W.旅路






「魔王さまー、冠つけたげるね」
「あたしは首飾り作ったの!首に掛けたげるー」
「ありがとう。嬉しいな」

 この村に入ってから4日目、有利はすっかり町の子ども達のアイドルと化していた。
 今日も高台で遊んでいたら、花畑で遊んでいた少女達が綺麗な花冠と花輪を作ってくれた。
 少々恥ずかしいが…気持ちはありがたく受け止めたい。有利はにっこりと花のように微笑んで、少年少女に歓声を上げさせたのだった。

 控えめな気質の村人達は、大人になると《迷惑を掛けてはならん》と考えるのか、遠目からちらちらと《お慕い申し上げております》と言いたげな眼差しを送ってくるだけなのだが、子ども達には遠慮がなく、有利の顔を見ると花だの飴だのを捧げようとわらわら集まってくるのだった。

 有利は有利で、もう鋼にヒト型をとらせることが出来るほど回復したのだからと、《元気証明》を出して外に駆けだしていく。
 
 ヨザックが縫ってくれたボールと、コンラッドが切り出してくれたバットを使って野球をしたり、鬼ごっこや隠れん坊をしたりして毎日遊び回っていた。

 そんな日々が、ずっと続くのではないか…そんな幻想を子ども達に抱かせるようになった頃、高台で遊ぶ有利達を見守るコンラッドが、街道を進む一群に気付いた。

 二つの馬車と警護隊を率いているのはギーゼラだ。
 有利の体調が思ったよりは良好であることを伝達したので、彼女はそれほど無理をせずに、本隊を率いて旅を続けたようだ。

「ユーリ…お迎えが来たようです」

 暖かな日差しが、少しだけ翳ったような気がした。
 
「そっか…」  

 楽しいだけの日々が、終わりを告げる。
 これから、有利達は気合いを入れて調査を進め、大切な人達を説得して行かなくてはならないのだ。

 そしてそれが上手くいったとしたら…行ってしまったからこそ、大きな試練に立ち向かわねばならないのだ。

「レオ…ギィ……旅支度、出来てる?」
「ああ、今日出発するだろうと聞いてはいたからな。それに、俺達は殆ど裸一貫でこの国に来たんだ」
「そうだよね…」

 旅支度は、寧ろ心の中のものだろう。

「行こうか…」

 宿へと足を踏み出していく有利を、何かを予感したように寂しげな顔で…子ども達が見守っていた。



*  *  *




「陛下…お体の具合は本当に大丈夫ですか?少し、顔色がお悪いようですけど…」

 ギーゼラが用意してくれた黒衣を纏うと、有利は世話になった人々に別れを告げて、馬車に乗り込んだ。
 すっかり仲良くなった子ども達はみんな瞳に涙を浮かべて、可憐な白い花を一輪ずつ有利に捧げてくれた。

 花の名は、カリナ。
 《私を忘れないで》…そういう花言葉を持つ、秋の花なのだそうだ。

「ううん…平気だよ。ギーゼラこそ、レオとギィの傷治して疲れたろ?」

 4人乗りのゆったりとした馬車は、一台に有利と鋼、ギーゼラを乗せ、もう一台には具合が悪くなったとき横になれるようにと毛布を敷いて、ギィとレオを乗せている。

 コンラッドはギーゼラに代わって警護隊の指揮を執る為に先頭を騎馬で駆け、ヨザックは町で手に入れた馬に乗って少し離れて走っている。
 万が一襲撃されたとき、遊撃隊になるためだ。

「大した力は使いませんでしたわ。ご心配なく」
「ギィの傷は特に深かったろ?」
「そうですね。ですが、彼はまだ若いですし、身体も丈夫なようです。あそこまで治癒が終わっていれば、後はただ転がしておいても治りますよ。私は…寧ろ、陛下の方が心配ですわ」
「俺…?俺はもう元気だよ」
「ですが…余分な男二人を抱えて空間を渡り、あれだけの深い傷を一気に治癒されたのでしょう?魔力と体力の消耗を甘く見てはいけませんわ」

 ギーゼラの細い指が、深緑の軍服に食い込んでいく。

『そっか…ギーゼラさん、治癒に力を使いすぎたジュリアさんを、目の前で亡くしてるんだ…』

 しかもジュリアに頼まれた彼女は、死後その遺体が悪用されぬようにと、徹底的にその身を焼き尽くしたのだ。
 有利の魂がジュリアのものであることを彼女は知らないけれど…それでも、近しい人が魔力を消耗するたびに思い出さずにはいられないのかも知れない。

「うん…気をつけるね」
「私こそ、出過ぎた真似をしてしまいました。申し訳ありません」

 ギーゼラは女性らしいはにかみを見せて、さらりと耳に掛かる髪を指先で掻き上げた。
 大人の女性らしい仕草に、つい有利は胸をときめかせてしまう。

「それにしても…あの二人、どういう方達なのでしょう。あんなにもウェラー卿とヨザックに似ているなんて…偶然とは思えないのですが」

 ギーゼラには、詳しい事情はまだ何も話していない。
 まだ、どこまでの情報を流して良いか分からないからだ。

「うん…後でまた説明するね?ちょっと入り組んだ事情があるんだ」
「ええ、グウェンダル閣下や父と話されてからで結構ですわ」

 ピィィーー……

 高い口笛の音が響くと、隊列が止まる。
 夕食の時間になったのだ。

「あ、ご飯はみんなで食べても良いかな?ギーゼラも一緒で良い?」
「ええ、よろしければ同席させてください」

  

*  *  *




 隊列が止まってもすぐ夕食にありつけるわけではない。

 万一の襲撃に備えて馬車の周りには陣形が組まれ、当番兵が炊き出しを行うことになる。
 ただ、当分は清流に併走する街道を通るため、水を運搬しなくて済むことと川魚がふんだんに捕れることが嬉しい。
 当番兵は二手に分かれ、燃料収拾と囲い込み漁を始めた。

「差し棒はこの辺でよろしいでしょうか!?」
「深く差しとけよー?魚の重みで転覆しちゃしょうがないからな」

 川岸近くに網を仕掛けると、兵士達は声を掛け合いながら水しぶきを飛ばして魚を追い込んでいく。

 その賑やかな雰囲気に接して、双黒の魔王陛下が大人しく実としているはずがない…。
 有利はひょいひょいと馬車から出てくると、ぐいっとズボンの裾を上げて川に入ろうとした。

「陛下!その様なことをされては…」
「いいっていいって!ちょっとは動かないと身体がなまるよ。第一、働かざる者食うべからずだしね」

 客人扱いながら、やはり手伝おうとしていたレオが感心したように微笑んだ。

「それはチキューの慣用句?至言だね」
「そーだろ?あとは《勿体ない》も良い言葉だと思うね!」
「それはどういう意味?」
「まだ使えるものを捨てたり、無駄にしたりするのを戒める言葉だよ。今日みたいな場合は、《ちゃんと働けるのに馬車に籠もってたりしたら勿体ない》って使うんだよ?」
「素晴らしいな…君は、本当に素敵な国で育ったんだね」
「えへへ〜」

 褒められてにこにこと微笑む有利は思わずぐりぐりしたくなるくらい可愛らしくて、ここ数日ですっかり癖になってしまっている動作で、レオは有利の漆黒の髪を撫でさすった。

 有利の方も《良い子良い子》されるのは一般的な高校生の感覚から言えば抵抗があるところなのだが、何故だかレオにされると違和感がない。ただ心地よさだけがあるものだから、有利は仔犬のように素直に喜んでいた。

 その時、兵士達に何事か指示を出していたコンラッドが二人の姿に目を遣った。
 夕日に背を向けているせいだろうか…彫りの深い目元には影が差し、口元に笑みを浮かべている他は表情の詳細が分からない。

「おや、楽しそうですね」

 ゆっくりと歩み寄ってくるコンラッドはとても穏やかに微笑んでいるのに…どうしてだろう?その瞳には少しだけ苦いものが混じっているように感じられた。
 けれど、有利が《どうしたの?》と尋ねかければ、一瞬にしてまっさらな笑顔に修正されたものだから、単なる気のせいだったのかなと思い直す。

「地球の言葉を教えてあげてたんだよ。《働かざる者喰うべからず》と《勿体ない》」
「それは素晴らしい」

 コンラッドは有利の髪をくしゃりと撫でつけると、軽く会釈してから再び兵の方に向かった。
 琥珀色をした切れ長の瞳が、顔を背ける瞬間…切ないような色を含んでいたのはやはり気のせいなのだろうか?

「コンラッド…なんか、変な感じしなかった?」
「……俺が、図々しかったせいかもしれないね」

 今度はレオの方が申し訳なさそうな顔をするから、訳が分からなくて有利は眉根を寄せた。

「何で?慣用句教えただけじゃん」
「そういう事じゃないんだよ…」
「じゃあ、どういう事?」
「うーん…後で直接聞いてみたら?この所、俺達のせいで二人きりになる機会がないだろ?」
「うん…」

 そう言えばそうだ。
 日中のコンラッドはレオやギィからの質問を受けて込み入った話をしていることが多かったし、有利は有利で病み上がりのくせに日中はしゃぎ回るものだから、夜には疲れ果ててそのまま眠ってしまうことが多かった。そんなこんなで、意識がある間に二人きりでいた時間というのは極めて短時間でしかない。

「教えてくれるかな…コンラッド」
「大丈夫だよ。彼は、君にはなるべく秘密を持たないようにしたいんだと言っていたし」
「……その、《なるべく》ってのがくせ者じゃああるんだけどね…」 

 その言葉には反論できないのか、レオもちょっと半笑いだ。

『うん…後で聞いてみよう』

 二人きりで良いムードになれば、気がかりなことも教えてくれるかも知れない。
 そう思いつつ、有利は薪集めを再開するのだった。



*  *  *




 普通、貴賓階級に属する者は旅の道中でも馬車の中に籠もって、兵士達よりも格上の食事をとるのだが、《何時までも馬車の椅子の上にじーっと座っとくのヤダ》と有利が言い張るものだから(ちっともじっとしていなかったくせに…)、結局警備兵数名を除いた兵士達も含めて焚き火を囲み、キャンプファイヤー状態で食事をとることになった。

「どうぞ、陛下」
「わーい、熱々っ!」

 はふはふと炙った川魚に舌鼓を打つ魔王陛下に、警護隊の面々は全員目尻を下げて見惚れるのだった。
 気さくな有利は一般兵と共に同じ鍋で似たシチューを食べ、金属の棒に巻き付けて焼いたパンを美味しそうに口に運んでいく。
 見ているだけで楽しくなるような喰いっぷりだ。

『ああ…俺、警護隊に入れて良かったなあ…』

 夏の終わりに警護隊へと採用された兵、カルパス・ロッシーナはうっとりと有利を眺めては、ほにゃらと口元を綻ばせるのだった。

 平民…それも、混血であるカルパスが王の警護を務めるなど、これまでは考えることさえ不可能であった。
 
『混血っていやぁ、俺も含めて純血連中に比べると容色が劣る奴が多いんだけどなぁ…ユーリ陛下は華の精霊みてぇに綺麗だよなぁ…』

 しかも、美しいだけでなく絶大な魔力を誇り、眞王ですら封じることしかできなかった創主を打ち倒すという偉業を成し遂げているのだ。
 更には人間の国との連携を進め、眞魔国に信じがたいほどの平和と繁栄を導いている。
 
『ああ…こんな素晴らしい魔王陛下の御代に、兵として仕えることが出来るなんて…俺、幸せだなぁ…』

「なぁ…カルパス、あの二人ってどういう奴らなのかな?」
「へ?」

 仲間のコットに話し掛けられたカルパスは、あまり熱心に魔王陛下に見入っていたものだから、すぐには返事を寄越すことが出来なかった。

「ほら、あの二人だよ…」
「ああ、そうだな。そっくりだよなぁ…」

 確かに、髪が長い事以外はウェラー卿コンラートにそっくりな男と、眼帯をしている他はグリエ・ヨザックと瓜二つな男は、一体何者なのだろうか?
 だが、魔王陛下から説明がないということは、自分たちには知らせることが出来ない内容なのだと思い、カルパスは特に追求しようとは思わなかった。

 しかし、多くの兵にとっては尊敬する魔王陛下以上に、彼らのことが気がかりなようであった。

「ま、必要があれば教えてくださるんじゃないのか?」
「お前らしいよ…こんな事でも気にならないのかよ」
「気にならない訳じゃないけどさぁ…」

 カルパスとて気にはなるのだが…どうにも彼は、人が秘密にしていたいと思うようなことを暴き立てるタチではないのだ。


 そんな彼の性格を把握していたのだろうか?食後に湯を沸かして簡易風呂を作ると、テントを張ったその《浴室》の警護には、コンラッド自らカルパスを指名してきた。



「こ…光栄であります…!」
「陛下はお風呂好きだから長風呂になるかも知れないが、中は俺が注意して見守っている。俺が呼ばない限りは様子を伺ったりしないでくれるかな?」
「ゴメンねー、一番風呂入らせて貰いますー」
「はい!了解でありますっ!!ゆっくりとお楽しみ下さいっ!!」

 カルパスは反っくり返るほどに背筋を伸ばして敬礼すると、尊敬するウェラー卿コンラートと魔王陛下がテントの中に入っていくのを見守った。

 これは、なんとしても手落ちがないように警備を務めねばと小鼻を膨らませるカルパスであった。



*  *  *




「陛下、湯加減は如何ですか?」
「んー、気持ちいいよぅ…」

 携帯用の仮設風呂は、少し変わった仕組みをしていた。
 葦に似た植物の茎で枠組みを造り、動物の皮を張った浴槽には野趣に溢れた心地よさがある。
 有利は華奢な肢体を風変わりな浴槽に漬けると、気持ちよさそうに伸びを打った。

「でも、悪いなぁ…俺が風呂好きだからって、旅の途中にこんな立派な風呂を沸かしてくれるなんてさ」
「川の近くですからね。それに季節柄、燃料には事欠きませんし」
「えへへ…俺が上がったらコンラッドも入りなよ。気持ちいいよぅ…」
「いえ、ユーリが上がったら流しましょう」
「でも、勿体ないよ」
「安全な領域とはいえ、何があるか分かりませんからね。兵は緊張を解きすぎない方が良い」
「そっかー…」

 有利はぷぅ〜っと唇を尖らせてしまう。
 自分だけが特権を貪ったようで申し訳ないのだ。

「何か悪いなぁ…。コンラッドにもすっきりして欲しかったのにな。俺は馬車の中にいたけどさ、あんた…ずっと砂交じりの風を受けながら走ってたろ?」
「仕事ですからね」
「そお?でもさぁ……ちょっと身体がゴビゴビしたりしない?」
「そんなに、俺にすっきりして欲しいですか?」

 尚も言い募る有利に向けて、コンラッドがくすりと苦笑を浮かべた。

「うん、あ…入る気になった?ほらほら、入りなよー。外はさっきの兵隊さんが護ってくれくれてるしさ!」
「いえ…キス、出来たら嬉しいな…と思いまして。多分、風呂にはいるよりもすっきりしそうです」
「あ…」

 かぁぁ…っと有利の頬が染まる。
 そういえば…再会してからというもの、まだ有利の体調が万全ではなかったり、レオやあちらの眞魔国の事が気に掛かってしまい、二人きりになる機会自体がなかなか巡ってこなかったのだ。

「そ…そうだよね。俺達…こっちに来てから、まだ一度もそゆことしてないよな?」

 婚約者としてどうなの!? 
 …というところだ。
  
 有利も時折、《あ…今、チューしたいなー…》等と思う瞬間もあったのだが、そういうときに限って誰かが視界を掠めていたのである。

 有利は多分、永遠に地下鉄でちゅーちゅーし合うバカップルにはなれそうにもなかった。
 別の意味では、十分バカップルになっている事もあるのだが…。

「……する?今……」
「できれば…したいな」

 久し振りに甘えたような声を出す恋人に、有利はきゅうんと胸をときめかせて顔を寄せていく。
 出来れば腕を伸ばして頚を引き寄せたいのだけれど、軍服を濡らしてしまうのでそれは出来ない。
 








ご注意!

 なんだかこの警告文も久し振りに出すような気がするんですが…。
 同じ宿屋の中ではしっぽり出来なかった次男、我慢タイムが長かったせいか、ちょっとフライングでチュー以上のことをやってしまいます。

 
「よっしゃ!なんやなんや〜、焦らしおって…。えらい長いことエッチ出さんから、もう長編ではやらんのかと思うたや〜ん。お、いっちょ見たろかいな」という方や「別にエロに対して思い入れはないけども、気が付いたらこのシリーズ、コンユでラブラブしっぽり展開が超絶薄いんだもん!二人で喋ってると思ったら夫婦漫才だし!取りあえず会話を楽しむよ!」という方のうち、成人してしまったよ…という方は エロコンテンツ収納サイト【黒いたぬき缶】 にお進み下さい。

 ちなみに、そんなに大した会話もエロもないです。スルーしても全体として、そんなに差し支えないと思われます。
 特に
「ちょっとあんたら、レオも帯同してる旅の途中にやり始めるなよっ!け、ケダモノー」と突っ込みたい方はお止め下さい。狸山、けだものだもの。(←昔、「果物だもの」っていうお菓子ありましたね)

 スルーしようと思う方と、未成年の方は 第二章WーB にお進み下さい。