エピローグ
さわさわと頬を撫でる風は馨しいかおりを運んでくれる。
心地よい陽光に照らされた大気は、秋の実りを告げるように魔王居室へと吹き込んできた。
レオンハルト卿コンラートは座り心地の良い椅子に深く腰掛けると、適度な弾力を持つ背もたれに身を預けて、やさしい眼差しを手元の羊皮紙に送った。
そこには、有利がリヒトを無事出産したことや、慌ただしいながらも楽しい日々を過ごしていることが書きつづられている。
秋の盛りを迎えたこちらと違い、あちらでは夏の第一月を迎えたそうだ。
『7月7日か…』
手紙にも書かれているが、その日は一年に一度…天の恋人同士が逢瀬を果たす日であるらしい。
有利の誕生日である7月29日とはずれてしまったが、《光》を意味するリヒトが星々の巡り会う日に生まれるというのも不思議な巡り合わせといえよう。
そう、何も全てが有利と同じである必要はないのだ。
『まるっきり一緒でなくたって良いんだよ』
ふとした瞬間に蘇るのは、有利の声だ。
今でも時折、過去を悔いてしまうコンラートを支えるように…励ますように…有利の声が暖かく響いてくる。
「リヒト…来年には会えるだろうか?」
あちらとこちらとでは時間軸にずれがあるので調整は難しいようだが、できればリヒトの1歳の誕生日には会いに行けるように仕事を調整したい。
今回の出産にも立ち会いたいのは山々だったのだが、人体が空間を渡る為には多くの魔力を必要とする為、有利の助力を得ることが難しい今回は見送ったのだ。
その代わり、アニシナの魔道装置を使って書簡のやりとりは頻繁に行っている。
コンラートは忙しい合間を縫っては羊皮紙に日々の出来事を書きつづり、大陸諸国の情勢から家族団欒の席で起こった些細な出来事に至るまで、有利の笑顔を思い浮かべては送ってきたのだった。
大陸では教会からの通達もあってか、確実に眞魔国との同盟を希望する国が増加しており、既に連携を取っている国家とも協力して秋の収穫の略奪防止や、今年も不作である国への援助が行われている。その成果が実ってか、眞魔国と同盟を結んだ国の中で餓死者の報告は聞かれていない。
眞魔国内では更に状況は良く、有利の《実りの奇跡》とこの秋の収穫とで二毛作状態であった為、収穫された作物が市場に溢れている。その分価格の暴落が心配されたが、これを予期して保存・加工法の研究を進めていたおかげで投棄を防ぐこともできた。
あちらから送られてくる手紙も大変面白い。
グウェンダルが夜なべして産着やらちいさな靴下だのを作ったのだが、それがことごとく女の子用であった為…《生まれるのは絶対に男です》とは言い出せなかったのだという。
グレタの懐妊が分かると同時に、性別も分からない内からヴォルフラムは《リヒトの婚約者にする》と言い出したそうだ(冗談だと信じたい)。
コンラッドはコンラッドで、リヒトが生まれてきたら有利が付きっきりになるのではと心配し、《乳母を雇いませんか?》と持ちかけたらしい。自分との時間をしっかり取って欲しかったのだろう…。
最初のうち有利は悩んでいたようだったが、出産して一週間程度でするすると男性体に戻ってしまった為、やむなく授乳については任せざるを得なくなったようだ。
ちなみに、乳母はコンラッドの乳母であったリリアーナの娘だという。
不思議な縁を感じるものだ。
『元気にやっているんだな…』
赤子を中心にてんやわんやで暮らしているのだろう彼らを想像すると、ついつい口元に笑みが浮かんでくる。
『俺の…名付け子』
誕生を見守ることも出来なかったから、まだ実感としては微妙なのだが…そのくすぐったいような響きにコンラートの唇はやはり笑みを刻む。
『会いたいな…。君は、一体どんな子に育つんだろうね?』
おそらく有利とコンラッドという《名付け親子》が辿ったのとは全く異なる軌跡を描いていくのだろうけれど、どうかそれが幸いへと繋がっていれば…そして、その一部にでも自分が関われれば嬉しいと思うのだが…。
『俺に何ができるだろう?』
運命を狂わせてしまったリヒトを想うと、やはりこの胸は痛む。
有利という圧倒的な光彩を放つ存在を親として持つのだ、どの世界で生きるとしても大きな重圧を感じずにはいられないだろう。
少し…窓から差し込む陽光が翳ったような気がして目線を向けると、カーテンがめくれて光を遮っていたようだった。
風に煽られるカーテンを押さえようと立ち上がったコンラートは、ふと窓辺に置かれた人形に気付いた。
リリアーナが掃除のついでに磨いてくれるらしく、陶器製の人形は昔と変わらぬ光沢を湛えている。
しかし…その内部は昔落としたことでゼンマイ仕掛けが故障したのか、上手く回らなくなっていたはずだ。本来は同じ場所でくるくると廻るはずなのに、半回転したところで中心軸がずれてしまうのか…歪んだ螺旋を描いてしまうのだ。
『そういえば…この間、ユーリも落としていたっけ』
すんでのところでコンラッドが受け止めたので、それほど大きな衝撃にはなっていないはずなのだが…。
ふと、何の気無しに人形の螺子を巻いてみた。
ひょっとして、あの衝撃で直っているのではないかと思ったのだ。
『ユーリが関わったのだから、もしかしたら…』
変にドキドキしている自分を感じながら、そっと卓上に載せてみる。
「………そう、上手くいくはずもないか」
《ふぅ…》っと溜息を吐いて苦笑するコンラートの前で、人形は相変わらず螺旋を描いていた。
少しずつずれてずれて…机の端という奈落に落下していくのだ。
手で止めてやらないと、壊れてしまう…。
諦めて差し出しかけた手はしかし、ぴくりと止まった。
「………っ!?…」
違う。
螺旋を描いてはいるけれど、これは…無意味で破滅的な軌跡を描いているのではない。
息を呑んで見守るコンラートの前で、少年と少女を模した人形は観覧者の思惑など知らぬとばかり…楽しそうに舞踏を続ける。
くるり…くるりと螺旋を描き、時として落下を予感させるほど机の端を掠めながら…それでも臆することなく、果敢に人形は踊り続けていく。
そして…人形はぴたりと止まった。
その軌跡が卓上で描き出したものは、大きな大きな…《まん丸の円》だった。
まるで…有利の笑顔みたいにあけっぴろげで豪放な、机いっぱいの円であった…!
「……ユー…リ……」
その、信じがたいほど美しい正円の軌跡に、コンラートは声もなく見入っていた。
壊したはずなのに…歪(いびつ)になったはずなのに…あの日、自棄を起こして捨てていれば、目にすることは出来なかったろう奇跡にコンラートは驚嘆する。
「なんという…っ!」
元通りにならなくても…あの日、落としてしまったこと自体は取り消せないのだとしても…可能性を自ら捨てなければ、何度でもやり直しはきくのだ。
そう教えるように、人形が微笑みかけているように思えた。
『レオ…!あんたはあんたらしく生きてね!』
有利の声が…聞こえてくるようだ。
「ああ…ユーリ、俺は俺としてできる全てを君とリヒトに捧げよう…!」
頬を伝う清々しい涙を感じながら、コンラートは人形にキスを贈った。
尽きせぬ感謝と、敬愛の想いを込めて…。
〜 螺旋円舞曲 完 〜
あとがき
お・わ・り…ましたぁぁああ〜っっ!!
「眞魔国ウォーズ〜泣き虫レオ次男の百日戦争〜」と呼びたくなるくらい、良くレオ次男が泣くシリーズが完結しましたっ!
おぉう…8ヶ月近く掛かって完結までこぎ着けましたっ!今回は大きな流れをかなり作り込んでから書き始めたので、かなり執筆ペースも速かった筈なのに、如何せん全体が長すぎて「書けども書けども終わらない〜っ」と、ひいひい言っておりました。
途中、家庭の事情等でも辛い時期はありましたが、皆様の励ましの声を受けてここまでやってくることが出来たように思います。
中には厳しい意見もありましたが、表情の伝わらぬネット上のやりとりで無用に傷ついたり傷つけたりすることがないよう、何をしていけばいいのか考える上で勉強になったように思います。
今回は珍しくプロローグとエピローグだけは最初からがっちり固まっていた為(←いつもは出たとこ勝負)、「とにかくあの場面に向かっていくんだ」「異世界次男を幸せにするんだ」と自分に言い聞かせて前進を続けました。相当前の話なので忘れておられる方も多いと思いますので、この機会に読み返して頂ければ幸いです。
書き終わってみると、世界構築が甘いとか、時系列がおかしくないか?とか、気持ちが空回りして同じ表現がぐるぐるしてるとか、有利達の起こした奇跡後の回復が早すぎる気もする…とは思うのですが、「大丈夫、何となくまとまってるっ!」と思う事にします。皆さんもそうしてください。
とにかく今回のテーマは、「とんでもない失敗をしても、投げ出さなければ未来は拓ける」というものでしたので、「とんでもない失敗」部分については随分と閲覧者の方々にも気を揉ませる事になったと思います。
特に、異世界次男が魂を運ばなかったことで大きな差異が生じたのだと気付いた回ではえらい反響を受けて吃驚しました。かなりの行数をさいて、レオ次男が幸せになる為の方法を模索して下さりありがとうございます。
「あー…こんなに愛して貰ってるのよー」と、異世界次男を撫で撫でしてあげたくなりましたよ。(←酷い目に遭わせておいて何を…)
まさに獅子を千尋の谷に突き落として、這い上がってくるたびにしつこく蹴りを入れるような話になりましたが、エピローグで完全に充足したと感じて頂ければ幸いです。
えらい反響と言えば、実は眞魔国で実りの奇跡を起こした時の「ナ○シカネタ」の反響も相当なもので、書き込みの激しさに笑ってしまいました。結構同世代多いのですね(若い娘さん達をいつも置き去り気味ですみません)。
コンユバトラーXはそれに比べるとぼちぼちだったところから見て、同世代と言いつつちょっと下の年代が多いのかな…とも思いますが。
さて、このシリーズはここで終わりを告げますが、「全体の流れには関係ないけど、ちょっと詳しく語りたい」という話もぽろぽろとあります。
今のところ、「こんにちは赤ちゃん〜二人ともパパよ〜…な、コンユ+リヒト話」「アリアリさんとカール君のどきどき初夜」「ファリナ大公妃殿下、コンユに円満のコツご教授願う」「白狼族の高柳鋼とケイル・ポーと元聖騎士団長オードイルその他でレオ次男争奪戦」「カロリアの地で頑張ってます、リタとキリク」といった小話を考えておりますが、こちらはぽろっぽろっと拍手文あたりで気楽に更新予定です。
この他にも「このキャラのその後、またはこの話とこの話の間の時期を知りたい」といったご要望がありましたら、お気軽に拍手・メール等でお知らせ下さい。
長編として続きを書くかは、大きなテーマが決まらないと分からないので、今のところ不明です。
いい加減コンユがラブラブ過ぎて、好感度100、信頼度100、エロ度100という、ゲームなら「先が見えててつまんないよ!」と言われそうな感じなので、別の設定で長編でもいいかな…と思ったりもします。今は思いつきませんが…。
なにはともあれ終わりました!
皆様の心に、幾らかの愛と勇気と希望とエロを提供できたのなら嬉しいです。
どうか、頑張った私にご褒美を!
感想を激しくお待ちしておりますっ!!
|