第三章 ]UーE





 





 アリスティア公国の跳ね橋を正中に据え、防御壁を半孤状に囲む形で荒野に敷き詰められているのは夥(おびただ)しい程の兵士の群であった。
 白銀の鎧にはいずれも華美な装飾が施されており、鳥の羽や薔薇のモチーフによる彫金や宝玉が填め込まれている。それらがぎらつく真夏の太陽を反射して、目を灼く風景が広がっている。
 
 宝玉の多くは法石としての力を持つものでもあるのだろう。
 彼らは何か呪文だか呪詛だか分からない祈りを捧げながら円形防御壁の周囲に展開していた。

「女を盾に交渉とは、騎士として恥ずかしくはありませんの?」
「夫にあっさりと見限られるような女でも、血を流さぬ為の道具にはなれるのだから感謝して頂きたいですな」

 子宝に恵まれないファリナ公女は、輿入れしたにもかかわらず妻としての役割を為していないと見なされている。その点を聖騎士副団長のロドゲスに痛撃されたわけだが、つんと取り澄ました顔が崩れることはない。
 その程度の嫌みなら、嫁入りしてから7年の間に死ぬほど聞かされてきたのだ。

 それでも彼女を正妻の座から降ろさず、妾を閨に引き入れることもなかった夫の為に、彼女は交戦することなく自分を引き渡すようにと申し出た。

『…愛しているわ…ローダス』

 もう、会うことは出来ないかも知れない。
 それでも…奥歯を噛みしめて、わなわなと震えながらファリナを見送った夫に深く感謝している。

 政略結婚でありながら、彼は本当に愛情深くファリナに接してくれたのだ。
 だから、何一つ後悔などしていない。
 このままアリスティアの行動を待って、もしも彼女の身と引き換えに跳ね橋を降ろそうとするような素振りがあれば、迷わずこの命を断とう。

 しかし、奥歯に仕込んだ毒の粒子を舌先で確認するファリナの前で、聖騎士団達は信じられない行動に出た。

「何をしているの…!?」
「いきなり公女たるあなたを使うわけにはいかぬでしょう?」

 ロドゲス副団長はいやらしげに舌なめずりすると、ファリナと共に連れられてきた侍女達を10人、一列に跪かせて怪しげな拷問吏を連れてきたのである。

 屈強だがどこか奇妙に拗(ねじ)くれた印象のある拷問吏は、革製のベルトで締めあげられた筋肉を周囲に見せ付けるようにして膨隆させると、木枠と金属で作られた首枷のようなもので侍女達の顔を固定していった。

 そして…怯え、泣き叫ぶ侍女達の前に恐ろしい拷問器具を取りだして見せたのである。

 それは既に古びた血にまみれており、干涸らびた肉片までもまとわりつかせた金属の固まり…どうやら、巨大な万力のようなものであった。

「これでぇぇええ…お、おま…お前達のぉ……罪深いぃい…目と舌を…ぬきとるぅうう…っ!鼻はあぁ…こっちのギザ剣でぇぇえ…ゆっくりゆっくりぃぃ…剥ぎとるぅう……っ!」

 《ひ…っ!》…と叫んで、気の弱い侍女の一人が失禁してしまった。

「おぉお…何とはしたないぃぃ…罪深いぃぃ…じごっ地獄にぃいおちろぉおおうう……っ!」


「地獄には貴様が堕ちるが良い…っ!」


 ファリナの声は鞭のように拷問吏を打ち、形良く長い爪が音を立てて鋭く突きつけられる。

「薄汚れた豚め…!無力な者しか相手に出来ぬ去勢された宦官よ…!恥というものを知るならば今すぐ私の侍女を開放し、主(あるじ)たるこの妾に相対するが良い!どうした…畏れ多くて出来ぬか…っ!?それほどに歪醜な己の姿が恥ずかしいか…!?」


 ほほほほほほほほ…………っっ!!
  
 
 力強い哄笑は高らかに響き渡り、聖騎士団とアリスティアの民の両方を驚愕させた。



*  *  *




「ファリナ様…何ということを…っ!」
「くそ…もう、耐えられぬ…っ!跳ね橋を降ろしましょう…っ!」

 マルティン将軍の双子の息子アマルとカマルは、留守中の防衛を任されたセスタ副将軍に嘆願した。

 両親同士が親友ということもあり、アマルとカマルはファリナとも仲良く過ごしていた。
 …というか、服従していた。

 年齢が5歳上ということもあるが、幼い頃から誇り高かったファリナは貴族の子ども達はおろか、平民の子ども達も含めて服従させる…いわばガキ大将だったのである。

 そんな彼女が酷(むご)い拷問死を遂げるかも知れないという危機に対して黙っているには、アマルとカマルの身に刻み込まれた忠誠心は強すぎたし、そうでなくとも女性が辱められるという状況を見逃せるようなアリスティア公民は少数であろう。

「うむ…っ!」

 セスタ副将軍も、幼少のみぎりからファリナを知ることでは同様だし、妻亡き後…どれほどポラリス大公が娘を溺愛していたか知り尽くしている。
 とても彼の留守中に、ファリナを見殺しになど出来るはずはない。

 だが…現在、アリスティアの主戦力は全て眞魔国軍に合流しており、飛び出していったところで公国内の民を犠牲にするだけなのである。

「…跳ね橋を1/3だけ降ろして、騎兵で突撃を掛ける…!」

 聖騎士団にも馬の巧者はいる。それだけ降ろしても跳躍してきて殺戮の限りを尽くす可能性は高い。だがファリナを救いに行くことだけでも…それが現実的には叶いそうにないのだとしても、せめて実行には移したい。

 結果…飛び出した者全員の死が確定するだろうが、それでもこのまま黙していることは騎士の誇りが許さない。

「あ…っ!」
「くそ…ファリナ様っ!」

 そうこうする間にも、拷問吏の怒りを買ったファリナは結い髪を荒々しく掴まれ、大地に顔を擦りつけられていた。

 

*  *  *




「みにくいって言ったな…みにくいっていたなぁああコンチクショー…っ!」
「ほほほほ…っ!《醜い》という単語を…正確に綴れるようになってから…仰いなさいな…っ!」
「きぃいいい……っ!!」

 土に顔を擦りつけられてすらもファリナは高笑いを収めることをせず、息を乱しながらも逆に拷問吏に掴みかかっていく。

 その凄まじいやりとりは、思わず聖騎士団長のオードイルが引いてしまうほどであった。

『何という女だ…』

 女性を盾に降伏を迫る…それも、城壁の前で目をくりぬき耳や鼻を削いだり、指を一本ずつ落としていくという手法は文献に残る蛮族の降城法であるという。
 それを一体何処で目にしたものか…ウィリバルトは実に愉しそうな表情で指示してきたのであった。

『これで我が軍は長期間アリスティアを取り囲まずとも、跳ね橋を降ろさせることが出来よう…そうなれば後は簡単だ。殺して殺して…生きとし生けるもの全てを血塗れの肉塊に変えてくるのだぞ?ああ…見目の美しい少年はその限りではない。私が直々に調教し…神の使途として正しい心根を持つようになれば生かしておいてやろう』

 この手法であれば確かに聖騎士団の被害は小さいだろう。
 だが…喩えようのない不快感を覚えているのは、団長の自分だけなのだろうか?

 見渡せば幾人かは眉を顰めているものもいる。
 それでも…オードイルも含めて何人たりとも、この流れの中から《騎士道》を振りかざして作戦行動を変換させることは出来ない。
 その瞬間に《悪魔》と呼ばれて、先程まで仲間だったはずの連中から虐殺されるに決まっているのだ。

『墜ちたものだ…』

 10歳の頃夢見ていた自分とはあまりに隔てられてしまった今の自分に、もう溜息も出ない。

 せめて直接手を下したくはなくて拷問吏に任せているうちに、ファリナは流石に力尽きてきたのだろうか…鳩尾に拳を受けたこともあり、ぐったりと脱力すると引きずられるまま大地に伏してしまった。

 しかし、拷問吏は勿論そんなことでファリナを許すはずもない。

「だだだ…団長さまぁ……っ!この女、や…やらせてくだせぇえ…っ!」
「……」

 オードイルが醒めた目で見やると拷問吏は少々怯んだようだったが、同じ嗜好を持っているらしい副団長が鷹揚に頷くと、嬉々として拷問道具を持ち出してきた。

「この高かぁああい鼻っぱしらぁぁぁ…ぎゅ、ぎゅぅううっとねじ、ねじとるぅぅう…っ!」

 大ぶりなペンチが血を垂らすファリナの鼻に寄せられたその時…ギギ…っと音を立てて跳ね橋が降ろされてきた。

「弓兵、法力隊……っ!」

 大方、少数の騎兵のみ放ってすぐに跳ね橋を上げるつもりだろうがそうはいかない。
 オードイルは素早く指示を出すと弓兵に弓を引かせ、そこに法力を絡めて跳ね橋を繋ぐ巨大な鉄鎖を射させる。


 ギィン……っ!


 何かに護られているように矢が弾かれるが、落ち着いて法力隊に指示すると、更に強い法力を練り上げて矢に絡みつかせる。

『やはり…この異常に強固な壁は人間の作りだしたものではないな?』

 おそらく、魔族に組する《要素》の力であるに違いない。
 昔から教会はこのアリスティアの強力すぎる防御壁がどういうものなのか判じかねて調査団を送ろうとした事があるのだが、その度に上手くはぐらかされて今日まで来ているのである。

「法力を集中させよ……っ!」

 何騎かの騎馬が飛び出した後、急いで跳ね橋を上げようとするが…それを許さず強い法力を載せた矢を鎖に激突させると、片方だけではあるが切断に成功したらしくぶらりと跳ね橋が傾いてくる。

「射よ…っ!もう一方も断ち切るのだ……っ!」

 しかし…その時、オードイルのすぐ脇に生臭い息が掛かった。
 《グォ》…獣の唸りに似たその音に、生理的な恐怖感を抱いて反射的に横を向くと…


 …白銀の毛皮を持つ巨大な獣が、ガブリと拷問吏の頭部を丸囓りしているではないか…っ!


「な……っ!?」

 
 失禁しなかったのは度胸の問題ではなく、その暇がなかっただけかも知れない。

 獣はオードイルに向かってニヤリと嘲笑すると、顎に力を入れてバキ…ゴキュ…っと背筋が強張るような音を立てる。拷問吏の四肢はどろんと脱力しきっており、絶命しているのは確かだ。
 その身体を銜えてブゥン…っと遠心力をつけると、獣は拷問吏の遺骸をオードイルに向かってぶつけてきた。

「……っ!」

 血飛沫など慣れているはずなのに、どうしてだか震えが止まらない…。
 おそらく、自分が目にしているのものがただ大きいだけの獣などではないと本能的に察知しているのだ。

「聖騎士団長さんよ。あんたの頚はレオンに残しておいてやらぁ…」

 血塗れの巨大な口が頬まで裂け、まさに悪魔の形相で嗤う…。
 
「うわ…」
「うわぁああ……っ!?」

 狼は単騎ではなかった。
 一体何処から出現してきたものか…円月状防壁の端、聖騎士団の死角に当たる部分から十数頭が駆けてくると次々に兵の頚に襲いかかって頚を噛み切り、白銀の華麗な鎧を紙でも裂くみたいに荒々しい爪で引き裂いていく。


 ウォオオオオオ………っっ!!


 喉を反らし、高らかに遠吠えする狼に呼応するように…角笛の音が響いてくる。
 すると、角笛に向かって《後は任せだぞ》とでも言いたげに、狼たちは素早く円月壁の向こう側に消えていった。


 フォォオオン……っ!!


 角笛の音が更に幾つも吹き鳴らされる…。
 ならば、そこには《彼ら》がいるのだ。

 そう…地鳴りの音に目を向ければ、精強な騎兵部隊を誇る眞魔国軍が荒野の果てから突撃して来るではないか…っ!

 
 ガガ…ッ!
 ガガッガガッガガ……ッ!

 見る間に接近してくる敵兵の数…そして内容に、聖騎士団の兵達は惑乱した。 

「し…獅子王旗……っ!」
「眞魔国軍…っ!?」
「アリスティア軍旗もある……っ!!」

 既に化け物じみた獣に動揺しきっていた兵達は、新たな敵の出現におろおろと持ち場を離れて惑乱していたが、流石に聖騎士団長オードイルの回復は早かった。

 対応すべき事項が戦闘に限定されるのならば、決してオードイルは無能な男ではない。

「落ち着け…!眞魔国軍に向かって中央重層陣を敷け。前衛に槍手、後衛に弓兵を配置。弓兵は指示があるまで射るな…!」

 眞魔国軍はどうやら、騎兵の突撃力を生かして円錐状の陣形で進んでいる。
 騎兵の破壊力は凄まじいが、その分自軍の損傷度も激しい。特に最初の第一波を凌がれてしまうと大きな馬体は格好の標的になってしまい、名馬を駆る騎士が取るに足らない槍兵に倒されるのこともざらにある。

 通常の敵であれば、オードイルの選択で十分な成果が上げられたはずであった。

 しかし…オードイルが弓兵に一斉射撃を命じようとしたその時…彼の瞳には信じがたい光景が映し出された。

 眞魔国騎兵隊は背中から弓矢を抜くと弓に矢をつがえた状態で、脚だけで馬体を支えるという離れ業をやってのけているのだ。

 単騎であり、競技のような状況であればオードイルもそういった兵を目にしたこともある。だが…これほどの大軍が集団で全力疾走しながら弓を構えているなど…正気の沙汰ではない…!

 驚愕のあまり、斉射命令が致命的に遅れた。
 逆に眞魔国側からの斉射を受けた聖騎士団の陣形は乱れ、前衛の槍手を狙い打ちされたせいもあって、奔馬の群を受けて戦線は壊乱した。

『強い……っ!』

 絶望的な状況の中で、オードイルは尚もその場に応じた命令を出し続けていたが、聖騎士団は勢いに乗って敵を蹂躙することには長けていても、自分たちが蹴散らされる側になったときのしぶとさには乏しい。

 通常、聖騎士団の敵と認定されたものは《神の怒りに触れる》という根元的な恐怖感を持っている為に、従来の戦力以下の力しか発揮できないのだが、眞魔国軍にはそのような遠慮や引け目など皆無であるのだが、それを即座に理解して心構えするような余裕は彼らにはない。

 生まれて初めて《容赦ない敵》というものに出くわした聖騎士達は狼狽え、怒り、神の名を叫びながら個々に闘っている。
 もはやその戦闘方式は古代の単騎戦と化しており、現代的な集団による《戦争》ではなくなっていた。

 こうなってくると、オードイルの心境にも変化が生じてくる。

 ここまでの大軍を率いながら失策を犯したオードイルには例え生きて戻れたとしても、残酷な責め苦が待っているだけだろう。
 教会における《失敗者》とは《不信心者》と同意であり、信心が足りないから負けたと判断されるのだ。  

 ならばせめて一人の戦士として、好敵に見(まみ)えて死にたいではないか。

『魔王はいないか…!?』

 オードイルの眼差しが漆黒の装束を捜すと、それらしき姿が程なくして見つかった。
 獅子の如き頭髪を靡かせた青年が、騎兵隊の先陣を切って疾走していたのだ。

「魔王…っ!」

 愛馬の首を廻らせると、オードイルは魔王レオンハルト卿コンラートと思しき魔族に突撃していった。
 その間に割り込もうとする兵は大勢いたのだが、魔王はオードイルが聖騎士団長の襟鉦を身につけていることに気付いたらしく、自らも剣を鞘走らせて他の兵を立ち退かせた。

『敢えて受けるというのか…有り難いっ!』

 久方ぶりに感じる小気味よい興奮に、剣を握る手が軽くリズムを刻む。
 トト…っと指先で柄元を叩くようにしてタイミングを計ると、馬体を挟む腿を巧みに調整して抜刀しざま斬りつける。
 しかし、同じように馬を突撃させてきたコンラートもまたほぼ同じタイミングで抜刀すると、刀身が陽光を弾きながら噛み合わされた。

『巧い…っ!』

 滑る刀身を絡まされて危うく剣を取り落とすところであったが、両手持ちに切り替えて逆にあちらの剣を取り込もうとする。
 にやりと笑う魔王は引きかけた身体を捻ってオードイルの動きを受け流すると、円孤の動きですかさず手綱を切断してしまった。

「……っ!」

 オードイルは馬を操ることが困難になり、均衡を崩して落馬しざまに懐刀を投げつけた。
 魔王には当たらなかったものの、乗馬の首筋を掠めたことで魔王もまた馬から降りざるを得なくなった。

 緋色のマントを靡かせながらひらりと舞い降りる姿は、憎らしいほどに美麗だ。

「参る…っ!」


 キィン…っ!
 カ…キィイン……っ!


 打ち鳴らされる剣戟に火花にも似た光が散り、夏の空に霧散する。
 しかし…何合かの撃ち合いの後にオードイルの剣が宙を舞うと、その軌跡を反射的に追う間に…何かが首筋に打ち当てられて気が遠くなった。


 それが魔王の剣の柄であることを認識したときには…オードイルの意識は完全に沈黙していた。
  


*  *  *




 アマルとカマルは十数騎の手練れの兵と共に跳ね橋から飛び降りると、まずは巨大な狼に驚いて危うく落馬しかけた。

 しかし何故だか獣達はアリスティアの兵には全く興味がないらしく、哀れな姿の侍女達を更にひいひい言わせていた。別に直接的な被害を与えていたわけではないのだが、彼女たちの周囲に獣は集中しており、白銀の毛皮を血染めにして聖騎士団の兵を屠っていたのだからしょうがない。

 侍女達を抱きかかえて救助する際にも獣達はその行動を妨げることはなく、殴られて弱ったファリナに取り縋る兵も始末してくれた。

『なんなんだ…こいつら?』

 獣達は角笛の音が鳴り響くと円月防御壁に沿って一斉に駆けだし、彼らの視界から消えてしまった。


 そして直後に突撃してきた眞魔国軍の鮮やかな攻撃に、アマルとカマルはすっかり目を奪われてしまった。
 戦法としては単純ながら、それを可能にする騎兵の能力…それも、高速疾走中にタイミングを合わせて射掛けることの出来る能力など、付け焼き刃で簡単に身に付くはずはない。
 このような戦い方をすると想定した上で、長い期間の訓練をしているはずなのだ。

 しかも、乱戦に入ってからは達人どもが随所で綺羅星の如き剣技を見せ付けてくれる。

 敬愛する父はやはり3騎を相手取って一分の隙もない戦闘を見せていたし、眞魔国軍の上級士官と思しき男達も素晴らしい腕前を披露していた。

 殆どアマルやカマルと年が変わらないのでは…と思しき青年は、物干し竿のように長い剣を持て余すことなく手足の様に振るって冷静に鎧の継ぎ目を狙っている。

 それより少し年嵩の、深紅の髪と瞳を持つ男は対照的に情熱的(?)な戦いぶりを見せているが、何故か戦斧の刃を落とした方(鈍器のような厚みを持つ部分)を振り回して鎧の頭部を狙い、敵がぴくりとも動かなくなるとちょっと困った顔をしている。

『あれは…何のつもりなんだろうか?』

 どうも、敵を殺すと言うより…わざと脳震盪を起こさせているように見えるのは気のせいだろうか?   

 そして圧巻だったのが魔王レオンハルト卿コンラートと聖騎士団長ソアラ・オードイルの一騎打ちだった。

 コンラートとオードイルの間には眞魔国側の兵が大勢いたのだから、一言命じれば身を挺して兵達は戦い、コンラートに指一本触れさせぬという気概を見せたことだろう。

 だが、コンラートは敢えてその身をオードイルに晒した。

 初め、カマルはそれを自信の表れと見たが…戦いぶりを見ていく内にそうではないのではないかと察したのだった。

 剣を合わせ…闘うことで、コンラートは何かを得ようとしているようだった。
 
 剣を取り落としたオードイルを気絶させ、その命を取ることなくオレンジ髪の仲間に渡した様子からも、何か考えがあることが見て取れた。

『凄い男だ…俺達は、こんな連中と手を取ることになるのか…?』

 泣いて縋って父を止めようとした事など記憶の彼方に放ってしまう勢いで、アマルとカマルは強い興奮を感じるのだった。



*  *  *




 掃討戦に移行する頃、辺りは夕闇に包まれようとしていた。
 
 聖騎士団は上級士官の殆どが捕らえられるか戦死…あるいは自決しており、指揮系統を失った兵士達は戦意の方はともかくとして《動くことも出来ない癖に、《神の為に死ぬ》と叫んで始末が悪いのだ)、戦闘行動を取れる者は戦場に残っていない。



「コンラート陛下…ようこそ、アリスティア公国へ…!」

 眞魔国軍とアリスティアの一部の騎兵の後に、第二陣として戦場に到着したポラリス大公は(手練れの騎兵が醸し出す速度に、並以下の乗り手はついて行けなかったのである)少々恥ずかしそうに苦笑しながらも、破損し掛けた跳ね橋を降ろすように指示した。

「お世話になります」

 頬に血飛沫をまとわりつかせながらも爽やかに微笑むコンラートは、悠然とアリスティアの地に脚を踏み込んだのであった。


 この日…実に、数千年にわたる時を越えて、アリスティアに魔族との縁(えにし)が戻ったのである。






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