第三章 ]WーB



 





 明るい笑い声が大広間に響く。

 籐造りの台座に薄い大理石を乗せたテーブルは涼やかで、夕刻から吹き込んできた風が循環することもあって大広間は心地よい雰囲気に包まれていた。

 これには、風の要素である白狼族が同座している事も関連しているだろう。
 彼らは創主の束縛から逃れた風の要素と共にアリスティア公国内を駆けめぐり、この国
と周囲に緑が蘇りつつある事を確認すると、有利に捧げる為に野生の華を幾つも摘んで帰ってきた。

 ヒト型を採った白狼族が華を持ち帰ると、目の前で変化を見た侍女達は腰を抜かしそうになっていたが、意外なほどにおぞましさは感じなかったようである。
 申し訳なさそうに、《こいつを飾って貰えねぇかな》と鋼が頼んできたので、眉の端を下げた顔に妙な愛嬌を感じたらしく、侍女達は自ら《変身してみて》と持ちかけるくらい白狼族に慣れてきた。

 白狼族の贈った花はいずれも小振りではあったけれど、野生種の強い生命力を感じさせる芳香は室内の空気をほどよく清浄化させ、心地よい香りに話題が進む。



*  *  *




「ほう…では、魔力というのはみだりに使ってはならぬのですね?」

 ポラリス大公は好奇心の強い人らしく、夕食の席にコンユバトラーXの搭乗者とギーゼラを招くと、一通りの食事が済んでも瞳を輝かせながら質問攻めにしてきた。

 なお、会食とはいえ公的なものではないので、出席者は全て湯浴みをした後の室内着に絹織物のショールを纏っているくらいで、籐造りの大きな椅子にクッションを載せたところにゆったりと座ってくつろいだ会話を楽しんでいる。

「ええ…使うとすれば、きちんとした寝台で一晩眠ってからの方が良いと思うのですよ」

 申し訳なさそうにコンラッドが言うと、有利はその隣でもっとしょんぼりしていた。

「ゴメンなさい…ファリナさん。早く治してあげたいのに…」
「何を仰います。これしきの疵、何ということもございませんわ」

 赤紫の優美な長衣に身を包むファリナはころころと笑うと、《可愛くてたまらない》という顔をして有利を見詰めた。

「ユーリー陛下は大切なお身体ですもの。明日になれば私が治癒させて頂きますわ」
「ありがとうごさいます、ギーゼラ殿」
「えー?でも、ギーゼラは魔力が強いのに法力除けの幌馬車から出てたから疲れてない?」
「軍人ですもの。一晩休めば十分です」

 ギーゼラと有利の遣り取りを見ながら、ポラリス大公は興味深げに頷いた。

「ふぅむ…。我ら人間が魔族を恐れる理由の一つは、その魔力にあります。無尽蔵な力を持つ御技が何をもたらすのか、その正体が分からぬからこそ恐れていた。ですが、伺ってみると随分と制約が多い気がしますな」
「そうですね。決して無尽蔵なわけではありませんし、実際に意味を持つほど強い魔力を持つ者はそう多くいるわけではありません。最強の魔力を持つユーリであっても、大きな魔力を使えば命を失う危険性もあるのです」

 それをなによりも恐れているらしいコンラッドは、気軽にファリナの疵を治そうとする有利に悲鳴混じりの忠告をしてきたのだった。

「レオンハルト卿コンラート陛下は、全く魔力をお持ちではないのでしょうか?」
「ええ、彼は俺と同じく混血ですから…。ただ、魔剣モルギフを所有しておりますので、破壊目的であれば魔力に近い力を発揮することは出来ます。これは、アルフォード・マキナーが聖剣を使う場合と大差ありません」
「なるほど…我らも法石を用いれば同じ事ですしな。いや全く…何故こんなにも二つの種族が隔てられてきたか不思議なほどです」
「都合が良かったからだろうね」

 ポラリス大公とコンラッドの会話に、村田が冷やしたお茶を啜りながら口を挟んだ。

「都合が…?ああ…それは、創主にとってということですかな?」
「勿論、彼らの介入もあったんだと思う。だが、一番大きかったのは創主を持ち上げてきた人間達の国内矛盾から目を逸らす為にとても都合が良かったんだと思うよ」
「ふむ…」

 ポラリスは村田の言葉を受け止めると、咀嚼するようにして吟味した。

「そうでしょうな…。確かに、為政者が無能であればあるほど、自らの能力で民を纏められない場合は恐怖によって律するしかない。…となれば、《我が国が衰えれば恐ろしい魔族に蹂躙されるのだ》などと標榜すれば、努力もなにもなしに人心を纏めることが出来ましょうな」
「自分自身の能力や魅力によるものではないから、対魔族戦略以外には使えないけどね。だから内乱で消えた国が多いんだろう」
「では、眞魔国では如何でしょう?」
「おや、痛いところを突かれる…」

 英明なポラリス大公との会話は、村田にとっても楽しいものであるらしい。
 グウェンダルやヴォルフラムも巻き込んで、今後魔族と人間が交流していく中で何がネックになってくるのか、何処を押さえていけば対立を防ぐことが出来るのかなど盛んな意見交流が行われた。

 一方、有利は難しい単語のオンパレードに疲れたのか、コンラッドに凭(もた)れるようにしてくつろいでいる。
 
「疲れましたか?ユーリ」
「ううん…」

 そうは言いながらも、掌の影で《あふ…》と欠伸を漏らす様子はどうみても眠たげだ。

「やはりお疲れのようですわね。食事も終わりましたし、お部屋に戻られますか?酒など運ばせましょうか?」
「お心遣いありがとうございます。ですが、酒よりは胃に優しいお茶と、ちょっとした軽食の方が有り難いですね」
「承りました」

 ファリナはカリハ達侍女を采配すると、すぐに用意をしてくれた。

 そして、《一人で歩ける》と主張する有利と、抱き上げようとするコンラッドの攻防を微笑ましく眺めながら、ファリナは《羨ましい》と呟いていた。

「本当に仲がおよろしいのね。ウェラー卿にとって、ユーリ陛下は王としてだけではなく、掛け替えのない存在なのでしょうね。きっと、ユーリ陛下にとっても…」
「そうでありたいと、常に望んでおります」
「では…この度、子を宿された身で創主との闘いに臨まれる事に恐怖はありませんでしたの?」
「俺は小心者なのでね、怖くて怖くて…何度もユーリ陛下を無理矢理縛り付けて、逃げられないようにしたいと思いましたよ」
「コンラッド…」

 ファリナとコンラッドの会話は笑顔で為されていたのだけれど、どこか拭いきれない真剣味を湛えているように見えて、有利は眠くて少しぽんやりする頭をふるった。
 なんとなし、ちゃんと聞いておかなくてはならない気がしたのだ。

「けれど、そうはなさらなかったのでしょう?」
「そうですね…それが、ユーリ陛下の望みだと知っていましたから。止められませんでした。思うように生きられなかったとき、籠の中でこの方が弱っていくことを知っていたからです」
「思うがまま為さることを、お認めになったのね?」
「逡巡の末…ですけどね」

 葛藤の苦しみを思い起こすのか、コンラッドの声は締め付けられるような苦痛を孕んでいる。けれど…それと同時に滲むのは、最後まで見守り支えることの出来た自分への自負なのか。

 そんな様子を横から、ちらりと村田が見守っていた。



*  *  *




「やあ、ウェラー卿」
「猊下?」

 夜遅くに有利達の部屋を訪れたのは村田だった。
 コンラッドは多少戸惑いながらも室内に招き入れ、少しぬるくなってしまったお茶と軽食を出す。

「気を使わなくて良いよ。少し…君と話したいことがあっただけだ」
「なんでしょう?」
「…渋谷は寝ちゃった?」
「ええ、やはりまだお疲れのようですから…お話があるようでしたらまた明日になさいますか?」
「言ったろ?話があるのは君だ。寧ろ渋谷には眠ってて欲しい。少し…恥ずかしいからね」

 村田が自分から《恥ずかしい》と言うくらいのネタが、一体どれ程規模の羞恥を誘うものなのか分からなくて息を呑むが、見たことがないほど柔和な雰囲気を持つ村田は、ゆっくりと息を吸ってから…溜息のように言葉を紡ぎ出した。

「以前…君に言ったことを撤回したい。僕はかつて、渋谷にとって君はブレーキになりこそすれブースターにはなり得ないと言った」

 そうだ。村田は有利の増幅器になり得る自分と、魔力すら持たない混血のコンラッドの違いをそう評したのだ。

「だが…それは、間違いだったようだ。すまない…」
「猊下…猊下、一体どうなされたのですか?」
「気持ち悪いかい?」
「すみません…正直……持ち上げられて全力で叩き落とされそうで変な恐怖感が込み上げてきます。ジェットコースターで急滑降直前までゆっくり持ち上げられているような感じです」
「リアルだねぇ〜…。でも、警戒することはないさ。本当に、今回創主を滅ぼせるかどうかの瀬戸際で君が見せた渋谷への信頼感には、頭が下がった」

 村田は立ち上がると、薄いベールが折り重なった天蓋つきの寝台で眠る有利の傍に寄り、堪らなく愛おしげに頭髪を撫でつけた。

「君は渋谷を認めている。その上で、共に在りたいと願っている。その中で、君自身の理念と合わない部分を潰したり、渋谷の方を君の枠に填めてしまうのではなくて、きちんと向き合って来たんだと…あの時、感じたんだ」
「ありがとう…ございます」

 村田が本気で言っているのだと漸く理解したコンラッドは、静かに頭を垂れた。
 
「ふふ…渋谷がこの世界に行くなんて言い出したときには、どんな手を使って引き留めてやろうかと…君に寄生生物でも埋め込んで、言うことを聞かないと腹が割けて飛び出してくるよなんて脅してやろうと思ったけどねぇ…」

 ふふふふ…と懐かしそうに笑う村田に、今度は同調できなかった。
 九分九厘本気であったろうと思われるので、リアルに想像出来すぎて怖かったのだ。

「こうして終わってみれば、僕らの側にも結構なメリットが出てきたしね」
「もしかして、対教会戦略に有用な情報ですか?」
「君のそういう、回転の速いところは気に入ってるよ」

 コンラッド達が住まう世界では既に《禁忌の箱》が滅ぼされ、人間諸国との同盟も広く組まれつつある。だが、相変わらず教会とは相互理解などほど遠い関係にあるのだ。

 この為、相変わらず教会に心酔している諸国とは同盟どころか話し合いの場も持たれていないし、同盟している国にしても民の全てが魔族に対して好意的であるとは言えない。生まれた時から植え付けられてきた《道徳》的なものが、全て教会理念に根ざしているからだ。

 しかし、こちらの世界で教会と深い結びつきが出来たことで、これまで多く謎であった事などが随分と明らかになってきた。

 まず、あちらの世界の教会は大きく二つの派閥に別れ、大教主と神父長とで対立構造が見られるのだが、大教主マルコリーニ・ピアザ…こちらでは無惨な死を遂げたという男が存命しており、ヨヒアム・ウィリバルトは神父長の座に留め置かれて、何かと不満を発しているようなのだ。

 マルコリーニ・ピアザに上手く繋ぎをつけることが出来れば、ひょっとしてあちらの世界でも教会と連携していくことが出来るのではないだろうか?

 また、あちらの世界でもアリスティア公国とは同盟を組んでいるものの、それほど深い友誼で繋がっているというわけではない。
 交渉事に長けたポラリス大公は、大・小シマロンと眞魔国の国力を冷静な天秤に掛けて判断しているに過ぎないからだろう。おそらく、あちらでは《禁忌の箱》の開放が《地の果て》の一時的な開放に過ぎなかったことから、地下に秘されたという古文献が発見されていないに違いない。

 こちらの世界で古文献の在処を確認しておけば、あちらでも同じように政略を越えた繋がりが出来るかも知れないし、教会の検閲を通していない生の歴史が広まることは、人間と魔族の交流に何らかの影響を与えるだろう。

全ては可能性の話ではあるが、極めて明るい材料であるには違いなかった。

「こうやって…気が付いたら渋谷の周りには、輝く星が集まってくるんだね…」

 無邪気であどけない魔王様。
 村田のように深い政治理念やら知識やらを持っているわけでもないのに、最も大切な部分をその手に掴むことが出来るのは、ひとえに彼が《王器》を持つ故なのだろうか?

 だが、コンラッドはそれだけではないと信じている。

「おそらく、偶然によるものも大きいでしょう。その規模の大きくなったものを、人は奇蹟とも呼ぶのかも知れません。ですが…これだけは必然だと言えます。ユーリは…常に不条理な苦しみの直中にある者を救おうとする。それなくしては、どんな偶然も奇蹟も起こり得なかったことでしょう…!」
「そうだね。確かに…そうだ……」

 そうでなければ、綺羅星の如く有能な臣下も兵も…ましてや、本来は敵であった者までが手を差し伸べてくることはなかったろう。

村田はもう一度愛おしげに有利の髪を撫でつけると、ひららと手を振って扉に向かった。



*  *  *




 夜半過ぎ…ふと目覚めた有利は自分の身体からすっかり怠さが抜け、健やかな生理的欲求が満ちているのに気付いた。

「ん…ユーリ。目が醒めましたか?」
「ゴメン…まだ夜なのに、起こしちゃった?」
「いえ、俺も結構寝ましたよ。ユーリ、何か飲みますか?」
「うん、何かお腹空いたし喉乾いちゃった」

 もともと短時間の眠りで充足するコンラッドは確かに覚醒しているらしく、すぐに寝台から出ると甲斐甲斐しく籠から有利が望むものを取りだしてくれる。

「用意良いなあ〜」

 一通りの欲求を満たしてしまうと、もう布団に横たわりたいという欲求は消えてしまった。
 その代わり、別の欲求がほんわりと浮かび上がってきて…有利はこてりんとコンラッドの胸に擦りつくと、上目づかいにおねだりしてきた。

「えへへ、良い匂い…」
「ユーリこそ」

 風呂にアリス湖畔でとれた百合の花弁を散らしていたせいか、二人の身体からは匂い立つようなにおいが仄かに香る。
 同じ香りに包まれて…有利は腕を伸ばすと二人の隙間が無くなるくらいに抱きついていった。

「ね…コンラッド。…しない?」
「したい…」

 コンラッドはちゅ…っと有利の額に口づけると、久し振りの感触を堪能するようにぺろりと頬を嘗め上げた。









【ご注意!】



 
「コンユのエロであれば多少唐突に、別段展開上不可欠と思われないようなところにあっても取りあえず読む!」という方や、「ひょっとして行間に本筋に関わる話があるかも知れないしっ!」という点が気に掛かる方のうち、「見て分からない?ああ、成人しているともっ!とっくにねぇ〜っ!最近目尻の皺が笑ってないときにも出るさっ!」という方や、まだぴちぴちだけどとりあえず高校は卒業したという方は エロコンテンツ収納サイト【黒いたぬき缶】 にお進み下さい。

 Cの話の概略は、「コンユお疲れ様エッチ」というだけの話です。本筋、特に関係ないです。

 「エロなんてわざわざ時間掛けて読むほどのものじゃないし」という方や、「エロは好きだけど、何故BLでわざわざ女体エッチ?」という点が解せない方、「エロ?も、飽きた」という方はお止め下さい。

 上記のような理由その他でスルーしようと思う方と、未成年の方は 第三章 ]WーD にお進み下さい。