〜チーコ様からのリクエスト〜
「恋愛ダービー」−1








 きらきらと不均一に光るたくさんの揺らめき。多分、それが見える方角が水面だろう。 有利はそう見定めると小脇に抱えた少年を掴み直し、一心不乱に泳ぎ進んだ。重力を探知できない世界では上下方向を見いだすことなど出来ず、もはや光源だけが頼りだ。

『なんだってこんな事に…つか、こんなトコに…』

 息が苦しすぎて頭がクラクラするし、もがき続けて痺れたように感じる腕は、後少しで動きを止めてしまいそうだ。なにせ、水を必死で掻くという動作は思う以上に体力を奪われる。生地の分厚い学生服など着こんでいれば尚更だ。ここのところ筋トレもさぼりがちな高校一年生には、相当負荷の重い試練といえよう。

 自分だけでもキツイというのに、更には同じくらいの少年まで抱えているから余計にしんどい。しかもこの少年、果たして《友達》と呼んで良い存在なのだろうか?そこまで深い付き合いをしていた記憶はない。
 ただ、このまま揺らぐ水の中に放っておけるほど非人情にもなれなかった。村田健は少なくとも、元クラスメイトという関係にはあるのだから。

 ごべがばばっ!!

 まだ着かないのか?
 苦しさに藻掻いていたら貴重な水泡が口の中から溢れてしまう。なんて勿体ない。

 この状況に巻き込まれた時には宇宙空間みたいな所をビュンビュン飛んでいて、その間は確かに息が出来ていたはずなのに(急激な加速のせいで息が詰まるというのはあったけど)、今は明らかに何らかの水の中にいて、肺の中にある空気が尽きたら多分死ぬだろうという状況にあった。

『あの便所の下水処理した人、ナニ考えてこんな複雑な仕組みにしたんだよっ!』

 何となく下水処理してそうな薄緑の作業服を思い浮かべるが、果たしてナニ考えていたからと言ってこんな仕組みなど人間に作り出せるものだろうか?

『いや、もういいや。とにかく空気空気っ!』

 今は原因など探求している場合ではない。とにもかくにも空気の確保だ。懸命に片腕と両脚を使って水面を目指していくと、唐突に眩しさが強くなる。
 すると突然、力強い腕に引っ張られた。

「がへぁっ!!」

 海から陸上に上がった肺魚の気持ちが、ちょっと分かる。あんなに求めていた空気なのに、突然晒されると困惑してしまって、げへがはと咳き込んでしまった。多分、慌てていたから空気と一緒に水滴を吸い込んでしまったのだろう。

「○△□…」

 混乱しているせいか、救出してくれた人が一体何を言っているのかよく分からない。

「え?…あて〜…ナニ?」

 全身ぐしょ濡れな上に鼻水やら涎やらでへろへろの顔を見上げてみれば、そんなものを晒すのが申し訳ないくらいの顔ぶれが居並んでいて、思わず目を剥いてしまった。
 公園の女子便所に引きずり込まれただけでも異様な事態だったというのに、目の前に広がる風景はどうにも理解しがたいものであった。
 随分と緑の分量が多いわ、建物自体に重要文化財級の価値がありそうな博物館風建物が建っているわ、居並ぶ人々は一様にファンタジー様の衣装に身を包んだ外人さんばかりだわ。

 何が一体どうなっているのか。

「………ハイ、これ何のイベント?ファンタジー系コスプレイヤーの方々が助けてくれたわけ?」

 ぽかんとして大口を開けていたら、濃紺の髪と蒼い瞳を持つ威丈夫が不審そうに顔を歪めた。なんだろう。コスプレイベントのチケットを使わずに不法侵入したから、《一般列に並びくされ》という意味だろうか?

 兄の勝利がその道(?)の人なせいか、野球にしか興味がない有利も半ば催眠教育のようにして知識を刷り込まれている。その道の人たちが彼らの常識を侵す時、普段は比較的大人しい《その道ラー》は吃驚するくらいの勢いで怒るらしい。  

『それにしても、えらくナチュラルなコスプレだな〜』

 兄が自慢げに見せてくれた美少女系コスプレの女の子は、幾ら可愛い子でもやっぱり色々と無理があった。ピンクの髪のツインテールだとか、緑の髪の縦ロールだとか、やはり人類として色々間違っているのだ。
 
 ところが、目の前でえらく仕立ての良い軍服風衣装に身を包んだ青年は、やたらとその姿が堂に入っている。特に、蒼い瞳と北欧系の彫りの深い顔立ちは、とても日本人には見えない。

「×××っ!!」

 なんだろう。威丈夫の後ろに、きゃんきゃん吠えている小型犬みたいな奴が居る。視線を向けてみると、これまたくっきりとした顔立ちの金髪碧眼軍服少年がいた。濃紺の男とは似ていないが、こちらはこちらで明らかに洋風の顔立ちをしている。その金髪を叱る長身の青年も、あまりにも自然な銀の長髪を風に靡かせていて、シルクのような光沢を持つローブを纏っている。

 身体のラインにフィットしたセクシードレスを纏う、ゴージャスな美女もいる。こちらはデザインだけ見ると銀座のママみたいではあるが、やはり高貴な身分を思わせるオーラを放っていた。しきりと高い声を出して同じフレーズを繰り返しているのは、ひょっとして《可愛い》と言ってくれているのかも知れない。ゴージャス美女はかなりの長身のようだから、ちんまりとした東洋人はペットのように見えるのだろうか?

「○△□っ!」

 彼らを押しのけて前に出てきた中年男性は、更に派手な衣装だった。金糸銀糸の刺繍やらマントのビラビラ、勲章の類で目まぐるしいような印象だし、良く喋る。取り巻きっぽい連中を何人も連れているが、威丈夫や金髪少年、ロープ青年とは折り合いが悪いっぽい。

 小脇を固めた軍服美女軍団や、重厚な柱の影からおずおずとこちらを伺っている巫女服姿の女性達も、あまりにも不自然な筈なのに、異様に《しっくり》として見える。なんというか、背景や空気感に溶け込んでいるのだ。身につけた衣装は豪奢であると同時に、着慣れた雰囲気がある。生活着として常に着用していることが布地の光沢から伺えた。

「あ〜…ひょっとして、映画の撮影っ!?」

 最早この出来はコスプレの域を出ている。プロの仕事だ。きっと自然な雰囲気を醸し出せるように、衣服もわざと複数回の洗濯にかけているに違いない。
 ということは、よほど本格的なファンタジー映画の撮影現場に雪崩れ込んでしまったのだろう。

 よく見ると、有利も村田も広場のど真ん中にある噴水の中にいた。
 うん、これは目立つ。激しく。こんな所に学ラン姿の高校生がいたら、撮影どころではないだろう。世界観ぶち壊しだ。

「ご、ゴメンなさいっ!あの…悪気とかは全然無くてですね?どっちかっつーと、俺たちも被害者っつーか!」

 慌てて頭を下げると、一体何処に向かって良いのか分からないが、ともかくセットから出て行こうと村田の手を引いた。さっきまで気絶していた彼も、どうにか意識を取り戻したみたいだし。

 ところが、今まで全てを有利に委ねていた村田の方は変に落ち着いた態度で、よく分からない言語で青年達に話しかけている。

『やっぱ頭の良い奴は違うな〜。英語じゃないみたいだし…何カ国語かできんのかな』

 村田は自分たちが通っていた中学のレベルからは、かなり逸脱した能力の持ち主だった筈だ。ただ、物凄く運はないらしい。中学受験の時にインフルエンザを拗らせたか何かで有名校を受けることが出来ず、自動的に地域の中学に行くしか選択肢がなかったようだ。そのせいで中学時代を《棒に振った》と、職員室で先生達が喋っていたのを思い出す。村田は知識をひけらかすことはなかったが、先生達は教えにくさを感じていたらしい。時折休憩時間に村田から質問されて、ヘドモドしている先生も見たことがある。
 常に欠点ギリギリだった有利からすると、考えも付かないような知識レベルなのだろう。

 ただ、彼なら途中から編入試験を受けることも可能だったと思うのだが、何故かそうはしなかった。模試の成績などを見るに、もはや学校での教育がどうこうというレベルではなかったのかも知れない。高校さえ良いところに行けば、中学がどうでも学歴には関係ないのだろうし。

 ある意味別世界に住んでいた村田に、特に友情なんてものを感じたことはない。
 それでも無視出来なかったのは、彼が有利の方を《見た》からだ。

 公園で典型的な不良連中に囲まれていた村田は、自転車で通りかかった有利に声こそ掛けなかったものの、縋り付くような目で見ていた。
 それで見捨てては男が廃るだろう。いや、今は女の方がよっぽど勇気を持って助けたりするかも知れないけど。

 村田がペラペラと淀みなく喋り続けると、銀髪の優しそうな青年が応対してくれた。濃紺と金髪はまだ困惑したような顔をしているが、一応納得はしたようだ。きゃんきゃん吠えていた金髪も、喚くのは止めた。

 くりんと振り返った村田は、苦笑しながら有利に手を差し伸べてきた。

「お礼が遅れてゴメンね、渋谷。助けてくれてありがとう」

 トレードマークの眼鏡はちゃんと顔に掛かっていて、眩しい陽光を弾いて表情を読みにくくしている。あの水流の中でよくもまあ無事だったものだ。

「いや…結局一緒に排水溝流された訳だし、かなり助けた感に乏しいから別にお礼とかはイイよ。つか村田、このイケメン俳優さんたちに何て言って説明してくれたんだ?」
「イケメンはイケメンだけど、俳優さんじゃないよ。この人達、本職」
「本職のコスプレイヤーさん?」
「いやいや、本職のお貴族様」
「はあ?」

 外人みたいに大袈裟な形で肩を竦めると、村田は困惑する有利を幾分強引に引っ張って噴水の外に連れだした。

「後で説明したげるよ。それより、幾ら気候が良いとは言っても濡れたままじゃ風邪を引くよ?着替えを用意してくれるみたいだから、行こうよ渋谷」
「う…うん……」

 頭が良い上に状況に馴染むのが上手な村田に、何だか違和感を覚えてしまう。彼は昔からこんな風だったろうか?

『前は…何か、周りから一線引いてるような感じだったけどな』

 有利よりもたくさんの友達がいて、教員からも一目どころか百目くらい置かれていた優等生君。そのせいなのかどうか分からないが、彼はどんなにうち解けて喋っているように見えても、心の何処かが常に醒めているように見えた。《自分がこう言えば、こういう反応が返ってくるだろう》と分かっていて喋っているみたいに。
 何だか、上手なお芝居を見ているみたいだった。

『あ〜…でも、一回だけ本音っぽいの聞いたことあったっけ』

 今ではうっすらと記憶の片隅に残る程度だけど、一度だけ彼は有利の前で泣きそうになったことがある。そして、初めて本当の笑顔も見た気がする。ほんの一瞬だったけど。
 もしかするとその時のことがあったから、彼を見殺しに出来なかったのかも知れない。

「ね、行こう?」
「…うん」

 明るい雰囲気を醸し出そうとしている村田は、やっぱり仮面を被っているように見えた。それでも手を振り解かずについていったのは、このよく分からない状況について、村田が何か知っていそうだったからだろうか。

 それか、もう一度《素顔》の彼を見たいからなのか。
 
『良くわかんないや』

 ひゅうっと吹き抜けてくる風の冷たさに、あまり考えているような場合ではないと悟る。とにもかくにも着替えをれると言うのなら、従うしかあるまい。



*  *  * 

 


 有利はどうやら、相当奇妙な状況に陥っているようだった。

 有利と村田は何故かぴったりサイズの、対になるよう作られたみたいな漆黒の長衣を着せられた。デザインはシンプルながら、袖や襟に縫い込まれた精緻な刺繍は精巧で、布地も上質なものだろう。しっとりとした肌触りは気持ちよすぎて、逆に落ち着かない。

 通された部屋だって、とても撮影の邪魔をした一般人が通されるとは思えない重厚さだった。ホテルと言うより、中世から伝わる古城のような雰囲気を持つ建物の中には深い飴色に磨かれた木材に、蔓草を模した同モチーフの銀細工が施されている。毛足の長い絨毯を靴で踏んでいるというのも、日本人にはなかなか馴染めない感覚だ。せめてスリッパに履き替えたい。

 所作がやけに綺麗なメイドさんが熱い紅茶を注いでくれたが、透けるような薄い陶器は如何にも高価そうで、囓ったらヒビを入れてしまいそうでドキドキした。

「どっかり構えていたら良いよ、渋谷。夕食までは放っておいて欲しいって頼んでいるしね」

 村田は随分悠然と構えている。良い育ちなせいか、カップを持つ手つきも心なしか優雅だ。ただ、物馴れない有利を軽く見る事はなく、どこか暖かく感じる眼差しを向けてくれるのがせめてもの救いか。

「なぁ…村田。これってどういう状況なわけ?俺…全然把握できてないんだけど。お前随分と落ち着いてるけど、今どういうことになってるのか分かってんの?」
「僕だって、全ての事態を掌握しているわけではないんだけどね」

 茶器を唇に宛いながら、村田は困ったように肩を竦める。そんな動作にさえ自然な落ち着きがあって、彼がこちらの世界に溶け込んでいるのが分かった。寧ろ、中学校の校舎に居たときよりもしっくり来ているようだ。
 まるで、彼の居場所は元からここだったみたいに。

 有利の予感は村田の言葉で半分肯定され、半分否定された。

「僕はこの世界について知っている。だけど、来たことは一度もない」
「世界…」

 妙な言い方だ。まるでここが日本ではないみたいな…いや、そもそも、地球ではないみたいな。

 急に、背筋がゾクリとした。
 村田に何か言って欲しいのに、言われたことで色んな事が変わってしまいそうなのが怖くもあった。

「信じて貰えるかどうか分からないけど、どうか僕がおかしくなったのだとは思わないで欲しい。ここは眞魔国という、僕たちが産まれ、生きてきた世界とは違うところだ」

 冗談を言っているとは思えない口ぶりで、物凄く受け入れ難いことを村田は言い出した。

 村田が言うには、彼は4000年も昔にこちらの世界で暮らしていた頃の記憶があるのだという。更にはその後生まれ変わった、全ての人生について記憶しているのだと。
 《村田健》としての人生と、それらの記憶が別物であることを理解したのは5歳くらいの頃だったそうだ。母親には話したが、最初の内はテレビか何かで見た記憶と混合しているのだろうと取り合っては貰えなかったらしい。

 毎夜夢を見るごとに、少しずつ記憶は明確になっていく。生々しい質感や当時の感情を辿る行為は、幼い少年にとってかなりの負荷だったようだ。特に、眞魔国で軍師という役割にあった彼の過去世では無惨な死や、親しい者の裏切りにも遭っている。哀しみや悔しさや恐怖が綯い交ぜになって襲いかかってくるのに耐えきれず悲鳴を上げれば、シンクロした母まで《この子はおかしくなった》と半狂乱になり、高名な医者がいると聞けばどこにでも連れて行って診察させられた。

 けれど、決まって言われるのは《幼児期に特有の不安定感によるものです》《成長と共に落ち着きます》との答えだった。様々な心理テスト、光トポグラフィー、MRI等々繰り返しても、不思議な夢のこと以外には何の異常も見いだせなかったからだ。

 いつしか村田は、夢を見てもいちいち母親に報告しなくなった。ケロッとした顔で《最近そういうの見ないんだ。先生達が言うように、成長と共に落ち着いたのかも知れないね》なんて言えば、母親は安心してくれた。
 それと同時に優秀な商社マンであった彼女は息子のことよりも仕事に没頭するようになったが、そもまた仕方のないことだろう。彼女が不安定になっていた要因の一つは、夫があまり協力的でなかったことと、彼女が息子にかまけている間に仕事が滞るせいだったのだろうし。

 村田は夢は夢として現実から切り離して、それがたとえ真実存在したものなのだとしても、今の自分には関係ないものとして捉えることにした。そうすることで現実世界の村田健として生きていくことが出来るようになったのだと。

「でも…不思議なもんだね。こうしてこっちの世界にやってきて、覚えのある建物や空気感に浸っていると、こっちの世界こそ自分が生きるべき場所だって思っちゃうんだよ」
「へぇ〜。そういうもんか」

 そうすると、村田はこの世界に《呼ばれた》人なのかも知れない。あまり映画やら小説など見ない方だが、ミットの手入れをしているときに家族が見ているテレビでそういうテーマの映画を見た。元々異世界で生まれた人物が、そうとは知らずに地球で暮らしているのだけど、どこかで《自分はここにいるべき存在ではない》と思い続けている。ある切っ掛けから友達と共に本来の生まれ故郷に戻るのだけど、そこでも色々と思い悩む羽目に陥っていた。

 ラストは見ていない。眠くなったせいもあるが、主人公の友達にちょっと苛ついてしまったのが大きいように思う。召還されたのは主人公だというのに、友達は自分こそが選ばれた存在で、異世界を変える救世主なのだと信じていた。
 《だから俺は、地球では違和感を感じ続けていたんだ》と、友達は言う。
 親と上手く行かないのも、成績が悪いのも、女の子に振られるのもきっとそのせいで、いつかこの世界にやってきて定着するために、未練を残さないように意図されたことだったのだと…。

『お前は、選ばれてないんだぜ?』

 有利の目には《友達》が酷く痛々しい存在に感じられた。元の世界での報われなさっぷりに変な共感を覚えそうになって、嫌だったのだ。

『俺は、この世界で脚踏ん張って生きてるもん』

 過保護気味の家族とは上手くやってる。成績は悪いし女の子には振られているけれど、それは生きていれば当然遭遇する、ごく平凡な人生経験だ。別に異世界で求められているからとかじゃない。

『君こそが我らの希望』

 普段は取るに足らない存在なのに、別の場所では羨望の的…そんな妄想に浸るほど自分は可哀想な存在ではない。そう思いたかった。

『今の俺ってどう考えても、村田に巻き込まれてコッチの世界に呼ばれちゃってるよな?』

 冷静でいなくてはならない。
 妙な妄想に駆られたりせずに、《主人公村田健》の友達として役割を全うするのだ。きっと村田がこの世界で何らかのミッションをクリアしたら、有利も一緒に元の世界に戻れるだろう。そうしたら、この縁薄かった元クラスメイトとも友情が結ばれるかも知れない。きっと、それなりに縁があって巻き込まれたのだろうし。

「懐かしい世界に来られて良かったな。俺、こっちの言葉とか全然分かんないし、特別な力とかもないけどさ、出来ることは手伝うかんな?一緒に頑張ろうな」
「え?渋谷、君どういう立ち位置にいると思ってんの?君も僕と同じ《双黒》なのに」
「ハイ?」
「あ〜、ゴメンね。感慨に浸りすぎて今の状況ちゃんと伝えてなかったね。あのさ、僕と君は同列の《双黒》なわけ。眞魔国では黒を帯びる者はそれだけで一生困らないくらい厚遇されるんだけど、僕たちには更に派手なオプションが付いてる。僕たちのどちらかと真実の愛で結ばれた者が、新たな魔王陛下として眞魔国を治めることになるんだ。責任重大だよ?」
「…………………ハイ?」

 それは明らかにアレだ。どう考えても男主人公に用意されたミッションではないのではないだろうか?《平凡な女子高校生がある日異世界に飛ばされて、王を決めるための巫女として各種取りそろえた美形男性達から求婚を受ける》なんていう、かなり妄想入った《乙ゲー設定》だ。

「ええと…マ王陛下とやらになりたいのって、女の子?」
「可能性として無いことはないけど、今回名乗り出てる面子の中にそういう人は居ないね。ちょっと訳ありでこの国の人たちは《女王様は当分いらない》って気持ちで居るみたいだし。取りあえず、さっき噴水のトコにいた人たちが主要メンバーだよ。あの中に、真実その資格がある人が含まれているかどうかは分からないけど。取りあえず魔王として立候補しているのはあの連中だけみたい」  
「ちょ…ちょちょちょちょっ!」
「超超超超イイ感じ?懐かしいフレーズだねぇ〜渋谷」
「いやいや、一世風靡した女の子グループの歌にあやかったりとかしてないから!んなことより村田、お前…さっき《真実の愛》って言ってたじゃんか!あの人達、どう見たって男だよ?」
「うん。この国ってさ、やたら長寿な上に性的な禁忌があんまりないから、元々同性婚に対して違和感とかないの」

 仕事しろよ、違和感。

「嗜好的にそうだとしても、仮にも王様だろ?マが刺したって王様だろ?だったら流石に世継ぎとか…」
「だから、そういうのいらないんだって。魔王は世襲制じゃなくて、指名制だからね。この国に於ける神っぽい存在、眞王が普通は決めるんだ。今回は何を思ったのか、僕たちとの愛で決めるなんて妙な提案をしてきたようだけどね〜」
「妙にも程があるよっ!!」

 何が哀しゅうて、女の子にモテないからといって男と結ばれねばならないのか。大体、王様になるための道具としてしか見ていないだろう相手と、真実の愛なんて結べっこないではないか。

「永遠に真実の愛なんて結べねぇよぉ〜っ!あの連中見たろ?凄ぇ美形揃いだったじゃん!俺の事なんて《ああ、性別が男な上に顔が残念なんて》…ってガッカリアイで見てたに決まってるよーっ!」

 村田はこう見えて結構可愛らしい顔立ちをしているから、頑張れば愛の一つも育めるかも知れないが、有利は絶対に無理だ。ジャガイモみたいな男子高校生にどういう役回りを持ってきやがるのか。

「ナニ言ってんだよ渋谷。あの連中が君のことどういう目で見てたのか気付いてないの?」
「罵倒されまくってたじゃん!」
「あれは君が眞魔国語を喋れなかったからさ。彼らは二人の《双黒》から正しい相手を選ばなくちゃいけないのに、その片割れが会話不成立となると、どうしたって不平等になるだろ?」
「村田と結ばれりゃ良いじゃん!」
「《双黒》のどちらと結ばれても魔王になれるって訳じゃないんだ。この争奪戦のルールは、二人の《双黒》から眞王の眼鏡に適った人物を選び出し、愛で結ばれることだ。違う相手と結ばれた場合、魔王への道は閉ざされる」
「どっちが正しい選択肢かってのは、いつ分かるんだよ」
「30日後」
「そんなにかかんのぉ〜!?う、いや…恋に落ちてどうこうってのを考えたら、逆に短いのか!?」

 30日間のお試し期間中に、二人はあの超絶美形達から熱烈なアプローチを受けることになるのか。かなり堪ったものではないストーリー展開であった。






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