第三章 ]VーG
「だ…駄目だ、上様…っ!戻ってっ!」
ディスプレイに映し出される地上の様子に、有利は悲鳴を上げた。
上様を初めとする水の要素…水蛇と沼色の怪物がぶつかりあって凄まじい雷雨が起こり、濁流に覆われた地上では人々が押し流されそうになっている。
この調子で各要素がぶつかり合えば、11年前に起こったという大災害の再来になってしまう。たとえ《禁忌の箱》を滅ぼすことが出来ても、地上に住む人々が全滅しては話にならない。
『くそ…っ!あっちの世界じゃ強化版モルギフで一発だったのに…っ!』
あの時と今とで大きく違うのは、こちらでは創主の各因子が分離しているということだ。
村田によるとあちらの世界では《三枚のお札現象》によって、創主を構成する因子が極めて高密度に濃縮されていたのではないかと考えられるそうだ。
《三枚のお札》とは言わずと知れた日本昔話であり、山姥に喰われそうになった小坊主がお寺に逃げ込んだ後、和尚さんが山姥をとんちによって小さな豆粒大にさせてしまい、焼いた餅に突っ込んでぺろりと食べたというアレだ。
あちらの世界の創主は有利を乗っ取った際に、その重要な要素をコンパクトにぎゅっと纏めて有利の体内に押し込んでいたらしい。言ってみれば、遺伝情報を含む核のようなものだ。そいつは、有利がモルギフで無理心中を計ろうとしていると見た瞬間に逃げ出して一閃された。
ただ、そのような核状態まで他動的に分離するのは極めて困難なのである。
そうでなければそもそも《禁忌の箱》なんて面倒なものは造らず、全盛期の眞王が魔剣モルギフで真っ二つに叩き斬っておしまいにしている筈である。
『落ち着け…計画通り、集中するんだ…っ!』
こちらの世界で同じ事をやるのは難しい。
あちらの世界では、有利の瞬間的な判断だったからこそ創主に見抜かれなかった。それを狙ったからこそ村田は、有利の不信感を買うこと覚悟で何も言わず瘴気の中に突き飛ばしたのだ。
こちらで同じ事をしようとした場合、既に有利が経過を知っている為に、創主に見抜かれて回避策を採られる可能性が高い。
よって、今回の計画では創主を鍵によってコントロールし、有利に共鳴させて本来の要素に分解することが目的とされている。
それでも、原初の創主に含まれた地獄・餓鬼・畜生界の生命は救いがたいものがあるだろうが、そこは分離後に二本のモルギフと聖剣とで破壊する予定だ。
「みんな…行くよ?」
「ええ、心構えは出来ています」
コンラッドの穏やかな声に、有利はきゅうっと唇を噛んだ。
今から…作戦の第一段階を行う。
そう、有利が自分を含めた4つの鍵を用いて《禁忌の箱》に働きかけるのだ。
『大丈夫…なのかな?』
どうしても不安が拭えず、鼓動が耳の奥にまでズンズンと響いてくるようだ。
あちらの世界ではコンラッドが腕を…グウェンダルが目を、そして…ヴォルフラムが心臓を、有利が血の幾ばくかを奪われることで鍵が機能したが、今度はそうはさせてはならない。
あくまで有利の主導で操作しなくてはならないのだ。
だが、それによって彼らにどんな影響が出るかは分からない。
もしかしたら…有利が扱ったとしても、同じような影響が出るのではないか…。
『余計なこと考えるな…っ!集中…集中……っ!』
脳裏に蘇る…腕の自由を奪われたコンラッドの姿を振り払い、有利は意識を集中させてレバーを握りしめた。
リィィイ……ンンン……
共鳴音をあげて魔道装置が光を放ち始めると、これまで楕円形の卵のようであったコンユバトラーXから《ガシィーン…ガシンっ!》と音を立てて頭部・手足が飛び出してくる。
頭部には有利の増幅器で作戦司令担当の村田が居座っており、肩・股関節に当たる部分に鍵保持者のコクピットがある。この4カ所からは先端に丸っこい手・足がくっつけたコードが伸びていく。この手足に当たる部分から鍵の作用を《禁忌の箱》に向かわせるのだ。
ぱっと見、組み手の構えをとる相撲取りようだが(物凄い突っ張りが繰り出されそうだ…)やっている方は当然真剣そのものであるし、対する創主もそれは同じであった。
ぐぬ…
ぐぬぅぅうう……っ!
鍵を外しては欲しいが主導権を握られることは拒絶したい…創主は創主で間合いを計り、唸りをあげて雌伏しているようだ。
「はーい…とーとーとー…怖くないですよぉ〜……」
野生の獣と向き合うムツゴロウさん状態で、コンユバトラーはじりじりと前傾姿勢をとっていく…。
じわ…じわりと魔力と瘴気が絡まり合い、うっすらと相手の全景が見え始める…。
『ここか…っ!』
キィン…っと脳内を流星のように奔る感覚に合わせて、有利は素早く鍵を回す。
この辺りは村田お得意のピッキングのような要領だ。
《開いた…っ!》…と、思った途端にドゥゥゥウウ……っと溢れ出してきたのは、これまでとは比べものにならない規模の創主の力であった。
『来た…来たぞぉぉ……っ!』
怯まず、有利は感覚を研ぎ澄ます。
ドウ…ドゥ…
ドドウ…ドゥウ……
溢れ出してくる、莫大な力…。
しかし、四千年にわたって封印されていた本体が開放されたことで、4つの創主は一瞬迷ったらしい。
一旦逃げたものか…そのまま4つ合わさって有利達に力をぶつけるのかで意見の相違があったらしく、互いの創主がぶつかり合うような動きを見せた。
そのズレが、つけ込むべき瞬間であることを有利は見逃さなかった。
「応えて…っ!」
豊かなる大地よ…
潤いし水よ…
燃え上がる火よ…
吹き抜ける風よ…
応えて…
お願い、応えて…
この星を、護って……
リィイイン……
リィィイイイインンン……
『おお…我が主よ、我を呼び賜うか…っ!』
『汝に尽くすは我が喜び…』
『今ぞ、今ぞ…!』
『同胞(はらから)よ、主の呼び出しに応じて大陸を…星を潤そうぞ…っ!』
リリンリンリン…っ!
リィイイィィィィン……っ!!
美しい共鳴が有利の持つ四大要素を中心として響き渡ると、創主の一部がこれに対応して響き始めそうになる。
『呼んでいる…』
『呼んでいる……?』
『歪められたる我を呼ぶは誰ぞ…』
すかさず、白狼族の鋼が応えて謳う。
『我らは自由なる風の民…っ!忘れたか?風の同胞よ、思いのままに駆けめぐるあの清々しさを…っ!』
『自由…自由……?』
もともと、四つの要素の中では最も自由を希求する風が、何かを思い出したようにブルブルと震えだした。
だが、思いのままに吹き出そうとした風の創主に、根深い憎しみを湛えた…踏みにじられ、それでも逃げることの出来ぬ哀しみを背負った創主…土が絡みつく。
『貴様だけ自由になどさせるものか。我らは一体となるのだ…』
『そうだそうだ…っ!我が儘な風め…っ!己だけ人の手に捕まることなく逃げられるものだからと、勝手なことをするな…っ!』
土に同調して、やはり人の手による影響を受けやすい水が吼える。
『燃やしつくそうぞ…我らの贄を灼いて灼いて…憎しみの力で盛り返そうぞ…っ!』
憎しみと怒りの渦を心地よさそうに感じ取りながら、グァラグァラと火が嗤う…。
ゾワワワァァァァ……っ!
グワッグワァァララララ………っ!
『死ね…死ね死ね死ねっ!』
『血と呻きと死によって、我らに力を寄越せ人間共よ…っ!』
風が引きずり戻されたと同時に…ゴゥ…っと創主達の力が働きかけた。
自分たちを支える…人間に対して。
* * *
カロリアの地でも、《禁忌の箱》開放による激震が起きていた。
しかし、既に怪物が暴れたことで被災を受けていたカロリアでは今後も同じ現象が起こることを見越していたので、避難は計画通り迅速に行われた。
「落ち着いて。大丈夫…岩盤の固い避難所に全員入れるとフリン様が言っておられたからね。必ず二人ひと組になって、仲間を見失わないように行くのよ?」
「うん…っ」
最年長者であるリネラが励ますと、怯えの強かった幼い子ども達も自分が為すべき事を理解して荷物を握りしめた。
怪物としてこの街を破壊してしまった彼らは、開放されてからも当分の間は教会の概念を覆すことが出来ずに反発していたのだが、次第に自分たちの誤りに気付くと…今度は激しい慚愧の念に駆られて自傷行為を繰り返したり、逆に甘えて赤ん坊みたいになってしまう子が多かった。
だが、リネラは勿論のことカロリアの民が粘り強く子ども達に接してくれたおかげで、ようやく子ども達は健全な精神を取り戻してきたところであった。
カロリアの同年代の子ども達と一緒に遊ぶときなどは、屈託のない笑顔をみせたり、可愛らしい笑い声をあげたりするようにもなってきた。
『大丈夫…きっと、私たちやっていけるわ…。お詫びをしなくてはならない方達は沢山居るけれど、順を追って…ひとつひとつやっていけば良いよって、アルフォード様も言っておられたもの…』
想い人の声音と表情を思い出すと、少しまろやかになってきたリネラの頬にぱっと赤みが差す。
『リネラ…帰ってきたら…その……俺と……』
何かを言いかけたところで招集が掛かってしまい、後ろ髪引かれるようにして立ち去ってしまったアルフォード・マキナー…。
《もしかして》…という期待を抱いてしまうのは、勇者に憧れる小娘の誇大妄想なのだろうか?
けれど…少なくとも、帰ってきたらまず会いたいと思ってくれているというだけでも、この身は天に昇るような歓喜に包まれる。
憧れ…一度は失望したものの、今では以前以上の熱い思いでその人となりに惚れ尽くしているあの方が、もしかしたらリネラのことを想っていてくれるのではないか?
そっと唇に笑みを載せつつも、リネラは身体を揺らす振動に己の為すべき事を思い出した。
「さ、行こうか?」
「うんっ!」
リネラは子ども達を先導すると、簡易的な造りの小屋から教えられていた避難所へと逃げる為に扉を開けた。
天は不気味な暗雲に包まれて囂々とした風が吹き寄せ、思わず目を閉じかけたのだが…。
「……え…っ!?」
眇めた目に入った人物の姿に、思わず声が上がってしまう。
それは彼らの育ての親であるリーシュラであった。
彼は何故か、剥き身のナイフを手にしていた……。
* * *
リーシュラ神父の父母は共に熱心な教会信徒であり、もともとは富裕な家庭であったにも関わらず、教会への布施によって殆どの財産を投じてしまった上に病死している。
しかし、亡くなった父母への供養は息子の信心に依るしかないと、リーシュラは熱心に信仰を続けた。
11年前からは災害によって孤児となった子ども達を養い、貧しいながらも楽しい日々を過ごしていたリーシュラだったが…ある日、聖都からの使者にこう耳打ちされたのだった。
『リーシュラ神父よ…この教会からの献金は、あまりにも少ないのではないかね?』
『ですが…この辺りの土地は枯れ果てております。子ども達を食べさせるのに精一杯で、とても献金にこれ以上回すわけには…』
抗弁したのが気にくわなかったのか、使者は居丈高にリーシュラを叱責すると、子ども達の前で土下座するように強要したのだった。
『何という不信心者か!子ども達に食べさせるだと?子ども達が飢えているのはお前が不甲斐ないからだ!神に捧げる金もないと開き直るか、この不信心者め…っ!このままでは地獄に堕ちるぞっ!?』
地獄という言葉に子ども達はぶるぶると震えた。
立派な身なりをした偉そうな使者の靴底に、リーシュラの土下座した頭が挟まれている様子も怖かったに違いない。
『やめて…やめて…っ!リーシュラ様をいじめないでっ!』
『リーシュラ様…どうやったらお金が手に入るの?』
ぼろぼろと涙を零しながら覆い被さり、リーシュラを護ろうとする子ども達に使者はこう言ったのだ。
『ほうほう…よい子だな、お前達…。それではきっと、その身を神に捧げる覚悟もあるだろうな?』
『もちろんっ!僕らはリーシュラ様に教えられて、神様はとっても大事だって知ってるんです!』
《リーシュラ様はちゃんとした人です》…そう主張したいのだろう。
子ども達は口を揃えて自分たちの信心深さを協調した。
『そうか…では、今すぐ神の使者たる私を満足させてみろ……』
一際可愛らしい容貌のリネラが、使者に手を引かれて別室に入った。
きょとんとしている子ども達に聞こえてきたのは…《きゃあーっ!》という、リネラの悲鳴だった。
『何…どうしたの?』
『なぁに…この子の信心深さを試しているのさ』
啜り泣くような声と悲鳴が断続的に続くのを、リーシュラは身悶えして聞いていた。
他の子ども達も真っ青になって扉に取り縋るが、思わずその動きを止めさせてしまう。
中で何が起きているのか…見せたくなかったのだ。
『や…止めてください…どうか…どうか…っ!お金は何とか工面しますから…っ!』
扉に取り縋って泣いたが…リーシュラにそれ以上の事は出来なかった。
あれは、粗末な作りの木戸だった。そのざらつく手触りまでが詳細に思い出される。
その辺にある棒っきれで叩き壊すことなど簡単だったはずだ。
でも…できなかった。
聖都からの使者に逆らい、《不信心者》と呼ばれるのが怖かった。
怖くて怖くて…そのまま、リーシュラは聖都への献金を用意する為に子ども達に夜の仕事をさせていったのだった…。
* * *
『そうだ…私は、怖かったのだ……』
神に尽くす喜びよりも、ここ数年のリーシュラを縛っていたものは恐怖だったのだと思う。
カロリアで捨て身の術を撃破され、囚われ人となったリーシュラは子ども達とは隔離して収容された。
話し合いを求める眞魔国の兵には《魔族と口をきいたりすれば呪われる》と言って応じなかったが、フリンを初めとするカロリアの民に切々と自分のしたことを論じられると…流石に堪えた。
『私がやったのは…単に、この街を破壊しただけなのか?』
怪物によって死んだ眞魔国兵は皆無だったと聞くし、負傷者の殆どはカロリアの人間だった。
《何処にいる、誰の為に戦うんだ…っ!》…血を吐くようなカールの絶叫も頭蓋内に木霊する…。
窓の外からは時折、子ども達が年相応の笑い声を上げて駆け回っている様子が伺えて、それがもうずっと見たことの無かったものなのだということにも打ちのめされた。
誰も、魔族と触れ合って呪われたようには見えなかった。
認めたくはなかったが…少なくとも、子ども達にとって何よりの地獄は、リーシュラ自身が与えてしまった蹂躙と虐待の日々であったのだ。
『だが…だとすれば、私は一体どうすればいいのだ?』
もう、あの子達の元には戻れないのだろうか?
それに…これほどの疑惑を抱えていては、とても今までのように胸を張って神の教えを説くことなど出来ない。
ズゥゥウウウウン……っ!
思い悩むリーシュラの身体が、突然の激震によって椅子から転げ落ちた。
「な…なに……っ!?」
屋外からも叫び声が聞かれたが、混乱はそう長くは続かなかった。
すぐに町内会の役員やら消防団員、そして残留している眞魔国兵が声を掛け合い、決められた経路に沿って避難が進められていく。
彼らはリーシュラの事も忘れてはいなかった。
「リーシュラ殿、自分についてきて頂きたい!」
厳格そうだが居丈高ではない眞魔国兵がやってくると、素早く転んでいたリーシュラの身体を抱え上げてくれた。
「失礼。安全な場所に着くまで、自分が抱えて行ってもよろしいか?」
「は…はい……。お願いします…」
無骨で口数はすくないが、このバルフォントという混血の老兵は信頼の置ける男なのだとリーシュラも認めざるを得ない。
彼は糸のように細い目を更に細めると、初めて口をきいたリーシュラに微笑みかけた。
「では、参りましょう!」
「はい……」
バルフォントの背に乗せられたリーシュラは、そのまま大人しく連れて行って貰うつもりでいた。
眞魔国兵を悪しき者だと思いこむ事は既に困難になっており、もはや意地で口をきかなかっただけだったので、広いバルフォントの背中に枯れ木のような身体を張り付けさせると、その温かさに思わず頬を寄せてしまったくらいだ。
『暖かい…』
久しぶりに感じる生気あるぬくもりに、ほぅ…っと息を吐いたのだが…。
突然、ドクン…っと何かが拍動した。
ドクン…ドクン…ドクン…っ!
『な…なんだ!?』
それは、リーシュラの胸元で拍動していた。
円形の茨に張り付けられた革製の人形が、まるで生きている人間の心臓を抉りだしたみたいな動きでバクン…ボクン…っと弾んでいるのである。
そいつが弾みだした途端に、リーシュラは身体の自由を奪われてしまった。
この時、バルフォントが純血魔族であればもっと早く異常に気付いたに違いない。それほど大きな法力がその革人形から発せられていたのだ。
だが、何か気持ちの悪さを感じながらも早く避難しなくてはと使命感に燃えていた為だろう。バルフォントはリーシュラの行動に対する反応が遅れた。
「何を…」
『わ…わ……っ!』
リーシュラの舌は引きつったような感覚を訴え、手足に至っては完全に自由を奪われていた。
その中でも手は勝手に…あろうことか先程まで身を委ねていた男の首に回り、恐るべき力で捻り始めたのである。
「ぐ…ぐ……っ!」
『うわぁぁあ……っ!』
こんな事をするつもりなど全くないのに、一体何が起こっているのだろうか?
リーシュラはあり得ないほどの力でバルフォントの首を締め付けていることに驚愕し、何とかしてそれを止めようと藻掻いた。
『い…嫌だ…嫌だ……っ!』
《殺したくなんかないっ!》…心の中で絶叫しながら藻掻くと、バルフォントが《ドォン…っ!》と倒れた瞬間に、革人形が二人の間で押し潰された。
「は…はぁ……っ」
何が何だか分からないままバルフォントの下から這いずり出てみると、彼は気絶しているものの、何とか命はあるようだ。
おそらく首を絞めたことで一時的な徐脈となり、脳が虚血状態に陥っただけなのだろう。
ふら…っと立ち上がったリーシュラは、どうして良いのか分からないまま…混乱した状態で駆けだしていた。
だが、その途上で再びドクン…と革人形が拍動を始めると、手足の自由が効かなくなってくる。
『ぅわ…わ……』
震える手が台所でナイフを掴み、そのぎらつく光沢に激しい不安が過ぎる。
一体…何をさせるつもりでこの《手》は、ナイフを掴ませたのだろう?
* * *
手放したくてしょうがないナイフを握ったままリーシュラは駆けていき、その先で…懐かしい子ども達に出くわしたのであった。
「リーシュラ様…っ!」
子ども達は一瞬驚きに目を見開いたものの、幼い子ども達はすぐに顔を輝かせてリーシュラを見つめた。
心なしか、以前よりも頬がふっくらとして血色の良い子ども達は、眞魔国軍に貰った食料を食べさせて貰っているに違いない。
健康的で、すこやかな瞳…。
本来、リーシュラが護ってやるべきものだった。
その彼らに、《手》が何をしようとしているのかを察してリーシュラは慄然とした。
『この子達を…殺すつもりなのか…っ!?』
《贄を…》
《贄を贄を贄を……っ!》
頭蓋内で調子外れな音達が不協和音を奏でながら大行進している。
ドォン…ドォン…と太鼓を打ち鳴らすような衝撃が革人形から骨へ…筋肉へと伝わってくると、ギギギ…っと、古びたブリキ人形の様な動きで腕が振り上げられる…。
「リーシュラ様……っ!」
何が起きているのか分からない幼い子ども達を背後に回り込ませ、真っ青な顔をしてリネラが両腕を広げている。
アーモンド型をした瞳からは何時しか涙が伝い、《止めてください…》という切なる願いが言葉にならずに伝わってくる。
口にしたくないのだ。
《殺さないで》などと。
このような姿を見てさえも、彼らはまだリーシュラを慕ってくれているのだ。
『嫌だ…嫌だっ!殺したくない……っ!』
正しい理由で贄がいるのだとしても、どうかこの子達だけは止めてくれ。
どうしてもいるというのなら。
ああ…ただ贄がいるというのなら…。
この命で代わりにしてくれ。
リーシュラはギギギ…っと不自然な形で腕を捻ると、ナイフの刃を己の首に沿わせた…。
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