第三章 芽吹く世界



T.荒れ狂う世界の中で@













 
眞魔国歴4011年…夏の第1月。

 《禁忌の箱》暴発から11年が経過したこの年…世界は復興とはほど遠い、乾きと荒廃の中にあった。

 微かな実りも力ある者によって奪われるという、弱いことが罪であるかのような時代の中で、更に疫病や餓死による死亡数がこの惑星の人口を激減させていた。
 
 人間世界でも《国》としての纏まりを持つ集団はそれなりに存在したのだが、作られ…結びつき、分散を繰り返すという戦国時代を勝ち抜き、《大国》として君臨する存在は未だ生まれてはいない。


 一方、魔力の恩恵によってか国としての枠組みを辛うじて保っていた眞魔国も、この夏…激震に晒されていた。



 《ウェラー卿コンラートは眞王陛下に誅され、惨死した》



 血盟城から発せられたその報は、眞魔国の天地を揺るがした。
 
 更に、眞王廟の警備隊長メリアス・リーンからの報告では《死亡》と断定しているわけではないことが混乱に拍車を掛けた。

『ウェラー卿コンラートは眞王廟に少数の兵と共に侵入し、多くの警備兵を殺傷した後に眞王陛下の間まで踏み込んだが、その後そこから脱出した形跡はない』

 何とも判断に苦しむ報告なのだが、シュトッフェルは《眞王陛下の裁きによる逆賊の死》と捉えて喝采を送り、自らの権威を保持しようとした。

 しかし…多くの者がその結論には納得せず、敵も味方もその真偽を巡って激論を交わし、その度に諸説巻き起こって流言が飛び火していった。
 特に、シュトッフェルが頑として眞王廟への調査隊派遣を拒否したことも一因となった。

『眞王廟には既に我が配下の信頼に足る警備兵を置いている。調査隊など無用である』

 あくまでそう言い張るシュトッフェルに、疑惑の念を催さない者はいなかった。

『メリアス警備隊長は虚偽の報告をしている。ウェラー卿コンラートはシュピッツヴェーグ卿シュトッフェルに捕らえられ、血盟城の地下深くで過酷な拷問を受けているのだ』

『いや…ウェラー卿は父方の血筋を慕う者達に組し、人間による一大国家設立を企てて雌伏しているのだ。所詮混血…裏切りは必然だ』

『そうではない、人間側に依ったと見せかけて眞魔国を護ろうとしているのだ。ウェラー卿は真の愛国者である』

 種々の噂話をそれぞれの立場で受け止める者達は、挙ってその証拠を求めてはシュトッフェルから徹底的な拒絶を受け、苛立ちを倍加させていった。

 何しろ、眞王廟に詰めていたのはシュピッツヴェーグ軍麾下の一部隊であり、同胞であるはずのフォンビーレフェルト卿ヴァルトラーナですら詳細を掴むことが出来なかったのである。

 ヴァルトラーナは歯噛みする思いで、苦々しく叫んだ。

『あの狸め…っ!』

 誇り高いこの男にとってこれは矜持に関わる問題であったし、これからの政略にとっても事実を掴んでおくことは必須条件であった。

 まだこの国では《政略》などという、ある意味では余裕とも見られる遣り取りを可能とするだけの国力が維持されていたのだ。
 
 しかし…力ある貴族の中でどれ程の者が、その《国力》が何の上に成り立っているかに気付いていたことだろう?

 確かにこの国では魔力を持つ者によって、人間世界に比べればある程度の実りを維持しているのは確かだが、その実りを略奪の手から守り抜いてきた原動力は、ウェラー卿コンラート率いるルッテンベルク軍独立戦闘部隊によるものであったのだ。
 
 それが失われたのだとすれば…《政略》などという暢気な考えなど即座に吹き飛ぶはずなのだ。
 今こそ死にものぐるいで国を護るべく動くべきであるのに、その様な動きを見せたものは少数であった。

 現実を正面から見据えようとしない者のなんと多いことか!

 だからこそ、どれほどコンラートを憎む者でも無意識のうちに《死去》という報告を拒絶するのかも知れないが…。



*  *  *




「困ります、閣下…!」
「シュトッフェルでは埒があかぬ。直接眞王陛下にお目通り願いたい!」

 取り縋る警備隊長メリアス・リーンをマントの裾で払うと、ヴァルトラーナは苛立たしげな足取りで石畳を踏みつけていく。

 眞王廟の門を潜った段階で彼でなければ摘み出されていただろうが、シュピッツヴェーグ最強の同胞たる男が相手とあってはなかなか無理強いも出来ない。
 だがそれも…廟自体に脚が進んでいくと切羽詰まってきたらしい。メリアスは流石に顔色を変えて、身体ごとヴァルトラーナの進路に置いて歩を止めようとしてきた。

「これ以上先に進まれる事は、いかな閣下といえど許されることではありません…!」
「随分と偉そうな口を叩くものだな?一体貴様にどれほどの権限があるというのだ?」

 メリアスは貴族階級の出ではないどころか両親は富裕ですらなく、貧しい農村地帯から一兵卒として軍に入ったという経歴を持つ。差別意識の強いシュピッツヴェーグ軍にあっては、平和な時代なら眞王廟警備隊長になど決して配備されるはずの無い男なのである。

 そのことは彼が異例の抜擢を受けるほどの力を持っていることを証明してもいたが、ヴァルトラーナを鎮める役には立たない。寧ろ、《平民の言うことなど…!》と、無用な反発を買うだけであった。
 白に近い灰色の頭髪と瞳…そして実直そうだが地味極まりない顔立ちも、ヴァルトラーナの不興を買った。

 《絶対にこの男の言うことなど聞かぬ》…ヴァルトラーナの性格基盤となっている稚気が、この時彼の運命を決定づけてしまった。

「眞王廟は男子禁制で…」
「は…っ!貴様は男子ではないとでも言うつもりか?」

 メリアスはぐ…っと喉をつかえさせる。

「私は以前からおかしいと思っていたのだ。眞王廟は男子禁制…なればこそ、厳しい訓練に耐えた女官兵が配備されているはずだ。一体どういう了見でシュトッフェルは眞王廟に麾下の男性兵士を置いているのだ?」
「それは…このご時世ですから女手のみでは心配で…」
「眞王陛下がおられるではないか。ある意味、この世界で最も安全な場所の筈だ」
「…っ」

 小さく息を呑んだメリアスに、ぴくりとヴァルトラーナの眉が跳ねた。
 
 冷たい印象の蒼い瞳の奥で、ちらりと怒りの焔が揺れる。

『シュトッフェルめ…やはりあの男、ウェラー卿のこと以前に何か重大な秘密を隠蔽しているな?』

 その事には随分と昔から気付いてはいた。
 だが…シュトッフェルを直接問いつめてもぬらりくらりとかわされてしまい、実のある情報を得ることは出来なかった。

 密偵を放ったことも数度の枠には留まらなかったのだが…戦場に於いては脆弱さを指摘されるシュトッフェル軍でありながら、眞王廟の警備は異様に厳しかった。余程の兵をここに配備しているのだ。

 そのことが、秘密の大きさを物語っている。

『もっと早く…徹底的に問いつめておくべきだったかもしれない…』

 苦い思いでヴァルトラーナは唇を噛む。

 彼は彼なりにこの国の将来を憂い、民を護るために何が出来るのかを真剣に考えていたのだ。
 厳しい世界状況を見据え、眞魔国の未来がシュトッフェルの手に余ることなど彼は熟知していた。

 だが…彼には独特の正義感があり、眞王への敬意があった。

 眞王陛下が認めた存在である現王と執政を失脚させ、自らがその座に就くことへの羞恥が、決定的な行動を避けさせていたのだ。

「退け…!」

 眞王廟の扉を前にしてヴァルトラーナが荒々しく進もうとすると…覚悟を決めたようにメリアスは腰を据え、掌と目の奥に蒼い光を揺らめかせた。
 それは気合いの問題だけではなく、魔力がそこに集結しつつあることを示すものであった。
 
「失敬な…っ!」

 木訥とした顔立ちのメリアスが予想以上に大きな魔力を持っているらしいこと…そして、その力が自分に向けられようとしていることに激怒したヴァルトラーナの手にも、夥しい魔力が集結して炎を噴き上げた。

 紅と蒼…性質を異による要素が互いの元に集結していく…。

「伯父上…っ!」
「ヴォルフラム…下がっていなさい!」

 左腕を伸ばしてお気に入りの甥を下がらせると、ヴァルトラーナは大気の中から炎の因子を更に引き出そうとしていく。
 
『…昔に比べて、何と微弱なことか…!』

 余裕のある顔を矜持によって保ちながらも、ヴァルトラーナの額には嫌な汗が滲む。

 《禁忌の箱》が暴発するまでは、制御に苦労するほどの要素の奔流がこの身に注ぎ込まれたというのに、年々弱まっていく…いや、乱れていく要素の力は掻き集めなくてはならぬほどに弱い。

 メリアスの方も本来の力ではないのだろうが、それでもヴァルトラーナに近い強さの要素をその手に集結させている。
 しかし、メリアスは同陣営の有力者に対してその力を開放するわけにもいかず…かといってヴァルトラーナをこのまま通すわけにも行かないという板挟みの状況のためか、苦しげに眉根を寄せた。
 
「シュピッツヴェーグ軍の盟友たる閣下を傷つけるわけにはいきません。どうか…今日はお帰り下さい」
「は…っ!威嚇程度の力で私を打ち払うつもりか?随分な余裕だな…!」

 メリアスの躊躇が余計にヴァルトラーナの誇りを傷つけた。

 か…っと脳内を熱く染める怒りに煽られて、ヴァルトラーナの魔力が燃え上がる獣の姿でメリアスに襲いかかる。
 
「く…っ!」

 配備された兵の中では最強の力を持つだろうメリアスは、困り果てた顔で魔力を展開すると疾風の獣で炎を打ち返そうとした。

 異なる要素による魔力同士がぶつかり合い…拮抗し…凄まじい雷光を放ちながら警備兵やビーレフェルト麾下の兵を薙ぎ倒していく。
 
「伯父上…!」

 ヴォルフラムは強い魔力を持つ故に…自分の伯父の力がメリアスに僅かながら劣ることを察知した。

 メリアスは苦悶に満ちた表情を浮かべながらも訓練の行き届いた制御力を発揮し、ヴァルトラーナを吹き飛ばすのではなく、押さえ込もうとしている。
 羞恥を与えないようにとの配慮なのだろうが…その余裕が伯父を一層怒らせていることにも気付いていた。

 伯父の顔色は目に見えて紅潮し、怒りのあまり結膜の血管が切れそうな勢いだ。
 知らず…貴族的な顔から口汚い罵声が迸る。

「貴様…この糞野郎…っ!」

 公衆の面前で、平民出の一般兵に押し込まれている。
 それだけで、ヴァルトラーナにとっては耐え難いほどの羞恥であったのだ。

 それが、彼の《正義感》というもののセットポイントを…この時、負の方向にずらしてしまった。

 脇に差していた鞘から抜刀すると、メリアスを薙ぎ払おうとしたのだ。

「……っ!」

 戦場では当然の行為ではある。

 だが…陣営を同じくする者が、その立場と意見の違い上致し方なく闘う場に於いて、この行為は信じがたいほど卑怯な行いであった。

「隊長…っ!」

 どうなることかと状況を見守っていた若い兵が飛び出した。
 メリアスを父とも慕い、信奉する兵は…彼の命を救おうとして咄嗟に抜刀すると、ヴァルトラーナに斬りかかっていった。

「馬鹿…っ!」

 メリアスが止める間もなかった。

 青年兵の振るった剣はヴァルトラーナの喉笛を斬り裂くと、信じられないほどの勢いで噴き上がった血が…乾ききった大気の中へと散布され、白っぽい砂と石畳の上に前衛画を描く。。

 鮮紅色の水流と粒とかいがらっぽい世界に散霧される光景が、この国の行く末に対する不吉な予言めいて見えた。
 
「…っ……っ!」
「伯父上ーっ!!」

 声もなくびくびくと痙攣する伯父に、ヴォルフラムが絶叫をあげて取り縋る。
 ひゅうぅ…っと喉笛が音を立てている場所へと手を宛い、治癒の力を施そうとするが傷は大きく…癒しの力をもたらすことは破壊をもたらすことよりも難しいことが証明される。

 今の眞魔国に於いて、要素の力は…あまりにも脆弱であった。

「伯父上…伯父上……っ!」
「救護兵…っ!」

 メリアスが指示を飛ばして治癒の力を持つ兵をヴァルトラーナの元へと駆けつけさせるが、ヴォルフラムは近寄せようとはしなかった。
 眞王廟警備隊を完全に《敵》と見なしたからだ。

 あるいは…この時、冷静にヴォルフラムが治癒者を受け入れていればヴァルトラーナは(幾らか後遺症を残すことになったとしても)助かったかも知れない。

 しかし、運命の顎(あぎと)は刻々と自尊心に富みすぎる男を飲み込んでいった。
 治癒者を拒否するその遣り取りの間に、着実にヴァルトラーナは死の淵へと引きずり込まれていったのである。



『死ぬのか…?私は……』

 激烈な痛みと、長い戦歴ゆえに瞳と記憶に留めてきた兵士達の死というものが、《助からない》という事実をヴァルトラーナに突きつけた。

 もはや甥の叫ぶ声も、聞こえはしてもその意味を解することは出来ず…思考は空転して現実把握を為すことは出来なくなっている。

 《死》だ…《死》が、やってくるのだ。

 誇り高く、それに見合うだけの家柄と能力を持つはずのフォンビーレフェルト卿ヴァルトラーナが、こんな…眞魔国の未来に何ら寄与することのない場所で、名誉に見放されたまま死んでいくというのか?

『アンシア…』

 ぼんやりと霞む白っぽい空に、死した婚約者の姿が浮かぶ。
 その表情は怒っているようにも…呆れているようにも見えた。

 今、ヴァルトラーナが彼女の元に辿り着いても、待っているのは熱い抱擁ではなく鋭い鉄拳のようだ…。

『それでも…会えるのなら……』

 微かな望みを抱きながら、ヴァルトラーナは意識を失った。

 そして……この時、

 現在の眞魔国に於いて、良くも悪くも権力の基盤を握っていた男の死は…この国の行く末を激動の奔流の中へと叩き込んだのであった。



*  *  *




「伯父…上……っ」

 ヴォルフラムの口の中はからからに乾き、腕の中で尊崇する伯父の息が消え…生命もまた幾ばくもしないうちに失われたことを知った。

「許さん…許さんぞ……」

 ぶるぶると震える唇から発せられたのは、殆ど無意識下での怒りの言葉だった。
 直接手を下した兵や、警備隊長の頚だけで済む事態ではない。

 ビーレフェルト家はシュピッツヴェーグ家そのものが平身低頭して詫びを入れぬ限り、決してこの怒りの矛を収めることはないだろう。
 簡単に許しを与えることは、伯父に対する侮辱であり、家門に対する恥である。

 少なくとも、ヴォルフラムにはそう思えた。

「ビーレフェルトの一族は、必ずこの屈辱をはらす…!」

 激昂するヴォルフラムは高らかに復讐を誓ったが、この時指揮官を失って独自の行動に出ていたビーレフェルト軍の兵士達が眞王廟の扉を開け…
   
 訓練を経た職業軍人とは思われないような、調子はずれな絶叫を上げた。

「う…わぁああああああ………っっ!!!」
「うわっ…うわ、うわぁぁ……っ!」

 あまりにも見苦しい叫び声に苛立ちを覚え、叱責の声をあげかけたヴォルフラムだったが…彼もまた、眞王廟の扉の向こうに存在したものに《ひゅう》…っと息を呑んだ。

 見苦しく叫ばなかったのは、ヴォルフラムの訓練の賜物…というわけではない。
 あまりの恐怖に声帯が痙攣し、声が出なかったのだ。

 扉の中にはどろどろとしたゲル状の液体が満たされ、それが緩慢な動きでズルル…っとうごめく。ぬめぬめと忌まわしい深緑…汚れた赤紫が混ざり合い、時折ぼぅ…っと鬼火のような薄青い光が明滅している。

 日差しの眩しさを嫌がるように蠢動するその物体の中に、見知った顔が幾つもあった。

「あれは…っ!」

 漸く出た声は、自分のものではないかのように引きつっている。

『あれは…眞王廟に仕える巫女達…!』

 彼女たちの身体は何処にも見えない。物体の中に隠されているわけではないのは、半透明な緑色のそれに、陽が差し込むことで見てとれた。彼女たちは一様に顔だけの状態で、液体の中に取り込まれているのだ。

 感情のない真っ白な顔が、怯えて失禁している兵士達をじぃ…っと見ていた。

「アルナ…お前、アルナだろう…?」

 不気味極まりない物体へと歩み寄る者もいた。
 親族なのか、それとも想い人だったのか…涙を流しながら歩み寄っていった青年は、小作りな少女の顔を両の掌で包み込もうとして…ズルリと深緑色の物体に飲み込まれた。少女の脇から怪物めいた腕がにょろりと生えて、抵抗する間もなく青年を引きずり込んだのだ。

 ぐじゅ…
 どりゅりゅ……

 おぞましい音と光景が、人々の恐怖心を絶頂に導く。
 物体に取り込まれた青年は暫く藻掻いていたのだが、その動きが途絶えると…どろりと肉体が消え、物体の表面にもう一つの顔が浮かび上がったのだ。

 その顔は…先程泣きながら取り縋っていた男の顔だった…。

「うわぁぁああああ……ゲインツーっっ!!」
「あああぁあああああ………っ!!」

 火がついたように兵士達は駆け出し、転んだ者は見苦しく藻掻いて這いずるようにして逃げていく。
 至近距離で見ていた中には発狂した者もいたようで、調子はずれな笑い声をあげて失禁し続けている…。

「ヴォルフラム様、ここはお引き下さい…っ!」
「……っ」

 警備隊長メリアスに促され、ヴォルフラムは息を呑んだ。
 普段の彼なら…いや、先程の光景を見ていなければ、反射的に拒否の声を上げたことだろう。
 だが…この狂った状況の中で落ち着いて指示を出せる男の存在には、悔しさと羞恥を越える安心感を抱いてしまう。

「私には、この事象を説明する権限はございませんし、おそらく正確に理解できているわけでもありません。ヴァルトラーナ様を死なせてしまった責についても、私と兵の命で詫びがきくものとも思っておりません…。ですが、少なくとも今の私には、この騒ぎを収め、一人でも多くの兵を…両陣営に所属する兵を、戦場ではない場所で死なせることを防ぐ義務があります。どうか…お引き下さい。そして願わくば冷静に…シュピッツヴェーグ卿シュトッフェル様に事の次第をお伝え下さい」

 メリアスは口早にそう述べると、もうヴォルフラムの返事は待たずに眞王廟の扉に向かった。
 あの扉を封じる力を持つのは、おそらくこの警備隊の中では彼くらいなものなのだろう。

「…分かった」

 ヴォルフラムはまだしも冷静さを残していた側近と共に伯父の亡骸を抱えると、恐怖と後悔…憎しみの入り交じった身体を引きずるようにして、眞王廟を後にした。

『コンラートも…あの中にいるのか?』

 ふと気付いた可能性が、ヴァルトラーナの死以上に自分を打ちのめしていることに困惑しながら…。



  



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