「雨のちハレ」−3




 

 コンラートが有利を追いかけたのは、床の上に黒い靴下が残されていたからだ。
 ビニールに入れた筈が、何かの拍子にぽとりと落ちてしまったらしい。

 うっすらと爪先部分に穴の空いた靴下など要らないだろうととは思ったのだが、正直、フローリングの上にぽつんと落ちていた靴下を発見した途端、コンラートは躍り上がって駆け出していた。危うく、家の鍵を閉め忘れかけたくらいだ。自分でも可笑しくなるくらいに、気分が高揚していた。

 言い訳しようもないほど《切っ掛け》の発見に喜び、アルキメデス宜しく《エウレーカ!(我、見いだしたり!)》とでも叫びたい気持ちで駆けていくと、信号待ちをしていた有利が目に入った。

 彼がまたしても、我が身を顧みず通りすがりの少年を助けようとしている様も。

 一気に、血の気が引いた。

 脳虚血にも負けず瞬発的にダッシュを掛けて、有利を(ついでにどうでもいい少年を)救えた自分の反射神経に乾杯したい。

『なんだってそう無茶なんだ!』

 と、全力で罵倒する気満々だったのだが、明確な怒りを込めて睨め付けた有利は、コンラートの顔を見た途端に、可哀想なくらい強張らせていた顔をくしゃりと歪め、ぽろぽろと子どもみたいに涙を溢れさせてしまった。

 そんな有利を前に怒りを持続させる者がいるとすれば、それは余程の非人情者か、頭のネジが相当にイカれた奴だろう。

 取りあえず、コンラート・ウェラーは《非人情》ではなかった。
 ある方面に於いて《イカれている》自覚はあったが、それでも、泣きじゃくる小動物みたいな少年に怒りをぶつけられる方面の《イカれ》具合ではなかった。

『ああ…涙でぐしゃぐしゃになった顔までカワイイや』

 《もうどうにでもして》と諦めモードに入りつつ、彼を送ることや友達になることに成功したコンラートは、いたく満足しながら車に乗った。そのうち、車の振動と空調の暖かさに落ち着きを取り戻してきた有利は、少し不思議そうに尋ねてきた。

「こんな良い車があるのに、どうして電車使ってるの?」
「会社に向かう道が、通勤時間にはおっそろしく混んでるんだよ。会社の近くに越せば良いんだろうけど、家賃がタダなのはやっぱり魅力的でね」
「ああ、じゃあ仕事の為に買った訳じゃなくて、元々の持ち物だったんだ」
「うん。元々は母の持ち物だったんだよ。何時までも若くて綺麗な人だから、おねだりしなくても崇拝者の方が気を利かせて捧げてくれるみたいでね。《もういらないわ》って、ポンとくれたんだ」
「うっはぁ〜。こんなマンションぽーんっと買ってくれるって、太っ腹なスーハイシャだね」
「有り難いことにね」

 なんてこともない話をしながら、有利の告げる住所に向かって車を進める。
 辿りついた場所は有利と出会った駅から6駅ほど先で、駅を降りてから少し歩くような場所だった。気温も急速に下がってきたから、やはり送って良かった。

『これでお別れか…』

 停車する直前に、濡れた靴下のことを思い出してしまった。
 思い出した以上は《うっかり忘れていた》と、もう一度会う約束を取り付けるなんて見苦しい真似も出来ない。そんな発想が頭を過ぎるだけでも、相当に《俺、思考展開がオカシイ方向に進んでますか?そうですか?》と何かに向かって確かめたくなるくらいだし。

『この子はどう思ってるんだろう?』

 ちらりと盗み見た有利は、懐かしい我が家を目にしてほっと安堵しているようだった。続けざまに色々なことがあったから、無事に帰宅出来ただけで感じるものがあるに違いない。
 ただ、コンラートに視線を戻すと何か言いたそうに口を開きかけて、戸惑うようにムニっと上唇を噛む。伏せた睫の長さを感じながら、二人は暫し沈黙の中にいた。

「…着いたよ?」
「あ、ありがとう。本当に、なにからなにまで」
「気にしないで?」

 複雑な心境を抱えつつも有利を車から降ろしてあげると、《ドォン!》と勢い良く渋谷家の扉を開けて飛び出してきた人物が居た。何故だか激怒しているようで、顔を真っ赤にしている。

「ゆーちゃん、何だこの男はーっっ!!」
「勝利、ナニ怒ってんの?」
「帰りが遅いと思って何度もメールやら電話したのに、返事も寄越さずに焦らしプレイ仕掛けた上に、何だその気のないトークはっ!お兄ちゃん泣いちゃうぞっ!!」

 均整の取れた長身に、弟とはあまり似ていない理知的な顔立ちは、日本人としてはかなり端正な部類にはいるのだろうに、勝利と呼ばれた青年は子どもみたいに《えーん》とでも吹き出しを入れたくなるような格好をして、目元には本気で涙を滲ませていた。

 有利はこの兄に、相当溺愛されているらしい。

『分からないではないが…』

 見た感じ、勝利の言動は異様ではあるが、もしも有利がコンラートの弟であれば、やはり同様に心配したのではないかと思う。何しろ、出会って数時間の間にあれほど見事に危険な目に遭遇していたのだ。元々運がないのかも知れないが、親切心から自発的に困難時に手を出し足を出すタイプなのだと、兄弟であれば余計によく分かっているだろう。

 しかし兄の心、弟知らず。
 有利の対応は兄にとって、かなり気の毒なモノだった。

「勝利、キモい…」
「勝利って言うなっ!お兄ちゃんと呼べっ!!それより、何だこの男はっ!」

 寧ろ《キモい》の方をどうにかして貰った方が良いのではないかと思うが、そこは訂正ポイントではないのだろうか?
 …というか、何故コンラートは敵視されているのだろう?

「勝利っ!コンラッドに変なこと言うなよっ!俺を二回も助けてくれた大恩人なんだからなっ!家に上がって貰って、オモテナシするんだからっ!!」

 有利は勢い良くそう言った後でちらりとコンラートを振り返ると、《勝手に言っちゃったけど、良い?》と少し不安そうに眉を寄せる。その様子がまた堪らなく可愛くて、コンラートの胸は無駄にきゅんきゅんしてしまうのだった。
 おそらく、先程声を掛けようとして止めたのは、既に夜更け近くになった時間帯のせいだろう。《お礼》という名目であっても、家に上がって家族からの礼を受けたりすればそれだけ時間を取られる。それが逆にコンラートに迷惑を掛けることになるのではないかと心配していたのだろうが、勝利のおかげと言うべきか、兄弟喧嘩の流れでこういう事になったらしい。

「ゆゆゆゆゆゆーちゃ〜ん!?大恩人ってなんだよ。つか、そういえばその格好はどうした?学生服はっ!?脱がされちゃったのかゆーちゃん!《が・く・せいふくを♪ぬ・が・さ・ないで♪》」
「勝利。踊るなよ」

 驚きのあまり変な節で踊り出した兄に、有利は冷たく突っ込みを入れている。

『兄属性の男をメロメロにするフェロモンでも出ているんだろうか…』

 有利の可愛さからいって納得はするが、同時に、勝利に対する扱いの冷たさは反面教師にもなる。要するに、あまりベタベタして猫っ可愛がりしたり束縛すると迷惑がられると言うことだろう。 

『ううううぅぅ〜…。抱きしめてベッタベタに可愛がりたいんだが…っ!』

 そうすることで、こんなに冷たい扱いを受けるなんて嫌だ。これは注意深く立ち回らねばなるまい。

「コンラッド、上がって行ってくれる?車は親父の車の前にギリギリ置けると思うから」
「それじゃあ、お言葉に甘えようかな?」

 この申し出は受けて良かったのだろう。明らかに安堵したように、ふわりと有利の顔が笑みを象る。

『く…っ、可愛いなぁ〜っ!』

悶絶したいような心地を押さえて、コンラートは殊更サラリとした大人の態度を貫いた。今すぐにでも腕を伸ばしてぎゅうぎゅうと抱きしめたいが、勝利のような目に遭うのは御免だ。



*  *  * 




「へえ、野球好きなんだね」
「うん!コンラッドも興味あるっ!?」

 ぱあっと顔を輝かせて、有利はローテーブルの上に身を乗り出した。父親と母親も話を聞くと《何とかお礼を》と意気込んでいたのだが、《俺がオモテナシするの!》と勢い込んだ有利は、自分の部屋に連れ込んでしまった。居間にいると、勝利が傍らからブツブツ文句を言っているのが鬱陶しかったのである。

『勝利ってば、時々ヘンなんだもん!』

 兄のことを嫌いというわけではなく、意外と面倒見の良いところなど結構頼りにしているのだが、何しろ喧しい。特に、有利が男友達を家に呼ぶと何かと絡んでくるから困りものだ。

 夏頃に不良連中から助けた(代わりに殴られたとも言う)中学時代の友人など、最も兄の迷惑を被っている筈だ。ただ、結構肝が据わっている友人は絡まれるたびに上手くいなして、時には勝利を涙目にさせて《お前なんか嫌いだ!》と叫ばせているくらいだから、実は《良いタマ》なのだろう。おかげで、友人の騒がしい兄にも挫けることなく、度々遊びに来てくれる。

「あのさ、俺…お礼って言っても世間一般的に見て価値があるものとか持ってないんだ。だけど、野球関係のもんだったらちょっとレアなカードとか持ってるんだけど…」

 ごそごそとカード入れから取りだしたのは、野球チップスを食べ続けて手に入れた希少なラメ加工カードだ。

「もしも好きなのがあったら、持っていってくれない?」

 《大好きな選手のを持って行かれたらどうしよう》という気持ちと共に、《こんなの出されて引いてないかな?子どもっぽいって思われるかな?》という気持ちでドキドキしてくる。

 有利の狭い部屋に入ったコンラートは、長い手足を少し持て余し気味に、クッションの上に鎮座している。その様子が何とも不釣り合いで、何だか複雑な気分になる。コンラートの部屋に有利が不釣り合いであったのと同様に、有利のホームフィールドもコンラートには合致しないらしい。

 けれど、野球カードを手に取るその仕草は楽しそうで、選手達のフォームを指でなぞったりしているから、少なくとも嫌いではないのだと分かってほっとした。

「俺も野球好きだけど、レッドソックスファンなんだよ。だから、このカードは見て愉しむだけにしておくね」
「レッドソックス好きなんだ!あ…じゃあ、親父が撮った写真いらない!?昔あっちに住んでた時の古いヤツが多いけど、出張で行った時に最近のも撮ってるんだ」
「良いのかい?」

 これは上手く行った。アルバムを見せると、その中にご贔屓の選手を見つけたらしく、少年みたいな笑顔を見せて手に取る。

「貰ってしまって良いのかい?」
「もっちろん!」

 嬉しくなってはしゃぎすぎた有利が大きく腕を振ると、卓上に乗せていた珈琲にガチンとぶつかって、勢い良く飛沫を散らしてしまう。

「あ…っ!」

 コンラートはさっと顔色を変えると、素早くズボンに手を掛けて引っ張った。きっと、そのまま張り付けさせていたら火傷をすると思ったのだろう。
 しかし、だがしかし、ズボンの下から現れたものは、二人を硬直させるに十分な代物だったわけで…。

「…っ!」

 二人は同時に息を呑んでしまう。
 そう。有利が身につけていたのは、件の紐パンだったのである。



*  *  * 




『拙い…っ!』

 咄嗟にズボンをずらしたまま、コンラートは硬直してしまう。
 ずるりと膝まで降ろされたズボンは有利の脚を拘束しているようにも見えるし、華奢な太腿は改めて至近距離で見れば、驚くほどに白い。その脚の谷間と腰の間で存在感を放つのは、驚くほどセクシーな黒い紐パンである。

 ここまでまざまざと眼前に突きつけられては、すっとぼけることなど到底不可能だ。

「ユーリ…もしかしてコレ、あの試供品の下着?」
「う…うん。やっぱりコンラッドも知らなかったんだね?」

 ほっとしたような、でも、まだ動揺を隠せないような様子で、有利が上擦った声をあげる。なるほど、彼は彼で葛藤しながら下着を身につけたらしい。

『着てくれたということは、色々考えたとしても、最終的には俺を信じてくれたと思って良いんだよな?』

 コンラートが何か下心をもってあんなものを手渡したと思ったのなら、珈琲など飲むこともなくとっとと帰りたがったことだろうし。

「ああ…。まさかこういうデザインとは…。ゴメンね?お腹やお尻が冷えたろう?」

 それ以前の問題だとは重々承知しているが、敢えて健康面に視点を置く。

「ううん。濡れたパンツ穿いてるよりずっと暖かかったよ?」
「そうか。ソレは良かった」

 何とか表情を取り繕ったものの、コンラートはズボンに掛けた手をどうしたものかと迷った。このままずるりと降ろすのもオカシイが、のし掛かっているのは尚オカシイだろう。

「火傷はしてない?」

 あまり考えもせずに、するりと指先で白い腿を伝えば、驚くほどすべやかな感触に心臓が跳ね上がる。うっすらと紅くなった肌は、火傷ではない何かを連想させて、これまた頬が染まりそうになる。表情がおかしな具合に歪みそうなのをギリギリのところでセーブして、どうにか身を離す。

「うん。でも、濡れちゃったからズボン脱ぐね?」
「そうした方が良いね」

 こっくりと頷き合って、コンラートは微かに視線を逸らす。その間に、有利はするりとズボンを降ろして、細いが適度に筋肉のついた脚を剥き出しにした。

『…だから、どうしてこんなに動揺しているんだ俺』

 どきんと胸の中で鼓動が跳ね続け、耳朶や頬が微かに熱い。まるで初恋の女性が目の前でストッキングを降ろしている現場に立ち会ったみたいに、《見たいけど恥ずかしい》という心地なのだ。

『ナニが初恋だこの野郎…っ!』


 盛大に自分への突っ込みを入れている間に、有利は柔らかい薄手のジャージに着替えた。そのまま寝間着にも使える代物なのだろう。

「じゃあ、もう遅いから俺はおいとまさせて貰うね?」
「あ…」

 有利は何か言いたそうに口をぱくぱくさせていたが、喉元まで何か出掛かっている言葉を汲み取ると、コンラートはにっこりと微笑んだ。

「良かったら、電話番号とメルアド交換しない?」
「…っ!い、良いのっ!?」

 歓喜に溢れた顔が、《信じられない》という風にぱぁっと笑む。まるでお日様色のたんぽぽが、目の前で《ぽんっ》と音を立ててひらいたみたいだ。その表情を浮かべさせたのが自分自身であることが、とても誇らしくて嬉しい。

 マンションにはいつでも遊びに来てってもう言ってあるし、友達になる約束もしてるが、やはり確実な連絡手段を交わすというのは特別な気がする。あまりこちらから積極的に出ると勝利のような扱いを受けるかと思ったが、今のところ、コンラートは暖かく受け入れられているらしい。

 安堵しながら携帯同士を寄せて赤外線受信をすると、二人して大切そうに小さな機械を掌の中に押し包む。この小さな塊が、《また会える》という約束を交わした、チケットみたいに思えたのだ。



*  *  * 




 ベッドの上にころんと俯せになって、有利は手元の携帯電話を操作する。コンラートが家を出てから十数分が経過したから、そろそろマンションに到着している頃だろうと思ったのだ。

 《今日はありがとう》
 《おやすみなさい》

 元々、有利はそう沢山の文章をメールで送ることはない。必要性を感じなかったのもあるが、単純に、文章力がないのかもしれない。だから色々と思いはあったのだが、改めてコンラートにメールを送ろうとしても、あまり大した内容は送れなかった。

 送信してから一分もしないうちに、携帯がご贔屓チームの応援歌を奏でる。

「返信、早っ!」

 笑いながらそう叫びつつも、有利とて前奏の一小節も経過しないうちにメールを開くボタンを押した。

 素早い返信のわりに、コンラートの方は結構長い文章を書いていてくれている。打ち込み速度もだが、咄嗟に気の利いた文章を考えられることに吃驚した。やはり頭がいい人なのだろう。

 内容も、見ていて微笑んでしまうくらいに暖かみがあって、有利にしては珍しく、何度も何度も読み返したり、特に気に入った一節を口に出して繰り返したりもした。

 《君の勇気ある行動に感動したけれど、同時に、心配にもなったよ。どうか、怪我をしないように気を付けてね。君に何かあったら、哀しむ男がいるってことを覚えておいてね?》

 こんなこと、有利の知り合いが口にしたら随分と《臭い言い回しだな》と思ったろうけれど、何故かコンラートの顔と声を思い出しながら想像すれば、素直に《うん》と答えられる。
 約束を守れるかどうかはともかくとして、《守りたいな》くらいは素直に思えるのだ。

「できるだけ心配かけないようにするから。だから…また、会ってね?」

 思わず囁いた言葉が、想定外の甘さを帯びていたモノだったから、有利は羞恥に頬を染めてベッドの上で悶絶した。

 直接コンラートの声を聞きたいけれど、自分のこんな甘い声を聞かれるのは恥ずかしい。
当分は、電話ではなくメールでのお付き合いになることだろう。

『お付き合いって…ナニ言ってんの俺!』

 また頬は熱くなるし、変なニヤニヤ笑いは込みあげてくるしで、自分でもどうして良いのか分からない。無意識の内に携帯電話を頬や唇に押し当てていたのは、電波の向こう側にいる相手に対して、直接そうしたいなんて事ではなくて、単に身体の熱さを冷ましたかったからだ…と、思いたい。

「そういえばアレ、どうしよう?」

 ふと思い出して視線を向けた先には、机の影になるようにしてこっそり乾された黒い布地。言わずと知れた黒紐パンである。お風呂に入る際に他の服はばさりと洗濯籠に放り込んだのだが、これは流石に入れられなくて、手洗いしたモノをこっそり部屋乾ししているのである。

「コンラッド…これ見て、吃驚してたなぁ」

 こんなキワモノ勝負パンツを着たところを見られるなんてとんでもない羞恥プレイであったが、同時に、あんな際どい格好になってもおかしなことなどされなかった事で、やっぱり勝利の心配など杞憂であったのだと知れる。

 元々、有利のようながさつな少年に、そんな意味で手出しをする者などいるはずないのに、勝利はやたらめったら心配して小さな出来事に対しても、一々口出ししてくる。ただ、それを頭ごなしに否定しながらも、ちらりと《万が一》を考えるのは、勝利にとってはそれが《十分に起こりうる事》だと認識せざるを得ない事情があると知っているからだ。

 勝利が中学生の頃、同じクラスに小綺麗な顔をした少年がいた。その子はある暑い夏の日に、変質者に性的な悪戯をされたショックで自殺未遂を起こし、そのまま転校してしまったらしい。
 勝利はその子と物凄く仲が良かったというわけではないそうだが、それでも、今までのワイドショーの中でしか縁の無かったような《事件》が、彼にとって現実味を帯びるには十分な衝撃だったようだ。

『あいつは少し、お前に似てた』 
 
 深酒の後、ぽつりと零された言葉が時折、有利の胸に刺さる。
 
「そういう事があるとしても…コンラッドだけは大丈夫だよ」

 あんなに綺麗で優しい青年が、子どもに性的な悪戯なんかするはずがない。
 幸せな気分にケチが付いたみたいで、不満げに鼻を鳴らしながら有利は無理矢理瞼を閉じた。


 


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