第三章 [ーB






「し…っ!」

 唇に人差し指を立てるというゼスチャーを村田から受けると、コンラートは慌てて口元を覆う。

[くく…ははは…っ!噂通り、面白い女だ!]

 慌てるコンラート達の反応をよそに、眞王は寧ろ楽しげな哄笑を放っていた。

[では、その正直さに免じて焦らすことなく本題に入ってやろう。今日…お前を呼び出したのは他でもない。お前の死後、その魂を次代の魔王に封入したいのだ。それも、なるべく早期に…な]

 それは、うら若き乙女に対して残酷な筈の申し出であった。
 実際、アーダルベルトは怒りのあまりヨザックの拘束を逃れて暴れ出そうとしていた。

 けれど…《早く死ね》と言われているに等しいその台詞を、何故だかスザナ・ジュリアは端然として受け止めた。

[分かりました。お受けします]
[……ふむ?]

 あまりにもあっさりと了承されたせいか、眞王の方が拍子抜けしているようだ。

[ですが、幾つか条件があります] 
[言ってみろ]
[まず質問させていただきます。何故、私にその旨を告げられるのですか?]
[何…?]

 それは眞王にとっても予想外の発問であったらしい。
 《どうして私が…》とか、選ばれたことに対する答えは用意していたのかも知れないが、まさかそこを指摘されるとは思ってみなかったのだろう。

[だって、死後のことですもの。私が了承しようとすまいと魂など勝手に持って行けるのではないですか?]
[ふむ…やはり面白い女だ]

 興味を惹かれたのか、眞王の気配が邪悪なだけではない何かで希釈される。

[理由はある。お前に少しでも未練があると魂の精度が落ちるのだ。俺が欲しいのは最強の魔力を持つ魔王だからな。ソレを作り出すために、お前の未練を断っておいて欲しいのだ。何が望みだ?スザナ・ジュリア…何でも聞いてやるぞ?]
[一つお聞かせ下さい。私の死後、魂はどこに、どのように運ばれるのでしょうか?魂を受け継ぐ者は決まっているのですか?男ですか?女ですか?]
[性別はまだ決まっておらぬ。まだ、生まれていないからな。だが…場所は決まっている。《チキュー》という、我らの住む星とは異なる場所だ。そこで生まれるのは…双黒の魔王だ]
[異なる世界…。そこに、どうやって魂は運ばれるのでしょう?]
[私が信頼する者に託す]
[眞王陛下が信頼される者ですか?その方を信頼することは私には困難ですね]

 またしても暴言を吐くスザナ・ジュリアであったが、それは過酷な運命を押しつけてくる眞王に対するクレームというわけではなさそうだった。

[何故だ?万能たるこの私が信頼するのだぞ?]
[ご自分で信じてもおられないことを、私に信じさせようというのですか?眞王陛下…あなたは、あなた以外の力に半ば侵されていますね?それは…創主の力でしょうか?]
「……っ!」

 興味を越えた驚愕に、眞王が目を見開くのが分かった。

[ギュンターに、古文献に記された眞王陛下の記録を辿って貰ったことがあります。その時、とても気になることがあったのです。眞王陛下がお亡くなりになられたという記録は、何処を捜しても無かった…。あれほど偉大とされた方がお隠れになるとき、何故その年数が不明であるのか…。とても不思議でした。けれど、今日お会いしてやっと分かりましたわ。眞王陛下は、完全には滅ぼすことの出来なかった創主を、ずっと封じておられたのですね…。しかも、眞王陛下は《なるべく早期に》と仰られた…。きっと、創主の力が眞王陛下の抑制を凌駕するまで、時間的余裕がないのでしょう?]

 スザナ・ジュリアの声に含まれていたのは、万能の者に対する畏敬ではなかった。
 それは、限界を知りながらも…それを越えた力を発揮せねばならなかった者に対する憐憫と、感謝の想いであった。

[私は、眞王陛下という存在を今も尊崇しております。ですが…四千年に渡る時の中で、眞王陛下ご自身のお力は酷く衰微しておられる…。その意識と気配さえ、禍々しい創主の力に侵されておいでです。そのあなた自身を尊敬することは出来ても信頼することは出来ません。ましてや、あなたが信頼する私の知らない誰かなど、どうして信頼することが出来ましょうか…!]
[ふん…大した女だ……]

 古き時代の男が、先進的に優れた女性に対して感じるのと同じ感慨を持っているのだろうか?眞王は苦渋に満ちた言葉を漏らす。

 だが…それはどこか、苦みを愉しんでいる印象さえあった。
 彼に向かって対等な立場から意見を提示してくる存在など、大賢者以外に存在しなかったのだろうから…。

[では、誰を信じる?]
[私の魂を運ぶ者には、ウェラー卿コンラートを推薦します]

「………っ!」
「…っ!」

 アーダルベルトとコンラートが同時に息を呑んだ。
 今まさに(いや、実際には大昔なのだが)、運命の決断が下されたのだ。

[何故だ?お前はフォングランツ家の男と婚約していると聞いたが…。親の決めた結びつきよりも、混血の男が愛しいか?]
[愛と勝負事は別物として考えた方が良いですわ。誰よりも愛おしい方が、良いカードとは限らないでしょう?生命を賭けた勝負ですもの…少しでも勝率の高いカードを選びます]

 くすくすと清楚な笑い声を上げるくせに、言っていることは一流の勝負師のようだ。

[コンラートを選んだのには幾つか理由があります。一つは、彼が混血であり…多様な価値観を持ちうる男であるということです]

 ジュリアは淡々と…理路整然と自分の選出理由を提示していく。
 そこに恋情や葛藤といったものは一切含まれておらず、戦術家が兵士を駒に見立てて作戦を練るかのようであった。

[いつかその魔王が眞魔国にやってきた時、コンラートならば隔意なくその方を支えてあげることが出来るでしょう。新たな魔王が十貴族ではなく異世界の住人であるというなら、アーダルベルトをはじめとする純血貴族が拘り無く受け入れることは難しいでしょう。生まれた時から構築されている価値観が変化することは、不可能ではないにしても時間が掛かるでしょう?きっと、それだけの時間は私たちには残されていない…]

 アーダルベルトについて論述する時には、流石にジュリアの声に苦いものが混じる。
 彼女は事あるごとに自分の持論を展開していたが、アーダルベルトがそれをまともに取り合ったことは殆どないのだ。

「……」

 アーダルベルトもそれが分かっているから沈黙してしまう。

[また、他の混血の者では次代の魔王陛下や純血貴族に対して謙(へりくだ)りすぎます。魔王にとって精神的な支えにはなれても、物質的に支えることは出来ないでしょう。その点コンラートは混血として差別を受ける身ながら、間違いなく現魔王陛下の御子です。その発言と行動には裏付けとなる力があります]
[………見事だな]

 その論理的展開につけ入る隙はなく、なるほど現在の眞魔国内の情勢から見て最上の選択であると見て取れた。

 眞王をある程度納得できたことを理解すると、ジュリアは少し声を柔らかいものに変えた。

[そして…コンラートを選んだもう一つの理由は、彼を選ぶことで…彼を、守護していただきたいからです。アルノルドへ向かうルッテンベルク師団長に、出来る限りの恩寵を賜りたいのです]

「……っ!」

 コンラートは瞠目したが、何とか声を殺すことは出来た。
 今まさに、自分が聞きたかった事情が明かされつつあるのだ。

[俺が聞くと思うか?]
[何でも叶えてやると仰いました。可能な限り、護って下さい]
[ふむ…可能な限り、な…]

 鷹揚に頷く眞王に対して、スザナ・ジュリアが必殺の切り札を繰り出した。

[彼には、ウィンコット家に伝わる魔石を持たせております。それが人間の手に渡ったら…眞王陛下もお困りになるのでは?]
[……分かってやっていたのか…]

 出立するコンラートの頚に、ジュリアはウィンコット家伝来の魔石を掛けた。
 その事実を確かに眞王は知っていたのだが、まさかジュリアがそこまで考えていたとは思わなかったらしい。

[我が家の開祖エアハルト・ウィンコットが残した魔石には、《禁忌の箱》が発動した際に働くよう何らかの仕掛けが組み込まれていると聞きます。それが何なのかまでは文献では不明でしたが、無くなっては困るものですよね?]
[恐ろしい女だな。全く…その魂を受け継ぐ者でなければ、心底死なせたくはないと思うぞ…]
[褒め言葉と受け取っておきます]

 優雅に会釈をすると、スザナジュリアは更に言を連ねた。

[もう一つお願いがあります]
[なんだ?]
[私が死ぬまで、コンラートにはなにも知らせないで下さい。更に、アーダルベルトには生涯なにも知らせないで下さい]

「ジュリア…」

 凛としたジュリアの声に、男達はその名を呼ぶことしかできなかった。

[何故だ?]
[少しでもその可能性を知られれば、彼らは全ての危険性から私を引き離そうとするでしょう。それでは、もしも私が死ぬことになった時、どうしても未練が残ります。私は残りの時間…それがどれ程の長さなのかは分からないにしても、やりたいことをやり尽くすつもりなのですから。絶対に邪魔はされたくないのです]
[何をしたいのだ?]
[生命を育みたいのです]
[子を為すというのか?お前は…]
[分かっていますわ]

 ジュリアの視線は自分の腹部へと向けられた。
 ゆったりとした長衣に包まれたその腹に、華奢な両手が沿わされる…。

[私は生まれて間もなく熱病で視力を失いました。そして、おそらくはその時…生殖機能も失ったのでしょう。少女時代から今に至るまで、私は月のものと無縁です]

「……っ!」

 コンラートの視線がアーダルベルトに向けられる。
 そして…その表情から悟ったのだ。

「…知っていたのか?」
「そうだ。婚約する前から、ジュリアは俺にだけは話してくれた…。それでも、俺は構わなかった…。世継ぎなど生まれなくとも、ジュリアさえいてくれれば良かったのだ…っ!」 
「アーダルベルト…」

 一途なアーダルベルトの言葉が伝わっているはずもないのだけど、映像の中でも丁度…ジュリアは彼の名を口にした。

[私は、戦地に向かいます。そこで、私に救える限りの命を救いましょう。魔族も、人間もなく…]
[代償行為という訳か?]

 子を為せぬ代わりに、今ある命を…または、命を生み出す者を護るいうのか。

[どう取っていただいても結構ですわ。私は…私の魂はコンラートに委ねるけれど、私の命はアーダルベルトを育む世界に捧げたいのです]
[負傷兵を救うことが、アーダルベルトを育むと?]
[繋がっていきますよ。必ず、繋げて見せます。私は…その為に生きるんです。私の愛する人が私がいなくなっても幸せでいるために、命を育み…世界を繋げていくんです。証明してみますよ?私は…一片の悔いもなく生き抜いてみせます]
[自殺は…]
[分かっています。自ら死ねば、魂は砕けてしまう。私は死にに行くのではないのです。生き抜くために行くのです。死とは、生の延長上にあるもの。そうであるならば、悔いのない死とは、悔いのない生の果てにあるものでしょう?]

 だから、《死ぬ》のではなく、《生き抜く》というのか。



 そこで村田の掌が離れると、頁はまたパラララ……っと捲れ始め、再び指が止められると…薄暗く、輪郭のぼやけた映像が出現した。

 ジュリアの視覚が反映されているせいか、全ての視界は朧気で…微かに明暗が見分けられる程度だったが、音声と息使いから死の間際、ジュリアが赴いたという野戦病院だろうと推察された。

 不意に、聞き覚えのある声が響いた。

[ジュリア…代わります…っ!]

 少し離れた場所にいたのだろうか?
 ギーゼラの切迫した気配が近寄ってくる。

[いいえ、あなたも魔力を使いすぎているわ…。他のみんなもね?]
[ですが…っ!]
[この方…故郷に帰ったら子どもが生まれるのだそうよ?]

 ジュリアが握る手の先には、死にかけた兵士がいるのだろう。魔族なのか人間なのかも分からないが、気配からいって年若い男なのだろうと思われる。
 もう浅く速い息しかしていないが…先程までは口をきいていたのだろうか?

[そんな兵はごまんと居ます…っ!]

 そうだ。
 あまりにも多くの命が戦場では呆気ないほどに喪われていき、こうして衛生兵が救うことの出来る命はほんの一握りに過ぎないのだ。
 全てを救おうなどと考えたら、衛生兵はやっていけない。

[そうね…だけどこうして、この方は私に関わっている。そして、後少しで命を繋ぐことが出来るのよ…。ね、頑張って…!後少し…自分の力を奥底から引き出すのよ…っ!]
[止めて下さい…っ!]

 泣きそうな声を上げてギーゼラが動くと…辺りはざわめき始めた。

「何が起きていると思う?」

 村田が問うと、ヨザックが推察を口にする。

「ギーゼラが懐剣を出したんでしょう。戦闘用じゃなく、助かる見込みのない者に安らかな死を与えるために衛生兵が帯びてる剣です…」

 それを、ギーゼラは負傷兵に突きつけているのか?
 だが、断末魔は聞こえない。

[…止めないのですか?]
[それはあなたのやりようだわ、ギーゼラ。私は止めない。ただ…分かっては欲しいの。私は…この方を救いたい]
[あなたは…どうして……っ!]

 ギーゼラの声は涙混じりとなり、震えている。
 だが…いつまでも男が絶命する気配はない。
 彼女には…殺す事は出来なかったのか。

[救いたいの。これは、きっと愛とかそんな綺麗なものじゃない。一種の衝動なんだわ。私の中から突き上げてくる、どうにもならない…衝動なのよ。私だって、生涯を通じて救った累計数を増加させるなら、今無理をしない方が効率が良いのは分かってる。だけど…私は今、この方を救いたいの]

 《一人を救う者が世界を救う》…そんな観念で動いているわけではないのだろう。
 論理的なように見えて、やはりこの女性の根幹を為しているのは情熱的な衝動なのだ。

[我が侭な人…っ!]
[そうよ…。あなたが私のやりたいようにさせてくれると知っていて…我が侭を言ってるんだわ。私に何かあっても、あなたが始末をつけてくれると信じているから、無茶が出来る]

 それは死後、ジュリアの身体がウィンコットの毒として悪用されないよう、死体の処理を任せることを言っているのか。
 それが、ジュリアを慕うギーゼラにとってどれほど酷な作業か分かっていて、それでも頼む自分を自虐しているのか…。

[ええ…そうよ…っ!私は我が侭な女…完璧な聖女なんかじゃない。それでも良いの…そんな私を、愛してくれた人がいたから…!]
[その方のためにも、あなたは生きるべきです…っ!]
[生きるわ。だけど、生き方を枉(ま)げることは出来ないの…]

 交わされる言葉の刃は、激しく火花を散らしながら互いの生き様を競わせる。

 愛する者と愛される者。
 生かしたい者と生きたいように生きようとする者…。

 どれが正しくて、どれが誤っているなどと評価を下せる者は誰もいない。

 次第に、ジュリアの視界から光が失われていく。
 もともとぼんやりとしていた視界が暗くなり、皮膚感覚や聴覚が鈍くなっていくが…僅かに残された感覚が最期の希望を彼女に伝えた。

 手の中に、温もりが戻ってきたのだ。

[良かった…]

 それが、彼女の《声》が発した最期の言葉だった。

 ギーゼラの絶叫が微かに響くが、それは次第に遠くなり…消えていく。

[これで良い]

 しかし、別の《声》がなおも彼女の言葉を伝えた。
 肉体の死と分離された意識が、スザナ・ジュリアとしての言葉を紡がせるのか。

[これで良い。これで…私は私として生きた]
[やりたいと思ったことを全て果たした]
[だから…たとえ残された人々がどんな選択をしても恨むまい]
[魂はコンラートの手で次代の魔王に受け継がれ…そして…]

 ふわりと視界が明るさを増していく。
 肉体の眼では見えなかったはずの視界が、ジュリアの目の前に広がっていく。

 それは…天上から見下ろした世界の光景だった。

 眞魔国…人間の国々…そして、それらを載せて周りゆく星…。

 全てが、眞王が見せたまやかしの《視界》とは異なる鮮やかさで眼前に広がっていく。 その光景を眼にしたジュリアの歓喜が、共に記憶を共有する者達にも伝播していくかのようだった。

[綺麗…]
[世界は、こんなに綺麗なのね…?]

 子どものようにはしゃぐ声に、ぼろぼろとアーダルベルトが涙を零す。
 死に際して、ジュリアが接したものがおぞましい光景でなかったことが…ただひたすらに嬉しいのだろう。

[アーダルベルト…あなたを取り巻く世界は、こんなに綺麗なのね…。あなたといられて、野山を共に歩いて…拳を交えて、私…本当に幸せだった…!]

「ジュリア…ジュリア……っ!」

 アーダルベルトはもう、ヨザックからの拘束は受けていなかったが、その場に泣き伏して身動きすることも出来なかった。
 滂沱の涙を流して、額を大地に擦りつけている。

[あなたがいつか、他の人を好きになったらいい。そして、私では望めなかった子供が沢山生まれたら良い…]

「そんなものいらない…っ!世界も子どもも何もいらなかったんだ。ジュリア…お前がいてさえくれれば、俺は…それで何もいらなかったのに…っ!」

 アーダルベルトの喉は血を噴き出すような勢いで、天に向かって慟哭した。

[きっと、私のものだった魂を持つ魔王にも会うんでしょうね?だから…絶対に魂のことは教えてあげない。だって…あなたが誰を好きになっても良いけれど、私に似たものを私のように愛されるのだけは我慢がならないもの…っ!]

 勝負師で我が侭で…そして、愛らしい乙女としての心を持つ女。
 それが…スザナ・ジュリアだったのか。

「惜しい女性だね…。本当に…渋谷のことがなければ、生きていて欲しいと僕でも願ったろう…」

 村田でさえ、その様な感慨を持ったくらいだ。
 他の者は、アーダルベルトもコンラートも…二人のヨザックですら例外なく、眦に涙を湛えていた。

 その見事な生き様は、喝采と涙を送らずにはいられないものだからだ。

「フォングランツ卿…スザナ・ジュリアの魂は、僕が責任もって然(しか)るべき胎児に封入する。必ず幸せになれるように、援助も惜しまない。だから…君は見送ってくれるね?」

 村田はゆっくりと掌を離し、頁を閉じて記憶の襞を魂の中へと収納した。
 そして、再び瓶の中に誘おうとしたその時…。

 アーダルベルトが異様に俊敏な動きを見せた。

 おそらく、彼自身コントロールできていないのだろう。その顔貌は驚愕にひきつり、動きは不自然で奇怪なものだった。
 コンラートの剣先を擦り抜け、ヨザックの拳をかいくぐり…アーダルベルトの手は、魂に伸ばされる。


 コオ……っ!


 アーダルベルトの仕掛けていた五芳星が光を増したかと思うと、動きは更に素早さを増した。

「駄目だ…っ!」

 村田は顔色を変えて魂を庇おうと身を重ねるが、アーダルベルトの腕は触手のように伸びて…いや、掌の中から伸び出したおぞましい光が伸び出してきて、魂の周りをシュルシュルと取り囲んで捕らえようとしている。

 五芳を描く法力陣を介して、創主の力が影響しているに違いない。
 魂を捕らえて、何か呪わしい存在の中にでも封入しようというのか…。

「止めろーっっ!!」

 村田の声に応えたのは魂だった。
 弱々しい光しか持たなくなっていた魂だったが、そこは正球の形態を留める選りすぐりの魂だ。持てる底力を発揮するかのように光を放つと触手を払いのけ、身を守ろうと飛び立った。

「………っ!」

 魂の飛ぶ方向に、村田の顔色が更に蒼白になった。

「まさか…っ!」

 
 
 魂が飛来していった先…それは、王都。


 本来、魂が向かうはずであった有利の身体が存在する場所であった。
 



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