「雨のちハレ」−2




 

 紐パン。
 しかも黒。

 魅惑のランジェリーが年上のお姉様の持ち物であれば、見たこと触れたこと自体に慌ててしまって、《ゴメンなさい!》と叫んだことだろう。
 だがしかし、渋谷有利の置かれた状況はかなり特殊であった。

『これって…この人もこういうパンツだなんて知らなかった可能性が高いよね?』

 ちらりと横目で青年を見やると、お湯を沸かしながら珈琲を煎れる準備をしている。有利の方に妙な視線を送る気配もないから、エッチな下着を渡して免疫のない男子高校生を転がそう何て企みは感じられない。

 棚には本格的なサイフォンの道具もあるが、今カップにセットしている個別包装のドリップ珈琲だ。変に足止めをしようなんて考えている風はなく、単に冷え切った身体のまま帰宅させるのが忍びないだけだと知れる。

『試供品って書いてあるし、開けた気配もないし…マジでこういう下着だって知らなかったんだよね?』

 だとしたら、《コレ、凄いパンツなんですけど》等と言い立てるのは親切心を踏みにじるどころか、更に気を使わせてしまう可能性がある。きっと人の良い彼はコンビニまで行って、新しいパンツを買ってくれるに違いない。

『そこまでさせたら悪いよなぁ〜』

 たまたま家が近くて、たまたま《そう言えば使ってないパンツあったよ》と思いついたからこそ有利を自宅に入れてくれた筈の青年に、そんなパシリ的な行動まで採らせてはイカン。

『パンツはパンツだ!着ちゃえば一緒だっ!!』

 華奢な見てくれに反して男前な気質を持つ有利は覚悟を決めると、勢い良く下着ごとズボンを降ろす。途端に、暖まりきっていない室内でエアコンの風がふわりと尻に触れて、《うひゃっ!》と変な声を上げそうになってしまう。

 しかも、一応は男性用らしくフロント部分の布地は有利のモノをちゃんと包んでくれたのだが、その他の部分が何とも細い。お尻部分など完全に谷間に食い込んでしまい、後ろから見たらきっと小作りな尻が丸見えになってしまうことだろう。

 ちらりとまた視線を送ると、青年は完全に背を向けている。そのことに安心しながらも、《今、急に振り返って見られたら》と思うだけで頬が朱に染まり、眦が泣き出しそうに濡れてしまう。

『ダメ駄目!変な顔しちゃダメだっつーの!』  

 顔や首筋に自覚出来るくらいの熱さを感じて、さぞかし真っ赤になっているのだろうと自覚されるが、何とかして素早く《何でもない》という顔にならなくてはならない。その為にも素早く着替えを済まさなくてはと心に誓うが、焦れば焦るほど指先の動きが覚束なくなるのはお約束だ。
 もたつきながらも何とか紐を結び終えると、《はふーっ》と深い息をつきながら与えられた着替えに脚を通した。

「………」

 見た時から何となく分かってはいたが、やはりズボンの裾が長い。
 まるでお父さんの服を着た幼児みたいな有様だが、軽い屈辱に唇を噛みつつも、二つ三つ折上げてどうにか見られる姿になる。
 
『あ〜…でも、生地は凄く気持ちいいや』

 洗濯に失敗して縮めてしまったと言っていたが(それでも長いのが切ないが)、生地は結構モノが良いことを示していて、柔らかに素肌を滑る。それに、ふわりと立ち上る香りはなんだろう?とても良い匂いがする。
 思わずくんくんと嗅ぎそうになるが、新たに横から流れてきた香りに気付いた。どうやら珈琲が入ったらしい。



*  *  * 




 どっくんばっくんどっくん…


 胸の鼓動を感じながら、コンラートは敢えて平静を装った。
 真っ赤になりつつも、パンツの仕様について何の指摘もしない少年は、きっとコンラートに気を使って《ナニもなかった》ことにしようとしているのだろう。そうであれば、その心意気に報いる為にも平静を保つべきだろう。

 うっかり《紐パンの履き心地はどうかな?》なんて口にしたら、どんなに爽やかそうにしても《変態》のレッテルを貼られるに違いない。
 
 どっくんばっくんと胸の中で弾む心臓を押さえつけ、コンラートは数分置いてから珈琲やミルクをテーブルに運んだ。辛うじて牛乳は冷蔵庫に入っていたが、角砂糖やスティックは置いていなかったので、小皿に三温糖を小盛りにしている。

「さあ、珈琲が入ったよ」
「はい。ありがとうございます」
「…っ!」

 心なしか緊張した声で返事を寄越すと、少年がぽてぽてとテーブルに寄ってくる。その姿を目にしたコンラートは、今度は別の意味で心臓を跳ねさせた。


『か…可愛い…っ!』



 なんだ。
 一体何なのだ!

 《何でこんなにカワイイの〜か〜よ〜♪》、なんて、ちょっと懐かしい孫自慢ソングのフレーズが脳裏を過ぎる。そのくらい、コンラートの衣服を袖も裾もあげて、ちんまりと着こんだ少年は可愛すぎた。
 仄かに染まったまろやかな頬や、伏せ目がちな大粒の瞳、軽く緊張感を保っている小さな唇もだが、全体的に華奢なバランスが何とも可愛い。

『お、男の子…だよな?』

 間違いなくそうだ。先程紐パンを穿いている姿で、小振りながらもコンラートと同じモノがついているのを確認した。なのに、何だってこう可愛らしいのだろう?

 女の子がこういう格好をすると、何かを狙うように《私可愛いでしょ?》とばかりに媚びを売るような眼差しを見せるものだ。それはそれで魅力的だと思っていたが、まさか、こんなに恥ずかしそうにしているのが数十万倍(当社比)も可愛いと思えるなんて考えたこともなかった。

『狙いがない分、素朴に感じるのかな?』

 遠慮がちに椅子に座り、やはり背の高いそれに戸惑いながら足先をちょこんと床に触れさせている。靴下も少し大きかったのか、爪先部分が余って床の上にぴょこりと乗っかっている。更には、零さないようにミルクピッチャーを傾けていると、唇がピコッと飛び出して小鳥のクチバシみたいになるし、砂糖を一杯入れてから試し飲みをしてみて、《むっ》と眉根を寄せて、恥ずかしそうにもう一杯入れちゃうのも、もうもう…。


『マズい。抱きしめたい…っ!』



 ぎゅうぎゅうと抱き寄せて頬擦りしたら、さぞかし気持ちが良いだろうと思うが、やったら一発で変態扱いされるだろう。

『ナニすんだよオッサン…っ!』

 なんて、恐怖と嫌悪に眉根を寄せて身を強張らせる少年を想像したら、胸の中で膨らみかけたワクワク感がふしゅんと萎んでしまう。決して少年を怖がらせたくはないのだ。

『ヴォルフが小さい時には合法的(←?)に可愛がれたけど、よその子にやったら犯罪だよな?』

 決していやらしい意味ではないが、コンラートは小さい子(この少年には失礼に当たる表現だが)を可愛がりたい気質を持っているのかも知れない。

 コンラートは必死に衝動を抑えつつ、ブラック珈琲を喉に流し込んだ。チリリと痛みを訴える熱さに眉根を寄せるが、軽い痛みが多少は冷静さを取り戻させてくれた。

 こくんこくんと珈琲を飲みきった少年に、ほっと息をついて微笑みかける。

「少しは暖まったかな?」
「はい。おかげさまで中からぽっかぽかです」

 はふーっと息をついて、《にこっ》なんて笑いかけないで欲しい。
 また抱きしめたい衝動が沸き起こるではないか。

「じゃあ、車で送っていこうか?」
「いえいえ!そこまでは甘えられませんよっ!!」

 慌てて手を振ると、細い手首とぶかぶかの袖がふるるっと揺れる。抱きしめ(以下略)を堪えて、コンラートは小首を傾げた。

「そう?」
「はい!ここまでして貰ったら、後は大丈夫ですから!」
 
 ここまで遠慮されると、無理に送ると主張し続けるのは拙いだろう。考えてもみれは、コンラートは自宅を晒したが、普通は見ず知らずの相手には自宅の住所を知られることを厭うものだ。

『やっぱり、警戒されてるのかな?』

 気を付けていたつもりだったが、《抱きしめて可愛がりたい》という衝動が何かの拍子に伝わってしまったのかも知れない。
 かなりガッカリしながら、コンラートは少年を玄関に送った。

「あの…服のお礼は必ずします」
「本当に服のことは気にしないで。もう要らないものばかりだから、返さなくて良いからね?」
「すみません…じゃあ、有り難く戴きます」

 深々と頭を下げる少年はつむじまで可愛かったが、もう会うこともないだろう。もしかして駅で擦れ違うことくらいはあるかも知れないが、その時にはお互い、会釈を交わすくらいではないだろうか。

『また触れ合う機会があるとしたら、奇跡だな』

 コンラートは心底ガッカリしている自分自身に驚きつつ、閉まっていく扉を眺めた。



*  *  * 




『…あ』

 有利はマンションを出てから、そういえば親切な青年の名前も聞いていなかったことを思い出す。自分自身の名前も告げてはいない。今から戻って郵便受けかエントランスの標識を確認すれば分かるだろうが、鉢合わせすると気まずい。

『マズいよなぁ…。あの人の傍って凄い居心地良すぎるんだもん。また顔合わして名前なんか聞いたら、俺…絶対《また来ても良いですか?》なんてねだっちゃうよ』

 鼻に滲むものを感じて袖を寄せると、ふわりとまた良い匂いがする。別れ際に傍に寄った時に気付いたのだが、どうやらこれは青年独特の匂いであるらしい。借りた服を洗濯するのが勿体ないくらい良い匂いがして…まるで…。

「……っ!」

 有利は急に頭をバリバリと掻き出すと、意味のない叫びを咥内に閉じこめた。《まるで、あの人に抱きしめられているみたい》なんて、どこの乙女かと自分に突っ込みたくなる。

『あの人、凄い腕とか指とか長くて、細いのにしっかり筋肉ついてる感じだったから、勝手に憧れちゃってるんだよね』

 きっとモテるのだろう。綺麗に整頓された部屋は、いつ女性を迎えても恥ずかしくない様子だった。男子高校生なんかが優しさにつけ込んで、図々しく入り浸ったりしたらきっと迷惑な筈だ。

『服のお礼も断られたし、また顔を合わせる機会があっても、一回《あの時はありがとうございました》だけ言ったら、きっと二回目からは頭下げるだけで終わりだよな』

 当たり前のことだ。
 あんなに助けて貰っただけでも異例なことだろうと思うのに、これ以上つけ上がったりしたら迷惑になる。
 
『分かってる…分かってるよ!』

 パァンといい音をさせて両手で頬を張り、殊更に勢いを付けて歩き出す。目元が泣きそうに濡れていたり、噛みしめた唇がふるふるしていることなんて、一過性の寂しさに過ぎない。

 きっとすぐに忘れて、日常に戻る。

 ほら、またいつもの喧噪に包まれる。わいわいと騒がしい帰宅ラッシュに巻き込まれて、横断歩道から飛び出しそうになってしまうくらいだ。

『て…えっ!?』

 飛び出しそうになっていた有利の横で、本当に飛び出した馬鹿がいた。車の列が途切れたのを見て、赤信号であるにもかかわらずせっかちな男子高校生がダッシュを掛けるが、すぐ横合いから曲がってきた車に吃驚して身を固くしてしまった。
 ギュリリ…っ!と危険な音を立てて減速しようとするが、車の方もせっかちな奴が運転していたに違いなく、ブレーキを踏んでも車は勢いを止めない。このままではモロにぶつかってしまう。

「危な…っ!」

 有利は飛びだして少年を突き飛ばそうとしたのだが、その襟首と、ついでに飛び出し掛けた少年の襟首がガッシと掴まれて、勢い良く後方に引っ張られた。

 ギョリリリ…っ!

 蛇行した車は危うく信号待ちの列に突っ込み掛けたが、どうにか軌道修正すると謝りもせずに去ってしまう。きっと、有利達を轢いていてもそのまま逃げたのではないだろうか?かなりモラルに欠ける人物のようだった。

「やっべ…危なかったぁ〜。スンマセンっ!」

 尻餅をついていた少年はぴょこんと飛び上がると、悪ぶれた風もなく《へへっ》と照れ笑いし、おざなりな詫びだけ口にしたらそのまま青信号に変わった横断歩道を駆けていった。

 どうしてそんなに、何も起こらなかったみたいな顔が出来るのだろう?夕闇の中でもはっきりと分かるくらい、アスファルトの上には蛇行したタイヤの痕跡が残っている。あのまま助けが入らなければ、高校生も有利も轢かれていて、最悪の場合は死んでいたかも知れないのに。

『死んでた?俺、死んでたかも知れないの?』

 無鉄砲な性格をよく家族から窘められる有利だが、ここまで近くに《死》を感じたのは初めてで、ぞわりと背筋が冷えるのを感じた。気が付けばカタカタと身体が小刻みに震えてしまい、脳裏には、先程まで一緒にいた青年の顔が思い浮かぶ。

 折角助けた子供が、自分の家を出たばかりのところで事故死なんかしたら、きっと彼は泣くだろう。《どうして無理にでも送らなかったのか》と自分を責めたりしていたかも知れない。

 そんなことを考えて硬直していたら、耳元に鋭い声音が響いた。

「……馬鹿か、君は…っ!」
「…っ!」

 その声で漸く、有利は自分がアスファルトに激突することもなく、しなやかな筋肉の上に座り込んでいるのに気付いた。

 これは。
 この声は…。

「あ…」

 振り返ったら、彼がいた。

 名前も知らない外国人青年は、真っ青な顔を怒りに強張らせながら、有利を睨み付けている。彼が怒っているのは確かなのに、その顔を見た途端にドウっと押し寄せてくるものがあって、有利は《ふくぅ〜…》っと変な声を上げると、ぼろぼろと涙を溢れさせてしまった。

「ふぇ…うぇえん…っ!」
「あ、ちょ…君っ!」

 おろおろと慌てた青年は怒り顔を収めて、困ったように周りを見回していたが、青年の行為に感激してパチパチと手を叩く周囲の人々は、生暖かく見守るばかりだ。特におばちゃん達は肝を冷やした分、この微笑ましい光景にニコニコしている。

「あらあら、怖かったのねぇ」
「あなたの顔を見たらこの子、安心しちゃったのよ」
「怒るのは後にして、今はしっかり抱きしめてあげなさいな」

 大仏パーマのおばちゃん達から口々に言われて、青年は困ったように肩を竦めると、彷徨わせていた手で恐る恐るといった風に、有利の背中を撫でつけてくれた。そうしたら安心してきて、ますます涙が溢れてしまう。

「ゴメ…なさ……。俺、二回も助けて貰…っ」
「謝らなくて良いから、もう二度とあんなことはしないで?俺は心臓が止まるかと思ったよ」

 諭すように掛けられる言葉は厳しさと優しさを同時に伝えてくれて、この名前も知らない青年が本気で有利を心配してくれていたのだと知れる。

「ハイ…もう、じまぜん…。だずげでぐれで、ありがでうございまず」

 ずびずびと鼻水まで垂らして泣きじゃくる有利を優しく撫でつけて、青年はくすりと苦笑すると、逞しい両腕に力を込めて、有利を抱きかかえたまま立ち上がった。
 その動作に、周囲のおばちゃん達は《うぉおお…っ!》と大盛り上がりだ。

「あら〜。良いわねぇ!美形青年にお姫様抱っこなんて!!」
「あらあらまあまあ!ハーレクィーンロマンスみたいだわねぇ!」
「やだよトメさんたら。こういうのはビーエルっていうのよ?」
「何ソレ?PL学園とは違うの?」
「ボーイズラブよ」
「ボーズラブ?」
「そう、坊さん同士の愛…じゃなくて、ああ、そういうのもアルのはアルけど…」

 おばちゃん連中の盛り上がりを背に、青年は有利を抱えたまま早足に進んでいく。彼の居住地に近い場所でのお姫様抱っこは、近所の評判を変えてしまうのではないかと思ったのは後のことで、その時には色んな事に頭がいっぱいいっぱいだった有利は抵抗する気も起こらなかった。

 《助かった》とも勿論思うのだけれど、それ以上に、この青年に抱きしめられているのがとても気持ちよくて、うっかりぽんと身を任せてしまった。

「あの…どこに…」

 おずおずと声を掛けてみると、青年は硬い口調で返事を寄越す。

「家まで送る。君が嫌がっても、絶対送る」

 頑とした口調は決然としており、絶対にこの主張を枉げる気はないらしい。短時間に2回も危機に晒された身としては、返す言葉もないところだ。

「ゴメンなさい…」
「謝らないでって言ったよ?」

 恐縮しきって身をちぢ込ませていたら、やっと青年は柔らかい笑みを浮かべてくれる。ライトに映える横顔が有利を見つめる様に、胸の奥が熱くときめくのを感じずにはいられなかった。 

『ああ…この人、なんていい人なんだろう!』

 いったいどうやったらこの人に恩返しが出来るだろうか?有利は小さな脳味噌をフル回転させて、ちっぽけで懐の寂しい高校生に何が出来るかを全力で考えた。

 だが、それ以前にもっと大切なことがあるのを不意に思い出す。

「あ…あの!俺、渋谷有利って言いますっ!」
「え?」

 きょとんと目を見開いている青年は、妙なタイミングで名乗られたことに驚いたようだが、それでもくすりと微笑むと名前を教えてくれた。

 有利は《コンラート・ウェラー》という名前を上手く発音出来なくて、《コンラッド》と呼びかけたら、《それで良いよ》と言ってくれた。本当におおらかで優しい人だ。

「ユーリか。もしかして、夏の生まれ?」
「え、何で分かるんですか?」
「本当にそうなの?俺の故郷では7月を意味する言葉なんだよ。新緑が陽射しに映えるとても良い季節だよね」
「そうなんだ〜。親父が銀行員だから、てっきり《利回りが良い子になれ》って意味だとばかり…」
「そういう字面なの?」
「ざ…残念ながら」

 青年は先程までの怒りを収めて、くすくすと楽しそうに笑いながら《ユーリ》と何度も呼んでくれた。そうされると、まるで名前がきらきらと夏の陽射しの中で光っているみたいに感じて、くすぐったいような、嬉しいような心地になる。

 ああ、この人に呼ばれると、いつも苦手だったこの名前までもが大好きになってしまう。

「コンラッドは…あ、スミマセン、コンラッドさんは…」
「さん付けなんて良いよ。ご縁あってもう一度会えたわけだし、折角だから友達にならない?」
「良いのっ!?」

 嬉しい嬉しい嬉しいっ!!

 ぱぁんっと弾けるような笑顔を浮かべて、腕の中で飛び跳ねると、何でもないことのようにサラリと口にした筈のコンラートが、《ほぅ…》と安堵したような気がしたのは気のせいだろうか?
 
 まるで、彼自身その申し出をどう取られるかと内心冷や冷やしていたなんて、そんなことはないだろうか?

「友達なんて烏滸がましいかも知れないけど…マジで嬉しいデス!迷惑掛けたらいけないと思って遠慮してたんだけど、コンラッドの部屋って凄く居心地がよくて、長居しちゃいそうだったんですっ!!」

 本当はコンラート自身の雰囲気が居心地良かったのだけど、何となく照れくさくて言えない。

「嬉しいな。いつでも遊びに来て?」

 にこにこしながら、コンラートはぎゅうっと有利を抱きしめてくれた。逞しい胸筋と、大好きになった彼の匂いに包まれて、何とも言えない幸福感が湧いてくる。《友達》というのは素晴らしい扱いになるようだ。元々フレンドリーなコンラートは、こんなにも一次的接触を増やしてくれるらしい。

『やったぁ〜っ!』

 ふくふくと沸き上がる幸せに弾む有利は、やっぱり危険な真似を止められそうになかった。こんな素敵なご縁で結ばれるのであれば致し方ないことであろう。 
 





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