第三章 XーB
「お兄様…止めて…っ!私は…魔王として最初で最後の仕事を……っ!」
「魔王陛下はご乱心だ…っ!衛兵…衛兵…っ!!」
血走った目で掴みかかる兄を何とか振り解こうとするが、武闘を嗜んだこともない細腕ではなかなか上手くいかない。
けれど、軍靴の響きが強くなってくるとツェツィーリエは力を振り絞って兄を突き飛ばした。
今ここで兄に屈するわけにはいかないのだ。
眞魔国の未来のために…自分たち兄妹は権力の座から降りるべきなのだ。
「あ…っ!」
けれど…何という運命の悪戯だろう?
初めて魔王として正しい選択と行動とをとっていたはずのツェツィーリエは、まるで悪意ある何かに嘲笑われるかの如く…よろめかせた身体を宙に投げ出してしまった。
『落ちる…っ!』
身体を捻って、下を見る勇気はなかった。
近寄って来る大地を見詰め続けることは、耐え難い恐怖だと思ったからだ。
だから…落ちたときの体勢のまま、天を仰いだ。
『なんて真っ黒な空かしら…ああ、でも…少しだけ雲間が開いて、青空が見えるわ…』
その小さく切り取られたような蒼だけがとても美しく見えて、ツェツィーリエはそこだけを一心に見詰めた。美しいものを愛でてきたこの瞳に、最後に映るものもせめて幾ばくかでも美しいものが良いと…無意識に思ったのだろうか?
いや、美しいものを求めることに理由などないのかもしれない。
人は吸い寄せられるようにその美しさに惹かれ…見る気など無くともその方向を向くべく仕組まれた存在なのだろう。
美しいものの中でも、特に美しい男を愛してきたツェツィーリエの双弁には、この時…青い領域の中から一陣の風の如く飛び出してきた影が、とても素敵な男性であるように見えた。
『ま…佳い男…っ!』
状況も忘れて《きゃ》…っと乙女のようにはしゃいだこの女性は、流石は無能とはいえ魔王陛下を張っていただけのことはある。
大した胆力だ。
だが、はにかむ微笑みは一瞬にして驚愕に変わる。
瞬きを一つする間に目線が合うほど接近してきたその男こそ…必死の形相を浮かべた自分の息子、ウェラー卿コンラートに他ならなかったからである。
「コン…ラート……」
ドゥ……っ!
衝撃で息を呑みかけたが、舌を噛まずに済んだのは幸いだった。
女体の扱いに長けた男が、受け止める瞬間…滑らかにその身体を抱え込んだこともその一因であったろう。
「まぁ…まぁあ……っ!」
ツェツィーリエは天に舞う心地であった。
と、いうか…物理的に空も飛んでいたのだが、その事に気付くまでには暫く時間を要することとなる。
「コンラート…コンラートなのね?では…あなたはやっぱり亡くなっていたのね。私、あなたが眞王廟でいなくなったって聞いて…退位をしたら、絶対に眞王廟に赴くつもりで居たのよ?あ、その前にね、色々とあったの…ああ…どうしましょう…。何から説明して良いか分からないわ!こんな時にギュンターが居てくれたら、式次第を書いてくれるでしょうに…」
「整然と…喋る必要などないのですよ、母上…。なんでも、話してください…俺はずっとあなたと、そうして話したいと思っていたのです…大切なことも、何でもないようなことも…どうか、俺に聞かせて下さい。俺にも…沢山お話ししたいことがあるんです…」
子どものように手を握りしめて、瞳を輝かせて次から次へと思いついたままを喋ろうとしては混乱している母に、コンラートは包み込むような琥珀色の眼差しを向けた。
うっすらと濡れているその瞳には、父親と同じ銀色の光彩が瞬いている…。
「ああ…何て綺麗なんでしょう!あなたったら、死んでもお目々はそのままなのね!お日様に透かした蜂蜜みたいに美味しそうよ。食べちゃいたいわっ!」
「それがですね…母上、実は死んでいるわけではないのですよ」
「は?」
ツェツィーリエはきょとんとして、愛らしく小首を傾げて見せた。
死んでない?
死んでないのだとすれば、この冗談のような状況は一体何事なのだろうか?
辺りを見回せば、確かに紅色の雲もお花畑も見えず…荒涼とした平原の上に、生々しい現身の存在が犇(ひし)めいている。
その中には絶句して…けれど、明らかな安堵の色を浮かべてしゃがみ込んでいるヴォルフラムと、少し離れた場所で口元を覆っているグウェンダルが見えた。
「生きて…いるの?」
「はい、俺達は生きています。手を取り合うことも…語り合うことも、抱きしめ合うことも出来るのですよ?」
にっこりと微笑んで抱きしめられたツェツィーリエは、懐かしい香りに包まれながら…息づく胸と確かな脈動を感じて、それをもっと強く確かめようとしがみついていった。
「本当に…本当に?」
「ええ…そうです」
「コンラート…ああ、そうなのだとしたら私…まずあなたに謝らなくてはならないの…!至らない母でご免なさいって…っ!ちゃんと眞魔国を見てなくて…ずっとずっといけない魔王でご免なさいって…っ!」
「良いんです…」
本当は良くないのかもしれないが、少なくとも…コンラート個人についてはもう…本当に良いのだ。
何がきっかけなのかは分からないが、母は確かに変わった。
魔王として母として…もしかしたら手遅れになっていたかも知れないにしろ、確かに生きている間に本道に目覚め、何かを為そうとして懸命に行動していた。
そしてそれ以上に…こうして、心から詫びてくれた。
それだけでもう…何もかもが報われる…っ!
「母上…っ!」
拘りも何もなく…ただ純粋に、思い出せないくらい幼い頃のように母を抱きしめ…抱きしめられる。
母の頬には涙が光り、コンラートもまた堪えきれない涙をひとすじ頬に伝わせたのだった。
「あのぅ…俺、そろそろ降りても良いかな?」
「ああ…っ!頼む…」
ひそひそっと白狼族…高柳鋼に囁かれたコンラートはすぐに冷静さを取り戻すと降下を指示し、袖口で頬を拭いて、母には新しいハンカチを手渡した。
そして…動きを完全に止めたまま立ち竦んでいるビーレフェルト軍とヴォルテール軍の間、跳ね橋前方の平原へと足を降ろした。
* * *
『これは…一体何の幻術なのだ?』
ヴォルフラムは、きっといま自分の身体が動かないのも幻術のせいなのだと思いこんでいた。
だから、コンラートが馬車から貴婦人を降ろすようにして母を大地に誘(いざな)ったとき、反射的に動いたのもまた幻術のせいにしてしまいたかった。
「こここ…コンラート…おま…お前…!」
「ヴォルフラム…っ!」
どもりながらコンラートに駆け寄り、その襟首を掴んだまでは良かったが…そこからどうして良いのか分からず、ただただヴォルフラムは顔色を青くしたり青くしたりして、押し寄せる感情の波に翻弄されていた。
そんなヴォルフラムの様子に、コンラートもまた考えるように眼差しを眇めていたのだけれど…急に覚悟を決めたように目線を定めると、弟の華奢な身体を抱きしめた。
「心配を掛けて…すまない」
「心配なんか、してない…!な…なんなんだ一体、いきなり居なくなったかと思ったら…こんな幻術など使って僕を惑わして…っ!」
こんな事を言いたいわけではないのに、言葉が止まらない。
心配させられた分、そして心配していたことを指摘された分…素直ではないヴォルフラムの精神回路は負の方向に向かってしまう。
「貴様…さては偽物だな!?だが、コンラートの姿をとっても無駄だからなっ!僕は、コンラートを兄などと思ったことはないのだからっ!」
コンラートの肩がふるりと揺れて…瞳が傷ついたように眇められているだろうと推測された。
それが辛くて…切なくて、ヴォルフラムは一刻も早く腕の中から抜け出そうと藻掻いた。 ここは駄目だ…油断したら引きずり込まれる。
懐かしさの潮へと…引きずり込まれてしまったら、ヴォルフラムはヴォルフラムではなくなるような気がした。
けれど、腕はがっしりとヴォルフラムを抱え込み、切なさを滲ませた声が更に逃れ得ぬ罠のように包み込んでくる…。
「お前が俺をどう思っていようが、俺にとってお前は…何者にも代え難い、弟だ…っ!」
カーッッ!…っと、コンラートの頬が上気したのが分かる。
何故なら、接している頬の体感温度が優に一度は上昇したからだ。
毛細血管の拡張、恐るべし。
「て…照れるくらいなら言うなっ!」
「照れを恐れたり、言葉を惜しんだりするのは止めると決めたんだ…。大切なものを護るためには、時には…羞恥を越えて自分を晒さなくてはならないのだと、俺は教えられた…」
誰に教えられたのかは分からない…。
だが…失踪している間に、コンラートもまた母とは違うベクトルで変わったのだと知れる。
『僕は…変われるのだろうか?』
そもそも、コンラートを傷つけたのはヴォルフラムの方なのに…。
「お前は…赦せるというのか?この僕を…」
「赦すも赦さないもない…お前が、いっそ俺が死んでいた方が良かったと思うのだとしても…」
「そんなことは思ってないっ!」
叫んでから、慌ててわたわたと弁明する。
「こ…れは…その、違う…っ!いや…死んで欲しいと思ったわけではないが、兄とか思ったり愛してるとかそういうのとは…違うっ!!」
「じゃあ…それだけで十分だ」
強く抱き寄せられていた体が解放され、そっと離される…。
向き合ったコンラートの瞳は…優しく微笑んでいた。
「それだけで俺は…生きていられたことに感謝するよ」
まるで…何の拘りもなく、無邪気に懐いていた頃の弟に向けるように…。
「う…ぅ……っ」
雲間から差し込む陽光を受けてきらきらと輝くその瞳を目にして…もう、ヴォルフラムは耐えきることが出来なくなった。
「うー…うぅ〜…うーっっ!」
ぼろぼろと涙が込み上げてきて…止まらない。
こんな風に泣きじゃくるのは嫌だ。
率いてきた軍の前で、子どもみたいに…みっともない…。
振り返れば、責め立てるようではないにしても…兵達の大半はどうしたものかと戸惑っているようだった。
いや…幾らかは明確な敵意を突きつけてくる者もいるようだ。
「閣下!兄弟の情に絆されて目的を見失われては困りますな!」
強い語調で責めて来たのは、ヴァルトラーナ時代からの参謀長であるバンドゥック卿ハイデンであった。長い戦歴と軍人としての矜持、若僧でしかないヴォルフラムがただ十貴族であると言うだけで自分の頭上に鎮座することへの不満…。
貴族的な容貌からは、押し殺しても溢れ出してくる怒りがヴォルフラムを責め立てていた。
ヴォルフラムを力づくで陣営へと引き戻し、作戦案を立て直すつもりなのか…奪うようにしてその手首を捕らえたハイデンに、コンラートが鋭い声を上げる。
「下がれ、バンドゥック卿…!」
「は…っ!混血風情が何を偉そうな…。そもそも貴様は薄汚い反逆者ではないか!何の権利があって私に偉そうな口を利くのかね?私が今、このお坊ちゃんのお世話で忙しいことに感謝するが良い。そうでなければ即座に手打ちにしているところだ」
「ふぅん…君、随分と大人物みたいな口をきくんだねぇ…」
不意に響いた声は、特段大きな声ではなかった。
伸びやかで、少し甘さを含んだ少年の声…けれどそれは、何故だか人々を平伏させずに居られないほどの威圧感を含んでいた。
魔王とコンラート、そしてヴォルフラムに気を取られていた人々は、彼らの背後に降り立ってきた面々に目を見開くことになる。
「双…黒……?」
「あ…の、金髪の方は……っ」
漆黒の髪と瞳を持つ麗しい少年と、黙してなお圧倒的な存在感を放つ金髪隻眼の青年…彼らは、前者については文献と伝承によってその存在を知られている。
そして後者は…長きに渡って眞魔国に大きな影響力を与えてきた存在であり、ごく最近になって《失われた》と認識されるに至った…筈だった。
「まさか…眞王陛下と……」
「双黒の大賢者?」
少年の方は絵画で残されているものとは大きく姿が違う。
だが、その身に纏う気配はそれ以外の選択肢を与えない…。
「ゲインツ…ゲインツじゃないかっ!」
眞王と大賢者の背後に降り立った地味な存在に目を向けた者も居た。
ゲインツ中尉の友人らしい兵は思わず駆け寄りかけたが、流石に伝説の人物揃い踏みという状況にあってはなかなか足を踏み出せない。
しかも、眞王廟でゲル状物質に飲み込まれた筈のゲインツ中尉は何故だか伝説ズ(勝手に命名)の背後で鯱張っており、とても声を掛けられるような雰囲気ではなかった。
「ウェラー卿…僕はあちらの世界で彼とは面識がないんだけど、僕に分かるように説明してくれるかな?」
周囲のざわめきには興味がないのか、双黒の少年は殊更ゆったりとした口調で尋ねた。
「猊下のお耳にいれるべき存在でもありませんが…一応、参謀長としてビーレフェルト軍に所属している軍人です」
「あ…そっ。…ということは、彼も君を罠に掛けた面子に入ってるのかな?」
「おそらく…」
大賢者とコンラートの遣り取りに、ぴくりとハイデンの眉が跳ね上がる。
「何処の誰だか知らないが…いい加減その猿芝居を止めてはどうだ!?よりにもよって眞王陛下と双黒の大賢者を騙るとは不届き千万!このバンドゥック卿ハイデンが討ち取って、一同の迷妄を解いてくれるわっ!」
高らかに告げると腕に自信のあるらしいハイデンは炎の要素を召還し、眞王と大賢者目がけて襲いかからせた。
だが…知らぬとは恐ろしいことである。
自分の能力を高く評価しすぎる者にありがちなことだが、ハイデンは素朴な兵には素直に信じられる眞王陛下の存在を、自分の思いこみによって偽物と決めつけてしまった。
隠居してから大人しく暮らしていたとはいえ、彼は…それこそビーレフェルト家の矜持など鼻息で飛ばせるくらいの、超絶誇り高い男なのである。
「ふむ…俺を害するつもりか?」
嗤っている。
だが…その酷薄な蒼い瞳が今、怒りを湛えていることに兵達は慄然とした。
眞王と大賢者に向かった炎の獣は怯えきった子鼠のような表情を見せると、信じがたいことに…そのまま大地に伏せてぺこぺこと頭を下げた後、猛烈な勢いで反転すると術を放った当人に襲いかかってきたのである。
かなり焦っているらしい炎の要素は、失点を取り返すべく張り切った。
かなりの八つ当たりも含めて、ハイデンの身体を灼熱の炎で灼いたのである。
「ぎゃあぅうううぁあああ……っっ!!」
ハイデンは炎に炙られて獣じみた悲鳴を上げると、髪と顔の半分を燃やして無様に転げ回ったのだが…兵達の反応は冷ややかであった。
誰も彼を救うために手を差し伸べる者はなく、《坊ちゃん》呼ばわりされたヴォルフラムも蔑むように彼に一瞥を送ると、眞王と大賢者に向かって恭しく跪いた。
この偉大なるオーラに気付かぬ愚者には、当然の報いと感じられたし…それ以上に、彼は大人物ぶった物言いで《暴言》を吐いたのだ。赦されるべき存在ではない。
「ふ…っ。まだ俺の不快は収まったわけではないが…まあ、こんな小者にかかずらっている場合ではないな、処分は後回しだ」
「それより、取りあえず転げ回っているのが鬱陶しいよ。上様…どうにかならないかな?」
ゴロロ…
ゴロロォオオ……ォオ……っ
蒼白い稲光が天を裂き、雷鳴が轟く。その音は、《御意…!》と応えているようにも聞こえた。
兵達の幾人かは落雷を恐れて天を仰ぐと、そのまま大口を開けて硬直してしまった。
天を埋め尽くす群雲から一際大きな雷撃が発したかと思うと…3頭の水龍が躍り出てきたのだ。
「龍…」
「水龍だぁ…っ!」
単に希少生物とされる龍が天を飛んでいるだけなら兵とてこんなに大騒ぎはしない。問題は…巨大な体躯をうねらせながら飛び出てきた龍が、一直線に自分たち目がけて飛来してきたことであった。
「うわぁぁぁ……っ!!」
しかし、龍の目的は逃げまどうビーレフェルト軍全体ではない。唯一人を選択的に選び出しているのだ。
そう…炎を受けて大暴れしているハイデンだ。彼らは、この男を《どうにか》するためにやってきたのだ。
龍がハイデンに絡みつくと火は消えた。確かに火は消えたのだが…ハイデン自身にとってそれが幸いであったのかは分からない。水龍は耳元で鼓膜が割れんばかりの怒声を上げ、ハイデンに互い違いに絡みついて強烈な締め付けをもたらしているのだ。
「ぐ…ぎゅ…ぇえええ……。お…お許しォオオ……っ!」
ハイデンは無様に泣き叫び、暫くじたばたと藻掻いていたのだが…大賢者が一言《君…煩いよ?》と呟くと瞬時に黙り込んだ。
水龍が自分を絞め殺さないのは、まだしもこの少年が制しているからだと悟ったのだろう。
「ああ…いけない。忘れるところだった」
大賢者はぽんっと手を叩くと、防壁上で固唾を呑んでいる兵に声を掛けた。
「そこの君ーっ!そう、君だよ君!そこで虚脱状態に入ってる見苦しい反逆者をここまで引っ張ってきてくれないかな?ああ、そこの跳ね橋も降ろしていいよ。もう、王都が攻められることはないからね」
兵は自分の傍らでへたり込んでいる反逆者…かつての摂政閣下と、双黒の少年を見比べたが…後者の迫力に押されるようにして前者を拘束すると、跳ね橋の操作を同僚に命じた。
ズズゥゥウン……
地響きを立てて跳ね橋が降ろされる。
しかし…ビーレフェルト軍は動かない。命令がないということもあるが、例え今ハイデンだのヴォルフラムだのに命じられたとしても、彼らは指一本動かす気にはなれなかったろう。
『あれ…?僕、言ったよねぇ…。王都が攻められることはないって。君達、僕に恥をかかす気かい?』
にっこりと微笑みながらそう言われたら、末代まで祟られそうな気がするのだ。
なので、新たな状況の変化と命令が与えられるまで、ビーレフェルト軍の兵士達は直立不動姿勢を保っていたのであった。
「ああ…最後の役者がやってくるようだ」
大賢者の言葉に皆がその視線の先を見やると、一騎だけこちらに向かってくる騎影がある。あれは、フォンヴォルテール卿グウェンダルだ。事態を拗れさせないために、軍は丘陵に待機させているらしい。
「あー…疑問で一杯って顔だな。まあ、その辺はここにいるみんなも一緒かな?」
辺りを見回して問えば、振り子人形のように一同はこくこくと頷いてみせる。
「ま、そうだねー。色々と聞きたいこともあるだろうけど、立ち話も何だね。ゆっくり座って話をしようか。あ、ツェリ様…僕、紅茶はモーリィシャルス島のバニラティーが良いです。お茶菓子は何か口当たりの良い焼き菓子が良いな。出来れば、香ばしく炒ったナッツが載ってて薄いやつ」
「ただいま用意させますわっ!」
シュトッフェルを牽いてきた兵達にツェツィーリエがその旨を伝えると、彼らは畏まって命令を受けた。
「フォンヴォルテール卿がここに来たら、話し合いに入ろうか。それまでにお茶の準備が整うと良いなー」
『整わないとどういう事態になるんでしょう!?』
脅されたわけでもないのに…テーブルとお茶の用意を命じられた兵達は、その生涯で初めてと言っても良い速度を見せてバルコニーやら厨房に走ったのだった。
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