第二章 VーB







「コンラッド!鋼は何にも悪いことしてないよ?」
「…いや、俺は別にハガネの素行について問うたわけではありませんよ?ユーリがこの二日、どうしていたか気になっただけです」
「ええと、昨日の朝…あー…いや、一昨日の晩になるのかな?空間の狭間で二人を拾って…眞魔国に飛んで、傷を治して…山の動物の巣穴に潜り込んでたんだ。暖かくて広くて良いところだったよ。鋼が見つけてくれたんだ」
「ほうほう…お手柄だな、ハガネ」

 褒め言葉にも安心できないらしく、鋼はずりずりと後退しながら背筋の毛を逆立てた。

「うん、そんで…この町に入ってお風呂入ったり食事したりする間に、レオ達の世界のことが分かって吃驚したんだ…」

 有利の声が切なげに掠れると、鋼は余計に不安感を誘われたらしくこちらも涙目になってしまうが…涙の意味が違うような気がする。

「レオはね…魂を運ばなかったせいで自分たちの世界が滅び掛けてると思いこんで、凄く落ち込んでたんだ…。すっごい可哀想だった…」
「そうですね。それはそれは可哀想に…」

 心なしか、言葉に心が籠もってないような気がするのは錯覚だろうか?

「……では、ユーリはレオを慰めたりしたんですか?」

 どっくん…っ!
 鋼の鼓動が早く…強くなっていることが傍目にも分かる。

『なんで鋼、あんなに怯えてんだろう…』

 有利は不思議でならない。

「ううん…俺なんて、何の力にもなれなかったよ…。レオは強い人だから、俺なんかが夜中にお喋りに行っても邪魔なだけだったと思う…。でも、レオは話聞いてくれてさ、俺の熱の世話までしながら一緒に寝てくれたんだ」
「………………………ほぅ?」


 助け船は、泥船だったらしい。


 コンラッドは底冷えのする笑顔を浮かべて…くるぅりと鋼の方を見た。
  
「ハガネ…ちょっと話がある」
「俺には無い!何にもないからっ!」

 わたわたとフローリングの上で脚をバタバタさせていた鋼は、覚悟を決めたようにびょーんっと身を翻して窓から逃走してしまった。

「…ちっ…」
「ねぇ、舌打ちした?いま舌打ちした!?コンラッド…どうしたの?」
「いいえ…何でもありませんよ。それより…また熱が出てきたんじゃないですか?少し顔が赤い…。今夜は俺と一緒に寝ましょうか?看病しますよ」

 コンラッドの、大きくてひんやりとした手が有利の額に押し当てられると、思わず心地よさに瞼が閉じてしまう。

『ぁあ〜…気持ちいい。コンラッドの手って、冷たくていいなぁ…』
 
 それに、乾いた感触が心地よい。
 傷だらけで、剣ダコなども隆起しているというのに…どうしてこの男の手はこんなにも心地よいのだろう?

「いや…あんたユーリの婚約者だろう?一緒に寝るとなると、ユーリの身体に障(さわ)るんじゃねぇのか?」

 ギィが不機嫌そうに反対すると、コンラッドの眉がぴくりと跳ねる。

「触る?」
「触るから障るんじゃねぇの?随分と《エッチが濃い》って話だしな」
「おー…上手いな。一本とられた!」
「ギィに座布団一枚!」

 妙な問答に有利まで加わってくると、ギィは呆れたように鼻を鳴らした。

「……わけ分かんないこと言ってんなよ。看病って面で言やぁ、うちのレオにさせた方が安全なんじゃないか?」
「失礼だな、お前…俺の下半身がそんなに緩いと思ってるのか?お前のとこの俺と同素材だぞ?」
「素材は一緒でも、料理法で色々違っちまうだろ?」

 ギィが目元を眇めるものだから、間に立たされたレオの方が複雑な顔になってしまう。

「いや…ここは、コンラッドとユーリが共に眠るのが筋だろう。俺たちは余所者だ。それに…ユーリの体調に障るような真似は彼もしないだろう」
「分かんねぇぞ?ついつい、離ればなれになってたせいで肌恋しくなってよ、口吻から雪崩れ込んで…って可能性もあるぞ?」

 《大有り》な気がする有利は頬を染めてしまう。

『うーん…ある。それは絶対にある気がする…。俺、コンラッドのキスに弱いもんなぁ…』

 しかも、高ぶっているコンラッドが自分のために我慢してくれるというシチュエーションに弱いのだ。
 ギィの観察眼、侮り難し…。

『俺…いいから、も…来てぇ……っ!』

 そんな風に、ついつい甘く叫んでしまいそうだ……。

『おぅわ…っ!』

 かぁぁあああああ……っっ!!
 具体的に状況を思い出すと顔が真っ赤に染まってしまう。

 うん、確かにコンラッドと一緒に寝ると身体には悪そうだ。
 
「じゃあ、コンラッドとレオと俺で寝ようよ。川の字になってさ!」

 言った途端にコンラッドとレオは線対称の動きで有利を見たが、口走る言葉には随分な違いがあった。

「え…?それでは、ユーリが子どもですか?俺たちはどちらが妻で、どちらか夫になるんでしょう…」
「何の話だ!?」

 どちらがどちらの発言かは言うまでもないだろう。
 ただ…突っ込みの早さでいえば、レオの方も漫談のコツを飲み込んできた節はある。


 なんやかんや言いつつも、結局この三人で床を共にすることになるのだった。 



*  *  *




『何でこんな事に……』

 大変複雑な思いで、レオは布団に入った。
 すぐ横には有利が居て、更に向こうには自分と同じ顔がある。
 
「わー、どっちに寝返り打っても同じ顔があるや!変な感じー」

『こっちは《変な感じ》どころの騒ぎじゃないって…』

 はしゃいでころころと寝返りを打つ有利に反して、レオは実に複雑な心境にあった。

『好きな人と、好きな人が好きな人と一緒…か』

 コンラッド…同じ素材で出来ているはずなのに、今は随分と遠く感じる存在だ。

『随分と…差が出てしまったものだな』

 今日の話し合いは故郷への対処法が主体であったから、まだ二つの世界を分かつ差違については詳しく話し込んでいない。

 今…聞いても大丈夫だろうか?
 何やら、知れば知るほど自分だけ離れ小島に流されていくような心境に陥るのだが…。

「コンラッド…ユーリから聞いたんだが、眞王廟でジュリアの魂を受け取った時…アーダルベルトが君の所には来なかったというのは本当なのか?」
「そうだが…レオ、君の所には来たのか?」
「ああ、来た。それに…彼は、俺が渡されているものがジュリアの魂だということを理解した上で襲ってきた。俺は、一度は剣で退けたものの…土下座して懇願する彼に、ジュリアの魂を渡してしまったんだ」

 改めて口にすれば、ずきりと胸が拉がれる…。
 あの時の…あの決断が、こんなにも多くの美しいもの、価値あるものを奪い…苦しみに満ちた地獄を与えるとは想像だにしなかった。

「では、今でもあの魂はアーダルベルトの元に?」
「彼が今どうしているか、詳しいことを知るものはいない。ただ…盗賊団の首領のようなことをしていると噂に聞いたことはある」
「そうか…」

 何かを思い出すように、コンラッドは遠い目をした。
 
 もう、何十年も前のことだ。
 レオにとっても、コンラッドにとっても…。

 重大な決断をしたという自覚はあったものの、あの眞王廟の中での決断だったこともあり、レオはここまで大きな差違へと発展していくとは予想だにしていなかった。

『あそこは眞王陛下のおわす場所…その力が最も発揮されるべき場所だ。俺があの決断をしても、頑として眞王陛下が魂を地球へと送ることを考えておられたのなら、何故あの時…アーダルベルトを行かせたのだろうか?』

 魔力を使っても、警備兵を使っても…アーダルベルトを止めることは可能であったはずだ。
 だが、眞王はそうはしなかった。

 アーダルベルトをそのまま行かせ、レオを処罰することもなかった。

『何故だろう…』

 そこに、眞王の意図はあったのだろうか?
 
「こちらのアーダルベルトは魂については知らなかった。その代わり、俺の所には複数の襲撃者が襲ってきた。この眉の傷は、その時についたものだ」

 コンラッドは右眉の端を掠める傷を、指先でなぞった。

「その傷…そうだったの?」

 気遣わしげに、有利の指先が眉をなぞる。
 愛おしさが滲むようなその動作に、レオの胸はまたぢくりと痛んだ。

「ええ…なかなかの手練れ揃いだったものですから、無傷というわけにはいきませんでした。かなりの覚悟を決めた連中でしたね…。一人は生きたまま捕らえようとしたのですが、止める間もなく自害されてしまいました」
「うへー…やだなあ、そんな覚悟…。それにしても、命令されるなり襲われて斬られて…いきなり旅立たされちゃったんだ…大変だったね。何であの人達ってそう、ドタバタ展開好きかな…」
「いえ、襲われたのは命令を受けた日ではありません。ウルリーケは送るつもりでいたようなんですが、その日は要素の循環が悪いとかなんとか言われて…結局一週間待たされたんですよ。俺が襲撃を受けたのは旅立つ直前で…眉からは結構出血していたのですが、ウルリーケに急かされて水盆に入りました。そう言った意味では確かにドタバタしてましたけどね」
「そうなのか?」

 レオは命令を受けるなり、既に準備が整っていた水盆へと誘導されたのだが…ここも少し状況が違うようだ。

「ああ。俺の方は、待機中に情報が漏れたという可能性もあるが…レオの方ではどうだったんだろう?命令を受けるよりも前に情報が流出していたとなると、眞王廟の中でも漏洩源はかなり限定されそうだな」
「分からない…。俺は、あの日から…異世界の狭間に吹き飛ばされるその日まで、眞王にも言賜巫女にも会ってはいないんだ。アーダルベルトへの情報漏洩について、調査が行われたかどうかさえ知らない」
「そうか…やはり、その辺りは眞王廟に問い合わせた方が良さそうだな」
「ふぅん…どっちにしても魂のことを知ってた誰かが、運ばせまいとして刺客を差し向けたのは間違いないんだね?」

 有利は伸ばしていた手を自分の顎へと戻すと、細い顎を二指で摘んでグニグニと押さえた。

「ええ…アーダルベルトが単独で調査をしていたとは考えにくいですからね。彼は典型的な戦場型軍人ですから、情報収集という面にはからきし弱いんです。おそらく…誰かに吹き込まれて眞王廟に行ったんでしょう」
「アーダルベルトかぁ…顔に似合わず純愛の人だもんな…誰かにジュリアさんの魂のことを匂わされたら、多少情報元が怪しくても突っ込んでくるよな…」
「そうですね。あいつは…愛に一途ですから」

 コンラッドは微かに苦笑してから…その笑みを消すと、目元を眇めて有利を見た。

「……あの時…俺の元にもアーダルベルトが来たのだとしたら、俺はレオと同じ決断をした確率が極めて高いです」
「やっぱそう?俺も…そんな気がしてた」
「すみません…ユーリ。あの時には、ユーリの事を知らなかったから…」

 コンラッドは申し訳なさそうに瞼を伏せるが、有利は否定するようにふるふると首を振った。

「謝ることないって。だって…レオにも聞いたけどさ、眞王とウルリーケの説明のなさって、腹立つくらいだもん。何時もは傲岸な感じのするアーダルベルトが土下座までして、ジュリアさんが大好きなんだ、その魂がどうしても欲しいんだ…って言われたら、俺だってそうすると思う」
「そうですね…確かにあの頃の俺は腹立たしさでどうかなりそうでしたから…。あの時も、俺の中で眞王陛下に対する尊敬の度合いは最下層まで下落していましたよ。帰ってきたときには急上昇してましたけど」
「小豆相場みたいに不安定だね、眞王の評価…」
「昔の日本に於ける投機典型例をそこで出されても、レオには分からないと思いますが…」
「あ、ゴメンゴメンっ!」
「いや…良いよ」

 二人が、レオを慰めようとしていることは伝わってくるから…切ないけれどもやっぱり嬉しい(途中から、結局二人にしか分からない展開になってしまっているが…)。

 それでなくとも落ち込んでいるところに、《バーカ、何やってんだよ》と責め立てられれば幾らレオでも更に落ち込んだろう。

 取り返しのつかないことをしてしまったということは…誰よりもレオが身に染みて理解しているのだから…。

「それにしても…眞王廟の中に敵が侵入して来る事も異常ですが、情報の漏出元が判明していないというのは更に奇妙な事態ですね。あそこは人の出入りが極端に制限されていますから、その気になればすぐに洗い出せると思うんですが…」
「えー?ひょっとして、あんたを襲った連中のことも分からずじまいなの?」
「ええ、少なくとも俺は知りません。もしかしたら…眞王廟では把握しているにもかかわらず、俺には伝えられなかったという可能性もありますが…」
「うーん…確かに。あの人達って、めちゃめちゃ秘密主義なトコあるもんなぁ…」

 有利はげんなりとして枕に顔を埋めた。
 そのせいで、彼は幾度も心を押しつぶされそうな不安と戦わねばならなかったのである。

「秘密にしたことに意味があるんだとしても…俺は、嫌だな。誰か、力ある人のコマになって動かされてるって…凄く凄く、嫌だ」
「そうですね。俺も…あの時、それが嫌で堪らなかった。地球に魂を運んでも、まだその時には使命を果たすという意欲はまるで無かったんです。多分…ショーマに会うまでは…」
「オヤジ?…なんで?なんか説得されたの?」
「ショーマというのは、ユーリのお父さんなのかい?」

 先程から二人で話が展開していくのだが、有利の家族の話ということもあってレオも控えめに口を挟んでみた。

「うん、垂れ目でやり手の銀行マンだよ」
「………そう」

 また分からない単語が増えたが、必要最低限のことは理解できた。
 コンラッドが変わる一つのきっかけになったのは、有利の父との出会いだったのだ。

「ショーマは地球の魔王であるボブから、新たに生まれてくる子を魔王にすることと、その為の魂をミコさんのお腹に封入することを依頼されていた。俺達はボブの立ち会いのもと、地球のレストランで出会ったんだが…ショーマは生気を失った俺の顔を見ると、こう言ったんだ。《腹でも下してんの?》…と」
「…………それで、何に開眼したんだよコンラッド…」

 全くだ。

「いやいや、ここからが良いトコですから。幾らか問答をして、俺が《君達に要らぬ接触をするつもりはない、俺にもどうか干渉しないで欲しい》と言った後…ショーマは、ミコさんやユーリと顔を合わしたときに、俺が一度でもつまらなそうな顔を見せたら、どんなに頼まれても眞魔国には行かせないと…もっと偉い連中が額を地面に擦りつけて頼んでも、決して連れて行かせないと宣言したんですよ。俺にとって…あの言葉は衝撃でした」
「ホントー?別に普通じゃん。オヤジなら言うだろ?そのくらい…」
「いや、その驚きは…俺も分かるな……」

 有利はどうも実感がないらしく小首を傾げていたが、レオにはコンラッドの気持ちが理解できた。

「ユーリ…眞魔国に住む魔族にとって、やはり眞王や魔王の存在感は極めて大きなものなんだよ。その決定に逆らう意志を公然と宣言できる者など、眞魔国では考えにくいんだ」
「そうです。魔王の依頼とは、命令と同じ…なんだかんだ言っても、この男も最終的には受け入れるに違いないと踏んでいた俺の目の前で、ショーマは鮮烈に自分の意志を示してくれた。こんな男の子どもとして生まれるのなら…その子は、誰かに言われたまま動くコマにはならないのではないかと、俺の中に希望が芽生えました」
「えへへ…そ、そぉ?俺…ご期待に添えたかな?」
「それはもう…この上なく!」

 コンラッドはにっこりと微笑むと、愛おしげに照れまくる有利の頬を撫でつけた。

「大切なことを真っ直ぐ口にしてくれるあなたに、俺はいつだって感動しています」
「そっか…えへへ……」

 暫く照れながら、コンラッドの掌の感触を楽しんでいた有利だったが…その内、うとうとと瞼をとろかしていくと…ゆっくりと眠りの世界に誘われていたようだった。



 すぅ…すぅ……

 規則的な寝息が夜気の中へと滲んでいけば、甘やかに蕩けていたコンラッドの表情が少しずつ変わっていく。
 そこにあったのは…幾らか疲れて、哀しげな男の顔だった。

「また…ユーリは荒波の中に自ら入っていくんだな…」
「すまない……」
「君が謝ることじゃないさ…ユーリが、選んだことだ……」

 そうは言いながらも、コンラッドの表情は苦い。
 やはり有利の意思を尊重しながらも、本心ではその選択の重さに…有利を想うからこそ苦痛を感じているのだろう。

「運命という言葉はあまり好きではないんだが…少なくとも、ユーリは歴史の流れの中で大きな決断を為し、時代を切り開いていく子なんだ」
「不思議な子だ…そして、素晴らしい子だ……俺の選択の結果生み出された悲劇の中でも、この子を眞魔国の王にできなかったことは悔やんでも悔やみきれない…」

 レオもまた有利の漆黒の髪へと手を伸ばしかけ、伺うようにコンラッドを見たが…彼は特に怒ったりはしなかった。
 有利とレオが一夜を共にした(本当に共にしただけだが…)ことで鋼を責めていたわりに、レオに対する風当たりが柔らかいのは何故だろう?

「そうだな…だが、人は誰しも結末を知って動くことは出来ない。眞王陛下ですらそうなんだからな」
「…眞王陛下が?」
「ああ…あの方ですら、ユーリがこんな王になるとは想像していなかったそうだ」

 《あの眞王が》…レオは驚嘆の思いで有利の髪を撫でた。
 掌にすっぽりと収まってしまうようなちいさな頭部…この中には、一体どのくらい大きなものが詰まっているのだろうか?

「創主を倒す以外にも、この子は偉業を成し遂げているのか?」
「ある意味、創主を倒すよりも難しいことだったかも知れないさ。ユーリは…大シマロンに対抗し、眞魔国を中心とする…人間の国々との同盟を作り上げたんだ」
「な…に……?」

 ああ…この二日間で覚えた驚愕の数と深さは、これまで生きてきた百数十年を一気に凝縮したものよりも大きいのではないだろうか?
 魔族と人間の友好…それも、有利個人としてではなく…国という単位で複数の国家が結びついたというのか?

「ユーリはいつも《偶然だよ》とか、《運が良かったんだ》といって、なかなか自分の功績を認めてくれないんだがね。だが、俺は必然だと思っている。彼はいつだって…利益ではなく、人が笑っていられることを最も重要なこととして行動している。そうでなければ、どんなに運が良かろうとなんだろうと、あれほどの人々の誠意を結びつけることなど出来ない。だから…俺は、この方が進むと言えば、その道に進むんだ」
「…羨ましいな」

 もしかすると…《ウェラー卿コンラート》というのは、こうやって絶対的に信じられる王の傍に仕えることが、最高の幸せであったのかも知れない。

 持ちうる能力の限りを尽くして、レオもまたこの王に仕えてみたかった。

 今となっては…繰り言にしかならないが。

「だが…俺は、俺として生きていくしかない」

 少なくとも、その事から逃げたくはない。

「そうだな…選択を誤ったからといって、何もかもなかったことに出来るものではないし…してはならないだろうな」

 独り言のつもりで口にした言葉に、コンラッドは何故か自嘲の笑みを浮かべた。

「レオ、君はきっと今…酷く落ち込んでいるんだろうな」
「………改めてそれを確認するか?」

 溜息を漏らせば、コンラッドはどこか優しげな笑みを浮かべてレオを見やるのだった。

「では…君の選択によって救われた連中のことを教えてあげようか?慰めになるかは分からないけどね…」
「……どういうことだ?」
「君は、ルッテンベルク師団…ああ、今はルッテンベルク軍団かな?その中の旅団長達の様子を教えてくれたね?」
「ああ…」

 そういえば、レオも聞きたいと思っていたのだ。

 コンラッドは何故、血盟城の護衛部隊隊長という肩書きしか持たないのか。
 ルッテンベルク師団はどうなってしまったのか…。

 僅かに開いたカーテンの隙間から月光が差し込み、レオにそっくりの面を照らす。
 琥珀色の瞳はどこか哀しげで、有利のこととはまた違う何かに心を痛めているようだった。

「アルノルドの地獄を生き抜いた連中のうち、アリアズナやベル、スターリング達は…その後の戦いで、死んだよ……」
「なに…?」  


 夜の闇が、一層濃くなったような気がした…。




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