第二章 YーC







 「…今、何と?」

 素早く問いかけてきたのは、レオではなく…コンラッドだった。
 強張った顔からは血の気が失せ、怒りに眦がぎりりと釣り上がっている…。

「命を賭ける」
「猊下と…どなたが?…何をなさるおつもりなのですか…っ!?」

 この場に座した全員が、答えが音声として大気を震わせるのを息を呑んで…待った。

「あちらの眞魔国に最初に渡るのは、僕と…渋谷だ。君は最初の戦いが終わるまでは連れて行かない。勿論、僕たちが敗北すれば…永遠の別れとなるね」

 コンラッドの眼差しが、ゆっくりと有利に向かう。
 《何故?》…疑惑と怒りと戸惑い…そんな感情の渦が溢れ出しそうになるのを、ギリギリで堪えている顔だ。

『何処に行くのであれ、俺はあなたと共に在る筈だ…!』

 そう訴えるような眼差しに、有利は…切なげに瞼を伏せた。

「何故…俺を置いて行かれるのですか…っ!?」

 血を吐くような叫びに対して、村田の答えは冷たく…さらりと乾いている。

「足手まといだからだよ」
「お言葉ですが、俺はユーリの身を守る手腕に於いて何者にも引けを取るつもりはありません!」

 叩きつけるような声音は辛うじて敬語の形を取ってはいるけれども、溢れ出しそうな感情のうねりは荒々しい語感となって耳朶を打つ。

「魔族や人間相手ならそうだろうね。だが、僕たちの最初の敵は、あちらの眞王…正確には、創主と絡み合っている眞王だ。物理攻撃要員なんて居るだけ邪魔なんだよ。下手をすれば盾に使われる。君…自分が盾にされたときに、渋谷が攻撃出来ると思うのかい?」

 挑発的な声に、コンラッドは返答に窮した。
 《出来ない》…その事が、痛いほど分かっているからだ。

「僕なら渋谷のブースターになれる。だが、君ではブレーキにしかならないんだよ」
「……っ!」

 コンラッドの唇が噛みしめられる。
 その口内には…血が滲んでいることだろう。



*  *  *




『ゴメン…ゴメンね…ゴメン……っ!!』

 分かっていたはずなのに…コンラッドに黙っていれば、こんな思いをさせることは分かり切っていたのに…っ!
 村田に口止めされていたからと言って…どうして、沈黙し続けることが出来たのだろうか?

 有利は胸を掻きむしるように爪を立てるが、それでも…分かって貰わねばならない。

「ゴメン…でも、行かせて?コンラッド、グウェン、ギュンター…。俺と村田がまずあっちに行く…それは、今回の作戦の前提なんだ」

 己を奮い立たせようとしつつも、コンラッドの苦悩を目の当たりにしながら…有利の声に本来の力が宿ることはなかった。

『駄目だ…こんなじゃ……っ』

 もどかしい。

 こんな《おねだり》などで、彼らが納得するはずがないではないか。
 案の定…煮え立つような怒りを湛えて、一人の男が立ち上がった。

 
 ダン…っ!

 
 荒々しく…円卓を叩き壊しそうな勢いで拳を打ち付けたのは、グウェンダルだった。

「到底認め得ぬ提案だ…っ!」

 その眼光は射抜くような厳しさを持って有利へと突き刺さる。

 いつもの、ただ不機嫌なだけの仏頂面とは違う。
 先程までの、レオの選択に対しての懸念とも違う…。

 その全身から溢れ出してくるのは、明らかな怒気であった。

「陛下、あなたはこの国の王だ。軽佻な行動は厳に控えて頂きたい」
「うん、これが俺の我が侭だって事は分かってる。グウェンにも…また迷惑を掛けちゃうことは分かってる…。それでも、どうか赦して欲しいんだ。俺は…どうしてもレオ達のいる眞魔国を救いたい…っ!だって…そこにいるのは、違う歴史を辿ったとはいえ…グウェン達なんだよ!?」

 有利は何とかしてグウェンダルを説得しようと身振り手振りを加えて力説するが、必死になればなるほど宰相の表情は険しくなっていく。


「そんな者達のために、あなたが命を賭ける必要など無いと申し上げているっ!」


 龍の咆哮を思わせる大喝が轟くと、壁や窓硝子までもがびりびりと震え…有利は顔色を真っ青にして唇を戦慄かせた。
 
「でも…でも、グウェンだって…レオのこと、心配だろ?」

 喘ぐようにして有利が言い募ろうとするが、グウェンダルの反応は厳然としたものであった。

「私が彼を心配し、気を回すのはコンラートに相似した存在だからだ。似た存在とコンラートそのものを秤に掛ければ、その軽重は問うまでもない筈。真にレオを想うのは私ではなく、あちらの世界の《フォンヴォルテール卿》であるべきだろう。そして…陛下、あなた自身についてもそうだ」

 グウェンダルの美しい低音は殷々と響き、その印象は険しいのに…冷たくはないのが不思議だった。
 彼らしくもないというのか、あるいは…この上なく彼らしいと評するべきなのか…その声は極めて熱いものであった。

「例え見知った存在に極めて相似した世界があるのだとしても…その国とあなたの存在など、秤に掛けるまでもない…っ!」
「グウェン…」
「私は、弟の婚約者であり…我が忠誠を誓う唯一人の王であるあなたを、行かせるわけにはいかない…っ!」

 この男に、ここまで言われて無感動でいられる者などいるだろうか?
 少なくとも…有利には出来なかった。

 申し訳なさと同時に…期せずして告げられた強い忠誠の言葉は、単に《王はかくあるべき》と叱責されるよりも遙かに強く有利を揺さぶった。

「ごめ…なさ………っ」

 込み上げてくる涙を、ぎりっと唇を噛むことで食い止める。

『泣くな…っ!』

 泣けば、子どもが駄々を捏ねているのと同じだ。
 結論を先送りにされることはあっても…有利が不在の間、一国を担っていく男を納得させることなど出来るものか。

 苦い鉄の味を感じながら、有利は懸命に心を奮い立たせようとする。
 だが…救うべき対象である筈のレオまでもが血相を変えて反対表明をしてきた。



*  *  *




「何故あなた方だけが行かれるのですか!?まず向かうのは我らであるべきだ…!」

 語気荒く叫ぶレオとは対照的に、村田の声音は冷静そのものだ。

「…というより、君に協力する以上その方法しかないのさ。力を失ったこちらの眞王ですら、君達が飛ばされた地点を特定することが出来たんだよ?創主と結びついた奇形の力を持つ眞王なら、そう簡単に君達を狙った場所に行き着かせたりするもんか。また空間の狭間に飛ばされるか、政敵やら人間の直中に落とされて八つ裂きにされるのが関の山だ」
「それは…」

 十分に考えられることであった。
 あの眞王ならば、自分の力に抵抗して有利が二人を救ったことに気付いているかも知れない。
 空間を越える彼の力が何処まで波及してくるのか…それが、この大賢者には分かるのだ。

「だとすれば、最初の一撃が全てを決めるんだよ。魔剣モルギフをヴァンダーヴィーア島の火山で再活性化させ、その上でお年寄りの魂でも何でもたらふく食わせて……」
「あのさ…事が収まれば魂って開放できるのかな?」

 有利が心配そうに口を挟むと、村田は鷹揚に頷いた。

「その筈だ。魔剣が砕けたり、君が負けちゃうとどうにもならないけどね」
「うっわ責任重大…」
「あのねぇ…君の場合、どうせ死んじゃってるお年寄りよりも重い物を背負ってる筈なんだけどね…」
「そう…だね……」

 有利は血の色を淡く滲ませる唇を舐め、こくりと頷く。

「とにかく、魔剣で眞王に絡みついている創主の力をまず叩き潰すんだ。そして眞王に発令させる。ウェラー卿コンラートに不当な冤罪を掛けた連中に厳罰を下すことと、第27代魔王に指名することを…ね。そうすれば、一発で眞魔国は変わる。後の作戦は、全て君が王であることが前提となるんだ」
「上からの改革…というわけですか」

 なるほど、勝負は早いだろう。
 だが…その為には、有利と村田がまずその身を危険に晒さねばならないのだ。 

『そんな犠牲を…ユーリに求める権利など、俺にあるのか?』

 あるわけがない…!

「お願いです…止めて下さいっ!」
「なんだい?水を差すなぁ…」

 レオの苦鳴に、村田はぷぃっと唇を尖らせた。

「もう…お気持ちだけで十分です。滅びに瀕している国に、あなた方が過大な犠牲を払われる必要はない…。どうか、俺だけを送り込んで下さい。その際…あちらの眞王陛下に伐たれるのであれば、それも運命でしょう…。あの日、眞王陛下の命に逆らったのは、俺自身なのですから…」

 あの日…レオはウルリーケの問いかけに答えたのだ。

『背負います。少なくとも…俺が選んだ故の結末だけは』

 あの誓いは、決して自分以外の誰かに重責を負わせるというものではなかったはずだ。
 背負うべきは、誰をおいてもレオなのだ。

「おい、そん時ゃあ俺も一緒だぜ?勝手に一人でくたばるのは止めてくれ」
「ギィ…」

 王になると誓ったその興奮は何処へやら…レオが死を静かに受け入れる老人の様な眼差しを浮かべていると、ギィは怒ったような声をあげて腕を掴んだ。

 隻眼の蒼瞳に迷いはなく、どこまでもレオと共に在るのだとの決意を滲ませていた。

「王位を簒奪するか…そもそも辿り着く前に野垂れ死ぬのかは分からねぇが、もともと俺達は妙な世界で孤独に死んでいくはずだったんだ。少なからず謎を解いて貰って、旨いもんも喰った…。もう、後悔はないさ」
「ああ、そうだな」

 どこまでもついて来てくれる…そんな友を持つことに、感謝せねばならないだろう。
 それで…レオには十分だ。

「こらこら、勝手に結論づけないで貰えないかな?僕はやるといったらやるよ?僕は渋谷に誓いを立てたんだ。そうである以上、大賢者としての権限は最大限に活用させて貰う」

 村田の眼鏡が光を弾くと…またグウェンダルが立ち上がる。
 
 逞しい体躯を持つ偉丈夫は、常よりも更にその身を大きく見せ…幾らか広げた両腕で、村田の視線とコンラッドの間に立った。

 その身体で、弟を護ろうとしているかのように…。

「眞王陛下の勅令を使われるおつもりですか?そのような手法を使われるのであれば、猊下…私はあなたを軽蔑します」
「それは困るね。僕に…その手段を執らせないで貰いたいな」
「私もそう願います。どうか…思いとどまって頂きたい。我らの平穏のために…」

 グウェンダルの深い色をした瞳が、危険なまでの光を帯びる…。
 その手はゆっくりと剣の柄へと伸び…腹蔵に籠もった決意がひしひしと村田に叩きつけられた。

 《返答次第では斬る》…その決意が、彼の中にはあるのか…。

「本気かい?」

 村田の声に怯えはない。
 だが、その問いかけから…彼がグウェンダルの真の決意に気付いているのは確かだ。

「私には、あなたと違ってこのような席で軽佻浮薄な冗談を口にする習慣はない。古い男と言われようとも、それは私が私である限り変えられません」

 巌(いわお)のような男は、無骨な印象そのままに揺らぐことのない言葉を放つ。
 
「眞魔国を含めた異世界が丸ごと滅びてしまうかも知れないんだよ?それでも、君は自分の王と弟の方が大切なのかい?」
「愚問です」

 グウェンダルの返答はいっそ清々しいほどに端的であり、もはや言葉を繕おうという意図さえ見せなかった。

「落ち着きなさい、グウェンダル…!猊下にそのような…っ!!」

 ギュンターは厳しい表情でグウェンダルの腕に取り縋ると、何とかこの二人の諍いを止めようと村田に顔を向け…息を呑んだ。

 グウェンダルの武人らしい頑とした答えをどう思ったのだろうか?
 村田はふんわりと微笑んでいたのだ。

 レオの決断を受け入れたときと同じ…芙蓉の華咲くような表情で…。



*  *  *




「うん…いいね。良い答えだ」
「…猊下?」

 村田は、不思議なことに…とても嬉しそうな表情で微笑むのだった。
 その眼差しはやわらかく…グウェンダルがそのような決意を示してくれたことに、感謝にも似た想いを抱いているかのようだ。

「フォンヴォルテール卿…失礼な物言いと、恐怖を煽るような表現で苦しませたことを赦して欲しい。だが、僕は君の想いが今…どうしても知りたかったんだ」
「どういう…ことですか?」
「君が渋谷を想う気持ちがどれ程のものなのか、僕自身知りたかった。そして…そのことを、渋谷にも分かって貰いたかったんだ」

 先程までの巫山戯た態度を一変させ、村田は真摯な眼差しでグウェンダルを見詰めた。

 何処までが冗談で何処までが真剣なのか分かりかねる…くるくると表情を変えていくこの少年に、グウェンダルは翻弄されっぱなしである。

「命を賭ける…と言ったが、あれは嘘じゃない。戦争にしろ何にしろ、大きく事を構えるに際して必ず無事であるという保証はない。この世界で《禁忌の箱》を始末する際にも、そうであったようにね…。あの時は、フォンヴォルテール卿…君は別の決断をしていた。あの時の君にとっては、弟よりも王よりも…世界の方が大切だった」

 長い間、精神外傷(トラウマ)にまでなっていた点を指摘されて、グウェンダルは喉に痼るものを感じた。
 
 かつてグウェンダルは創主の器と化した王と、彼を救う為に丸腰で歩み寄っていく弟を見たとき、決意を固めていた。

 油断した王を殺すために、弟ごと刺し貫くと。

 勿論、そうした後に自ら命を断ちきる覚悟はあった。
 だが…あの決意は間違いなく、村田の言うとおり…王よりも弟よりも…眞魔国という世界を重く捉えていたことを証明している。

 王などいなくとも、世界さえ無事なら大丈夫。
 王の代わりはいるが、世界の代わりはない。

 そう…考えていたのだ。

 だが、今…確かに別の世界のこととはいえ、やはり《眞魔国》である世界と比べたとき、一瞬の躊躇もなくグウェンダルの心は王と弟とを選び取った。

 彼らに…代わりなど無いのだと…
 唯一無二の存在なのだと感じている。

 だから、選んだのだ。  

「けど、安心したよ。君は…渋谷を本当の意味で君の頭上に輝く者として認めている。代わりのない…唯一人の大切な王だと認めてくれている…。そうであればこそ、渋谷は我が身を惜しむことが出来るんだ」
「では、あの提案は嘘なのですか?」
「そうだと言ってあげたいけどね…。あれ自体は本当だよ」

 緩みかけた空気が、またしても緊張を蘇らせる。

「だが…約束しよう。十分な勝算が出るまで、決して僕たちは旅立たない」
「勝算が…おありなのですか?」
「君達次第だよ」
「まさか…」

 グウェンダルは苦虫を噛みつぶしたような表情で唇を枉げる。
 村田の言わんとすることが理解できてしまったからだ。

「そう…。君達がウェラー卿を地球に飛ばしたときと同じ要領さ。フォンカーベルニコフ卿の魔道装置を用いて、僕と渋谷と四大要素とは可能な限り魔力を温存してあちらに飛ぶ。そのためには莫大な魔力が必要だ。眞王廟に飛べずに、人間の国やシュトッフェルの息の掛かった場所などに飛ばされては目も当てられないからね。時間も浪費するし。だとすれば…前回よりも遙かに高い精度で送ってもらわなくてはならない」
「………」
「……………」

 みるみるうちに上気していたグウェンダルの顔から血の気が引き、元から色白なギュンターの頬が白紙のように漂白されてしまう。
 
「ねぇ…、勝算が十分にあれば協力してくれるだろう?」

 愛らしく、猫なで声で村田が囁くが…可愛いものに絆されやすい筈のグウェンダルが(意図的にではあるかも知れないが)不快を示すように眉根を寄せた。

「猊下の仰ることは、ある程度は理解できます。あのような言い回しをされた意図も、分かるつもりです。しかし…失礼ながら、私はあなたのやりようを快く受け入れることは出来ません」
「魔力を惜しんで…というわけではなさそうだね?」
「当然です。陛下のために本当に必要なのであれば、私は喜んでこの身を提供するし、魔力を持つ民にも呼びかけましょう。ですが…全てを猊下だけが理解していて、誘導するかのように話を進めていく手口には極めて不快感を覚えます。操られているのではないか…そのような印象さえ浮かぶ」

 どこかもどかしげに語るグウェンダルは、珍しく理路整然とした道理の話ではなく、感情面で痼りを感じている様だった。
 理屈では分かる。だが、心がついていかない…。
 普段ならばそれは、有利などが訴えそうな心境であろう。

 その有利が、立ち上がった。



*  *  *




「グウェン…。村田を、責めないで?全部俺のせい…いや、俺の為なんだ。村田は、おろおろしちゃってる俺の代わりに、上手にみんなを説得しようとしてくれた…でも、これは全部、本当は俺がやらなくちゃなんないことだよね?それを村田に肩代わりさせちゃったから…グウェンが怒るのは当然だと思う」
「陛下…」

 有利は、その場にいる全員に向かって頭を下げると…ゆっくりとその身を起こしたときには、毅然とした面差しで背筋を伸ばした。

「俺は、行きます」

 きっぱりと言い切る声は静かで…けれど、揺るがないものを確かに持っていた。

「本当は、きちんと退位してから行くのが筋なんだと思うけど…」

 ガタ…っ

 一同が席を鳴らして立ち上がろうとするのを右手で制し、有利は発言を続けた。
 
「でも、俺は生きて帰ってきて…みんなの王で居続けたい。どうか…こんな我が侭な王ですが、みんなの王で居させて下さい。そして、お願いです…俺を、みんなの力で行かせて下さい」
「それは、命令ですか?」

 グウェンダルの問いかけに、ふるるっと有利の髪が揺れる。

「ううん、お願いです。俺から…ここにいるみんなに命令は出来ないもん」
「あなたは王で、私は臣下だ。命令権はある」
「でも、命令はしたくない。俺は納得して、グウェンに決めて欲しい。俺の願いを…無茶を承知で引き受けるって…!」
「無茶ですな…何もかもが」

 はぁ…っとグウェンダルは深い溜息をつき、そして…苦みを帯びた笑みで答えた。

「困ったものだ…。私は、自分で思っているほどは賢い男ではないらしい。そんな無茶な王を支持してしまうのだから…」
「グウェン…!」
「言っておきますが、条件は精査させて頂く。いつものように気まぐれな機能のままアニシナの魔道装置を動かすわけにはいかないし、魔力も十分に揃うまでは許可は出さない。最悪の場合、魔力不足によって旅立ちが認められない場合もあると理解しておいて頂きたい」
「うん!」

 素直すぎるお返事に、グウェンダルは困ったように小首を傾げた。

「…私が、故意に情報を操作する可能性は考えないのですか?」
「考えない」

 有利はふわりと…夏の太陽に透き通る清水の様な煌めきを湛えて微笑んだ。

「グウェンを、信じてる。あんたは信頼に足る男だもの」
「……っ」

 殺し文句に、グウェンダルは大きな掌で口元を隠すと…殊更に眉間に皺を寄せた。
 
 その苦い表情が内心裏腹なものであることは、誰の目にも明らかであった…。
 




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