「雨のちハレ」−6




 


『ナニを託されたんだ俺!?』



 対象物は有利だった。
 八木は断言していた。

 でも、有利のナニを託されたのかが問題だ。

 最初は向こうも対抗心向き出して挑んできたのに、思いっ切りやり合って一勝一敗くらいにこぎ着けて(いや、コンラートは投球の程を見せてはいないけど)、痛めた肩を気遣ったら、何がツボに填ったものやら《信じてますから》とまで言われてしまった。

 一体何を疑われて、何の誤解がどういう方向に解けたのか、知りたいような知りたくないような。

 ぐらぐらしながら有利お勧めのラーメン屋に向かうと、そこでまた意外な人物に出くわしてしまった。

「あん?」

 大きな口の幅一杯にラーメンを啜る男は、コンラートの幼馴染みであり同僚でもあるグリエ・ヨザックで、《変なところで会ったな》と眉根を寄せるコンラートを尻目に、勢い良くズルンと麺を啜り込むと。コンラートの横に声を掛けてきた。

「あっらぁ〜、仔猫ちゃん。デートぉ?」
「いえ、お礼接待です」

 真顔で有利が答えると、ヨザックは可笑しそうにニヤニヤと笑った。

「ヨザを知っているのかい?」
「あ…は、ハイ…まぁ」

 何故だかもじもじして歯切れが悪い有利に、またしてももやもやと胸の中が疼く。何か言いにくいことでもあるのだろうか?

『この子…対年上フェロモンでも出ているのかな?』

 八木といい実の兄といいヨザックといい、妙に猫っかわいがりされる定めのようだ。特に、ヨザックは人当たりが良い割に意外と懐に入れる相手は選ぶのだが、有利に対しては
距離感が近いようだ。馴れ馴れしく手を伸ばすと、掌でするりと頬を撫でていく。

「あらやだ、やっぱほっぺつるつるねぇ」
「あ…あの、昨日のアレは…」
「良いわよぉ。グリ江と仔猫ちゃんのヒ・ミ・ツ。内緒にしてあげる」

 くすくすと悩ましげに笑う口調と、男臭い顔立ちのアンバランスさがひそひそ声とも相まって、真っ昼間のラーメン屋に背徳的な雰囲気を醸し出す。それが面白くなくて、コンラートはスゥ…っと目を眇めてしまった。

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げる有利は、ヨザックとだけ共有出来る秘密を持っているのか?

「ユーリ、ヨザと何かあったのかい?」
「あれ?コンラッドの知り合いだったの?」

 きょとんとしている有利に腐れ縁の説明をしてやると、不安そうにまたヨザックを見た。《絶対言わないでね?》と哀願するような上目遣いに、ぎしぎしと胸郭が軋むような心地がする。

『だ・か・ら。一体どういう秘密なんだ?』

 今ヨザックを連れてトイレにしけ込もうとしても、有利に悟られてしまうだろう。コンラートは自分だけトイレに立つと、トイレ前の通路で携帯を手に取って手早く《どういうことだ?》とヨザックにメールを打つ。背後を振り向けば、すぐに気付いたらしいヨザックが《にやぁ…》と愉しげな笑みを浮かべるのが腹立たしくて堪らない。

 《知りたい?》揺さぶりを掛けるようなメールに《焦らすな》と返せば、また《お礼は?》なんて返信が来る。ヨザックが欲しがっていた限定品のコロンをやると約束すると、今度は添付ファイルがあった。

「…っ!」

 開いた画像は、猫耳メイドの激しく可愛い子。顔に見覚えがなければ、間違いなく女の子であることを疑わなかったろう。

「ユー…リ?」

 画像と共に送られてきた本文には、《趣旨替えかい?》とからかうような文章が、ごてごてとした動くデコメつきで送られてくる。その意味を、コンラートはよく理解していた。

 その昔、ヨザックは隠すことない女装癖の持ち主で、当時はまだ線の細かった彼は、結構な美女に化けてかなりモテていたらしい。コンラートは多少呆れながらも、今までと変わることなく付き合っていた。ところが、何かの折にかなりの酒を呑んだ夜、ヨザックは《抱いて》と真剣な顔で言ったのだった。

 ヨザックのことは気の置けない友人だとは思っていたが、そういう対象には出来なかった。だから丁寧に断ったのだが、その時、《男は対象外なんだ》と説明した。

 あれから、ヨザックはコンラートの前で女装したことはない。今思えば、それまでやたらと派手な衣装を着て変なポーズを取っていたのは、コンラートを誘惑しようとしていたのかも知れない。

 《この子は、そういう対象じゃない》と、そう送信しておいて、心の何処かで蟠る思いがあった。

『本当に?』

 《そういう》が、ナニを指しているのか。
 直視しないようにしながらも、コンラートはそれが今までの定義と大きくずれていることを感じていた。理性が働くまでの数秒間とはいえ、明確な性欲を覚えてしまったというのに。



*  *  * 



 
 パチンと携帯を閉じると、ヨザックはズゾゾっと良い音を立てて麺を啜り込み、ドンブリを掴むと喉を鳴らしてスープを飲み干していく。見惚れてしまうくらいに良い食べっぷりだ。オカマ言葉とのギャップが著しい。

「あの…昨日のアレ、コンラッドには本当に内緒にして下さいね?言っちゃ駄目ですよ?」
「ん〜?ああ、そーね」

 くすりと笑む表情は、まるでチェシャ猫みたいに悪戯っぽい。洒落たスーツ越しにも非常に逞しいのが分かる精悍な男性なのだが、急にスイッチが入ったみたいに女性っぽくしなだれるのも不思議だった。

 有利の耳元にやや厚めのセクシーな唇を寄せると、周囲には聞こえないハスキーな声で囁く。

「人に知られると、引かれちゃうもんねぇ…。あいつだってそーよ?女装したグリ江が《抱いて》って頼んだ時には、腰抜かしそうになってたもん」

 ぶふぅっ!



 勢い良くお冷やを噴き出したら、周囲から変な目で見られた。鼻に抜けた分がジィンと染みて、溺れた時みたいな感覚がする。《抱く》という単語の意味が脳に染みていくにつれて、頬が赤くなっていくのが自覚された。

「だ…抱いてって…っ!」

 声が大きくなりかけたのをクイクイと袖を引かれ、真っ昼間のラーメン屋で交わすような会話ではないことを思い出す。お互いの為に、声は潜ませた方が良いだろう。

「だってさ、すっごい惚れてたんだも〜ん。純情グリ江ちゃんの切ない純愛だったのよ?本当は抱きたい気持ちの方が強かったんだけど、掘らしてはくんないだろうなって分かってたから、最初からグリ江を抱く選択肢だけ出したってのに、あいつってばつれないんだも〜ん」

 冗談めかした口調ながら、細めた薄青い瞳の中には、存外に真剣な色合いがあった。この人は、本当にコンラートの事が好きなのだ。そういう意味で。

 《そういう》の中身は漠然としか思い浮かべることが出来ないけれど、部分的に肌が擦れる感触をリアルに回想してしまう。多分、コンラートと縺れ合うようにして転がってしまったあの夜のことを、有利の知覚は強く覚えてしまっているのだ。

 死にそうなくらい胸が苦しかったのに、ちっとも嫌ではなかったことも。

「フラれた後は色んな男を抱いたり抱かれたりしたけど、結局あいつのこと忘れられなかった…。あいつはあいつで色んな女取っ替え引っ替えしても、特定の相手が居着かないから余計に諦め切れなくってね〜」
「は、はぁ…」

 正直、ぶっちゃけ過ぎなガールズトークならぬオカマトークに、有利は何と答えて良いのか分からない。ヨザックの方は大した返答が来なくても気にはならないのか、滔々と熱い思いを語ってくれる。

「あいつってば下手に理解があって、気持ち悪がるで無し、今まで通りに友達付き合いしてくれるもんだから、余計に辛い時あってね?たまにあたし達の間にナニがあったのかなんて完全に忘れた顔で、屈託無く笑ったりしてるの見ると、《チクショーこのクソ野郎!押し倒してガンガン腰使っちまうぞコンチクショー!》とか思っちゃうわけよ」
「ははは…」

 ここは笑うところか?
 真剣に止めるべき所か!?有利は自分の心に問答した。
 
「ええと…。でも、無理強いはしたこと無いんですよね?」

 このがちむち体型の男に不意を突かれたら、幾らコンラートでも為す術もなく《ガンガン》やられてしまいそうで心配だ。涙を眦に浮かべて、ヨザックに押さえ込まれながら喘ぐコンラートを想像したら、今度は有利の頭の方がガンガンしてきた。いや、正確にはくらくらだろうか?

 本当にヨザックがコンラートを押し倒そうなんてしたら、全力で助けに行きたい(力不足だとは分かっているけれど)。決して、あの人を傷つけたりしないで欲しい。

 ヨザックだってそれは一緒だと思うから、決して口にはしないけど。

「できるわけないデショ?あいつの身体も欲しいけど、それで心まで失ったらグリ江、生きていけないモン」

 ぷくっと頬を膨らませてカワイコぶるヨザックの表情は、ちょっとキモ可愛い。返答の方は期待通りの内容だったから、有利は安心したみたいに細く長い息を吐いた。
 同時に、ちょっと複雑な気持ちも抱く。見るからにくせ者らしきヨザックに、こんな一途な愛情を持ち続けさせるコンラートとという男は、やはり一筋縄ではいかないのだろうか?

『ああいう人に恋しちゃうのって、きっと辛いよな』

 コンラートの印象は良くも悪くも飄々としていて、どろどろとした感情を強く持ち続けることなど無いみたいに見える。風みたいに捕らえどころが無くて、周囲から押し寄せてくる愛情に(時には、憎しみでさえ)彼の上をするすると滑って、そのまま吹き抜けてしまうような気がする。

 ああいう人に《好きだよ》と言えば《俺も》とは返してくれても、ただ一人だけを狂おしいくらいに愛するということはないのかも知れない。

 それが有利自身の愛情だとは前提していないにもかかわらず、漠然と想像しただけで泣きそうになる。思わず、有利は顔を両手で覆って表情を隠した。想像するだけで胸がズクズクして、痛いような気がしてくる。瞼の裏も変に充血しているみたいに熱かった。

「あら、同情してくれたのかしら?」
「そんなんじゃないよ。ただ…想像してみただけ。そしたら、なんか…泣きたくなってきた」

 痛い。
 痛い。

 胸が痛い。

 どうしてこんな風に痛くなったのだろうか?ヨザックにこんな話を聞くまでは、彼を思うだけでドキドキとはしても、痛くなんか無かったのに。

「ふぅん」

 鼻から抜けるような声は大人っぽくて、水商売のお姉さんみたいだ。それでいて、伸ばされた大きな手が髪を梳いていく感触は、間違いなく逞しい男性のそれで、何とも不思議な感じがする。

「仔猫ちゃん、自分の気持ちに気付いちゃった?」

 しっとりとした声音は少し、慰めるような優しい響きを持っていた。

「気持ちって?」
「ユーリちゃんも、あいつのこと好きでしょ?」
「はい」

 素直に即答してから、一拍おいて言い訳臭い台詞を口にする。

「凄く、良いヒトだから…そりゃあ好きですよ。実に兄貴より、慕っちゃいそうだし」
「《良いヒト》ね。それだけかしら?」

 謎めいた響きに言い返したくなって顔を上げるが、じっと見つめられて言葉を無くす。薄青い色をしたヨザックの瞳は悪戯めかした色を湛えているが、それだけでもない気がした。

「え?」
「エッチな意味でも、あいつのこと好きになってるんじゃない?自分だけのものにしたい…ってね」

 どこか疼くような痛みでも抱えているように見えるのは、コンラートを愛しているからこそだろうか?有利とコンラートが《そういう》関係になりそうだとでも疑っているのか?では何故、優しさまで感じさせるのだろう?同じ轍を踏みそうな馬鹿に、同情しているのだろうか?

 でも、有利は別にそういう意味でコンラートを好きなわけではないから、同情される謂われはない。

「違います!そんなんじゃ…」
「真っ赤になっちゃって、可〜愛い〜」

 耳朶を噛むようにして唇を寄せてくるヨザックに肝を冷やしていると、底冷えするような声が響いてきた。

「ヨザ…何をしている」

 コンラートだ。顔の造作は笑っているのに、ヨザックを威圧するような気配を漂わせている。

 有利がヨザックの毒牙に掛かるとでも思ったのだろうか?でも、そんな疑惑は《恋する乙女グリ江ちゃん》にとっては失礼だろう。この人はこの人なりに、本当にコンラートが大好きなのだから。(多分)

 有利は慌てて立ち上がった。ヨザックの名誉の為にも、ここはきちんとしておいた方が良いと思ったのだ。

「違うよっ!誤解しないでねっ!?グリ江ちゃんは今でもコンラッドに操を捧げてるんだからね!?俺に摘み食いみたいな手出しをした訳じゃないよっ!?」

 ぶふぅ…っ!



 強くそう宣言すると同時に、店中の人々が一斉にラーメンを噴いた。
 スープが気管に入ったり、鼻から極太麺が飛び出したりで悶絶する人まで出て、店内はさながら地獄絵図の様相を呈してしまった。

「仔猫ちゃんたら、おっもしろぉ〜いっ!」

 居たたまれない心地でラーメン屋に取り残された二人を尻目に、ヨザックはゲラゲラと爆笑しながら立ち去った。そういう顔をしていると屈託のない青年に見えるのだが、《笑い》を《嗤い》に変えるとたちまち底が知れない存在感を持つ。去り際に一瞬だけ、彼は後者の表情を浮かべていた。

 すれ違いざま、コンラートの耳元に囁きかけていたのがどういう内容だったのか聞き取ることは出来なかったが、憮然とした表情から、何となく推測することは出来た。
 彼はコンラートにも、恋だなんだという気持ちで有利と付き合っているのか正したのだろう。

 コンラートの薄い唇が微かに動いて、どんな返事を寄越したのか。
 知りたくなくて目を背けた。



*  *  * 




「美味しかったね」
「そうだね」

 とは言いつつも、殆ど味わっている余裕など無かった。二人はひたすらに麺を啜り込み、スープを飲み干し、ばくばくと勢い良く餃子を口にすると、杏仁豆腐は殆ど飲み物のように吸い込んでから高速で店を出た。食べている間中ひそひそと店内の人々に囁かれて、有利は耳まで真っ赤になってしまった。

 コンラートは淡々と食べていたが、やはり同様に居心地が悪かったのだと思う。食べる速度は有利以上に速かった。

『うう…これじゃちっともお礼になってないよ!』

 居たたまれない思いをさせたお詫びをどうしたら良いだろうかと悩みながら、コンラートを誘ったのは革製品加工の店だ。オーダーメイドの知る人ぞ知る名店で、父の友人が経営している。殆どの製品は高すぎて有利の手が届く範疇にないのだが、キーホルダーくらいなら昨日のバイトのおかげで何とかなる。

「あのさ、このキーホルダーどうかな?」
「ああ、良い革だね。手に馴染むし、デザインも良いね」

 敢えて遠慮せずに言ってくれるのは、これが有利の懐具合に合致した品だと分かっているからだろう。ほっと安堵しながらレジに持っていくと一抹の寂しさが過ぎる。これで、本日の日程は終了したと思ったのだ。

 すると、コンラートはにっこりと笑って有利を促してきた。どこか行く当てがあるらしい。

「じゃあ、ここからは俺にお礼をさせてね?駅の階段で、最初に支えてくれたコトのお礼」
「え?」
「ユーリからのお礼は貰ったんだから、今度は俺にもさせてくれないと平等じゃないだろ?」
「えー?でもっ!あれは結局コンラッドに助けて貰ったわけだし」
「それと轢死から救ったお礼は、昼食とキーホルダーでもう終了だよ。今度は俺の番。…というか、そうさせてくれるのが俺に対してのお礼にもなるし。俺はね、かなりの甘やかしなんだよ?」

 確かにそういう印象はあるので、あながち拒否は出来ない気がする。有利は申し訳ないなとは思いつつも、コンラートに促されるまま革製品の店を出ると、何故か向かった先はゴスロリ風味の店舗だった。

「…え?」

 不思議そうに見上げると、何故か生暖かい瞳でコンラートがこちらを見ている。《ちゃんと分かってるから》と言いたげな眼差しは、明らかに有利がその手の趣味の持ち主だと思いこんでいるようだった。

「ヨザに写真を送られたんだ。その…可愛い衣装を着てるやつ。ただ、結構ぺらぺらした安普請の服だったから気になってね」

 安いコスプレ衣装で我慢しているみたいだから、この機会に本格的な衣装を買ってあげようということらしい。

 かぁああ〜…っ!と顔が真っ赤になって、わなわなと打ち震えてしまう。《絶対言っちゃ駄目》と頼んだのに、ヨザックは口では言わなかったモノの、写真込みでメールをしたらしい。

「もしかして…あの人に写真送られたの?」
「ああ、俺はああいう趣味には理解がある方だから、気兼ねしなくて良いよ?ヨザとも女装繋がりで知り合ったんだろう?」

 頼むから、そんな《俺は知ってるけど平気だよ》みたいな顔をするのは止めて頂きたい。

「違うって!あ、あれは…単発バイトだったの!《男の娘カフェ》とかいうのの宣伝用ポスターにあの格好で出たら、2万円くれるって言うから…」
「は?」

 コンラートは目を点にして驚いたかと思うと、今度は眉根をググっと寄せてきた。
 あれ?何だか異様に目が怖い。

「じゃあ、まさか…そういう趣味なんて一切無いのに、お金の為にバイトをしたと?」

 はっと気付いて口元を両手で覆っても意味はない。聡いコンラートのこと、その資金が今日の為のものだとすぐに気付いてしまったのだろう。

「全く…何てコトをするんだい?店で変なことはされなかったの?」
「それは…その、別に…」
「ユーリ、目が泳いでるよ?」
「う」

 冷静に指摘されて、更に二、三点追求されると、あっという間に全てを白状させられてしまう。ヨザックに会った切っ掛けも、スカートが引っかかって難渋していたところを見知らぬ男達に悪戯されそうになっていた所だったとばれるに至っては、コンラートのこめかみに明瞭な怒り筋が浮いていた。

 《この…馬鹿!》とでも罵倒したいのをすんでのところで我慢している。そんな顔だ。

「全く、放っておくと心配でしょうがないな。こんなにお人好しで危なっかしい子じゃあ、お兄さんが心配するのも良く分かる」
「でも…勝利のは他の奴のコトも入っちゃってて、過剰反応してるってトコあるし」
「他の奴?」

 問われて、もうついでとばかりに性的悪戯を受けて自殺未遂した勝利の友人のことを話すと、コンラートはすぅっと表情を消した。自分がそう言った意味で疑われていたのが心外だったのだろうか?

「そうだね。そういうのも、心配になるよね。ユーリの場合」
「そんなことは」
「無いって断言出来るとしたら、その不用心さの方が心配だな」
「う〜…」

 言い返せない。実際、猫耳メイド服姿で悪戯されかけたのは紛れもない事実だからだ。

「紐パンのことだって、俺がもしも意図的に着せて写真でも撮ろうとしてたら、大変なことになってたよ?そもそも、メイド服で看板やポスターに使われる写真に映るなんて、君を知ってる相手に見つかったら学校でなんて言われるか分からないよ?」
「ゴメンなさい…」

 しょぼんと項垂れて涙目になっていたら、脅しすぎたと思ったのか、コンラートの手が伸びてさふさふと頭を撫でてくれる。少し冷たいけれど、優しい質感の手。触れていると暖かいものが胸に沁みてくる。

「ゴメン。少し言葉がきつかったね。だけど、本当に俺は心配だよ?今度から、十分に気を付けてね?」
「うん、気を付ける」
「うーん…怪しいな。一見親切そうに見えても、本当は下心がある奴もいるんだから、こんな風に無防備に撫でられてちゃ駄目だよ?」

 そうは言いながらもコンラートの手は止まらず、さふさふと髪を撫でつけたり、頬のラインを確かめるように指の背が掠めていく。様子を伺うように目線を上げてみたら、意外なほど真剣な顔がこちらに向いていた。まるで、有利がどう出るかを実験しているみたいだ。

『でも、コンラッドの手を押しのけるなんて出来ないよ』

 だって気持ちいい。
 全然嫌じゃないというか、寧ろ気持ちよくてしょうがないものを、どうしてわざわざ拒絶することが出来ようか?

 すると、ヨザックに囁かれた言葉が耳朶に蘇った。

 《自分だけのものにしたい…ってね》

 どうなんだろう?
 これはそういう気持ちなんだろうか?

『分かんない』

 触れていると気持ちいい、傍で声を聞いていたい。それが自分だけで独占したい気持ちなのかどうか、有利には測りかねた。




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