第三章 ]WーI
明るい陽光が差し込む控え室は壁面と天井の一部が硝子製な為、お天気がよい日は少し暖炉に火を点すだけで随分と暖かい。
その為か、硝子越しに伺える雪景色もふわふわとした綿菓子の固まりめいて見える。
有利は純白のウェディングドレスの上から厚手の毛皮を羽織っているせいもあって、少し火照った顔を涼ませようと窓を開けた。
「ぅわ…」
きん…っと冷えた寒気が頬を撫でて行くと、肌の表面に薄氷でも張ったような感覚がある。
思わず有利が肩を竦めると、背後から回された手がマントの襟あわせを《きゅっ》と寄せ付けた。
「コンラッド、サンキュ…」
礼を口にすると、有利はそのままうっとりとコンラッドの姿に見惚れてしまう。
「どうかしましたか?」
「んー?だってさ…あんた、凄ぇ格好良いっ!」
有利が見惚れるのも無理はない。
もともと有利が大好きな白基調の礼服に少しアレンジが加えられ、燕尾服のように上着の裾を長くしているのだが、これが逞しい肩と細い腰を際だたせていて…ちょっとした所作が一段と麗しく見える。そこに豪奢な金モールや繊細な刺繍が施されてあでやかな彩りを添えていた。
普段は風にそよがせたままの髪も艶やかに整えられて、貴公子然とした出で立ちは彼の高貴な出自を雄弁に物語る。
「えへへ〜っ!」
どすんっ!と照れ隠しに軽い裏拳をお見舞いする有利に、コンラッドはとろけそうな微笑みを浮かべて一礼した。
「我が妻となられる方の美しさが際だちすぎて、己の容貌にまでは気が回りませんでした」
「なんだそりゃ」
《あっはっは》…と照れ笑いしながら頭を掻こうとするので、やんわりと手を止められる。
「頭を掻いてはいけませんよ?侍女達の苦心の作が崩れてしまう…」
「う〜…ちょっと髪を引っ張られすぎて痛いんだけどな…」
有利の髪は左の側頭部に梳いてエクステの小さな三つ編みを絡ませ、そこに小さな蒼と白の華…宝石をあしらった銀色の細い鎖をあしらっている。王冠が載った時、丁度可愛らしく傍飾りとして映えるようにと計算し尽くした髪型なのだ。
「目も擦っちゃ駄目?」
「痒いですか?」
「なんか…バサバサする」
「睫がもともと長いところに持ってきて、更にマスカラを塗り込んでますからね。式が終わったら丁寧に落としましょう」
「うん!」
嬉しそうに頷く新婦を、コンラートは更に嬉しそうな眼差しで見つめる。
蜂蜜漬けにした氷砂糖でも適うまいと言うほどの甘さだ。
それも仕方のないことで、それでなくとも愛らしい魔王陛下は幸い極みたるこの日の為に特別な装いに包まれており、嫁ぐ歓びにも満ちて輝くばかりの美しさであった。
デコルテを大きくとって形良い鎖骨を際だたせ、そこに特殊な銀細工とダイヤに似た貴石をあしらっているのが白い胸元を品良く見せ、細かなレースの施された胴部分はそのほっそりとしたラインを綺麗な弓形に流させる。そこから伸びる長いドレープは幾重にも重ねられた布地で、透き通る素材に煌めく糸で刺繍を施しているものだから、角度を変えると真珠色や水色、淡紅色といった異なる彩りを見せてくれる。
しかも、少し目立ち始めた腹部を上手にリボンで隠している技は匠の域といえた。
羽織らされたマントも野暮ったくなることはなく、豪奢な雪彪の毛皮は銀色の光沢を纏って実に優雅だ。
そして何より…それらを身につけた有利自身のなんと愛らしいことだろう!
なめらかな頬を淡く上気させ、うっとりと夢見るように開かれた黒瞳は《大好き》という言葉を雄弁に語りながらコンラッドに向けられているのだ。
『ああ…この方が、とうとう俺の伴侶になるんだな…』
ほんの数年前まで、それはコンラッドの妄想の中でしか実現しない夢物語であった。
有利と永遠の愛を誓い合い、生涯を共に過ごすと約束するなど…。
それが今日この日、現実のものとなるのだ。
決して平坦な道を辿ってここまで来たわけではない。
常に相手を想いながらも…想うが故に傷つけ、自分を呪ったこともあった。
それでも光る軌跡を描きながらここまで運命を導いたものは、自分たち自身であるに違いない。
愚かなことも…賛嘆すべきことも…全てがこの日を作り出す為に必要なものであったのだとすれば、全てを祝福したい気がする。
この直前にも、実は卒業認定ギリギリまで有利が追試地獄に陥ってて大変だったとか色々あるわけだが…それも何とか乗り越えて卒業出来たので、やはり祝福すべきだろう。
……と、このように脳内に白鳩の群れをダース単位で飛ばしている新郎新婦は、実は控え室に二人きりで居るわけではなかった。
「君達さぁ…良くそんなに自分たちだけの世界を作れるよね?」
片肘を突いた村田は、漆黒の衣装以上に黒い瘴気を漂わせながらうっそりと呟いた。
いや、彼にしては別に黒いというほどでもあるまい。ちょっとげんなりとした濃灰色くらいだ。
おめでたいという気持ちも耳かき一杯分くらいはあるに違いない。
まもなく行われる魔王陛下の挙式で、村田は大賢者として眞王と共に誓いの言葉を受けることになっている。
コンラッドのことはともかくとして有利には至高の幸福を授けたい彼としては、少しでも景気の良い顔をしなくてはならない…とは、思ってはいるらしい。
「え?何々…村田。なに怒ってんの?」
「べっつにぃい〜〜?怒ってなんかいないよぉう〜?」
「あらあら健ちゃん。大事なゆーちゃんがお嫁に行っちゃうから、新婦の父みたいな気分なのかしら?」
「唇尖らすな弟のお友達っ!お…俺の嘆きに比べれば、お前のガッカリ感なんてアリンコ級だっ!」
「しょーちゃーん、泣くなって。お前にそこまで派手に泣かれちゃうと、パパ涙出なくなっちゃうよー」
「知るかーっ!」
新婦の両親はともかくとして、兄は先程から弟の愛らしい出で立ちに鼻の下を伸ばしたり、それがコンラッドのものになるんだと思い出すたび滝のような涙を流したりと大変やかましい。
とうとう、《雰囲気を壊す》と美子に怒られて、控え室から摘み出されてしまった。
* * *
「渋谷、入っても良い?」
兄と入れ替わりに入ってきたのは、こちらで用意した参列用の紳士服とドレスを纏った有利の友人達だ。
篠原は自分のデザインも取り入れて貰った薄紫のドレスにご満悦で、それを自慢したい気もあったようなのだが…有利の姿を一目見ると、その眩しいばかりの美しさに《ぁ゛う…っ!》と鈍い声をあげた。
「どーしたの篠原?」
「どーもこーもあるかーっ!もーっ!なんて可愛いの渋谷っ!!うぅうう〜っ!また私のハードルが上がっちゃったじゃないっ!」
「ドレス姿で地団駄踏むなよ篠原っ!」
キィキィ騒ぐ女友達に対して、男友達はえらく静かだった。
『渋谷…ほんっと、お前って…俺の人生に喧嘩売ってるよね?』
篠原の言葉をそのまま借りて叫びたい。
《なんて可愛いんだ渋谷…っ!》…どうしてそんなにも夢のお嫁さん像どんぴしゃりの愛くるしさなのかっ!
この鮮烈な記憶が時間の経過と共に風化するか黒瀬自身の嗜好が変わらない限り、彼に婚期は訪れないものと思われる。
「凄い…綺麗だ、渋谷…」
瞳を潤ませて見守る会澤も同じ気持ちで居るに違いない。
今までちょっと出来すぎていけ好かない印象もあったが、黒瀬と同様に落胆している男が居るのだと思えば多少は親近感も湧く。
「いやいや、馬子にも衣装ってやつだよ」
「そんなことない…渋谷、俺…渋谷くらい綺麗で可愛いお嫁さん見つけるのは難しそうだなって思ったもん」
「もー、褒め殺しか?」
《凄いよ渋谷》…ここまで泣きそうな顔で直裁に言われても気付かないのだから、黒瀬の思いなんか1gも伝わっていないに違いない。
結婚予定の話を聞かされた時も…卒業試験の初日放課後に《女体化・妊娠》の話を聞かされた時も、有利の瞳には《お前らに祝って欲しいんだ!》という純粋な期待感が充ち満ちていた。
それを無碍に出来るような男なら、黒瀬健吾はとっくに有利の友達を辞めている。
「マジで…綺麗だよ。コンラッドさんが羨ましいや。幸せになれよ…」
内心、目の幅に等しい滂沱の涙を流しながらも、黒瀬は祝福の言葉を贈るのだった。
「黒瀬まで〜」
照れ照れして頭を掻こうとするから、コンラッドがまたご丁寧にその手を止める。
「新郎はそろそろ準備なさって下さい。新婦はお喋りで口紅が落ちているようなら少し足して、後は少し会話を控えて下さい」
眞王廟の巫女に促がされてコンラッドは部屋を出る。
その際、《また、後で…》と名残惜しそうに頬へとキスを送るのも忘れない。
『こーのぉおお〜っ!欧米かっ!』
突っ込みたいが、すかさず《自分、魔族ですから》と返されそうでできない。
大体、そういう気障な動作がごくごく自然に決まるように男に太刀打ちなど出来ないのである。
* * *
血盟城の大広間には玉座が二つ置かれ、背もたれと腕置き部分には金獅子が向かい合う形で彫り込まれて主の着席を待っている。
磨き抜かれた大理石の上に集った人々は身分に合わせて整然と着席し、やはり待ち人への期待に胸膨らませると、不作法にならない範囲で視線を巡らせている。
この日の為にフォンクライスト卿ギュンターは地球へと赴いて手術を行っていた。別に大病を患ったわけではない。
あまりにも興奮による出血量が激しい為、結婚式の進行を妨げないことと、彼自身の将来の為に鼻中隔キーゼルバッハ部位などにレーザー凝固を施すことになったのである。
その効果については村田が確認しているので大丈夫の筈だ(有利は前回の負荷試験で懲りたらしい)。
フォンヴォルテール卿グウェンダルは、こういうイベントがあると決まって面倒事に巻き込まれがちな魔王陛下が、またしても《何かしでかさないか》と数週間前から気を揉み続けていたせいで、眉間の皺が二割り増し深くなっている。
魔王と縁深い関係者で落ち着いている者といえば、ヴォルフラムとグレタくらいなものであった。
「不思議ね…ヴォルフ」
「ん…?」
「私達、どちらも新婦と結婚したかった者同士よね?」
「……そうだな」
くすくすと笑う妻の声に、ヴォルフラムも笑って応えた。
「ふふ…これが、あいつと出会って1年後くらいのことであれば…僕は気が触れるか、さもなくば国の混乱など考えずにユーリを略奪していたかも知れない」
有利が泣こうが喚こうが、綱で縛ってでも…卑怯覚悟で強い媚薬を使ってでも彼を力づくで籠絡しようとしただろう。
「あら、その時は私…何としても阻止したと思うわ?罠女の実力をまざまざと見せつけてね」
「それは怖いな」
笑い合いながら、ヴォルフラムは静かな感動に包まれていた。
今…彼の中にあるのは唯々純粋な、不思議なほど澄み切った《祝福》の気持ちだけだった。
「年月が…こうさせたのだろうか?それとも…僕の中で何かが大きく変わったのだろうか?」
「きっと両方なんだわ。ヴォルフ…ユーリへの気持ち、そして…コンラッドへの想いも変わったんでしょう?」
「そう…だな……」
きっと、後者が最大のものなのではないだろうか?
強制送還された有利を何時までも何時までも思い続け…その果てに、とうとう地球まで赴いたコンラッドの執念に、ヴォルフラムは衝撃を受けた。
哀しみ、忘れようとしてきたヴォルフラムに対して何という強靱な精神力なのか…想いの深さなのかと。
あの時初めて心から納得したのだ。
《負けた》…と。
『僕はこの男に勝てない。僕は…そこまではユーリを想うことが出来なかった』
その事実を認めた時、やっとヴォルフラムは開放されたような気がした。
自分が求める愛を有利の方では抱いていないことに鬱屈とし続け、コンラッドの想いから目を逸らし続けることはヴォルフラムにとっても苦痛であったのだ。
「今は唯…純粋に想うよ、二人に幸せになって欲しいと…」
「ええ…なるわ、きっと…っ!どんなことが起こっても、あの人達なら力づくでも幸せになってしまうわよ?」
「確かに…っ!」
思わず噴きだしてしまう。
有利なら幸運の後ろ髪を取り逃がしたとしても、《行っちゃヤダ…》と可愛くおねだりして、幸運自ら《戻りたいっ!》と思わせるだろうし、コンラッドはコンラッドで、にっこりと笑顔を浮かべて《行ってしまうの…?》等と甘く囁きかければ、思わず《幸運》もムーンウォークで戻って来たくなるだろう。
まことに、恐るべき夫婦である。
厳かに大扉が開かれると、軍人らしい姿勢の良さと優雅な足取りを併せ持つコンラッドが、純白の正装に包まれて登場した。
ほぅ…という感嘆の吐息が漏れ、幾人かは感情の高ぶりによって声を殺し…ハンカチに顔を埋めて泣いていた。報われないと分かっていても、秘めた恋心を抱いていた者達だろう。
大広間の壁際に陣取った楽団がゆったりとした曲調を奏でると、静かに…思いを噛みしめるようにしてコンラッドが赤絨毯の上を歩いていく。
玉座の前には既に眞王と大賢者がその身分に相応しい豪奢な衣装を纏って待機しており、その傍らには小姓が立って魔王たる有利の為の王冠と、《王婿殿下》となるコンラッドの為の金獅子勲章を捧げ持っている。
コンラッドが彼らの前に赴き、歩を止めると…今度は高らかなファンファーレと共に扉が開き、天女もかくやと思われるほど麗しい魔王陛下が現れた。
わぁあああああ……っ!!
既に控え室でその姿を見ていた者達も、はにかんだように睫を伏せ…細かな刺繍を施されたベールに包まれる新婦を目にすると、その輝くばかりの清楚な美しさに感嘆の叫びを上げてしまう。
新婦の兄や親友達、そして王佐は既に涙で顔が半崩壊状態にあり、《綺麗だ…綺麗だ…》と譫言(うわごと)のように繰り返しているし、いつもは渋面を崩さないグウェンダルですら瞳を潤ませ、艱難を乗り越えて結ばれようとする最愛の王と弟とを見つめていた。
流石にきりりと顔を引き締めた勝馬に連れられて、有利が赤絨毯を歩く。
『君、どの面下げてヴァージンロード歩くかな』
と、村田には言われたが…嫁ぐ心は無垢なものだ。
* * *
『コンラッド…っ!』
赤絨毯の果てに愛しい男の姿を認めると、早くも有利の眦に涙が浮かびそうになってしまう。しかし、これから力強く選手宣誓…いや、結婚の契りを結ばねばならないのだからしっかりしなくては!
憧れの甲子園が瞼に浮かびそうになるのを必死に打ち消し、有利は彼に可能な限りの優雅さを見せて赤絨毯を歩んでいく。それでもドレスの裾捌きが難しく少し戸惑ってしまうのだが、観客の方はそんな動作も初々しく感じられるのか、両手を握りしめて《無事に歩き切ってください》と祈っているようだ。
グウェンダルやギュンターなど、初めて歩いた孫を見るお爺ちゃん状態だ…。
もどかしい程の時間を掛けて辿り着くと、勝馬の手からコンラッドへと有利が渡される。
もう…とっくにコンラッドのものにはなっていたのだとしても、勝馬としては感慨深いものがあるのだろう。普段は眠たげに垂れ下がった眦は真っ赤に染まり、口角は泣き出す直前のようにふるふると震えていた。
『親父…フツー、逆の立場なのにゴメンな?』
可愛いお嫁さんを貰うのではなく、格好良いお婿さんを貰ってしまった息子を許して下さい。
「ユーリ…」
勝馬が離れていくと、有利に被せられていた顔部分のベールがコンラッドによって引き上げられ…淡く上気した華の顔(かんばせ)が現れる。
「汝等、ここに永遠の愛を誓うか」
一頻り定めに乗っ取った条文が謳うように読み上げられた後…眞王と大賢者という伝説並び立つ存在が厳かに告げると、大広間には張りつめたような緊張感が漲る。
今世だけでなく子々孫々まで拘束力を持ちそうなその問いかけに、二人が怯むことは勿論ない。
「誓います」
愛らしい声と凛々しい声とが、静かな大気を類い希な楽音のように《リィン…》と震わせ、眞王と大賢者の手が翳された時…魔力を持つ者も持たない者も、自分の五感全てで《変化》を感じ取った。
何かが、動こうとしている。
《その時》を待ちわびて…ふるふると準備を始めている。
「ここに誓約は為された。第27代魔王シブヤ・ユーリとウェラー卿コンラートは、共に夫婦として手を携え…生涯を共にせよ!」
眞王が朗々と誓いの受諾を告げたその瞬間…大気の中で次々に歓喜の迸りが生じ、眞魔国に…世界に存在する全ての要素達が祝福の歌を奏で始めた。
村田から王冠を載せられた有利も、眞王から胸に金獅子勲章を飾られたコンラッドも…列席した人々に血盟城周囲でお祭り騒ぎをしている民も…全てがあんぐりと口を開いて驚くべき光景に見入った。
リィイイイン……
リィン…リィン…リィイイイン……っ!
リリリリリィィィ……
リィィイイイイン…………っ!!
「お…お……」
「なんという…っ!」
人々は驚嘆してこの変化を見守った。
魔力がない混血も、人間の王国からの王侯諸侯も…自分たちの耳目で認識することの出来る要素の歓びに、驚嘆の声を上げて子どものようにはしゃいでしまった。
大広間の中は複数の暖炉を燃やして暖かく保たれていたのだが、その暖炉の中からキラキラと輝く火の精霊が飛び出してくると、人々を燃やさないように配慮しながらも美しい蝶の姿に燐光を纏わせながら飛び交うし、大きな花瓶に生けられていた花々は蕾までが一斉に開いただけでなく、種子を風に乗せて大気へと運ぶと、空中でぽんっ…ぽんぽんっと勢いよく咲き始めたのである。
「きれい…きれーいっ!」
「まぁあ…っ!」
花々はふわふわと降りかかって、特に子どもや女性達のもとに降りると歓喜の声がいや増した。
風は華の良い香りを載せて柔らかく人々の間を旋回し、時折悪戯めかして花弁を吹き上げては人々の歓声を誘い込む。
負けていられじと動き出したのは水の要素だ。
大広間の中で暴れては顰蹙を買うと思ったのか、屋外の凍った池から氷を割って水を噴出させると盛んに形を変えて、華…鳳…太陽といった形状を象っては、それらを陽光に照らし出させる。
時折、陽光の加減で美しい虹が掠めるのも美しい眺めであった。
「まぁあ…っ!!」
驚きはそこにとどまらなかった。
天高く舞い上がった水滴は凍えた大気の中で他の要素達と反応しあいながら変化し…煌めく氷の結晶を大気中に散らしたのである。
その結晶を震わせて響く高らかな歌声は、時間の経過と共にますます広く遠く音を波及させていき…お祭り好きの妖怪達をも誘い出したのだった。
『おお…謳っている…』
『ユーリ様を祝福する歌だ…っ!』
雲間の曙光と合わさって、色とりどりの羽を持つ迦陵頻伽族がこちらの眞魔国にも姿を現した。
楽の音を響かせ喉を震わせれば、仏の悟りを謳い上げる霊鳥達の歌声が人々の心を沸き立たせる。
謳えや謳え、集えや集え…!
永久(とこしえ)の幸い祈る歓喜の歌を
謳えや謳え…っ!
「ありがとねーっ!」
有利が拳を突き上げて感謝の言葉を伝えれば、笑いさざめくように迦陵頻伽の歌声が高まっていく。
「うわ…凄っげぇ…みんな祝ってくれてるよ?」
「素晴らしい…。ユーリ、全ての要素があなたへの愛と祝福を謳い上げているのですね?混血の俺にも分かります…っ!」
有利がはしゃぐと、コンラッドも感動を滲ませて声を震わせる。
「何言ってんだよ。俺だけじゃないだろ?俺たちへのお祝いだぜ?」
「俺たちと…リヒトへのお祝いですね」
見つめ合い…幸せを噛みしめる二人に、少々呆れ混じりの声が掛けられるのだった。
「何だかなし崩しに歓喜の展開に入っちゃってるけど…。どうする?眞魔国式ならこれで誓いは終了だけど、一応あれもやっとくかい?」
「あれ?」
「誓いのキスだよ」
村田の言葉に、ボンっと有利の頬が上気する。
無意識的には周囲が恥ずかしくなるほどのいちゃつきぶりを見せる有利だが、意識してしまうと途端にこうなってしまうらしい。
「ど…どうしよっか?」
上目遣いにコンラッドへと尋ねれば…返事の代わりに降ってきたのは形良い唇からの口吻だった。
「ん…」
恥ずかしさに真っ赤になりながらも、有利はそのままコンラッドの首に手を回して口吻を受け止める。
誓いのキスにしては少々長過ぎ…そして濃厚すぎる気はするが、そこはご愛敬だ。
わぁああああ……っっ!!
万雷の拍手が轟く中…ようやく唇を離した新郎新婦は、互いの手をしっかりと握ったまま玉座へと赴き…腰を下ろすと、更に拍手の音がいやましていく。
「魔王陛下万歳!」
「王婿殿下万歳!」
「その御代に栄光あれっ!!」
この日、眞魔国は新たな時代へと歩を進めた。
双黒の魔王陛下と王婿たるウェラー卿コンラートの御代が、ここに始まりを告げたのである。
幸いあれ。
栄光あれ…!
万民の祝福を浴びながら、有利とコンラッドの幸いと笑いと波乱に満ちた日々がまた新たな歴史を刻んでいく…。
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