「さくらんぼの嘘」@


 





 聖鎖国の女王やら小シマロンの王様やらに翻弄されるちょっと前、眞魔国には平和な時間が流れていた。
 しかし、平和だと《例の発明家》も活動を始めてしまうのである。
 そう…危急の際には頼りになるが、平和なときにはジャイアン並みに迷惑極まりないあの発明家である…。



「何ということをしでかしてくれたのだ、アニシナ!」
「ちょっとした副作用です。いい大人がガタガタ立ち騒ぐほどのことではありません」

 お馴染みのフレーズで、グウェンダルの怒鳴り声が血盟城に轟くが、今日もアニシナに反省の色はない。
 
 そう…今日も今日とて、アニシナの魔道装置が暴発したのである。
 いや、暴発という表現は適切ではないかも知れない。

 魔道装置の主目的とする作用は果たされていたので、アニシナにとってこの事態は暴発でも何でもなく《ちょっとした副作用》に過ぎないのだ。
 だから、グウェンダルに凄まれたところで別段反省するような必要性はないのだ。

 しかし…

「アニシナさん、何とかならないの!?」

 さしものアニシナも、少なからず敬愛している魔王陛下に涙目で訴えられると少しは申し訳なさそうな顔になる。

「何とかねぇ…分かりました。善処しましょう」

 アニシナは《ふぅむ》と呟いて唇を尖らせると、視線をコンラッドに向けた。
 《ルッテンベルクの英雄》と讃えられるその男は、今は何処か心細げな表情で椅子に座っており…見えないようにちょっこんと伸ばした指先で有利の裾を掴んでいる。

『……それなりに、幸せそうに見えるのですけどね…』

 それはあくまでアニシナの主観によるものであったので、当人達にとってどうかという点については不明である。



*  *  *




 事の始まりは今朝方、珍しく顔色の優れないコンラッドを有利が心配したことから始まった。
 《何でもありませんよ》と微笑むコンラッドだったが、爽やかな表情に反して額はかなり熱く…普通なら寝台から起きることもままならないほどの熱を呈していた。

 有利が《額と額を当てるトキメキ仕様》の熱計測を測ったことも一因ではないのか…アニシナはそうも思うのだが、無粋なので敢えて口にはしない。

『駄目だよ!すぐに寝なくちゃ…っ!』

 半泣きで説得する有利だったが、コンラッドの方は無駄に精神力が強いせいか熱の症状など一切見せずに《大したことはありません》と言い張った。
 有利の警護を他の誰にも譲りたくないという執念は、アニシナをして《見事》と言わしめる領域に入っていた。

 そこでアニシナは気を利かせて(?)、とっておきの魔道装置…《頭痛発熱鼻づまりスッキリすっぽこぽん音頭》を作動させた。
 魔力は既にブラッディ王佐によって充填され、いつものように強面宰相が眉間に皺を寄せて頭痛を訴えるのを待つばかりになっていたのだが、特別にコンラッドをもにたあとして《使ってあげる》気になったのである。

 最初のうち嫌がっていたコンラッドも、アニシナに《短時間で熱が引くのですよ?》と説得され、有利からも《寝ないならこの装置で熱を下げて!》と懇願されると、多少の副作用は覚悟したらしい。
 コードに繋がったたぬき型の不思議帽子を被ると、魔道装置の力で勢いよく踊り狂った。


 ぽんぽこたぬきはお人好し
 大きなたぬきも子だぬきも
 ぽんぽこ土橋の上に来て
 お月様眺めて踊ります
 ほい、すぽぽん踊ります〜

 ほいほい
 すっぽこぽん
 すっぽこぽこぽこ
 すっぽこぽん


 それは、異様な姿だった。

 端正な顔立ちと軍人らしいすらりとした体躯を持つコンラッドが、極めて真面目な顔をして腹鼓を打ち鳴らしながら高速で盆踊りを踊るのである。

 呆気にとられる有利の前で、踊りのスピードはますます速くなっていく…。

『こ…これ、大丈夫?アニシナさん…。コンラッド熱あるのに…悪化したりしない?』
『熱はすっぽこぽんと消えます。間違いありません』

 アニシナの言葉はある一面に於いては確かなものであった。

 ひときわ高い音で《すっぽこぽーん!》という人工音が鳴り響き、魔道装置が停止したとき(その時既に、コンラッドの動きは光速を越えていた…)、たぬき型帽子に付随する体温測定器は平熱を指し示していた。

 しかし…帽子を脱いだコンラッドは、どこかきょとんとしたような顔で周囲を見回すと、こう言った。


『あの…俺は何故踊りまくっていたのでしょうか?それに、あなた方は一体どなたですか?ああ…それに、俺は一体…?』


 そう、コンラッドは熱と共に…記憶まですっぽこぽんと無くしていたのである。







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