Y.誇りと決断







 
 ガララララ………


 秋風の中を壮麗な装飾を施された馬車が走ると、落ち葉を踏んで遊んでいた子ども達を筆頭に、働いていた男達も、家事に精を出していた女達も…一様に笑顔になって手を振る。

「魔王様の馬車だよ!」
「魔王様ー!ユーリ陛下ーっ!お顔を見せてくださいなーっ!」
「馬鹿、魔王陛下のご尊顔をそう簡単に…」

 はしゃぐ子ども達を窘めていた女将さんは、ガラリと開いた小窓から顔を覗かせた美貌の魔王陛下に度肝を抜かれてしまった。

 見まごう事なき漆黒の髪を靡かせ、窓から身を乗り出して腕を振る姿はどんな絵物語に出てくるお姫様よりも愛らしい。

「魔王様だーっ!」
「わーい、キレーイっ!」
「カワイイーっ!!」

 きゃぁああああ……っ!!

「おいお前、子どもみたいにはしゃいで一体どう…」

 子ども達に混じって黄色い声を張り上げる女将さんに、夫は呆れたような視線を送るかと思いきや…

「うぉおおおおぉぉぉ〜〜っ!可愛いぃぃぃ〜〜っ!!」

 やはり魔王陛下のご尊顔を垣間見た喜びに、妻と手に手を取ってはしゃぎ回った。
 そのせいか、見守る子ども達の方が冷静になってしまったようだ。

「父さんも母さんもはしゃぎすぎだよ。僕は寧ろ心配だね!あんなに綺麗な魔王様が気さくすぎるっていうのは、危険なことだと思うな。不審な者に手出しされやしないかと冷や冷やするよ。側近の皆さんはもう少し気をつけて差し上げた方が良いと思うな」
「キース…お前、相変わらず口が過ぎるねぇ…そんなんで客商売がやっていけるのかしら?」

 宿の女将さんが長男の言いぶりに呆れたような声をあげると、心外だと言いたげに息子は鼻を鳴らした。
 硬い質の朱髪を一本結びにしたキースは大柄な少年で、庶民育ちの割には怜悧な顔立ちをしている方だろう。なにより希望に燃える切れ長の瞳が、彼の志の高さを顕していた。

「僕は客商売なんてやらないよ!」
「キースは大臣になるんだよなー」
 
 生意気盛りの弟がからかうような口調でそう言うが、キースは怒ったりはせず…寧ろ堂々と言い放った。

「そうさ!僕は勉強して勉強して…大臣になって、魔王陛下を支えるのさっ!」
「またこの子は…幾らあんたが勉強が出来るったって、唯の庶民の子がそんなもんになれるわけがないだろう?馬鹿なことを言うもんじゃないよ!」

 キースは確かに、王都の中でも抜群の成績を誇る少年だ。
 もともと計算に長けており、幼い頃から宿の経理を完璧に掌握して無駄を削っていったことで親を驚かせたものだったが、ユーリ陛下発案の《学校》なるものが出来てからは海綿が水を吸うような勢いで知識を飲み込んでいった。
 しかも彼は自分なりの応用を利かせて実生活に結びつける能力に長けていたから、《大臣》などと図抜けた夢を見るのも、この年頃の少年としては致し方ないところかも知れない。

 もしも低位でいいから、なにか貴族の端に連なる家門であれば…と、惜しまれること多々である。

 けれど、キース自身は全く自分の出自に問題はないと思っているようだ。

「母さんこそ馬鹿なこと言うなよ!それを出来るようにするんだって魔王陛下は仰ったじゃないか。身分による差別を無くすってさ。僕は魔王陛下の言われることを信じるぞ!何としたって…石に囓りついてでも眞魔国の重鎮になってやる!」
「そうねぇ…本当に、そうなればねぇ…」

 魔王陛下が誓った改革は、まだ軌道に乗ったわけではない。
 大きな変化をもたらすであろうその改革は、魔王陛下が《コーコー》と呼ばれる故郷の教育機関を卒業した後、計画を練って実施される運びであるからだ。 

『この子の望みが叶うような…少なくとも、能力があれば登用して頂けるような仕組みになるのなら、どんなにか励みになるでしょうけど…』

 こんなにも信じ切っている息子を見ていると、それがぬか喜びになるのを恐れてしまうのは愚かな母心なのだろうか?

 不敬極まりない想いではあるのだろうけれど…俄に天地がひっくり返るような大改革が起こるなどと信じるのは難しい。
 大きな変化が起こることを、実現してもいない内からありありと手に取るようにして夢想してみるには、女将さんは年を取りすぎているのかも知れない。


 もう遠くに消え去ってしまった馬車へと、女将さんは両手を合わせて祈りを捧げた。



*  *  *




 馬車が血盟城に入る頃には、すっかり夕刻になっていた。


 馬車から降りた村田は、出迎えた人々の中にレオを見いだすと…愛らしく小首を傾げてちょいちょいとコンラッドを招き寄せた。
 そして、レオも招き寄せて傍にあった台に寝かせる。

 二人の酷似した青年が神妙な顔をして、並んで横たわっている光景は何とも不思議なものであった。

「ウェラー卿、僕が手を叩いたら腹筋の力だけで上体を起こしてくれ」

 重々しくそう告げる大賢者を前にして、観衆達はごくりと息を呑んだ。

『なんだろう…何か、深い意味を持つ呪いが始まるのか!?』

 
 パァン…!


 村田の手が柏手を打つと同時に、コンラッドの上体が起きあがってくると…。
 横倒しになったレオから、コンラッドが《抜け出て》くるように見えた。


「はい、幽体離脱ーっ!」


 訳が分からず呆然としているレオ。
 訳は分かるが、《このタイミングでそのネタをやるか》…と、頬を引きつらせているコンラッド。
 吹き出しかけたものの…呆然とするレオに気兼ねして、笑いを何とか収めようと真っ赤になって踏ん張っている有利…。

 三者三様の反応を満足げに見やると、村田は頷いてから有利を促した。

「はい、掴みのネタはこんなもんで良いだろう。渋谷、僕たちもネタを煮詰めようか?」
「俺達に煮詰めるようなネタとかないだろ…」
「何言ってるんだい。あんな捻りのない…似てるってだけで簡単に出来るネタで吹き出しかけてる場合じゃないよ?」

 勝手にやらせておいてエライ言いぐさである。

「僕たちだってこの国じゃーお揃いの双黒なんだから!これを笑いに持ってかないで何の役に立たせるって言うのさ!」
「双黒って…別に笑いに役立てなくてもこの国じゃあ希少価値高いんじゃあ…」
「ノンノンノン!いっけっませんよ渋谷くぅ〜ん…。持って生まれた姿形だけでネタにしているようじゃ、洗練された笑いとは言えないよ?それじゃあ笑いの殿堂というよりは、見せ物小屋のレベルだ!」
「いや…俺、別にどっちも狙ってないし…」

 さっぱり訳が分からず無表情になってしまったレオの肩を、ぽん…っとコンラッドが叩くのだった…。



*  *  *




 夕食時になると、大広間には血盟城の《重鎮》達が顔を揃えた。

 絵に描いたような《疲労困憊》を呈するグウェンダル(どうにかこうにか紅い悪魔の魔手から逃れてきたらしい)を筆頭に、前魔王の息子達がテーブルに着くと、次男に相似した青年も隣接する席に座ることとなった。
 王佐であるギュンターも同席している。

 ギィとヨザックも同じ部屋には居るが、流石に遠慮して別卓に着いている。
 有利は《一緒に座ろうよ》と言うのだが、これはヨザック達の方が《食いにくい》と主張するもので、無理強いは出来なかった。

 そして有利と村田はと言うと上座に収まっているのだが…有利の方はその様な扱いに未だ慣れないようだった。

『それにしても…何と見事な光景だろう』

 美貌の少年達…類い希なその容貌を更に際だたせる漆黒の装いに、レオは飽かず眼差しを送り続けた。

 お揃いの黒衣は袖と裾が少し長く、有利のものには金糸を、村田のものには銀糸をもって刺繍が施されている。華麗なデザインはこの上なく二人に似合っているものの…有利の方は《食事時にこれはどうよ》とぶつぶつ言っている。
 確かに、有利にはもっと軽装が似合うだろうが…見ている分にはうっとりと見惚れてしまいそうな美しさである。

 有利がぽろぽろと食べこぼすと、その度に隣に座った村田が欠片を摘み上げたり口元を拭ってやるのだが、やはりその度にちらりとレオへと視線が送られるのはどういう訳なのだろうか?

『嫌われている…のだろうな』

 コンラッドがレオのことを村田にどう紹介したのかは不明だが、少なくともレオを見詰める村田の瞳には威嚇するような気配がある。
 恋心にまで気取られているかはともかくとして、有利を大切な宝物のように想っていると聞く彼のことだから、有利を危険な異世界に連れ去ろうとしているレオには、警戒を示しても仕方ないのかも知れない。

『だが、この少年…いや、この方を説得しないことには道は拓けない』

 もしも有利を連れて行くことが出来ないのだとしても、それならばせめて彼の懇意を得ておく必要があるだろう。
 伝説の大賢者の智慧を得る機会など、そうはないだろうから…。

「ねえ、君…よそんちのウェラー卿」
「レオと呼んで頂けますか?猊下」
「ううん、嫌」

 にっこりと愛らしく微笑んで、大賢者様は毒を吐く。

「い…嫌……ですか?」
「うん、嫌。だって僕、君とニックネームで呼び合うほど仲良しじゃないもん」
「…失礼しました」

 いきなり友好活動失敗。
 美麗な少年に徹底的な拒絶を受けるというのは、何ともがっくり来るものだ。

「村田、失礼なのはお前の方だよっ!なんで《レオって呼んで》って言ってんのにそんな意地悪言うんだよ!」
「えー?だって僕、基本的に略語で呼び合う付き合い自体したことがないんだよね」
「あれ?そういえば、俺のこと渋谷って呼ぶの…眞魔国だと村田だけか」
「君が名字で呼ぶのもね」
「んー…じゃあ、村田…俺とも仲良しじゃないんだな?」

 しょぼんと有利が肩を落としてしまうと、村田は何故かぎろりとレオを睨み付ける。

『ええ…?今の俺のせい!?』

 ぎょっとして左右を見回すと、ギュンターはおろおろと顔色を蒼白にし、三兄弟は同情に満ちた眼差しを浮かべている。

 《黙っていろ》…とグウェンダルの口が動き、
 《我慢しろ》…とコンラッドの口が動き、
 《何とかしろ》…とヴォルフラムの口が動く。

 無駄に積極性のあるレオは、よりにもよってヴォルフラムの助言に従ってしまった。
 
「ええと…この機会に、親しみを込めた呼称で呼び合ってみるというのはどうでしょうか?」
「えー…今更ぁ?」

 村田は不本意そうだが、有利は瞳を輝かせてその案に乗ってきた。

「いーじゃん、いーじゃん!折角だもん、お互い名前で呼び合おうぜ!」
「うーん…じゃあ、僕は君のこと…有利って呼べばいいの?」

 何故だか《ぽぅ》…っと有利の頬が染まる。

「ん…んー……なんか、今更改めて呼ばれると恥ずかしいなぁ…」
「そうだろ?ねぇ…僕の名前はどう?」
「ええと…健?」

 今度は《ぽぅん》…っと村田の頬が薔薇色に上気した。

『何なんだろう…この二人……』

 有利はコンラッドと愛し合っているはずなのだが、別に恋仲というわけでもないのに…この二人はまた、違った意味で深く結びついているらしい。

「あぁ〜…だ、駄目…恥ずかしい……何でだろ?日本語発音だからかな?ALTの女教師に《ユーリ》って呼ばれるのは平気だけど、国語の女先生に《有利》って呼ばれると恥ずかしいとかそういう感じ…」
「じゃあ、ゆーちゃん」
「うーん、それはそれで兄貴を思い出すから駄目だな、けんちゃん」
「あー、僕もそれ駄目だな。けんちゃんと呼ばれると、渋谷のことはチャコちゃんと呼びたくなるもの。僕は洗濯屋でもないしね」
「うん、やっぱ村田は村田だよね。一番しっくり来るや」

 出典が解りづらい発言は綺麗にスルーして、有利は勝手に得心いってしまった。

「僕も渋谷でいいや。だから、君はやっぱり《よそんちのウェラー卿》だな」
「はい、お好きなように呼んで下さい」

 結局、レオはコンラッドの助言に従うこととなった。
 最初からそうしておけば良かったとしみじみ思いながら…。   



*  *  *




「なぁ…村田、晩飯の時にレオに冷たく当たってたのって、必要があったの?」
「んー?いや、別にぃ?特に必要だった訳じゃないよ。…っていうか、苛めたつもりもないし」
「そおー?」

 ほわほわと湯気の上がる魔王陛下専用湯殿は、シャア専用というわけではないので別に紅くはない。《血の池地獄のもと》でも入れれば別だろうが、蒼をこよなく愛する当代魔王陛下の意向を反映してか水面には蒼い小花が浮き、その花の色素のせいかほんのりと湯も蒼く染まっている。

 保湿効果の高いこの花は、たっぷりと湯に入れておくと乾燥の季節にもお肌がすべすべになる。それが誰を喜ばせるか、有利が自覚しているのかどうかは不明だが…。

「《本家ウェラー卿》に比べると、ちょっと打たれ弱い感じだしね。あんまり弄ると僕が悪者にされそうだ」
「本家って…レオだって偽物なわけじゃあ…」
「そうだね、じゃああっちは《元祖ウェラー卿》にしよう」
「おみやげ物屋の攻防戦みたいだな…」

 唇を尖らせて有利が呟くと、村田はくすりと笑って肩に湯を掛ける。
 白くすべやかな肌を蒼い花が流れていき、水面でくるくると勢いよく回った。

「流石にもーちょっと骨のある男だろう?あの程度でへたれて貰ってちゃあ話にならないしね」

 眼鏡を外した漆黒の瞳は、良くものが見えていないらしく睫が伏しがちになる。
 そんな眼差しをすると、水滴を纏う目元が潤んでえらくこの少年を綺麗に見せるのだった。

「うん…そうだよね。頑張って疑いを晴らしたりしなくちゃいけないんだもんね?」
「ああ…そうだね。だけど…それだけで満足して貰っちゃ困るんだよ」

 頬に指を当てて、何かを想うように虚空を見詰める村田の口元は…つぃ…っと引き上げられて、悪魔めいた美しさを呈するのだった…。



*  *  *




「よう、隊長…先にやってるぜ?」
「飲んでいるのはお前だけのようだな」

 レオとギィの為に用意された部屋をコンラッドが訪ねると、先客が居た。ヨザックが先に酒を持ってきて、手酌で呑んでいたのだ。
 しかし、流石にレオやギィは口を付ける気にはならなかったようだ。

 明日…村田と会談を行うことになっているからだろう。

「なあ、コンラッド…何か猊下の機嫌を取る方法ないのだろうか?」
「俺に聞くな」

 困ったように眉根を寄せるレオにも、コンラッドは淡泊な返事を寄越すほか無かった。

「基本的に、俺も嫌われているからな…」
「何故?」
「眞王陛下のご命令に従って、ユーリと袂を分かったことで酷く傷つけてしまったからだろう…」
「ああ…」

 宿屋で聞いた話を思い出して、レオは納得したように頷いた。
 ふと、コンラッドの表情が自嘲めいたものを払拭する。過去のことにかかずらっている場合ではないことを思い出したように…。

「眞王陛下と言えば…今日、眞王廟で色々と分かったことがある」
「教えてくれ」

 レオも冷静な眼差しを取り戻すと、コンラッドの話に聞き入った。
 眞王廟で知り得る情報は、レオにとって極めて重要な事項である筈だ。



*  *  *




「なんということだ…」
「…皮肉なもんだな」

 聞き終えたレオとギィは暫く言葉もなかったが…数分の後に溜息と共に漏らした声にも、何とも言えない苦渋が満ちていた。

 彼らの運命を分けたものが、創主に取り込まれかけた…眞王自身が発した命令によるものだったとは…。

 レオは暫く物思いに耽っていたが、上げた目線はそう重苦しいものではなかった。

「おそらく、俺達の世界はとても近しい要素を持ってはいるが…少しずつ食い違いを見せているのだと思う。俺は今日…グウェンダルやヴォルフラムと話をしていてそれを感じたんだ。どうも、俺があの選択をする前にも幾らか違う事象が起こっている。俺の世界では…少なくとも、グウェンダルの元に足繁くフォンカーベルニコフ卿が訪れるという事象は存在しなかった」
「それは…グウェンにとって幸せなのか不幸なのかはよく分からないが…取りあえず、アニシナの研究は滞るだろうな…」
「あとは、ヴァルトラーナが混血を嫌う理由が違うのだ。あちらでは、彼は婚約者を人間の夜盗に惨殺されているせいで、非常に恨みが個人的かつ根深いものになっている」
「ヴェローナ卿アンシア殿が?まさか…」

 《殺しても死なない方だとばかり…》という台詞は流石に飲み込んでしまう。
 ヴェローナ卿アンシアは美貌を謳われる女性だが、気っ風の良さが災いしてヴァルトラーナとは喧嘩するほど仲が良いというか…本当に血みどろの喧嘩をしてしまう関係にある。

 だが、ヴァルトラーナの方はなんだかんだ言いつつアンシアにベタ惚れであり、幾度も破局の危機を迎えては寄りを戻すという《愛の波乗り遍歴》を繰り返しているのだ。

 ところが、アンシアの方もこの婚約者をそれなりに愛してはいるものの…実は、彼女は熱烈な《ウェラー卿コンラート信奉者》なのである。
 
 もともと差別意識が高く、純血の誇りが満ち溢れすぎて零れているような男のこと…その事実を知ったときには烈火の如く激怒して、流石に婚約破棄まで行きかけた。

 しかし、アンシア自身が悪びれもせず《コンラート様は鑑賞対象ですもの!》と言い張ったことで結局は元の鞘に収まったらしい。

 コンラッドにとってはとばっちりとしか言いようのない展開なのだが、そんな理由のために随分とわりを食ってきたものだった。

「こちらでは襲撃があったのかどうかは分からないが…ともかくも無事に生き延びて、結婚まで漕ぎ着けられたそうだな?」
「ああ、相変わらず凄まじい夫婦喧嘩をしておられるらしく、緊急に十貴族会議が執り行われたときには顔の半分が木の幹に寄生した茸みたいになっていた事があったがな。青とか赤とか紫とか…色とりどりの変色を起こしていて凄まじい顔貌だった…」

 思い出したのだろうか…コンラッドの背筋がぞくりと震えている。

「うん…それは気の毒ではあるかも知れないが、それでも離婚されないところをみると幸せなのは幸せなのだろう?少なくとも、シュトッフェルと連合を組んでどうこうという動きは見せていないと聞いたが…」
「そうだな。シュトッフェルの権威が失墜するまでは足並みを揃えていることが多かったが…連んでいても利無しと分かってからは別行動を採ることが多くなった。いや…時期的に考えると、寧ろヴァルトラーナが陣営から離脱したことが、シュトッフェルの権勢を一気に衰退させた原因かも知れないな…」
「おそらくヴァルトラーナがそのように選択したことには、そこまで人間嫌い…混血嫌いが深刻でなかったことが関わっているのだと思う」

 だとすれば、婚約者アンシアが無惨な最期を《遂げなかった》という事実は、眞魔国の政界に大きな影響をもたらしたといえる。

 おそらくは夜盗に襲われる筈だったその日に、少しだけ月明かりが翳っていたとか…通った道筋が違っていたとかきっと些細な違いだったのだろうが、その事でこちらのアンシアは死なずに済んだのだ。
 それが…未来にどんな影響を与えるか全く知らぬまま…。

「だとすれば…ひょっとすると、レオ…君があの時、魂を運んでいたとしてもやはり別の歴史が動いていた可能性があるな…」
「そうだな…だが、今更言っても仕方のないことだ…」

 コンラッドの慰めの言葉を有り難く受け止めながらも、レオは寂しげに苦笑するしかなかった。

 《もしも》の話を幾ら積み上げたところで、やはりレオの世界は崩壊に直面しているのだから…。 

「今はとにかく、猊下の好意を得たい。何としても…」
「なら、腹芸だけは用いない方が良い」

 機嫌を良くさせる方法は知らないが、悪くさせる方法なら熟知しているらしいコンラッドが、素早く助言を寄せた。

「小賢しい真似をするなと言うことか?」
「そうだ。あの方は幼く見えるが、その智慧は万里を見通す。《説得してやろう》等という意図で口を開けば容赦なく叩き潰されるだろう」

 経験者は語る。

「そうか…。では、単刀直入に訴えた方が良いのだろうか?」
「ああ、決して彼の前で嘘を言ってはならない。勿論、真っ正直に言ったところで《馬鹿野郎》と言わんばかりに冷笑される危険性はあるが、あの方は…少なくとも賢いつもりの愚か者よりは、真っ直ぐな馬鹿がお好きだ」
「おい、まさか…ユーリもそうだと言うんじゃないだろうな?」
「あんたも大概失礼だな…ユーリは別格だ。多分…」

 言っていて自信が無くなったのだろうか?
 コンラッドはもにもにと唇を枉げて口籠もった。

「とにかく、精神力を回復させておけよ…明日はかなりの揺さぶりを掛けて、あんたの精神力を観てくる筈だ」
「そうだな…対策を下手に講じない方が良いようだ…」


 眠れるかどうかはともかくとして、せめて身体だけでも休めておく必要があるだろう。
 決戦は、明日なのだから…。




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