第二章 YーD 『これがこの国の…ユーリのやり方なのか…』 レオは不思議さに打たれながら、この世界の《第27代魔王》を見詰めた。 初めて出会ったとき、レオにとって有利は《愛らしい精霊》だった。 次いで《偽ウェラー卿に騙されている哀れな混血児》となり…そして、懐深く何処までもやさしい《おうさま》になった。 そう…レオの心を救ってくれたあの時にはまだ、具体を備えた一国の《王》ではなく、お伽噺に出てくるような架空の《おうさま》としての存在感しかなかった。 だが、今…有利は現実の世界で確乎たる《政治》を行っている男達を、その肩書きではなく個人の王器によって従えさせている。 グウェンダルにしろギュンターにしろコンラッドにしろ、偉大なる大賢者にしろ…全員が《政治能力》としては有利の遙かな高みにあるだろう。 だが、彼らは全員有利を王として…自分の上にある者として認めている。 そして、それが上手く機能しているのだ。 『何故だろう?』 有利は、レオが知るどんな王とも違っている。 全知全能の神に近い眞王や…過去の《偉大》とされた中興の祖とも違う。 勿論、母のように全てを臣下に丸投げし、委ねるべき人物の選定すら行わない無責任な王でもない。 彼は驚くべき慧眼によって人物を選び…託す。 そして、非常に重要なことに、とても《心地よく》その人物を働かせることに長けた王なのだ。 《心地よく》…それが、こんなにも重要な意味を持つものだと認識したのは初めてだった。 思えば、レオが眞王に命じられて魂を運ぶことになったとき、極めて従い難かったのは使命が困難であったからではない。 とてもとても…《心地よく》なかったのだ。 『なんだそんなもの』 …と、自分が第三者であれば…特に、後になってから世界にもたらされた災厄を考えれば、《命令に服従すべき臣下の身でありながら、何と勝手な判断を!》と憤ったことだろう。 だが…確かにあの時、レオは深い嫌悪感によってどうしても服従できなかったのだ。 レオにジュリアの遺志は伝わらず、何故そんな使命を果たさねばならないのか理解できなかった。 何の説明もなく、ただ《やれ》と言われたことを淡々とこなす…。 それは苦渋に満ちたレオの生涯の殆どを占めていたにもかかわらず、あの時だけは耐えられなかった。 もしかして、アーダルベルトが来なければ渋々受け入れていたかも知れないが、それでも《心地よく》は無かったろう。 ジュリアに対する想いという、自分が最も大切にしていたものを無造作に踏み躙られたような気がしたからだ。 先程のグウェンダルの反応も…レオ自身の反感も同じではないだろうか? グウェンダルは有利とコンラッドを大切に想う気持ちを大賢者によって《操作》されて、彼が思うとおりの答えを導き出されたことに強い反感を抱いていた。 一己の魔族として強い自意識を持っている男性としては当然の反応だろうと思う。 また、レオにしても王となることを自らの意志で決定したものの、それが大賢者の掌の中で転がされた結果、導き出された答えなのだと感じたとき、やはり嫌悪を感じた。 大賢者の手腕は客観的に見ればあまりにも見事だ。だが…鮮やかすぎて、心がついていかない。 少なくとも、偉大だからといって彼を王として立てようとは絶対に思わない。きっと、大賢者自身、自分をその様に評価した上で、敢えて有利には口に出来ない残酷で厳しすぎる意見を口にしているように思う。能力の問題ではなく、彼は自分をその為の存在だと判じているらしい。 彼にとっては自分さえもが作戦に必要な《駒》なのだろう。 だからといって、《駒》ばかりが揃って国が運営されていくというのはあまりにも歪(いびつ)だ。 そこに血肉の存在はなく、沸き立つような歓喜はない。 おそらく、大賢者が王として君臨する国は栄えはするだろうが、必ずどこかの地点で反乱が起こる。その高い能力の裏を掻いて、何としてもその上に立とうとする者が出てくるだろうし、大賢者は徹底的にその動きを弾圧するだろう。 それは過去の歴史として学ぶ分には華麗で血生臭い宮廷絵巻として映って面白いだろうが、その直中に自分が存在したいとは決して思わない。 常に《やるかやられるか》と緊張しきっている状況は、どんなに自分が栄達しても《いつか引きずり降ろされる》《出過ぎると打たれる》と、与えられた仕事以外のことに気を配らねばならないからだ。 その不快感にいち早く気付いたのが有利だった。 しかも彼は、決して大賢者を貶めようとはしなかった。 大賢者がやろうとしたことは全て、自分のために行ってくれたことなのだと…だから、全ての責任は自分にあるのだと明言した。 おそらく、その言葉がなければ大賢者は救われなかったろう。その言葉が与えられると信じているから、彼は何処までも自分を《悪役》にできるのだ。 ちらりと目線を送れば、今後の展開について討議している重鎮達の姿が見える。 誰もが、先程までの諍いなど無かったかのように振る舞い、闊達な意見を交わしている。 そこには、能動的な活動と、王のために働く喜びが見える。 それは、大賢者とて同様だった。 彼は能力的には有利の遙か高みにありながら、彼のために働くことを至上の喜びとしているようだ。 何故なら、彼が誰よりも大賢者の想いを汲み取り、その能力を《心地よく》使ってくれるからだろう。それはきっと、誰にも出来ないことなのだ。 有利は一己の個体としては国を動かす能力は持たないかも知れない。 だが、彼を中心として有機的に臣下が結びついたとき、力強い《国》として展開できるのだ。 《自分の頑張りを、尊崇している王がちゃんと見ていて、正しく評価し…褒めてくれる》…それは、臣下にとってなんと《心地よい》確信なのだろう? レオがどんなに頑張っても、《第26代魔王》たる母からは決して与えられなかったものだ…。 『こういう国も、あるのだ…』 レオは、どうなのだろう? 自分の世界で《第27代魔王》になったとして、どんな王になればいいのだろう? これまでに与えられた屈辱を濯ぐべく、反対派に粛正をかけるのか。 あるいは、協調路線を採っていくのか…。 それは、何としてもきっちりと考えておかねばならないことだ。ここまでこちらの国の住人に迷惑を掛けておいて、下らない王になどなれないではないか。 『俺は…どんな王になればいいのだろう?』 レオはこの国で多くを見て、学ばなくてはならない。 改めてその事を再認識するのだった。 * * * 「では…魔道装置の改良と魔力の集結には、最低でもこの期間が必要になりますね。それでは、その間に陛下は一度チキューにお戻りになり、卒業試験を受けられた方がよいでしょうね」 「それは…多分無理だよ」 ギュンターの言葉に村田と有利が同時に答える。 「何故です?」 「ん…それは俺も考えてたんだけど、こっちに村田を運ぶときにも少し変な力が働いてたんだ。空間を歪めるような…。そのせいで、俺も巫女さん達もいつもより多く魔力を消耗したんだ。そんで眞王に聞いてみたら、やっぱりレオ達が居た世界の方から力が飛んできてるって言うんだ。かなり離れてるからまだ影響力が少ないけど、このまま少ないままなのかが分からないって…」 今後、創主の力が強まれば影響力は更に強くなる可能性もあると言うことか。 だとすれば…こちらの世界も完全に無事と言い切れるのだろうか? 「なんですって…?それでは…陛下は、このままではチキューにお戻りになることが不可能なのでは?」 「不可能…とまでは言わないよ。村田だってちゃんと狙った眞王廟に連れて来られてるからね。頑張ればちゃんと行けるんだと思う。だけど…今は少しでも魔力を温存しとかなくちゃなんない時だろ?行ったり帰ったりしてる余裕はないと思う」 「それでは…」 「………村田は卒業試験出られなくても、出席日数も成績も足りてるから余裕だけど…俺、ひょっとすると原級留置かも…」 有利の高校では2単位以上落とすと原級留置…要するに留年になる。今のところ…出席日数はバッチリだが、成績面で3単位ほど卒業試験で稼がないと厳しい教科があるのだ。 「なんですってぇぇぇ…?へ…陛下が落第!?」 「うっわ…落第か……遠慮容赦ない響きだな…」 「時間軸はある程度は操作できるけどねぇ…数ヶ月…数年単位のずれとなると調整しきれなくなる。せめて、地球の魔族に念波による伝達だけはしておいて、僕も渋谷も失踪者扱いされないようにしておく必要はあるね」 「ゴメンな…俺が呼び出さなきゃ、村田はあっちで無事にいられたのに…」 「それは言わない約束だよ魔王様…」 「苦労を掛けるねぇ…」 時代劇の貧窮親子のような会話を冗談交じりに交わしていたら、レオが蒼白な顔色で立ち上がった。 「…申し訳ない。俺達を…拾ってくれた段階で、既に迷惑を掛けていたんだな?」 「そんな…迷惑なんて……」 「いや、まー迷惑には違いないよね。君達を匿ったって時点で既にあっちの眞王にマークされてるのは事実だからね。こちらで防御シールドを張りながら生活する分にはともかく、僕たちは下手すると生まれ故郷の家族には二度と会えないかも知れないね。生き別れかー。安寿恋しやほーれやほー、厨子王恋しやほーれやほー…って感じだよ」 頭を下げるレオに対して有利は何とか慰めようとするが、村田の方には遠慮がない。 「村田ーっ!」 「まあまあ、渋谷。結局の所、僕たちの作戦を成し遂げればイイわけだから」 「うう…そうなんだけどさ……」 グウェンダルもギュンターも何も言わなかったが…彼らに重圧が掛かったのは確かだ。 特にグウェンダルは、かつて有利が地球に帰れなくなったとき…無下にその郷愁を否定して哀しませたことがある。 『お前はこの国の王なのだぞ!この程度のことを耐えられなくてどうする?』 故郷とは異なる星座を見上げながら泣きそうになっている有利を、グウェンダルは強く叱責した。 その日は片頭痛がしたり、集中力を欠いた有利がミスを連発していたので苛々していたせいでもあったが、有利に《故郷がある》ということ自体を重く見ていなかったことが根底にある。 《見知った星座》という、あって当たり前の存在…あることが当然と思っていたものから切り離される痛みが、どれほど大きなものなのか推察してやることも出来なかった。 だが、グウェンダルは異境の地…《天羽國》に侵入した際にやっとその辛さに気付いたのだ。 人は、生まれ育った場所から紙でも剥ぐようにして簡単に連れてこられるものではないのだと。 それは、その傷みを知らぬ者には想像も出来ないくらい残酷な傷を与えるのだと…。 『もう…あんな傷みをこいつに与えるものか…っ!』 グウェンダルは無表情たろうと徹しながらも、王を見詰める目が熱く輝くことを防ぎきることが出来なかった…。 * * * その後、幾らかの遣り取りの中で今後の計画方針が示されたのちに会議は閉会となった。 会議室から出て行く有利の腕はコンラッドに捕らえられると、有無を言わさぬ力で魔王居室に引きずり込まれ…同様に、村田も会議室を出るなりヨザックに手を取られると、同じように何処かへと連れ去られていった。 ヨザックは、警備をしている間中…村田の話に何かを感じていたらしい。 * * * 「ヨザック、僕に何の用なんだい?」 村田は意外と抵抗無く、誘導されるままヨザックに連れられて行ったが、筋骨隆々としたこの男に引っ張られては手首の方がもたなかったらしい。 流石に途中で苦情を漏らした。 「ああ、ゴメンなさい猊下!グリ江ったら興奮のあまり強くひっぱり過ぎちゃった!」 「もー…君と違って僕は華奢なんだからね?」 道の途中で立ち止まった村田は、ふーふーと手首に息を吹きかけながら睨み付けた。 血盟城の廊下は秋の夕暮れの中で朱に染まり始め、石柱の間から吹き抜けていく風が彼らの髪を揺らしていく。 夕暮れ空と同色の髪が揺れると、掠めていく前髪がその下にある蒼瞳を見せたり隠したりしていく…。 その瞳は…何か物言いたげに揺れていた。 「全く…なんなんだい?」 「…マジ、なんですか?」 ヨザックに肩を掴まれて、村田は怪訝そうに見上げた。 自分の肩どころか頚元まですっぽりと包み込んでしまう大きな手に、村田は感心と呆れの綯い交ぜになった視線を送る。 一方、ヨザックの方は真逆の感想を抱いていた。 『なんて…小さいんだろう……』 その存在感と発言力の大きさからは想像も出来ないくらい村田は小さく、同じ双黒の有利と比べても明らかに華奢であった。 気の強い仔猫を思わせる双弁は吃驚するくらいの漆黒で、艶のある色彩は…見詰めていると吸い込まれてしまいそうだ。 「僕らが最初の一撃になるって事?マジも大マジだよ」 「陛下といい、猊下といい…こんなちっこい身体で、どうしてそんな無茶ばっかり思いつくんでしょうね…」 「ちっこいのは余計だよ」 「そうですね…猊下の心は本当にデカイ。俺なんて足下にも及ばないくらいにね…。ですけど、俺は心配なんです」 危険も無茶も全て分かっていて…それが、失敗したときには何が待っているのか十分に分かった上で、それでも彼はやろうとするのだ。 愛おしい…唯一人の王の為に。 「何で僕の心配なんかするのさ。君は渋谷が好きなんだろ?」 「ええ、大好きです。猊下もお好きでしょ?」 「そうさ」 「陛下のことがご自分のことよりも大好きなあなたが、俺は大好きなんですよ。だから遠慮無く陛下を好きでいて下さい」 ヨザックの腕は、すっぽりと村田の背をかかえると…抱き潰してしまわないように、優しく包み込んだ。 「何のつもりだい?」 「ただ…お伝えしたいんです。あなたの事を、俺がとてもとても…心配しているって事を、知っておいて欲しいんです…。あなたに何かあったとき…俺の心は砕けてしまうだろう事を、覚えていて欲しいんです…」 会議の間中、何かが胸に迫り上がって…ヨザックは今すぐ飛び出していきたいという衝動を堪えるのに苦労した。 村田は有利の身を案じ、彼が無茶をしないように現実を教え…臣下の想いを伝えていた。 誰もが有利を心配し、その忠心や愛を語っていたが…それでは、村田の身は誰が心配してくれるのだろうか? 『猊下だって…大事な人じゃないか…!』 あの時に、ヨザックは理解したのだ。 自分にとって、この少年が特別な存在であることに。 「知っているだけで良いのかい?」 「ええ…それだけで良いです。どう言ったってあなたはやりたいようにするでしょう?」 「分かってるじゃないか。で…?そのまま放置?」 「いいえ。俺は…付いていきます。あなたが何処に行かれても、何をされても…あなたの背中を、俺は護りたい。あなたがあっちの眞魔国に行くなら、俺も連れて行って下さい」 「別に必要ないよ。それに…君の心が砕けたって、僕は気にしないもの」 「それは困るなぁ…」 村田は愛想もへったくれもない様子で拒絶するが、ヨザックはくすくすと軽やかに笑う。 心ごと村田を包み込もうとするように…。 「だったら、少しだけでも俺のことを好きになって貰わなくちゃいけない。一度きり餌をあげた野良犬が、あなたを恋しく思うあまり心が張り裂けるのを、哀れんで貰わなくちゃならない…。そうでないと、猊下…あなたは、自分の身を惜しまないでしょう?」 「惜しむようなものではないからね。四千年分溜まった宿題を、渋谷が手伝って仕上げてくれた…。だから僕は、絶対的に存在しなくてはならないものでは無くなったんだから」 「ほら…そんな風に、哀しいことを言っちゃ駄目です。あなたは何時だって言っておられたじゃないですか《僕は僕だ》…ってね」 「……」 村田らしくもなく、本当に子どもみたいな顔になって拗ねてしまった。 痛いところを突かれたらしい。 「あなたは、《ムラタ・ケン》です。大賢者ってのは単なる肩書きでしょう?それに相応しい能力をどんなに持ってたって、あなたは十数年を生きてきたばかりの瑞々しい《ムラタ・ケン》です。俺にとっては、大賢者であることよりもずうっと大切な…《ムラタ・ケン》です…」 普段は皮肉屋で、口の端をチェシャ猫みたいに枉げているくせに…こんな時に限ってこの男は、《かみさま》みたいに微笑むのだ。 厳格で絶対的な神様のようではなく、お伽噺に出てくるような…やさしいやさしい顔をして…。 「ね…ご主人様、グリ江を拾って下さい。餌をやって、情に絆されて下さい…。《こいつが死なないように、僕は帰ってやらなきゃ》って…思って、無茶をしないようにして下さい」 「押しかけ犬…」 「ええ、押しかけちゃいますよ〜。グリ江は、ちょっと鬱陶しいくらい情が深いのよ?猊下に行けと命じられれば崖からだって飛びますし、お腹が空いたって仰ればどんなご馳走でも甘いお菓子でもすぐに作りますし、口寂しいって仰れば…ほら、何時だって唇をお貸しします」 「…いらない」 ぷぅ…っと唇を尖らせて村田はぶっきらぼうに言うけれど、めげない男はゆっくりと唇を寄せていく。 けど…肌と肌が触れあう直前で、ぴたりと止まった。 一瞬…村田の瞳が怯えた仔猫みたいに揺らぐのを見てしまったからだ。 「……猊下、ひょっとして…口吻、初めてですか?」 「僕は、小さいときから初めてのキスは渋谷って決めてたんだ…」 泣きそうな顔をして眉根を寄せる村田は思いがけないくらいあどけない顔をしていて…ヨザックの胸はきゅうん…っと、ときめいてしまう。 全てに対して経験豊富という顔をしていても…やはりこの子は18歳の少年なのだ。 初々しくて…叶わぬ夢に身を焦がす男の子なのだ。 「そりゃーまた…一途ですねぇ…」 「煩いな…。もう、何なんだよ…君は!言いっとくけど、僕は君なんて好きになったりしないからね?」 「イイですよぅ。俺が勝手に好きなだけですもん」 「僕を押し倒そうとしたら、死んだ方がマシって目に遭わせるよ?」 「猊下が嫌がったらしませんて。ちょっとチューの味見をさせて貰うくらいで…」 「君……」 村田の目が半眼になると、慌ててヨザックは両手を翳す。 「ごめんなさい、ごめんなさいって!ね、機嫌直して下さいよ…猊下。お腹空きません?夕食前に、少しだけ何か摘みます?」 村田はむっつりと押し黙って両腕を組んでいたが…ヨザックが大きな体を竦めて、うりうりと上目づかいに見詰めているのを見ている内に、怒っているのが馬鹿馬鹿しくなったらしい。 薄く微笑を浮かべると、《きゅいーん》…っと擦り寄ってくる大型犬のような男の誘いに乗ることにした。 「……カリカリしたやつ、すぐに作れる?何かナッツを香ばしく炒ったのが食べたい。でも、にちゃっとして歯につくのは嫌」 「はぁ〜い。すぐにお作りします!」 ぴしぃっと敬礼して、ヨザックはそっと村田の手を掴んだ。 今度は手首ではなく…掌を。 「何のつもり?」 「お手々繋いでいきましょう?」 「やだよ。恥ずかしい…」 「じゃあ、人が通るまで…」 大きな掌はすっぽりと村田の手を包み込み…結局、厨房までずっとそうしていたのだった。 * * * 「やってくれましたね」 魔王居室に有利を連れ込んだコンラッドは、常にない…硬い声音で囁いた。 「ゴメン…」 「謝ることではありませんが…寂しかったな。先に相談して貰えなかったですからね」 「うん…。会って話をしとかなくちゃ…って思ったんだけど、村田に口止めされてて…」 「それでは…しょうがありませんね……」 はぁ…っとコンラッドは嘆息する。 自分の知らないところで有利が危険な決断を行い、後で知らされる…。 今回、有利とコンラッドが村田に対して意図せず行ってしまったことであり…同時に、大シマロン行に際してコンラッドが有利に対して行ったことでもある。 また、村田がレオを責めていた言葉のかなりの部分は、コンラッドを刺し貫いた。 『自分よりも大きなものを見つけて取り憑き、勝手に夢を託す大馬鹿野郎だ。期待された方の苦痛も知らず、《あなたの幸せのために》等と負担を押しつけてくる無責任な男だ』 ある面では正鵠を射ていると自覚するからこそ、胸の最も深い部分を貫かれた。 《幸せに…どうか、誰よりも幸せに…》そう祈るあまり、傷つけてしまった事が想起されると…また胸が締め付けられる。 「ゴメンね…でも、俺…やるからね?」 「ええ…俺は、待ちます…。あちらで眞王陛下の身柄を確保されたら、呼んで下さるのでしょう?」 「うん。最初の一撃が終わったら…今度は、魔族や人間の国とわいわいやんなきゃいけないから。そうなったら…俺を護って?」 「はい……」 有利の華奢な身体を抱き寄せて…コンラッドは深く吐息を漏らす。 ちいさく…すっぽりと包み込んでしまえるこの身体を、閨で喘がせているときには全てを征服しているかのような錯覚さえ覚えるけれど…その実、その体腔内に収まっている巨大な生気は、コンラッドの手にはあまる勢いを持っているのだ。 「情けないな…俺は」 「どうして?」 「先程も、グウェンが猊下に挑んでくれなければ…感情に任せて子どものように混乱していたと思います」 「俺の…せいだよ。ちゃんと前から分かってたら、そんな事なかったよね?でも…グウェンには吃驚したな!なんか…かなり嬉しかったし」 「我が兄は、素敵でしょう?」 コンラッドの唇にも、少し笑みが蘇る。 確かに…あの時見せたグウェンダルの決意表面は、コンラッドの胸を熱くした。 無愛想な中に暖かな想いを秘めていることは前々から知っていたが、滅多にそれを態度に表すことのない《ツンデレ兄》なため、あのような姿を目にする機会は極めて希有なのだ。 『大切に…思ってくれているんだ……』 ひたひたと、暖かい潮が心の中に満ちていくのを感じる。 そして…ふと気付いた。 コンラッドの動揺が激しかったせいもあり、効果的な発言が出来なくなっていたからこそ…堪りかねた兄は怒りのままに行動を起こしてくれたのではないだろうか? 『そういえば…。もしかして、俺が全く動揺を示さずに構えていたら、グウェンはあそこまで感情的にはならなかったんじゃないだろうか?』 村田はひょっとして、コンラッドに対してもグウェンダルの想いを伝えたかったのではないだろうか? そのために、動揺を誘うような手法を採ったのでは…。 そうなのだとすれば、心憎いばかりの配慮ではないか。 『何枚も上手なのだ、あの方は…』 感心し…尊敬はするが、その複雑な性質を愛することは出来ないと思う。 自分が酷く矮小になったような気がするからだ。 完璧で、揺るぎのない精神…どうしたら、あんな風になれるのだろうか? 有利を護るために、コンラッドはもっと強くならなくてはならない。 彼のように…。 「コンラッド…どうしたの?」 「いえ…男を上げたグウェンに比べて、随分と情けない弟だなぁ…と、えらく恥ずかしくなりまして…」 「そんなことないよっ!コンラッドは、情けなくなんかない…っ!」 「情けないですよ…。俺の知らないところで、あなたがどうにかなるのではないかという恐怖で…ほら、こんなにも怯えている」 ほろ苦い表情で差し出した手は、小刻みに震えている。 顔色は白く、頬はどこか強張ったまま…異常緊張の状態が未だ続いていることを物語っていた。 「情けない…小心者です」 伏せた睫は意外なほど長く、滑らかな頬に淡い色の影を落とすから…普段は頼もしいその姿が、《儚い》と表現しうるような影を帯びる。 有利は堪らなくなって…その目元に幾つもキスを降らしていった。 「好き…大好きだよ」 きゅう…っと精一杯腕を伸ばして抱き寄せるが、大きな体躯はもどかしいほど腕の中には収まりきらず、有利は眦を濡らした。 「俺の方が…情けない奴だよ。こんな時に、あんたを十分に慰めてあげることも…すっぽり腕の中に包み込んであげることも出来ないんだもん」 啜り泣くような声に、コンラッドはふる…っと首を振った。 「いいえ、あなたは…とても大きな心の腕を持っておられる。その腕が何時だって、頑なな心まで包んでしまうんですよ?そうでなければ、あのグウェンや猊下が、あなたのために全てを尽くして闘おうとすることなどありません」 琥珀色の瞳が…輝く銀の光彩を帯びて有利を見詰める。 ああ…この瞳が、これまで幾度…躓き、落ち込む有利を励ましてくれたことだろう? 「うー…そうやってさ、綺麗に笑うんだもん。コンラッド…今、傷ついてるのはあんたなのに…!」 有利は両頬を大きな…傷だらけの掌に包み込まれると堪えきれずに涙を零した。 ぼろぼろと大粒の涙を零し…すんすんと鼻を啜りながら、逞しい恋人の胸板に顔を埋めていく。 「あんたは俺よりずっと強くて、優しくて…自分が一番辛いときに、俺を精一杯慰めようとしてくれる…。俺なんかには、勿体ないような恋人だよ?」 「光栄です。あなたに…ずっとそう思っていて頂けるように…俺は、もっと強くなりたいな」 「もー!これ以上強くなんないでよっ!最強伝説打ち立ててどうするつもりだよ!?」 「あはは…」 泣いて、笑って… 目元を真っ赤に染めた恋人達は、深く唇を重ねていった…。 「秋はエロの季節!天高く馬並エロを飽食よーっ!」という方や、「エロは適当に流して読むので平気」という方のうち、「酒・煙草を購入する際に、もはや成人確認も行われなくなったよ…」という方や、確認されてもちゃんと買える方はエロコンテンツ収納サイト【黒いたぬき缶】 にお進み下さい。 そういえば、「18禁」と「成人向け」の間に挟まれた19歳の方はどうすれば良いんでしょう?ポルノは19歳で見られるのでしょうか? 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