝きを更に高めてくれる。常に一緒にいるわけではなくて、ある時は離れたり…時には、光を消したように見えることもあるかも知れない。けど、お前は信じるんだよ。その光は決してお前さんを裏切ったりはしない。必ず二つの星は巡りあい、寄り添うことになるからね」 痩せぎすの、容姿に恵まれているとは言えない老婆が謳うように語ると、ほんの一瞬…彼女は荘厳なオーラに包まれたように見えた。 眞王廟の巫女にも似たその雰囲気は、運命を見詰め、そして運命に弄ばれることなく生涯を経ていく者のそれだった。 「ばーちゃん、良く分かんないけど…身近な人を大切にして、とにかく信じろってこと?」 「ああ、そうさ。お前さんは賢いね。一番大事なことを、心で掴める子だ」 マロンはにっこりと微笑むと、悪戯っぽく有利の鼻を指先で突いた。 「この占いはサービスだよ。あんたの注いでくれた白湯の分さ」 「あんがと、ばーちゃん。しっかり覚えとくね!」 スカートを翻して店に戻る有利を、マロンは孫をみるような眼差しで見送った。 『なんとねぇ…噂にはお聞きしていたけれども、あんなに気さくな方だとはねぇ…。それに、予想以上の輝きだ!』 流石は評判の占い師と言うべきか…マロンはすっかり有利の正体に気づいていた。少年の傍で光る星が誰なのかにも薄々気づいてはいるが…それは明言すべきではないだろう。 マロンにも全てが分かっているわけではないのだが、近いうちにウェラー卿コンラートは魔王陛下と袂を分かち、大きな苦難の渦の中に身を投じていくことになるだろう。 そのとき、魔王陛下が彼を信じ切ることが出来るかどうか…それは、眞魔国の運命に大きく関わっていくと卦には出ていた。 『可愛い可愛い魔王陛下…どうかそのままの性分を失わずにいて下さい!あなたのその純粋な想いがいつか天地を揺るがし、この国を…世界を変えていくことでしょう』 《大きな星がこの街にやってくる》…先日、あまりに強い反応を示す水晶玉に、年を取りすぎて占いの腕がどうかなってしまったのかと疑ったほどだったが、どうやらまだまだマロンの技量は衰えていないらしい。 『魔王陛下…ウェラー卿コンラート閣下…お二人の上に、眞王陛下のご加護がありますように!』 マロンは天に輝く星を見上げながら、二人の運命に祈りを込めた。 * * *
行列のあちこちを行き来しながら白湯を配り歩く有利の様子を、血盟城からついてきた兵士達ははらはらと見守っている。 《フォルクラント》から一筋離れた通りから、二人組で見守っている若い兵士カイルとオルトナーもその一員である。勿論警護であるから帯剣はしているが、市井の民達に紛れるように一般的な服装をしている。 「我らの陛下はお優しいのは良いのだが…あんな庶民のばーさんにまで抱きつかれるがままというのは、少々気易過ぎはしないだろうか?」 麦藁色のぱさぱさした髪を一括りにした、筋骨隆々タイプのカイルが眉根を寄せると、兵士としては痩せ気味のオルトナーも深々と頷いて同意した。 「全くなぁ…」 とは言いつつも、ちょっぴり胸を掠めるものもある。オルトナーは、ふと掠めた思いつきを口の端に載せてみた。 「………だが、俺達もあの場所で身分を忘れて接することが出来たなら…どうだろうな」 「ば…馬鹿!そんな不敬な…!」 慌てて打ち消そうとしたものの、オルトナーの言葉をうっかり反芻してしまったカイルは、微かに頬を上気させて頷いてしまった。 「う……うむ………だが、確かに…心萌ゆるものはあるな……」 「不敬なのは俺も重々承知しているのだが、やはり…夢想せずにはいられまい?あのお可愛らしい陛下を唯の給仕娘のように扱って、肩を抱いたり…あまつさえ、あの華奢なお身体を胸の中に抱き竦めるのだぞ?」 「…………イイ……」 はぁ…と歎息のような呼気が漏れだしていく。 「どうだろうか…お傍で密かにお守りするという目的に反するわけではないし、あの列の中に混じってみるというのは…。その方が、不測の事態にも対応しやすいのではないか?」 「そ…そうだな!そうすれば、もしかしたら手ずから飲み物を頂けるという栄誉に恵まれるやも知れないぞ!?」 仲間の素晴らしい思いつきに、意気揚々と腰を上げ掛けたカイルだったが…。 どうしたものだろうか。 急に…背筋が冷えてきた。 「おや…?日が暮れたせいかな。随分と冷え込みがきついな」 「うむ、えらく骨に染みるような寒さだな…。なんだか、背筋が凍えるようだぞ?」 ぽん…ぽん…… 突然背中を叩かれて、カイルとオルトナーは同時に垂直跳びしてしまった。 「やあ、ご苦労だね」 振り返るとそこには、何時の間に店から出てきたものやら…笑顔を浮かべたコンラートが白湯を載せた盆を持って佇んでいた。警備の兵士達を労(ねぎら)うために持ってきてくれたのだろう。 「身体が冷えただろう?大したものでなくて悪いんだが、少し胃を温めてくれ」 「閣下自ら給仕をして下さるとは…光栄です!」 「恐縮であります!」 「光栄…恐縮…ねぇ?」 コンラートは笑顔だった。 だが、その笑顔の奥底から透けて見える何かに、遅ればせながら経験不足の青年兵達も気づかざるを得なかった。 「そんなこと言って…陛下が給仕された方が嬉しかったんじゃないのかな?」 ひゅるぉぉ〜〜……う。 今、風が吹いた。 なにか大気中の水蒸気が氷結して、キラキラするくらい冷たい風が吹いた。 カイルとオルトナーは耐え難い寒気を感じているにもかかわらず背筋にじっとり汗をかくという、タチの悪い風邪のような症状に見舞われてしまった。 「そ…そのようなことは…滅相もない!」 「わ、我々はちょっと夢見ただけであります!」 「陛下にその様なことをしていただいては、畏れ多くて指一本動かせませんっ!」 「ははは…そうかい?」 そこに、とてちてたと軽快な足取りで有利が駆けてきた。 「あれ?ここの人達もお客さん?でも、あっちの列に並んどかないと順番がどんどん進んじゃい…進んでしまいますよ?」 「い…いえいえ!俺達はちょっと寒くてブルブルしていた唯の通りすがりの者で…!」 「ええ!客とかいうようなものでは決して全然まったくちっとも無くってですな!」 全身から噴き上げる脂汗に辟易しながらも、カイルとオルトナーが何とか誤魔化すと(思いっきり不審だが…)、有利はコンラートの方を見やってにっこりと微笑むのだった。 「そっか、コンラッドってば優しい〜!この人達が凍えてたから、暖かいものあげようと思ったんだな?そうだよな。今日ってなんか、この季節にしては妙に冷えるもんな」 「ええ…実はそうなんです」 きらりと輝く笑顔はあくまで爽やかだ。 『脅しに来たのに手柄にしたっ!』 ウェラー卿コンラートの底力(?)に、カイルとオルトナーは顎関節を脱臼しかけてしまった。 「バーグナーの店のものなので勝手なことをしては申し訳ないかな…とも思ったのですが、どうもこちらの二人が具合が悪そうだったもので、差し出た真似をしてしまいました」 《寒気の源はあなた自身です》…とは、口が裂けても言えない。 「んもー、佳い男はさり気ない親切が光るね」 憧れるのか羨ましいのか…唇を尖らせてそう言う有利の頬を、コンラートは大きな掌でそっと包み込む。 「俺の親切など底が知れています。客の一人一人にあんなにも心を尽くしておられるあなたに比べれば、お恥ずかしいほどだ」 《そもそも、閣下のは親切ですらありません》…とも、やっぱり口が爆裂しても言えない。 《しかも、どうしてそんなに自然に陛下の頬に触れられるのですか?臣下としてどうなんですかそれは》…なんて、どうにもこうにも口が炸裂したって言えっこない。 「そんなことないって。俺のは下心アリだもん」 「下心ですって?どんな可愛い下心なんでしょう?ちいさなヒヨコみたいに、草の下に隠れているのかな?」 コンラートはくすくすと喉奥で転がすようにして笑う。 《閣下…その言い回しは高度すぎて、閣下以外の者が口にしたら漏れなくドン引きされます》…とは言っても構わないような気がするが、二人の間に醸し出されるピンク色の大気に踏み込めなくて、二人の兵士はじりりと退路を確保に掛かった。 一定の距離を置くと、脱兎の勢いで逃げ出すが…その存在が消失したことに有利は気づかなかったし、コンラートは気付いていたが気にしなかった。 「もー…子ども扱いすんなよ。どーせ俺はケツに殻をつけたヒヨコみたいなもんですよ!」 「すみません、ユーリ。つい親心で、あなたを子どもみたいに扱ってしまって…本当は男前な人だと知っているのにね」 「どーせ俺は、ずーっとずーっと、あんたの中ではお子ちゃまなんだろ?知ってるよ…」 一層拗ねてしまったのか、微かに目元を潤ませて俯いてしまうものだから、コンラートは珍しく慌てたような声を上げてしまった。 「本当にすみません…。俺のせいで、不快にさせてしまいましたね。それより、下心がなんなのか教えていただけますか?」 「ん…」 話を逸らされていると分かっていても、そこは名付け親にも保証される男前な有利である。いつまでもぐじぐじと拘ったりはしない。 「だってほら!あんたの事を知ってる人達に、色んな事教えて貰ったりできるじゃん?」 「んなこと無いよ!俺、この世界で一番あんたのことがスキなんだから、あんたのこといっぱい知るのは凄ぇ楽しいよ?」 「……っ!」 微かに、喉が鳴ったのに気づかれなかったろうか? 不意打ちの告白に心臓が胸郭から脱出しそうになり、危うくヘルニアを起こしかけるが…次の瞬間、すぽんと心臓はあるべき位置に復帰してしまった。 「だって、眞魔国で一番最初に俺のこと信じてくれた、大親友だもんな!」 「…………………光栄です」 確かに光栄なことだ。 一臣下に過ぎない身で、ただ魂を運ぶという任務に就いた絡みで名付け親になり、誰よりもお側でお仕えしたために《大親友》などという有り難い立場に置かれているのである。 普通、感動の涙を滂沱と流しながら平伏しなくてはならないところだろう。 だったら…どうして自分は今、口角の一端を引き釣らせているのだろうか? 顔面神経が痙攣でも起こしているのだろうか? 「あ、いけね。そろそろ仕事に戻ろうぜ!また列が長くなってきたから、人員整理しなくちゃ!」 「ええ…ハイ。そうですね…」 なんとなーくぎこちない動作で、コンラートは有利の後に付いていくのだった。
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