第二章 XーC 眞王廟に向かうと、知らせを受けていた巫女達が迅速に対応してくれた。 魔力の強い巫女と連携して有利が魔力を集中すると、石造りの巨大な部屋の中に燐光に似た蒼い光が溢れ…その中から双黒の少年が姿を現した。 地上1m位の所からふわりと降り立った少年…村田健は学校指定のブレザーを纏い、小脇に鞄を抱えていた。 どうやらあちらでは学校に行っていたらしい。 「渋谷…」 「村田、呼ぶのが遅れてゴメンな?心配した?」 少し頬がこけているように感じる友人の肩を掴むと、華奢な体躯がふらりと揺れた。 「村田…具合悪いの?」 「少し…お腹が空いているだけだよ。ねぇ…何か消化にいいもの食べさせて貰えないかな?」 「う…うん!ウルリーケ、お粥さんとかある?」 「ええ、すぐに用意します」 「村田、それまで横になっとこうよ。ふらふらしてるし…。ああ、何か顔も…じゃなくて、顔色も悪いよ?」 「うん……」 力無く答えるものの、村田の声には安堵の響きがある。 これは余程、有利が空間の狭間で拾った男達のために消耗したことを心配していたらしい。 「お粥出来たら、ふーふーして食べさせてくれる?」 有利にもたれ掛かりながら甘えるようにお願いしてくる友人に、頷きつつも有利の表情は複雑だ。 「いいけど…。何か、《お粥が出来たよお父っつぁん》って言っちゃいそうだな…」 「いや…そこは新婚の夫が体調を崩したときに、新妻がするみたいにして欲しいんだけどね…」 「……相変わらず希望がマニアックだよね…」 「何言ってるんだよ。君だって体調を崩すたびにウェラー卿にやって貰ってるんだろ?」 「あの…村田サン?なんでそんなこと見てきたみたいに言うの?」 「やってないのかい?」 「………………やってるから不思議なんだよ。外ではやってないもん……」 もにもにと下唇を噛みながら呟く友人に、村田は人の悪い笑みを零した。 「君達がやりそうなことくらい見当がつくさ」 「流石親友…って言って良いのかな?」 「ふふ…」 くすくすと笑う村田の頬にはようやくほんのりと生気が戻ってくる。 『やっぱ…凄い心配してくれたんだよな?』 村田については、ここ数年の間に随分と印象が変わってきた。 創主を倒して地球に戻されるまでは、《親友》とは呼びつつも、いつもどこかに大きな秘密を抱えているような村田に、少し遠いものを感じていた。 何もかも把握していて、何もかも超越していて…有利の小さな悩み事や躓きなど、彼にとっては取るに足らないものであるように感じていた。 特に、創主に取り込まれ掛けていた間などは、村田に背を押されて創主の蜷局の中に踏み込んでしまったせいもあって、自分の存在自体が村田の中では酷く軽いものとして扱われているように感じた。 けれど…地球に戻ったとき、虚脱状態になっていた有利を心から心配してくれた村田は、決してそのように見ていたわけではないことを教えてくれた。 『村田は…いつも冗談めかしてるけどさ、すげぇ…良い奴なんだよね』 四千年分の知識…想像の域を越える量の記憶を持ちながら、《村田健》としての自分を懸命に護ろうとする彼は、とても生きることに真摯な少年なのだと思う。 村田健として渋谷有利を認め、村田健として生きていく。 過去に振り回されずに生きようとする彼が、それでも敢えて眞王の意志に従ったのは、きっと自分の代で終わりにしたかったからなのだと思う。 延々と引き継がれていく《大賢者》としての系譜を。 『だとしたら…レオは、分が悪いかも知れない』 村田は眞王に対して愛憎入り交じる感情を抱いている。 眞魔国を支えてきた《主》に対する、四千年分降り積もった…どうにもならないほどの忠誠心。 そして…《村田健》のアイデンティティーを脅かす者への嫌悪。 特に、その遣り口を嫌悪しながらも眞王の片棒を担ぎ、有利を窮地に追い込み…下手をすれば創主と同化させてしまったかも知れないことは、彼の中で大きな十字架となっている…らしい。 その眞王に対して、レオは決然と拒否を示しているのだ。 しかも…その選択によって、あちらの眞魔国で有利が生まれたとしても魔王になることは決してない。 『そうだ…あっちの村田って、どうしてるんだろう…』 いつの日か、創主を打ち倒す最強の魔王を作り出して使命を終え…累々と積み重ねられていく記憶をまっさらにして、唯の人間、あるいは魔族として生きていく…。 それだけを支えにして生きてきた村田が、あちらの世界では一体…どうやって暮らしているのだろう? あちらの眞王廟では、不気味な液体の中に捕らえられた眞王と巫女達が彷徨っていると言うが、とてもそんな状態で村田と連携が出来るとは思えない。 村田は知らせの来ないまま…地球で、莫大な記憶を抱えて…一人、生きているのだろうか? 考えたら、何だか泣きそうになってしまった。 「どうしたんだい?」 「え…?」 言われて目元を擦れば、涙が浮かんでいることに気付いた。 まさか、向こうの世界の村田を思って泣いていたなんて言えず…有利はごしごしと乱暴に袖口で目を拭った。 「駄目ですよ、ユーリ…。ほら、上を向いて?睫毛が入ったのかな?」 「ん……」 コンラッドに上向かされてぱちぱちと目を瞬かせれば、何も入っていない瞳から尤もらしく《睫毛》が抜かれる。 「ユーリは睫毛が長いから、入ると酷く痛いでしょうね。とても可愛いですけど…」 「あんたこそ、伏せると意外と長いんだよね。光に透けてたりすると綺麗で…」 「あのさ…君達、いちゃつきたいのなら他でやって貰えないかな?」 有利の頬を両手で包み込んだままコンラッドが微笑み、有利もまた見惚れるようにコンラッドを見返すものだから、村田はすっかりご機嫌を急斜面にして眉間に皺を寄せる。 それでも形状は《笑顔》なのが流石だ。 眼鏡も眩しいほど光っていて、怖い。 「ね…あっちで横になろう?村田。ちょっと元気にはなったけどさ、やっぱり顔色悪いよ?」 「君も添い寝してくれる?」 「うんうん。何でもしてあげるからさ」 妙に甘えてくる村田をぎゅうっと抱きしめながら…有利は優しく囁く。 その鷹揚すぎる態度に、村田が何かを想うように目を眇めている事には気付かずに…。 * * * 上着を脱いで、兄弟猫のように仲良くお布団に入った村田と有利は、見守るコンラッドが目尻を下げてしまうくらい愛らしい姿であった。 暫くすやすやと眠ってから、《ふなぁ…》っと伸びを打って目覚めると、これまた仔猫のように愛らしい。 用意されたお粥を口にすると、約束通り有利にふーふーして貰ったせいもあってか、村田は幾分顔色を回復させた。 「随分お腹空いてたみたいだけど…昼飯食ってなかったの?」 「ん…ちょっと風邪気味だったみたいでね。食欲がなかったんで、ここ何日かまともな食事をしていないんだ」 それでも、今はある程度回復してきたらしく…有利が冷ましたお粥を口元へと運べば、美味しそうに口をつける。 顔色も回復してきたようだ。 「なぁ、村田。俺が居ない間、あっちじゃあどのくらい時間経ってたのかな?」 「3日たってるよ。ちなみに、僕が旅立ったのは2月5日の月曜日の15時12分時点だ」 「そっかぁ…」 眞魔国では現在秋口だが、地球では年を越えて2月に入っている。 3年クラスはそれぞれの生徒が受験に赴くために全員が揃う日は殆ど無いが、有利は受験しないので毎日通っていた。 残り少ない地球での日々を…満喫すべく。 「あ…しまったなぁ…。俺、課題の入った鞄、空間の狭間に流しちゃったよ…」 もとはと言えば、月曜日が締め切りの課題を仕上げる…というのが有利に科せられた使命(?)だったのだ。その為の資料を家に忘れてしまい、それを取りに一人で地球に戻ったら眞魔国へと赴く途中にレオとギィを拾った。 有利は時間を遡ることまでは出来ないから、どう頑張っても課題提出には間に合うまい…。そもそも、欠片も出来てないし。 「あーあ…やばいなぁ…。俺、卒業できんのかな?」 卒業試験は一週間後…。 その前に、課題を出しておけばかなり成績の底上げが出来たのだが…。 「すぐに地球に戻れば大丈夫だよ。また僕が見てあげるからさ」 「うーん…それが、そのぅ…」 《帰れないんです》というその理由を何処から言えばいいのか分からなくて、有利はもにもにと口籠もってしまう。 「………何?どうかしたの?」 心なしか村田の眼鏡の光り具合が激しくなっているような…。 有利はびくびくと仔うさぎのように背を震わせると、両手を胸の前に組んで上目づかいに村田を見詰めた。 「おやおや…ナニ可愛い顔してるのかな?」 「いやいや…カワイクなんかなくて良いんだけど…」 「まさか、地球に帰れないような事情が出来た…とか言うんじゃないだろうね?」 「ううん…それがね?村田サン…ちょっと落ち着いて聞いて貰えるかな?」 村田はギラギラと輝く眼鏡をくぃっと中指で引き上げると、有利の話に耳を傾けた。 * * * 「ふぅん…君が魔王にならなかった世界のウェラー卿とヨザックを拾っちゃった訳かい?君って人はさぁ…どうしてそう面倒事を積極的に引き寄せちゃうのかな?」 「うう…すみません」 「ま、こちらに出来ることはしてあげようじゃないか。何なら、また魔石化させた眞王をもたせてやってもいいよ?」 眞王の地位…そこまで下落か……。 ちょっとしたお土産状態である。 折り詰めにして、千鳥足で持ち運びしたくなってしまう。 「うん、可哀想だもんね。レオとギィ…」 「うんうん…あー、カワイソ川獺だよ」 ちっとも可哀想ではなさそうな口調ながら、村田が笑ってくれるので有利はちょっと嬉しい。 これなら、思い切って言ってしまっても大丈夫だろうか? 「それで…あのね?具体的なことは色々と村田や眞王にも聞いて決めていこうと思うんだけど…出来れば俺…あっちの世界に行って、何かお手伝いしたいなーって思ってるんだけど」 「ははは…冗談だよね?」 「えぇーとね…本気デス……」 バァン……っ! 不意を突かれて、有利はびくりと震えた。 一瞬…何が起こったのか分からなかったが、数秒が経過して初めて…状況を理解した。 村田の掌が自分の頬に向かって閃いたかと思うと…素早く間に入り込んだコンラッドがその頬で打撃を受け止めたのだ。 コンラッドの身体能力であれば、手で防ぐことも十分できたと思う。 けれど…コンラッドは敢えて自分の頬を差し出したように見えたし、撲った村田もまた、自分が叩いたものが有利ではなくコンラッドであることに納得しているようだった。 「ウェラー卿…君は、同意したんだね?」 憎しみと怒りが、声に滲む。 「はい」 「何故だ?君達は…渋谷が卒業すると同時に結婚することに決まっているだろう?何故そんなに簡単に決めてしまったんだい?君は…僕が思っていたよりも愚かな男だったということか?」 「愚かではあるかも知れません。ですが…俺の願いは常に、ユーリの願いを成就させることです」 コンラッドの声は平静そのものだった。 殴られることは、彼にとって必然のことであると認識していたかのように…。 「自分を忠義者だと言いたいわけかい?渋谷の本当の幸せを護ることが君の役割ではないのか?」 「そうです。俺は…ユーリの幸せを第一義に考えています」 「だったら、何故なんだい…。渋谷はこの眞魔国で為すべき事を全てやり遂げたんだ。これ以上、自ら飛び込んでまで苦難に直面する必要が何処にある!?渋谷は平穏な幸福を追求するべきなんだ!」 二人の間には凄まじい緊張感による軋轢が生じ…激突によって飛散する火花が見て取れるようだ。 「僭越ながら申し上げれば…それは、ユーリの幸福ではなく…猊下の志向される幸福であるかと存じます」 バシィ…っ! 更にしなりを効かせて村田の手がコンラッドの頬を打つ。 爪先が引っかかったのだろうか…頬には紅い筋が三条ほど横筋を描いていた。 「止めて…村田…っ!」 また振りかぶる腕へと有利が両腕を絡めるが、華奢な友人は信じられないほどの力を見せて足掻くと…逆に有利の肩を掴み、指を食い込ませんばかりにしてめり込ませてきた。 「渋谷…君は、救世主にでもなったつもりか?」 「そんなわけじゃ…」 畳みかけるように、彼らしくもない激昂が続く。 「じゃあ一体何様のつもりなんだ?天使か?神様か?そうやって、何もかも無くすまで身を磨り潰していくつもりかい?何の義理があって異世界なんて救いに行こうとしてるんだ?」 「救えるなんて思ってない…!ただ…手伝いたいんだ」 「だから、どうして君はそうなんだって言ってるんだ!どうして…助けたいなんて思えるんだ!?君は…あちらの世界では選ばれなかったんだぞ!?あっちのウェラー卿は顎割れ野郎への情に負けたんだ。滅びるというのなら勝手に滅びればいいっ!君には微塵も関係ないことだ!」 「そんなことない!」 有利は何とかして理解して貰おうと両の拳を握りしめ、胸に込み上げてくる想いを言葉に変えようと意を尽くした。 《関係ない》…その一言で全てを終わらせてしまえるのならそうしている。 でも…今、こんなにも有利の心は滅びに向かう《眞魔国》へと向けられている。 確かに、有利は魔王として召還されなかった。 だが…そこにはやはり確かに、有利が知る人々に…あまりにもよく似た人々が日々を精一杯に生き、滅び行く世界の中で何とかして暮らしていこうと藻掻き続けているのだ。 全てを救えるなんて、思い上がるつもりはない。 きっと…力及ばず死なせてしまう人達が沢山いる。 でも…でも…! それでも…… 助けたいのだ……っ!! 「助けたいんだ…助けたいんだよ、村田っ!」 迸るような声が喉奥から溢れ、怒りに打ち震える村田の顔を見てさえも…止めることが出来なかった。 「誰のためでもない。俺が…俺が、助けたいと心から願っちゃうんだ!」 爆発するように叫んだ有利は、そのあまりにも幼稚な…その分、修飾しようもないほど純粋な想いを赤裸々に提示して見せた。 だって、どんなに賢そうな表現をしようとしたところで、きっと意味はない。 もっと賢い村田には簡単に論破されてしまうことだろう。 どう言い繕ったって、有利のしようとしていることは唯のお節介の域を出るものではないのだから。 それでも、これは有利の願いそのものだ。 村田がどう感じようとも、少なくとも…有利がそう望むことだけは止められはすまい。 「渋谷…君は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ…っ!」 「村田……っ」 村田の眼鏡の奥にあるものを見て、有利は絶句した。 村田は…泣いていた。 大粒の黒瞳一杯に涙を浮かべて、ぼろぼろと涙を零していた…。 「幸せに…なれるのに……もう少しで、誰からも祝福されて…平和になったこの国で幸せになれるのに…っ!どうして君はそう…危険の中に首を突っ込んでいくんだ!?」 「村田…村田……泣かないで?」 こんなに明瞭に村田が泣くところを見るなど初めてのことで、有利はおろおろとしながら友人の細い肩を抱き寄せた。 「危険かも知れないけど…でも、今度はちゃんと準備していくから…。だから…お願い、村田…。俺に協力してくれよ」 「嫌だ…っ!」 村田は頑是無い子どものように頭を振ると、涙を溜めた瞳でぎろりと睨み付ける。 「誰にでも同情して…全力を尽くして…君はいつか、その優しすぎる心を吸い尽くされて死ぬことになるぞ!」 「死にたくはないよ…だから、死なないようにするから…だから…お願い。村田…」 「どうしてそう……っ」 村田は荒々しく眼鏡を外すと、有利の肩口にぐりぐりと顔を擦りつける。 シャツ越しに染みてくる熱い涙が、普段は冷静さを失わない彼の動揺そのもののように感じて有利は言葉を失った。 こんなにも…有利は想われていたのだろうか? 「嫌な…予感はしていたんだ。君が空間の狭間で、生きた人間を拾ったと聞いたときからね。そんな空間に人がいるなんて尋常な状況じゃあない。眞王か…眞王並の力を持つ者の関与が考えられる。そんなものが関わっているとなれば、君は何らかの形でその事件に巻き込まれてしまうだろうと…っ!」 「予測済みだったんだ……」 村田には眞王廟を通じて連絡を入れていた。 地球にいる間中…村田は起こり得る最悪の事態を想定して追いつめられていたのか…。 「そうさ…ああ、全くね!君と来たらどこまでも僕の予想通りに動いて…そして、一度決めたら僕がなんて言ったって譲る気はないんだろう!?結局君は、何だって自分で決めてしまうんだ…っ!」 「そうだよ…」 村田の背をぎゅ…っと抱き寄せながら、有利は次第に心を決めていった。 揺れた思いで、今の村田に対応することは出来ない。 いつもいつも当てにして…相談事を持ちかけてばかりの有利だけども、それでも自分自身考えて決めたことなのだ。 だとすれば、《お願い》する前に決然と示さねばなるまい。 己の決意というものを…。 「俺…行くよ」 ゆっくりと村田の身体を引き離し、有利は眼鏡越しでない友人の瞳を見詰めた。 涙に濡れた黒瞳は、上目づかいに有利を睨め付けている。 「……どうしても?」 「うん、行く」 「君の国はどうするんだ?君の…民だぞ?」 最も痛いところを突かれて、反射的に眉根が寄る。 そう…それは、自分の結婚がどうこうよりも遙かに有利の胸を締め付ける事柄だった。 けれど…全てを掴むことが出来ないのなら、今の有利にはこの選択肢しかないのだ。 「突き放すのか?君は…この国を、差別のない国にすると民の前で誓ったじゃないか!」 「そうだよ。だから…俺は必ず帰ってくる。この国のみんなと一緒に、差別のない…少なくとも、差別があったとき《それはいけないことだ》って…声を上げられる国にしたい。だけど今は…どうしても行きたいんだ」 「なら…どうして……っ!」 「助けたいから」 「……もぅ!」 村田は苛立たしげに足を踏みならし、足の裏についた何かを粉々にしてやりたいとでも言うように…執拗に蹴り続けた。 「この頑固者…!」 「そうだよ。俺は頑固で馬鹿で聞き分けのない、無責任極まりない王様だ。だったら、見捨てるか?大賢者様!」 「出来るならそうしてるさっ!出来ないからこんなに困ってんだろう!?」 村田の怒号を打ち返すような勢いで、有利は気迫の籠もった獅子吼を返す。 「だったら、どこまでもついて来いよっ!」 「……何?」 戸惑うように…村田の瞳が揺れた。 「どんなに呆れたって、見捨てないって言うのならついて来いよっ!そんで、俺が死なないように見張っててくれよっ!俺だけが村田の王様だって思ってくれるのなら、俺を最後まで見守ってよ!」 「……どれだけ我が侭者なんだ君はっ!」 「眞王とどっちがタチが悪いと思う?」 「…良い勝負だよ。僕にとっては、君への思いが深い分…余計にタチが悪いくらいさっ!」 有利は、苛立たしげに舌打ちする村田に手を伸ばした。 手を、握りかえしてくれることを願いながら。 「ついて来いよ…」 「……」 村田は何も言わずに、じぃ…っと有利の手を見返した。 ぶらりと降ろされた手は、ぴくりとも動かない。 けれど…拒絶もしない。 「僕を…捕らえる気か?」 かつて…四千年の昔に交わした約定によって、輪廻の檻に捕らえられた村田。 可哀想な村田…。 そんな彼をまた捕らえようとしている有利は、決して天使などではない。 残酷な、利己主義者だ。 それが分かっていて尚、村田に選んで欲しくて手を伸ばしている。 『俺は、俺の罪を真っ向から認めるよ。お前に…酷く残酷な事をしてるって、分かってる。許しなんか請わない』 許してくれなくて良いから、ついてきて欲しい。 きっと…四千年前の眞王もまた、こんな子どもっぽい欲望を大賢者に押しつけたのではないだろうか? 「嫌になったら、何時だって俺を捨てて良い。でも…嫌じゃない間は、お願い…。俺と、一緒にいて?」 熱烈な告白にも似た言葉は、甘い茨の檻で怜悧な大賢者を捕らえてしまう。 「狡い…君は」 「そう?」 「僕が抵抗できないことを知っているんだろう?」 「………」 そう、実はちょっと分かっていたので返事がしにくい。 村田は誰からも尊崇され…同時に恐れられてもいる存在だが、そんな彼が眞王の命令には文句を言いつつも従ってしまったのは何故か? 彼は…自分が認めた者の意志には、最終的には付き合わされてしまうのである。 要するに、意外と尽くし系なのだ。 「…………………お願い」 語尾にハートマークをつけて上目づかいにお願いすると、忌々しげに村田は腕を上げた。 自分自身嫌でしょうがないようだが…村田は自分で決めたことは、どんなリスクがあろうとも絶対に守ってしまうことを知っている。 今ここで有利の手を取ることが、千万の約束の言葉や署名に勝ることを、誰よりも認識しているのだ。 それでも…村田の手は有利の手を掴んだ。 もう瞳に涙はなく、代わりに…諦めにも似た色があった。 「全く…ようやく眞王と縁切りできたと思ったのに…。君ってば、魅惑の魔王様なんだからさ…」 「ゴメンね?」 「ほら、そんな風に可愛く上目づかいにねだられたら、断れないって最近分かって来ちゃってるだろ!?」 「うん…取りあえず兄貴とコンラッドには超効果アリなのは知ってる」 「もー……。責任取ってよ?」 「どうしたら良いんでしょ?」 村田は泣きはらした瞳に眼鏡を掛けて、漸く笑みを浮かべた。 「…幸せになってよ。最終的にさ」 「村田……」 村田が本当に…たまーに見せる純な笑顔というのも破壊力が凄まじい。 有利は思わず頬を染めて、俯いてしまうのだった。 |