第三章 ]ーC
「あぅううう〜〜…み、見られてたなんて〜……」
クライスト家の邸宅に帰ってきた有利は、部屋に入るやいなや寝台の上でコロコロと転がり回りながら、両手で顔を覆って悶絶した。
ちなみに…すっかり体調も安定してきたことだし、こちらのお宅はそろそろお暇(いとま)して宿泊施設に…と申し出たのだが、《何か行き届かない所でもありましたでしょうか!?》と、館の主であるオルトゥースに涙目で詰め寄られたため(流石はギュンターの親族だ…)、未だにお世話になっている。
「ユーリの情熱的な面を見せつけてしまいましたね」
コンラッドの声はどこか意地悪げだ。
「ふぉおおぉ〜ん……」
正鵠を突かれて、遠吠えしてしまう。
そう、あの件についてコンラッドを責めることなど出来ないのである。
落ち着かない…それも、厩などという不衛生な場所で有利を抱くことにコンラッドは反対し続けていたのに、有利が誘いまくって半ば押し倒すような勢いでエッチに持ち込んでしまったのだ。
「だって…あの時は……。あんたにどうしても抱いて欲しかったんだもん…」
《身体の奥まで…あんたに染めて欲しかったから》…淡紅色に頬を染め、恥じらいながらそう呟かれて…ぐらりとコンラッドの上体が揺れた。
「……………ユーリ…そんな風に、愛らしく誘わないでください…っ!」
「え?」
顔の半分を大きな掌で覆うコンラッドは、目元に艶かしい色香を漂わせながら…限界近くで堪えているように見えた。
「あなたは子を宿したばかりの繊細な身体ですし、ここはギュンターの血縁者の館でしょう?あまりはっちゃけては拙いかと思い、俺も我慢しているんです」
「ご…ゴメンな?コンラッド…」
本当に悪い気がして、うるうると瞳を潤ませて見上げれば…余計に逆効果になってしまう。
「それでなくとも禁欲生活が続いているところに、あなたときたら俺の前であんなにレオにくっついたりアルフォードにお茶を注いでやったり…」
しょんぼり気分が高まってきたのだろうか…?
今度は両手で顔を覆ってしくしく泣き始めた。
これでは夫に浮気された新妻のようだ…。
「そ…それはぁ…っ!えと、あの……」
「分かっていますよ」
有利があわあわと困り果てて口を開閉させると、《悪戯が過ぎたかな?》とでも言いたげに、コンラッドは優しく頭を撫でつけてくれた。
それでも…目尻に滲む寂しさの影が無くなったわけではない。
「レオは俺達を残して《禁忌の箱》廃棄遠征の先陣を切るのだから、極めて危険性の高い役回りです。心配なのでしょう?」
「うん…」
「アルフォードも、人間世界に残してきたしがらみに直面するに当たっては辛い思いをすることになるでしょう…。精一杯励ましてあげたいというユーリの想いは、よく分かります」
「コンラッド…」
コンラッドは恥ずかしそうに苦笑しながら、長い指で少し伸びてしまった前髪を掻き上げる。
「すみません…恥ずかしいな。分かっているのにあなたを困らせるような嫉妬をしてしまう…。少し気を抜くと、俺という奴はすぐに駄々を捏ねてしまうんです…」
「えへへ…良いよぅ。あんたはいつも大人の顔で色んな事を我慢しちゃうんだもん。寧ろ、そんな風に…俺に正直な気持ちを言ってくれるのが、凄く嬉しいよ?」
「ユーリ…」
「コンラッド…」
見つめ合い、そぅ…っと唇が寄せられていく。
舌先が歯列をなぞり、舌の根本を横から掠めたかと思えば、次には互いの境が不明瞭になるくらい激しく絡め取られる…。
互いの存在を確かめ合うような口吻に…堪らなくなったのは有利の方だった。
「コンラッド…やっぱ、しよ?」
身体の奥でちろちろと燃え立ち始めた焔が、《コンラッド》が欲しいと駄々を捏ねるのだ。
ぺろりと紅い舌で濡れた唇をなぞるけれど、コンラッドは極力こちらを見ないようにして欲望を逸らそうとしているようだ。
「駄目ですよ…。堪え性のないママですね」
コンラッドとしては自覚を促すものだったのかも知れないけれど…有利の方はついつい素っ頓狂な声を上げてしまう。
「ま…ママぁ…っ!?」
「おや、自覚がないのですか?困ったママですねー」
コンラッドは苦笑しながら服越しに有利の腹をさすった。
まだつるぺたんとしたそこには、外見上は妊娠を思わせる兆候は見られない。
けれど…確かにその腹腔内には、芽吹いた命が息づいているのだ。
周囲に心配されたような嫌悪や拒否感はない代わりに、有利は《母親》になるのだという自覚にはまだ欠けているようだ。
「俺…そりゃまあ、赤ちゃんを産むのは産むんだけど……ママだのお袋だのって感じはしないなぁ…」
確かに有利の体内で育まれた命が十月十日かけて生まれてくるわけだが…何しろ、元になっている組織が有利の体細胞なわけだから、《産む》というよりは《細胞分裂》という感じだ。
それに、そもそも《赤ちゃん》という響きからして何だか微妙な気もする。
だって、まだ《おぎゃあ》と鳴く生命体には成長していないのだから。
「そうだ…この子、リヒトって名前にしても良い?」
ぴん…っと閃(ひらめ)いた思いつきを口にすると、コンラッドは少しだけ吃驚して…でも、すぐに得心いったという風に微笑した。
「リヒト…良い名ですね」
「うん。こないだレオが言ってたろ?《君に、光あらんことを》ってさ。《光》…《リヒト》って響きが、あん時…何か気に入っちゃったんだよねぇ…。ほら、あんたやレオの声で呼ぶと特に綺麗だし。ねぇ、もっと呼んでみて?」
「…リヒト」
大気を震わす伸びの良い低音は、まさにその語句が《光》となって…明るく辺りを照らすかのようだ。
「えへへ…良い響き!うん…やっぱ良い名前だよ!」
名前とは不思議なもので、唯一つの名を授けた途端…急に親しみが倍にもなってこの身と心いっぱいに沁み込んでくるかのようだった。
「リヒト…リヒト?」
さすさすとお腹を撫でつけながら優しく呼びかけるたび、じんわりと満ちてくる喜びがリヒトという胎児を何物にも代え難い愛おしいものとして、唯一人の存在として感じられるようになってきた…ような気がする。
「俺、お袋としては経験値無さ過ぎだし、自覚もまだないかもしんないけど…でも、お前が無事に生まれてこれるように精一杯頑張るからね?」
「そして…16才になるまでは、俺達の手元で大切に育てましょう…」
そう、有利はそのように決意していた。
有利はかつて、16才になる前に何も知らずに眞魔国に連れて来られ、怒濤の勢いで運命の荒波に揉まれてしまった。
コンラッドや仲間達が居てくれたからこそ乗り越えることは出来たのだけど…それでも、やはり思う。
もっと早く色んな事を知らせて貰って、自分の人生行路を決めさせては貰えなかったろうかと…。
だから、せめてリヒトには物事が分かり始めた年頃からゆっくりと自分の置かれた状況を理解させ、選択して欲しいのだ。
全てをひっくるめて、《この道を行こう》と、自分自身で選んで欲しい…。
「きっと…俺とはまた違った意味で大変な人生を生きることになるんだもん。せめて…全部、腹蔵隠さずに晒してくれる大人が傍にいて、どんなことになっても見守ってるんだって分かって欲しいんだ。ね…リヒト、俺とコンラッドはいつだって味方だからね?」
「ええ、それに…レオもですよ?」
「そっか…!」
そうだ…彼は、リヒトにとっての名付け親になるのだ。
有利にとって、コンラッドがそうであるように…。
「そっか、そうだよなぁ…。リヒト…もしもこっちの世界を選ぶなら、きっとレオが護ってくれるよ?なんたって、ルッテンベルクの獅子王様だもん!」
愛情に飢えていた彼だからこそ、きっと溢れるような愛で支えてくれると思う。
有利とコンラッドのように、愛を語り合うようになったら…と思うと、産み手としてはちょっぴり複雑だが…。
『まぁ…そこは、それこそお互いの気持ちだもんなぁ…』
あの清廉な印象のレオンハルト卿コンラートが激しい愛に身を焦がす様など、有利としては想像もつかないのだが…そこはそれ、コンラッドだって有利に出会うまではさぞかしクールに生きてきたのだろうし、人生どうなるかはやってみないと分からないものだ。
別に恋仲になどならなくても、名付け親と名付け子としてだって強い絆を持つ存在になれることだろう。
きっと互いに可愛いお嫁さんを貰うことになっても、お互いの子どもを自分の子と同じように可愛がってくれるに違いない。
「どんなお嫁さんを貰うのかなぁ…?」
「随分と成長したところまで話が進みましたね」
「えー?だって、気になんない?」
「俺は大きくなって、独り立ちするまでの過程の方が気になりますね。それまでは、ユーリのことはリヒトが独り占めしてしまうのですね?」
「ナニ言ってんだよパパ。つか…パパって俺が言うと、バカボンのパパっぽいよな」
「腹巻きと鉢巻きを常備しましょうか?」
「いや、やめて。想像させないで!」
笑いで誤魔化そうとするが、コンラッドのしょんぼり感はなかなか抜けないようだ。
「はぁ…」
白皙の頬を寂寥感が掠め、堪えきれない嘆息が漏れ出す。
「リヒトが生まれたら…ユーリがウクレレを持って《おっぱいは、赤ちゃんのためにあるんやでぇ〜。コンラッドのものやないんやでぇ〜》…等と歌ったりされるのかと思うとちょっぴり寂しいですね」
綺麗な顔をして何をしんみり言い出すのか。
「歌わねぇよ!つか、元ネタは一体……」
「猊下に聞いて下さい。それより…何だか本気で寂しくなってきましたよ。ちょっとだけ…触れても良いですか?」
「おっぱいに?」
「ええ、おっぱいにいっぱい触りたいです」
下らないネタながら、凛と引き締まった表情で真顔をしたものだから…妙にタイミングが良かったせいもあって吹き出してしまった。
コンラッドは常に《寒い》と貶められている(有利的には正当な評価だと思うのだが…)ギャグが奇跡的に受けたのが余程嬉しかったのか、服の上からふんわりと胸の膨らみに手を添えてきた。
「く…ふふ…っ!くすぐったい…」
「そう?」
くすくすとコンラッドも笑みを漏らしながら、それでも器用な指先が動きを止めることはない…。
【ご注意!】
それでなくても女体化で「イヤン」な思いをしておられる方がいるのに、「妊娠初期で何やってんですか」な展開です。
「接合部に雑菌が入ったらどうするんだ」と、レオンハルト卿コンラート陛下に怒られそうです。
勿論、無茶なことは出来ませんので(有利相手に普段から無茶はしてはいけないわけですが)ソフトであろうとは思うものの、そこはやはり女体化でしかもエロです。
ちなみに、]ーDで起こる出来事は「有利の身体に何かあったら大変…と及び腰なんだけど、滾る欲情はいつもの通り満々なコンラッドを、積極的に欲しがる有利」というだけの話です。スルーして全然OKです。
「女体化もエロもバッチ来い!ゆーちゃんの指し示す羅針盤に従って、我が征くはマニアエロの大海原、腐女子航路を一直線!」という方や、「腐海はね、人間が汚した世界を浄化しているの。人間の欲望が生み出した汚れを中和しているのよ…!」と思う(ええと…つまり、社会生活の中で表沙汰には出来ないような性衝動を解消に導いているとかそういう…)方は エロコンテンツ収納サイト【黒いたぬき缶】 にお進みください。
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