第三章 YーA
『お兄様…私、怖いわ……』
第26代魔王指名との知らせを受けたとき、ツェツィーリエは最初のうちぽかんとしていたが…周囲の騒ぎや、初めて接する《帝王学》の学習を受けるうち、自分が《何》になろうとしているのかを朧気(おぼろげ)に認識すると、怯えきって兄に縋り付いてきた。
無理もない。
これまで愛らしく微笑むことだけを求められ、苦手な学問なども女の身であることから無理に教えられることはなかったのである。
最低限の教養さえあれば、後は女性らしく舞踏や手芸を嗜(たしな)む程度で良い…。本人も周囲もそのように認識していたのだ。
《花嫁に》というのならともかく、よもや、《次代の魔王に》と望まれるなど誰も想像だにしていなかった。
しかし眞王陛下の勅令は絶対だ。拒否した者や異議を唱えた者は、一様に悲惨な最期を遂げている…。
だから、シュトッフェルにできたことは懸命に妹を支え励ますことだけだった。
『大丈夫だよ、ツェリ。兄さんが必ずお前を支えてあげる。いつ如何なる時もお前を護るよ』
『本当?お兄様…!』
両手を唇の前で合わせ、嬉しそうに頬を上気させる表情のなんと初々しかったことか。
『そうだよ、絶対にお前を護る。たとえ眞魔国中を敵に回すようなことがあったとしても…』
『やだわ、お兄様ったら!まるで私が民から嫌われるみたいな言い方!』
『あはは…もしもということだよ』
唇をとがらせてぽかぽかと胸板を叩く拳の、なんと華奢であったことか。
あの日、確かにシュトッフェルは誓ったのだ。
絶対に…妹をどんな苦難からも救ってみせると。
それが、一体どこでどう間違ってしまったのだろう?
* * *
「フォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェルは私が任命した摂政です。そして、彼に政治を何もかも押しつけたまま…顧(かえり)みることがなかったのは私です…っ!眞魔国が未曾有の危機の中にあるにもかかわらず、自分の愉しみだけを追い求めていたのは私の罪です…!ですから…どうか、罰を下されるのであれば私も共に…っ!」
シュトッフェルから見える妹の姿は、このとき背中だけだった。
大きく背の開いた扇情的なドレスは艶のある漆黒で、王たる者のみが身につけることのできる黒衣である。
禁色であるこの色彩を身に纏い、婉然と微笑んでいることだけが妹の使命なのだと思っていた。
それ以外に王として何かをする必要も、考える必要もないと思っていた。
それが妹の幸せなのだと…面倒ごとは全部兄である自分がしてあげるから、いつも楽しそうに笑っていてくれと思っていた。
全て、妹を想ってのことだった。
なのに…どこかでそれがずれてしまった。
妹が思いがけないような発想をし、王位を退くなどと言い出したとき…シュトッフェルはなんとしても彼女の口を塞がねばならないと思った。
あのとき…シュトッフェルの思考の中心にあったものは妹ではなく…自分だった。
今、眞王陛下の勅令によって指名されたツェツィーリエが退位などして十貴族会議が行われれば、シュトッフェルは絶対に政治の中心から遠ざけられてしまう。
ヴァルトラーナもいない今となっては、政治能力を高く買われているグウェンダルあたりが選出されるに違いない。
そんなことは到底受け入れられることではなかったのだ。
『間違えたのは…あの時なのか?私は…ツェリの言い出したことを受け入れるべきだったのか?』
初めて自省に近い感情を思い浮かべたシュトッフェルの前で、尚もツェツィーリエは村田に懇願し続けていた。
「どうか…どうか、摂政にも一人の魔族としての品位ある扱いをお願いします…っ!」
罰は罰として受けることになろうとも、禽獣のように鞭打つのではなくせめて罪人として罰してほしい。
そう願うツェツィーリエの思いをどう受け止めているのだろうか…村田の表情は動かなず、感情を交えぬ観察者の瞳で兄妹の様子を眺めている。
「ふぅん…ツェリ様は自分の罪を自覚して、罰を受けたいというんだね?」
「…はい……っ!」
こくん…と頷く妹を見た瞬間…シュトッフェルの中に奔流のように溢れ出てきた感情があった。
『私は…誤っていたのか……っ…!』
過ちを侵したのは、昨日今日のことではない。
ずっとずっと長い間…彼女の摂政として立ったあの日から、間違え続けてきたのではないだろうか?
ツェツィーリエに王たる能力などないと。
眞王陛下が彼女を指名されたのは、何かの間違いか…そうでなければ、愛される王としてお飾り的な能力を発揮することを期待されたのだと…。
ずっとそのように思い続けていたのは、誤りだったのではないか。
彼女は強い意志と粘り強い教育さえあれば、十分に王としての資質を発揮できたかもしれない。
その可能性を磨(す)り潰してきたのは誰だ?
『私だ……』
妹を何者からも護ると言っていたシュトッフェル自身が彼女の可能性を否定し、伸びていったかもしれない芽を踏みにじってきたのだ。
その彼女が今、危急の時にあって立ち上がろうとしている。
眞魔国中から蔑視の眼差しを送られるシュトッフェルを、唯一人庇い…共に罪を負う覚悟を決めている。
この時に支えずして、何が摂政だろうか…!兄だろうか……っ!!
シュトッフェルは突き上げてくる使命感に、すっくと居住まいを正すと…慌てて取り押さえようとする衛兵達を落ち着いた物腰と、叡智を感じさせる眼差しで制した。
その仕草には…彼から数十年の間には欠片も見て取ることのできなかった、本物の政治家としての気概があった。
「魔王陛下…いえ、上王陛下…それには及びませぬ」
「お兄様…?」
撲(ぶ)たれた家畜よろしく地べたを這いずっていたのと同一人物であるなどと、誰が信じられようか。
シュトッフェルの声は殊更に大きなものではなかったが十分な張りがあり、静謐(せいひつ)な眼差しで村田に相対すると、つい先刻に比べれば数倍にも広くなったかと思(おぼ)しき背で、妹の姿を庇う。
言葉面だけでなく、心からツェツィーリエを魔王陛下として扱ったのもこれが初めてのことだろう。
「全ては、私の罪です。政治を私(し)すること甚だしく…自分の意に背く者があれば違法に罪を問うて参りました。全て…何もかも、私一人が判断し、為したことです。上王陛下にはどうか…咎(とが)を問われませんよう切にお願いいたします」
「そんな…お兄様!」
「今は摂政です。今はまだ…摂政なのです」
穏やかな眼差しでツェツィーリエを窘(たしな)めると、シュトッフェルは深々と一礼した。
「我が敬愛する主の為にも、私は…畜舎に送られる豚ではなく、咎人(とがびと)として収監されることを望みます」
「うん」
あっさりと向けられた肯定の言葉が、どこか弾むような陽気さを湛えていたものだから…シュトッフェルは驚いて顔を上げ、驚きに目を見張ることとなった。
村田は、微笑んでいた。
まるで真っ白な芙蓉の華が開くように優美な微笑みに、シュトッフェルだけではなくあたりで見守っていた魔族達全てが度肝を抜かれていたのだった。
いや…幾人かは《なるほど》と得心いっている者もいる。
そういった連中は《またしても、この大賢者様は罠に引っかけてくれたのだな…》と、呆れ半分感嘆半分で心に頷くのだった。
「君は確かに今、《白豚野郎》だとか…《金髪豚野郎》などと呼ぶことは許されない存在になったようだ」
許されないわりに、呼称のグレードがアップしているような気がするが…。
気にしてはいけないらしい。
「猊下…」
「罪は罪として問われるべきだけど、今の君は一人の魔族として正規の扱いを受けるべきだね」
奥深くから仄明るく光を放つような微笑みを浮かべながら、村田はツェツィーリエにも声を掛けた。
「ツェリ様、あなたも又とても成長しておられる。それは…フォンクライスト卿の影響かな?」
「きっと…そうだと思います。ギュンターが私を叱ってくれなかったなら…私はまだ寝台に横たわったまま、愛人と微睡(まどろ)んでいたと思いますわ…」
「流石は教育者の鑑だね」
ツェツィーリエがまだどこかぽかんとしたような顔で頷くと、ギュンターは少々複雑そうな表情ではにかんでいる。
こうまで褒めそやされると…考えてもみれば、無自覚極まりないツェツィーリエに対して感情的に怒っただけなのに、《持ち上げられすぎなのではないか》と恥ずかしくなってくるようだ。
「それでは、あなたの成長を僕は暖かく見守りたいな」
「どういう…ことでしょう?」
「あなたには、フォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェルの裁きを最後まで見守って頂く。その中で何を感じて行かれるかが、あなたの更なる成長にも繋がると思うのですよ。あなたにとっての最大の罰とは、あなたを大切に思っていた者たちがどれほど思いを踏みにじられ、辛い境遇に追い込まれたかを認識することだと思う」
「それが良いと、私も思います」
尚もツェツィーリエは兄と共に罰せられることを望んでいるようだったが、シュトッフェル自身が頷いたことから納得せざるを得なかった。
「私も…一度冷静な頭で、これまでを振り返ってみようと思います」
「それがいいね」
気品ある動作で一礼すると、シュトッフェルは衛兵と共に立ち去った。
しかし、その姿はもはや牽かれていく家畜のそれではなかった。
胸を張り、背筋を伸ばして…これまで見られたどんな姿よりも堂々と、シュトッフェルは歩んでいく。
その背中は自分が何を負うべきか自覚し、受け入れたという認識に満ちていたのだった…。
* * *
地味ながら、ある意味ではこれまで見られたどんな事象よりも奇蹟と呼ぶに相応しい《目覚め》を迎えた摂政を見送ると、村田は幾らか満足げな表情で一同に向き直った。
「さて、話を戻そうか。僕たちの二つ目の目的は、この国に《よりマシな王》を据えることだ。だけど、僕たちがどんなに《マシ》と考えても、君達が《最悪》と考えるようであっては意味がない。早急にこの国を取りまとめて貰わなくてはならないのだからね」
「そこに《あいてむ》が登場するわけですかな?」
グウェンダルの言葉に村田が頷き、眞王に向かって顎で指し示す。
「そろそろ来る頃かい?」
「ああ…そこだ」
言うなり、黒雲の間に稲光が走った。
いや…違う。
その光は雷のように一瞬にして消え去るようなものではなかった。
「う…っ!」
ぎらつく眩(まば)い光に、瞳を開き続けることが困難になる。
それでも、人々は見逃すものかと目を眇め…自分たちの前にまた何が現れたのかを確認しようと目を凝らし続けた。
「あれは…」
「剣……っ!?」
そう、それは剣だった。
だが…その剣の持つ不気味な様にグウェンダルは…いや、周囲の誰もがあんぐりと口を開いた。
ほぇぇぇえええん……
ふほぉぉぉおおおおおんんん………
不気味。
そうとしか表現することの出来ない姿と声に、もはや絶句するしかない。
ぎらぎらと不吉に光る刃はともかくとして、派手な飾りもない地味な握りの付け根を占めているものは、怨念を残して死した亡霊そのものといった面構えの顔なのである。
しかもこの顔…よく見ると微妙に動いている。
自由意志を持つひとつの生命体なのだと見て良いだろう。
その姿に《きしょい》だの《ドン引き》等といった表現を用いることは可能であったが、眞王陛下と大賢者様の招き寄せた《アイテム》に対してその様な論評をすることは、自分の身を切ないことにしてしまう可能性は高い。
その結果、誰も口を開くことが出来なかった。
ズドォォォン……っ!
そうこうする内に、歓声も何もない…奇妙な静寂を切り裂くように剣は大地へと突き刺さり、その刀身の半ばほど迄を地中に埋めることとなった。
「さあ、これが僕たちが提示するアイテムだ。《我こそは今日からマ王陛下になっちゃうぞゾ!》との決意と意欲に満ちた魔族は、身分の貴賤を問わず名乗り出てね。この魔剣モルギフを手にすることが出来た者が、第27代魔王だよ。ちょっと二十数年にわたって放置プレイかまされてたから、苛立ってるみたいだけどね〜ま、ちゃんと資格を持つ者が持てばそのうち懐くよ」
『そんな決め方ですか!?』
あんぐりと口を開ける人々の前で、魔剣が啼く。
ふほぉぉぉええええぇぇんんん………
《恐ろしい》というよりも、少し慣れてくると何やら《気の毒》な印象すら感じるこの魔剣が…魔王様決定アイテムだと?
『これまでに、煌めくような叡智を見せ続けてきた猊下が…まさか、このように投げやりな決定を下すおつもりなのか?』
複数名乗り出た場合はどうするのか。
早い者勝ちだとでも言うのだろうか?
グウェンダルは知らない筈なのだが、彼の脳裏に浮かび上がった映像はまごうことなき《ビーチフラッグ》であった。
その想いをどう受け止めているのか、村田は投げ掛けだけすると…悠々と椅子に座して新しく煎れられた紅茶を啜っている。
しぃん…っと、場が静まりかえった。
グウェンダルはその静けさの中で、《なるほど》…とその心理を考えた。
今この国を背負うことはあまりにも重い。
だが、《負え》と命じられれば頷く者は幾人もいるだろう。グウェンダルもそのうちの一人だ。
だが、この国の民はあまりにも長く《負え》と命じられることに慣れてしまっている。 眞王陛下に命じられたのであれば、それがどれほど重かろうとも背負わざるを得ないし、また、背負った後で失敗したとしても強く責められる心配は少ない。
何故なら、責めることは任命者である眞王陛下への非難に繋がるからである。
だからこそツェツィーリエも、彼女に任命されたシュトッフェルもこれまでには大きな非難を受けることがなかったのだ。
かくして、眞魔国という国は建国から四千年を閲(けみ)してなお眞王陛下の絶対的な権力の下で、ある意味窮屈に…しかし、ある意味では非常に気楽にやってこられたのである。
幾つもの弊害を持ちつつも、それ以上に強い《求心力》によってとにもかくにも眞魔国は国としての秩序を保つことが出来ていた。
それが急に…しかも、このような困難に満ちた時代の舵取りを自発的に背負おうと言い出す者はよほどの自信家か…さもなくば、阿呆であるかもしれない。
何しろ、今度は何をどう失敗しても必ずその者の責任になるのだ。
《自分から言い出したくせに何やってんだ》…無責任には聞こえるが、当然そのような批判は出てくるだろう。
どちらにしろ、この状況下で名乗り出ることはかなりの勇気を必要とする。
誰かが口火を切ったら切ったで、今度はその者に対する好悪の念や自分の利害関係が絡んで大きく場は荒れることになるだろう。
『…どう出る?』
グウェンダルの観察力に満ちた眼差しが辺りの気配を伺うが、居心地の悪い沈黙がそう長く続くことはなかった。
予想外なほど迅速に、口火を切った者がいたのである。
村田がカードを切った後、みんながその内容を頭蓋内で反芻(はんすう)し…それがどんな意味を持つのかを理解の遅い者でもどうにか認識できた頃、時間にして1分程度の間をおいて、一人の男が立ち上がった。
「……っ!?…」
それは…グウェンダルの弟、ウェラー卿コンラートであった。
顔色は流石に青醒めているものの、決然としたその眼差しは一心に魔剣を見つめている。
「俺に、やらせてください」
その場に居合わせた人々は…至近距離にいた者も、映像越しに見守る者も全てが息をのみ…この男の意図を読みかねて沈黙した。
確かに、彼は英雄だ。
幾度にも渡り国を救い、無実の罪で追われる身になってすらも忠実に国の護り手であることを止めなかったその実績は、過去に出現した綺羅燦然たる英雄達の誰にも引けをとらぬであろう。
つい先程も、魔王ツェツィーリエを墜落死の危機から華々しく救い出している。
だが…だが、しかし…彼は哀しいかな、《混血》なのだ。
『混血でさえなければ…!』
そうであれば、どんなに問題は簡単に片づいたことだろう?
きっと…今この時の苦境も少しは穏やかなものになった筈である。
グウェンダル自身がコンラートを混血であるゆえに忌避しているというわけでは決してないが、この国の貴族にとって…いや、一般庶民にいたるまで純血魔族にとっての《混血》とは拭いがたい差別意識を沸き立たせるものなのだ。
グウェンダルにしたところで相手がコンラートでなく、同一条件を持った魔族であれば…やはり混血よりも純血の者を優遇してしまうだろう。
その身に流れる血の半分が、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵である人間のものだという事実がある限り…《禽獣と交わってできた仔》とでもいうべき嫌悪が、もはや生理的なレベルで出現するのだ。
コンラートが混血でなければ…どれほど卑しい出自であるとしても魔族が父であったなら、あれほど強行にヴァルトラーナもシュトッフェルもその栄達を阻むことはなかったに違いない。
そのコンラートが、ゆっくりと魔剣に近寄っていく。
『手にすることが…できるのか?』
村田も眞王も、互いに黙して様子を伺っている。
その態度はコンラートを祝福も忌避もしていない。淡々と目の前で起こる光景を眺めているだけだ。
『全て…任せるということなのか?』
コンラートが魔剣を手に入れることができれば良し。
もしも手に入れることができなくとも、別に責任はとらない。
また他の者が名乗りを上げることを待つだけ。
彼らの態度からはそのようなものが見える。
空に浮かぶ映像の一つ、ウェラー領の様子に視線を送れば…こちらも、祝福を送るような余裕はとてものことなさそうだ。
誰もが真っ青な顔色をして、何が起こるかを固唾を呑んで見守っている。
《混血が触れたりしたら…魔剣が凄まじい呪いを掛けるのではないか?》
《コンラート様はたちどころに斬られておしまいになるのでは?》
そうだ…彼らにとっても、コンラートは英雄ではあるけれども《混血》なのだ。
どれほど尊い存在であっても、自分たちと同じく魔族から同胞扱いされないはみ出し者との思いがあるのだ。
その彼が魔剣を手に取り、魔王になる…。
そんな幻想を抱けるほど、彼らはおめでたい生涯を送っているわけではないのだろう…。
孤立無援。
まさに、今のコンラートはその状態だ。
誰も彼が魔王になれるなどと信じてはいない。
魔剣を手にすることで、恐ろしい災いが降りかかるとさえ思っている。
そう考えたら…何かが腹の底からぐらりと沸き返ってきた。
『私は…どうなのだ?』
コンラートが何を考え、魔王になるなどと言い出したかは分からない。
けれど…本当に彼が魔王になるようなことがあれば、素晴らしい王になるのではないだろうか?
彼は辛い生い立ちにありながら、恨みや憎しみを過剰に掻き立てて復讐を果たすような男ではない。
『復讐ってのは、誰かを不幸にすることじゃなくて、自分や大事な連中が《これでもか!》ってくらい幸せになって見せつけてやることなんだー…ってね、あいつは言うんですよ』
…昔、ヨザックが酒を呑みのみ話してくれた。
コンラートは、そういう男なのだと…。
彼は復讐の為に王になろうとしているのではない。
憎しみを越えて、純血も混血も関係ない…魔族として眞魔国を治めたいのではないか?
それを知っているグウェンダルが…コンラートの才覚を認めているグウェンダルが、いま動かずして、何時動くというのだろうか?
『コンラート…っ!』
強い蒸留酒よりも熱く、胃の腑を燃やす感情に…グウェンダルはおそらく、生まれて初めて衝動の赴くままに行動した。
「コンラート…!」
「グウェンダル…?」
今まさに魔剣を手にしようとしてるコンラートに向けて、椅子から立ち上がり…仁王立ちとなったグウェンダルが、威厳ある低音で…大音声で呼びかける。
「魔王に…なれ!お前ならば出来る…!!」
辺りを埋め尽くしていた重苦しい沈黙が、振り払われた。
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