第三章 ]WーF
「ユーリ陛下…」
「ユーリで良いよ。そうでないと、あんたのことレオンハルト卿って呼ぶよ?」
「それは困るな…」
改まった顔をして呼びかけたのだが、有利は《仕事》の顔をさせてくれないらしい。
眞魔国に帰還してから数日後、コンラートはヨザックら諜報団からの情報が報告できる段階になると、異世界の眞魔国からやってきた四人…有利、コンラッド、村田、ヨザックを私室に招いた。
血盟城には立派な応接室があるのだが、《この面子で堅っ苦しいのはやめようぜ?》と、これも有利の提案で私室に招くことになっている。どうやら、帰還を前にした有利は何か理由をつけてコンラートの部屋を見てみたかったらしい。
とは言え…部屋に入った有利の感想は《ありゃ…魔王になってもあんたの本質はやっぱ変んないねぇ…》という苦笑混じりのものだった。
コンラートの私室は一応《魔王居室》ということになっているのだが、物に執着しないものだから私物など無いに等しく、広々とした室内には元からあった豪奢な置物と、追放される前に官舎に置きっぱなしにしていた物…父の形見の剣だとか、古びた土産物くらいが実にアンバランスな風景を作り出している。
少々笑われてしまったが、コンラッドにしても部屋に置いているのは有利から貰った物以外では、宿で使うような必要最低限の物だけというのだから良い勝負だと思う。
「さあ…では、報告をしても良いかな?」
「うん…」
こくりと頷いて、有利は顔をコンラートに向けた。
先程まではしゃいでいた顔が軽く緊張しているのが分かる。
きっと…彼にとって望ましい報告だけではないと理解しているのだろう。
* * *
ゾラシア廃皇国元皇女たるグレタが、ゾラシアが滅亡の危機に瀕した折、母の母国スヴェレラへ人質として送られたのはあちらと同様であった。伯父夫婦であるスヴェレラ国王夫妻に辛く当たられたことも…。
そして、11年前…《禁忌の箱》が開く直前の時期に眞魔国へと入国し、血盟城の門戸までは到達したらしい。当時血盟城で行われた取り調べ帖にそれらしき容貌の子どもについて記載があったのだ。
だが、彼女がやってきた時…そこに魔王は居なかった。第26代魔王であったフォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエはお忍びの恋愛旅行で国を空けていたのだ。
取り調べの中でグレタが頑として口を開かなかったことから、これが暗殺目的であったとは記録に残されていない。
当時の衛兵長は比較的人間に対する差別意識を持たない者であったらしく、グレタがやってきた理由を好意的に判断していた。何らかの経路で徽章を手にした人間の子どもが、眞魔国で魔王の落胤として良い生活をしようと思ったのでは?という仮説がメモ書きで取り調べ帖に書かれていた。
しかし、徽章がグリーセラ家のものであることからツェツィーリエの子で無いのは明らかであり、混血以前に純粋な人間であることも確かめられたので、グレタは幾らかの金と食糧だけを渡されて眞魔国から出された。
その後数年間に渡ってグレタに関する記録は途切れていた。伯父夫婦が居るスヴェレラで囚人…ゲーゲンヒューバーの開放に手を貸した上、魔王も殺せなかった身では到底戻れないと覚悟していたのだろうが、《禁忌の箱》が開放されてから数年でスヴェレラ自体が滅びているので、この辺りの経過は想像するしかない。
そして《禁忌の箱》が開いてから数年後、グレタの情報が残されていたのは大陸中西部の小国であった。ゲーゲンヒューバーと思われる片目の賞金稼ぎが街の無頼漢と揉め事を起こして留置された時の調書が残っており、そこに同伴者としてグレタの名前があったのだ。
そこから賞金稼ぎの情報網を辿り現時点での二人の所在地を調べたところ、ゲーゲンヒューバーは…亡くなっていた。
今から3年ほど前に、腕利きの賞金首を狙って返り討ちにあったらしい。
大陸中を彷徨った挙げ句の死ではあったが、それをもって彼の生涯を救いようのないものだとするのは早計かも知れない。ゲーゲンヒューバーはグレタと旅をする中で彼なりの幸福を感じていたらしく、彼の最期を看取った賞金稼ぎ仲間の男がこう証言していた。
『あいつはさ…最後、笑ってたよ。何年か前から身体を壊してたんだが、それでも…最後の剣戟は、ありゃあ…凄かった。俺達だけで見守るには勿体ないような闘いだったさ…。残していくグレタに《すまない》とは言っていたが、一人の剣士としては満足だったんだろうな』
残されたグレタは、泣きはしなかったそうだ。
《ゲーゲンヒューバーが望んでいた死の形だから、これで良いの》…戦士の眼差しでそう言い切ったグレタは、すぐに吹っ切れた顔をして次の獲物を捜したという。
諜報員はグレタに直接会って《異世界》の話をしたのだが、彼女は苦笑しながら眞魔国に行くことを断ったそうだ。
『異世界での私は…随分と幸せなようね。だけど、私は自分を不幸だとは思わないわ。ヒューブと過ごした日々は私にとって掛け替えのない時間だったもの。親切な申し出には感謝するけれど…私が今眞魔国に行って、何をするというの?もう私は保護を必要とする子どもではないのよ?私は…ヒューブが教えてくれた技の全てを尽くして、これからも生きていきたいの』
精強な女戦士へと成長したグレタは、気っ風の良い表情を浮かべて笑っていたという。
賞金稼ぎというその日暮らしの身ではあるけれど、その目が荒んではいなかったというのなら…有利にも止める術は無いだろう。
* * *
滅びたスヴェレラの後には小国が幾つか勃興を繰り返したが、支配者が変わるたびに起こる動乱に耐えながら、ニコラは力強く生きていた。
かつてゲーゲンヒューバーと恋に落ち…子まで宿した彼女だったが、《それでも良い》と強く望んだ青年と結婚した後にも二人の子を為した。
青年の心境を推し量る術はないが(内容が内容ゆえ、諜報員は彼には接触しなかったのである)、それでも器の大きな男であり、ニコラを深く愛していることは間違いない。長男が自分の子ではないにもかかわらず、混血であること秘して自分の子と同様に育てて来たのだ。
ニコラはすっかり肝っ玉母さんといった風体になっており、家庭も円満な様子であったので諜報員は彼女には詳しい話はせず、ただ《今の暮らしに不足はないか》という点だけを問うた。
『そりゃあね?贅沢を言えばきりはないですよ。でも…おたくの国の魔王様が活躍してくだすったおかげで、うちの子が混血だって近所の人にバレても大丈夫になったもんですから、もうそれだけで凄く嬉しいんです』
ころころと笑いながらそう言うニコラは、すっかり今の生活に満足しているようだった。
諜報員は少しだけ…《ゲーゲンヒューバーという魔族を知っていますか?》と聞いてみたところ、ニコラは懐かしげに…けれど、どこか寂しげに瞼を伏せていたという。
『昔…とても好きだった人です。今の人と結婚するその日にもね?ひょっとして…あの人が来てくれるんじゃないかって、心の何処かで祈ってました。だけど…あの人は、来なかった。結局、《それだけの存在だったんだな》って思って…酷く寂しかったですよ?でもね…』
それでも、今の自分を不幸だとは思わないのだそうだ。
『今の人への気持ちは、結婚してからゆっくりゆっくり育んだ《好き》です。ヒューブに抱いていたような、熱く燃え上がるようなものではないけれど…今も、毎日少しずつ《好き》が膨らんでいくんですよ。だから私、この人と結ばれて良かったって思うんです』
ニコラはゲーゲンヒューバーから預かっていたという魔笛の一部を差し出すと、すっきりした顔をして微笑んでいたそうだ。それで、過去の恋を全て吹っ切ることが出来たのかも知れない。
ニコラは一人の妻として、母として…しっかりと大地に脚を踏みしめて生きているようだ。
* * *
辛い報告になったのは、ヒスクライフ氏とその家族についてだった。
豪華客船に搭乗した折に海賊に襲われた彼らは一時囚われ人となり、ヒスクライフ自身はシマロンの巡視船が海賊を退治したことで救われたものの…襲撃騒動に巻き込まれたベアトリスは海に転落して絶命したのである。
ヒスクライフは哀しみと怒りで気が触れんばかりになったが、それでも理性的な彼は狂うことよりも復讐を選んだのだった。
出奔していたカヴァルケードに帰還すると軍を統括して対海賊戦に打って出たのだが、海上に於けるゲリラ戦法で海賊の上を行くのは困難であった。
幾つかあった海賊の主要基地を潰すことには成功したものの、ヒスクライフ自身も海上で命を失うことになった。これは海賊との直接交戦によるものではなく、《禁忌の箱》の開放によって生じた大地震が津波を引き起こしたことで、船ごと転覆してしまったと思われる。
ヒスクライフの妻は存命とのことだが、諜報員は異世界での夫と娘の話を伝えることは寧ろ辛かろうと考え、コンラートの判断を仰ぎ、コンラートもまた諜報員と同じ結論に達した。
* * *
そして、眞王廟からも報告があった。
水鏡の封印が解かれたことで、地球の状況を言賜巫女ウルリーケが確認したのだ。
『こっちの村田はどうしてるんだろう?』
その事を有利がかねがね心配していたからだ。
地球の魔族達に連絡がつくと、様々な情報が入ってきた。
眞魔国で《禁忌の箱》が開いた影響で地球でも集中的な天変地異が相次いだようだが、世界的な戦争状態にまでは行き着かずに済んでいた。これは、ボブを初めとする地球の魔族が《鏡の水底》を不完全ながら封じていた為らしい。
あちらの村田健は渋谷有利同様、大賢者の魂を受け継がなかった。ただ、頭の出来は基本的に良かったらしく、サラリーマンとして順調に出世街道を歩んでいるそうだ。
村田健と渋谷有利は学生時代に何度か声を交わす機会はあったようだが、特に大きな友情は感じなかったらしく今も別々の道を歩んでいる。
有利の方は父親のカミングアウトを受けて自分が魔族だと知ったようだが、それで大した特典も損害もないことを知ると特に拘りは持たなかったようだ。
現在は二人とも、それなりに仕事をしたり恋をしたりと…ごく一般的な日本人の暮らしぶりであるらしい。
大賢者の魂を受け継いだのは香港の富豪の息子であった。彼は莫大な財産を有するがゆえに一族内の紛争に巻き込まれて両親を亡くし、その才知と憎しみの限りを尽くして復讐を遂げると、一族の長としての揺るがぬ座をものにした。
長く艶やかな黒髪と鋭い双弁は《凍てついた月のようだ》と評され、誰にも心を許すことなく香港マフィアの玉座に腰を据えているという。
大賢者の魂を運んだロドリゲスという小児科医は彼の幼少期に数回会っており、眞魔国の記憶があることも確認しているが、両親を喪ってからの彼は会うことを拒絶している。
最後に彼が伝えてきた《この記憶を消してくれ。そうでないのなら…私に二度と近寄るな》という言葉に、ロドリゲスは声が詰まって何も言えなかったという。そうできるだけのスキルを、地球の魔族は持ち合わせていなかったからだ。
ロドリゲスは、眞魔国の状況を知るとボブを介して懇願してきた。
『もう《禁忌の箱》が滅ぼされて、大賢者の存在もいらないっていうならさ…頼むから、あの子の記憶を消してやってくれないか?あの子は今ではたくさんのものを持っているのに、きっと一度も心が安らいだことがないんだよ…。現世だけでも手一杯ってくらいな状況なんだ。せめて、過去からは開放してやってくれ』
その望みは間もなく叶えられる。
こちらの世界の眞王が意識を取り戻したことで、大賢者の魂から積極的に脳へと送られる記憶の波を止め、魂も香港の青年が亡くなると同時に転生を終え…大気に返されるのだそうだ。
長い長い旅を終えた魂の終焉は、青年の死と共に訪れる。
* * *
誰も、暫くの間…口を開くことが出来ずにいた。
コンラッドだけはそっと有利の肩を引き寄せて、頭髪に額を押しつけて来たので…有利はそれで漸く胸に詰まっていた空気を吐き出すことが出来た。
ふ…う……
とても、重たい話だった。
彼らが辿った人生を不幸であると決めつけることは傲慢な行いだろう。
それぞれが彼らの持つ能力と希求する幸せの中で掴んだ人生であり、それは他人によって査定されるべきものではない。
それでも…無意識のうちに異世界での彼らとの比較して、一同は重い息を吐くのだった。
「…すまない」
「なに言ってんだよレオ。あんたが謝る事じゃないじゃん」
「それでも…これは俺の選択の結果だろう?」
沈痛な面持ちで自分を責めるコンラートに、有利は何と言っていいのか分からなくて口籠もる。
けれど、何とかして言葉を探し出すと《伝えたい》という想いを載せて声にした。
「悪い方の変化ばっかり気にしないで?あんたがいたことで救われた連中だって沢山居るじゃないか!あんた…いっぱい頑張ってんじゃんっ!」
「そうだ、レオ…。ルッテンベルクの連中が護られたこと…大陸諸国や教会との相互理解…どれだけ多くのものが得られたか分からない」
コンラッドも言葉を添えていく。
特に前者については、コンラッドにとって長年心を締め付けてきた事由であったから…感謝の想いも強いのだろう。
「ね…?レオ、まるっきりあっちと一緒なのが良いって事じゃないよね?あっちにだって、《こうしておけば良かった》《どうして、こうならなかったんだろう?》はいっぱいあるよ?何もかもが全て完璧に幸せな世界を作る事なんて、誰にも出来ない。それでも、あんたはより多くの人を幸せにしようって頑張った…。そうしてるあんたに惹かれて沢山の人が救われたんだよ?やって貰ったこともだけど、あんたがやろうとしてくれる姿にも凄く凄く救われたんだと思う」
「ユーリ…」
反省の深い淵を覗き込んで、精神的にしゃがみ込んでしまっていたコンラートは二人に励まされて少し生気を取り戻したようだ。
「そう言って貰えると…嬉しい」
本当は、その言葉を全て有利に返してあげたい。
きっと照れまくって《そんなことない》と言うだろうから、今は黙っておくけれど…有利と同じなのだと思えば、コンラートとしてはとても救われる心地がする。
『まるっきり一緒でなくて良い』
その言葉は《罪》を知ってから自分を責め続け、全ての物事を正しい位置に戻そうと奔走してきたコンラートにとって、すとんと肩の荷を降ろし…心を軽くする言葉であった。
『この世界なりの幸せ…それでも、良いのだろうか?』
良いと完全に肯定してしまうことは惰性に繋がるかも知れないから、自分を律するという意味では叱責も保ち続けた方が良いのかも知れない。けれど、過剰に《こんなんじゃ駄目だ》《ここまで持ってこないと償いにならない》と自分を責めすぎることは、それはそれで傲慢なことなのかも知れない。
何もかも、一人の力で動かせるものではないのだから。
ゆっくりとその発想を咀嚼するコンラートを、有利は急がせなかった。
《ちょっと部屋の中見ても良い?》と言ってきたので了承すると、てこてこと棚に寄って、見覚えがあるものやそうでないものに目線をやってコンラッドと何事か囁き交わしている。
しかし、少々おっちょこちょいな所がある有利は調度品の一つに触れた際、指を引っかけて何かを落とし掛けた。
「…あっ!」
「と…っ」
すんでの所でコンラッドが受け止めはしたものの、一部が棚の縁に当たってしまったらしく《カツン》と機械的な音が響いた。
「ごごご…ごめんっ!ひ、ヒビ入ってないかなっ!」
「多分…大丈夫だと思います。ああ、これはジュリアがくれた土産の人形かな?」
慌てふためく有利と毀損を確認するコンラッドに近寄ってみると、なるほどそれは長い間忘れきっていた陶器人形だった。内部にオルゴールが内蔵されており、愛らしい顔だちの少年少女がダンスを踊るのに合わせて円舞曲が流されるというあれだ。
どうやら官舎に残したままだったものを、誰かが気を利かし保管してくれていたらしい。おそらく、乳母のリリアーナ辺りだろう。
コンラッドは正しく動くかどうか確認しようとねじを巻きかけたが、コンラートはふと思い出してその手を止める。
「ああ…良いよ、割れてないなら。それは昔、俺も落っことしてね?あれからちゃんと動かないんだ」
「本当?」
思い出の品を傷つけたのかと心配して、既に有利は涙目になっている。
先にコンラートも落としたのだと言っておかないと、螺旋状に軌跡を歪めていく人形に泣きだしてしまいそうだ。
「思い出の品と言うより、惚気の品なんだよ。ジュリアがアーダルベルトと旅行に行ったときにしこたま買ってきて関係者に配布したものでね、単に捨てるのも面倒で置いてあっただけだよ」
「そうなの?でも…本当にゴメンね」
「良いよ。気にしないで?」
頭を撫でりこ撫でりこしても有利がまだ申し訳なさそうにしていたせいか、村田がポケットから何かを取りだして意識を引き寄せた。
「ねえ渋谷、これ見てご覧?」
「え…何コレ?」
細い彩紐の先でゆらゆら揺れているのは、ちいさな編みぐるみのようだった。
紅い固まり状の玉から手足のようなものが伸び、本体中心部にはピンクの印のようなものがついている。
「これ…ひょっとしてあの魔道装置の編みぐるみ?グウェンが作ったのかな?」
「いいや…これはね、僕たちを崇める人間達が作った御守りなんだよ」
「御守り…?」
「うん、恋愛成就・子宝祈願に抜群の御利益があると、今大陸中で爆発的なブームになっているらしいよ?毛糸が無いからって古着を解体して縫いぐるみとして増産しているんだけど、それでも生産が間に合わないってさ」
「……なんで恋愛成就に子宝祈願なわけ!?俺達、《禁忌の箱》を滅ぼしたんであって、孕ませたわけじゃないじゃんっ!」
有利はすっかり陶器人形のことは吹き飛んでしまったようだが、代わりに妙な予感に眉根を寄せている。
「いや〜それがね、コンユバトラーXの搭乗者…特に君やウェラー卿に関わった連中がなにせ、次々に恋愛を成就させたり子宝に恵まれてるもんだから、噂が噂を呼び…今や君達は《ラヴ運上昇!801系万神》として崇め奉られているんだよ。撤収予定だったコンユバトラーXも地域住民たっての希望で御神体としてお堂を造る事になってるらしいし、既に参拝客が群を為して、寄って集って撫で回したもんだから、一部が変色しているそうだよ」
「やおいけいよろずがみってナニっ!?」
「八百万(やおよろず)をもじっているのではないかと…」
コンラッドが控えめに補足するが、それで有利が心安らかになるわけではない。
「大体、俺達に関わった人達ってそんなに結ばれちゃってるわけ?」
「ほら、勇者君とリネラ嬢はともかくとして、女好きを公言して憚らなかった《朱斧のアリアズナ》までがカール少年に求婚しちゃったし」
「えーっ!?そーなのっ!?」
「アリスティア公国に出戻ってたファリナ大公妃殿下が、ハルステッド公国に戻るなり懐妊の兆しをみせてるしね」
「わぁ…っ!」
おめでたい知らせのオンパレードに有利の表情も明るくなるが、それが一体何故自分たちと繋がるのかがよく分からない。
「でもさ…魔道装置の乗り手は村田やこっちのグウェン、ヴォルフだって居たわけだろ?そこで何で俺とコンラッドが崇められちゃうわけ?」
「多分、噂の基点は大公妃殿下だろうね。彼女が懐妊した際に喜色満面で、《これはウェラー卿とユーリ陛下に夫婦円満のコツを教授頂いたからに違いない》って言ってたらしいよ。君達、なんか教えてあげたの?」
「え…?そーいえば、そういう質問ちょっとされたけど…。説明できないデスって言っといた筈なんだけどな…」
困惑気味に小首を傾げながら有利がコンラッドを見やると、こちらは何故だかふにゃりと苦笑して頭を掻いている。
「ひょっとして…見られてしまったのかも知れませんね」
「何を…?て……、あ…っ!」
有利の頬が《かぁああ…》っと上気すれば、周囲にも何となく…この連中がアリスティア公国で何をイタしていたかが分かってしまう。
「…………君達……。大公邸で、ナニかした?」
「や…ややや…そのぅ…。ちょーっと人目のない廊下で良い雰囲気になっちゃったことがあって…そのぅ…こそっと隠れて中庭で……」
「あー……それでアリスティア公国の使用人達にも懐妊報告が多く聞かれたんだね?まあ、不幸な出来事が沢山起こって人死にも多く出たんだ。人口が増えるってのは良いことだけどねぇ…」
村田は肯定的な意見を述べつつも…皮肉げに唇を枉(ま)げると、ぽそりと呟いた。
《人目、もーちょっと気にしようね?》…と。
「め…面目ないです…っ!」
「以後、気をつけます」
ぺこりと頭を下げたコンユバトラーX搭乗者は、反省はしているらしかった。
だが…彼らがその反省を事後に生かせるかどうかは…《甚だ心許ないな》…と、誰もが思ったのであった。
約一名《羨ましいなぁ…》と涙を拭っていたようだが、それは人々の関知するところではなかった。
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